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エバラ時報 No. 237(2012-10) ─  ─ 35 1.計算科学と設計技術 世界で最も高速なコンピュータシステムの上位 500 位 までをランク付けするTOP500で,文部科学省HPCI (High Performance Computing Infrastructure)プロジェ クトが推進する次世代スパコン「京(けい)」が,2011年 6 月と11 月の 2 度にわたり世界 1 位を獲得したことは記憶に 新しい。産業界が科学技術計算などで利用する高速コン ピュータ(HPC:High Performance Computing)もこ うした国家プロジェクトに牽引されるように高速化して おり,過去 20 年間を通じ,HPC の演算速度は 3 ~ 4 年ご とに10倍の高速化を続けている(1)。今では,多く のビジネスマンがノートPCにCray XMP(筆者が新人 であった 1980 年代初頭の世界最速のスパコン)を数十台 詰め込んで毎日持ち歩いていることになる。今から6 ~ 8 年後の科学技術計算は現在の100 倍近くに高速化する。 これは,3箇月を要していた大規模/高精度解析が1日 で終了する,あるいは 1日に 1ケースしか実施できなかっ た設計検討解析が100ケース実施可能になることを意味 する。更に重要な点は,TOP500(500 機関)に占める産 業界ユーザ数の比率は,60%以上にまで急増しているこ とである。 筆 者 が 数 値 流 体 力 学(CFD:Computational Fluid Dynamics)によるターボ機械の乱流解析に初めて取り 組んだのは 1988 年前後である。当時は,羽根車 1 ピッチ 〔論文〕 ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来 後 藤   彰 Advancement and Future of Turbomachinery Flow Optimization Technology by Akira GOTO Further advancement of fluid engineering technology for turbomachinery requires breakthroughs in both “simulation technology” and “design technology”. Thanks to remarkable developments in computational science and high performance computing, “simulation technology”, including fluid simulation, has evolved steadily and dramatically. While the limitations of 2D based “design technology”, including the use of empirical design diagrams, have become evident, a 3D inverse design method using fluid dynamic design parame- ters has been proposed and successfully applied to multi-objective and multi-disciplinary numerical optimization. Innovations in fluid engineering technology will hopefully continue with strong academia-industry collaboration and rapid progress in information and communication technologies. Keywords: Turbomachinery, Numerical optimization, High performance computing, Computational fluid dynamics, 3-D design, Inverse design method, Multi-objective optimization, Multi-disciplinary optimization, Explicit knowledge, Academia-industry collaboration 風水力機械カンパニー 技術生産統括 開発統括部 世界1位 World #1 世界500位 World #500 世界1位 World #1 世界500位 World #500 PCサーバ PC server ノートPC Notebook PC Cray XMP (800 Mflops@1982) 地球シミュレータ Earth Simulator K computer データ出典: Top 500 http://www.top500.org Data source 1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 2014 2017 Year 1 PFlops 10 PFlops 10 TFlops 100 TFlops 100 GFlops 1 TFlops 1 GFlops 10 GFlops 100 MFlops 演算速度 Performance 100 PFlops 1 高速コンピュータの演算性能の進歩 Fig. 1 Performance development of HPC

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来 · 主に後者に軸足をおいてターボ機械流れの最適化技術に 関する技術の変遷を紹介し,急激に進歩するictの更な

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エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─35

1.計算科学と設計技術

 世界で最も高速なコンピュータシステムの上位500位までをランク付けするTOP500で,文部科学省HPCI(High Performance Computing Infrastructure)プロジェクトが推進する次世代スパコン「京(けい)」が,2011年6月と11月の2度にわたり世界1位を獲得したことは記憶に新しい。産業界が科学技術計算などで利用する高速コンピュータ(HPC:High Performance Computing)もこうした国家プロジェクトに牽引されるように高速化しており,過去20年間を通じ,HPCの演算速度は3~ 4年ごとに10倍の高速化を続けている(図1)。今では,多くのビジネスマンがノートPCにCray XMP(筆者が新人であった1980年代初頭の世界最速のスパコン)を数十台詰め込んで毎日持ち歩いていることになる。今から6~8年後の科学技術計算は現在の100倍近くに高速化する。これは,3箇月を要していた大規模/高精度解析が1日で終了する,あるいは1日に1ケースしか実施できなかった設計検討解析が100ケース実施可能になることを意味

