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10 産総研 TODAY 2011- 07 このページの記事に関する問い合わせ:ナノチューブ応用研究センター  http://unit.aist.go.jp/ntrc/ci/index.html 10 参考文献 [1] N. Kameta et al .: Soft Matter, 7, 4539 (2011). [2] N. Kameta et al .: Chem. Eur. , 16, 4217 (2010). [3] 亀田直弘 他: 高分子論文集 , 67, 560 (2010). 内外表面の異なるチューブナノカプセル 脂質分子が自発的に集まること(自 己組織化)によって形成される有機ナ ノチューブは、内径数nm 〜数百nm の中空シリンダー状のナノ空間を持ち ます。この空間にさまざまな分子や材 料を入れてカプセル化したり、そこ からこれらを放出することが可能で [1] 。このため有機ナノチューブは医 療や環境・エネルギー分野での幅広い 利用が期待されています。私たちは チューブの外表面が糖、内表面がアミ ノ基やカルボキシル基などで被覆さ れているという特長をもつ有機ナノ チューブ(バイオナノチューブ、図中 央)を開発し、主にライフサイエンス 分野への実用化に向けた基盤技術の開 発を行っています。 生体高分子を守る バイオナノチューブはタンパク質や DNAなどの生体高分子を選択的にカ プセル化して安定に保持するという優 れた機能をもちます(図)。例えば緑 色蛍光タンパク質を内径が 10 nm、20 nm、80 nmであるナノチューブにそ れぞれカプセル化し、その熱安定性を 調べてみました。その結果タンパク質 のサイズ(4 nm)と最も近い内径10 nm のチューブでは、90 ℃という高温 でも緑色蛍光タンパク質がほとんど変 性しないことを見いだしました [2] 。内 径80nmのチューブではこのような効 果が全く見られないことや、内径20 nmのチューブでは逆に変性を促進す ることもわかりました。内径 10 nm の チューブでの安定化効果は、生体高分 子をナノ空間に孤立させることで発現 しているものと推測しています。バイ オナノチューブはpHや温度変化など の周囲の刺激に応答して薬剤を放出す る機能も有しており、薬剤を生体組織 や細胞まで送り届けるナノカプセルと しての応用が期待されています [3] 実用化へ向けて 実用化を加速するため、さまざまな ナノチューブ群の合成とそのスケール アップも試みています。原料となる脂 質分子の構造最適化と合成手法の簡素 化によって、これまでの合成工程を半 分以下に減らし、さらに再沈殿やろ過 といった精製プロセスによって効率的 に脂質ナノチューブを製造することが できました。これらを原料として製造 されるナノチューブ群を公的研究機関 や企業などに広く提供し、オープンイ ノベーション型の共同研究を進めるこ とでさまざまな用途への実用化を目指 しています。 バイオナノチューブとその応用 ナノチューブ応用研究センター ますだ 田 光 みつとし バイオナノチューブのさまざまな機能の概念図 薬剤送達機能 刺激応答型の放出機能 ゲストの安定化機能 選択的カプセル化 pH, 温度 (+)9 nm (-)12 nm 80 nm 80 nm

バイオナノチューブとその応用 - 産業技術総合研究所...[1] N. Kameta et al.: Soft Matter, 7, 4539 (2011). [2] N. Kameta et al.: Chem. Eur., 16, 4217 (2010). [3]

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Page 1: バイオナノチューブとその応用 - 産業技術総合研究所...[1] N. Kameta et al.: Soft Matter, 7, 4539 (2011). [2] N. Kameta et al.: Chem. Eur., 16, 4217 (2010). [3]

10 産総研 TODAY 2011-07  このページの記事に関する問い合わせ:ナノチューブ応用研究センター    http://unit.aist.go.jp/ntrc/ci/index.html

産総研が誇るナノカーボン・ナノチューブ関連研究産総研が誇るナノカーボン・ナノチューブ関連研究産総研が誇るナノカーボン・ナノチューブ関連研究産総研が誇るナノカーボン・ナノチューブ関連研究

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参考文献[1] N. Kameta et al.: Soft Matter, 7, 4539 (2011).[2] N. Kameta et al.: Chem. Eur., 16, 4217 (2010).[3] 亀田直弘 他:高分子論文集 , 67, 560 (2010).

内外表面の異なるチューブ状ナノカプセル脂質分子が自発的に集まること(自

己組織化)によって形成される有機ナノチューブは、内径数nm 〜数百nmの中空シリンダー状のナノ空間を持ちます。この空間にさまざまな分子や材料を入れてカプセル化したり、そこからこれらを放出することが可能です [1]。このため有機ナノチューブは医療や環境・エネルギー分野での幅広い利用が期待されています。私たちはチューブの外表面が糖、内表面がアミノ基やカルボキシル基などで被覆されているという特長をもつ有機ナノチューブ(バイオナノチューブ、図中央)を開発し、主にライフサイエンス分野への実用化に向けた基盤技術の開発を行っています。

生体高分子を守る

バイオナノチューブはタンパク質やDNAなどの生体高分子を選択的にカプセル化して安定に保持するという優れた機能をもちます(図)。例えば緑色蛍光タンパク質を内径が10 nm、20 nm、 80 nmであるナノチューブにそれぞれカプセル化し、その熱安定性を調べてみました。その結果タンパク質のサイズ(4 nm)と最も近い内径10 nmのチューブでは、90 ℃という高温でも緑色蛍光タンパク質がほとんど変性しないことを見いだしました[2]。内径80nmのチューブではこのような効果が全く見られないことや、内径20

nmのチューブでは逆に変性を促進することもわかりました。内径10 nmのチューブでの安定化効果は、生体高分子をナノ空間に孤立させることで発現しているものと推測しています。バイオナノチューブはpHや温度変化などの周囲の刺激に応答して薬剤を放出する機能も有しており、薬剤を生体組織や細胞まで送り届けるナノカプセルとしての応用が期待されています[3]。

実用化へ向けて

実用化を加速するため、さまざまなナノチューブ群の合成とそのスケールアップも試みています。原料となる脂

質分子の構造最適化と合成手法の簡素化によって、これまでの合成工程を半分以下に減らし、さらに再沈殿やろ過といった精製プロセスによって効率的に脂質ナノチューブを製造することができました。これらを原料として製造されるナノチューブ群を公的研究機関や企業などに広く提供し、オープンイノベーション型の共同研究を進めることでさまざまな用途への実用化を目指しています。

バイオナノチューブとその応用

ナノチューブ応用研究センター

増ま す だ

田 光みつとし

バイオナノチューブのさまざまな機能の概念図

薬剤送達機能

刺激応答型の放出機能

ゲストの安定化機能

選択的カプセル化pH, 温度

(+)9 nm

(-)12 nm80 nm

80 nm