6
グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男 九州工業大学大学院生命体工学研究科 連絡先:808-0196 北九州市若松区ひびきの 2-4 Tel: 093-695-6233, E-mail:[email protected] はじめに 一次資源に乏しい日本にとって二次資源の循環利用は最も有効な資源戦略の一つです。 近年、脱化石資源の一方策として、農林水産余剰物や廃棄物を原料にして、生/化学的手 法によって各種のバイオマス由来プラスチックが合成されています。代表的な例としては、 飼料用トウモロコシから作られるポリ乳酸が知られています。バイオマス由来プラスチッ クは、植物が空気中の炭酸ガスを固定化した炭素源を原料にしているため、それ自身が焼 却されても、正味の炭酸ガスの増加にはつながらない「カーボンニュートラル」という特 徴を持っています。しかし、バイオマスの再生産速度や絶対量にも限界があるため、最も 少ないプロセスと投入エネルギーでプラスチック材料の生産・再生産を行うことが基本的 に必要です。 CO 2 再合成 ケミカル リサイクル 自動分別 廃棄 成型加工 ポリ乳酸 農林産 余剰物 廃棄物 /化学合成 原料へ戻す 原料 サーマルマテリアルリサイクル 生分解 生物固定 バイオ プロセス Fig. 1. バイオマス由来材料と資源循環 多くのバイオマス由来プラスチックは、原料に戻りやすい化学反応性を持っており、そ の反応を精密に制御すれば効率的に原料に戻すことができ、再び新しいプラスチックにす ることができる優れた資源循環型材料なのです 1 Fig. 1)。 ポリ乳酸の資源循環 ポリ乳酸は現在、卵パックやクリアカップなど各種包装容器として利用され、また、石 油由来プラスチックからの炭酸ガス発生量を少なくするためにこれらとブレンドした形で 自動車や家電・IT関連機器の各種部品に導入されています。 ポリ乳酸には、反応性の高いエステル結合が一定間隔で存在するため、分解反応時には この結合が活性サイトとして機能します。分解反応の結果、加水分解により乳酸へ、また、 熱分解によりラクチドへと直接の原料に変換されるため、ポリ乳酸は優れた原料還元型ケ

グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくるnikka/application/files/...グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくるnikka/application/files/...グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男

グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる

西田 治男

九州工業大学大学院生命体工学研究科

連絡先:〒808-0196 北九州市若松区ひびきの 2-4

Tel: 093-695-6233, E-mail:[email protected]

1 はじめに

一次資源に乏しい日本にとって二次資源の循環利用は最も有効な資源戦略の一つです。

近年、脱化石資源の一方策として、農林水産余剰物や廃棄物を原料にして、生/化学的手

法によって各種のバイオマス由来プラスチックが合成されています。代表的な例としては、

飼料用トウモロコシから作られるポリ乳酸が知られています。バイオマス由来プラスチッ

クは、植物が空気中の炭酸ガスを固定化した炭素源を原料にしているため、それ自身が焼

却されても、正味の炭酸ガスの増加にはつながらない「カーボンニュートラル」という特

徴を持っています。しかし、バイオマスの再生産速度や絶対量にも限界があるため、最も

少ないプロセスと投入エネルギーでプラスチック材料の生産・再生産を行うことが基本的

に必要です。

CO2

再合成

ケミカルリサイクル

自動分別

廃棄

成型加工ポリ乳酸

農林産

余剰物

廃棄物

生/化学合成

原料へ戻す原料

他の樹脂

サーマル・マテリアルリサイクル

生分解生物固定

バイオプロセス

Fig. 1. バイオマス由来材料と資源循環

多くのバイオマス由来プラスチックは、原料に戻りやすい化学反応性を持っており、そ

の反応を精密に制御すれば効率的に原料に戻すことができ、再び新しいプラスチックにす

ることができる優れた資源循環型材料なのです 1(Fig. 1)。

2 ポリ乳酸の資源循環

ポリ乳酸は現在、卵パックやクリアカップなど各種包装容器として利用され、また、石

油由来プラスチックからの炭酸ガス発生量を少なくするためにこれらとブレンドした形で

自動車や家電・IT関連機器の各種部品に導入されています。

ポリ乳酸には、反応性の高いエステル結合が一定間隔で存在するため、分解反応時には

この結合が活性サイトとして機能します。分解反応の結果、加水分解により乳酸へ、また、

熱分解によりラクチドへと直接の原料に変換されるため、ポリ乳酸は優れた原料還元型ケ

Page 2: グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくるnikka/application/files/...グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男