する。更に重要な点は,TOP500(500機関)に占める産業界ユーザ数の比率は,60%以上にまで急増していることである。 筆者が数値流体力学(CFD:Computational Fluid Dynamics)によるターボ機械の乱流解析に初めて取り組んだのは1988年前後である。当時は,羽根車1ピッチ

〔論文〕

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

後 藤   彰*

Advancement and Future of Turbomachinery Flow Optimization Technology

by Akira GOTO

Further advancement of fluid engineering technology for turbomachinery requires breakthroughs in both “simulation technology” and “design technology”. Thanks to remarkable developments in computational science and high performance computing, “simulation technology”, including fluid simulation, has evolved steadily and dramatically. While the limitations of 2D based “design technology”, including the use of empirical design diagrams, have become evident, a 3D inverse design method using fluid dynamic design parame-ters has been proposed and successfully applied to multi-objective and multi-disciplinary numerical optimization. Innovations in fluid engineering technology will hopefully continue with strong academia-industry collaboration and rapid progress in information and communication technologies.

Keywords: Turbomachinery, Numerical optimization, High performance computing, Computational fluid dynamics, 3-D design, Inverse design method, Multi-objective optimization, Multi-disciplinary optimization, Explicit knowledge, Academia-industry collaboration

  * 風水力機械カンパニー 技術生産統括 開発統括部

世界1位World #1

世界500位World #500

世界1位World #1

世界500位World #500

PCサーバPC server

ノートPCNotebook PC

Cray XMP(800 Mflops@1982)

地球シミュレータEarth Simulator

京K computer

データ出典: Top 500 http://www.top500.orgData source

1981

1984

1987

1990

1993

1996

1999

2002

2005

2008

2011

2014

2017

年Year

1 PFlops

10 PFlops

10 TFlops

100 TFlops

100 GFlops

1 TFlops

1 GFlops

10 GFlops

100 MFlops

演算速度

Performance

100 PFlops

図1 高速コンピュータの演算性能の進歩Fig. 1 Performance development of HPC

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─36

を数万メッシュで離散化し時間平均的な定常流れを解析していた。現在では,例えば,多段ポンプの吸込から吐出しまでの全体を1000万を超えるメッシュ数でモデル化し,時々刻々変化する非定常な流れ場を「丸ごと解析」することが開発現場で行われている。このように,CFDに代表される「解析技術」は,計算機の高速化の恩恵を直接的に享受し,着実かつ劇的な進化を果たしている。しかしながら,「解析技術」の究極の姿はシミュレーションによる実験の代替であり,優れた「設計技術」の実現とは等価ではない。特に,従来の設計・エンジニアリング技術は,その習得がおおむね経験年数に(リニア関数的に)依存し,重要なエンジニアリング判断が技術者の暗黙知に依存する部分が多いことから,2012年問題(技術伝承の先送りの下で,雇用延長された団塊の世代が65歳を迎え,会社から引退する問題)も業界共通の関心事と言える。こうした技術伝承の問題を含め,従来の設計・エンジニアリング技術の課題をブレークスルーする上で,急激に(指数関数的に)進歩するICT(Information and Communication Technology)をいかに活用しきれるかは重要な鍵となる。 設計・開発エンジニアリングの目的は,「顧客の声」を満たす製品及びサービスをタイムリーに提供することにつきる。ターボ機械に対する「顧客の声」は,個々の製品市場に依存し,高効率,低価格,多点要項,低圧力

脈動,低騒音,低フットプリント,長期信頼性,メンテナンス性,製造や運用におけるロバスト性など,極めて多様である。例えば,フットプリントと製品寿命・信頼性を制約条件とし,効率を最大化し製造コストを最小化するといった課題は,典型的な複合領域最適化問題である。また,流体・構造・振動・材料などのエンジニアリングのコア技術分野は,流体力,圧力変動や疲労・壊食現象などを通じ互いに連成している。つまり,設計・開発エンジニアリングは,複数の技術分野にまたがる複合的で多目的な最適化問題の組合せになっている。 計算科学の飛躍的な進歩により,様々なエンジニアリング分野で数値解析や数値最適化に代表されるICT技術活用へのチャレンジが進展している。図2に,筆者の周辺における過去30年の流体解析技術と設計(最適化)技術の変遷を示す。ICTの活用には,流れや構造強度の数値解析に代表される「現象解明ツール」としての側面と,3D-CADを用いたコンカレントエンジニアリングに代表される「設計ツール」としての側面があるが,本稿では主に後者に軸足をおいてターボ機械流れの最適化技術に関する技術の変遷を紹介し,急激に進歩するICTの更なる活用・展開の方向性について考察する。

