4
◆第7回新機械振興賞受賞者業績概要 はじめに 現行のヒートポンプ空調機では、温度を基準 に運転すると湿度が高く蒸し暑く感じる。また 湿度を基準に運転すると温度が下がりすぎて余 分なエネルギーを消費するなどエネルギー効率 には限界があった。この課題を解決するため に、温度と湿度を分割しそれぞれを高効率な機 器で個別コントロールすることで、「省エネル ギー」と「快適性」の両立を実現する温度・湿 度個別コントロール空調システムを開発した。 開発のねらい 図1に示すように現行のヒートポンプ空調機 では、1 台の機器で温度と湿度を同時にコント ロールするために、温度を基準に運転すると湿 度が高く蒸し暑く感じる。また湿度を基準に運 転すると温度が下がりすぎて、その分余分なエ ネルギーを消費するなど除湿量とエネルギー効 率はトレードオフの関係にあり、快適性の維持 (必要除湿量確保)を空調の大前提とすると、 エネルギー効率向上には限界があった。この課 題を解決するために、温度と湿度を分割しそれ ぞれを高効率な機器で個別コントロールするこ 図1 ヒートポンプ空調機の課題 とで、従来の省エネルギー手段では成し得ない 「省エネルギー」と「快適性」の両立を実現す る温度・湿度個別コントロール空調システムを 開発し、200711月に商品化した。 システムの概要 本システムは、湿度をコントロールする調湿 外気処理機『DESICA(デシカ)』と、温 度をコントロールする『高顕熱形ビル用マルチ 13 温度・湿度個別コントロール空調システム ダイキン工業 株式会社 代表取締役 COO 岡野 幸義 ダイキン工業(株)空調生産本部 主任技師 知宏 ダイキン工業(株)環境技術研究所 主任研究員 松井 伸樹 ダイキン工業(株)環境技術研究所 池上 周司 ダイキン工業(株)環境技術研究所 成川 嘉則 ダイキン工業(株)空調生産本部 高橋 蒸し暑く 感じる・・・ ●温度(顕熱)を基準に空調機を運転すると (例:設定温度を27 ℃にする) 湿度 湿度(潜熱) 処理能力不足 温度(顕熱)は コントロール 熱負荷 熱処理量 蒸し暑く 感じる・・・ ●温度(顕熱)を基準に空調機を運転すると (例:設定温度を27 ℃にする) 湿度 (潜熱) 温度 (顕熱) 湿度(潜熱) 処理能力不足 温度(顕熱)は ベストに コントロール 熱負荷 熱処理量 ●湿度(潜熱)を基準に空調機を運転すると (例:設定温度を下げる) 熱負荷 熱処理量 湿度(潜熱)は コントロール 冷え すぎる・・・ エネルギー 湿度 ●湿度(潜熱)を基準に空調機を運転すると (例:設定温度を下げる) 熱負荷 熱処理量 湿度(潜熱)は ベストに コントロール 冷え すぎる・・・ エネルギー ロス 湿度 (潜熱) 温度 (顕熱)

温度・湿度個別コントロール空調システム- 15 - 第7回新機械振興賞受賞者業績概要 33 図5 除湿運転の空気線図上の動き(実機条件)

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Page 1: 温度・湿度個別コントロール空調システム- 15 - 第7回新機械振興賞受賞者業績概要 33 図5 除湿運転の空気線図上の動き(実機条件)

