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1 サブプライム危機の深層と米国金融システムの問題点 祝迫得夫 財務省 財務総合政策研究所 総括主任研究官 一橋大学 経済研究所 客員研究員 2010 3 22 要旨 世界金融危機の出発点となったサブプライム問題は信用供給バブルであり,金融工学の 暴走や過度に緩和された金融政策といった一面的な説明では,その全体像を理解すること はできない.本論文では,まずこの点に関する実証研究のレビューを行う.その上で,住 宅ローンの証券化市場で危機を引き起こしたミクロ経済的・制度的要因,特に米国金融機 関(格付け機関を含む)におけるインセンティブ問題・ガバナンス問題と,分断化された 米国の金融規制制度に焦点を絞って検討を行う.一般に議論の焦点になっている金融機関 の経営陣の高額な報酬よりも,株式市場の短期的な評価に影響を受けやすいガバナンス構 造と,米国系投資銀行のビジネスモデルの限界の影響が大きいことが強調される.またコ ングロマリット化している大型金融機関の規制を米国証券取引委員会 SEC が担当していた ことから生じた,ミスマッチについても分析される.最後に,今後の政策運営・制度改革 へのインプリケーションについて議論する. 面談に応じて頂いた John C. Coffee 教授(コロンビア大学ロースクール),Edwin Truman 研究員,Joseph Gagnon 研究員(共に Peterson Institute for International Economics)に深く感 謝する.またリサーチを手伝ってくれた野村総合研究所の方々、いろいろなコメントを頂 いた研究会メンバーおよび岩田一政 ESRI 所長にも御礼申し上げる。なお,本論文の内容は あくまで祝迫個人の見解を反映したものであり,財務省および上記の方々の見解を表すも のではない.

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サブプライム危機の深層と米国金融システムの問題点

祝迫得夫

財務省 財務総合政策研究所 総括主任研究官

一橋大学 経済研究所 客員研究員

2010 年 3 月 22 日

要旨

世界金融危機の出発点となったサブプライム問題は信用供給バブルであり,金融工学の

暴走や過度に緩和された金融政策といった一面的な説明では,その全体像を理解すること

はできない.本論文では,まずこの点に関する実証研究のレビューを行う.その上で,住

宅ローンの証券化市場で危機を引き起こしたミクロ経済的・制度的要因,特に米国金融機

関(格付け機関を含む)におけるインセンティブ問題・ガバナンス問題と,分断化された

米国の金融規制制度に焦点を絞って検討を行う.一般に議論の焦点になっている金融機関

の経営陣の高額な報酬よりも,株式市場の短期的な評価に影響を受けやすいガバナンス構

造と,米国系投資銀行のビジネスモデルの限界の影響が大きいことが強調される.またコ

ングロマリット化している大型金融機関の規制を米国証券取引委員会 SEC が担当していた

ことから生じた,ミスマッチについても分析される.最後に,今後の政策運営・制度改革

へのインプリケーションについて議論する.

面談に応じて頂いた John C. Coffee 教授(コロンビア大学ロースクール),Edwin Truman

研究員,Joseph Gagnon 研究員(共に Peterson Institute for International Economics)に深く感

謝する.またリサーチを手伝ってくれた野村総合研究所の方々、いろいろなコメントを頂

いた研究会メンバーおよび岩田一政 ESRI 所長にも御礼申し上げる。なお,本論文の内容は

あくまで祝迫個人の見解を反映したものであり,財務省および上記の方々の見解を表すも

のではない.

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1.はじめに

2008 年秋のリーマン・ブラザースの破綻と AIG の救済によって一つの頂点(底?)

を迎えた米国発の世界金融危機については、既に多くの論文が書かれ、本が出版されて

いる。これに伴い、世界金融危機に先立つ、2000 年代中盤の米国金融システムにおい

て何が起こっており、何が今回の金融危機を引き起こした要因なのかについては、比較

的早い時期から大まかなコンセンサスが成立しているように思われる。例えば Diamond

and Rajan (2009) は、そのようなコンセンサスを以下の三点に要約している:1) 2000 年

代にアメリカの金融セクターによる、低所得層に対する住宅ローン貸付が急増したが、

そのような貸付の大部分は新しく開発された金融商品(exotic new financial instruments)

によってファイナンスされていた; 2) この時期の米国金融機関はリスクを取ることに

極めて積極的であり、この種の新しい金融商品のかなりの部分が直接・間接に商業銀

行・投資銀行によって保有されることになった; 3) これらの米国金融機関による投資

の大部分は短期の負債によってファイナンスされていた。

これらの出来事の背景には、今世紀初頭の IT バブル崩壊後の FRB の過剰に緩和的な

金融政策 (Taylor 2009)、グローバル・インバランスの拡大 (Bernanke 2005, Caballero,

Farhi, and Gourinchas 2008)、グラス=スティーガル法の形骸化と一層の規制緩和といっ

た、様々な要因が指摘されている。ただ、あたりまえの事ではあるが、今回のような大

惨事を引き起こす原因が一つである訳はなく、そのような複数の要因の中で何が最も重

要であったのかという評価については、特に米国では個々の論者の政治経済学的な立場

の違いもあり、大きく意見が分かれている。

一方、我々が良く知っている 1990 年代初頭の日本のバブル経済崩壊、1990 年代後半

の東アジアの経済危機、今世紀初頭の先進諸国における IT バブルの崩壊、そして今回

の米国のサブプライム金融危機という、比較的近年のバブルの生成と崩壊のパターンを

振り返ってみると、幾つかの重要な論点が浮かんでくる。このうち事後的な景気後退が

比較的軽微で済んだ IT バブルを除くと、いずれのバブルの生成過程においても銀行信

用の急激かつ過大な膨張が発生している。特に日本の 80 年代末と 2000 年代中盤のアメ

リカの状況に共通する性質として、二つの点が指摘される。まず第 1 に、日米両国のバ

ブルは本質的には不動産価格バブルであり、特に実物経済へのインパクトを考えたとき、

同時期の株式市場のバブルは基本的には side show であった。第 2 に、銀行が投機的な

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不動産投資への積極的な貸し出しを行ったという意味において、これらのバブルは信用

供給バブルである。コフィー (2009)は資産価格バブルを、「需要に起因するバブル

demand-driven bubble」と「供給に起因するバブル supply-driven bubble」に分類している

が、彼の分類に従えば日本のバブル経済・2000 年代の米国における住宅市場バブルは、

いずれも供給に起因するバブルである。単なる投資家による資産価格の過大評価、すな

わちコフィーの言う「需要に起因するバブル」という捉え方では、これらのバブルの規

模の大きさ・時間的な持続性と、その後の実物経済へのダメージの大きさを説明できな

い。

しかしさらに踏み込んで、なぜ信用供給バブルが発生したのかという問題については、

日米の経験に共通する自明な要因・メカニズムを指摘するのは難しい。そこで本論文で

はまず、今回の世界金融経済危機の最大の震源地である米国のサブプライム危機につい

て、それが米国に固有の金融制度・システムと、それに対応する金融規制の歴史的な変

遷に大きく影響を受けているという視点に立って分析・検討を進める。金融政策の役割

やグローバル・インバランスの影響を軽視しているわけではないが、前者については本

研究会でも地主・小巻論文、後者については Portes 論文が詳細な分析を行っているし、

全体としてのまとめに関しては植田論文が行っているので、そちらに議論を譲ることと

したい。また第 4 節の最後では、今回の世界金融経済危機を経て、米国および世界の先

進諸国のプルーデンス政策・規制がどのように変わっていくか/いくべきかについて若

干の考察を試みる。

以下の本論文の構成は次のとおりである。第 2 節では、まず 2000 年代の米国住宅市

場バブルの原因について学術的な分析結果をまとめるとともに、それが主に MBS・CDS

を濫造した大手金融機関が引き起こした問題であることを強調する。その上で、金融機

関同士の過当競争・規制の失敗に加え、格付け機関による MBS・CDS の格付けの失敗

が大きな要因の一つであることを指摘する。第 3 節では、米国金融機関の過剰なリスク

追及とレバレッジ拡大の要因としての、ガバナンス・報酬制度問題を取り上げる。第 4

節では、分断化されて統一の取れていない米国の金融システム規制について検討すると

共に、サブプライム危機発生後の改革の進展と、それがはらむ潜在的な問題点について

も議論を行う。第 5 節は論文全体のまとめである。

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2. サブプライム問題の深層:過剰なリスクの追及とレバレッジの拡大

