59
365 6イギリスにおける国と地方の役割分担 砂原庸介 1. イギリス地方政府の概要 1.1 四つの地域 よく知られているように,一般的に言われる「イギリス」はイングランド・ウェール ズ・スコットランド・北アイルランドの四つの地域から成り立っている。正式名称であ るグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)はこれら四つの地域の総称である。政府の文書等で使われる表現とし ては,他にグレートブリテン Great Britain があり,これは北アイルランドを除いた三つ の地域を指す言葉である。これらの地域は宗教や人種が異なっており,地方行財政制度 についても違いが存在する。日本において「イギリスの地方制度」が検討される場合に は基本的にはイングランド,あるいはイングランド及びウェールズを対象としており, 地方分権改革のような特殊なテーマを除けばスコットランドや北アイルランドの地方 制度を射程に入れることは稀である。地方政府に関係する基本的なデータを確認すると, 次の表に示されるように,面積こそ多少小さいものの,イングランドが連合王国におい て非常に大きな位置を占めていることが確認できる。 労働党の地方分権改革によって,イングランド以外の三つの地域には地域議会が創設 され,特にスコットランドについては,教育などの特定の分野においてはスコットラン ド議会 Scottish Parliament が一次的な立法権を持つにも至っている。そのため,特に近 年においては「イギリス」といってもイングランドとその他の地域(正確には,スコッ トランドとその他の地域)で必ずしも同じ説明が当てはまるわけではない。そのため, 以下では特に断らない限りイングランドの制度を対象とし,必要に応じてスコットラン ドやその他の地域について議論することとする。

イギリスにおける国と地方の役割分担...365 第6章 イギリスにおける国と地方の役割分担 砂原庸介 1. イギリス地方政府の概要 1.1 四つの地域

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Page 1: イギリスにおける国と地方の役割分担...365 第6章 イギリスにおける国と地方の役割分担 砂原庸介 1. イギリス地方政府の概要 1.1 四つの地域

365

第6章

イギリスにおける国と地方の役割分担

砂原庸介

1. イギリス地方政府の概要 1.1 四つの地域 よく知られているように,一般的に言われる「イギリス」はイングランド・ウェール

ズ・スコットランド・北アイルランドの四つの地域から成り立っている。正式名称であ

るグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and

Northern Ireland)はこれら四つの地域の総称である。政府の文書等で使われる表現とし

ては,他にグレートブリテン Great Britainがあり,これは北アイルランドを除いた三つ

の地域を指す言葉である。これらの地域は宗教や人種が異なっており,地方行財政制度

についても違いが存在する。日本において「イギリスの地方制度」が検討される場合に

は基本的にはイングランド,あるいはイングランド及びウェールズを対象としており,

地方分権改革のような特殊なテーマを除けばスコットランドや北アイルランドの地方

制度を射程に入れることは稀である。地方政府に関係する基本的なデータを確認すると,

次の表に示されるように,面積こそ多少小さいものの,イングランドが連合王国におい

て非常に大きな位置を占めていることが確認できる。

労働党の地方分権改革によって,イングランド以外の三つの地域には地域議会が創設

され,特にスコットランドについては,教育などの特定の分野においてはスコットラン

ド議会 Scottish Parliamentが一次的な立法権を持つにも至っている。そのため,特に近

年においては「イギリス」といってもイングランドとその他の地域(正確には,スコッ

トランドとその他の地域)で必ずしも同じ説明が当てはまるわけではない。そのため,

以下では特に断らない限りイングランドの制度を対象とし,必要に応じてスコットラン

ドやその他の地域について議論することとする。

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366

図表 6-1 四つの地域の比較 イングランド ウェールズ スコットラン

ド 北アイルラン

ド 合計

人口 49856 2938 5057 1703 59554 83.7% 4.9% 8.5% 2.9% 面積 130281 20732 77925 13576 242514 53.7% 8.5% 32.1% 5.6%

84854 5209 9694 289 100046地方政府の 経常純歳出 84.8% 5.2% 9.7% 0.3%

12158 738 1028 87 14011地方政府の 資本純歳出 86.8% 5.3% 7.3% 0.6% 各政府の 296131 20277 37152 13527 367086総支出 80.7% 5.5% 10.1% 3.7%

データは 2003/04年。人口は人数,面積は平方キロ,歳出は百万ポンド

Annual Abstract 2005, Public Expenditure Statistical Analysis 2005による

1.2 前史 イギリスの地方行政制度は,その長い伝統が謳われることが少なくないが,実際に現

在の地方自治制度の基礎が形成されたのは 19 世紀末期であり,その時期は実は日本の

地方自治制度の黎明期と重なっている。1835 年の「都市団体法」制定以来,都市部を

中心に,独自の議会を持ち治安維持や公衆衛生の分野で責任を有する組織が生まれる一

方で,地方では教育や保健・救貧といった所掌分野ごとに独立した行政庁が設立される

など,組織の管轄や境界についての混乱が見られ,19 世紀末にそれらの組織の整理と

再編が行われた。

その具体的な変遷は次の図表 6-1に見られる通りである。整理・再編の結果,最終的

には首都であるロンドンと,日本の「県」に当たる広域自治体であるカウンティ County

が二層制の自治体となったほか,それらとは独立して人口が 5万人以上の都市部の自治

体は特別市 County Borough として存在することとなった。新しく生まれた自治体は,

当初,道路の管理や治安維持,保護施設の管理などの限られた分野で権限が与えられる

にとどまっていたが,その後,教育委員会のようにこれまで所掌分野ごとに独立してい

た行政庁の機能を吸収しながら総合化の方向に向かい,現在の自治体に近い体裁を取る

ようになった。

19 世紀末に形成された地方行政制度は,1960 年代までほぼ安定を保ってきた。旧来

の制度に変化がおきたのは,1960 年代~1970 年代である。この時期に二つの大きな制

度変化を経験することで,イギリスの地方行政制度は次の図表 6-2のような形へと変化

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することになった。その制度変化とは,大ロンドン県 Greater London Councilの創設と,

特別市の廃止である。この二つのうち,前者の大ロンドン県の創設は,ロンドン郊外の

広がりによる行政の混乱という現実に対応するという意味をもつもので,従前のロンド

ン県がいくつかのカウンティ・特別市を合併し,業務の再編を行うというものであった。

それに対して,1970 年代の特別市の廃止は,イギリスの地方行政制度における完全二

層制の創設を実現し,地方団体の機能分担を適切にしようと試みたものである。この改

革によって,従来カウンティの下にあった基礎的自治体は全てディストリクトとして一

本化され,大都市では大都市カウンティ-大都市ディストリクトという二層制が確立さ

れた。これによって,自治体あたりの人口規模は拡大され,行政サービスの質が向上す

ることが期待された。しかし実際は,大都市圏を農村部分まで広げることによって大都

市部における労働党の党勢が伸張することを恐れる当時の保守党政権の意図があり,大

都市カウンティの行政区域が狭くなった結果,行政事務における大都市カウンティと大

都市ディストリクトとの競合が生じたことなどにより,この期待には十分に応えること

ができなかった(竹下[2002, p.101])。

このように,1970 年代まではイギリスの地方行政制度はそれほど変化に富んだもの

ではない。しかし,1980 年代のサッチャー改革以後,保守党のメイジャー政権・労働

党のブレア政権と頻繁に「改革」を行い,イギリスの地方行政制度に激しい変化が続く

ことになる。

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図表 6-2 地方行政制度・19世紀末~

出典:『イギリスの地方自治』,p.15.

図表 6-3 1972年~1986年の地方行政制度

<1972年~1986年> 広域自治体

基礎自治体

<1888年> 広域自治体

基礎自治体

County Councils(58)

Non-County Borough Councils(270)

County Borough Councils(82)

London County

Council(1)

<1899年> 広域自治体

基礎自治体

County Councils(58)

Urban District Councils(535)

Rural District Councils(472)

Non-County Borough Councils(270)

County

Borough

Councils(

82)

<1894年> 広域自治体 基礎自治体

County Borough

Councils(82)

London City

Council(1)

County Councils(58)

Urban District Councils(535)

Rural District Councils(472)

Non-County Borough Councils(270)

London County Council(1)

Metropolitan Borough Councils (28)

City of London(

1)

County Councils(

47)

District Councils(

333)

Metropolitan County

Councils(6)

Metropolitan District

Councils(36)

Greater London Council(1)

London Borough

Councils(32)

City of

London(1)

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1.3 保守党政権の改革 完全二層制の創設以後,地方行政制度に初めに大きな変化をもたらしたのは 1986

年に実施された保守党サッチャー政権の改革である。サッチャー政権は,1983年に発

表した白書(White Paper)の中で,二層制の地方行政構造を強く批判し,大ロンドン

県と 6つの大都市カウンティを廃止するという考えを打ち出した。その際,白書で提

示された理由は以下の通りである1。

1. 二層制の地方団体は,経済成長が約束されていた時代に,その当時の必要性

に基づいて生み出されたものである。社会経済環境が変わり,インフレ抑制,

公共支出の削減が最大の関心事である今日においては,もはや二層制を継続

する必然性はない。

2. 非大都市圏に所在する県の行政サービスは,当該地域で地方団体が実施する

サービス総額の 87%を占めているのに対し,大ロンドン県は 16%,大都市圏

の県は 26%を占めるにすぎず,限定した機能しか果たしていない。

3. 公共支出の削減のため,政府は,1981 年から支出目標額を設定したが,大ロ

ンドン県と 6つの大都市圏の県の支出額はこの目標を大幅に上回っている。

このように,サッチャー保守党政権は,二層制の地方団体の非効率性を問題視し,

実際に大ロンドン県と大都市カウンティを廃止することに成功した。その結果,カウ

ンティ-ディストリクトという二層制の部分が残る一方で,大都市圏では大都市ディ

ストリクトあるいはロンドン区・シティの一層制という制度が混在することになった。

保守党政権がこの制度改革を行った直接の原因は,大ロンドン県や大都市圏で労働

党の力が強く,保守党政権と鋭く対立することが多いために,その力を削ぐことを狙

ったというものであると解釈がしばしばなされる2。特に大ロンドン県で市長であった

ケン・リビングストンとサッチャーの対立は,大都市圏で強い労働党と中央の保守党

政権の対立関係を示す有名な挿話である。しかし,そのような「真の」理由がどうで

あれ,保守党政権が当時の二層制の非効率性を問題にし,改革を成し遂げたことは重

要である。このときの改革以降,現在の労働党政権に至っても,従来の二層制から一

層制へと向かう大きな流れがあり,既存の二層制の地方行政制度が効率的な行政経営

を目指す観点からだけではなく,意思決定の単位としても問題があり,制度が適切に

1 以下,自治体国際化協会[1998:6]から引用。 2 前掲,p.6など。

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現実の問題に対応できていないと考える立場については共有していると考えられるか

らである。

保守党政権は,二層制が現状にあっていないという理由で,首相がサッチャーから

メイジャーに変わっても同様の地方行政制度改革を続けた。この改革は 1991年に出さ

れた協議書(Green Paper)3の提案に基づくものであり,サッチャー政権の改革で二層

制が保持された非大都市圏のカウンティとディストリクトを統合して一層制の地方団

体(ユニタリー)Unitary Authorityが創設された。しかし,この改革は必ずしも徹底さ

れたものではなく4,1995年以降 46のユニタリーが作られた一方で,二層制も一部で

存続し,それまで県とディストリクトの二層制であった地域では,①カウンティ内の

全ディストリクトがおのおのユニタリーとして再編された地域,②従来どおりカウン

ティとディストリクトの二層制が存続している地域,③カウンティ内のいくつかのデ

ィストリクトのみがユニタリーとなり,残りは二層制が存続する地域,の三通りの地

域が混在することとなった。ユニタリーは比較的広大な領域を持つもの(East Riding of

Yorkshireや North Lincolnshire)も存在するが,多くのユニタリーの領域の大きさは大

都市ディストリクト Metropolitan Districtとそれほど変わらず,大都市制度としての側

面も持っていると考えられる。なお,このときの改革によって,イングランド以外の

地域については現在のところ基本的に一層制となっている。

2. 地方政府の権限と労働党の地方分権改革 2.1 地方政府の権限 立法の見地からはイギリス(イングランド)の地方政府は行政府に属するものとさ

れ,その存立の根拠は 1972年地方自治法 Local Government Act 1972および 1985年地

方自治法など個別の成文法典にあるとされる。地方政府は法人の存立,権限,内部構

成など全て成文法によって定められており,これは国会の意思に依拠しているものと

考えられる。そのため,地方政府は存立根拠であるところの成文法に具体的に明示さ

れている事務およびそれに付随する事務のみを適法に遂行することになっている。こ

のように,国会が非常に強い権限を持ち,地方政府はあくまでも国会の定めた法律の

3 白書White Paper以前に提出され,関係者の意見を取り入れるためのたたき台となる文書である。両者の違いについて,詳しくは,横田[1999]を参照。 4 この改革が不徹底に終わったのは,急進的に改革を進めてきた環境大臣の K.ヘゼルタインがそのポストを去ったことが大きいからであるという分析がされている(安藤[2002])。

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範囲内でしか権限を行使することができないという関係は「権限踰越の法理 Ultra

Vires」と称され,イギリスの単一国家としての特徴を表しているものであると言える。

このような法理の存在からも,地方政府の権能は,同じ類型の団体については全国

画一的なものであることが原則とされ,単一団体が裁量的に新しい行政分野に乗り出

すことはできない。そのような必要がある場合には,個々の団体にのみ適用される地

方法 Local Act という法形式の成文法を国会に制定させるように必要な手続きをとら

なければならない。しかし,近年の EU を中心とする地方分権改革の流れの中で,地

方政府に対する権限委譲が進み,後述のようにスコットランドについては一部の政策

分野において既にUltra Viresという概念が妥当しない状況が出現している。なお,Local

Actの数は 1997年を境に大きく減少し,現在に至っている。5

図表 6-4 Local Actの数

1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 23 21 18 16 11 13 4 5

1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 4 8 5 6 5 6

Office of Public Sector Informationホームページ

http://www.opsi.gov.uk/

2.2 労働党政権の地方分権改革 1997年 5月の総選挙で労働党が勝利したことによって,英国の地方行政制度改革は

新たな展開を迎えることになった。労働党は選挙前に公約した,スコットランドとウ

ェールズ,北アイルランドにおける地域議会の創設とイングランドにおける地域機関

(地域開発公社 Regional Development Agency)の創設,さらに大ロンドン Greater

London Authority(GLA)の復活を実行に移した。以下,各地域における分権について

の事実を確認する。6

2.2.1 スコットランドへの権限委譲(Devolution)

地方分権改革以前,スコットランドでは中央省庁のひとつであるスコットランド省

5 自治体国際化協会[2003:121]によると,ブレア政権は権限踰越の規制を緩めたとされる。この法的根拠は必ずしも明らかではないが,1997年に PFIに関する立法が制定され,地方政府が独自に契約を結ぶことができるようになったことが大きいと考えられる。 6 以下,本節の記述は自治体国際化協会[2003]に大きく依拠するほか,自治・分権ジャーナリストの会[2000]や北村[2001],自治体国際化協会[2001]等を参照した。

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が,外交・防衛はじめ国として判断が必要な分野以外の行政を管轄し,同省の国務大

