23
33 マイクロプラスチック汚染量の計測 2.3.1 マイクロプラスチック問題を取り巻く社会動向 (1) プラスチックゴミの概況 海洋プラスチックごみによる汚染問題が世界で関心を集めている。1950 年以降生産 されたプラスチックは 83 億トンを超え、このうち 63 億トンがゴミとして廃棄されて いる。回収されたプラスチックゴミの約 79%が埋め立てあるいは海洋等へ投棄され、 リサイクルされているプラスチックは 9%に過ぎない。現状のペースでは、2050 年ま でに 120 億トン以上のプラスチックが埋め立てまたは自然投棄されると推計されてい る。 2016 年ダボス会議(世界経済フォーラム)において、 2050 年には海洋中のプラスチ ック量が、魚の量以上に増加する試算が公表されると、世界各地から海洋生物がプラス チックやビニールを誤飲したり、体を傷つける被害が報告されるようになった。 同年 7 月に開催された G7伊勢志摩サミットにおいても、海洋ゴミへの対処につい て確認されたほか、翌 2017 年の G20 ハンブルク・サミットにおいて「海洋ゴミに対 する G20 行動計画」の立ち上げが合意に至り、国際的に協調の足並みが整っていった。 2019 年に大阪で開催された 20 カ国・地域首脳会議(G20 大阪サミット)において もマイクロプラスチック問題は主要議題の一つに挙げられ、2050 年までに新たな汚染 をゼロとする「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を共有し、「G20 海洋プラスチッ クごみ対策実施枠組(G20 Implementation Framework for Actions on Marine Plastic Litter)」の支持が決定した。「G20 海洋プラスチックごみ対策実施枠組」では、G20 ハンブルク・サミットの「海洋ゴミに対する G20 行動計画」に沿って、G20 各国の自 主的な行動の促進、それに関する情報共有と継続的な情報更新を通じ、海洋ゴミに対す G20 行動計画の効果的な実施を促進することとした。

マイクロプラスチック汚染量の計測 - maff.go.jpPeter Hollman 博士は、 EFSA の「フードチェーンにおける汚染物質に関する科学パネ ル」(CONTAM

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  • 33

    マイクロプラスチック汚染量の計測

    2.3.1 マイクロプラスチック問題を取り巻く社会動向

    (1) プラスチックゴミの概況

    海洋プラスチックごみによる汚染問題が世界で関心を集めている。1950 年以降生産されたプラスチックは 83 億トンを超え、このうち 63 億トンがゴミとして廃棄されている。回収されたプラスチックゴミの約 79%が埋め立てあるいは海洋等へ投棄され、リサイクルされているプラスチックは 9%に過ぎない。現状のペースでは、2050 年までに 120 億トン以上のプラスチックが埋め立てまたは自然投棄されると推計されている。

    2016 年ダボス会議(世界経済フォーラム)において、2050 年には海洋中のプラスチック量が、魚の量以上に増加する試算が公表されると、世界各地から海洋生物がプラス

    チックやビニールを誤飲したり、体を傷つける被害が報告されるようになった。 同年 7 月に開催された G7伊勢志摩サミットにおいても、海洋ゴミへの対処につい

    て確認されたほか、翌 2017 年の G20 ハンブルク・サミットにおいて「海洋ゴミに対する G20 行動計画」の立ち上げが合意に至り、国際的に協調の足並みが整っていった。

    2019 年に大阪で開催された 20 カ国・地域首脳会議(G20 大阪サミット)においてもマイクロプラスチック問題は主要議題の一つに挙げられ、2050 年までに新たな汚染をゼロとする「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を共有し、「G20 海洋プラスチックごみ対策実施枠組(G20 Implementation Framework for Actions on Marine Plastic Litter)」の支持が決定した。「G20 海洋プラスチックごみ対策実施枠組」では、G20ハンブルク・サミットの「海洋ゴミに対する G20 行動計画」に沿って、G20 各国の自主的な行動の促進、それに関する情報共有と継続的な情報更新を通じ、海洋ゴミに対す

    る G20 行動計画の効果的な実施を促進することとした。

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    表 海洋プラスチックごみ問題に対する国際的な動き

    開催年・月 国際会議 海洋プラスチックに関する議題等 2016 年 1 月 ダボス会議 2050 年には海洋中のプラスチック量が魚の量を超

    えると試算 2016 年 6 月 G7 エルマウ・サミッ

    ト 首脳宣言において、海洋ごみが世界的な問題である

    ことを認識 海洋ごみ問題に対処するための G7行動計画を策定

    2016 年 5 月 G7伊勢志摩・サミット

    首脳宣言において、資源効率性及び3R に関する取組が陸域を発生源とする海洋ごみ、特にプラスチッ

    クの発生抑制及び削減に寄与することも認識しつ

    つ、海洋ごみに対処することを再確認 2017 年 7 月 G20 ハンブルク・サ

    ミット G20 サミットで初めて海洋ごみを取り上げる 海洋ごみに対する G20 行動計画の立ち上げに合意

    2018 年 6 月 G7 シャルルボワ・サミット

    カナダ、欧州各国が海洋プラスチック憲章を承認

    2019 年 1 月 ダボス会議 安倍首相による基調講演 2019 年 6 月 G20 大阪・サミット 大阪ブルー・オーシャン・ビジョンを共有 2019 年 7 月 G7 ハリファックス

    環境・海洋・エネル

    ギー大臣会合

    G7 の海洋プラスチックゴミ問題に対する今後の取組をまとめた、「海洋プラスチックごみに対処するた

    めの G7 イノベーションチャレンジ」採択。

  • 35

    2.3.2 マイクロプラスチックおよび化学物質の影響

    (1) リスクの認識

    日本近海においても、我々が普段口にする魚介類にもマイクロプラスチックが含まれ

    ている状況が確認されている。東京農工大学の高田秀重教授が 2015 年に行った調査によれば、東京湾で釣ったカタクチイワシ 64 尾中 49 尾からマイクロプラスチックが検出された報告がある。