2.1 低所得者層向けの住宅ローン拡大の要因

イントロダクションでも述べたように、2000 年代のアメリカの住宅価格バブルの発

生は、信用供給バブル/供給に起因するバブルであった。この点に関しては、マスメデ

ィアでも詳細に報道されているが、本小節ではアカデミックな研究における実証上の証

拠について簡単にまとめておく。12 また以下では、不動産担保証券(Mortgage-backed

Securities)やそれを再証券化した債務担保証券(Collateralized Debt Obligation: CDO)を含

む不動産証券化商品・市場全般に関し、MBS もしくは MBS 市場という用語をあてるこ

とにする。

不動産担保証券の基本的アイデアは、大量かつ様々な住宅ローンをプールしてポート

フォリオを作ることでリスクの分散化を図り、そのポートフォリオを証券化して金融商

品として第三者に売るというものである。MBS という金融商品そのものは古くからあ

り、そのアイデア自体には、住宅市場バブルを生み出すような要因が含まれている訳で

はない。今回の米国の住宅市場バブルとそれに続く危機の中で問題視されているのは、

証券化の急激な拡大に引っ張られる形で、サブプライムと呼ばれる主に低所得者向けの

住宅ローンの貸し出しが急増したという点である。結果的にそれが、その後の住宅ロー

ンのデフォルト率の大幅な上昇につながり、ひいては MBS 自体の価格の大幅な下落・

デフォルトの上昇につながった。

この点について Mian and Sufi (2009)は、郵便番号(zip codes)によって区別された地

域別の貸出データを用い、貸出し拡大前の 1990 年代の時点で需要に見合うだけの住宅

ローンの供給を受けていなかった(主に低所得者層の居住する)地域に対する貸付が、

2001 年から 2005 年までの間に飛躍的に上昇したことを示している。同じ時期のこれら

の地域におけるは所得および雇用の成長は、全国平均より低い水準に留まっており、し

たがって、需要の増加や借り手の質の向上が住宅ローン貸付の増大をもたらした訳では

1 以下の記述は Bethel, Ferrell, and Hu (2008)と Rajan (2009)に多くを負っている。

2 より生々しい記述としては、McDonald and Robinson (2009)の第 5 章を参照。

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ないことが、強く示唆される。また Bethel, Ferrell, and Hu (2008)によれば、2001 年から

2006 年にかけてのサブプライム向け貸出しでは、貸出額/住宅価値比率や返済額/所

得比率には大きな変化は無いものの、借り手の返済能力を保証する証拠の無い貸付

(Low or No Document)のシェアが 28.5%から 50%超に急増し、また変動金利貸出しの

シェアも 74%から 91%に、住宅の転売を主な目的としている推測される利払いのみの

貸出し(Interest-only)のシェアもゼロから 22.8%へと増えている(表 1 を参照のこと)。

Mian and Sufi (2009)はこれらの低所得者層向けの貸付の大部分が住宅ローンの証券化事

業向けに金融機関に売却されたこと、また 2005 年から 2007 年の期間にこれらの貸付の

デフォルト率が大幅に上昇したことを示している。さらに Keys, Mukherjee, Seru, and Vig

(2010)は、証券化に用いられた住宅ローン・ポートフォリオの方が、用いられなかった

ポートフォリオよりも、10%から 25%デフォルト率が高かったことを示している。

[ここに表1を挿入]

したがって2000年代の米国住宅市場バブルの要因が、借り手の側の需要の増大よりは、

主に住宅ローンの貸し手の側の理由による供給の増大にあったのは間違いない。3また

少なくとも住宅ローン業者(mortgage bank)は,新しい借り手の質が低く,潜在的なデ

フォルト率が高いことをかなりの程度まで認識していたはずである.したがって彼らが

住宅ローンの貸付を増やしたのは,証券化のための需要の増大によるもの、あらかじめ

証券化業者への売却を前提にしたものであった。大手金融機関がそれらを大量に買い取

ってくれるという状況があった以上、住宅ローン業者のとった行動そのものは合理的な

ものであったといえる。

2.2 投資銀行のモラルハザードとレバレッジの拡大

前節での議論から 2000 年代における米国住宅市場バブルの問題の核心が、なぜ住宅ロ

ーン業者が貸出しを増やしたかではなく、なぜ大手金融機関が競ってそれを購入したか

3 検討されていないが、米国の住宅貸付けが基本的にノンリコース・ローンであり、借り手

に過剰なリスクを追及するインセンティブを生み出していた可能性はある。また大きな社

会的な背景として、クリント政権以降の持ち家促進政策の流れがあることも、見逃せない

事実である。

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であることが分かった。この点を若干言いかえると、なぜ MBS 市場でかくも大規模な

リスク評価とプライシングの失敗が起こったのかということになる.さらに別の言い方

をすれば,なぜ MBS・CDO のアンダーライターである大手投資銀行・商業銀行は,そ

こまで過剰なリスクを取りに行ったのか,である.この問題に関する様々な論点につい

ては,本研究プロジェクトの植田論文でより詳しく取り上げられており、重複する部分

も多いとは思うが、以下では本論文の文脈において簡単に議論しておく。

米国の大手金融機関が 2000 年代に大幅にレバレッジを拡大し、過剰なリスクを追求

した理由の第一は,米国当局による規制改革の失敗である。大手投資銀行のレバレッジ

拡大路線を決定づけたという点で多くの識者が問題視するのが、2004 年に米国の証券

取引監視委員会(SEC)による Consolidated Supervised Entity(CSE)プログラムである。

CSE プログラムの詳細については植田論文を参照して頂くこととして、以下では SEC

がなぜ CSE プログラムを採用し、それがなぜ失敗に終わったのかという点について、

第 4 節での米国の金融監督・規制システムについての議論と結びつけるために若干言及

しておく。

SEC はグラス=スティーガル法の廃止以降、投資銀行の持ち株会社を監督する権限を

与えられていなかったため、CSE プログラムを権限強化のチャンスと捉えて受け入れ、

そのかわりに負債資本比率規制に関して、個々の金融機関独自のリスク管理モデルの利

用を認め、レバレッジの増加を許容したものと考えられる(コフィー 2009)。この点に

ついて SEC としては、当時合意が最終段階を迎えつつあったバーゼル II に依拠する形

で規制を行おうとしたものと解釈できる。4しかし CSE プログラムの開始時点では、米

国の中央銀行である FRB はバーゼル II を最終的に受け入れてはおらず、その意味では

米国の規制当局間の縄張り争いを如実に示している出来事でもある。またバーゼル II

はその目標の一つとして、バーゼル I におけるエコノミック・キャピタルとレギュラト

リー・キャピタルの差を利用した regulatory arbitrage の解消を標榜していた。それにも

かかわらず、CSE プログラムを巡ってバーゼル II が、米国の投資銀行による典型的な

regulatory arbitrage の材料として使われてしまったことは皮肉である。

CSE プログラムの失敗によって明らかになったもう一つの問題点は、SEC のような

4 バーゼル II の成立過程と内容の詳細については佐藤(2007)を参照。

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法律と会計の専門家の集団では、大手の投資銀行が用いるような複雑なリスク管理モデ

ルに関して規制を行うのは極めて困難であるという点である。この点は二つの重要なイ

ンプリケーションを持っている。第 1 に、バリュー・アット・リスク Value at Risk のよ

うな統計的・数量的な手法で武装した大手金融機関を直接に規制・監督しようとすれば、

規制当局の側にもそれなりの準備・人材が必要であるということである。それが無理だ

とすれば金融機関の自発的努力に期待する以外にないが、バーゼル II が米国だけでな

く欧州の金融機関についても、2000 年代半ばからリーマン・ショックまでの期間にお

けるレバレッジの拡大を抑制できなかったことを振り返れば、甘すぎる期待であると言

わざるを得ない。規制当局に十分な準備がなく、業界の自主規制にも期待できないとな

れば、金融機関の健全性・リスク管理に関する規制は、より単純なルールに基づく負債

資本比率規制に後戻りせざるを得なくなるであろう(Bookstaber 2007)。第 2 のインプリ

ケーションは、もし規制当局が十分な能力や人材を備えて厳密なプルーデンス規制を行

うことを目指すにしても、誰がそのような役割を担うのかという問題である。特に世界

金融危機を経て、プルーデンス規制に積極性・機動性が求められるようになってきた現

在の状況を踏まえて考えると、これはより複雑な問題である。この第二の点については、

第 4 節でより詳しく取り上げることにする。

2000年代の米銀によるレバレッジの拡大と過剰なリスク・テイキングに話を戻すと、

その蔓延の第二の理由は、この時期の金融業界、特に投資銀行業界における競争の激化

である。金融イノベーションや金融機関同士の M&A によって、投資銀行と商業銀行の

間のグラス=スティーガル法による壁が実質的に崩壊していく中で、投資銀行、特にリ

ーマン、ベア・スターンズ等の規模において見务りする第 2 グループの投資銀行は、社

債や株式の引き受けのような伝統的な投資銀行業務における競争力を失いつつあった。

リーマン・ブラザースやベア・スターンズは、これらの業務において、1990 年代には

既に最大手のゴールドマン・サックスやシティバンクなどの大手商業銀行に大きくシェ

アを奪われていた。表 2 には 2000 年以降の社債の引き受けシェアの推移が示されてい

るが、今世紀初頭の時点で既にシティ・グループや JP モルガンがマーケット・シェア

のトップを占めていたことがわかる。さらにこの時期、バンク・オブ・アメリカやワコ

ビアも確実にシェアを伸ばしつつあったのに対し、五大投資銀行と呼ばれるゴールドマ

ン、メリル・リンチ、モルガン・スタンレー、リーマン、ベア・スターンズの各社のシ

ェアは同程度か若干目減りする傾向にある。一方、MBS 市場のような非伝統的な金融

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商品・業務の市場では比較的競争相手が少なく、投資銀行がこの分野で first mover

advantage を生かして、ポジションを確立することに躍起になっていたことは想像に難

くない表 3 に示されている通り、社債の分野ではシェアを失っていたリーマン、ベア・

スターンズが先行し、ゴールドマン・サックス等の最大手の投資銀行やシティなどの大

手商業銀行がそれに続いていた。このような状況が、投資銀行による急速なレバレッジ

の増加と過剰なリスクの追求を促した側面があることは間違いない。

[ここに表2・表3を挿入]