◆第7回新機械振興賞受賞者業績概要

はじめに

現行のヒートポンプ空調機では、温度を基準

に運転すると湿度が高く蒸し暑く感じる。また

湿度を基準に運転すると温度が下がりすぎて余

分なエネルギーを消費するなどエネルギー効率

には限界があった。この課題を解決するため

に、温度と湿度を分割しそれぞれを高効率な機

器で個別コントロールすることで、「省エネル

ギー」と「快適性」の両立を実現する温度・湿

度個別コントロール空調システムを開発した。

開発のねらい

図1に示すように現行のヒートポンプ空調機

では、1台の機器で温度と湿度を同時にコント

ロールするために、温度を基準に運転すると湿

度が高く蒸し暑く感じる。また湿度を基準に運

転すると温度が下がりすぎて、その分余分なエ

ネルギーを消費するなど除湿量とエネルギー効

率はトレードオフの関係にあり、快適性の維持

(必要除湿量確保)を空調の大前提とすると、

エネルギー効率向上には限界があった。この課

題を解決するために、温度と湿度を分割しそれ

ぞれを高効率な機器で個別コントロールするこ

図1 ヒートポンプ空調機の課題

とで、従来の省エネルギー手段では成し得ない

「省エネルギー」と「快適性」の両立を実現す

る温度・湿度個別コントロール空調システムを

開発し、2007年11月に商品化した。

システムの概要

本システムは、湿度をコントロールする調湿

外気処理機『DESICA(デシカ)』と、温

度をコントロールする『高顕熱形ビル用マルチ

- 13 -

温度・湿度個別コントロール空調システム

ダイキン工業 株式会社

代表取締役 兼 COO 岡野 幸義

ダイキン工業(株)空調生産本部 主任技師 薮 知宏

ダイキン工業(株)環境技術研究所 主任研究員 松井 伸樹

ダイキン工業(株)環境技術研究所 池上 周司

ダイキン工業(株)環境技術研究所 成川 嘉則

ダイキン工業(株)空調生産本部 高橋 隆

蒸し暑く感じる・・・

●温度(顕熱)を基準に空調機を運転すると  (例:設定温度を27 ℃にする)

湿度(潜熱)

温度(顕熱)

湿度(潜熱)処理能力不足

温度(顕熱)はベストに

コントロール

熱負荷 熱処理量

蒸し暑く感じる・・・

●温度(顕熱)を基準に空調機を運転すると  (例:設定温度を27 ℃にする)

湿度(潜熱)

温度(顕熱)

湿度(潜熱)処理能力不足

温度(顕熱)はベストに

コントロール

熱負荷 熱処理量

●湿度(潜熱)を基準に空調機を運転すると(例:設定温度を下げる) 

熱負荷

熱処理量

湿度(潜熱)はベストに

コントロール

冷えすぎる・・・

エネルギーロス

湿度(潜熱)

温度(顕熱)

●湿度(潜熱)を基準に空調機を運転すると(例:設定温度を下げる) 

熱負荷

熱処理量

湿度(潜熱)はベストに

コントロール

冷えすぎる・・・

エネルギーロス

湿度(潜熱)

温度(顕熱)

Page 2: 温度・湿度個別コントロール空調システム- 15 - 第7回新機械振興賞受賞者業績概要 33 図5 除湿運転の空気線図上の動き(実機条件)

エアコン』で構成され(図2)、冷房時のシス

テムエネルギー効率=4.71、暖房時のシステム

エネルギー効率=4.61を達成し、省エネ法の特

定機器であるエアコンディショナーのトップラ

ン ナー基準 値(冷暖平 均エネル ギー効率

3.07)*1に対して約34%の省エネルギーを実現し

た。

*1:トップランナー基準改訂2007年12月版に定める

冷暖房兼用のエアコンディショナーのうち、

ユニットの形態がマルチタイプの室内機の運転を

個別制御するもので冷房能力が7.1kW超の区分の

目標基準値

図2 温度・湿度個別コントロール空調システム

技術上の特徴

「温度」・「湿度」を分離して処理を行いか

つ省エネ性の高い空調システムを実現するため

に、水分の吸着によって除湿を行うデシカント

(乾燥材)方式を採用した。図3に従来デシカ

ント(2ローター)のシステム構成図と除湿運転の

空気線図上の動き(理論線)を示す。従来のデ

- 14 -

シカント方式は、吸着材を塗布したローターを

回転させて湿度を含んだ高湿度の空気をロー

ター に流通して除湿し(①→②)、水分を含ん

だローターを熱源で暖めた空気(⑤→⑥)で再

生する(⑥→⑦)ことによって乾燥させ、調湿

(除湿)運転を実現している。従来方式では、

水分を吸着する際に吸着熱が発生するために理

論的な吸着限界線が存在し図3の線図のように

33℃、22.0g/kgの空気を9.0g/kgまで除湿するた

めには64℃の理論再生温度が必要となる。

図3 従来デシカントのシステム構成図と

除湿運転の空気線図上の動き(理論線)

そこで、上述した理論限界を打ち破り一般空

調条件で利用可能なデシカント方式による調湿

機器を開発するため、デシカント素子と熱交換

器を一体型にして吸着熱を直接冷却によって除

去し、再生熱を直接加熱によって供給する「

温度・湿度個別コントロール空調システム

冷媒配管

ドレン配管

高顕熱形ビル用マルチエアコン

室内ユニット

水配管レス調湿外気処理機DESICA

<温度処理><湿度処理>

冷媒配管

ドレン配管

高顕熱形ビル用マルチエアコン

室内ユニット

水配管レス調湿外気処理機DESICA

<温度処理><湿度処理>

●湿度(潜熱)と温度(顕熱)を個別にコントロール

湿度(潜熱)

温度(顕熱)

湿度(潜熱)と

温度(顕熱)の

それぞれを

ベストコントロール!

熱負荷 熱処理量

『DESICA』

『高顕熱形ビル用

 マルチエアコン』

●湿度(潜熱)と温度(顕熱)を個別にコントロール

湿度(潜熱)

温度(顕熱)

湿度(潜熱)と

温度(顕熱)の

それぞれを

ベストコントロール!