2.3次元設計への潮流

 1980年前後には,ポテンシャル理論あるいはオイラー

多目的最適化Multi-objective optimization

体系的実験Systematicexperiments

非定常/要素間干渉Unsteady/interaction

初の3D翼列CFD(1988年)

First 3D blade CFD (1988)

全体モデルFull model CFD

3次元定常翼間CFD3D steady bladepassage CFD

非粘性・準3次元1次元性能予測Inviscid Q3D,1D prediction

設計技術の進化軸Advancement in design technology

GA: Genetic algorithmMOGA: Multi-objective genetic algorithm

複合領域最適化ロバスト設計、価値設計Multi-disciplinary optimization,robust design, value creation design

多目的最適化Multi-objectiveoptimization

数値的、論理的単目的最適化Numerical, logical,single-objective optimization

実験的経験的設計Experiment-based/empirical design

多要素間干渉を考慮した設計(まるごと解析)Design considering

interactions with full model CFD

性能の評価と最適化Performance evaluationand optimization

初の3次元逆解法設計(1990年)First 3D inverse design (1990)

初の“GA”最適化(1999年)First “genetic algorithm” optimization (1999)

初の“MOGA”(2008年)First “multi-objective genetic algorithm” (2008)

複合領域最適化Multi-disciplinaryoptimization

解析技術の進化軸

Advancement in simulation technology

図2 設計最適化プロセスの進歩Fig. 2 Advancement of the design optimization process

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─37

の運動方程式を基礎として,ターボ機械の3次元流れ場を,子午面(軸対称)流れと回転流面上の翼間流れという,2種類の2次元流れ場の重ね合わせで近似する準3次元流れ解析技術(Q3D:Quasi-three dimensional flow analy-sis)が実用化されていた1)。この解析では,粘性に起因する流れの剥離現象や損失の発生などが予測できないため,その適用は主に設計点近傍における流れのマッチングや翼面圧力勾配の適正化などに限られていた。また,当時の羽根設計理論は回転流面上の2次元翼間流れの検討を基礎としており,羽根の3次元形状は2次元設計の積み重ねとして設計されていた2)。 1980年代には,翼負圧面の流れの減速比を制御したControlled Diffusion Airfoilの2次元理論をガスタービンの静翼で実用化する取り組みがなされていた3)。当社でも,軸流ファンを対象として,流れの剥離を抑制しながら摩擦損失を極小化する翼面圧力分布を「境界層理論の逆解法」により導出し,その圧力分布を2次元翼列内で実現する翼型を「ポテンシャル流れの逆解法」により設計する,新しい設計理論の実証研究を行った4)。その結果,スパン中央の動翼後流が著しく縮小され,翼列損失係数は約35%も低減できることを実験的に確認した(図3)。しかし,その副作用として,翼負圧面の境界層内をハブ側からチップ側へと向かう2次流れが抑制され,「翼面境界層の吸取り効果」が減少することでハブ側の後流厚みが著しく増加し,ファンの効率の改善は限定的で,部分流量域においては損失が急増する問題を生じた。1980年代の後半から実施した,レーザ流速計や非定常ピトー管,多色油膜法などの,新しい計測技術を用いた斜流ポンプの内部流れの実験的研究や実用化間もないCFD解析で5),

羽根車内部流れは準3次元流れの仮定とは程遠く,設計点近傍においても様々な2次流れを伴い,極めて3次元的であることが明らかになった(図4)。ガスタービンの空力設計分野でも,いわゆる「3次元スタッキング」の研究が活発化し,3次元設計の重要性が議論された6)。 このように1980 ~ 1990年代は,2次元理論を基礎とする羽根設計理論の限界が明確に認識された時期であった。しかしながら,当時の設計技術の主流は,依然として2次元翼列理論を基礎とする準3次元理論と,経験則・実験式や線図設計(例えば,Stepanoffの設計線図やNACAのカーペット線図)に基づいていた。上述の軸流ファンや斜流ポンプの結果が示唆するように,流れの3次元性を直接的に考慮できる「3次元設計」によらなければ,

(a)2D逆解法による設計(a) Design using a 2D inverse method

縮小した後流Suppressed wake at midspan

抑制された2次流れSuppressed secondary flows in wake

ハブ側で増大した後流Increased wake on the hub side

(b)NACA 65系翼形線図による設計(b) Design using NACA 65 series airfoils

図3 軸流ファン羽根車出口での相対速度コンター図Fig. 3 Exit relative velocity contours of axial flow fans