2.3 ゲートキーパーとしての格付け機関の機能不全

2000 年代の米国住宅市場バブルを巡るもう一つの重要な問題は、MBS 市場における

格付けの失敗とその結果発生した格付けインフレーションである(コフィー 2009)。IT

バブル崩壊に続くエンロン・ワールドコムのスキャンダルにおいては、会計事務所

(accounting firm)の金融システムのゲートキーパー=門番としての機能不全が注目さ

れ、最終的に大手会計事務所のアーサー・アンダーセンが消滅に追い込まれた。一方サ

ブプライム問題において焦点になったのは、ゲートキーパーとしての格付け機関である。

5投資銀行が伝統的な業務分野で利潤の機会を失っていたのと同じように、格付け機関

にとっても社債や株式の格付けは、儲かる分野では無くなっていた。特に格付け業務は、

米国では長い間スタンダード&プアーズ(Standard & Poors)とムーディーズ(Moody’s)の

寡占市場であったものが、1990 年代以降、買収等によってフィッチ・レーティング(Fitch

Rating)が大幅にシェアを伸ばしていた。このことによる競争の激化が社債・株式市場に

おける格付け基準の緩和傾向、すなわち格付けの品質の低下をもたらしていた(Becker

and Milbourn 2009)。67 したがって格付け機関にとっても、MBS 市場は業務経験の浅い

5 ただしリーマン・ブラザースの経営実態の検証が進むにつれて、不正な会計操作の問題

が、思われていたよりも深刻であったことが明らかになりつつあり、特に Ernst&Young に

よる監査の適切さが強く疑問視されるようになっている (Financial Times 2009A, B)。今

後の事実解明の進展によっては、エンロン・ワールドコムのスキャンダルの才と同じよう

に、再び会計事務所に避難の矛先が向かう事は十分考えうる。 6 競争の激化が「格付け」という商品の品質の低下をもたらすという議論は、矛盾している

ように思えるかもしれない。しかし投資家が事前に、格付けの正確さという商品の品質を

確認できないような状況では、格付け業者が格付けのクオリティーを保つことによって評

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分野ではあったが、より大きい利潤の期待できる分野であった。

さらに三つの要因が、MBS 市場における格付け機関の業務のスタンダードを低下さ

せることとなった。第一に、極めて多数の顧客企業の格付けを行う株式市場や社債市場

と異なり、MBS の発行市場では顧客の数がより少なく、いわば買い手の側の寡占市場

であった。例えば社債の場合は、表 2 にシェアが挙げられているアンダーライターの後

ろには、何千という社債の発行企業がいる訳であるが、個々の企業の発行額は社債発行

額全体に比べると微々たるものである.一方、MBS 市場の場合は、表 3 のアンダーラ

イターのシェアが事実上の発行体のシェアであり、トップの 5 社だけで約 44%のシェア

を占めている。したがって顧客の金融機関は、より良いレーティングを行う格付け機関

を選択する、いわゆる「レーティング・ショッピング」によって、格付けを吊り上げさ

せるようなプレッシャーをかける力を有していた。第二に、MBS や CDO のような複雑

な金融商品の格付けに関しては、社債や株式のようなシンプルな商品に較べると、そも

そも個々の格付け機関の格付けが大きく異なる傾向にある。その場合、それぞれの格付

け業者の行った格付けにバイアスが無かったとしても、アンダーライターの金融機関の

側がより有利な方を採用することによって、結果として格付けのインフレーションが発

生していた可能性がある。

第三に、(第二の説明とは相反するかもしれないが)特に CDO の組成が技術的に新し

くなおかつ複雑化・高度化する一方で、十分に確立された客観的な格付けの方法論がな

いために、格付け機関がその格付け基準をある程度明示的に示す必要に駆られていたと

いう実態がある。その結果、金融機関の側が格付け機関のモデルに合わせ、高格付けを

得ることだけを目的とした一面的な CDO の組成を行うようになってしまったため、逆

に CDO の本当のリスクと格付けの関係が曖昧になってしまったという指摘もある

(Benmelech and Dlugosz, 2009)。

判を確保することで得る将来の利潤が、十分に大きいものでなければならない。したがっ

て競争の激化によって利潤が低下すると、格付けのクオリティーが低下する可能性が発生

する(Klein and Leffler 1981)。格付け業務において問題をさらに困難にしているのは、格付

けという商品の真のクオリティーが明らかになる機会、すなわちデフォルトの発生する機

会が、通常の商品よりも遥かに少ないという点である。 7 理論的には、競争の激化が「必ず」格付けの品質の低下をもたらすわけではない(Hörner

2002)。しかし Becker and Milbourn (2009)は、フィッチ・レーティング参入後の米国の社債

の格付け市場で、実際に「格付け」の低下が発生した明確な証拠を示している。

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金融市場のゲートキーパーとしての格付け機関の権威を決定付けるのは、あくまでも

マーケットにおける彼らの「評判 reputation」である。そのため、これまで格付け機関

が直接的な規制強化や投資家の訴訟の明確な対象となることはなかったが、世界金融危

機の深刻化に伴い状況は一変した(New York Times 2008, 2009)。サブプライム問題は、

格付けされる側の発行体が主に料金を支払うという格付け機関のビジネス・モデルが、

潜在的に大きな問題を持っていることを明らかにした。格付け機関の格付けをある程度

信頼できるのは、株式や社債といった古くから存在し、その評価方法がかなり確立して

いる金融商品に限定される。一方 MBS・CDO 関係の新しい証券化商品については、そ

もそも格付け機関がそのような複雑な商品を審査する能力を有していたかどうかが怪

しい。また、投資家が格付け業務の質を評価するために必要な十分なデフォルト発生の

データと歴史にも欠けていた。そのため、「評判」を確保するために、格付け業者が供

給する商品の質を下げないようにするというインセンティブ・メカニズムが、上手く機

能していなかったと考えられる。この点については、格付け業界がより競争的であった

としても違いはなかったろうし、むしろ逆に競争の増加が事態を悪化させていたかもし

れない。つまり格付け機関の業務は、一般に考えて来られていたよりも遥かに微妙なバ

ランスの上に成り立っているビジネス・モデルなのである。

無論、格付けに問題があったにしても、住宅価格が上昇を続ければ、デフォルトの増

加が起こっても問題は無かった。しかしこの点に関しては、単純に金融機関・格付け機

関とも判断を間違っていた。その意味では、Reinhert and Rogoff (2009) の言う「今度は

違う This Time is Different」症候群に陥っていたといえる。

3. 金融機関におけるインセンティブの問題

前節では、サブプライム問題の本質が信用供給型のバブルであり、住宅ローンの貸出

し市場ではなく、投資銀行を中心とした、大規模なレバレッジを用いた MBS 市場での

過剰なリスクテイクが本質的な問題であったことを議論した。これを受けて第3節と第

4節では、その背後にあるより長期的・制度的な要因について議論する。まず第3節で

は、金融機関におけるインセンティブ問題を、特に経営陣のインセンティブ問題を中心

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に検討する。次の第4節では、米国の金融規制の問題点について議論する。