臣であるスコットランド担当大臣 Secretary of State for Scotlandが,地方政府に対する

補助金の配分や,行政法人などに対する幹部職員の任命,スコットランド内の問題に

対する法律的な決定などを行っていた。スコットランド省は内務・保健・教育・農漁

業・産業開発といった内部部局を抱える大規模なものであり,閣内でスコットランド

の利益を代表する存在として扱われていた。7 そのように比較的自律的な行政機構を

持つスコットランドにおける権限委譲の動きは決して新しいものではない。古くから

民族政党が存在し,分離独立の主張が見られてきたほか,1960年代には保守党を中心

に権限委譲の動きもあったものの,結局経済問題が深刻になってきたことから実現は

されなかった。実際にそれが政治的アジェンダに乗ったのは 1990年代に入ってからで

ある。保守党はサッチャー政権以降,連合王国の維持を重視して権限委譲に反対した

のに対して,労働党は権限委譲を主張してスコットランドでの支持を広げた。最終的

には 1997年の総選挙でブレアの率いる労働党が圧勝し,スコットランドへの権限委譲

が一気に進むことになった。

権限委譲は,住民投票における圧倒的な賛成を踏まえたうえで,1998年に制定され

たスコットランド法 Scotland Actによって実施され,1999年 7月にスコットランド議

会が正式に発足した。スコットランド議会とその執行機関である自治政府は,議会議

員でもある首相 First Ministerと閣僚の指導のもとでスコットランド省の機能を完全に

引き継ぎ,12,000人の職員のほとんどもそのまま引き継がれている。内閣におけるス

コットランド担当大臣も閣僚として残されるが,その権限と重要度は大幅に低下する

こととなっている。

新たに設立されたスコットランド議会は,1998 年スコットランド法(Schedule 5)

によって明記された国が権限を留保する事項以外の権限を与えられたうえ,分権され

た分野においてはたとえ国が留保している事項に影響があるとしても法案の審議・制

定を行うことができるとされる。しかし,スコットランド議会においてイギリス国会

の意思と矛盾する法律が制定される場合については,イギリス国会=連合王国がその

決定に干渉することは可能である(スコットランド法について連合王国の国会が審査

するプロセスが存在する)。現在のところスコットランド議会と自治政府は依然として

財政面では大きく中央政府に依存しているものの,教育や福祉施策などの分野におい

7 北村[2001:168-172]

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てスコットランド独自の施策を打ち出しているとされる。

2.2.2 ウェールズ

ウェールズについてもスコットランドと同時に議会設立の是非を問う住民投票が行

なわれ,過半数をわずかに上回る賛成を集めた結果,ウェールズ議会 The National

Assembly for Walesが設立された。それに続いてウェールズ政府法 Government of Wales

Actに基づいて議員選挙が行なわれ,1999年 7月に議会が発足している。ウェールズ

についてもスコットランドと同様に従来ウェールズ省が置かれ,国務大臣としてウェ

ールズ担当大臣 Secretary of State for Walesが存在していたが,ウェールズ議会発足に

よって 2000 人の職員がウェールズ議会とその執行機関である内閣(首相 Fisrt

Secretary)に引き継がれた。なお,やはりスコットランドと同様にウェールズ担当大

臣のポストは現在も残されている。

ウェールズの議会は,Parliament と呼ばれるスコットランド議会とは異なり,

Assembly と呼ばれ,スコットランドのような一次的な立法機能を持つわけではなく,

また税率を変更する権利も持たない。権限が移譲される分野についても,スコットラ

ンドのように国の固有の権限を規定して残りを委譲するという形式ではなく,移譲さ

れる分野がウェールズ政府法(Schedule2)に規定されるという形式が取られている。

そのため,ウェールズ議会が制定することができるのは国の法律を実施するに当たっ

てウェールズの地域特性に合わせた二次的立法権と,ウェールズ内の特殊法人を整理

する権限であるとされる。8 国会で制定された法律が同じであるために,(一層制かど

うかという問題はあるものの)イングランドとウェールズは基本的に同様の制度で運

用されることになると考えられる。なお,財政についてはスコットランドと同様に国

からの移転が占める割合が非常に大きく,自主財源は少ない。

2.2.3 北アイルランド

北アイルランドには,もともとカトリック系の住民が住む土地を,プロテスタント

のイギリスが併合し,両者の宗教紛争が長く続いてきたという歴史を持つ。カトリッ

ク系住民が 90%を占める南部地域は 1921 年に独立したが,プロテスタント系の住民

が三分の二を占める北部地域は連合王国への残留を選択し,これが現在の北アイルラ

8 自治体国際化協会[2001:26]

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374

ンドにつながっている。それ以降,北アイルランドについてイギリスとアイルランド

がともにその領有権を主張し,北アイルランドにおけるそれぞれの支持グループが武

装紛争を続けるという状況が続いた。そのためこの時期の北アイルランドにおいて,

住民による自治政府という統治形態をとることは困難であり,イギリスの出先機関で

ある北アイルランド省を中心に,各省の出先機関が協力して北アイルランドに関する

政策決定がなされていた。

そのため,北アイルランドへの分権は,1998年 4月に北アイルランド和平プロセス

が最終合意に達したことが前提に進められた。和平合意を受けて,北アイルランド議

会設立の是非を問う住民投票が行なわれ,その後の選挙によって議会(Northern Ireland

Assembly)が設立された。選挙の結果を基に自治政府の設立が進められたものの,ア

イルランド共和国軍(Irish Republican Army: IRA)の武装解除問題等で難航し,たびた

び自治政府機能の停止が行なわれるなど不安定な要素が存在している。

北アイルランド議会は,1998年北アイルランド法 Northern Ireland Actによって明記

された事項(Schedule 2)以外の分野において一次的な立法機能を持つとされている。

ただし,現状ではその中でも一部の分野について政府が権限を留保しており(Schedule

3),それら留保事項や政府の権限に関する立法が行なわれる場合は北アイルランド担

当大臣の同意が必要とされる。自治政府は議会議員の中から選挙で選ばれる首相(First

Minister)と副首相を長とし,閣僚である大臣と副大臣で構成される。首相と副首相は

ペアで選出され,その選出に当たってはユニオニスト(連合残留支持)とナショナリ

スト(分離独立支持)双方の過半数の支持を得なければならない(cross-community

support)。なお,北アイルランド自治政府の特徴として,内閣を構成する大臣が,各

政党の議席数によって割り当てられているということが挙げられる。これは

cross-community supportと同様に,宗教紛争の激しかった北アイルランドに対する特別

の配慮であると考えられる。自治政府の財源については,予算総額の約半分が政府か

らの包括補助金であり,自治政府は包括補助金の総額が決定されたうえで自主財源の

必要額を計算する。自主財源については,地域税の税率設定の権限が北アイルランド

政府に与えられている。

2.2.4 イングランドにおける分権

イングランドにおける地方分権に関する政策として主要なものは,地域機関の創設

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と,サッチャー政権時に一度廃止された大ロンドン GLAの復活の二つが挙げられる。

ここでいう地域機関とは,最終的にイングランドの 8つの地域にそれぞれ創設された,

地域開発公社 RDA,地域集会 Regional Chamberのことである。そしてこの二つの機関

に加えて,政府事務所 Government Office for the Regionを軸としてイングランドの各地

域が運営されることになる。

労働党がイングランドにおいて地域機関の創設を公約した理由は,①地域機関の存

在が欧州連合による補助金(欧州構造基金)の枠組みに適合しやすいこと,②それま

での国の出先機関 Regional Officesに代わって,地域住民の声を取り入れる民主的な地

域機関を必要としていたこと,が挙げられる9。その上で,第一段階として各地域が経

済開発組織を持ち,地方団体が一緒になって地域集会を作る,第二段階として直接公

選の地域議会 Regional Assemblyを作るかどうかを住民投票によって決める,という戦

略をもっていたとされる10。

現在までの労働党の改革は,ほぼ当時想定されていた流れに沿ったものであるとい

える。そして,上述のように,第一段階として具体的に創設されたのが,地域開発公

社・地域集会といった制度である。それでは,このような制度はどのような改革を具

現しているといえるのだろうか。この点について,各組織の特徴を見ながら検討する。

政府事務所 Government Office for the Region

政府事務所が創設されたのは,保守党政権下の 1994 年のことである。この機関は

環境省 Dept. of Environment,通商産業省 Dept. of Trade and Industry,運輸省 Dept. of

Transport ,雇用省 Dept. of Employmentがそれぞれもっていた出先機関を統合して作

られたものである。これは,従来のタテ割りの行政運営を見直し,横断的な業務に当

たること目的として作られたものであり,その運営母体となっている省庁(DETR,

DfEE,DTI)からの出向者・資金を活用して業務が行われる。そのために,分権的な

要素への配慮がなされつつも,地域からの視点を生かすというよりは,中央政府の手

足としてその政策を実行に移すという性格が依然として強い。

創設当初の業務は欧州連合からの補助金である欧州構造基金の運営や中央政府の

9 選挙前の労働党幹部(ネクストキャビネット自治大臣)の説明による。横田,1997,pp.190-192に引用されている部分を再引用した。 10 横田,前掲,pp.192。地域議会を作る,というのは保守党政権下では全く検討されなかったものであったが,労働党政権は 1970年代からその構想を持っていたという。

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政策の調整,そして SRB(既存省庁が独自に計上していた地域再生関連補助金を一括

したもの)制度の運営などであり,包括的に地域の経営に携わっていたといえる。し

かし,後述する地域開発公社の創設によってその権限のうち多くを譲り渡すこととな

り,その業務は中央政府との連絡・調整のほか,教育や交通など一部の事業に重点が

おかれるようになった。

地域開発公社 Regional Development Agency

地域開発公社は地域における開発の中心として 1999 年にイングランド内の 8 地域

(+ロンドン)に設立された特殊法人(QUANGO)である。設置法(1998年 RDA act)

によると,その目的として,①経済発展と地域の再生を進める,②経営効率・投資・

競争の増進,③雇用の増進,④雇用に関連する能力発展・適用の向上,⑤連合王国に

おける持続可能な発展の達成への貢献という 5つが挙げられている。

地域開発公社は,ここで挙げられた目的を達成するために,国務大臣によって任命

された 8名から 15名の理事による理事会を組織し,意思決定を行う。そして,その運

営を行う際の重要な資源が単一再生予算 Single Regeneration Budget(SRB)である。公

社の創設以前,SRB の担い手はイングリッシュ・パートナーシップの地域事務所 the

Regional Office of English Partnershipやルーラル・チャレンジ Rural Challenge,政府事

務所,村落開発委員会の村落貸付基金プログラム Rural Loan Fund Programmes of the

Rural Development Commissionなど分散して存在していた。しかし,地域開発公社が創

設されたことによって,SRBの担い手を公社に一元化し,より地域の実情に即した施

策を行うことが企図された。SRB制度は本来中央政府による資源配分の効率化を図る

ための施策であるが,それが地域開発公社と結合し,7 割近くを占める主要な財源と

なることによって,公社が単なる事業体にとどまらず,地域政策における高次の意思

決定主体となる基盤が形成されることになったと考えられる。さらに,地域開発公社

には,政府事務所の職員やイングリッシュ・パートナーシップの職員など,従来個別

的に地域政策の意思決定に当たっていたスタッフが統合されるなど,公社が高次の意

思決定主体となる基礎が固められた。

1999年に上述の制度が導入されて以降も労働党政権の改革は続く。その中でまず注

目すべきであるものは,SRB制度の廃止と単一予算 Single Budgetの導入である。SRB

の申請は第 6期(2000年度分)までをもって打ち切られ,その後の新たな事業承認は

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377

行われていない11。これは,政府が 2002年度から,地域開発公社が管理している事業

費をさらに統合して,公社の意思決定における裁量の幅を一層広げる制度である単一

予算制度の導入を検討することになったためである。単一予算を導入することによっ

て,地域開発公社はそれぞれの地域における計画の優先度に応じて予算付けをするこ

とが可能となり,業務の一層の効率化が期待されることになる。

地域議会 Regional Assembly

RDA 法では,RDA の管内において地域住民の声を代弁する機関として適当と認め

られる組織を地域議会 Regional Assemblyとして指定することができると規定し,地方

議員や地域の様々なセクターの代表によってボランタリーに構成される地域議会が創

設された。その存在は,基本的に地域開発公社とセットのものとして考えられている

が,その役割は地域開発公社の活動を評価・監視することから,地域内で公社の事業

を調整するようなところまで幅広く,各地域によってその役割のみならず規約

constitutionが異なっている。

地域議会は,地域開発公社と比べてより地域に根ざそうという意図の強い組織であ

る。国務大臣によって示された指針のもとで,代表は 70%を上限として地方政府のメ

ンバー(国立公園当局含む),最低 30%が地域の利害関係者によって構成される。地

域開発公社の理事が国務大臣によって任命されて国務大臣に対して責任を持っている

のに対して,地域議会は様々なセクターからの代表が,その出身団体に対して責任を

負うかたちとなっている。そのため,構成・役割は地域ごとに大きな多様性をもち,

規模についても30数名で地域議会を構成する地域から100名を超えるメンバーがいる

地域まで存在し,幅が広い。

このような特徴から,地域議会は,経済発展や地域再生に重点をおく地域開発公社

に対して,地域の声を政策に反映させ,公社や政府事務所の地域戦略を地域の視点か

ら効果的に統合・調整する役割をもっていると考えられる。そのために,地域集会は,

上述の第二段階の改革で設立が企図されている公選の地方議会の前段階という性格を

保持しているといえる。さらに労働党は,地域議会を地域レベルでの公選議会として

設立することを白書(Your Region, Your Choice, 2002)として発表し,単一予算を運営

11 ただし,SRBで既に承認されている事業については最長で 7年間継続されるため,その費用は単一予算の枠内から拠出されることになる。

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する地域開発公社が,地域議会が策定した政策分野ごとの地域戦略 Regional Strategy

に基づいて業務を行い,中央政府よりも地域議会に対して直接の説明責任を負うこと

になるとしている。このように,公選の地域議会を創設して中央政府からより高次の

意思決定権限を付与することで,当該地域住民に対する説明責任を向上させ,同時に

地域によって異なる政策を採用する可能性を与えることで,政府の行う活動の有効性

や効率性が改善すると強調している。しかし,新たな地域議会が,カウンティ・ディ

ストリクトの上に位置する三層目の地方団体となることは明確に否定されており,カ

ウンティ・ディストリクトの二層制からユニタリーの一層制へという移行が終了した

地域においてのみ設置されるとしている。地域議会が公選議会になるためには,住民

の間に公選の地域議会の設立に対して要望があったうえで,政府の境界委員会

Boundary Committeeという機関が勧告を行い,所管大臣の同意を得た上で住民投票が

行われるという手続きを踏むとされている。そして住民投票で多数の賛成を得た場合

に,新たな公選議会が生まれ,既存の地方団体との関係整理に入るとされる。その後

2003年に North East,North West,Yorkshire and the Humberの 3地域において住民投票

が行なわれることになり,イギリス国会で 2003 年地域議会(準備)法 Regional

Assembly(Preparations)Actが成立し,住民投票開催の日程や手続き,賛成多数の場合の

その後の手続きについて定められ,北東部の North East Regional Assembly において

2004 年 11 月 4 日に住民投票が行なわれた。しかし,結果は圧倒的多数で否決され,

公選の地域議会の設立に向けた動きは現在のところ立ち止まっている。

大ロンドン当局(Great London Authority)の創設

地域機関の創設とともにイングランドにおける地方分権として重要な政策が,大ロ

ンドン当局の創設である。ロンドンは 1986年にサッチャー政権下の改革によって大ロ

ンドン市(Greater London Council)が廃止されて以来,32のロンドン区 London Borough

とシティからなる一層制の地方地帯で構成されていた。ブレア政権では,ロンドンを

公選の市長と 25人の議員からなるロンドン議会,それを補佐する事務局によって成り

立つ大ロンドン当局を創設し,それに主と警察局,消防・緊急時計画局,交通局,開

発公社という 4つの実務機関を置くかたちで,公共交通,地域計画,経済開発,環境

保全,警察,消防,保健衛生等の分野においてロンドン全域にわたる企画調整を行う

こととした。

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379

大ロンドン当局に導入された公選市長制は,イギリスの地方政府の歴史において初

めてといってもよい試みであり,市長は大ロンドン当局の意思決定及び執行において

大きな役割を果たすことになる。それに対して,イギリスにおいて伝統的に意思決定

と執行を行ってきた議会は,市長の政策立案の補佐及び実施状況の検証,予算の修正・

承認といったような(日本の地方議会に近い)役割を与えられることになる。その仕

事は,基本的に上述の政策分野に限られており,歳出内訳(2004/05 年決算見込み)