    人間は魚介類を通してプラスチックを食べても排出されることから、それほど深刻で

    はないという指摘もある。しかし化学物質の添加剤等はプラスチックを通じて生物組織

    に移行させることが確認されているため、有害な化学物質が人体に移行・蓄積する可能

    性は否定できない。欧州食品安全機関(EFSA)は 2016 年に食品(特に水産物)中のマイクロプラスチック及びナノプラスチックの存在に関する声明(日本語訳は環境省)につい

    て、以下の報道発表を行った。

    図 欧州食品安全機関(EFSA)による声明

    欧州食品安全機関(EFSA)は 6 月 23 日、食品(特に水産物)中のマイクロプラスチック(microplastics)及びナノプラスチック(nanoplastics)の存在に関する声明について報道発表した。概要は以下のとおり。 1. 自然生息地及び野生動物に対する海洋中及び水路中のプラスチック廃棄物の影響に、国際的な関心が寄せられている。EFSA は、食品(特に水産物)中のマイクロプラスチック及びナノプラスチックに起因する消費者への潜在的リスクの今後の評価に向けて、第一

    歩を踏み出した。 2. Peter Hollman 博士は、EFSA の「フードチェーンにおける汚染物質に関する科学パネル」(CONTAM パネル)が食品中のマイクロプラスチック及びナノプラスチックの粒子に関する声明を起草するのを手伝った作業部会のメンバーを務めた。Hollman 博士は、オランダ食品安全研究所(RIKILT)の上席研究員であり、オランダのワーヘニンゲン大学の准教授(栄養、保健)である。同博士の調査対象には、マイクロプラスチック及びナノプラスチックの存在量、分析及び毒性に関する研究が含まれる。 3. EFSA はその「声明」で何を述べているのか? Peter Hollman(以下、PH):EFSA は、このテーマに関する既存文献を包括的に検証し、これらの材料(materials)の存在量、毒性及び動態(消化後どうなるか)に関するデータが、全面的なリスク評価を行うには不十分であることを見出した。また、EFSA は、ナノプラスチックに特に注意する必要があることを明らかにした。だから、この検証によって

    EFSA は、(1)この分野における科学的進展を評価し、(2)データや知見が不足している部分を特定し、(3)それらの課題に対処する研究の優先順位を勧告することができた。

  • 36

    出典:欧州食品安全機関(EFSA)報道発表(2016 年 6 月 23 日)

    (2) 想定される有害物質

    欧州食品安全機関の報道発表が示すように、マイクロプラスチック自体の有害性は考

    えにくいとみられる一方、マイクロプラスチックの中に蓄積しうるPCB類やPAH類、また包装材に使用される化合物の残留物である BPA などが、マイクロプラスチックを経由して体内組織に移行し、健康に影響を及ぼす危険性が考えられている。 メダカを使った実験によると、取り込まれたナノプラスチックは消化器系から循環器

    系に移動し、最終的に脳組織内に蓄積することが確認されている。同様に食物連鎖を通

    じて人間が魚を体内に取り入れると、これらの有害物質も一緒に胃から循環器系、やが

    て脳組織へと蓄積させる可能性がある。 海洋中のプラスチックが含む可能性がある有害物質の例として、次ページの物質があ

    4. マイクロラスチック、ナノプラスチックとは何か? PH:世界中で増え続けるプラスチックの使用によって、海洋に浮遊する広大な範囲のプラスチック廃棄物(いわゆるプラスチックスープ)が生まれた。フランスの面積に匹敵する範囲が観察されている。この浮遊するプラスチックの破片が、最終的にはマイクロ

    プラスチックやナノプラスチックにもなる小さな粒子に徐々に断片化している。このよ

    うな大きさで工業生産された小粒、薄片、球状体及びビーズもある。 参考までに、EFSA は、マイクロプラスチックを 0.1~5000μm(又は 5mm)と定義している。ナノプラスチックの大きさは、0.001~0.1μm(即ち、1~100μm)である。 5. どんな食品が、これらの材料を含んでいるのか? PH:食品中のナノプラスチックに関するデータはないが、マイクロプラスチックに関しては、特に海洋環境について多少の知見がある。魚介類は高濃度を示しているが、マ

    イクロプラスチックの大部分は胃及び腸に存在するため、マイクロプラスチックは(訳注:内臓と共に)通常取り除かれ、消費者はマイクロプラスチックにばく露しない。しかし、甲殻類及びカキやムール貝のような二枚貝においては、消化器官も喫食されるため、

    多少のばく露がある。蜂蜜、ビール及び食卓塩にもマイクロプラスチックが報告されて

    いる。 6. マイクロプラスチック及びナノプラスチックは、消費者に有害か? PH:それについて明言するのは時期尚早だが、少なくともマイクロプラスチックについて(訳注:有害性)は考えにくいと見られている。 一つの潜在的な懸念は、マイクロプラスチックの中に蓄積する可能性がある高濃度の

    ポリ塩化ビフェニル類(PCB 類)や多環芳香族炭化水素類(PAH 類)のような汚染物質についてである。また、ビスフェノール A(BPA)のような、包装材に使用される化合物の残留物も(訳注:マイクロプラスチックの中に)あるかもしれない。食品中のマイクロプラスチックを摂取後、それらの物質が組織の中に移行する可能性があることを示唆する研

    究もある。だから、平均摂取量を推定することが重要である。 工業生産されたナノ粒子(様々な種類のナノ材料に由来するもの)がヒトの細胞に入る可能性があるため、これがヒトの健康に影響する可能性があることが知られている。し

