緒 言

有床義歯補綴における筋圧形成の印象材として，通常コンパウンド印象材が用いられている1, 2）．コンパウンド印象材は，熱可塑性で加熱軟化時には筋圧形成に適した流動性を発揮するといった特徴を有しており，making

impression という名称のとおり，義歯床縁の形態を作り上げていくのに適した材料である．しかし，その反面，筋圧形成に適した軟化状態のコントロールには熟練を要し，術者自身が火傷したり患者に火傷を負わせたりするリスクもある．これに対して，付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプは，流動性が軟化時のコンパウ

ンド印象材と同程度であるとともに，火傷のリスクはない等の特徴を有している．今回我々は，付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプの筋圧形成用印象材としての有用性を検討する目的で，無歯顎患者 1名および部分歯列欠損患者 1名に対して，同材料を応用して筋圧形成後，精密印象を採得した症例について報告する．

症 例 1

患者：65歳，男性初診：2010年 3月主訴：義歯不適合による咀嚼障害既往歴：特記すべき事項なし現症：上下顎無歯顎治療方針：上下顎に全部床義歯を作製，装着し，咀嚼障

付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプを筋圧形成に応用した 2症例

山本 裕信 曽根 峰世 森 宏樹岡根 秀明 大川 周治§

明海大学歯学部機能保存回復学講座歯科補綴学分野

要旨：付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプが有する低粘度の流動性は筋圧形成に適していると考えられる．有床義歯補綴における筋圧形成に本材を応用した症例を 2例報告する．

索引用語：筋圧形成，ヘビーボディタイプ，シリコーンゴム印象材，流動性

Muscle Trimming by Use of a Heavy Body Type of Polyadditionsilicone rubber Impression Material : Two Case Reports

Hironobu YAMAMOTO, Mineyo SONE, Hiroki MORI,Hideaki OKANE and Shuji OHKAWA§

Division of Removable Prosthodontics, Department of Restorative & Biomaterials Sciences, Meikai University School of Dentistry

Abstract : The low-viscosity properties of a heavy body type of Polyaddition silicone rubber impression material would be use-

ful for muscle trimming. We report 2 cases in which a heavy body type of Polyaddition silicone impression rubber material was

applied to removable dentures for muscle trimming.

Key words : muscle trimming, heavy body type, Polyaddition silicone rubber impression material, low-viscosity

─────────────────────────────§別刷請求先：大川周治，〒350-0283埼玉県坂戸市けやき台 1-1明海大学歯学部機能保存回復学講座歯科補綴学分野

明海歯学（J Meikai Dent Med）40（1）, 91−96, 2011 91

害を改善する．Figs 1, 2に義歯の非装着時における口腔内写真を示

す．通法に従い，概形印象採得後，個人トレーを作製した．Figs 3, 4に接着剤を塗布した個人トレーを示す．上下個人トレーはいずれも口腔内に試適し，床縁相当部の調整を行った後，床縁相当部およびポストダム部に接着剤を塗布し，筋圧形成を行った．筋圧形成には付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプ（フュージョンⅡ・ヘビーボディ，ジーシー，東京：以下，ヘビーシリコーンと略す）を用いた．Fig 5はヘビーシリコーンを個人トレー辺縁部に築盛しているところを示す．コンパウンド印象材と同様に，筋圧形成する領域と築盛量を考慮し，適量を該当領域に的確に付与することが重要である．Figs 6, 7は筋圧形成後の上下個人トレー床下粘膜面部を示す．上顎個人トレーにはトレー辺縁部全周に，下顎個人トレーにはトレー辺縁部全周とともにトレー床下粘膜面部を含めたトレー内面の全面に，ヘビーシリコー

Fig 1 Occlusal view of the upper jaw

Fig 2 Occlusal view of the lower jaw

Fig 3 dhesive applied to the upper individual tray around theentire border, including the posterior palatal seal area.

Fig 4 dhesive applied to the lower individual tray of the entirebasal seat area.

Fig 5 he heavy-bodied（green）impression material is placedacross the posterior palatal seal area and continued around theentire border of the tray.

92 山本裕信・曽根峰世・森 宏樹ほか 明海歯学 40, 2011

ンを付与した後，口腔内に挿入して筋圧形成を行った．なお，上顎個人トレーの床下粘膜面部には接着剤を塗布

した．Figs 8, 9はウォッシュインプレッション採得後の上下顎の印象面を示す．上顎にはシリコーンゴム印象材（フュージョンⅡ・ウォッシュ，ジーシー），下顎にはシリコーンゴム印象材（フュージョンⅡ・モノフェイズ，ジーシー）を使用した．なお，下顎に関しては接着剤を塗布せずにウォッシュインプレッションを行った．

症 例 2

患者：60歳，男性初診：2010年 6月主訴：義歯破折による咀嚼障害既往歴：特記すべき事項なし

現症：７－５３┼１ ４５────┼────６７欠損，４│１２３６７─┴─────残存

治療方針：４│１２３６７─┴─────残存歯に対して根面板を装着

した後，上顎には全部床義歯形態のオーバーデンチャーを，下顎には ５４│４５──┴── を支台歯とした部分床義歯（支台装置は Co-Cr 合金製の両翼鉤，連結子は Co-Cr 合金製リンガルバー）を作製，装着し，咀嚼障害を改善する．

Fig 10に筋圧形成後の上顎個人トレー床下粘膜面部を示す．通法に従い，概形印象採得後，個人トレーを作製した．症例 1と同様に，上顎個人トレーを口腔内に試適し，床縁相当部の調整を行った後，床縁相当部およびポストダム部に接着剤を塗布し，筋圧形成を行った．筋圧形成にはヘビーシリコーンを用いた．Fig 11はヘビーシリコーンを下顎個人トレー右側舌側床縁相当部に築盛しているところを示す．Fig 12は下顎右側の舌側床縁相当部を筋圧形成後，ヘビーシリコーンを下顎個人トレー左側舌側床縁相当部に築盛したところを示す．コンパウン

Fig 6 uscle trimming of the upper jaw has been completed, in-cluding the posterior palatal seal area.