3.1 金融機関の報酬制度と過剰なリスクの追求

サブプライム危機を語るにあたって、ありがちな議論は「インチキ金融商品を作って

売るヤツがいたから」というものである。これはまったく正しい認識だが、陳腐で役に

立たない決まり文句の類である。明らかな犯罪である Madoff スキャンダルのようなケ

ースを一般化して議論しようというのは無理があり、サブプライム問題の本質的な問題

点を理解し、今後の政策・制度改革を考えるにあたって本当に考えなければいけないの

は、なぜ MBS・CDO のような金融商品のリスクの過小評価が起こったか、特になぜリ

スクの過小評価がそれらの金融商品を供給する側で起こったのかという問題である。こ

の問題を理解するには、近年の米国における金融機関の過度なリスクテイクを助長した、

経営陣・従業員の報酬システム(インセンティブ・スキーム)の問題と、組織としての

米国金融機関が抱える問題点を検討しなければならない。

サブプライム問題に関する制度改革の議論の中で真っ先に取り上げられたのが、金融

機関の経営陣に対する報酬規制である。そのような議論の芽は金融危機以前から間違い

なくあったが、特にリーマン・ショック後、「投資銀行の経営陣は短期的な業績の上昇

を目的として、過剰なリスクテイクを行った」という批判が噴出し、米国議会や G20

等の国際会議では経営者報酬規制の論議が盛んに行われた。そして金融機関の経営陣の

報酬を短期ではなく、少なくとも数年といった長い期間を取った業績にリンクさせるな

どといった提案がなされている。

これらの制度改革が一般論として望ましい方向に進んでいることは間違いないだろ

うが、金融機関の経営者の報酬制度に問題があったにしても、議論はさほど単純ではな

い。まず第 1 に、経営者の報酬制度が米国金融機関の過剰なリスクの追求を助長したと

いう、実証上の明確な証拠はない。Fahlenbranch and Stulz (2009) は、2008 年の金融危機

の前後における金融機関の CEO の株式オプション等を含む報酬制度と自社株の保有状

態を調べ、経営陣の所得・富が、株主のそれとかなり強くリンクしていることを発見し

ている。より具体的に言えば、リーマン・ブラザースの CEO であったリチャード・フ

ァルド Richard Fuld のような金融機関の経営者は、2008 年の金融危機によって自身の多

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12

くの資産を失っており、高額報酬を受け取りつつ「稼ぎ逃げ」、「もらい逃げ」を意図し

て在任中に過度のリスクテイクを行ったというありがちなシナリオはあてはまらない。

Adams (2009)は、米国では金融機関のガバナンスの方が非金融企業のガバナンスより一

般に優れており、業績と報酬の連動についても金融機関以外の業種の方がより極端であ

ることを指摘している。また McDonald and Robinson (2009)の中の記述や、筆者が個人

的に米国の投資銀行に勤める/ていた大学院時代の複数の同級生にインタビューした

限りでも、在職中もしくは退職直後に自社株を売却することは契約上許されていないこ

とが多く、実際に個人レベルで多額の損失を被った投資銀行退職者の例は多いと言われ

ている。したがって、米国系金融機関における経営陣および大半の従業員のインセンテ

ィブ・スキームは株主のそれとほぼ整合的であった、つまり株主と経営陣の間のエージ

ェンシー問題は、例えば自動車産業の BIG3 のようなケースと比較すると、かなり限定

的であったと考えるべきであろう。

第 2 に、現在の論議は経営者報酬に集中しているが、MBS・CDO 等の金融危機の直

接の原因となった商品の開発・取引を実際に行ったのは、もっと下のレベルの中間管理

職である。例えば McDonald and Robinson (2009) の記述では、CEO のファルドはリーマ

ン・ブラザースの実際のビジネスの状況を十分に把握できていない「象牙の塔の男」で

あり、自身がのモーゲージ業務を積極的に推し進めたというよりは、それが潜在的には

らんでいるリスクを十分認識しないまま、高い収益を挙げている担当部門にお墨付きを

与えていただけという方が妥当である。

またリーマンの倒産と同時期に深刻な経営危機に陥っていて、政府による救済を仰い

だ保険会社の AIG(American International Group)のケースでは、MBS から組成された債

務担保証券 CDO に関するクレディット・デフォルト・スワップ Credit Default Swap の

大量購入が最大の問題であった。しかし、実際にそのような取引を行っていたのは米国

AIG 本体ではなく、ロンドン所在の A.I.G. Financial Products と呼ばれる一部門であり、

1 万 2 千人近い AIG グループの社員のうち、たった 400 人弱が所属する海外子会社の損

失が AIG を倒産の危機に追い込んだのである(New York Times 2008A)。このケースで

もやはり、経営者の意図的なリスクの追及というよりは、単なる無知・無能という捉え

方のほうが、より妥当性が高いと考えられる。

以上のことを踏まえると、経営陣のインセンティブが株主のそれと一致していること

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13

を前提とした上で、それでも経営陣による過度のリスク・テイキングが行われるような

説明が必要になってくる。株価が短期的には多くのミス・プライシングを含んでおり、

それに報酬制度をリンクさせることで企業の経営判断が非効率的・近視眼的になるとい

う議論は古くからある。例えば Stein (1989)は、80 年代後半当時に好調だった日本やド

イツ企業との対比で、株価偏重主義の米国企業が近視眼的な経営に陥っているという理

論分析を行っている。今回の金融危機の原因についての分析としては、例えば Shleifer

and Vishny (2009)などがこのタイプの分析を展開し、株式市場からの圧力を米国金融機

関によるかどのリスクテイクの主要な要因であることを示唆している。

また Diamond and Rajan (2009)は、今回の危機の主役であるクレディット系の派生証

券は、デフォルトのような比較的稀にしか発生しないリスク、いわゆるテールリスクも

しくはレアイベントに関するリスクをとっている金融商品であることを指摘し、株価変

動のような短期的なリスクだけを勘案した報酬制度では、経営陣がテールリスクを無視

した意思決定を行うことを避けることが出来ないと論じている。ただし、金融機関の経

営陣が意図的にテールリスク・レアイベントのリスクを無視したのか、単にそのような

リスクの存在を把握していなかっただけなのかは定かではなく、より注意深い検討が必

要な問題である。

代替的な説明として、「株主=経営」vs「負債の保有者」というエージェンシー問題

を考え、過剰なリスクの一部が債権者にトランスファーされていたと考えることが可能

である。もう一つの有り得る説明は、大手金融機関の経営陣が、いわゆる「too big to fail」

の考え方にしたがって最後は政府が救ってくれるだろうと考えていた、というものであ

る。この場合は政府が金融機関を救済することによって、過剰なリスクの追求によって

発生したコストは、最終的には納税者の負担になるものと考えられる。個人的に、これ

らの説明が部分的には正しいにせよ、それだけでは十分に説得的ではないと考えるのは、

いずれのケースでも特に金融機関の場合は、リスクが顕在化した際には厳しく経営責任

が問われる可能性が高いことである。米国の大手金融機関の経営トップの個人的な優先

順位を考えると、その最大のモチベーションはライバルに対する強烈な競争意識であり、

例え金銭的な見返りが大きいにせよ、地位を失う大きなリスクを積極的に犯すとは考え

にくい。8 事後的に見ても、サブプライム危機の結果その地位を追われた経営陣達が、

8 McDonald and Robinson (2009)と Tett (2009)はともにリーマンが倒産に到った一因として、

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事前にそうなる可能性をも考慮した上で、MBS 市場でのリスクを取り、レバレッジを

増加させていたとも到底考えられない。また、複数の大手金融機関で同時に非常によく

似た問題が発生していることを考えると、群衆行動を引き起こすようなメカニズムを持

った説明が必要であることも指摘しておきたい。

目に付きやすい問題だけに、金融機関の経営陣の報酬体系の問題は今回の金融危機の

重大な要因とみなされている。しかし以上のような最近の研究の方向性は、その重要性

が必要以上に強調されてきた可能性を示唆している。確かに、米国金融業界における「ス

ター・プレーヤー」の報酬体系や移籍・引き抜きの現状は、一部のプロ・スポーツ選手

のそれと同じような様相を呈している。特に報酬の水準が度を越えたものになってしま

っており、効率性の観点から見ても問題があるという批判は十分有り得るし、説得力も

あるものである(Groysberg, 2010)。ただプレーヤーの報酬の高騰を問題視する議論と、

それがスポーツとしての野球やサッカーがつまらなくなったとか、危険なものになった

とかいう議論は直接には結びつかない。同じことはウォール街の報酬制度を巡る議論に

ついても言える。米国の投資銀行の CEO の報酬の水準が妥当なものかどうかは議論の

余地が大いにあるところだが、貰いすぎであるにしても、それがサブプライム問題を引

き起こした経営判断の間違いにつながったという証拠にはならないことに注意すべき

である。

米国系金融機関に限れば、もう一つの大きな潜在的問題は、そのコーポレートガバナ

ンスの構造、すなわち株主構成が極端に分権化している点である。他の先進諸国の株主

構成は、程度の違いこそあれ米国よりは遥かに集中度が高く、大株主がある程度まで集

中的にモニタリングの役割を担っていると考えられる。これに対し米国企業では、不特

定多数の株主が株式市場を通じたモニタリングに頼る状況がより一般的であり、経営陣

は良くも悪くも短期的な株価の動向に影響されるが強い。そのような傾向が一方的に悪

いという訳ではないが、個々の株主のレベルでは、大きくレバレッジを掛けてリスクを

取るという経営方針をけん制するインセンティブも能力も存在しなかったことは、事後

的には明白であろう。この点は 3.2 節で議論する、米国系投資銀行のパートナー制から

公開企業への移行の問題とも、深く関係している。

CEO のファルドが、当初、吸収合併されるという形での救済を強く拒んだことを指摘して

おり、その背景として彼が極めて独立心・敵愾心の強い人物であったことを指摘している。

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3.2 ビジネスモデルとしての米国系投資銀行の限界

サブプライム金融危機の金融危機の主役となった米国の投資銀行のビジネスモデル

は、そもそもは 1930 年代初頭の一連の銀行危機を教訓として、1933 年に制定されたグ

ラス=スティーガル法による商業銀行と投資銀行業務の分離(いわゆる「グラス=ステ

ィーガル法の壁」)に強く影響を受けている。このため個人からの預金を受け入れる商

業銀行が主に FRB の監督下あるのに対し、投資銀行は SEC の監督下にあった。しかし

1970 年代以降の規制緩和や繰り返される M&A、金融イノベーションの進展などによっ

て9、商業銀行と投資銀行の間の区分は時代とともに曖昧になり、最終的にはクリント

ン政権下の 1999 年に成立したグラム=リーチ=ブライリー法(Gramm-Leach-Bliley Act:

以下 GLBA)によって、グラス=スティーガル法の壁の崩壊は既成事実化された。10

米国系の投資銀行のビジネス・モデルが大きな転機を迎えたのは、グラス=スティー

ガル法の壁が崩壊していく過程で、商業銀行が社債や株式のアンダーライターのような

伝統的投資銀行業務に参入し、この分野での市場支配力が低下するとともに、競争の激

化に伴って利潤も大きく低下したことによる(2.2 節参照)。投資銀行においても利潤の

源泉はトレーディング部門や、より近年では不動産部門に移っており、特に GLBA の

施行以降の 21 世紀に入ってからは、金融業界における組織としての投資銀行の確立さ

れた優位性が存在しているわけではなかった。

また投資銀行は歴史的にはパートナー制を引いており、1970 年代までは規制によっ

て株式の公開を制限されていたが、1985 年のベア・スターンズを皮切りに、1999 年に

株式を公開したゴールドマン・サックスを最後として、ウォール街のメジャーな投資銀

行はすべて株式会社化してしまった。これらの投資銀行の株式会社化には二つの大きな

メリットがあった。第一に IPO よって資本を大幅に増強し、取引においてより大きくレ

バレッジを掛けられるようになった。これは規模を拡大し、グラス=スティーガル法の

9 例えばメリルリンチ等の証券会社は、銀行預金と相当まで代替的な金融サービスを提供す

るマネーマーケット・ミューチュアル・ファンドを積極的に展開した。またグラス=ステ

ィーガル法は国際的な銀行業務を念頭においていなかったため、米国の商業銀行はユーロ

ボンドのアンダーライターを行うことができた。 10 GLB 法の詳細については、野々口秀樹・武田洋子 (2000)を参照

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壁を乗り越えて投資銀行業務に参入してきたシティ・グループやバンク・オブ・アメリ

カなどの商業銀行と対抗するために、投資銀行にとってぜひとも必要なことであった。

第二に、1980 年代以降の米国における株式を用いた報酬体系の急速な広がりを受けて11、

パートナー以外の従業員に対する報酬としても自社株を用いることが可能になった。

その一方で株式会社化以降、投資銀行の経営は、他社による M&A の可能性を含め、

株式市場からの短期のプレッシャーに必然的にさらされることとなった。預金によって

大半の資金調達を行う商業銀行と異なり、短期の負債に依存している投資銀行では、こ

のことは極めて重要なインパクトを持つ。すなわち様々な投資銀行業務の自体が、大き

くその評判に依存しており、株価の低下という形での評判の低下は、自己実現的に資金

繰りの悪化をもたらす可能性がある。その結果、投資銀行は常に、株式市場において同

業他社との比較にさらされることになり、それが群衆行動 herd behavior を発生させた可

能性が高い。もう少し具体的に言うと、ある投資銀行がモーゲージの証券化業務で大き

な利益を挙げている状況では、他の投資銀行は例えリスクが高いと判断したような場合

でも、それに追随せざるを得なくなっていたと考えるのが妥当である。12

以上の点は 3.1 節で議論した、エージェンシー問題に関する議論と深く結びついてい

る。パートナー制から公開会社に移行したことが、米国の投資銀行による過剰なリスク

追求に駆り立てた大きな理由だと考える議論は多くあるようである(Welch and Welch

2008)。しかし投資銀行の株式の公開は、従業員の報酬の株価へのリンクの強化とほぼ

同時期に起こっているため、少なくとも原理的には、投資銀行が「他人の金でリスクを

取るようになったことが問題である」という指摘は、さほど根拠があるものではない。

また株価をコントロールするための合法・違法の会計的な操作や、オフバランスの子会

社の利用といった問題が発生していたことも確かである。しかし一番重要なのは、繰り

返し述べているように、株式市場で同業他社と直接に比較されることのプレッシャーが

増し、結果として過当競争が発生し、群衆行動的にリスクの過剰な追求が起こったとい

11

近年の米国企業における、株式オプションをはじめとする自社株を用いた従業員に対す

る報酬制度の拡大を巡る論点については Hall and Murphy (2003)を参照。 12

シティ・グループの CEO だったチャールズ・プリンスの「音楽が止まれば、流動性につ

いては困難な事態が発生するだろう。しかし、音楽が流れている限り我々は踊り続けなけ

ればならない。我々は今まさに踊っているのだ。(―When the music stops, in terms of liquidity,

things will be complicated. But as long as the music is playing, you’ve got to get up and dance.

We’re still dancing.‖ Financial Times 2007)」という発言は、サブプライム・バブル期における

金融機関の行動が群衆行動的側面を強く持っていたことを象徴している。

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う点であろう。さもなければサブプライム問題の負の側面は投資銀行に集中していたは

ずであるが、実際にはゴールドマン・サックスのようにかつての投資銀行の中にも(相

対的な)ゲームの勝者はいるし、AIG やシティ・グループのように重大な損失を被った

投資銀行以外の金融機関も存在している。

一方、1990 年代以降、ヘッジファンドという業務形態が急速に普及した(Lo 2008; 祝

迫 2009)。同時期に米国系投資銀行が公開会社化すると、先鋭的なリスクと収益利の追

求という役割は、ヘッジファンドをはじめとする、いわゆる「影の金融システム shadow

banking system」に移っていく。結局、投資銀行が規模を追求して公開会社化すれば組

織が保守化・官僚化するのは避けられないし、かといって規模に関しては預金という裏

付けのある大手の商業銀行に太刀打ちできない。人材の確保という視点からも、アグレ

ッシブで束縛を嫌う人材については、ヘッジファンド業界との競争になってしまう。そ

の結果、大規模で保守的な本体の傘下に別会社として利潤を追求するヘッジファンド部

門がある、もしくは積極的な資産運用は外部のヘッジファンドにアウトソーシングする

というのが、生き残りに最適な組織形態ということになる。一方で規模が中途半端な投

資銀行は、積極的にリスクを追求するには公開会社化している上にサイズが大きすぎる

が、利潤率の薄い安定的な市場では十分なマーケットシェアを確保できないという意味

で、その歴史的な役割を終えつつあったといえるのだろう。

3.3 金融工学の進歩とリスク管理の失敗

既に部分的に言及しているところではあるが、サブプライム危機の無視できない重要

な要因の一つは、ファイナンス・金融工学の急激な発展である。筆者自身がその真っ只

中で研究者としてのトレーニングを受けていたために、これまでそのことを強く認識す

ることは今まで余りなかったが、振り返ってみると確かに 1980 年代の後半以降、この

分野は学問・実務の両面において急速な成長を遂げたと言えるだろう。

巷では「金融工学の暴走」などといった大げさな表現が跋扈しているが、オプション

価格のブラック=ショールズ式などに代表される比較的初期の金融工学の貢献が、今回

の金融危機の発生に加担した証拠は皆無である。これらの理論的な成果はそもそも金融

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市場が効率的であることを前提としており、現実の経済取引において用いられるような

状況では、市場価格の理論値からの乖離を見つけ出して、ミスプライシングを利用して

利益を挙げるために用いられる。したがって、そのようなファイナンス/金融工学の利

用は、原則として市場の効率性を高める方向に機能するはずである。市場の効率性が追

求されていった結果、近年の金融市場では伝統的・新古典派的なファイナンス理論に基

づいた金融取引で、ベンチマークを上回る利潤を挙げることが困難になっていったと考

えられる。そのことは結果として、非伝統的な金融資産・取引の開発を促すことになっ

た。近年開発されたこれらの非伝統的な金融資産・取引に共通する特徴は、平均=分散

の意味での効率性の分析のフレームワークからはみ出したリスクを取ることで、利潤を

挙げようと試みている点である。CDS(クレディット・デフォルト・スワップ)や MBS・

CDO 等のクレディット系の金融商品では、デフォルトリスクがそのようなリスクに相

当する。またヘッジファンドの取引戦略の一部では、ポジションの流動性の低さがその

ようなリスクに相当するものと考えられている(Lo 2008; 祝迫 2009)。

このような金融工学・ファイナンスの急激な進歩・拡大は、二つの重要なインプリケ

ーションを持つ。第一に技術的な進歩が余りに急速であったために、金融機関の経営陣

が、最新の金融商品・取引の持つリスクを本当のところどこまで理解していたかは、か

なり怪しいと言わざるを得ない。既に述べたが McDonald and Robinson (2009) の暴露本

の記述では、リーマンの CEO だったリチャード・ファルドは MBS や CDO の潜在的リ

スクの性質を理解しておらず、単に目先の利益と他社との競争につられて、これらの金

融商品の取引を推進していた。これが破綻もしくは大量の損失を出した多くの金融機関

における、経営陣の実像なのではないかと思われる(Tett 2009 も参照)。

第二の問題として、テイルリスクやレア・イベントのリスクの計測の困難さが指摘さ

れる。これは世界金融危機が発生する以前から、多くの実務家によって指摘されていた

点である(Bookstaber 2007; Reboneto 2007)。この種のリスクは、その名前が指し示すと

おり観察される回数が少ないために、統計学的なリスク管理の手法に本質的に馴染まな

い部分がある。例えば住宅ローンのデフォルトが多数同時に発生するというレアイベン

トのリスクの計測は、マーケット全体の状態が常に一定なら比較的容易なはずである。

13しかし住宅ローン市場では、デフォルトの発生確率や相関の高さは景気循環に伴って

13

企業に対する債権を原資産とする場合と違って、住宅ローンを原資産とするクレディッ

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変化するし、景気循環は数年に一回という頻度でしか発生しないイベントである。なお