    かし、研究やデータがもっと必要である。

  • 37

    げられる。これら物質の中には人体への悪影響から使用が禁止されているものも含まれ

    ている。 表 想定される有害物質の例

    名称 性質 リスク ポリ塩化ビフェニル類

    (PCBs) 海洋中の残留性有機

    汚染物質(POPs4) かつて潤滑油や絶縁体などに使用 毒性が高く、発がん性あり 現在は使用が禁止されている※1

    ジクロロジフェニルトリク

    ロロエタン類(DDTs) 海洋中の残留性有機

    汚染物質(POPs) かつて農薬や害虫駆除剤等に使用 現在は使用が禁止されている※1

    ヘキサクロロベンゼン

    (HCB) 海洋中の残留性有機

    汚染物質(POPs) かつて除草剤の原材料等に使用 現在は使用が禁止されている※1

    多環芳香族炭化水素類

    (PAHs) 海洋中の残留性有機

    汚染物質(POPs) 燃焼後に発生する物質 急性毒性が強く、強い発がん性 一部の国で摂取許容量設定※2

    ビスフェノール A(BPA) 添加剤(可塑剤) 生殖機能を損なう内分泌撹乱作用の疑い

    フタル酸エステル類

    (DEHP、DINP) 添加剤(可塑剤) 発がん性の可能性

    ポリ臭化ジフェニルエーテ

    ル類(PBDEs) 添加剤(難燃剤) 甲状腺ホルモン撹乱作用の疑い

    神経毒性の疑い スチレンモノマー5 ポリマーにならず未

    反応で残ったモノマ

    発がん性や突然変異誘発性の危険

    塩化ビニルモノマー ポリマーにならず未反応で残ったモノマ

    発がん性や突然変異誘発性の危険

    出典:海洋プラスチック汚染(中嶋亮太著)、プラスチックの現実と未来へのアイデア(高田秀重監修)を

    参考に作成

    ※1 残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約の規制対象。 ※2 ヨーロッパ(食用油脂、乳幼児用食品、くん製など)、カナダ(オリーブポーマスオ

    イル)、韓国(食用油脂、くん製魚など)、中国(食用油脂)などで食品中の基準値

    を設定している。また WHO も飲料水基準値ガイドラインに基準値を設定している。

    4 Persistent Organic Pollutants の略。 5ポリマー(重合体)の構成単位となる分子量の小さい分子。単量体ともいう。

  • 38

    2.3.3 海洋中におけるマイクロプラスチック 6含有量の計測方法

    環境省では平成 26~28 年度において、沖合海域における漂流ごみの目視観測調査に併せ、我が国周辺の沖合海域の 69 地点においてマイクロプラスチックを採取し、マイクロプラスチック密度を調査した。 調査方法は、網口の大きさが 75 センチ×75 センチ、ネットの長さが 30 センチ、網

    目 350μmのネットを観測船で 2-3knot7の速度で 20 分曳航して、採取できたマイクロプラスチック(5 ミリ以下)の量を計測した。

    平成 26 年から 3 年分の調査結果を合わせてみると、日本周辺の沖合海域で全体的にマイクロプラスチックが分布しており、東北の日本海側及び太平洋側沖周辺、四国及び

    九州の太平洋側沖周辺で高い密度を示す傾向がみられる。

    出典:各海岸における漂着ごみのモニタリング調査(平成 28 年度 環境省)

    図 沖海海域のマイクロプラスチックの分布密度(平成 26~28 年度を合わせた結果)

    近年マイクロプラスチック汚染の調査と深刻さを示す試算報告は世界各地でも行わ

    れている。アメリカの大学の研究チームは 2015 年に、年 480 万~1270 万トンが海に流出しているとの試算を発表したり、2017 年に国際自然保護連合(IUCN)が大陸別の流出量を算出、あるいはオランダの非政府組織が川から海に流れ出る量を発表するな

    ど各地の研究機関が独自の調査結果を公表している。 しかしながら、これらの試算は人口密度や廃棄物に含まれるプラスチックの割合など

    のデータを集めて算出したもので推定量の幅が大きく、実測した例は限られる。総量に

    6 2008 年米国海洋大気庁主催の国際ワークショップにおいて、マイクロプラスチックは 5mm 以下に決定された。マイクロプラスチックよりも小さいナノプラスチックは定義が定まっていない。欧州食品安全機関

    は、マイクロプラスチックを 0.1~5000 マイクロメートル(μm)(又は 5 ミリメートル)、ナノプラスチックの大きさは、0.001~0.1μm(即ち、1~100 ナノメートル)と定義している。 7 1knot=1海里=1.852 キロメートル

  • 39

    2016年6月 G7エルマウ・サミットG7で初めて、海洋ごみが世界的な問題であることの認識が首脳宣言に盛り込まれ、「海洋ごみ問題に対処するためのG7行動計画」が策定

    2017年5月G7富山環境大臣会合エルマウ・サミットで合意された「海洋ごみ問題に対処するためのG7行動計画」及びその効率的な実施の重要性を再確認するとともに、G7として各国の状況に応じ、優先的施策(※)の実施にコミット。(※)廃棄物管理に関するG7及び関係国間でのベストプラクティスの共有、マイクロプ

    ラスチック分解前段階でのプラスチックごみの回収・処理、海洋ごみ削減に向けた国際協力、発生抑制に関する啓発・教育活動、マイクロプラスチックのモニタリング手法の標準化及び調和化等

    →マイクロプラスチックのモニタリング手法の標準化及び調和化について、日本が主導

    マイクロプラスチックのモニタリング手法の標準化及び調和化に関する国際専門家会合

    ○第1回会合(2017年12月)において、下記について確認・合意。 マイクロプラスチックのモニタリング手法・計測項目に関する

    recommendationの作成 2次元マップ(世界の海域の漂流マイクロプラスチック濃度分布図)の重要性の認識、そのために必要な相互比較のための共同実験の実施

    2次元マップ作成に向けたパイロットプロジェクトの提案 ー 分析誤差の調査⇒2018年度に実施 ーサンプリング誤差の調査 ⇒2019年度に実施

    ○第2回会合(2019年2月)において、上記パイロットプロジェクトについて専門的な議論を実施。

    関する実測が難しい理由は、流出した大部分が海中に沈んでいると考えられるためであ

    り、海の表面で確認できるのは限定的と考えられている。 またマイクロプラスチック量の計測方法は国によって一様ではない。このため、計測

    基準をそろえて海でのデータを比較できるようにするため、2019 年 5 月に 10 カ国以上の研究者が集まり、マイクロプラスチックの調査方法についての初のガイドラインを