を見るとロンドン交通局(56%),ロンドン警察局(34%),ロンドン消防・緊急時計

画局(5%),ロンドン開発公社(4%),GLA 当局(1%)と,最近その改革が問題と

なっているロンドン交通局への支出が極めて大きな比率を占めている。それに対して

歳入(2005/06 予算)は,中央政府からの補助金が 55%であるのに対してカウンシル

税が占める割合は 8%と,地方税による収入が占める割合は非常に小さい。

2.3 小括

1997年以降の労働党による地方分権改革によって,スコットランド・ウェールズ・

北アイルランドという連合王国を構成する地域とともにイングランドの内部において

も比較的広域的な単位への分権が進められてきた。特にスコットランドにおいては,

連合王国議会の関与は残るものの,一次的な立法権限までもが分権されているのは,

イギリスという国の歴史を見る限り極めて大きな改革であると考えられる。イングラ

ンド(特に GLA)・ウェールズにおける地域議会の構想についても,これまで権限踰

越の法理を堅持してきたイギリスの地方制度を考えると,現地性を考慮した二次的な

立法権限の付与は大きな意味があると言える。それに対して,少なくとも一次的立法

権限を与えられたスコットランドにおいてもそれに見合う財源は手当されているわけ

ではない。国税である所得税の税率に関する権限は手に入れたものの独自財源は依然

としてカウンシル税のみであり,税目に関する権限は中央政府に留保されているうえ

に,労働党が当初公約していたビジネスレイト(後述)の税源移譲も行なわれておら

ず,結局のところ中央政府からの移転に頼る状況は継続している。各自治政府の財源

については,スコットランド・ウェールズにおいてイングランドとの関係で「バーネ

ット・フォーミュラ」と呼ばれる算定式を用いて,省庁別の予算が配分されるものを

用いる。これは,以前スコットランド省・ウェールズ省・北アイルランド省に財源が

配分されていた形式をそのまま踏襲したものである。このフォーミュラは,スコット

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ランド・ウェールズ・イングランドの公共支出を 10:5:85の割合で増減させて配分

し,1976年のグレートブリテンの人口比に沿ったものとするための算定式」と定義さ

れ,イングランドで 85ポンドの公共支出の増減変化があれば,同時にウェールズでは

5ポンド,スコットランドでは 10ポンド自動的に増減されるというものである12。

図表 6-5 各地域における政治制度の違い スコットランド ウェールズ 北アイルランド GLA RDA 代表 議院内閣制 議院内閣制 議院内閣制 公選市長 国務大臣が任命 選挙 小選挙区制+

比例代表制 小選挙区制+

比例代表制 比例代表制 比例代表制 議会なし

根拠法 スコットランド

法 ウェールズ政

府法 北アイルランド

法 大ロンドン当

局法 RDA法

立法権限 一次的立法権 二次的立法権 将来的に一次的

立法権 計画策定 計画策定

域内の 地方政府

一層 一層 一層 一層 二層もあり

域内税率 変更権限

あり なし 一部あり なし なし

12 北村[2001:172-173]

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3. 地方政府の財源と財政責任 現在のところ,地方政府の財源は,主に歳入援助交付金 Revenue Support Grant(RSG),

ビジネスレイト Redistributed Business Rates,特定補助金 Specific and Special Grants,カ

ウンシル税 Council Taxによって構成される。その他,借入金・地方債(認可制度)に

よる調達や手数料・使用料収入があるが,少なくとも経常歳入におけるその割合は非

常に少ない。全体としては,特定補助金の割合は少なく,一括補助金である歳入援助

交付金の割合が大きくなっている。地方政府が裁量を発揮することが可能な地方税は

カウンシル税のみであり,地方政府は年度の歳出予算と中央政府からの移転額が決定

した後にカウンシル税の税率を決定する。しかし,2003/04 年決算においては地方政

府の全予算の約 18%程度を占めるに過ぎない。

図表 6-6 イングランドにおける地方政府の歳入 Summary of local authority income 1998-99 to 2003-04

£ million 1998-99 1999-00 2000-01 2001-02 2002-03 2003-04 Grant income: Revenue Support Grant 19,480 19,875 19,437 21,093 19,889 24,215Redistributed business rates 12,524 13,612 15,400 15,137 16,626 15,604Police Grant 3,375 3,505 3,627 3,798 3,808 4,079Specific and special grants inside Aggregate External Finance(AEF)

2,335 2,921 4,671 6,552 8,901 13,447

Other grants inside AEF(a) 120 126 81 33 35 43Grants outside AEF(b) 7,029 6,247 6,038 6,506 8,917 9,441Housing subsidy 3,298 3,041 2,769 4,053 3,860 3,730Grants towards capital expenditure 2,088 2,147 2,451 3,188 3,683 3,527Total grant income 50,249 51,474 54,474 60,361 65,719 74,086 Locally-funded income: Council tax(c) 12,436 13,368 14,292 15,296 16,648 18,946External interest receipts 990 791 895 917 851 765Capital receipts 2,662 3,651 3,512 3,579 5,040 5,322Sales, fees and charges 7,020 7,303 8,143 9,023 9,685 10,191Council rents(net of rebates) 2,891 2,886 2,958 2,925 2,765 2,717Total locally-funded income 25,999 27,999 29,800 31,740 34,989 37,941 Other income and adjustments 5,161 5,541 5,113 5,775 6,617 7,557 Total income 81,409 85,014 89,387 97,876 107,325 119,584 Grants as a percentage of total income 62% 61% 61% 62% 61% 62% (a)Includes Standard Spending Assessment Reduction Grant, Central Support Protection Grant, City of London offset,Transitional Reduction Scheme Grant and General GLA Grant. (b)Excludes Council Tax Benefit Grant. (c)Includes council taxes financed from Council Tax Benefit Grant but excludes council taxes financed from local authoritycontributions to council tax benefit.

Local Government Financial Statistics(England), Office of Deputy Prime Minister

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382

3.1 地方税 イギリスにおける地方税は,もともとレイトと呼ばれる,1601年救貧法によって導

入された固定資産税のみであった。レイトは 1925年レイト・評価法によって資産評価

方法や課税対象の範囲が全国的に統一された後,1966年レイト法によって居住用資産

に対して一律の軽減税率適用,低所得者に対する割引が始まると共に居住用資産

Domestic Rateと事業用資産 Non Domestic Rateに別の税率がかけられることとなった。

資産課税であるレイトは,地方政府にとって安定的な税であるもののその伸張性に欠

き,地方の独自財源が低下する一因となったと考えられる。

このレイトは,サッチャー政権によって大きく改革される。サッチャー政権は,地

方政府の歳出水準が高ければ高いほど交付額が減少する仕組みを持った包括補助金制

度 Block Grantと,レイトの上昇が大きい自治体についてその上昇を抑える権限を国務

大臣に与えるレイトキャッピング制度を導入し,地方政府の財源についての裁量を大

幅に奪った。さらには,1988年地方財政法に基づいてレイトを廃止し,最終的にサッ

チャー政権の基盤を揺るがす人頭税 Poll Tax(コミュニティー・チャージ)を導入す

ることになる。同時に重要な改革として,事業用資産にかかるビジネスレイトを国税

化したうえで,一度税を国庫に納入した上で各自治体の成人人口に応じて配分するこ

ととした。これによって地方政府から中央政府に大きく財源が移譲されることとなっ

た。

サッチャーによって導入された人頭税は,その逆進的な性格から低所得者の負担の

増大に対する反発が大きく,次のメイジャー政権によって廃止され,1992年地方財政

法によってカウンシル税が創設されて現在に至っている。これはレイトの持つ資産税

の側面と,コミュニティー・チャージが持つ人頭税の側面を併せ持ち,基本的な課税

対象を居住用資産としたうえで,ひとつの居住用資産に成人二人の居住を基本として,

実際に居住する成人の人数によって税額が決定されるものとされた。また,サッチャ

ー期に国税化されたビジネスレイトは,政府が実質価額で前年と同水準を維持するか

たちで一律に税率を決定し,譲与税のように基本的に人口比例で地方政府に配分され

ている。現在は,カウンシル税・ビジネスレイトともに一層目の地方政府(ディスト

リクト,ユニタリー,ロンドン・バラ)が徴税事務を担うこととされている。実際に

徴税を行なわない上層の地方政府は,「徴税命令自治体」として一層目の地方政府に必

要とするカウンシル税の総額を伝えて徴税を委託し,一層目の地方政府は割引制度や

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383

給付制度を考慮しつつ,委託を受けた所要額を満たすように税率を逆算して徴税を行

うことになる。

3.2 財政調整制度 イギリスにおける財政調整制度は,1888年地方自治法に規定された指定歳入制度に

はじまるとされる。これは中央政府の租税の一定部分を地方に割り当てて,それを地

方政府に一般包括交付金として分配する制度であった。しかし,この制度では当時の

地方政府の歳出を十分に賄うことができず,教育補助金などを中心に特定補助金が増

加することとなった。本格的な包括交付金である一般平衡交付金を創設することにな

ったのは 1929年地方自治法であり,指定歳入制度を廃止し,特定補助金も統合したう

えで,各地方政府の人口をベースに 5歳未満幼児数や失業者数等で補正して配分が行

なわれた。しかし,この制度では地方政府間の財政格差を埋めきることができなかっ

たため,1948年地方自治法によって一人当たりの課税評価が一定の水準(全国平均)

以下の地方政府を対象に交付し,一定以上の財政力を持つ自治体には交付しないとい

う国庫平衡交付金が導入された。このような改正によって地方政府の歳入の均衡化に

は成功するが,国の財政が圧迫されることとなった。この問題に対しては 1958年の地

方自治法で国庫平衡交付金に上限を設けたレイト補填補助金 Rate Deficiency Grantに

移行し,特定補助金を一般補助金 General Grantとして包括することで解決が試みられ

た。

1966年には,レイト法によって地方税(レイト)の対象となる居住用資産に対して

一律の軽減税率が適用されたことをうけ,新たに地方政府の財源補填の必要が生じ,

レイト援助交付金Rate Support Grantが創設された。これは,財源要素Resource Element,

需要要素 Needs Element,住宅用住宅減税要素 Domestic Elementから構成され,あらか

じめ設定された交付総額を要素ごとに分配し,さらに要素ごとの Formula に基づいて

各自治体に交付する方式が始められることになった。この交付金は,地方政府から実

需要を反映していないという不満を多く受け,幾度かの改正が行なわれたが,ニーズ

要素というかたちで平均レベルでの地方政府支出の「標準ニーズ」を査定する仕組み

が導入されたことが注目される。その後,既に述べたようにサッチャー政権の改革で

制裁機能を持った包括補助金制度 Block Grants が導入され,地方政府の財源は補助金

の面からも縛られた。

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現在の制度である地方交付金(RSG)は,1988 年地方自治法によって 1990 年 4 月

からレイト援助交付金に変わって導入された。これは,行政需要に係る費用・当該地

域における租税力を比較し,その差額を一般財源として補充すると共に,地方政府ご

とのカウンシル税の地域間格差を抑えることが狙いとされている。この総額は標準支

出総額 Total Standard Spendingから標準的なカウンシル税,ノン・ドメスティックレイ

ト,補助金を差し引いたかたちで決定されるものであり,日本の地方交付税交付金の

ように国税の一定割合というわけではない。そして,各地方政府に交付される際には

その「標準支出査定額」Standard Spending Assessments(SSA)から各地方政府の標準

的なカウンシル税とノン・ドメスティックレイトの和を控除した額によって算定され

ることとなっている。なお,標準支出査定額は,教育,社会福祉,警察,消防,道路

維持,環境・治安・文化,資本財政の 7つのブロックで,各指標に中央政府が決めた

単位費用を乗ずることで求められ,地方政府の社会経済的条件や地理的条件によって

補正がかけられるており,日本の基準財政需要額に似た考え方で算出されていると言

える。

3.3 その他の補助金 イギリスにおいて,中央政府から地方政府への移転は,一般財源として交付される

地方交付金と譲与税であるビジネスレイトの比重が大きいが,特定補助金もある程度

存在する。代表的なものは,警察行政の標準経費の 51%を交付する警察補助金 Police

Grant や,住宅会計の歳入不足を補う住宅会計助成金がある。さらに,非常に重要な

くくりとして,外部統合財源 Aggregated External Finance(AEF)内特定補助金と,AEF

外特定補助金の二種類がある。前者は,地方政府が所掌する業務に関して政府がその

経費の一部を給付する補助金であり,大きなものとしては教育水準補助金 Education

Standards Fundやロンドン交通局交付金 GLA Transport Grantなどがある。一方後者は,

政府が所掌する業務に関して地方政府が政府に変わり代理支出するものに対して給付

される補助金であり,住宅手当給付補助金 Mandatory Rent Allowance Subsidy Grantや

地方税給付補助金 Council Tax Benefit Grantなどが大きな割合を占めている。

さらに 2002年から,単一資本資金 Single Capital Potと呼ばれる新しい補助金が導入

された。これは,従来の教育・社会福祉・住宅等分野別に政府から地方政府に交付し

ていた資本支出に関する補助金の大半を分野横断的な「単一資本基金」として交付す

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るものであり,基本的に借入認可と同様の方法で配分される。単一資本基金は,政府

事務所の地域ごとに一定の Formula に基づいて算出される自治体の需要額の合計に基

づいて配分され,次にそのうちの 95%が Formulaによって各自治体に配分,残りの 5%

は大臣の裁量に基づいて配分先と額が決定されることとなっている。

3.4 その他の財源 地方政府の借入は,1989年地方自治・住宅法によって認められ,イングランド銀行

もしくは認可された銀行からの当座借越,国家負債局 National Debt Officeもしくは公

共事業資金貸付協会 Public Works Loan Boardからの借入(2002年 7月から財務省の外

局として統合されてイギリス負債管理局 UK Debt Management Officeの中に置かれる),

借入証書 loan instrumentによる借入,の三種類があり,このほとんどが公共事業資金

貸付協会からの借入(2000年度末の残高で 90.3%)である。借入金は基本的に短期借

入以外を経常支出の財源とすることはできず,資本支出にまわされる。

また,地方債についても様々な地方債の発行は認められているものの,実際に地方

政府が債券発行のかたちで調達している額は少なく,総借入残高に占める割合は 2000

年度末現在で約 1.9%にとどまる。長期の借入は 1989年の地方自治・住宅法によって

認められることになり,基本借入認可 Basic Credit Approval(BCA)と追加借入認可

Supplementary CA(SCA)に分類され,年間資本支出ガイドライン Annual Capital

Guidelines(ACGs)から各自治体の想定資本売却収入を控除して民間などからの資本

の借入認可額が算定されていた(Receipts Taken Into Account(RTIA),2002年以降廃

止)。BCA は用途を特定しない単年度のものであり,後者は用途を特定し,二年にわ

たって利用されるものである。ただし,これらの名称はあくまでも制度の性質を表す

ものであって,SCAが BCAを上回る年もあり,どちらも重要な選択肢であった。13大

枠を決める ACGsは,特定財源で賄われるものを除いて,各地方政府の想定資本需要

を住宅,交通,環境・治安・文化サービス(副首相府),教育(教育・技能省),社会

福祉(保健省)という 5つのブロック別に算出したものとされている。2003年地方自

治法が制定された後,中央政府の借入認可がなくても地方政府は長期の借入を行うこ

とができるようになったが,新たに創設された地方政府の資本形成を補助するための

補助資本支出 Supported Capital Expenditure(SCE)を算出するときには,以前と同様 13 菅[2004:7]