かつ 2000 年代の米国では、大量の MBS・CDO が発行されるのと同時に、原資産であ

るサブプライム貸付についても借入れ層の飛躍的拡大とともに質的に多く変化してい

るので、必然的にローン・ポートフォリオの質も大きく変化していたものと考えられる。

そのような状況で MBS・CDO 等の金融商品の持つリスクを、全面的に統計的手法のみ

に頼って計測しようとする試みには、ほとんど意味がない。確かに「相対的」に発生確

率が低い現象を取り扱う統計的手法は存在するが、そもそも「絶対的」な観察数が少な

い現象となると、話はまったく違ってくる。14何らかのリスク管理が必要であったには

違いないだろうが、そのような状況では、非常に重要な部分の判断を人間の「常識的判

断」に頼らざるを得ないことも明らかである。しかし実際には、技術的には複雑で洗練

されているかのように見えるが、本質的な部分では過度に単純化された状況を想定した

リスク管理が行われていた。つまり統計的なリスク管理手法は、それを利用した人間が

が意図してそうしたことかどうかは別として、結果的に MBS や CDO を濫造するため

の免罪符としての役割を果たしていたといえる。15

3.4 まとめ

本節のここまでの議論を踏まえると、巷で行われている議論とは裏腹に、金融機関の

経営陣の金銭的なインセンティブが、過剰なリスクの追及を促進した真の原因であった

という説明は必ずしも十分に説得的であるとは言えない部分がある。絶対的な報酬額の

高さが本当に正当化できるものなのかどうかは大いに疑問だが、一方でそのことが、過

剰にレバレッジをかけつつリスクをとるような、米国系投資銀行に代表される経営のあ

りかたの直接的な説明になっているとは言えない。むしろ、自社のパフォーマンスが同

業他社のそれを大きく下回ると経営陣が職を追われるとか、M&A の対象となるとかい

った、より直接的な株式市場からのプレッシャーが金融機関の経営陣に与えた影響の方

ト系の金融商品の価格評価は、そもそもより大きな困難を抱えているという指摘もある。 14

金融機関のリスクや管理クレディット系の金融商品の評価に使われる統計学的手法の解

説としては、例えば McNeil, Frey, and Embrechts (2005)を参照。 15

Tett (2009)によれば、1990 年代後半に JP モルガンでクレディット系の商品を最初に開発

したチームのメンバーは、世界金融危機発生後にベア・スターンズやリーマンなどで行わ

れていたクレディット関係の金融商品の組成やそのリスク管理の実態を知って、そのずさ

んさに驚いたと言われている。

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が重要であったと考えられる。

また重要な要素として、大恐慌の以降の金融規制の変遷の歴史的産物とも言える米国

の投資銀行のビジネス・モデルが、時代の変化とともにその役目を終えつつあったこと

を指摘できよう。ある程度の規模を持つ公開会社である一方で、伝統的な投資銀行業務

での利潤は長期的な低迷傾向にあり、そのため大手の中でも第二グループに属するリー

マン、ベア・スターンズ等は過剰なリスクの追求に走ったと考えられる。

最後に、長期に渡った市場の活況と好景気によるウォール街全体としての自身の能力

への過信も、かなり大きな役割を果たしたのかもしれない。古くから業界の言い伝え

(forklore)のように言われてきたことであるが、投資銀行をはじめとする金融業界のよう

に、運不運が少なからず業績を左右する業界においては、他人はもちろん本人にとって

すら、どこからどこまでが実力によるもので、どこまでが単なる幸運によるものなのか

を区別するのは難しい(Taleb 2001)。1990 年代以降の 15 年以上にわたる好景気が、米

国経済全体に自信過剰の傾向をもたらしていたことは想像に難くないが、その傾向がも

っとも顕著であったのはウォール街においてであっただろう。16

4. 金融規制の制度的問題点

本節ではサブプライム問題を巡るもう一つの重要な制度的要因として,金融規制の問題

を取り上げる。まず最初に 4.1 節では,米国の金融規制に固有の問題として,極端に分

断化 fragmented された規制・監督体制の問題について議論する。4.2 節では,より一般

的な文脈で,金融危機の潜在的要因に臨機応変に対応し,プルーデンス政策を行うため

の規制・監督体制のあり方について,プルーデンス政策としての金融政策との関係も含

めて議論する。

16

LTCM 危機の経営者であった John Meriwether や、アジア通貨危機で同じようにファンド

の閉鎖に追い込まれた Victor Niederhoffer は、その後 2000 年代に入って復活し、それぞれ自

分のヘッジファンドを経営していたが、サブプライム危機に巻き込まれる形で再度ファン

ドの清算に追い込まれた。彼らがそれぞれに優秀なファンド・マネージャーであったこと

は間違いないのかも知れないが、かなり自信過剰な性格を有していたこともまた明白であ

るように思われる。

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なおプルーデンス政策を考えるにあたっては、金融危機を事前に防止するため(crisis

prevention)の政策と、危機が発生してしまった際にその影響を最小限に抑える(crisis

management)政策の両方の問題がある。本研究会では、Kroszner 論文が後者の問題につ

いて周到な検討を行っているので、本節では主に金融危機の防止措置としてのプルーデ

ンス政策に焦点をあてることにする。

4.1 統制を欠いた米国の金融規制制度

ここまで議論してきた様々な論点の背景に有る共通する問題として,米国の金融規制

システムにおける全体的な統制の欠如がある。これは経済学者よりは,実務家や法律家

によって強調されてきた点であるが,米国の金融規制はどの規制機関が金融システム・

サービスのどの部分に対して規制権限を持つかという点において極めて分断

fragmentation された状況にあり,その一方で金融機関のコングロマリット化が大幅に進

行したがために,金融規制全体として調和や整合性が取れない状態に陥っている。

米国の金融規制は「機能主義 functional regulartion」であり,証券・銀行・保険とい

った異なる金融サービス機能を,それぞれ異なる規制当局が監督するものといわれるこ

とが多い。グラス=スティーガル法の名実ともの撤廃を決定づけた 1999 年のグラム=

リーチ=ブライリー法(Gramm-Leach-Bliley Act: GLB 法)においても,この見方が取られ

ている。しかしながら GLBA においては,SEC は商業銀行の国債の販売に関する監視・

規制の権限を与えられていない。同じように GLBA は、商業銀行による証券取引の監

督権限を SEC ではなく銀行の監督当局に与えている。この結果,GLBA 以降の短い期

間だけを取って見ても,銀行規制当局と SEC は銀行を巡る互いの規制権限を巡って縄

張り争いを続けている。また銀行自体の規制をとっても,表 4 に見られるように全国銀

行 national banks は通貨監査局 OCC,連邦準備制度に属する州域銀行 sate-chartered banks

は FRB,連邦準備制度に属さないが預金保険制度には属している銀行については連邦預

金保険後者 FDIC と,極めて似通った三種類の金融機関に対し,それぞれの規制当局が

存在している。このように、金融システムに関する監督・規制権限が極めて分断化され

ているため、権限の overlapping と underlapping の両方が発生しており、そのことが米国

の金融システムに不安定性をもたらす可能性については、サブプライム・ショックの発

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生以前から指摘が多かった。17

[ここに表 4 を挿入]

したがってサブプライム危機が本当に深刻化する直前の 2008 年 3 月に出された、米

国財務省による報告書 Blue Print for a Modernized Financial Regulatory Structure (2008)に

おいても,規制権限と機関の当局の統合整理の方針が示唆されている。その中では,英

国や日本の FSA のような一元化された監督機関による監視・規制の方向性、Coffee and

Sale (2008)の用語を借りればシングル・ピーク型の規制システムを目指すことが示唆さ

れている。18ただし,それぞれの監督機関に対応する議会内の委員会同士の権限争いも

あり,このような規制の一元化が本当に可能かは疑問である。

いずれにせよ,表4にまとめられているような不必要に分断・分権化されている金融

規制システムのもとでは,regulatory arbitrage が発生する。民間金融機関は,自分たち

に都合の良い規制をしてくれる規制当局に擦り寄るし,規制当局の方でも民間の期待に

応えようとするインセンティブが働く。その結果,規制は必要以上に緩和され,システ

ミック・リスクを増大させるバイアスが発生する。既に述べた SEC による CSE プログ

ラムのコントロールの失敗と,それに伴う大手答申銀行の大幅なレバレッジの増加は,

そのようなバイアスが生み出した金融規制の失敗の結果であったとみなすことができ

る。

4.2 サブプライム危機後の規制改革の方向性

サブプライム危機以降、当然のことながら金融規制監督システムの改革が議論される

ようになり、その結果、英国・日本型のシングル・ピーク規制を目指すとする方針にも、

大きな変化が見られるようになってきた。今回のサブプライム危機では、1930 年代の

大恐慌以降初めて金融バブルの崩壊が実物経済に大きな負の影響を与えることになっ

17

サブプライム危機発生以前の米国の金融規制の状況については、Hubbard (2007)の第 14

章を参照。 18 ただし Group of Thirty (2008)の議論の中では、Blueprint は「修正されたツイン・ピー

クス・アプローチ」を目指しているとされている。

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たため、システミック・リスクを予防するためのプルーデンス規制に、より大きな比重