    制定した。国内では日本財団と東京大学が中心となって 2019 年から 3 年計画で日本近海で初の大規模調査に取り組んでいる。

    図 マイクロプラスチックのモニタリング手法の調和化等に向けた国際的な取組

  • 40

    2.3.4 動植物におけるマイクロプラスチック含有量の計測方法

    (1) マイクロプラスチックの場合

    魚などが摂取したマイクロプラスチックを測定するには、生物を溶液で溶かして体内

    からプラスチックの候補と思われる物質を取り出す工程と、抽出した物質がプラスチッ

    クかどうかを確認する工程に分けられる。組織分解した生物を高濃度ヨウ化ナトリウム

    溶液などに入れると、比重が軽いプラスチックは表面に浮かんでくる。 プラスチックかどうかの確認は、フーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR8)などを用

    いて行う。FTIR は物質に赤外光を照射し、透過または反射した光量を波長(波数)に対してプロットしたグラフから、物質の分子構造の固有のパターンに照らして分子構造

    の分析を行う。

    (2) ナノプラスチックの場合

    曝露実験においてはナノプラスチックの計測はあるものの、自然環境中に存在するナ

    ノプラスチックを計測するのは非常に難しく、今後の課題となっている。

    (3) 計測方法の標準化への課題と展望

    既述のとおり海洋中のプラスチックの統一的な計測方法について2019年より研究が始まっているのに対し、生体に含まれるプラスチックの測定方法は世界中で調査が行わ

    れているものの、組織分解に用いる溶剤やプラスチックを浮遊させる際の液体濃度の設

    定など、統一されたものはなく、研究者によって異なるのが現状である。対象の個体が

    異なることに加え、対象のプラスチックのサイズが異なるのも、標準化されない一因と

    なっている。 また、化学物質に目を向けると、プラスチックの製造工程で加えられる可塑剤や難燃

    剤などの添加剤は、排出されてから間もないものは高濃度に含まれるのに対し、時間が

    経過し海中に溶出しているものは化学物質濃度は低い。従って、どのタイミング・どの

    濃度で摂取するかによって、有害性が違ってくる。海洋中で吸着する POPs に関しても、同様に採取したプラスチックを調査するとバラツキは大きい。 標準化にあたっては、各地で比較しうる生物の中から代表となる指標生物を定めて調

    査方法の統一を図る必要があると考えられる。また、マイクロプラスチックがもつ化学

    物質の計測方法についても、検定可能な方法の確立が必要であり、生物の計測方法の標

    準化は国際比較の上でも海洋中のプラスチックの計測と並んで今後の課題といえる。 こうした課題のうち、前者のマイクロプラスチック問題に対する研究は海外、特にヨ

    ーロッパが先行しているが、後者のマイクロプラスチックが有する化学物質の測定方法

    及び標準化の研究は日本においても着手され、国際的な標準化を目指している。2019

    8 Fourier transform infrared spectrometerの略。

  • 41

    年度より環境研究総合推進費により「新規 POPs 含有プラスチック廃棄物の環境上適正な管理に向けた国際的分析技術基盤の整備」と題する調査が採択され、国立研究開発

    法人国立環境研究所が中心となって 3 年計画で現在進行中である。魚介類に含まれるマイクロプラスチックの測定方法と海洋中のマイクロプラスチックが有する化学物質

    の測定方法を組み合わせることにより、新規性・独自性が生まれる可能性がある。

    出典:環境研究総合推進費実施課題(独立行政法人環境再生保全機構ホームページ)

  • 42

    2.3.5 マイクロプラスチック関連の市場の動向

    (1) プラスチックゴミによる被害額推計

    マイクロプラスチックそれ自体が人体に与える影響は未知数であり、その被害額を試

    算したデータはないが、プラスチックゴミが漁業に及ぼす被害額の推計はいくつか行わ

    れている。 EU 加盟国の DCF(the Data Collection Framework:データ収集フレームワーク)

    下のデータによると、2010 年に EU 漁船団が生み出した総収入(ギリシャを除く)は約 70 億€(1€120 円換算で日本円で約 840 億円)魚の販売額 66 億€、漁業権の賃貸収入3,400万€、漁業以外の収入1億3,300万€、直接所得補助金1億2,600万€の合計(JRC、2012 年))であった。

    一方、漁業における海洋ゴミ(プラスチックゴミ以外も含まれる)の損害額をコスト

    計算すると、損失は年間 6,177 万€(約 74 億円)になり、損失割合は 2010 年に EU の漁船団によって生成される総収益の約 0.9%に相当すると推計される。9

    表 EU における漁業収入の減少コスト

    船舶当たり費用

    (€) EU のトロール船

    の数 コスト(m€)

    漁獲収入の減少のコスト 2,340 12,238 28.64

    漁船の漁具からごみを 取り除くコスト

    959 12,238 11.74

    船舶当たり費用

    (€) EU の漁船の数 コスト(m€)

    漁船のギアの破損や プロペラの絡まり

    191 87,667 16.79

    救助サービスのコスト 52 87,667 4.54

    コスト合計 61.77

    (注)コスト合計は端数処理の関係で一致しない。

    表 EU の魚販売の割合としての漁業部門の海洋ゴミのコスト

    EU 魚の販売額(m€) EU 漁業損失額(m€) 損失の割合

    6,600 61.77 0.9%

    9 Marine Litter study to support the establishment of an initial quantitative headline reduction target(Arcadis、欧州委員会環境総局 2014.10.27)

  • 43

    漁業生産額(m$)

    被害額(m$)

    漁業生産額(m$)

    被害額(m$)

    オーストラリア 1,873 5.6 ニュージーランド 983 2.9ブルネイ・ダルサラーム国 31 0.1 パプアニューギニア 135 0.4カナダ 5,524 16.6 ペルー 1,803 5.4チリ 3,815 11.4 フィリピン 521 1.6中国 13,338 40 ロシア 3,576 10.7香港 2,452 7.4 シンガポール 1,153 3.5インドネシア 2,162 6.5 台湾 2,023 6.1日本 15,715 47.1 タイ 6,818 20.5韓国 3,817 11.5 アメリカ 17,589 52.8マレーシア 1,221 3.7 ベトナム 3,644 10.9メキシコ 1,183 3.5 合計 89,385 268.2

    (2) 日本国内における海洋ゴミによる漁業損失額の推計

    2009 年に APEC10の調査レポートによれば、海洋ゴミ(プラスチックに限定されない)による日本の 1,000 トン未満の漁船全体の損失は 66 億円と報告され、この数字は日本の漁業収入全体の 0.3%に相当すると推計されている。