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の方法が使われている。

最後に,地方政府が様々なサービスの提供を通じて取得する使用料・手数料等が上

げられる。主なものとしては,産廃処理・公共交通・屠殺場・港・空港などの「商業

サービス」,ホームヘルプ・児童および高齢者介護・成人教育などの「個人向けサービ

ス」,浴場・スポーツ施設・市民劇場・駐車場などの「アメニティーサービス」,計画

申請・建築物規制・介護施設登録といった「規制サービス」が挙げられる。これらの

料金設定については基本的に自治体が裁量権を持つが,実際は政府が定める各種ガイ

ドラインにより拘束されている。

3.5 地方政府の財政責任 地方政府の財政責任については,経常会計と資本会計を分離して考える必要がある。

まず,経常会計については,標準支出総額(TSS)が決定された上で,標準カウンシ

ル税の総額を決め,地方政府への補助金が決まり,各地方政府の標準支出査定額(SSA)

を考慮して補助金が配分される。そのため,中央政府の観点からは,各地方政府が標

準的なカウンシル税を徴税すれば,あとは中央政府からの補助金と合わせて,地方政

府が支出すべき標準的な支出額を賄うことができることになる。そのため,もし地方

政府が SSAを超えて支出を行う場合には,地方政府はカウンシル税を標準以上に上げ

ることでその支出を賄わなくてはならない。イギリスの地方政府の多くは自主財源の

割合が約 20%と非常に低いために,経常支出の総額を 1%増やした場合にはカウンシ

ル税の総額を 5%増やさなくてはいけないことになる(もちろん,自主財源の割合が

10%程度であればカウンシル税の総額は 10%増やさなくてはならない)。このように歳

出総額から見ればわずかな増減であってもカウンシル税に対して拡大された影響が及

ぶことはギア効果 Gearing Effectと呼ばれている。

伝統的に労働党が強い地方政府は,中央政府が決定した標準支出査定額が過少に過

ぎるとして中央政府に不服を申し立てることが多いほか,特に人頭税以前のレイトの

時代にはこのような制度のもとで地方税率を急激に増加させる地方政府は少なくなか

った。急激な地方税の上昇を防ぐために,中央政府は 1984年レイト法に基づいてレイ

トキャッピング制度を導入し,国務大臣はレイトの上昇が大きいと認められる地方政

府に対してその上昇を抑える権限が与えられていた。カウンシル税導入以後は,レイ

トキャッピング制度が改められ,政府が定める SSAを基準に地方政府の予算の伸び率

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387

の上限を設定するものへと性格が変えられた。このような地方税の増額を抑える制度

は健全財政の確保という点では一定の効果を挙げたものの,当該地方政府で真に必要

な予算を計上することができないという批判は強く,ブレア政権では,キャッピング

制度の廃止を公約し,1999年地方自治法で最終的にキャッピング制度を廃止している。

しかし,過度な税率上昇を抑える制度は残されており,現在では中央政府が毎年度目

安となる税率上昇率をガイドラインとして公表し,これを超過した地方政府に対して,

当該年度及び中期的な歳出見通しや行政運営の効率性を考慮したうえで,税率制限権

を行使できるとともに,中央政府から地方政府に交付する地方税給付の原資の一部を

求めることができるとされている。労働党は,将来的にはこのような限定された税率

制限権も廃止することを謳っているが(2001年 12月 Strong Local Leadership),早期に

全面的に廃止することには伸張であり,当面は包括的業績評価制度のもとで好業績を

残している地方政府のみについて適用しないとする方針である。また,一部の地方政

府では,カウンシル税の税率決定についてカウンシル税の税率とそれによって変更さ

れる行政サービスの水準を同時に提示した上で,住民投票を通じて税率を決定すると

いう方式を取っているところもある。

地方政府の資本会計は,経常会計と比べてその規模が非常に小さく,資本収入の約

1/3 が借入金によって賄われている。既に述べたように,短期の借り入れを除いた借

入金は経常支出に充てることは認められておらず(ゴールデン・ルール),資本支出に

限定されている。債券の形式をとって借り入れが行なわれる部分は非常に小さく,ほ

とんどは公共事業資金貸付協会からの借入である。この借り入れ(長期)については,

2003年地方自治法が制定されるまで,国の認可が必要であった。その認可は既に述べ

たように年間資本支出ガイドライン ACGsに基づいて,基本借入認可と追加借入認可

に分かれているものであった。しかし,2003年地方自治法によって,新たなシステム

Prudential System が導入され,地方政府が借入などによって資本支出を賄う際に中央

政府の認可を必要としないこととされた。地方政府はその資本支出プログラムの主要

な部分において政府の援助を受け続けるものの,公認公共財務会計協会 the Chartered

Institute of Public Finance and Accountancy(CIPFA)によって作成された Prudential Code

にしたがって,中央政府からの追加的な援助なしに債務を管理することができると評

価される限りにおいて,投資のための借入を自由に行うことができるようになった。

そのため,現在では SCE(R)を越える部分の借入については,地方政府は Prudential Code

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388

にしたがって自己規律を保持しながら借入を行い,資本支出を決定することになった。

その過程においては,地方政府が自ら拘束性のある借入金の上限額を設定し,住民の

理解を得るために投資及び借入に関する計画を作成して住民に公表する必要がある。

ただし,中央政府は,地方政府が Prudential Codeに従っていたとしても,国全体の経

済環境によっては地方政府の借入を制限する権限は留保している。債務残高のコント

ロールについては,1989年地方自治・住宅法によって地方政府の債務残高の上限が定

められている。また,2003年地方自治法の施行以前には,地方政府が毎年債務返済準

備金 Provision for Credit Liabilities(PCL)を積み立てることが義務付けられていたが,

この規制についても 2004年 4月からは廃止されている。

4. 社会保障制度 4.1 現金給付 社会保障のしくみは,大きく国が所管する現金給付の社会保障と,地方政府が責任

を持つ現物給付の対人社会サービス,さらに,国の機関である NHSが提供する医療サ

ービスに分類することができる。ベヴァリッジ報告後に形成されたイギリスの福祉国

家における社会保障制度は,国民保険 National Insuranceによる所得保障を基礎として

おり,国民保険でカバーすることができない部分について公的扶助制度をはじめとし

た諸制度が補完する体制をとっている。イギリスの社会保障制度の根幹をなす現金給

付・所得保障の部分は,中央政府において雇用年金省 Department of Work and Pensions

が所管することとされている。

4.1.1 基本的な現金給付(公的扶助+失業給付)

ベヴァリッジ報告によって示された理念では,現金給付については国家による強制

加入の国民保険によって均一拠出・均一給付の原則の下で運営されることが目指され

ていた。しかし,国民保険制度が発足した直後に,現在の公的扶助制度の基礎となる

国民扶助制度(National Assistance)が制定されると,国民扶助の給付水準が国民保険

を上回るという現象が見られ,国民保険を維持するためにもその給付水準の是正がた

びたび行なわれた。その後,公的扶助制度は補足給付制度 Supplementary Benefit(1966

~),所得補助制度 Income Support(1986~)と変更が行なわれてきたが,石油危機後

の景気後退の影響などもあって運営費が膨張し,財政を圧迫してきた。また,公的扶

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389

助制度は,その運営費の膨張という問題のほかに,制度が複雑すぎて本来受給を受け

るべき人々が受給できていないという問題もたびたび指摘されてきた。1997年に政権

をとった労働党も,公的扶助制度の改革を行い,税額控除制度等の導入を行っている。

現在の所得保障制度の運用に当たっては,国民保険の拠出について歳入関税庁 HM

Revenue and Customs が管理し,雇用年金省の出先機関であるジョブセンタープラス

Jobcentre Plusが各種給付の受付や裁定,職業紹介や職業訓練を行い,年金の給付につ

いては雇用年金省の年金サービス庁 Pension Serviceが,税額控除については歳入関税

庁が執行を行っている。ジョブセンタープラスは,国民保険による給付以外の公的扶

助についても執行を行っている。属性別の公的扶助をチャートで示すとおおよそ次の

図のように考えられる(男性対象)。

図表 6-7 イギリスにおける所得保障制度

既に述べたように,基本的な所得保障は,16 歳以上 65 歳未満のイギリス居住者を

対象として,失業給付,労災,出産給付等と年金制度を包含した総合的給付制度であ

る国民保険によって賄われる。このうち,年金については雇用年金省に属する年金サ

ービス(+地方年金センター)が退職基礎年金と国家第二年金を運営し,男性 65歳,

女性 60歳から支給を行う。

国民年金への拠出を基礎とした求職者給付制度は,求職者給付法 Jobseekers’

Allowance Act 1996に基づいて,雇用年金省が運営し,実際の給付サービスはジョブセ

ンタープラスが行う。その受給要件として代表的なものは,国民保険を過去二年間の

ジョブセンター

プラス

65歳以上?

就労の 有無

年金クレジット・貯蓄クレジット

就労税額控除

国民保険 拠出の有無

拠出制求職者給付

就労可能性

所得調査付求職者給付

所得補助

年金サービス庁

歳入関税庁

YES/あり NO/なし所得保障制度

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うち一年間拠出し,現在週平均 16時間以上働いておらず,求職活動を積極的に行う,

というものである。この求職者給付は,最大 26週間の受給が可能であるが,期限切れ

以降については後述の所得調査付求職者給付 Income-Based Jobseekers’ Allowance をう

けることになる。

さらに国民保険は,労働災害に対する保険の役割も果たしている。疾病や障害のた

めに連続して 4日以上就労できない者については,雇用契約期間と所得の要件を満た

したものについて最長 28週間,国ではなく雇用者から法定傷病手当 Statutory Sick Pay

の支払いを受けることができる。29週目以降は,保険料拠出要件及び就労不能要件を

満たす者に対して,国民保険から就労不能給付 Incapacity Benefitが支給される。法定

傷病手当の受給要件を満たさない者は最初から就労不能給付を受給することができる

が,最初の 28週間の支給額は法定傷病手当よりも低額である。就労不能給付の保険料

拠出要件は,過去 3年のうち 1年間保険料を拠出していたことである。就労不能要件

は,雇用年金省が指定する民間の審査機関によって,いかなる仕事にも就くことがで

きないことが認定されていることである。

国民保険に基づかない所得保障としては,上の図で示した年金クレジット Pension

Credit・貯蓄クレジット Saving Credit,就労税額控除Working Tax Credit,所得調査制

求職者給付,所得補助 Income Supportが中心となる。

国民保険に拠出していない就労可能な失業者は,所得調査付求職者給付によって所

得保障がなされる。所得調査付求職者給付はもともと所得補助制度の一部であり,求

職者給付法によって導入されたが,給付内容は所得補助制度とほぼ同じである。両者

の違いは申請者が就労可能かどうかという点にあり,就労可能な労働者は所得補助制

度による所得保障を受けることができず,所得調査付求職者給付の対象となる。この

制度では,資力調査を前提とした上で,就労可能な労働者に対して求職活動を援助し

つつ給付が与えられる。その給付は,拠出制と同様に雇用年金省のジョブセンタープ

ラスが担当するが,財源は国民保険ではなく一般財源に基づいている。なお,拠出制

の求職者給付の受給者が,その給付を超える生活費を必要とすることを認められた場

合には拠出制・所得調査制両方の求職者給付を受給することも可能である。

次に,伝統的な公的扶助制度である所得補助制度は,以前と同様に国民年金保険料

を支払っていない場合でも受給資格があるとされる。しかし,所得調査付求職者給付

の導入とともに,その対象者は就労不可能な失業者に限定されることになった。ここ

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391

での給付を受けることができる就労不可能な失業者とは,60歳以上の高齢者,16歳以

下の子どもと同居している一人親,障害者,介護者である。根拠となる法令は,社会

保障に関する拠出及び給付法(Social Security Contributions and Benefits Act 1992)並び

に社会保障管理法(Social Security Administration Act 1992)であるが,所得調査付求職

者給付と同様に,一般財源に基づいて雇用年金省が管理運営し,実際の給付はジョブ

センタープラスで行なわれる。

高齢者向けの年金クレジットは 1999 年に導入された最低所得保証制度 Minimum

Income Guarantee を引き継いで低所得の年金生活者を支援するものであり,年金や就

労による収入が適正額(2005年度は週当たり 109.45ポンド)に満たない場合その差額を

支給する制度である。貯蓄クレジットは最低所得保証制度が貯蓄のインセンティブを

阻害するという批判から生まれた制度で,所定額(適正額よりも下)を超えて年金等

の収入がある場合に支給されるボーナスである。年金クレジット・貯蓄クレジットと

もに国民保険の年金給付と同様に年金サービスと地方年金センターが運営している。

就労税額控除は,世帯単位で所得を補足し,一定の就労を条件として低所得者に税

額控除(控除しきれない部分は還付)していた就労家族税額控除Working Families’ Tax

Creditと障害者税額控除 Disabled Person’s Tax Creditを改正して導入されたものである。

就労税額控除は,子どものいる家庭や障害者に限定せず就労している低所得者に対し

てより普遍的な税額控除を行うことを目指したものであり,障害者や子どもを持つ家

庭については,その分に対する加算というかたちで考慮されることになっている。以

前の制度で必要とされていた資産調査もフローの所得を除いて省かれている。この制

度を運営しているのは歳入関税庁であり,その財源は一般財源によって賄われている。

4.1.2 補足的な現金給付(公的扶助+児童給付)