熱負荷 熱処理量

『DESICA』

『高顕熱形ビル用

 マルチエアコン』

室外空気①  ⇒ 吸着ロータにより除湿②   ⇒ 顕熱交換ロータにより冷却  ⇒室内へ給気③

室外へ排気

室内へ供給

③室外空気

室内空気④

加熱

コイル温水

吸着ロータ顕熱交換ロータ

⑤ ⑥

燃料電池排熱ガスエンジン排熱など

室外空気①  ⇒ 吸着ロータにより除湿②   ⇒ 顕熱交換ロータにより冷却  ⇒室内へ給気③

室外へ排気

室内へ供給

③室外空気

室内空気④

加熱

コイル温水

吸着ロータ顕熱交換ロータ

⑤ ⑥

燃料電池排熱ガスエンジン排熱など

0.000

0.005

0.010

0.015

0.020

0.025

0.030

0 10 20 30 40 50 60 70 80

空気温度(℃)

絶対湿度(k

g/kg)

100%

90%

80%

70%

60%

50%

40%

30%

20%

10%

吸着理論限界線

再生理論限界線

③④ ⑥

64℃

②⑤

0.000

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0 10 20 30 40 50 60 70 80

空気温度(℃)

絶対湿度(k

g/kg)

100%

90%

80%

70%

60%

50%

40%

30%

20%

10%

吸着理論限界線

再生理論限界線

①①

③③④④ ⑥⑥

⑦⑦

64℃

②②⑤⑤

Page 3: 温度・湿度個別コントロール空調システム- 15 - 第7回新機械振興賞受賞者業績概要 33 図5 除湿運転の空気線図上の動き(実機条件)

- 15 -

◆第7回新機械振興賞受賞者業績概要

図5 除湿運転の空気線図上の動き(実機条件)

①、冷媒の蒸発熱によって直接吸着材が冷却さ

れながら水分を吸着し、室内に供給される②。

同時に室内空気が「HBデシカ素子」の再生側

に導かれ③、冷媒の凝縮熱によって直接吸着材

が加熱されながら水分を脱着し、室外に排気さ

れる④。そして、「HBデシカ素子」に水分が

一杯に溜まる、または無くなると、冷媒の流れ

方向と空気通路の流れ方向(①と④)を周期的

に切換えることで連続した除湿を行う。冷媒の

流れ方向は冷凍サイクル切換で、空気通路の流

れ方向はダンパー切換で行う。

一方、加湿運転は、排気する際に室外に捨て

ハイブリッドデシカント素子」(以下 HBデシ

カ素子)を開発した。

図4に『DESICA』のシステム構成と図

5に除湿運転の空気線図上の動き(実機条件)

を示す。『DESICA』は、「HBデシカ素

子」を搭載することによって低い再生温度

(40℃)でも高い除湿性能を得ることが可能と

なったため、圧縮式ヒートポンプの排熱(凝縮

熱)を利用して吸着材を再生することが可能と

なり、大幅な省エネルギー運転を実現した。そ

の結果、建築物衛生法基準をクリアする調湿能

力を有するとともに従来デシカント除湿機比で

約2.5倍の効率を達成した。また、吸着材と熱交

換器を一体化した「HBデシカ素子」を使用す

ることで部品点数を少なくしたこと、吸着材に

熱をダイレクトに伝えることで熱ロスを無くし

熱交換効率を高めたことからコンパクト化を実

現した。機器容積を従来のデシカント除湿機比

で約1/3に低減した(図6)。

図4を基に『DESICA』の除湿運転時の

プロセスを説明する。除湿運転時においては室

外空気が「HBデシカ素子」の吸着側に導かれ

HBデシカ素子 一般的なフィンHBデシカ素子のフィン 一般的なフィン

熱交換器とデシカント素子を一体化

吸着材 (フィンに付着 )

DES ICA(HBデシカ素子 )

HBデシカ素子に熱をダイレクトに伝えることで、再生温度が40℃程度の低温でも再生可能パワフルな潜熱処理能力と、大幅な省エネルギー運転を実現した。

DES ICA (HBデシカ素子 )

室内へ

室内から

室内から

熱交換器フィン

室内へ

室外へ

室内から

HBデシカ素子 一般的なフィンHBデシカ素子のフィン 一般的なフィン

熱交換器とデシカント素子を一体化

吸着材 (フィンに付着 )

DES ICA(HBデシカ素子 )

HBデシカ素子に熱をダイレクトに伝えることで、再生温度が40℃程度の低温でも再生可能パワフルな潜熱処理能力と、大幅な省エネルギー運転を実現した。

DES ICA (HBデシカ素子 )