    元となるデータは、1990 年に発表されたもので、漁業保険を通じて入手可能な保険統計に基づき算出された。海洋ゴミによる被害には、事故、破片との衝突、浮遊物によ

    るプロペラやエンジン冷却システムの取水口の詰まりが含まれる。算出時からやや時間

    が経過しているものの、この推計値にもとづき APEC 地域全体で漁業分野で毎年 2 億6820 万米ドルの被害が発生していると推計されている。被害額を国別に比較すると、日本はアメリカに次ぐ被害規模となっている。

    表 2006 年の APEC 地域経済における魚生産の価値と海洋ゴミ被害の推定値

    (FAO 2007; Takehama 1990)

    (注)推計は 2006 年時点のものである。

    出典:Understanding the Economic Benefits and Costs of Controlling Marine Debris in the APEC

    Region(APEC Marine Resources Conservation Working Group 2009.4)

    10 Asia-Pacific Economic Cooperation:アジア太平洋経済協力会議

  • 44

    (3) 日本漁業によるプラスチックゴミの排出量推計

    次に漁業によるプラスチックゴミの排出量の推計をみてみると、漁業におけるプラス

    チック資源循環問題対策協議会(水産庁 平成 31 年 4 月)の「漁業におけるプラスチック資源循環問題に対する今後の取組」の資料によれば、日本で年間に製造されるプラ

    スチック製品消費量は 2015 年で 964 万トン((一財)プラスチック循環利用協会)と推計されている。 プラスチック漁具の製造量を推計すると、漁網生産量 6,010 トン(経済産業省生産

    動態統計年報)、漁業資材ロープ生産量 10,528.2 トン(日本繊維ロープ工業組合の自主統計)、発泡スチロール製フロート生産量 384.5 トン(発泡スチロール協会の自主統計)の合計が 16,922.7 トン、これに水産庁が一部業者からの聞き取りを元に推定した硬質プラスチック製ブイの年間生産量約 1,500 トン、カキパイプ年間生産量約 600 トンも加えるとプラスチック製漁具の年間生産量は約 2 万トンと推計される。これは日本のプラスチック生産量全体の 0.2%前後と推計される。ただし、この推計値のほかにも繊維強化プラスチック(FRP)製漁船や、水産加工・流通業で使用される魚箱等にもプラスチック素材が利用されている。

    毎年新たに約 2 万トンのプラスチック製漁具が製造されるということは、同量程度の廃棄も発生していると考えられる。その多くは処分時に産業廃棄物又は有価物として

    引き渡されているものと推測されるが、処理の実態については情報が不足しており、ど

    の程度海洋プラスチックとして廃棄される量は不明であるが、例えば事故の回避目的や

    自然災害時に漁具が海洋に流出するケースがあるため、何割かは海洋ゴミになっている

    と考えられる。こうした状況を踏まえ、水産庁では環境に配慮した漁具の開発も含めた

    排出防止策と漁業者によるゴミ回収の促進、意図的な排出(不法投棄)の防止を掲げ、

    取組を開始したところである。

    表 日本漁業におけるプラスチック漁具生産量

    漁具 生産量(トン) 備考

    漁網 6,010 経済産業省生産動態統計

    年報

    漁業資材ロープ 10,528.2 日本繊維ロープ工業組合

    の自主統計

    発泡スチロール生産量 384.5 発泡スチロール協会の自

    主統計 硬質プラスチック製ブイ 1,500 水産庁聞き取り調査 カキパイプ 600 水産庁聞き取り調査 計 約 20,000

    出典:水産庁「漁業におけるプラスチック資源循環問題に対する今後の取組」をもとに作成

  • 45

    2.3.6 ルール形成の方向性の考察

    水産物に含まれるマイクロプラスチックは世界中で観察・調査が行われているが、生

    物中のマイクロプラスチックの測定方法とともに、マイクロプラスチックに含まれる有

    害な化学物質の量の測定方法も未だ統一的な方法が確立していないため、両面からアプ

    ローチが急がれる。 マイクロプラスチックは海流の影響により漂流するため、経済活動と関係なく滞留す

    る例が多く確認されている。環境省の調査結果からも津軽海峡付近など、北日本地域に

    多く見つかっている。従って、目の前の漁場のマイクロプラスチックの多寡により、水

    産物の安全性を謳う方法は、排出地域と滞留地域が異なる可能性が高い以上、公平性の

    観点から適切とはいえない。 むしろグリーン購入のように、環境に良い再生可能な材料を用いた漁具に認証を与え

    たり、そうした漁具を用いて行う漁業者に対して、認証を与えるといったルール化が考

    えられる。難易度に応じた認証の仕組みを導入すれば、現実的なところから着手し、段

    階的に取組を進化させることも可能になる。なお、日本発の漁業認証スキームである水

    産エコラベル認証(通称 MEL)の場合は、漁業者の資源管理に力点が置かれているため、海洋中のプラスチック排出に関するルールとは性格が異なる。 漁業者が積極的に環境によい漁具を購入するようになれば漁具メーカーもより付加

    価値の高い漁具を製造する動機づけとなり、新たな環境配慮型漁具市場が創造される可

    能性がある。

  • 46

    37.4 37.5 36.3 36.7 37.539.1 39.3 38.9

    37.335.5 35.8

    37.240.2

    37.635.7 34.6 34.6

    32.8 32 31.530.1 29.4 28.5 28.9 27.4 26.6 25.7 24.6

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    30

    35

    40

    45(kg)

    (年度)

    活魚輸送技術

    2.4.1 世界的な魚食普及の動向

    わが国では 1990 年代以降魚離れが進み、人口減少と合わせて、水産業には厳しい時代が続いている。2016 年の1人当たりの魚介類消費量は 24.6 キログラム(純食料 11)で、ピークの 2001 年度の 40.2 キログラムから4割近く減少している。