(a)羽根車出口の相対速度分布-計測値

(a) Relative velocity contours at the impeller exit-measurements

(b)羽根車79%-chord位置での2次流れ-CFD(b) Secondary flow

vectors at the 79%-chord location of the impeller-CFD

0.48

インペラImpeller

ディフューザ翼Diffuser vane

翼先端もれ渦Tip leakage vortex

流路渦Passage vortex

圧力面PS

Ω

翼面境界層内の2次流れ

Secondary flow in theblade boundary layer

シュラウドShroud

ハブHub

流れFlow

250 mm

0.54

0.42(後流) (Wake flow) 0.66(ジェット流れ)

(Jet flow)

負圧面SS

図4 斜流ポンプの設計点における3次元流動現象Fig. 4 Three-dimensional flows in a mixed flow pump

at the design point

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─38

性能の大きな改善や,部分流量域における性能問題を解消することは難しい。

3.逆解法設計とCFD解析の連携,そして数値最適化へ

 1990年から,ロンドン大学との共同研究で3次元逆解法理論7)の実用化に取り組んだ。逆解法設計では羽根負荷分布(羽根表裏間の圧力差分布)という流体パラメータを設計入力値とし,その負荷分布(圧力場)を実現する羽根形状を数値解析により導出する。この理論はポテンシャル理論に基づいており,粘性の影響を直接的には考慮できないという欠点がある。しかしながら,1990年代半ばまでには,メッシュ数10万点程度で羽根1ピッチ間の流れを定常解析するCFD技術が常用され,一晩に20ケース程度の解析検討が可能となった。そこで,CFD解析と連携させ,逆解法設計に基づく「3次元設計」プロセスを構築した。当時のCFD解析では,キャビテーション(吸込性能)の評価はできないといった限界はあったが,逆解法を利用した「3次元設計」は,図5に示すように3次元性の強い斜流ポンプの剥離渦の抑制による性能改善だけでなく8),図6に示すように設計ノウハウの体系化(形式知化)にも有効なことを確認した9)。ポンプに続き,遠心圧縮機,そして蒸気タービンへの適用にも取り組んだ。 いわゆる設計線図には,長年にわたる設計ノウハウが集約されており,従来実績の中でベストに近い形状を高い信頼性で設計できるという特長がある。その反面,実績を超えた性能要求などには対応が困難である。経験則

や実験式の普遍性には限界があり,遠心圧縮機の設計線図で軸流圧縮機の設計は行えず,ましてや,ポンプの設計線図は圧縮機やタービンの設計には使えない。これに対し,逆解法の設計入力値は,性能と密に関連する流体パラメータ(負荷分布)であり,能率よく性能の制御・改善ができるだけでなく,望ましい負荷分布形態の普遍性も高い。例えば,「羽根車内の2次流れの制御」という未解決問題に対し,ポンプと圧縮機に共通な設計ガイドラインの形式知化に成功した10)。こうした特長から,3次元逆解法技術の適用対象は,産業用ポンプやプロセス圧縮機だけでなく,ロケットポンプ,発電用水車,自動車用ターボチャージャ,IT機器向けのファンなど,幅広い

ディフューザDiffuser

(a)従来設計段落のCFDと壁面流れの可視化(a) CFD and wall flow visualization for

the conventional design stage

(b)逆解法設計段落のCFDと壁面流れの可視化(b) CFD and wall flow visualization for

the inverse design stage

羽根車Impeller

図5 逆解法を用いたディフューザポンプの3次元設計Fig. 5 Three-dimensional design of a diffuser pump using inverse design

従来設計のパラメータParameters in

conventional design

逆解法設計のパラメータParameters in inverse

design

比速度Ns(min-1,m3/min,m)Specific speed Ns

設計パラメータ

Design parameter

0 500 1000 1500

図6 系統的な設計パラメータFig. 6 Systematic design parameters for the pump impeller

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─39

ターボ機械分野に広がっている。 逆解法設計によれば,8個程度の少ない設計入力値で,ごく短時間(数分)で羽根の3次元形状を生成できる。そこで,1999年頃からCFD解析により予測した効率を目的関数として,逆解法の設計入力値を自動的に最適化する,「数値最適化」に取り組んだ。局所最適解に陥りやすいという数値最適化の欠点に対し,焼きなまし法(SA)や,大局的な最適解が求まる遺伝的アルゴリズム(GA)などを採用し,図7に示すように羽根車効率とい