室内へ

室内から

室内から

熱交換器フィン

室内へ

室外へ

室内から

HBデシカ素子 一般的なフィンHBデシカ素子のフィン 一般的なフィンHBデシカ素子 一般的なフィンHBデシカ素子 一般的なフィンHBデシカ素子のフィン 一般的なフィン

熱交換器とデシカント素子を一体化

吸着材 (フィンに付着 )

DES ICA(HBデシカ素子 )

HBデシカ素子に熱をダイレクトに伝えることで、再生温度が40℃程度の低温でも再生可能パワフルな潜熱処理能力と、大幅な省エネルギー運転を実現した。

DES ICA (HBデシカ素子 )

室内へ

室内から

室内から

熱交換器フィン

室内へ

室外へ

室内から

図4 『DESICA』のシステム構成

0.000

0.005

0.010

0.015

0.020

0.025

0.030

0 10 20 30 40 50 60 70 80

室内空気,給気空気27℃DB/19℃WB(47%RH,10.4g/kgX)

室外空気33℃DB/28℃WB(69%RH,22.0g/kgX)

空気温度(℃)

 30

25

 20

 15

10

5

0

絶対湿度(g/kg)

排気空気39.9℃DB/29.6℃WB(48%RH,22.0g/kgX)

凝縮温度:44.7℃蒸発温度:20.7℃

① ④

②③

0.000

0.005

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0.030

0 10 20 30 40 50 60 70 80

室内空気,給気空気27℃DB/19℃WB(47%RH,10.4g/kgX)

室外空気33℃DB/28℃WB(69%RH,22.0g/kgX)

空気温度(℃)

 30

25

 20

 15

10

5

0

絶対湿度(g/kg)

排気空気39.9℃DB/29.6℃WB(48%RH,22.0g/kgX)

凝縮温度:44.7℃蒸発温度:20.7℃

①① ④④

②③②③

Page 4: 温度・湿度個別コントロール空調システム- 15 - 第7回新機械振興賞受賞者業績概要 33 図5 除湿運転の空気線図上の動き(実機条件)

図6 『DESICA』構造と性能

てしまう湿度分を「HBデシカ素子」で回収し

て、室内の水分放出を抑制し、更に外気の水分

はそのまま取り込むことで実現している。すな

わち、除湿運転とは逆に、室外空気は「HBデ

シカ素子」の再生側に導かれ、冷媒の凝縮熱に

よって直接吸着材が加熱されながら水分を脱着

し、室内に湿気を放出する。同時に、室内空気

が「HBデシカ素子」の吸着側に導かれ、冷媒

の蒸発熱によって直接吸着材が冷却されながら

水分を吸着し、室外に排気される。そして、除

湿運転時と同様に、冷媒の流れ方向と空気通路

の流れ方向を周期的に切換えることで連続した

加湿運転を行っている。

実用上の効果

『DESICA』は、「HBデシカ素子」で

空気中の水分を吸着、脱着して調湿を行うた

め、除湿に必要なドレン(排水)配管及び加湿

に必要な給水配管が不要である。また、熱源で

- 16 -

図7 ランニングコスト比較

ある圧縮機を内蔵しているため、冷媒配管も不

要とし高い施工性を発揮する。従来の空調シス

テムに対して大幅な省施工を実現するととも

に、ドレンパン、加湿エレメントの定期点検及

び清掃の必要がない省メンテナンスを実現し

た。

エネルギー効率向上による電気代の削減に加

え、加湿のための水道代、加湿エレメント交換

費、ドレンパン点検作業費が不要なためランニ

ングコストが大幅に削減できる。現行の省エネ

空調システムに対してランニングコストを約

42%削減した(図7)。

工業所有権の状況

本システムの技術開発に際し187件を出願済

み。公開されているもの118件(内52件登録、66

件外国出願)、未公開のもの69件(内12件外国

出願)である。主な特許を以下に示す。

特許第3624910号 「調湿装置」

特許第3918852号 「吸着熱交換器の製造方法

及び製造装置」

むすび

本システムにより初めて高い快適性を維持

しつつ省エネルギーな空調システムを実現可

能とした。今後は、本システムを普及促進する

ことによって地球温暖化防止に貢献していき

たい。

温度・湿度個別コントロール空調システム

約約4242%削減%削減約約4242%削減%削減 151千円151千円

電気代室内機ドレンパン清掃代

外気処理機ドレンパン清掃代

エレメント交換費

水道代

263千円

現行の省エネ空調システム

電気代室内機ドレンパン清掃代

外気処理機ドレンパン清掃代

エレメント交換費

水道代

263千円

現行の省エネ空調システム

電気代室内機ドレンパン清掃代

外気処理機ドレンパン清掃代

エレメント交換費

水道代

263千円

現行の省エネ空調システム

温度・湿度個別コントロール空調システム

約21%省エネ

約21%省エネ