ミカルリサイクル性材料と見ることができます。 しかし、ポリ乳酸を単純に加熱しただけでは素直に原料に戻ってくれません(Fig. 2)。

分解反応を制御するために、熱分解触媒を利用しますが、比較的オープンな回収・リサイ

クルプロセスでは、より安全な触媒が求められます。安全な触媒として、私たちはアルカ

リ土類金属である酸化マグネシウムの触媒活性を見出し、その望ましい触媒特性を明らか

にしてきました。酸化マグネシウムは,250~300℃の温度範囲で選択的に原料のラ

クチドへの変換を可能とします。さらに、生成するラクチドの光学純度を低下させないと

いう非常に理想的な触媒です 2。

Fig. 2. ポリ乳酸のケミカルリサイクル

通常,使用済みのプラスチックをリサイクルする時には異なるプラスチックが混ざって

きます。それ以前に,製品自体が複数のプラスチックからなる複合体であることも一般的

です。このような混合状態からポリ乳酸を選択的に分解して原料回収を行い 3、一方、そ

の他プラスチックはそのままマテリアルリサイクルを行う「自動分別型ケミカル/マテリ

アルリサイクル」の実証試験をこれまで進めてきました(Fig. 3)。その結果、ポリ乳酸

から、95%以上という高い光学純度を保持したまま、ほぼ定量的にラクチドに還元でき 4、

一方、自動分別されたその他プラスチックはリペレット化して再溶融成形が可能であるこ

とを示しました。

Fig. 3. ポリ乳酸の資源循環実証試験

Page 3: グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくるnikka/application/files/...グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男

3 ポリ乳酸の環境分解性の利用

ポリ乳酸は環境中で徐々にではありますが分解していきます。空気中の湿度はもちろん、

土壌中の微生物や太陽光、空気中の酸素、昼と夜の寒暖差なども分解を促進します。分解

によって最終的には乳酸や炭酸ガス、水に変換されます。乳酸はヨーグルトやお漬物に入

っている天然物質と同じものです。もともと乳酸は乳酸菌が他の細菌を寄せ付けず自分の

生活空間を確保するためのものです。この乳酸をうまく利用することで、安全な生物忌避

剤として使うことができます。

現在、私たちは、ポリ乳酸が徐々に乳酸を放出しながら分解する性質を利用して、高架

道路のコンクリート点検孔窓剤(Fig. 4)5や、海洋でのフジツボやムラサキイガイの付着

防止剤としての機能を研究しています(Fig. 5)。その結果、ポリ乳酸が大気中や海水中

で徐々に分解していく過程で、機械的強度が突然低下する臨界点があることや、あるいは

海水中に乳酸を徐放することで海洋付着生物の付着機構を安全に阻害する効果を見いだし

ました 6,7。

Fig. 4. 高架道路のコンクリート点検孔窓剤

Fig. 5. フジツボの幼生

4 「竹」豊富ですばらしい資源

福岡県の北九州市合馬や八女市は筍の一大生産地として有名です。その一方で、放置竹

林の拡大は頭の痛い問題となっています。九州を中心にして西日本一帯に膨大な賦存量を

有する「竹」は、見方を変えれば我が国随一の均質なバイオマス資源と言えるでしょう。

しかし、その硬い表層構造のため、竹は粉砕することが難しく、工業用資材としての利用

は限られた範囲でしかありませんでした。

Page 4: グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくるnikka/application/files/...グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男

Fig. 6. 竹由来のセルロース短繊維

現在、私たちは、常圧過熱水蒸気処理という方法を使って、ヘミセルロースというセル

ロース繊維を束ねている成分を優先的に分解除去することで、太い孟宗竹を素手でも割る

ことができ、さらに容易に微粉砕ができることを見出しました(Fig. 6)8。 この方法を使って得られた竹粉末は、セルロース結晶からなる短繊維を主成分として含

み、プラスチックの繊維強化材料として期待されます。実際にここで得られた竹粉末は、

プラスチックと混合して溶融成形を行うことが可能であり、得られた成形体は、短繊維が

配向した方向に優れた寸法安定性を示し、吸水率も木粉に比べて低い値を示します(Fig. 7)。

Fig. 7. 竹粉末を 50%および25%含む複合成形体

竹由来の微粉末を含むプラスチック複合成形体は、繊維強化による機械的強度の上昇だ

けでなく、静電気を帯びにくいというおもしろい性質も持っていることがわかってきまし

た。これにより、自動車用部材や電気電子機器関連部材への応用が期待されます。

5 ゼロエミッション合成技術

モノづくりの現場ではさまざまの廃棄物が発生します。たとえばプラスチックを製造し

たり、塗料を使って壁などの表面を塗装したりする際に有機溶剤を使いますが、それらの

溶剤は、産業廃棄物になったり、あるいは環境中に揮発拡散していきます。オゾン層破壊

の問題はまさしくフロンの揮発拡散が原因でした。 近年、アトムエコノミー(原子効率)という言葉がよく使われるようになってきました。

Page 5: グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくるnikka/application/files/...グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男