    これに対し、世界全体でみれば 1 人当たりの魚の消費量は伸び続けており、1963 年に世界の魚介類の 1 人当たり消費量(国連食糧農業機関調べ)は 9.5 キログラム(粗食料ベース)12にすぎなかったが、2013 年には 19.0 キログラムへと倍増した。現状の速度で今後も消費量が伸びると仮定すると、2048 年には 25 キログラムを超えると推計される。 こうした魚食の消費拡大の背景には、貴重なたんぱく質源として途上国で消費が伸び

    てきたことに加え、先進国でも低カロリー食品として意識して魚を食べる人たちが増え

    ていることも理由に挙げられる。さらに日本食ブームの影響もあり、魚食文化、特に刺

    し身を食べる習慣が海外にも広がっていることも魚食普及に寄与していると考えられ

    る。

    出典:農林水産省「食料需給表」 図 魚介類の 1 人 1 年当たり消費量(純食料ベース)

    11 純食料とは「粗食料」を人間の消費に直接利用可能な形態に換算した量で、魚の頭部、内臓などの通常食しない部分を除いた量。 12粗食料とは、廃棄される部分も含んだ食用魚介類の数量。

  • 47

    9.510.6 11.5 11.6

    11.913.4 13.4

    15.6 16.418.2 19.0

    19.9 20.921.8 22.8

    23.7 24.725.6

    0.0

    5.0

    10.0

    15.0

    20.0

    25.0

    30.0

    1963 1968 1973 1978 1983 1988 1993 1998 2003 2008 2013 2018 2023 2028 2033 2038 2043 2048

    (㎏)

    (年)

    9.510.6

    11.5 11.6 11.913.4 13.4

    15.616.4

    18.219.0

    0.0

    5.0

    10.0

    15.0

    20.0

    1963 1968 1973 1978 1983 1988 1993 1998 2003 2008 2013

    (㎏)

    (年)

    出典:国連食糧農業機関 図 世界の魚食普及の状況(粗食料ベース)

    図 世界の魚食普及の推計(点線は推計)

  • 48

    187180 178 181

    189 189200

    212 212 215

    100

    150

    200

    250

    2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

    (億円)

    (年度)

    187 180 178 181189 189

    200212 212 215 219 222

    225 229 232 235239 242 248

    0

    100

    200

    300

    2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025 2026

    (億円)

    (年度)

    2.4.2 活魚市場の動向

    (1) 東京中央卸売市場における活魚取扱高

    活魚とは、生(活)きたまま流通する魚で、飲食店の生け簀で泳いでいるような魚を

    指す。国内においては、魚の消費量が減少する中、活魚の消費量だけは増加傾向が続い

    ている。 2017 年度の東京都中央卸売市場の活魚取扱高は約 215 億円と、2010 年度以降は増

    加傾向で推移しており、活魚流通の裾野を広げれば消費が増加する可能性がある。2008年度から 2017 年度までの 10 年間で 15.3%増加していることから、今後も同程度の成長率を維持すると仮定すると、2026 年度には約 248 億円に拡大するものと予測できる。

    出典:東京中央卸売市場

    図 東京中央卸売市場の活魚取扱高の推移

    図 東京中央卸売市場の活魚取扱高の推計値(点線は推計)

  • 49

    5,210

    5,265

    10,411

    15,61315,558

    0

    2,000

    4,000

    6,000

    8,000

    10,000

    12,000

    14,000

    16,000

    18,000

    2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029 2030 2031 2032 2033

    (百万円)

    (年)

    5,2105,393

    6,434

    8,4049,151

    8,202

    6,3676,078

    5,7535,265

    5,546

    6,6066,817

    7,7538,547

    10,411

    0

    2,000

    4,000

    6,000

    8,000

    10,000

    12,000

    2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018

    (百万円)

    (年)

    (2) 日本からの活魚輸出額

    輸出額の推移をみると、リーマンショックや東日本大震災などで一時落ち込んだ。か

    つては韓国向けの鯛の輸出が多くを占めていたが、福島第一原発事故以降韓国側の水産

    物輸入規制により韓国向けが減少したといわれている。現在は韓国以外の国々への輸出

    が拡大した結果、以前のピークであった 2007 年度を上回る水準まで回復しており、和食とともに魚食文化の世界的な広がりがうかがえる。

    活魚輸出額は大きな変動があるため将来予測が難しいが、2003 年から 2018 年まで16 年間の増加率は 99.8%であり、同様に増加すると仮定すると 2033 年には約 156 億円、2003 年の約 3 倍に成長すると予測される。また 2012 年から 2018 年の 6 年間の急成長をもとに予測すると 2024 年に約 156 億円に達すると見込まれる。

    出典:農林水産省 農林水産物輸出入概況 図 活魚の輸出額の推移

    図 活魚の輸出額の将来推計(点線は推計)

  • 50

    (3) 活魚輸送に対するステイクホルダーのニーズ

    基本的に売り手である漁師も、買い手である卸も活魚に対する需要は高い。漁師は活

    魚の方が鮮魚で販売するより高値で売れる。卸も鮮度がよい魚を売れるので、Win―Win の構造である。ただし、あくまでも高い魚の話で、イキがよければどんな魚でも良いわけではない。問題点としては、漁港側も、活魚の方が高値で売れるとわかってい

    ても、活魚を蓄養する設備がなかったり、これまでの取引を切り替えるのに労力を要し

    たりと動きが鈍い実態がある。取引慣行については時間をかけて解決していく必要があ

    る。 しかしながら、最終的な買い手である飲食店の活魚ニーズは限られると言わざるを得

    ない。活魚は引き取った後に入れておく水槽が必要だが、水槽は衛生的に管理するのが

    大変なため、小規模飲食店では難しい。規模が大きい飲食店であっても人手不足のため、

    活魚が届いても捌ける人が限られるという話も聞かれる。このため、「飲食店との直接

    取引はマーケットが狭い。現状では市場と市場を活魚状態で輸送できることに需要があ

    る」(日建リース工業談)とみている。 一般的に、西日本では特に鮮度の高い魚を好む習慣があり、弾力のある身が喜ばれる。

    これに対して東日本では、全てではないが、一定時間寝かして、タンパク質が分解しア

    ミノ酸に変化した魚を旨いと表現する文化がある。調理する人が望むタイミングで鮮度

    管理する必要があるため、生きた状態で手元に届くことは、調理する上で望ましいこと

    に違いはない。

  • 51

    2.4.3 活魚輸送技術の概要

    (1) 活魚運搬車の概要

    はじめに代表的な活魚輸送技術として、活魚運搬車についてみてみる。活魚輸送に汎

    用される 25 トン活魚車は、海水中に酸素を送るブロワーと呼ばれる装置のほか、海水を低温に保つための冷却装置、ろ過装置、水流調節、水それを動かすための専用電源が

    必要なため、初期投資が大きく、改造費も含めると購入価格は 4,500 万円程度にのぼる。主に、魚港から店舗に卸すことが多いが、水族館へ魚を運搬する場合にも使われる。 活魚車に積載される水槽容量は、11 トンに対し収容率は中小型魚で 10%程度、カン