う単目的の自動最適化を実施した11)。しかし,ターボ機械設計では,例えば,最高効率と部分流量域特性の両立といった,「多目的」な最適化が常に求められており,単目的の最適化の実用性は極めて限定される。したがって,数値最適化の実用化には,次章で述べる多目的最適化技術の開発へ向う必要があった。

4.ポンプ性能特性の多目的最適化

 逆解法への設計入力値を種々に変化させると,図8(a)

(a)性能特性のバリエーション(a) Variation of pump performance

(b)効率と安定性のトレードオフ関係(b) Trade-off between efficiency and stability

安定領域Stable area安定領域Stable area

高効率で安定性能特性High efficiency with stable performance

効率

Efficiency

高 High

安定性Stability

強Strong

効率

Efficiency

効率Efficiency効率

Efficiency

設計点Design point設計点

Design point

動力Power動力Power

動力

Power

揚程

Head 揚程

Head揚程Head

流量Flow rate

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.20.0

0.5

1.0

1.5

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

0.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

図8 ポンプ性能特性の多目的最適化Fig. 8 Multi-objective optimization of pump performance

突然変異Mutation

突然変異Mutation

(a)勾配法(a) Gradient method (GM)

(b)遺伝的アルゴリズム(b) Genetic algorithm (GA)

初期値Initial value

初期値Initial value 遺伝子

Gene

遺伝子Gene

選択Selection

交差Crossing-over

交差Crossing-over

交差Crossing-over選択

Selection

最適解Global optimum

羽根車効率

Impeller efficiency

試行回数Number of trials

遺伝的アルゴリズムGenetic algorithm

勾配法Gradient method

試行回数Number of trials

羽根車効率

Impeller efficiency

最適解Global optimum

局所最適解Local optimum

局所最適解Local optimum

交差Crossing-over

交差Crossing-over

交差Crossing-over

図7 羽根車効率の数値最適化Fig. 7 Numerical optimization of impeller efficiency

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─40

に示すように,様々な性能特性をもつポンプが設計できる。この結果からも分かるように,①設計点効率,②安定な性能特性(ストール回避),③動力の最小化(モータ定格容量の低減),④締切り圧力の抑制(フランジや配管の肉厚低減)といった性能ニーズは,互いにトレードオフの関係にある。そこで,「多様な市場ニーズに対応できる性能特性のトレードオフ設計」という課題をブレークスルーするために,2000年代半ばから多目的最適化技術の開発に着手した。 開発した多目的最適化技術では,以下の4ステップで最適化を実施する。すなわち,①CFDを用いた「感度解析」により,性能に対する感度が高い設計パラメータを特定,②それらの設計パラメータについて,「実験計画法(DoE:Design of Experiments)」を用いて16~ 45ケースの設計を実施,③各ケースのCFD解析で予測した性能特性(目的関数)を設計パラメータの多項式で与える「応答曲面(RSM:Response Surface Model)」を定義,④応答曲面を用いた代数計算で何万ケースもの設計ケースを生成し,多目的遺伝的アルゴリズム(MOGA:Multi-Objective Genetic Algorithm)を実施する。 このようにして求めた,複数の目的関数間のトレードオフ限界(パレート解)の一例を図8(b)に示す12)。性能特性間のトレードオフの関係をあらかじめ求めておけば,図9の斜流ポンプにおける実証結果が示すように,所望の性能特性をバランスよく実現するポンプを自在に選択できる。なお,ここで対象とした斜流ポンプでは,

部分流量域における流れの非定常性が性能特性に及ぼす影響が限定的で,高品質なメッシュの生成も比較的容易であるという特徴があり,逆解法,CFD解析,感度解析,DoE,RSM,GAという各種手法を組合わせることで,実用性の高い多目的最適化技術が実現できた。 残された技術課題としては,非定常性の強い流れへの対応,キャビテーション現象を高精度で予測するCFD技術,自由度の高い3次元流路の形状定義法(パラメタライゼーション)と,それに対する高品質の自動メッシュ作成などがある。最終ゴールまでにはまだ距離を残すものの,多目的最適化技術の方法論は実証されており,そのゴールは確実に視界に入っている。なお,逆解法により設計された羽根面は複雑に波打つことがあり,従来設計における「スムーズで流れ易そうな流路」といった暗黙知と符合しない。自動車や航空機翼などの外部流れと異なり,ターボ機械の内部流れでは,隣接する羽根や流路壁間の干渉が強いため,流れ場(例えば圧力勾配)がスムーズに変化するには,羽根形状は変曲点をもつ複雑な形状とならざるを得ないのである。こうした形状を忠実に再現するには,5軸NCによるワンピース加工や,光造形を用いた砂型成型など,製造技術革新も必要となる。