前節で取り上げた現金給付に加えて,所得補助制度を補充する社会基金,子どもの

いる家庭に給付される児童給付・児童税額控除,さらに地方政府が管理・運営する住

宅給付と地方税給付が重要である。

社会基金は,一時的かつ特別なニードに対応する所得保障であり,規定支給と呼ば

れる出産一時金,葬儀一時金,寒冷気候一時金,冬季燃料費給付金と,裁量支給と呼

ばれるコミュニティ・ケア補助金,家計貸付金,緊急貸付金がある。この根拠法令は

所得補助と同じく社会保障に関する拠出及び給付法並びに社会保障管理法であり,管

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392

理・運営は雇用年金省,実際の給付はジョブセンタープラスが行う。多くの給付金は,

所得補助あるいは所得調査付求職者給付の受給が要件となっており,これらの制度を

補足する性格が強い。

子どものいる低所得家庭については,これに加えて児童給付 Child Benefitや児童税

額控除 Child Tax Creditを受けることができる。児童給付はイギリス国内で子どもを持

つ親に対して,所得に関わらず給付され,児童税額控除は就労税額控除と同様に,子

どもを養育している低所得者に対して税額控除(控除しきれない部分は還付)される。

どちらの給付も歳入関税庁が管理・運営し,一般財源によって賄われるものである。

なお,児童税額控除は就労税額控除と同様に,フローの所得を除いて資産調査は要件

とされていない。

なお、国法である「社会保障に関する拠出及び給付法」及び「社会保障管理法」を

根拠として、地方政府が管理・運営する所得保障である住宅給付と地方税給付は,と

もに社会保障に関する拠出及び給付法並びに社会保障管理法を根拠法令としている。

住宅給付は賃貸住宅に居住する低所得者に対して賃料の補助を行うものであり,その

財源は地方政府の一般財源と,国から地方に交付される AEF外補助金である。地方税

給付は低所得者に対して支払うべき地方税に相当する額を給付するものであり,国か

らの補助金を受けて地方政府(二層制の地域の場合はディストリクト)が給付を行う。

4.1.3 年金給付14

年金制度において,日本の制度でいうところの一階部分にあたるのは,国民保険の

退職基礎年金 Retirement Pensionの部分である。これに上乗せするかたちで,被用者に

ついては報酬比例の国家第二年金 State Second Pension Scheme(SSPS)が用意され,

年金制度の二階部分を構成している。これらはいずれも強制加入の社会保険である。

これに加えて,私的年金である職域年金・個人年金が存在し,これらの年金について

は一定の要件が満たされていれば公的年金制度の適用除外を受けることが可能であり,

実際に被用者で適用除外を受けているものの方が多数派となっている。これらの年金

制度を管轄するのは基本的に雇用年金省であり,実施については雇用年金省の外局の

年金サービス庁と歳入関税庁とも協力を行っている。

男性が 65歳,女性が 60歳から支給される退職基礎年金は,国民保険の保険料納付 14 本節は榊原[2005]によるところが大きい。

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393

済み期間が就労期間の 90%を超えた場合に満額で支給され,それより短い納付済み期

間の場合には満額年金を受給できる最低限度の年数に足りない部分に比例して減額さ

れる。最低給付額は満額の 25%であり,それに満たないものには支給されない(通常

10年程度)。

被用者に対する年金である国家第二年金は,従来の国家所得比例年金 State

Earning-Related Pension Scheme(SERPS)を引き継いで 2002年 4月に創設されたもの

である。新しい SSPSが従来の SERPSと大きく異なる点は,特に低所得者についてよ

り手厚い給付を行うことである。具体的には就労期間の収入額のうち,退職基礎年金

を得るのに必要な収入を超えた部分を三つの所得帯に分けて,特に第一所得帯の人々

について最低保障収入を設定している。第三所得帯の人々については SERPSと SSPS

の給付は同様であり,そのために,第二所得帯にいる人々にとっては,制度の変更に

よって所得比例の傾きがゆるくなっている。その結果,第一所得帯に属するものにつ

いては,SERPSと比べて二倍以上の給付となり,第二所得帯に属するものについても

SSPSの給付の方が有利であるが,所得が上がるにつれて SERPSによる給付と近接し

てくることになる。

伝統的にイギリスで退職基礎年金の上乗せとして普及していた私的年金(企業年

金・個人年金)は,既に述べたように,国家第二年金の適用対象となるものも,私的

年金に加入していることを理由に適用除外を受けているものが多く(66%以上),実質

的に年金の民営化が進んでいると考えられる。適用除外を受けた場合には,その分の

保険料が完全に免除され,SSPSに支払うべきであった保険料の部分が企業・個人に戻

され(リベート),それが信託法に基づいた基金によって運用されることになる。さら

に,2001年からは私的年金に加入していない中・低所得者層(自営業者,就労期間に

中断がある者,転職者など)を対象として,退職基礎年金の上乗せ部分の私的年金取

得を促進するためにステークホルダー年金制度が発足した。この制度は,年金のポー

タビリティを高めるとともに,個人の多様なライフスタイルに合わせて安い手数料で

貯蓄できることに主眼が置かれており(ただし,個人年金として SSPS の適用除外を

受けることも可能),中・高所得者については退職基礎年金の上乗せとして私的年金を

中心に老後の所得保障を行うという方針のもとで,中程度以下の所得者でありながら

現在の私的年金でカバーされにくいものにはステークホルダー年金によって対応する

という形になっている。

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4.2 医療15 イギリスにおいては,医療費を社会保険ではなく基本的に租税によって一般財源か

ら賄っている。そのため,保健医療は国の事業として執行され,保健省に所管される

国民健康サービス National Health Service(NHS)がその責務を負っている。イングラ

ンド以外の地域においては,それぞれの自治政府に NHSに対応する機関が設置されて

保健医療サービス提供の責務を負っている。NHSは財源については,当初地方政府も

医療費を負担していたものの,1974年以降は地方政府による負担がなくなり,現在で

は国庫負担のほかに一部国民保険からの保険料(20%程度16)と患者負担(3%程度)

に拠っている。患者負担は一般の医療については無償であり,一般歯科や眼鏡による

治療などに限定されている。

NHSは,1946年の国民健康サービス法 National Health Service Act 1946によってその

設立が決定されたものであり,NHS成立以前のイギリスにおいては,寄付によって設

立された篤志病院 voluntary hospitalと救貧法の医療救済のための病舎から発展した公

立病院が混在していた。いずれも患者の視力に基づいて治療費を徴収していたため,

その時代に病院に行くことができたのは経済的に余裕があるものか,「貧民」とされた

貧困者かのどちらかであった。1911年からは医療保険として国民健康保険が開始され

たものの一般医による診療のみが対象であり(被用者本人のみ),多くの国民にとって

専門医による医療へのアクセスは限られていた。他方で,国民健康保険に加入できな

かった人々に対しては,当時の地方政府がディストリクトごとに母子保健や精神保健

などのサービスを提供していた。17 NHSの発足によって,主要病院は国有化され,専

門医は勤務医として公務員化されるとともに,税財源によって患者の支払い能力では

なくニーズに応じて無料で全国民に包括的なサービスを提供するという枠組みが作ら

れたことは,それまで限定された医療へのアクセスをより広い層の人々に開放するも

のであったと評価できる。

医療福祉政策に責任を有する保健省 Department of Healthは,NHSの管理部門と社会

サービス部門に大きく分けられる。NHS管理部門の下には,医療サービスの実施機関

の業績管理を行う戦略保健当局 Strategic Health Authoritiesが地方支分部局として置か

15 本節は伊藤[2005]によるところが大きい。 16 国民保険からの繰り入れは,2001年総選挙における労働党の公約によって引き上げられることになり,2003年度から国民保険料率が労使 1%ずつ引き上げられ NHSに繰り入れられることになった。 17 以上白瀬[2005]

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れるとともに,医療サービスの実施機関として,地域住民に対する医療サービス確保

の責任を有するプライマリーケア・トラスト Primary Care Trust(PCT)や複数の病院

を参加に持ち,病院サービス(手術・入院など)を提供する NHSトラストが存在する18。トラストとは,保健省本体から一定の独立性をもった公営事業体的な組織である

とされる。もう一方の社会サービス部門は,対人社会サービス確保の責任を負う自治

体の社会サービス部に対して補助や規制を行うことが主な仕事となる(図参照)。

図表 6-8 イギリスにおける医療制度

NHS発足以来,医療サービスは保健当局のもとで家庭医(かかりつけ医)機能をも

つ一般医 General Practitioners(GP)と国有化された病院が行っていたが,患者間の平

等を重視することで医療財政が悪化の一途を辿っていた。その問題に対して,サッチ

ャー政権による改革で 1990年 NHSおよびコミュニティ・ケア法が制定され,独立採

算制の NHSトラストと,登録住民のための病院サービス購入予算枠を持つ予算保持一

般医(GP Fundholders)が創設され,サービスの供給主体である病院(NHSトラスト

によって運営)に一定の自立性を持たせるとともに,これらとサービス購入主体とを

分離することが行なわれた。この改革によって,医療サービスの購入という概念を導

入し,競争力のある民間の病院からのサービス購入が進められたため,NHSトラスト 18 伊藤[2005]

業績管理 協力

規制 補助

一次 医療二次 医療

紹介 委託委託

保 健 省

戦略保健当局(28)

NHSトラスト等(273) PCT(303)

GP(一般医)

地 域 住 民

自 治 体

社会 サービ

伊藤[2005:34],数字は 2003年度

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によって運営される病院も一定の競争にさらされることになった。この改革によって

保健当局は住民のために必要なサービスを供給する主体から,住民のために必要なサ

ービスを様々な供給主体から購入し,購入主体としての保健当局や予算保持 GP に対

して医療サービスを販売する立場におかれることになった。最終的にサッチャーの改

革は,市場原理を重視しすぎたものとして忌避され,1997年の選挙で労働党が政権の

座について医療制度改革を行い,予算保持 GP の制度は廃止されるが,改革によって

導入された PCTは,基本的にサッチャー改革の成果を引き継ぎ,サービスの選択によ

って競争を促す仕組みを維持している。また,約 100近くあった地方の保健当局も戦

略保健当局として 28に集約されることになった。

保健省は,PCT に対して予算の大部分を配分し(2004 年は経常予算の 85%程度),

PCTはそれを財源として一次・二次医療および地域保健サービスを確保する。一次医

療については,GP と契約し,患者の診療を委託する。診察の結果,病院での処置が

必要と認められれば,GPは患者を NHSトラスト病院などに紹介する。紹介を受けた

病院は,その患者に対して PCTから委託費の支払いを受けて手術等を行う仕組みとな

っている。また,PCTには地方政府の社会サービス部と協力関係を構築することが要

請され,1999年保健法 Health Actによって,PCTと地方政府の間で,医療福祉サービ

スの予算や権限を相互に委譲する共同事業が行なわれているほか,両者の組織を統合

したケアトラストも設立されている。

現在の制度において,中軸的な役割を果たすのは PCT である。PCT は,NHS トラ

ストの代表や GPや看護師の代表,地方政府の代表によって構成される理事会を持ち,

NHS本体から一定の独立性を有する組織であり,管内の医療計画策定,医療サービス

確保のための調整と契約締結,地方政府の社会サービス部との協力を行う。従来は保

健省からの予算は戦略保健当局・PCT・GP に分割して配分されていたが,2003 年度

から NHS 予算の大部分が直接 PCT に配分されるようになり,地域医療確保のための

予算・権限・責任が PCT に一元化されることとなった。ブレア政権はさらに,NHS

トラストの改革を目指しており,現在の NHSトラストをより NHS本体から独立性の

高いファウンデーション・トラスト Foundation Trust(FT)として再構成することが試

みられている。FT は,NHS トラストとは異なって,保健省が業務運営指示件や役員

の任免権を持たず,地域住民や患者が選挙によって選んだ代表が過半数を占める理事

会によって運営されることになる組織であり,その説明責任は保健省ではなく理事会

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に向けられることになる。この組織は保健省ではなく独立した監督官が設置を認可し,

監督を行うこととされる。特に多額の負債を抱えるなどして経営に失敗した場合には

監督官が介入して経営陣の更迭等が行なわれることとされる。ブレア政権では,NHS

トラストから FT への全面的な移管を目指していたが,これが将来的な民営化につな

がると理解されたことで FT 創設法案は大きな反対を招いたため,経営の自由度がか

なり狭められることになり,FT に転換した NHS トラストは,2005 年 4 月現在で 25

にとどまっている。なお,今回の FT 創設の対象地域はイングランドのみであり,ス

コットランドやウェールズは参加せずに中央主導型のサービスが維持されている。

NHSによる保健医療サービスの監査については,1948年の NHS創設以来 NHSの質

に関する全国基準が無く,それが地域格差の原因であったと考えられていたが,1999

年の保健法 Health Act に基づいて保健医療改善委員会 Commission for Health

Improvement(CHI)が組織され,2000年 4月から NHSへの監査を行うこととされた。

しかし,委員会が監査の対象とするのは NHSの保健医療サービスのみであり,民間セ

クターやボランタリーセクターについては,2000年のケア・スタンダード法によって

創設された全国ケア基準委員会National Care Standard Commissionが行うこととされて

いた。このため,保健医療サービスの監査機関の分立が問題となり,2003年の保健及

び社会ケア(コミュニティ保健及び基準)法 Health and Social Care(Community Health

and Standard)Actによって,保健ケア監査・検査委員会 The Commission for Health Care

Audit and Inspection(CHAI)として統合され,公的部門及び民間部門双方の医療サー

ビスの監査に責任を持つこととされた。

4.3 現物給付(対人社会サービス) イギリスにおいて,対人社会サービスに責任を負い,その政策立案や基準作りを行

っているのは保健省である。ただし,保健省はイングランド及びウェールズの対人社

会サービスを所管するものであり,スコットランドにおいては自治政府の保健省が,

北アイルランドについては自治政府の保健・社会福祉・公共安全省 Department of Health,

Social Service, and Public Safetyが所管することとなっている。

対人社会サービスを実際に執行するのは二層制の地域であればカウンティであり,

それ以外の地域では大都市ディストリクト,ユニタリー,ロンドン区の役割である。

各地方政府には社会サービス部 Social Service Departmentが配置され,児童・高齢者・

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障害者ならびにその家族・介護者に対する広汎なサービスを提供している。なお,保

健省の所管であり,基本的に医療を担当する執行機関である国民保健サービス

National Health Service(NHS)も,近年は初期医療に力を入れており,その段階にお

ける業務を地方政府の社会サービス部と協力して執行することとされている。

1970年以前には,地方政府における対人社会サービス関連部局は,児童局,福祉局

(高齢者・身体障害者),衛生局(知的障害者・精神障害者への地域サービスや在宅介

護)に分かれていたが,各施策間の重複を避けて連携を強化する機運が高まり,1970

年の地方政府社会サービス法 Local Authority Social Service Act 1970によって地方政府

における対人社会サービスの執行が社会サービス部に一元化された。この法律では,

「地方政府は社会福祉行政を主務大臣の一般的な指導の下に執行しなければならな

い」(第 7条)と規定した上で,各地方政府に「社会サービス委員会」の設置を義務付

け,実際に行政を行う機関として「社会サービス部」を設置した。この社会サービス

部は,社会保障省(当時)の指導のもとで対人社会サービス行政の管理を行うことに

なり,その体制が基本的に現在まで続くこととなっている。

地方政府の対人社会サービス部は 1970年以降,直接的に対人社会サービスの供給を

担ってきたが,1990 年の NHS 及びコミュニティ・ケア法による改革で,その役割は

大きな転機を迎えた。この法律は,地方政府が直接サービスを供給するのではなく,

民間セクターによって供給されるサービスを可能な限り利用することで,サービスの

受給者が自身の責任と判断で最適なサービスを選択することができるようにすること

を狙うものである。この改革によって,地方政府はサービスの供給者からサービスの

調整者・評価者,あるいは委託者としての機能が求められることになり,地方政府は

援助を必要とする人々に対して,地域におけるサービスのための財源調達及び調整の

責任を負うことになった。

4.3.1 高齢者福祉および障害者福祉

対人社会サービスのうち,高齢者福祉と障害者福祉は,イギリスにおいては「コミ

ュニティ・ケア」として一括されている。1990年 NHS及びコミュニティ・ケア法は,

地方政府の社会サービス部に対して,高齢者,知的障害者,身体障害者,精神障害者,

薬物・アルコール乱用者,エイズ患者,終末医療患者など全てを包含したコミュニテ

ィ・ケア調整のための年間プラン(コミュニティ・ケア・プラン)を作成することを

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399

義務付けている。

コミュニティ・ケア・プランの作成に当たっては,地方政府の社会サービス部をは

じめ,NHS及び地方政府の関連部局,ボランタリーセクターの関係団体と広く協議を

するための場(Joint Consultative Committee: JCC)が組織される。JCCでは,コミュニ

ティ・ケア・プラン以外にも地方政府と NHSの共同財源によるプロジェクトへの支出

を承認するなどの役割を果たしているとされる。

サービスの提供に当たっては,社会サービス部がケアを必要とする人々のニーズ評

価を行い,資源との関係でニーズを満たすための適切なサービス供給の水準を調整す

る。ニーズの評価に当たっては,地方政府の利用可能な財源を考慮に入れることは可

能であるものの,受益者の支払い能力を理由としてニーズ査定を拒否することはでき

ず,また,個人のサービス選択に当たって地方政府はケアの必要性とサービスのメニ

ューについてアドヴァイスする責務を負っている。必要なケアは,大きく在宅ケアと

施設ケアに分けられ,在宅の場合は一般住宅や高齢者用住宅などで生活しながらホー

ムケア等を利用することになり,施設の場合はケアホーム入所か病院への入院となる。

地方政府はケアが必要なものに対してサービスを提供する義務を有しており,自ら提

供するか手配をしなくてはならない。施設ケアの供給は,過去には地方政府直営の施

設が多かったものの,現在ではサッチャー政権の奨励策によって営利施設の数が増加

している。在宅ケアについても,地方政府直営のサービスが非常に大きな割合を占め

ていたが,コミュニティ・ケア改革後に急激にその割合が縮小し,現在では約 1/3

を占めるに過ぎなくなっている19。

施設ケアは,一部 NHSの管轄と重複があり,複雑な構成になっている。施設ケアの

内容は,サービスの種類に応じてレジデンシャル・ホームとナーシング・ホームに分

類され,前者は看護ケアなしで宿泊・食事・身体介助の提供を行うものであり,後者

は常時看護を必要とする要介護度の高いもののために看護ケアがついた入所施設であ

る。ナーシング・ホームは,NHSとの分野調整があるために,地方政府は供給を行う

ことができないとされている。ケアのための費用については在宅・施設ともに全部ま

たは一部自己負担であるが,現在は多くの地方政府が費用について補助を出している。

19 施設ケア・在宅ケアともに急速に民間への委託が進んだ背景には,コミュニティ・ケアを進めるために国から地方政府に交付された特別移行補助金 Special Transfer Grant(STG)の影響が大きいとされる。STGはその交付条件として,民間団体(営利・非営利)のサービス購入比率をサービス全体の 85%以上にすることを義務付けていた。