これは化学反応に関与するすべての物質の原子の面から見た変換効率を議論しようとする

ものです。このアトムエコノミーの観点から、私たちは現在、プラスチックを合成する際

やさまざまな表面に塗膜を施す際に必要最小限の原材料を使って廃棄物を出さない「ゼロ

エミッション」の溶剤フリー重合プロセス 9を開発しています(Fig. 8)。 液相重合

溶媒

溶媒

モノマー気相重合

活性点

Fig. 8. 溶剤フリー気相表面重合プロセス

この溶剤フリー重合プロセスは、単に省資源・廃棄物フリーなだけでなく、プラスチッ

クが持っている基本特性の上に様々な機能を付与した高機能表面を持った新しい材料を創

ることもできます。それは、1mmの100万分の1以下の小さなモノマー分子が空中を

飛んで行って固体表面にぶつかり、そこで重合する「気相表面重合」を自由に制御できる

からです。この新しい重合方法により、さまざまな固体表面に光を使って微細な模様を描

いたり 10、環境に応じて表面特性を変化させたり、色々な微粒子をカプセル化したりなど

多彩な形状と機能表面を持った新素材を創り出すことができます。このように省資源・省

エネルギー技術の深耕の先に、多彩で先進的な機能が現れてきました(Fig. 9)。

モノマー1導入

第1段階気相重合 第2段階気相重合

フォトマスク光

モノマー2導入

フォトマスク回転

二次元サークル・ラインバターン光

Fig. 9. 光を使って表面に微細な模様を描く

6 おわりに

2000 年に制定・施行された循環型社会形成推進基本法と個別リサイクル法は、我が国に

明らかなパラダイムシフトを引き起こしました。狭い国土に大量の二次資源を保有し、か

つ社会基盤としてリサイクルシステムを整備している状況は、資源循環技術という次世代

Page 6: グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくるnikka/application/files/...グリーンケミストリーで持続可能な地球環境をつくる 西田 治男

の基盤テクノロジーを醸成するのにもっとも適した環境を提供しているといえます。 循環型社会の構築が着実に進みつつある状況の中で、バイオマス由来材料の持つ環境適

合性と制御可能な分解性という特性は重要な機能となりつつあります。工業製品としての

「安定性」と資源循環のための「原料への還元性」が時と場合に応じてうまく制御できれ

ば、「循環」というキーワードがその価値をより発揮するようになるでしょう。 バイオマス由来のプラスチックは、資源循環という機能において石油由来の高分子材料

に比べて格段のポテンシャルをもっています。このバイオマス由来プラスチックの潜在能

力を引き出し、有効に利用するための技術革新が多方面で加速度的に展開されるような状

況になることを願い研究を進めています。 参考文献

1 H. Nishida, Chapter 9. Depolymerization Properties of Bio-Based Polymers. in Handbook of

Sustainable Polymers: Structure and Chemistry, edited by V. Kumar Thakur, M. Kumari Thakur, Pan Stanford Publishing Pte. Ltd., pp. 289-329 (March 31, 2016).

2 T. Motoyama, T. Tsukegi, Y. Shirai, H. Nishida, T. Endo, Effects of MgO Catalyst on Depolymerization of Poly-L-lactic Acid to L,L-Lactide. Polym. Degrad. Stab., 92, 1350-1358 (2007).

3 M. Omura, T. Tsukegi, Y. Shirai, H. Nishida, T. Endo, Thermal degradation behavior of poly(lactic acid) in a blend with polyethylene. Ind. Eng. Chem. Res., 45, 2949-2953 (2006).

4 H. Nishida, Polylactic Acid (PLA): Environmental Degradation Behaviors. in Encyclopedia of Biomedical Polymers and Polymeric Biomaterials, edited by M. Mishra, CRC Press, pp. 6422-6432 (April 2, 2015).

5 H. Nishida, Plastic Recycle. in Encyclopedia of Polymeric Nanomaterials, edited by S. Kobayashi, K. Müllen, Springer-Verlag, Berlin Heiderberg, pp. 1640-1650 (2015).

6 N. Ishimaru, T. Tsukegi, M. Wakisaka, Y. Shirai, H. Nishida, Effects of poly(L-lactic acid) hydrolysis on attachment of barnacle cypris larvae. Poly. Degrad. Stab., 97, 2170-2176 (2012).

7 古川泰地, 西田治男,ムラサキイガイ Mytilus galloprovincialis の付着挙動とポリ L-乳酸

の効果. Sessile Organisms, 33[1], 1-6 (2016). 8 K. Yamashiro, H. Nishida, Structural and Compositional Changes of Bamboo fibers during

Super-Heated Steam Treatment and Thereby Composite Preparation. Int. J. Biomass & Renewable, 4[2], 8-16 (2015).

9 H. Nishida, Y. Andou, T. Endo, Chapter 4: Gas-Phase-Assisted Surface Polymerization and Thereby preparation of Polymer Nanocomposites. in In Situ Synthesis of Polymer Nanocomposites, edited by V. Mittal, Wiley-VCH, Germany, pp. 89-104 (2011).

10 S. Gomi, Y. Andou, H. Nishida, Auto-Drawing and Functionalization by Vapor-Phase Assisted Polymerization on Solid Surface. J. Photopolym. Sci. Technol.. 29[1], 17-23 (2016).