Fig 7 uscle trimming of the lower jaw has been completed, in-cluding the basal seat area.

Fig 8 he completed final impression of the upper jaw

Fig 9 he completed final impression of the lower jaw

ヘビーシリコーンを筋圧形成に応用した 2例 93

ド印象材と同様に，筋圧形成する領域と築盛量を考慮し，適量を該当領域に的確に付与することが重要であ

る．Fig 13は筋圧形成が完了した下顎個人トレー床下粘膜面部を示す．Figs 14, 15に接着剤を塗布した上下顎個

Fig 10 uscle trimming of the upper jaw has been completed,including the posterior palatal seal area.

Fig 11 he heavy-bodied（green）impression material is placedon the border of the lower tray in the left lingual region.

Fig 13 uscle trimming of the lower jaw has been completed.

Fig 12 he heavy-bodied（green）impression material is placedon the border of the lower tray in the right lingual region.

Fig 14 dhesive applied the upper tray after muscle trimming.

Fig 15 dhesive applied the lower tray after muscle trimming.

94 山本裕信・曽根峰世・森 宏樹ほか 明海歯学 40, 2011

人トレーを示す．Figs 16, 17はウォッシュインプレッション採得後の上下顎の印象面を示す．上下顎のいずれにもウォッシュタイプを使用した．症例 1および症例 2のいずれにおいても，義歯床縁部の形態が的確に印象採得されているのがわかる．

考 察

筋圧形成とは，「有床義歯において，機能時の頰・口唇・舌の動きに調和した義歯床縁形態を得るために，それらの動的状態を，コンパウンド印象材などを用いて記録する印象操作．」と定義されている3）．機能時の頰・口唇・舌の動きに調和した義歯床縁形態を得るためには，その動的な状態を採得するのに適した流動性が要求される4）．すなわち，筋圧に対してある程度抵抗する必要があるため，流動性の高い印象材では動的な状態を採得するのは困難である．熱可塑性のコンパウンド印象材，アクリル系印象材など，流動性の低い印象材が適してい

る．特にコンパウンド印象材は熱可塑性で可逆性であることから，義歯床縁の形態を作り上げていくのに適した材料であるが，45℃以上で流動し，40℃以下で硬化するため，温度コントロールが重要なポイントになる．50

℃以上に加熱すると流動性が高まるとともに火傷させる危険性が生じてくる．45℃付近になると流動性が一気に低くなり，筋圧により形態がほとんど変化しなくなってしまう．筋圧形成におけるコンパウンド印象材の口腔内での操作時間は 10秒以下と考えられる．軟化温度がやや低く，操作時間がやや長いコンパウンド印象材も市販されているが，このタイプのコンパウンド印象材は，口腔内の温度でもやや軟化されるため，床縁形態がやや薄くなったり，印象自体が変形する可能性があり，筋圧形成の材料として適しているとはいいがたい．今回，筋圧形成の材料として，付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプを応用した．シリコーンゴム印象材であることから，火傷の危険性はない．カートリッジとミキシングチップを使用することから，個人トレー築盛時における印象材の流動性も個人差はなく，ほぼ一定である．また，実測はしていないが，筋圧形成のための操作時間は少なくとも 10秒以上はあり，コンパウンド印象材と比較して，操作時間には比較的余裕があるといえる．症例 1および症例 2に示したように，付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプを筋圧形成に応用して印象採得した床縁形態はコンパウンド印象材による形態とほぼ同様であり，本材が筋圧形成の材料として有用であることが示唆された．ただし，筋圧形成を行う場合，いずれの印象材を使用しようとも，個人トレーの作製および個人トレーの床縁相当部の調整が的確になされていなければ，正確な印象は採得できない．そのためには，概形印象が的確に採得され，個人トレー外形線が研究用模型上に適切に描記されていなければならない．すなわち，筋圧形成は正確な概形印象採得と的確な個人トレーの作製が不可欠であり，材料の物性に依存することなく，臨床術式を修得することが肝要である．

結 語

無歯顎患者 1名および部分歯列欠損患者 1名に対して付加型シリコーンゴム印象材ヘビーボディタイプを応用し，機能印象を採得した症例について報告した．その結果，本材が筋圧形成の材料として有用であることが示唆された．

Fig 16 he completed final impression of the upper jaw

Fig 17 he completed final impression of the lower jaw

ヘビーシリコーンを筋圧形成に応用した 2例 95

引用文献

１）細井紀雄：精密印象．In：無歯顎補綴治療学．細井紀雄，平井敏博，大川周治，市川哲雄編，第 2版，医歯薬出版，東京，pp105−115, 2009

２）山内六男：印象採得と模型製作．In：歯学生のパーシャルデンチャー．三谷春保，小林義典，赤川安正編，第 5版，医

歯薬出版，東京，pp158−168, 2009３）日本補綴歯科学会編．歯科補綴学専門用語集．第 3版，医歯薬出版，東京，p165, 2009

４）浅井章弘：印象材の流動性が下顎臼歯部印象辺縁の形態および位置に及ぼす影響に関する研究．歯科学報 91, 1−26,1991

（2010年 11月 10日受付日 受理日：2010年 11月 24日）

96 山本裕信・曽根峰世・森 宏樹ほか 明海歯学 40, 2011