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400

費用を全額自己負担できる場合には自ら施設と交渉してサービス提供の契約を行うこ

ととなるが,交渉したくないものや料金全額を負担することができないものは地方政

府の社会サービス部に入所を申請した上で,介護ニーズの評価と資産調査を受け,ケ

アマネージャーの援助のもとで施設を選択する。その場合,地方政府は選択された施

設に対して委託契約を行い,委託費を支払う。その上で,国の基準にしたがって補助

を受ける入所者の収入と資産に基づいて支払い能力を評価し,それに応じた費用徴収

を行う。なお看護ケアについては,NHSのサービスであるため,その費用は多くの場

合自治体が PCTから費用受け取って,施設への支払いを代行する形となっている。

供給されるサービスは,その内容について監査が行なわれる。2000年にケア・スタ

ンダード法 Care Standards Actが制定され,2002年から施行される前は,地方政府が行

う施設サービスについて地方政府と保健省の双方からなるメンバーによって監査が実

施されていたが,この法律が施行されてからは,地方政府が運営する施設のみではな

く,民間セクターやボランタリーセクターが運営する施設においても独立公共団体

Non-Departmental Public Body(NDPB)である全国ケア基準委員会 National Care

Standards Commission(NCSC)によって一元的に監査がおこなわれることとなった。

この組織は地方政府の社会サービス部やNHSの戦略保健当局 Strategic Health Officeな

どから職員が派遣され,サービス供給者の登録を行うとともに提供されるサービスの

種類や質について,ケア・スタンダード法の下で定められた基準,特に保健大臣の定

めた全国最低基準を考慮してナショナル・ミニマムが確保されているかどうかなどを

監督し,政府に報告することとなった。NCSCは 2002年からスタートし,当初は民間

医療部門の監督組織もかねていたが, 2004 年 4 月から医療を担当する部門と社会サ

ービスを担当する部門が切り離され,社会サービスを担当する部門は,保健省の一部

局として地方政府の社会サービスについての企画・監督を行っていた社会サービス監

査局 Social Service Inspectorates(SSI)と統合されて,政府から独立した対人社会サー

ビスのための単一の監査組織である社会サービス検査委員会 Commission for Social

Care Inspection(CSCI)に改組され,現在に至っている。

高齢者・障害者に対する対人社会サービスは,NHSとの共同プロジェクトを除くと,

受益者によって支払われる手数料が一部存在するほかは,地方政府からの支出によっ

て賄われる。そのための財源は,AEF内の特定補助金があるほかは,基本的に一般財

源によるものとなっており,サービスの水準は中央政府からの移転額と徴収可能な地

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401

方税額に制約されることになる。

図表 6-9 高齢者福祉・障害者福祉関係支出(北アイルランドを除く、単位 100万ポンド)

一般 高齢者 身体

障害者

知的

障害者

精神

障害者

その他

支出 サービス

提供費用

2430 4797 619 2225 617 189

管理的費用 95 599 163 147 211 20

合計 2525 5396 782 2372 828 209

収入 397 1628 122 698 190 21

純支出 2128 3768 660 1674 638 188

4.3.2 児童福祉

児童福祉については,1989年児童法 Children Actを根拠として,地方政府に①当該

地方政府の地域内の児童の福祉を必要があれば,保護し促進する,②保護者がその児

童の養育を行うことができるよう推進する,③5 歳以下の児童に対しデイケアを提供

する,④児童に対し必要と判断された場合,生活施設を提供する,⑤そのような児童

に助言,保護,世話を行う,⑥児童の養育を行う組織等を監査し継続的な記録を行う,

といった児童福祉サービスが義務付けられている。地方政府において児童福祉を担当

する部署は,高齢者福祉・障害者福祉と同じく社会サービス部であり,警察やボラン

タリーセクター,NHSトラスト,地方政府の教育当局など関連団体と協調して児童福

祉サービスを実施する。さらに,これらの関連団体は,地域レビュー委員会 Area Review

Committee を形成して児童福祉保護措置基準を定め,その基準に従って児童保護措置

が行なわれているかについて定期的な検討が行なわれることとなっている。

サービスの給付形態は現物給付を中心として,一部現金給付が存在する。現物給付

としては,保護者がいない児童や裁判所によって保護・監督を命じられた児童への居

住施設の提供や,保育所・ファミリーセンター(要保護状態にある児童が家庭で生活

を続けることができるようにするための家族支援サービス)などの家族支援サービス

が中心となる。現金給付については,里親への扶養手当や保護措置から離れた児童の

住居費用に対する援助などが含まれている。その財源についても,高齢者福祉・障害

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者福祉と同様に,AEF内特定補助金と一般財源によって賄われており,サービスの水

準は中央政府からの移転額と徴収可能な地方税額に制約されることになる。

児童福祉に関係する機関の登録や監督については,サービスによって所管する機関

が異なっている。保育所やファミリーセンター,公立の保育所については地方政府に

登録したうえで地方政府の社会サービス部による調査の対象となるが,「子どもの家」

「居住型ファミリーセンター」「里親エージェンシー」「ボランティアの養子斡旋機関」

「寄宿学校」といった児童福祉施設は NCSC(2003 年 4 月から CSCI)に,子どもの

デイケア,保育士,幼稚園については教育水準局 Office for Standards in Education

(OfSTED)が監査を行うこととされている。このように、監査の主体が複数である

ため問題が生じ、監査機関間の連携が求められている。このような要請に応じて、実

際、2005年から CSCIと OfSTEDが合同で監査を行う制度がスタートしている。

図表 6-10 児童福祉関係支出(北アイルランドを除く、単位 100万ポンド)

施設

ケア

厳重監

督居住

施設

里親 保育施

ファミ

リーセ

ンター

少年司

法関係

予防・

サポー

ト費用

その他 購入・

管理経

合計

支出 787 104 537 107 174 97 194 421 850 3271

収入 4 8 1 4 1 1 1 2 - 65

純支出 783 96 536 103 173 96 193 419 850 3206

5. 教育 戦後のイギリスにおいて,教育に対する公的な関与の基本的なルールを定めていた

のは 1944年教育法 Education Actであるとされる。この法律では,地方教育当局 Local

Educational Authority(LEA)が教育全体に責任を負う,とされており,宗教教育を除

いて中央政府によるカリキュラム統制は行なわれていなかった。特に義務教育では,

地方教育当局でさえ,「管轄地域の教育政策の大枠の立案」が任務とされ,視学官によ

る視察と指導・助言を行うものの,具体的な教育内容は実質的に個々の学校の校長と

教員に委ねられていたとされる。中央政府の関与は,間接的な財政統制以外には,専

門家によって構成される中央審議会などによる指導・助言,勅任視学官の学校視察に

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403

よる学校の視察が行なわれるというものであった20。

このように,学校に具体的な教育内容を委ね,その自律性を重んじる制度は,サッ

チャー政権期の改革によって変更される。サッチャー政権は,地方教育当局を排除し,

親や企業を消費者とした準市場のもとで競争を通じて全体の教育水準を上げることを

意図したとされる。具体的には 1988年の教育改革法 Education Reform Actが制定され,

1944年教育法以来のイギリスの教育制度が抜本的に改革された。

具体的な教育内容は個々の学校に委ねられていたものの、1944 年教育法で LEA は

「管轄地域の教育政策の大枠の立案」という役目を負っており、初等中等教育の分野

においては学校の設置、維持・管理や教員の採用・配置等に大きな枠割りを担ってい

た。しかし、教育改革法では学校理事会の責任が強化され、LEAは予算を各学校に配

分する義務を負うものの、配分された予算は学校が独自に執行できるようになり、予

算の運営権は学校に委譲された。また、教職員についても学校が予算の範囲内で自由

に任用できることになったため、LEAは形式的な雇用者ということになった。一部の

学校では、LEAを介して交付されていた補助金も直接国から学校理事会へ与えられる

ようになった。その結果、LEAの機能は大幅に削減され、それはせいぜい、所定の基

準に従い人件費を各校へ配分する程度となった。また 2002年教育法においては、教員

の採用やその雇用条件に関して校長の裁量が大幅に拡充され、また、複数の学校間で

の教員の共同雇用が可能となった。

さらに重要なのは,それまで中央政府が統制してこなかった義務教育段階の公立学

校のカリキュラムについて,初めて共通の履修すべき教科と教育内容を「ナショナル

カリキュラム」として定めた上で,その実施評価としてナショナルテストを行うこと

が規定された点である21。このナショナルカリキュラムの内容こそ現在では変更され

ているものの,大枠については現行法である 2002年教育法に受け継がれている。

現在のイギリスの教育制度は,次の図のように示され,日本よりも長い 11年間の義

務教育が課されている。しかし,大学を卒業するまでには日本と同じ 16年間が予定さ

れている。

20 大田[2004],吉田[2005:100] 21 吉田[2005:102]

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図表 6-11 イギリスにおける教育制度

自治体国際化協会[2002:14]

5.1 初等・中等教育 イギリスの初等中等教育には,公費によって設置される公立学校と,公費補助を受

けない私立学校,さらに「特別な教育的ニーズ」を必要とする児童生徒のための特別

学校瓦ある.初等学校は 6年間,中等学校は 5年間であり,その後の高等教育に進む

までに 2年間の任意教育期間(シックス・フォーム)がある。公立学校については,

その運営・維持に関する職員の給与,施設・設備,給食費・教科書代などほとんどの

経費は,地方教育当局が配分する国からの補助金で賄われる。初等・中等教育におい

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て地方教育当局としての役割を果たすのは,一層制の地方政府(ロンドン・バラ,メ

トロポリタン・ディストリクト,ユニタリー)のほかに,二層制の地域であればカウ

ンティである。

公立学校の種類には,コミュニティ学校 community schools,自主(政府補助)学校

voluntary aided schools,自主(政府管理)学校 voluntary controlled schools,ファウンデ

ーション学校 foundation schoolsが存在し,運営経費の負担,施設の所有権,職員の雇

用などの責任主体がそれぞれ異なっている。基本的に地方教育当局が運営費を負担す

るものの,例えば、原則的には LEAが各学校の教職員を雇用しているが、自主(政府

補助)学校やファウンデーション学校では関係者(保護者・教職員・LEA・地域代表)に

よって構成される学校理事会が教職員を雇用していることになっている。さらに,2002

年教育法においては,この規制も緩和され,教員の採用やその雇用条件について,校

長の裁量の余地が大幅に拡充され,複数の学校間での教員の共同雇用が可能となった。

私立学校については 1996年教育法で「5人以上の義務教育段階における児童生徒を受

け入れる学校で,地方教育当局により運営される公立学校及び特別学校以外の学校」

と定義される。このような私立学校は公費補助を受けず,維持・運営費は授業料など

によって賄われている。

中等教育段階において,学校はコンプリヘンシブ comprehensive,グラマーgrammar,

スペシャリストスクール specialist,シティー・テクノロジー・カレッジ city technology

colleges(CTC)の 4種類に分かれる。総合制のコンプリヘンシブは,原則として無試

験で入学することが可能であるが,グラマーは成績上位者を選抜試験により入学させ

高等教育進学を目指す学校である。また,スペシャリストスクールは基本的にコンプ

リヘンシブと変わらないが,標準的な科目に加えて技術や外国語など専門とする科目

を週に数時間多く教える中等学校である。コンプリヘンシブがスペシャリストスクー

ルになるには,国に申請を行い,認定を受ける必要があり,認定後は国から補助金が

支給される。CTCは地方教育当局の管轄外の私立学校であるが,国からの補助金及び

企業等からの資金によって運営され,ナショナルカリキュラムが適用される。しかし

CTCの普及は進んでおらず,1988年教育改革法によって正式に設置を認められたが,

現在のところその数は非常に少ない。

1988 年教育改革法以降(現在の根拠法令は 1996 年教育法),義務教育においては,

国務大臣が定めるナショナルカリキュラムに示される内容を修了しなくてはならない。

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このナショナルカリキュラムは,公費によって運営される公立学校にのみ適用され,

私立学校には基本的に適用されない。ナショナルカリキュラムでは,初等学校が 5歳

から 7歳までの「キーステージ 1(K1)」と 7歳から 11歳までの「キーステージ 2(K2)」

に,中等学校が 11歳から 14歳までの「キーステージ 3(K3)」と 14歳から 16歳まで

の「キーステージ 4(K4)」に分けられ,各キーステージにおいて履修されるべき教科

が決まっているほか,K1(1991~),K2(1995~),K3(1993~)の各段階で,ナシ

ョナルテスト National Testと呼ばれる全国統一試験が実施され,カリキュラムの全国

的基準が監視されることになった。22さらに,中等学校の卒業(K4終了時点)に当た

っては,統一試験を受けることで中等教育修了一般資格 General Certificate of Secondary

Education(GCSE)を取得する必要がある23。この試験を受けることで中等教育終了時

の成績結果を出し,成績証明として高等教育機関への進学や就職に当たって重要な意

味が付与されている。ナショナルカリキュラムが適用されない私立学校についても同

様にこの試験を受けることになる。GCSE の試験は,あくまでも義務教育修了と個人

のその教科における学力レベルを示すものであり,成人後も受験することができる。

これらの試験結果については,教育技能省によって学校ごとに公表され,保護者の学

校選択に利用されることとなっている(ただし K1のテストは除く)。ナショナルカリ

キュラムに関する具体的な業務は,1997年教育法で設置された NDPBである資格カリ

キュラム機構 Qualifications and Curriculum Authority(QCA)が行っており,K4終了時

の GCSEについては,QCAが連絡調整を行いながら 5つの実施団体 Awarding Bodies

によって実施される。

初等・中等教育について学校の監査を行う機関は,教育技能省から独立した NDPB

である教育水準局 Office for Standards in Education(OfSTED)である。OfSTEDは 1992

年に設置され,教育機関の監査及び教育技能大臣への助言が大きな任務であり,1992

年から中等学校で,1993年から初等学校及び特別学校で監査を始めた。監査を受けて,

学校により提供される教育の質,児童生徒の到達した教育水準,予算使用の効率性な

どについて行なわれ,学校は監査の要約を保護者に送付しなければならないとともに,

22 ナショナルテスト導入時には,親と教師による全国的な反対運動も展開され,結局第一回目のナショナルテストがボイコットされるなどの事態も起きている(吉田[2005]) 23 K4については,職業に関連する科目に重点が置かれるために,校長が QCAに報告することで一部の教科について適用が除外されることもある。この規定は,2002年教育法によってより弾力的に運用できるように変更された。

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報告を受ける形で行動計画を作成し,実施することが義務付けられている。その中で