が置かれることになったのである。その過程で投資家保護のようなミクロの規制を行う

規制機関と、プルーデンス規制を行う規制機関を分離することの必要性が強調されるよ

うなっている(Coffee and Sale 2008)。

その背景には、マクロのシステミック・リスクのマネジメントを SEC に委ねるのは

困難だという認識がある。第 1 に、リーマン・ショックを経て、大手の米国投資銀行は

すべて商業銀行に転換するか倒産するか、もしくは吸収合併されてしまった。したがっ

て SEC は、もはやシステミック・リスクの震源となるような大手金融機関に対する直

接の監督権限を有しておらず、この役割を担うのは難しい立場にある。第二に、プルー

デンス規制の対象として重要になのは金融コングロマリットであり、商業銀行に加え、

AIG のような保険会社やヘッジファンドもその範疇に入ってくる。既に述べたように、

これらの金融機関のリスク・マネジメントの規制に関わる業務は、ファイナンスや経済

学の高い専門知識が要求される分野であり、SEC よりは銀行監督・規制当局に比較優位

がある。また MBS のような複雑で比較的新しい金融商品の規制について、市場の変化

を見据えつつ柔軟に規制を適用し、場合によっては変更していくという作業についても

同じことが言えるであろう。したがって、投資家保護のような純粋にミクロ経済学的な

観点からの規制は SEC に任せるべきだが、システミック・リスクに対応して、柔軟で

素早い対応が求められる対処療法的なプルーデンス規制については、その権限は、今後

は FRB その他の銀行監督当局に委ねられることとなるであろう/あるべきだという考

え方が勢いを増してきている。この点に関して Coffee and Sale (2008)は、米国はシング

ル・ピーク型ではなく、オランダやオーストラリアのようなツイン・ピーク型の規制シ

ステムを追求すべきだと論じている。

4.3 誰がプルーデンス規制を行うのか?

ここまでの議論は、米国のサブプライム危機の発生原因について、主にミクロの視点

からその原因について検討してきた。しかしサブプライム危機を経て、自由な金融取引

と金融イノベーションを保障しつつ、すべての投機の目を「事前の」ミクロの金融規制

で完全に摘んでしまうのは不可能だという認識が共有されつつある。したがって、金融

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24

システム全体の動向を観察しながら、システミック・リスクを引き起こすような問題に

臨機応変に対処するような、対処療法的なプルーデンス規制を行うことがどうしても必

要になってくる。すなわち、サブプライム問題における 2000 年代に入ってからの MBS

市場の変質とそれに伴う加熱をけん制するような、金融機関・市場に対する直接的な監

督・規制が必要になる。では誰がこのようなプルーデンス政策、いわゆるマクロ・プル

ーデンス政策を担うべきなのであろうか? 4.2 節での議論では、米国の場合、プルーデ

ンス規制全般を FRB が担うべきであるということが示唆されていた。しかし、二つの

かなり異なる理由で議論はそこまで単純ではない。

FRB がマクロ・プルーデンス政策を担うことの困難の最初の問題点は、極めて政治経

済学的な問題である。今回の米国発世界金融危機について、その原因の少なくとも幾分

かが、グリーンスパン議長時代の FRB による過度な金融緩和が大きな原因であったと

考える向きは多い(Taylor 2009)。またバーナンキ議長に対しても、2002 年から 2005 年

までグリーンスパン時代に自身が FRB 幹部であり、またその時期にいわゆる「バーナ

ンキ・ドクトリン」呼ばれる金融緩和を推し進めるような主張(Bernanke 2002)を行って

いたことについての批判がある(Santow 2008)。また FRB 議長としての金融危機への対

応においても、ポールソン財務長官とともに Bank of America に Merrill Lynch の買収か

ら撤退しないように極めて強く働きかけたことや、(FRB 議長に主たる責任があるかど

うか明らかではないが)金融機関の救済に多額の政府支出を行ったことに対する、議会

保守派の反発が強い。結果として、米国の総合金融規制改革に関する財務省案において

は、マクロ・プルーデンスの視点から金融規制監督を行なう機関として金融サービス監

視委員会(Financial Services Oversight Council:FSOC)を新たに設置する方針が示され、

FRB は主にミクロ・プルーデンスの役割を担うことが示唆されている。ただし本論文執

筆時点では、具体的に金融サービス監視委員会がどのような組織になるのかについては、

まったくといって良いほど決まっておらず、米国の金融規制改革がどのような最終的な

決着に至るかについては、決定的なことは何も言えない状態にある。

FRB がマクロ・プルーデンス政策を担うことの第二の問題は、中央銀行がマクロ金融

政策とプルーデンス規制の両方に関して独占的にその任を担うことに関する、より普遍

的な問題点である。1970 年代から 80 年代初めにかけてのインフレとの戦いを経て、世

界の中央銀行の一番のプライオリティは、各国によって多少のウェイトの違いはあるに

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25

せよインフレをできるだけ低く抑えつつ、実物経済に対する景気刺激策をとることであ

った。1980 年代初頭のボルカー・デフレーションを経て、80 年代後半以降、先進国に

おける景気の振幅の減少とインフレ率の顕著な低下が観察されるようになり、「グレー

ト・モデレーション great moderation」という表現とともに、このような中央銀行の目標

は完全に達成されたかのように見なされることとなった。19しかし本論文の冒頭で述べ

た、1980 年代後半における我が国のバブル経済に始まる、世界各国における金融バブ

ルとそれに続く金融危機の経験は、このような認識が希望的観測に過ぎなかったとこと

を意味している。すなわち、実物経済に効率的な投資機会が十分存在しないときに、低

インフレに強くコミットしつつ金融政策によって実物経済を強く刺激することは、金融

システム内の金余り現象を引き起こし、それはしばしば資産価格バブルを引き起こす。

振り返ってみれば、IT バブル崩壊後の米国の状況は、80 年代末の日本の状況とともに、

まさにこのような条件にあてはまるような状態にあったと考えられる。また現在の米国

でも、実物経済の回復が緩慢な一方で、金融機関はいち早く復活しており、その結果商

品市場などでは投機的な動きが窺えるという点で、上記の条件に対応する部分が見られ

る。

つまり 80 年代後半以降の先進国の経験は、

(1) インフレ期待を非常に低く抑えたままにする。

(2) 実物経済を刺激するのに十分な金融緩和を行う。

(3) 資産価格バブルを起こさない。

という 3 つの政策目標を同時に達成するのは、極めて困難であることを強く示唆してい

る。したがって中央銀行が直面する真のジレンマは、かつて想定されていたフィリップ

ス曲線に体現されるインフレと景気のトレードオフよりも、ずっと困難なトレードオフ

であると言えるだろう。20

80 年代末の日本やグリーンスパンの FRB は、(1)と(2)の同時達成に高いプライオリテ

ィを置いた結果、(3)の資産価格バブルに足をすくわれる形になった。これに対し現在

19 Blanchard and Simon (2001)、Stock and Watson (2002)を参照。 20 筆者の考え方と完全に一致しているとは言えないのかもしれないが、同じようにマクロ

経済政策に関する現状のコンセンサスを根本的に見直すべきだという主張の例として、

Blanchard, Dell’Ariccia, and Mauro (2010)がある。

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の日銀の総裁である白川氏は、中央銀行が資産価格バブルに対する積極的な抑制策をと

ることは可能か、またそうすべきかという問題を巡る、いわゆる「BIS view vs FED view」

論争に関する議論の文脈の中で、積極的に対応すべきという BIS view を支持している

と解釈できる発言を行っている(白川 2009)。したがって 1980 年代の日銀やサブプラ

イム危機以前の FRB と比較した場合、21 世紀の日銀が(3)に相対的に高いプライオリテ

ィを置いていることは間違いないものと考えられる。一方、サブプライ危機以降の最近

の米国の規制改革の議論における FRB は、(1)と(2)も引き続き追求しながら、(3)もやる

からその分の追加的なプルーデンス規制・政策の権限を FRB に与えることを要求して

いる。イントロダクションで強調したように、すべての資産価格バブルが大きな負の影

響を実物経済に与えるわけではなく、マクロ経済的に本当に深刻な問題となる可能性が

あるのは信用供給バブル型のバブルである。そのような視点に立てば、金融緩和策を維

持しつつ、ミクロの規制によって「供給に起因するバブル」に直接的に対応するという

考え方には、確かにそれなりの合理性があるように思われる。しかしながら上で述べた

ように、米国議会では FRB の住宅市場バブルに対する責任とサブプライム危機の処理

の適正さを問題視する意見が強く、2010 年 3 月に提案された上院の金融改革法案は、

むしろ FRB の規制監督権限を限定し、マクロ・プルーデンスについては新たな規制機

関を設立する提案がなされている(New York Times 2009)。

FRB マクロ・プルーデンスの権限を集中させるという改革の方向性は、さらに大きな

問題点を孕んでいる。例えば日本のバブル経済期を振り返ってみると、大蔵省銀行局に

よる総量規制の実施は 1990 年 3 月であり、当時もそして恐らく現在でも、遅すぎたと

対応であるという見方が支配的であろう(西村 1999)。したがって一つの思考実験とし

て、仮に総量規制の権限を日本銀行に委譲していたとすると、より早い時期に引き締め

を開始していた金融政策と連動させることで、より早急に不動産バブルの抑制に成功し

ていた可能性は十分にある。しかし総量規制のような明確なルールに基づいていない、

恣意的(discretionary)な部分のある政策に関しては、その妥当性について政治家や民

間からの圧力が発生するのは避けられない。また中央銀行がマクロ・プルーデンス政策

全般を担うということになれば、その権限は非常に強大になるため、政策決定に関する

より明確な説明責任(accountability)求められることになるし、少なくとも事後的には

かなり徹底した広範囲に渡る説明責任が発生することは避けられない。したがって中央

銀行に、資産市場の規制も含めたマクロ・プルーデンス政策全般に関する責任を一手に

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担わせるという改革は、実際には中央銀行の独立性に直接に関わってくる問題であり、