    パチ・ブリ類で 14%程度、イカ類で 4%程度で、運搬する大半を海水が占めている(農林水産省 平成 26 年度革新的技術創造促進事業(事業化促進)事業報告より)。一般的に使用される 25 トン活魚トラックの1回輸送委託費は 45 万円(九州-東京間)で、活イカの輸送コストは 818 円/kg(45 万円/550kg)と推計(同事業報告より)される。 輸送の途中で魚が死んでしまう割合を斃死(へいし)率とよび、輸送中に1割程度死

    んでも調理できるため許容範囲と考えられている(日建リース工業ヒアリング調査より)

    が、どの程度の斃死率であれば許容範囲かの基準はない。

    (2) 活魚運搬車の問題点

    1つ目の問題点は、水槽の収容率が低い点である。収容率が低い原因は、水槽内の魚

    が排出する老廃物中のアンモニアが水質を悪化させるためで、これを防ぐためには余裕

    を持った収容率が避けられない構造になっており、結果として高コストとなっている。

    また、魚種によって適する水温が異なることも、同じ水槽で様々な魚を一緒に運べない

    理由である。 2つ目の問題点は、漁港で水揚げされる天然魚の量が、一般の活魚車で輸送するには

    物量が足りない点があげられる。通常、天然の活魚は活魚トラックをいっぱいにするほ

    どは水揚げされないため、ミスマッチである。従って、活魚車はもっぱら同一魚種をま

    とめて運ぶ養殖魚用に用いられる。 3つ目の問題点は、輸送技術の難しさである。斃死率を低く抑えるためには、水温や

    水中の CO2 濃度など複雑に関係しているが、これに加えて活魚運搬車の場合は運転手の力量で斃死率に差が出る。ストレスをかけないよう、揺らさず迅速に運搬し、途中で

    水を交換するなど手間をかけるなど、形式知化されていない職人技がある。難しい技術

    が要求される上に長時間拘束される厳しい仕事でもあるため、維持が難しくなる可能性

    がある。

  • 52

    (3) 新しい活魚輸送技術の概要

    長らく日本から海外へ活魚の輸出は、韓国向けの主に鯛の輸出が牽引していた。東日

    本大震災により、韓国の輸入停止措置の影響で日本からの活魚輸出は落ち込みをみせた

    が、近年は米国、台湾、香港などにも活魚の輸出が広がり、その背景には既述のとおり

    日本食の世界的な普及の影響が大きいと考えられる。 活魚の輸出方法は活魚用水槽を用いた活魚船や、活魚車ごと船に乗せて運搬されてき

    た。しかしこの方法は魚と一緒に大量の海水を運ぶ必要があることから、物流の選択肢

    もきわめて限定的であった。このような状況を回避するためにはチルドの鮮度を維持し

    た状態で、生産者から消費者へとつなげるコールドチェーンが必要となるが、海外では

    温度管理が行き届いたコールドチェーンが整備されていないところが多く、海外輸出の

    ボトルネックにもなっている。 こうした悩みを解決するため、近年企業と大学等研究機関の連携のもと、魚を眠らせ

    たり特殊な容器で運送するなど、生きたまま魚を運ぶ技術の研究が進められている。中

    には鉄道輸送を可能にした例もあり、政府が推進するモーダルシフトや担い手不足が深

    刻化しているトラック輸送への依存抑制の効果も期待される。

    表 活魚輸送技術の概要

    企業 サービスと概要

    日建リース

    工業株式会

    本社:千代田

    区神田猿楽

    町 2丁目 7番

    8 号住友水道

    橋ビル 3階

    サービス名「日建活魚ボックス」

    事業の多角化の一環で農業をはじめとする一次産業分野へ参入。多角化の一環で「健康ナノバブル水」を販売したノウハウが、魚活ボ

    ックスに生かされている。今からおよそ4年前から研究に取組み、

    高知高専から技術提供を受け活魚輸送サービスを開発。

    水中 CO2濃度を高く維持することで麻酔の役目を果たし、魚を低活性化させた状態で輸送させる。CO2で魚を眠らせる技術は昔からあ

    ったが、眠った状態から活性化させることができず、斃死すること

    が多かった。輸送後に活性化できる点に新規性がある。ボックスの

    サイズは運搬に適したパレット1枚くらいのサイズである。

    3月に中国本土で魚活ボックスによるヒラメの輸送を実験的に開始する。輸送距離が日本に比べ長いため、ろ過装置を強化したり、

    バッテリーを大型化したり、現地対応を行っている。

    輸出については設備にバッテリーとボンベを必要とするため活魚の空輸は難しいが、現在泉佐野市と大田区に活魚センターを整備

    し、鮮度の高い状態での輸出は可能。 (日建リース工業株式会社ヒアリング調査より)

  • 53

    積水化成品

    工業株式会

    本社:大阪市

    北区西天満 2

    丁目 4番 4号

    サービス名「水なし活ヒラメ輸送魚函」

    発泡樹脂製造の最大手企業。ヒラメを低温で冬眠状態にし、水を使わず運べる発泡スチロールを宮城大と共同開発。ヒラメはある水温

    で低代謝の状態となり、海水がなくても 50 時間程度生存する。熱

    の移動を抑制する発泡スチロール製の箱に入れて輸送すれば海水

    は不要というのが無海水輸送の発想。

    ヒラメが低温で冬眠するという特性を活かし、冬眠状態にしたヒラメを専用の魚函に固定して、海水なしで鮮度を落とすことなく輸送

    することで、運搬費用が抑えられ、水産物のブランド化などに伴っ

    て高まる小口輸送の需要にも対応が可能になる。輸送時は冷蔵車両

    に入れるものの、基本的には魚函の断熱のみで熱環境制御する。

    (以上、積水化成品株式会社 HPをもとに作成)