特に水準が低いと判断された学校は,失敗校 failing schoolsとして特別措置が必要と宣

告されることになり,2 年以内に必要な改善が見込まれない場合は教育技能大臣が閉

校を命じることができるほか,地方教育当局が教育技能省の承認を得た上で学校名を

替え教員組織を一新して再開を図ることもできるとされている(フレッシュ・スター

ト)。

5.2 高等教育 義務教育修了後の教育機関として最も多いのは,シックス・フォームと呼ばれる教

育機関である。これは中等学校の最後の二年間の教育として行なわれるものと,シッ

クス・フォーム・カレッジという独立した教育機関で行なわれるものがある。シック

ス・フォームは,地方教育当局の管轄ではなく,後述する継続教育カレッジを含めた

継続教育を担当するファンディング・カウンシル Further Education Funding Council

(HEFC など)から経費の配分を受けており,公立のシックス・フォームであれば授

業料は無償とされている。シックス・フォームに入学するにあたっては,GCSE の成

績が要件となっており,その課程では,大学進学のために必要な大学入学資格 General

Certificate of Education(GCE)の上級(Aレベル)及び準上級(ASレベル)試験のた

めの教育を提供している。大学以降の高等教育に進むためには GCEの成績が要件とな

る。

シックス・フォーム以外の継続教育としては,継続教育カレッジが用意されている。

継続教育カレッジは,農芸カレッジ,商業カレッジ,技術カレッジなど様々な教育機

関の総称で,主に大学進学を志望しない生徒のために職業教育を提供している。継続

教育カレッジで学ぶ生徒については,伝統的なアカデミィックな教科以外について学

習する機会を与えること及び特定の職業に関わる訓練に入る前に幅広い知識技能を習

得することを目的とした全国一般職業資格 General National Vocational Qualification

(GNVQ)や全国職業資格 National Vocational Qualification(NVQ)といった資格を取

得することができる。このような資格は,全国資格制度National Qualification Framework

(NQF)のもとで,GCSEや GCEと相互に関連付けが行なわれている。なお,このよ

うな資格について試験を提供するのは,GCSEと同様に QCAが連絡調整を行いながら

実施団体(GNVQについては 3団体)によって実施される。

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高等教育機関としては,大きく大学と高等教育カレッジに分類される。従来からの

大学は国王に認められた独立法人として学位授与権を与えられていたものであるが,

経費のほとんどは国からの補助金で賄われており,その数は少なかった。しかし,1992

年継続高等教育法 Further and Higher Education Actによって,職業教育的な実務教育を

提供してきた学校が大学に昇格し,その数が急増した。

高等教育機関はその収入の大半を公財政からの収入に依存しているが,補助金の交

付は国が直接行うのではなく,NDPBのひとつである高等教育財政カウンシル Higher

Education Funding Council(HEFC)を通じて行なわれ,教育的経費・研究的経費・特

別経費・資本的経費・人材育成特別費といった費目で,それぞれの大学運営に係る標

準経費が算出され,配分が行なわれる。そのうち 6割以上を占めるのが教育的経費で

あり,教育的経費の配分に当たっては,各大学のフルタイム相当の学生数とそれに対

する補正によって決定されることになる。授業料については,長らく徴収が行なわれ

ず,無償で高等教育が行なわれてきたが,1998年学習・技能法 Learning and Skills Act

によって授業料の徴収が可能となり,上限を政府が定めるものの,各高等教育機関が

独自に授業料を決定できることとなった。大学以外の重要な高等教育機関である高等

教育カレッジは,1970年代に教員養成課程を持つ教育機関が技術カレッジ等と統合さ

れて規模を拡大する形で出来上がったもので,現在では教員養成のほかに,小規模で

特定の分野に特化した人材養成を行うところもあれば,複数の学部を有するところも

ある。このような高等教育カレッジの中でも,1998年教員・高等教育法 Teaching and

Higher Education Actによって独自の学位授与券を持つところは枢密院の承認を得てユ

ニバーシティ・カレッジ University Collegeを名乗ることもできるとされている。

高等教育機関の評価としては,イングランド・スコットランド・ウェールズ・北ア

イルランドにおかれたそれぞれのファンディング団体が合同で実施する研究評価

Research Assessment Exercise(RAE)が行なわれ,政府から高等教育機関への研究的経

費の配分額を決定する重要な要素となる。その他,イングランドにおいては HEFCが

責任を持って行う評価として,1992年継続・高等教育法によって定められた高等教育

水準評価機構 Quality Assurance Agency for Higher Education(QAA)が行う教育評価と,

1999 年からはじめられた HEFC による大学評価がある。QAA が行う評価は,高等教

育機関の質を評価しようとするものであり,資金交付に直接的に反映されるわけでは

ないが,評価結果が著しく優れている場合あるいは著しく悪い場合には学生の定員増

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に当たっての基準とされる。HEFC による評価は,高等教育機関が所定の期間内にど

のような学生を入学させ,どの程度学生を社会に送り出したかということを中心に,

高等教育機関の効率性を評価しようとするものである。

6. インフラ整備・都市計画 6.1 開発計画・規制 イギリスにおける計画の業務は,基本的に地方政府が行うとされる。中央政府レベ

ルでは,副首相府(あるいはスコットランド・ウェールズ・北アイルランドの各自治

政府)の所管であり,計画に関する法令・指針等を作成し,また,地方政府と私人と

の紛争の仲裁等を行っている。地方政府が行う業務のうち主要なものは,開発計画と

開発規制である。地方政府の業務として開発計画の策定や規制が行なわれるようにな

ったのは 20世紀に入ってからであり,地方政府が行う業務としては比較的新しいとさ

れる。現在に至るまでの計画の基本となる法体系は,1947年都市農村計画法 Town and

Country Planning Actであり,この法律によってほとんど全ての開発には計画許可が必

要となり,全ての地方政府で開発計画が作成されることになった。当初は広域的な問

題への対応が可能なように権限がカウンティに付与され,中央政府は開発計画の調整

と国土の均衡ある発展を保障するために適切な産業配置の責任が付与された。1990年

都市農村計画法などからなる法令と,中央政府からの指針 Guidanceなどを組み合わせ

て計画を有効なものとされてきた。

しかし,1990年都市農村計画法による法体系は,労働党の地方分権改革とともに大

きく改革されることとなった。以前の開発計画のもとでは,地方政府は国が作成する

計画作成指針 Planning Policy Guidance(PPGs)及び地域計画指針 Reginal Planning

Guidance Notes(RPGs)に基づいて,カウンティが広域的な枠組みで原則として 15年

にわたる基本計画 Structure Planを策定し,ディストリクトが開発規制の指針となる 10

年規模の地方計画 Local Planを策定していた(ユニタリー,大都市ディストリクト,

ロンドン・バラは両方の性格を併せ持った一元的開発計画 Unitary Development Planを

策定)。労働党が政権をとってから,地域開発公社 RDAが設立され,当初は地域事務

所 GOごとに開発計画が協議されるようになっていたが,地方分権改革の進展ととも

に,地域議会が開発計画策定への主導的な立場を持つようになることとされた。その

結果,現在の開発計画においては,中央政府の出す指針や命令を最上位として,地域

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レベル・地方政府レベルの開発計画が付随する階層的な構造となっている。中央政府

レベルでは,計画政策命令 Planning Policy Statements(PPS)と計画作成指針 Planning

Policy Guidance notes(PPGs),鉱山政策命令 Minerals Policy Statements(MPS)と鉱山

計画策定指針 Minerals Planning Guidance Notes(MPGs)というかたちで国家計画が示

され,地域レベルでは地域議会が 2004 年計画及び強制土地収用法 Planning and

Compulsory Purchase Actの規定によって,国務大臣が地域の交通戦略と廃棄物戦略を

含めた地域空間戦略 Regional Spatial Strategy(RSS)を準備する責任を持った地域計画

機関 Regional Planning Body(RPB)として位置づけられていることになった。この地

域計画は,2004年計画及び強制土地収用法の規定によって,RPBである地域議会がそ

の地域のニーズに応じて,10 年から 15 年間の地域空間戦略を策定することとされて

いる(ただし,国立公園部分は除く)。RPB は,ロンドンであれば GLA(市長)が,

その他の地域であれば地域議会がその任に当たる(GLA については RSS ではなく空

間開発戦略 Spatial Development Strategy(SDS)を作成する)。RSSは中央政府レベル

の政策を反映するものであり,その地域に関連する政策などを含むことができる。

その下の地方政府レベルでは,地域計画当局 Local Planning Authoritiesが地域開発フ

レームワーク Local Development Frameworks(LDF)を策定することされている。地域

計画当局としては,カウンティ以外の一層目の地方政府が充てられており,LDFはそ

の地域における空間戦略と鉱山計画戦略の文書によって構成され,地域計画当局(カ

ウンティを除く)が,具体的な地域開発のために作成する地域開発スキーム Local

Development Scheme(LDS)を含む。LDSは,地方開発文書 Local Development Documents

(LDDs)の製作のためのプログラムを用意するもので,どのような文書が LDDsとし

て準備されるかということやそのタイムテーブルを含んだものである。LDDs は,開

発計画文書 Development Plan Documents(DPDs)と補足計画文書 Supplementary Planning

Documents(SPDs)によって構成され,中央政府の政策と地域の政策を踏まえたうえ

で,地方のニーズと多様性を考慮して作られる。このように様々な計画や戦略が作ら

れる中で,法定の開発戦略として中核的な役割を果たすのは,地域レベルにおける RSS

あるいは GLA の SDS であり,地方政府レベルでの開発計画文書 Development Plan

Documents(ディストリクト,ユニタリー,Broad Authorityを含む国立公園当局が作成)

とカウンティが作成する鉱業・廃棄物開発計画 Minerals and Waste Development Planで

ある(上位にカウンティを持たないユニタリーや国立公園当局は,鉱業・廃棄物計画

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を含んだ DPDsを策定)。法定開発計画は開発や土地利用の計画に当たって考慮する出

発点であり続けるものであり,計画間で紛争が発生した場合は,関連する中央政府の

政策を参照しながら,地方の事情を踏まえて決定が行なわれる。

新法では英国における計画及び開発規制制度の幾つかの大きな変更点が盛り込まれ

ている。まず,ディストリクトの地域計画策定機能を維持するとともに,地域に即し

た計画を策定するために,カウンティレベルの基本計画の策定を廃止するというもの

で,地方レベルや国レベルにおける計画策定過程を簡素化した。この結果,カウンテ

ィは鉱業と廃棄物に関する計画を策定するのみとなった。また,主に個人や企業から

土地を取得するための権限を行政機関に与えることで,インフラ整備への対応と土地

収用過程の迅速化を図っている。さらには,再開発が必要な地域における開発計画の

迅速な決定が可能となり,開発業者が指定されたエリア内で通常の計画手続きに拠ら

ずに建設事業を行えるビジネス・プランニング・ゾーン制度も導入された。最後に,

この法律では,開発の持続可能性を確保するとともに地域の特色を踏まえた計画策定

手続を確保することが義務付けられている。

6.2 交通政策 まず,イングランドにおいて道路は,幹線道路 trunk roads,1級道路 primary route,

2級道路 secondary route,その他道路 unclassified roadsに分けられている。幹線道路は,

道路当局 Highway Agencyによって管理されるもので(スコットランド・ウェールズで

はそれぞれの自治政府が管理),自動車専用道路 motorwaysが含まれている。幹線道路

以外の道路は,地方道路当局 Local Highway Authorityが管理することとなっている。

地方道路当局が管理する道路は,基本的に幹線道路のネットワークとは異なる 1級道

路と 2級道路であるが,一部の自動車専用道路(幹線道路とは切り離されているもの)

についても地方道路当局が管理する場合がある。

幹線道路は大臣によって指定される道路であり,人口の集中するところや工業地

域・港湾等を結ぶネットワークを形成している。大臣はまた,計画・改良・維持・財

政並びに幹線道路のコントロールに関する決定を行う。現在では,1998年に発表され

た道路白書 A New Deal for Transportをもとに 2000年交通法 Transport Actが成立し,さ

らに Transport 2010と呼ばれる 10カ年計画が策定され,国レベルでの道路整備はこの

計画をもとに行われている。地方道路当局としては,二層制の地域における道路につ

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いてはカウンティが基本的にその役割を果たすほか,一層制の地域ではユニタリー,

大都市ディストリクト,ロンドン・バラが権限を持つ。道路整備に当たっては,地方

道路当局(大都市ディストリクトの場合には該当する大都市圏での旅客交通局

Passenger Transport Authorityが,ロンドン・バラの場合には GLAの外局であるロンド

ン交通局 Transport for London)が,前述の RSS に含まれる地域交通計画 Regional

Transport Plan(RTS)を参照しながら地方交通計画 Local Transport Plan(LTP)を策定

することとされている。地方交通計画は,道路だけではなくバスなどの書く交通機関

が有機的に機能することを目標とした統合的な交通 5ヵ年計画であり,この計画の策

定に当たっては地域住民や産業界,関係地方政府,バス会社などと幅広く協議するこ

とが求められ,また,環境への配慮や地域の活性化等を視野に入れた内容であること

が求められている。

2000年交通法によって,地方交通の充実を図るための資金を必要とする地方政府は,

向こう 5年間の交通戦略・交通投資計画である LTPを提出すれば中央政府からの補助

金を獲得できるようになった。2000年交通法以前は個別の交通政策ごとに中央政府か

ら補助金が交付されていたが,補助金をまとめることによって個別施策の縦割りを廃

し,政策の連携を解消することが目指された。また,交通政策の内部だけではなく,

交通政策と土地利用政策の連携も重要視されており,RTS のもとでの LTP と LDF が

相互に参照しながら策定されることが強調されている。

6.3 環境・廃棄物政策24 イギリス(特にイングランド都市部)においては,1848年公衆衛生法 Public Health Act

以来,地方政府にその領域内の街路の清掃や路上の廃棄物の除去,収集とその処理を

義務づけていたとされる。当初は法律の名前からもわかるように,廃棄物処理行政は

伝染病の予防を目的とした公衆衛生施策としての意味合いが強かったが,公衆衛生に

ついては 1948年に設立された NHSの管轄として多くが中央政府の事務として吸い上

げられ,地方政府の事務としては,1947 年都市及び農村計画法 Town and Country

Planning Actのもとで,廃棄物を処理する場所を確保するための土地開発などが割り当

てられることとなった

現行制度の枠組みが確立されたのは 1974年公害規制法 Control of Pollution Actであ 24 本節は,岡久[2004]に負う部分が大きい。

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る。この法律によって,カウンティが廃棄物の処理当局 Disposal Authorityとして管理

廃棄物(家庭廃棄物・商業廃棄物・産業廃棄物)の処理計画の準備を行い,廃棄物処

理を実際に担当することとされた。また,収集については,家庭廃棄物を,ディスト

リクトが収集当局 Collection Authorityとして無料で収集し,商業廃棄物・産業廃棄物

についてはディストリクトが有料で収集する場合と民間の廃棄物処理業者が収集する

場合とがあり,民間の廃棄物処理業者に対しては処理までを含めて処理当局であるカ

ウンティが処理の許可を出すこととされた。

1974年公害規制法の枠組みでは,カウンティが自ら処理する場合の基準と民間に課

している基準が異なっており,多くの場合公的な処理においてその基準がゆるいこと

が問題視され,廃棄物処理制度は 1990年環境保護法 Environmental Protection Actによ

って大々的な改正が加えられることになった。ここで定められる内容の多くは EU 指

令を国内法化したものであり,その最大の特徴は,環境の汚染源である産業施設から

大気・水・土壌へ排出される汚染物質を一元的に管理することにより,汚染物質の全

体量を抑制しようとする「総合的汚染規制のシステム Integrated Pollution Control」を

導入したことにあるとされる25。この法律によって,従来自らも廃棄物処理を行って

いたカウンティは,所管地域における廃棄物処理の計画を策定する規制当局

Regulation Authorityとされ,規制当局によって許可された者のみが廃棄物処理を行う

ことができるとされた。その結果,廃棄物処理に関して,計画策定・規制・収集は地

方政府が担当し続けることとなったが,実際の処理業務は地方政府の直営を離れ,民

営化が促進される結果となった。

さらに,1995年環境法 Environmental Actによって廃棄物処理に関する規制がさらに

改正された。すなわち,イングランド及びウェールズに環境庁 Environmental Agency

を,スコットランドに環境保護庁 Scottish Environmental Protection Agencyをそれぞれ

設置し,規制当局の機能をそれぞれの所管地域におけるカウンティから両庁に移管し,

廃棄物の回収及び処理に関する戦略の策定も両庁の所管となった。廃棄物処理施設を

設置する場合には,環境庁あるいはスコットランド環境保護庁の許可を取得しなけれ

ばならず,またその運営に関しては国務大臣が定める規則を遵守することが求められ

る。

1995年環境法の結果として,廃棄物管理の規制に関する中央集権化が進み,地方政 25 自治体国際化協会[2003:293]