5.形式知を活用した多目的最適化

 ターボ機械の流体設計に関し,これまでに多くの経験則・実験式(設計ガイドライン)が提案されている。ここでは,これら形式知化された設計ガイドラインを,数

1.2eff

H

eff

H

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

3.0

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2流量比Q/Qd’

流量比Q/Qd’

1.2

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

3.0

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

1.5

1.0

0.5

0.00.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2

効率比

eff/effd’

効率比

eff/effd’

揚程比

H/Hd’

動力比

P/Pd’

揚程比

H/Hd’

動力比

P/Pd’

(a)高効率,安定性能設計(a) Design with high efficiency and stability

(b)安定性能,低締め切り揚程/動力設計(b) Design with stability, low shut-off head & power

CFD解析CFD results 実験Experiments

CFD解析CFD results 実験Experiments

図9 多目的最適化設計の実験実証Fig. 9 Experimental validation of multi-objective optimization

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─41

値最適化に活用することで,極めて短時間に複合領域最適化を実施した圧力比2:1の遠心圧縮機の最適設計を紹介する13)。羽根負圧面での流れの剥離限界を規定するパラメータとして,約40年前に減速比(例えば,シュラウド面上での,相対速度の最大値と最小値との比)が提案された。また,約20年前に筆者らは,羽根車負圧面上の2次流れを抑制する設計ガイドラインとして,2次流れパラメータdiffMach(羽根負圧面上でのハブ/シュラウド間の相対マッハ数の差)を提案した。一方,羽根のリーン角度(羽根の傾き)は構造強度と密に関係し,特に,羽根入口部付け根で最大応力が発生しやすいことが知られている。更に,大流量におけるチョーク現象は羽根車スロート部の面積に強く依存する。 以上から,目的関数を,①diffMachの最小化(二次流れを抑制し出口流れを一様化するための形式知)と,②平均リーン角パラメータLeanAngle parameterの最小化(強度確保のための形式知)とし,拘束条件を,①スロート面積が1%以内で一致(チョーク流量確保のための形式知),②減速比が剥離限界を超えない(流れの剥離を回避するための形式知),③羽根前縁における最大リーン角が一定値以下(強度確保のための形式知)とする,最適化問題を設定した。そして,逆解法設計の負荷分布パラメータを設計変数とする多目的最適化設計(MOGA)により,図10に示すトレードオフ関係を得た。パレートフロント上の代表的な設計ケースについて,FEM解析とCFD解析による検証解析を実施し,例えば,設計Cで

は2次流れが抑制され高効率であるが,羽根の傾きは大きく羽根付け根での応力は高くなること,また,設計Aでは2次流れの抑制効果が弱く効率が低めであるが,羽根付け根の応力は緩和されることを確認した。なお,何れの羽根車でも同等のチョーク流量が確保できている。なお,設計ケース数は約15000件であるが,計算負荷の大きなCFD解析やFEM解析を最適化プロセス中で実施する必要が無いため,最適化に要した計算時間は短く,Pentium4プロセッサ1コアで24時間であった。 このように,従来の「ものづくりノウハウ」を記述した実験式・経験則(形式知)があれば,それを数値最適化と組み合わせて,ごく短時間で実用性の高いトレ-ドオフ設計を実施できる。

6.産学官連携によるブレークスルー

 企業における設計・開発の目的は,顧客に対する製品やサービスの提供を通じた「価値の創造」にある。「顧客の声」は多目的(Multi-objective)であると同時に,複数の学術領域にまたがり,学際的で複合領域的(Multi-disciplinary)でもある。スパコンによる大規模で高精度な数値解析に代表されるICTの活用は,多目的で複合領域的な「顧客の声」の実現に向けた大きな推進力の一つである。しかし,ブレークスルーするべき技術課題も多岐にわたり,その多くが,高度な専門知識や学際的な知見を必要としている。そこで,様々な形態とレベルの産学官連携を活用している。