そのような改革が本当に上手くいくかどうかに関しては、もっと徹底した議論・検討が

必要とされている。

同じような論点の存在は、他の資産価格バブルのエピソードに関しても指摘できる。

2000 年代の FRB が、投資銀行を含む金融機関全般に対してレバレッジの拡大や MBS

の販売の抑制させるような権限を持っていたとして、そのような政策を行うことが、政

治経済学的に考えて可能であったかどうかは難しい問題である。また近年の英国の経験

について言うと、確かにシングル・ピークの金融規制監督機関である FSA が、結果と

して積極的なマクロ・プルーデンス政策の遂行に失敗したことは明らかである。一方、

ツイン・ピーク型規制の議論を最初に提唱した Bank of England 出身の Michael Taylor

のモチベーションは、シングル・ピーク型の規制の下で BOE がマクロ・プルーデンス

政策の責任を全般的に負うことになった場合、金融機関保護のために金融政策の独立性、

特に利上げに関するフリーハンドが限定されてしまうのではないかという恐れに基づ

いている。

しかしバブル経済期の日本の経験は、大蔵省銀行局のような中央銀行とは独立のプル

ーデンス政策の遂行機関があったとしても、それだけで問題が解決するわけではないこ

とを示唆している。中央銀行とは別個に、しかもミクロのプルーデンス政策を担う機関

とも別に、機動的なマクロ・プルーデンス政策を行う金融規制監督当局を作るとしたら、

それは具体的にどのような組織になるのか?中央銀行との役割分担やコミュニケーシ

ョンはどのように行うのか?といった、今後詳細に検討されていかなければならない問

題が山積している。またツイン・ピーク型規制が米国で本当に可能なのか、世界的にそ

のような流れが支配的になっていくとしたら、金融庁や FSA を中心とした日本や英国

のシングル・ピーク型の規制システムはどのようにそれに対応していくべきなのかとい

う政治経済学的な問題も、現実の政策を考えるにあたっては極めて重要である。

5. 結語

本論文では、世界金融経済危機の震源であるサブプライム危機について、それが米国住

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宅市場、MBS・CDS 市場における信用供給バブルであったという認識に立ち、その背

景にある様々な制度的要因について検討した。特に、格付け機関による MBS・CDS の

格付けの失敗と、米国金融機関のガバナンス・報酬制度の問題、そして米国の金融監督

規制システムの抱えていた諸問題について焦点をあてた議論を行った。最後にサブプラ

イム危機後の改革の方向性と、それがはらむ潜在的な問題点についても検討を行った。

特に最後の点については、筆者としても現時点では自信を持った強い主張・答えがあ

る訳ではなく、将来大きく考えが変わる可能性がある。その理由として、米国をはじめ

とする先進各国の金融規制改革が現在進行形であるというだけでなく、今回の世界金融

経済危機がマクロ経済政策の在り方全般に関しても、研究者・専門家のこれまでのコン

センサスに大きな変化を迫るものである可能性が高いだけに、今後の議論がどのように

展開していくかは予断を許さない。大変だが、研究者には極めて興味深い問題であるし、

それが潜在的にわが国の金融行政に与える影響も少なくないと考えられるので、個人的

にも引き続き主要な研究課題として行きたいと考えている。

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表1 サブプライム貸出市場における貸し出し基準の変化:2001-06

十分な借り手の

信用情報がない

貸出し

(Low/No-Doc)の

シェア

返済額/所得 貸出額/不

動産価値

変動金利貸

出し(Adjustable

Mortgage

Rate)のシェ

利払いのみの

シェア

2001 28.5% 39.7% 84.0% 73.8% 0.0%

2002 38.6% 40.1% 84.4% 80.0% 2.3%

2003 42.8% 40.5% 86.1% 80.1% 8.6%

2004 45.2% 41.2% 84.9% 89.4% 27.2%

2005 50.7% 41.8% 83.2% 93.3% 37.8%

2006 50.8% 42.4% 83.4% 91.3% 22.8%

Bethel, Herrell, and Hu (2008)の Table4 より

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表 2 社債の underwriting のシェアの変遷

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表3 2007 年の MBS のアンダーライターのシェア

Rank Book Runner Number of

Offerings

Market

Share

Proceed Amount

+ Overallotment

Sold in US

($mill)

1 Lehman Brothers 120 10.80% $100,109

2 Bear Stearns & Co., Inc. 128 9.90% $91,696

3 Morgan Stanley 92 8.20% $75,627

4 JP Morgan 95 7.90% $73,214

5 Credit Suisse 109 7.50% $69,503

6 Bank of America Securities LLC 101 6.80% $62,776

7 Deutsche Bank AG 85 6.20% $57,337

8 Royal Bank of Scotland Group 74 5.80% $53,352

9 Merrill Lynch 81 5.20% $48,407

10 Goldman Sachs & Co. 60 5.10% $47,696

11 Citigroup 95 5.00% $46,754

12 UBS 74 4.30% $39,832

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表4 米国の金融規制システム:

金融システムが提供する機能と規制当局の担当範囲の対応

リスク分散 流動性の供給 情報の生産

証券取引監視委員会 ― 取引所における取

引の監督

ディスクロージャー

の義務付け・監督

Securities and

Exchange Commission

商品先物取引委員会 ― 先物市場における

取引ルールの設定

Commodities Futures

Trading Commission

通貨監査局 全国的に認可され

た商業金融機関の

― 全国的な商業金

融機関の認可と

Office of the

Comptroller of the

Currency

保有資産の監督 監督

連邦預金保険公社 銀行預金保有者に

対する保険の提供

銀行預金の流動性

の促進

預金保険に属して

いる金融機関の

Federal Deposit

Insurance Corporation

監視

連邦準備制度 連邦準備制度に属

する金融機関の保

預金金融機関の流

動性促進

連邦準備制度に

属する商業銀行

Federal Reserve

System

有資産の監督 の監督

各州の銀行・保険監督

当局

州法銀行の保有資

産の監督と出店規

― 州法銀行・保険会

社の許認可と監視

State Banking and

Insurance

Commissions

貯蓄金融機関監督局 貯蓄貸付金融機関

(S&L)の保有資産

― 貯蓄貸付金融機

関(S&L)の監視

Office of Thrift

Supervision

の監督

全国信用組合監督庁 信用組合(Credit

Union)の保有資産

― 各州の信用組合

の認可と監視

National Credit Union

Administration

の監督

出所:Hubbard (2007) Table 3.1 より

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37

表5 Group of 30 による金融監督規制システムの四分類

① 機関主義アプローチ(the institutional approach)は、金融機関の法的形態ごとに(たと

えば銀行、ブローカー=ディーラー、保険会社など)、どの規制当局が監督を担当する

かを定め、その当局が金融機関の安全性・健全性と、業務執行の適正性の両面について

監督を行うものである。(中国、香港、メキシコなどが採用)

② 機能主義アプローチ(the functional approach)は、対象企業の法的形態とは関係なく、

金融機関の行っている業務ごとに監督を行う方法である。業務分野ごとに、その機能に

対応する規制当局が存在することが多い。(ブラジル、フランス、イタリア、スペイン

などが採用)

③ 統合アプローチ(integrated approach)とは、唯一の統一的な規制当局が全ての金融サ

ービスの業務分野を対象に、安全性・健全性についての監督と、業務執行規制の監督の

両方を行う。(カナダ、ドイツ、日本、カタール、シンガポール、英国などが採用)

④ ツイン・ピークス・アプローチ(the twin peaks approach)とは、規制の目的別に二つ

に規制当局を分けるもので、一方が安全性・健全性の監視を行い、もう片方は業務執行

の適正性の問題に専念する(現在はオーストラリア、オランダが明示的にこのアプロー

チを採用しており、スペイン、イタリア、フランスなどにおいて採用が検討されている)。

⑤ 例外:米国の金融規制の構造は、機関主義の側面を持った機能主義であり、州レベルで

の複数の規制当局・機関の存在が複雑さを増幅している。最近の財務省による Blueprint

は、現在の米国の状況の弱点を認識し、若干修正されたツイン・ピークス・アプローチ

を長期的な目標としている。

金融規制の主な政策目標には、以下の 4 つが含まれる: (1) 金融機関ごとの安全性(safety)

と健全性(soundness)、(2) システミック・リスクの抑制、(3) 金融市場の公正性と効率性、

(4) 顧客・投資家の保護

出所:Group of Thirty (2008)から、杉田(2009)を参考にしつつ筆者が翻訳。