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府の機能は廃棄物収集(ディストリクト),処理業者との契約(カウンティ),土地利

用計画を通じた廃棄物処理の土地・施設設置の管理等(ディストリクト)など限られ

たものとなった。地方政府が行うことになる規制管理業務は,1990年環境保護法で導

入された土壌・大気・水質を含む環境一般への影響を管理するものであり,その対象

は小規模な発電所,ガラス精製所,公営又は病院の焼却炉などである。ただし,地方

政府が行う規制についても,国務大臣が定める基準や必要条件を遵守することが要求

され,事業者が地方政府の決定に不満を持つ場合には国務大臣に申し立てることもで

きる。このような汚染対策や,法定有害物の処理,煙・悪臭・騒音などの苦情処理に

加えて,食品衛生についてもディストリクトが担当することとされ,処理業者との契

約を通じた廃棄物処理以外でカウンティが所管する業務は動物衛生のみとなっている。

一層制の地方政府においては,ユニタリーはディストリクトとカウンティの事務を一

元的に行っているほか,大都市ディストリクトとロンドン・バラにおいては,それぞ

れWaste Disposal Authority(2箇所)とWaste Authority(4箇所)を作り,共同で運営・

管理を行っているところもある(全ての大都市ディストリクトとロンドン・バラでは

ない)。

7. 警察・消防26 7.1 警察 イギリスの警察は,大きくロンドン警察とそれ以外の部分の警察に分けられる。ロ

ンドンにおいては,GLAの外局として首都警察局 Metropolitan Police Authorityが設置

され,ロンドン市長のもとで治安維持業務に当たる。首都圏警察は,100 年以上の長

きに渡って中央政府の管轄にあったが,GLA発足とともにその管轄下に移り,首都警

察局として再スタートしたものである。ロンドン以外の部分については,イングラン

ド及びウェールズでは内務省 Home Office,スコットランドにおいてはスコットランド

自治政府,北アイルランドにおいては北アイルランド担当大臣の下に独自の警察組織

である王立警察隊 Royal Ulster Constabularyが置かれている。ロンドンを除くイングラ

ンド及びウェールズでは,内務大臣の下で 6大都市圏及びカウンティ・ユニタリーご

とに原則としてひとつの公安委員会 Police Authorityが設置され27,各公安委員会が内

26 本節は,自治体国際化協会[2003]に負うところがおおきい。 27 いくつかのカウンティが合同の公安委員会を設けている場合もあり,現在イングランドに 37の公安委

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務大臣の承認を得て任命した警察本部長 Chief Constableの下に各警察組織が存在する。

さらに,昨今のテロへの脅威を受けて,2005年重大組織犯罪警察法 Serious Organised

Crime and Police Act が制定され,イギリス版の FBI ともいえる重大組織犯罪対策庁

Serious Organised Crime Agency(SOCA)が設立されている。

警察行政において重要な役割を果たす公安委員会は,内務大臣の承認を得て警察本

部長などの幹部を任命するとともに,警察に関する予算を決定し,その財源の一部と

して税を徴収する。この徴収については,ディストリクトがカウンシル税の一部とし

て代理徴収することとされている。また,内務大臣は警察に対する監督権を持ち,公

安委員会に対して警察本部長の解任命令を出すことができるほか,標準支出査定額

SSAに基づいて予算及び警察補助金 Police Grantを要求することになる。

警察関係の予算は,各公安委員会が内務省の定める標準支出査定額に基づいて独自

に決定することとなっており,標準支出査定額に基づいて警察補助金と RSGが交付さ

れることになっている。その上で,カウンシル税の必要部分が決まり,警察関係分と

して計上されて徴収されることになる。費用以外の部分における公安委員会と地方政

府の関係としては,公安委員会の委員に地方議員が入るということがあるが,保守党

政権期を通じてその関与は縮小されてきた。労働党が政権をとってからは地方政府が

警察当局と共同して犯罪に対して対処することが重要視されるようになり,両者が共

同して様々な試みが行なわれている。具体的にはロンドンにおける「地域社会協議グ

ループ」(地域における多種多様な民族・グループが直接集まり安全な地域社会作りに

ついて話し合う公開会議)や地域全体の底上げを要する地域における「地域戦略パー

トナーシップ」(持続的発展・地域再生・治安等の広範囲にわたる分野への協力体制),

「犯罪暴動削減パートナーシップ」(犯罪や反社会行為に対する警察・地域政府・住民・

企業・ボランティア等の協力体制)などがそれである。また,地方政府は,警察官が

不足している地域において,それほど重要ではない事件の解決を手助けする任務を負

うコミュニティ・サポート・オフィサーの導入や,防犯カメラの数を増やすなどの政

策を行っている。

7.2 消防 イギリスの消防は,警察と同様に大きくロンドンとそれ以外の部分に分けられる。

員会が存在している。

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ロンドンにおいては,GLAの外局としてロンドン消防・緊急時計画局 London Fire and

Emergency Planning Authority(LFEPA)が設置され,ロンドン市長のもとで消防業務に

当たる。ロンドン以外の部分については,イングランド及びウェールズでは副首相府

Office of Deputy Prime Minister(ODPM),スコットランドにおいてはスコットランド

自治政府,北アイルランドにおいては北アイルランド自治政府である。長らくロンド

ンを除くイングランド及びウェールズでは,1947 年消防法 Fire Services Act の下,6

大都市圏を所管する大都市圏消防事務組合 Fire and Civil Defense Authority,カウンティ

のカウンティ消防局 County Fire Authority,ユニタリーのユニタリー消防局 Unitary

Authority,複数の地方政府によって構成される消防事務組合 Combined Fire Authority

が設置され,これらの消防局は伝統的な消火活動を中心にその役割を果たしてきた28。

しかし,2004年消防救急法 Fire and Rescue Services Actが制定され,従来の消防局 Fire

Authorityは消防救急局 Fire and Rescue Authorityに変わり,消火に加えて火災予防に重

点が置かれることになった。さらに,交通事故をはじめ,洪水・テロリズムといった

深刻な事件に対応した救急業務も新たに付与されることになった。消防救急局は地方

の特定のリスクやコミュニティの特別の必要に対応することが要求され,統合リスク

管理計画 Integrated Risk Management Planを策定することとされている。中央政府にお

いても,副首相府で消防救急のためのナショナル・フレームワーク Fire and Rescue

National Framework が策定され,消防救急業務に対するガイダンスと支援について定

めることとされている。また,既に分権が進んでいたスコットランド・北アイルラン

ドに加えて,ウェールズに対しても同様の権限委譲が行なわれて,副首相府が管轄す

るのはイングランド地域の消防救急局だけとされている。

8. 地方公務員制度 8.1 組織と採用 イギリスにおける地方公務員の数は,1987年の 306万人程度をピークとして現在は

減少傾向にある。このような現象は,国のように人員削減計画を立てて進められてき

たものではなく,大ロンドン GLC・大都市カウンティの廃止やメイジャー政権による

強制競争入札による民間への業務委託が大きな要因であると考えられる。そのため,

職種別に見ると最も顕著にその数が減少しているのは現業部門の労務職員であり(特

28現在イングランドに 30の消防局が存在している。

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に建設分野の減少が激しい),警察・消防職員や法律家・ソーシャルワーカーといった

ホワイトカラー専門職などについては増加傾向も見られるとされる。つまり,マネー

ジャーの数が増え,職務遂行に当たる下位職位のポストが外部委託などにより減少し

ているという傾向が見られている29。

地方政府の行政官の最高位は事務総長 Chief Executiveである。イギリスでは日本の

知事・市町村長に当たる独任制の行政機関の長は存在せず,対外的な代表は基本的に

地方議会 Local Councilの議長が務めている。2000年に発足した GLAを筆頭に,地方

制度改革によって地方政府が公選首長をおくことが可能にはなっているものの,現在

のところ公選の首長は非常に少数(2005 年末現在で 12 人)に過ぎない。そのため,

多くの地方政府では事務総長を執行のリーダーとして,その下に部局長が位置するこ

とになる。部局長についても,日本の地方自治法・地方公務員法のように統一した法

規によって法定職を定めるのではなく,1989年地方自治・住宅法に基づいて設置され,

地方政府全体の事務の調整やスタッフなどの組織面について議会に助言を行なう行政

サービス長 Head of Paid Service(通常事務総長がその職に当たる),1972年地方自治法

に基づいて当該地方政府の財政を監視する財務部長 Chief Financial Officer,1989年地

方自治・住宅法に基づいて地方政府内での不法行為や不適切な行為を監督する監督官

Monitoring Officer,1990年 NHS及びコミュニティ・ケア法に基づいて地方政府が管轄

する対人社会サービスに責任を持つ社会福祉部長 Director of Social Serviceなど,重要

ないくつかの職種については個別の法律に基づいてその設置が定められている。

一般に,日本の地方政府における地方公務員の雇用は閉鎖的な内部労働市場を通じ

て行なわれるため,学卒の新規採用以外に中途で外部から公務員が雇用されることは

非常に珍しい。それに対して,イギリスにおいては中央政府では日本と同様に比較的

閉鎖的に雇用が行なわれるものの,地方公務員,特に管理職の雇用は基本的に外部労

働市場を通じて行なわれる。その採用に当たっては,日本の地方公務員法のような地

方政府を規律する法律は無く(後述する例外はあり),各地方政府が職員の数や職種を

決定する権限を持っているとされる。定期的な採用や異動は無く,通常は内部での異

動や転出によって空きポストが出た場合に求人広告を通じて募集が行なわれ,空きポ

ストの職務が必要とする技術や資格,経験を満たした応募者に対して面接が行なわれ,

採用が決定される。その採用に当たっては,事務総長を筆頭とする上級幹部職員を除

29 稲継[2000]

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いては各部局レベルで採用が行なわれ,職務上の上司や部局の人事担当者が行い,上

級幹部職員については地方議員を中心として面接が行なわれ,採用が決定されること

になる。

図表 6-12 公務員数の変化

1962 1972 1982 1987 1992 1997 2002 中央政府 軍隊 442 371 324 319 290 210 204 NHS 785 821 1227 1212 917 78 その他 813 813 849 781 801 582 614 小計 2040 2005 2400 2312 2008 870 818 地方政府 教育 1297 1365 1434 1486 1391 1193 1362 社会サービス 276 295 352 398 410 403 367 建設 124 128 132 128 97 65 47 警察 152 159 182 191 204 206 218 その他 803 824 761 859 797 726 747 小計 2652 2771 2865 3062 2899 2593 2741 政府職員総計 4692 4776 5265 5374 4907 3463 3559 公営会社 国営企業 1856 1769 1554 864 457 242 242 NHSトラスト 314 1121 1360 その他 153 160 202 121 105 128 137 公営会社計 2009 1929 1756 985 876 1491 1739

Economic Trend No.598 September 2003

8.2 給与・雇用条件 イギリスでは,日本の地方公務員法のような公法上の雇用関係を定めた法律は無く,

各地方公務員の給与・勤務時間その他の勤務条件は,民間企業と同様に私人間の雇用

契約によって定められる。通例では,雇用契約に当たって全国レベルの労使交渉機関

である「全国合同評議会」National Joint Councils(NJC)による給与等のなど「全国合

意」を基準とする。NJC は,職種の違いを基本として 18 の組織が存在する。それぞ

れの協議会で毎年雇用条件について交渉が行なわれ,当該職種ごとに「全国合意」が

決定される。各地方政府は「全国合意」に拘束される法的な義務はないが,基本的に

はそれに従った給与表を用いており,職種によって給与の格差が比較的大きく出るこ

とが特徴である。特に単純労務職員とホワイトカラー職員の給与水準の差は顕著であ

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り,さらに給与のみならず,勤務時間・超過手当・傷病手当・休暇などあらゆるとこ

ろに格差が存在していた。この問題については,1997年 7月のホワイトカラー職員の

NJCと単純労務職員の NJCの合併によって行なわれた合意(ハーモナイゼーション)

によって,単純労務職員の給与がホワイトカラー職員と同一の給与表上に規定される

ようになり,給与の上下格差こそ残るものの,その他の雇用条件については原則とし

て区別がなくされることとなった。

このハーモナイゼーションは,もうひとつの大きな変化をもたらしている。それは,

職種ごとに「同一労働同一賃金」という原理のもとで地方公務員の給与が集権的に決

定されていたのに対して,各地方政府の裁量部分が広がったことである。ハーモナイ

ゼーション以前にも,全国標準の等級格付けとは異なるものを用いていた地方政府も

あったが,それ以後は原則として地方政府が独自の「職務評価制度」に基づき,給与

表こそ全国合意の統一されたものを用いるものの,ある職務をその給与表内のどの範

囲に位置づけるかは各地方政府がそれぞれの職務を評価した上で定めていくこととな

ったのである。これは,従来の集権的な給与体系の決定から,各地方政府の事情に応

じた分権的な給与決定を行ないえる方向へ向かいつつある流れのひとつと見ることが

できる30。さらに,給与決定の分権化のひとつの表れとして,全国合意からの脱退(オ

プト・アウト)も広がっていることが指摘されている。これは,全国合意の給与水準

では周囲のより給与水準の高い職業に優秀な人材を奪われることで必要な地方公務員

を確保できないことを懸念する,特にイングランド南東部の地方政府が,全国合意か

ら脱退するものであり,その多くは新しい給与改定率の基準として,民間リサーチ会

社の地域労働市場に関するインデックスなどを導入することで運営が行なわれている。

そのうちの一部の地方政府には,新しい給与表に移行するとともに自動的な定期昇給

をなくして業績給主義を導入するところも見られている。

地方公務員の給与・雇用条件は基本的に以上のような仕組みによって決定されるが,

重要な例外もある。それは,警察官・消防官・教員である。警察官・消防官について

は過去の経緯から一定の算定式 index formulaが定められており,それに基づいて給与

改定率が算定され,それを中央交渉で確認することになる。このような方式が取られ

ているのは,どちらもストライキが市民生活に大きな打撃を及ぼしうる職種であり,

30 稲継[2000]。さらに,稲継[2005]によると,近年ではワーク・ライフ・バランスの観点からもジョブシェアリングなど雇用形態の柔軟化を積極的に推進している自治体も多いとされる。

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しかも,以前にストライキが実際に行なわれた(最近では消防で 2003年にストライキ

が行なわれた)ことの反省があると考えられる。また,教員についても教員レビュー

ボディーSchool Teachers' Review Bodyによるペイ・レビューがなされ,それに基づい

て政府が給与表を決定することになっている。教員についても集権的な給与決定がな

されており,1965年の教員給与法 the Remuneration of Teachers Actによってバーナム委

員会 Burnham Main Committeeが設置され,以後その決定は地方政府を法的に拘束する

ということになっていた。しかし,70 年代から 80 年代にかけて労使の意見の食い違

いは大きく,1985-86年の大規模な争議行為後の 1987年に新しい教員給与法 Teachers’

Pay and Conditions Actが制定され,教員に関する集団交渉は廃止された。そして,教

員給与アドバイザリー委員会 Interim Advisory Committee on School Teachers’ Pay and

Conditions(IAC)が,教員組合・雇用者・中央政府から提出された証拠を下に教員給

与について検討を行なうことになった。なお,1991年からは IACに代わって現在の教

員給与レビュー・ボディーSchool Teachers’ Review Bodyがレビューと勧告を行なって

いる。

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