    マリンバイ

    オテクノロ

    ジー株式会

    本社:北九州

    市若松区浜

    町 2 丁目 19

    番 8号

    サービス名「シーフード・ポーター」

    長崎県立大の久木野憲司教授が開発した技術を応用し、二酸化炭素を使って生きた魚を眠らせたまま輸送する技術を確立。炭酸麻酔に

    よって、動かない状態で活魚を運ぶ。炭酸飲料にも使われている安

    全な炭酸ガスで沈静化させて輸送中の擦れや衝突による魚体の傷

    みがない状態で運搬する。アンモニアによる水質悪化も軽減され

    る。その技術は平成 27 年度水産白書やテレビなどでも紹介されて

    いる。

    密閉式水槽には水面がなく、輸送中に水槽水が揺れ動かないため活魚を傷めない。また微細気泡で酸素を供給するため、十二分の酸素

    を供給しつつ魚体を傷めない。300L の生物ろ過槽を有し、輸送中

    の水質悪化を抑制する。水槽全体を 50mm 厚の断熱材で覆っている

    ため活魚輸送中の温度変化がなく、特別な冷暖房装置が無くとも当

    初の水温を維持できる。

    バッテリーで通常運転で 24 時間程度稼働する。外部電源無しに自動制御で動くため、路線便トラック・船舶・JR など多様な輸送方

    法を選べる。魚類を沈静化するために波長と照度を自由に変更で

    き、プログラムによって自動で制御できる4波長制御 LED 照明を

    設置。

    船舶用リーファーコンテナに積載することで輸出が可能で、さらに現在は航空機活用コンテナを開発中。

    (以上、マリンバイオテクノロジー株式会社 HP をもとに作成)

  • 54

    0

    2

    4

    6

    8

    10

    2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018

    (件)

    (年度)

    (4) 活魚輸送に関する特許

    活魚輸送に関する特許出願は 2009 年度から 2018 年度までの 10 年間で計 61 件行われた。出願者は積水化成品工業株式会社などの民間企業のほか、大学法人東海大学、ま

    た広島県や長崎県など地方自治体からのものも含まれている。 なお前頁に掲載した日建リース工業株式会社は 2017 年に、積水化成品工業株式会社

    は 2018 年にそれぞれ出願した特許が公開されている。

    出典:特許庁 図 活魚輸送関連特許出願件数

    2.4.4 想定される評価項目

    (1) 斃死(へいし)率

    輸送の途中で魚が死んでしまう割合。さらに斃死率は水温、CO2 濃度、酸素濃度、アンモニア濃度などがポイントとなり、移動中のコントロールも必要になる。

    (2) 身質

    輸送中の魚体の擦れは傷んでいる証拠なので、身質の低下は安く買われる理由になる。

    また体内に血が回ると身が赤くなり生きた状態でも身焼け状態になるため、身質も評価

    の対象となる。

  • 55

    (3) 輸送料

    運搬方法を選ぶ際に価格が最も重視される点。既存の宅配事業者を利用するものにつ

    いては近年の輸送運賃の高騰を反映し、当初計画よりも高くなっているという。これに

    対し活魚運搬車は活魚専門業者が自前の職員で運んでいるケースも多いため、業務負荷

    が増しても表面化しにくい。 また魚活ボックスは JR で運ぶこともできる。ただし JR のコンテナは中にボックス

    を3台積む必要があり(コンテナ内で荷物が動かないようにするため)、技術的には鉄

    道輸送可能でも、1回の供給量が少ないため鉄道輸送も割高にならざるを得ない。 したがってトラック輸送が多い。その他離島地域はフェリー輸送も行っており、農林

    中央金庫の後援を受けながら、東京の離島の魚を都内に運ぶプロジェクトにも取り組ん

    でいる。 市場と市場を結ぶ市場便と呼ばれる輸送ルートは、一般の宅配便よりも安価に運べる

    ため、市場便を使って送ることが多い。

    2.4.5 ルール形成の方向性の考察

    日本人の魚食離れがさけばれているなか、活魚は数少ない成長マーケットである。海

    外輸出においても、国際情勢などの影響を大きく受けながらも引き続き急成長が見込ま

    れる。 既存の活魚運搬車による活魚輸送は、魚の量に対して大量の水を必要とすることから、

    ロスが大きく、また斃死率の不安定さも指摘される。ただし斃死率は輸送距離や輸送の

    時期、及び距離によっても異なるように、必ずしも比較条件を揃えた上で評価されたも

    のではない。 日本の漁港で水揚げされる天然の魚介類は種類が豊富な上に、同じ水槽内で管理・輸

    送することが難しく、少量輸送のニーズに対して活魚運搬車は規模が大きくミスマッチ

    である。また活魚輸送車による運搬は、高度な技術が要求される上に初期投資も大きい

    ため、鉄道輸送も含めた輸送方法の普及が実現すれば、活魚マーケットの拡大も期待で

    きる。さらに活魚輸送技術を組み合わせることで、日本の魚介類を海外に販売できる可

    能性も広がるはずである。 新たな活魚輸送に関するコア技術はファインバブルを用いたものや、断熱素材を利用

    したもの、中には特定魚種に特化した技術もみられる。関連特許の取得も毎年発生して

    いるが、現在活魚輸送に関する規格化の動きはみられない。このため要素技術評価は可

    能である一方、活魚輸送サービスとしての統一的な基準はなく漁業者等が活魚輸送を行

    う際の判断基準に乏しい。従ってルール化にあたってはファインバブルの規格のように

    第一段階では活魚輸送技術の定義(輸送時間・輸送量等)を明確にし、第2段階で効果

    測定方法(活魚の斃死率・身質の状態等)を定め、個別の魚種への対応につては第3段

    階の個別の応用規格とするような整理の方法が考えられる。