6パレートフロントPareto front

設計C Design C

設計BDesign B

設計ADesign A

FEMによる応力分布の検証Stress prediction by FEM

二次流れパラメータDiffMach

平均リーン角パラメータ

Lean angle parameter

(a)二次流れ抑制効果と羽根傾斜のトレードオフ (a) Trade-off between DiffMach and lean angle

(b)CFDとFEMによる最適化結果の検証(b) Validation of optimized design by CFD and FEM

質量流量Mass flow rate [kg/s]

等エントロピー効率

Isentropic efficiency

設計ADesign A

設計BDesign B 設計C

Design C

オリジナル設計Original geometry

CFDによる効率の検証Efficiency prediction by CFD

高い応力の領域 High stress area

パレートフロントPareto front

種々の設計ケースExperiments points

0.98

-4

-2

00.8 0.95 1.1 1.250.8 0.95 1.1 1.25

2

4

0.96

0.94

0.92

0.9

0.88

0.86

0.84

0.82

0.8

0.78

0.765 5.5 6 6.5 7 7.5

図10 形式知を活用した遠心圧縮機の複合領域最適化Fig. 10 Multi-disciplinary optimization of a centrifugal compressor using explicit knowledge

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

エバラ時報 No. 237(2012-10)─  ─42

 産学官連携の一形態を図11に示す。大規模解析や設計ツール高精度化,物理モデルの開発,物理現象の解明など,各種ツール群や要素技術を洗練化するための基盤研究は,大学単独あるいは産学の連携で推進する。産業界では,こうして開発された各種のツール群や知見を,各社固有の(形式知化された)設計ガイドラインの下で運用し,多目的・複合領域最適化により最善の顧客価値を創出する。大学における基礎研究で,新たな物理現象の支配パラメータが明らかなれば,産業界では,それを新たな目的関数に加えた最適化が展開できる。 個社による産学連携ではブレークスルーが難しい長期的テーマなどは,学協会活動などを通じ,複数の産業界や大学研究機関が参画するプロジェクトとして実施している。例えば,ターボ機械協会の企画である「CFDによるターボ機械のキャビテーション予測手法の高度化プロジェクト」(2010年~ 2012年)には,5研究機関,4ソフトベンダーと8スポンサー企業が参加し,産業界などで広く利用されている均質媒体モデルに基づくキャビテーション解析の限界が明確化され,新しいモデル開発の方向性が提案された14)。ターボ機械協会と東京大学の共同企画である「ターボ機械HPCプロジェクト」(2011

年~継続中)には,6研究機関,13スポンサー企業が参加し,遠心圧縮機サージ,遠心多段ポンプ流体力,ファン騒音などの6課題を対象として,5~ 6年後に想定される産業界でのHPC技術の本格活用を先取りした解析技術の検証に取り組んでいる15)。「ターボポンプのダイナミック設計」(2010年~継続中)は,JAXAを中心とする6大学と5企業の共同研究であり,ロケットエンジン用ターボポンプを対象として,軸振動抑制を優先したロータシステムの形態最適化技術の構築が進められている16)。文部科学省による「HPCIプロジェクト分野4:次世代ものづくり(2010年~継続中)」では,東京大学やJAXAなどの研究機関が牽引し,次世代スパコン「京」を中核としたHPCIを航空機やターボ機械の流れ解析や多目的最適化などに活用することで,ものづくりプロセスの質的・時間的なブレークスルーと利用者層拡大を実現し,我が国ものづくりの国際的リーダーシップの飛躍的強化を目指している17)。

7.お わ り に

 3~4年ごとに10倍高速化するHPC技術の進展により,「解析技術」は着実な進歩をとげている。一方,製品に

製造・設置・試運転Production, installation & operation

評価・決定Evaluation/Decision

候補解Candidate

最適化プロセスOptimization process

顧客価値=最適化問題の定義Value strategy = Define optimization problems

初期選択Initial selection

実績データDesign recorddatabase

ものづくりの基礎力Basic knowledge of products / production

修正プロセスModification process

ルート1Route 1

ルート2Route 2

採用Go採用Go

不採用No go登

録Registration

ガイドライン

Guideline

産業界Industry

産学官連携Academia-industry collaboration

方法論,ツールの開発物理モデル構築物理現象解明

Theory and tool developmentPhysical modelingNew physics

設計/最適化ツールDesign & optimization tool

モデル化/解析ツールModeling & simulation tool

実験ツールExperimental tool

本来的に多目的で学際的Multi-objective and multi-disciplinary in general

顧客の声製品仕様

Voice of customerProduct specification

市場Market

図11 最適化プロセスによる価値創造と産学官連携Fig. 11 Value creation through engineering optimization & academia-industry collaboration

ターボ機械流れの最適化技術の変遷と将来

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付加価値を与えるための「設計技術」の進化には,ものづくりに密着した更なる創意・工夫が必要である。これまでに蓄積されてきた設計ノウハウの形式知化は課題も多く,従来型の技術伝承だけでは製品競争力の継続的な強化・発展は難しい。設計現場で活用されるCADと同じように,数値解析や最適化技術を,設計者がその意図を具現化するための日常的なツールとして活用できれば,波及効果も大きい。数箇月を要する実験的なアプローチに対し,数値解析技術の活用はごく短期間での質の高い仮想実験を可能にし,若手技術者の設計経験蓄積のあり方や,技術伝承の形態も大きく変える可能性が高い。実験や現場体験により現象を体感する事や,蓄積されている設計ノウハウを新たな視点で形式知化し伝承することの重要性は疑う余地が無い。そうした活動に加え,冒頭に述べたようなICTの劇的な変化を取り込んで,産学官連携を活用しながら,設計・開発エンジニアリングの形態を進化させることが,業界をリードするものづくり企業に求められている。

参 考 文 献

1) Senoo, Y. and Nakase, Y., An Analysis of Flow Through a Mixed Flow Impeller, Trans. ASME, Ser. A, Vol. 94 (1972), 43.

2) 井上雅弘,呉 克啓,翼列資料による斜流羽根車の翼素選定法,日本機械学会論文集B編,第51巻472号(1985),4280.

3) Hobbs, D. E. and Weingold, H. D., Development of Controlled Diffusion Airfoils for Multistage Compressor Application, Trans. ASME, J. Eng. Gas Turbines Power, Vol.106, No.2 (1984), 271.

4) Goto, A., Application of an Inverse Cascade Design Method to an Axial Fan, JSME International Journal, Vol.30, No.267 (1987), 1414.

5) Goto, A., Study of Internal Flow in a Mixed Flow Pump Impeller at Various Tip Clearances Using 3-D Viscous Flow Calculations, ASME Journal of Turbomachnery, Vol.114 (1992), 373.

6) Harrison, S., The Influence of Blade Stacking on Turbine Losses, Ph. D. Thesis, University of Cambridge (1989).

7) Zangeneh, M., A Compressible Three Dimensional Blade Design Method for Radial and Mixed Flow Turbo-machinery Blades, Int. J. Numerical Methods in Fluids, Vol.13 (1991), 599.

8) Goto, A. and Zangeneh, M., Hydrodynamic Design of Pump Diffuser Using Inverse Design Method and CFD, ASME Journal of Fluids Engineering, Vol.124 (2002), 319.

9) Sakurai, T., Saito, S., Goto, A. and Ashihara, K., pump design system based on inverse Design method and its applica-tion to development of diffuser pump series, ASME Paper FEDSM99-6845 (1999).

10) Zangeneh, M., Goto, A., and Harada, H., On the Design Cri-teria for Suppression of Secondary Flows in Centrifugal and Mixed-Flow Impellers, ASME Journal of Turbomachinery, Vol.120 (1998), 723.

11) Ashihara, K. and Goto, A., Turbomachinery Blade Design using 3-D Inverse Design Method, CFD and Optimization Algorithm, ASME Paper 2001-GT-0358 (2001).

12) Takayama, Y. and Watanabe, H., Multi-Objective De-sign Optimization of A Mixed-Flow Pump, ASME Paper FEDSM2009-78348 (2009).

13) TURBONEWS, Advanced Design Technology Ltd., Edition 7 (2009).

14) Kato, C., Industry-University Collaborative Project on Nu-merical Predictions of Cavitating Flows in Hydraulic Ma-chinery - Part 1: Benchmark test on cavitating hydrofoils, Proceedings of ASME-JSME-KSME Joint Fluids Engineering Conference, AJK2011-06084 (2011).

15) 坂口,第40期会長就任挨拶,ターボ機械,第40巻第6号(2012),321.

16) 内海,吉田,ターボポンプのダイナミック設計(軸振動の制御をめざしたロータシステムの最適化),ターボ機械,第40巻第6号(2012),324.

17) http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/supercomputer/about/