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戦略的創造研究推進事業 ERATO 追跡評価用資料 「金子複雑系生命」 プロジェクト (2004.10-2010.3) 研究総括:金子 邦彦 2017 年 3 月

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戦略的創造研究推進事業

ERATO

追跡評価用資料

「金子複雑系生命」

プロジェクト

(2004.10-2010.3)

研究総括:金子 邦彦

2017 年 3 月

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目次

要旨 ........................................................................ 1

プロジェクトの展開状況 (まとめ図) ............................................ 3

第 1 章 プロジェクトの概要 ................................................... 4

1.1 研究期間 ................................................................. 4

1.2 プロジェクト発足時における科学技術や社会の背景 ........................... 4

1.2.1 科学技術の背景 ....................................................... 4

1.2.2 社会の背景........................................................... 5

1.3 プロジェクトのねらい ..................................................... 6

1.4 研究体制 ................................................................. 7

1.5 プロジェクト終了時点での研究成果やその意義 ............................... 8

1.5.1 複製 ................................................................ 8

1.5.2 適応 ............................................................... 13

1.5.3 発生 ............................................................... 16

1.5.4 進化 ............................................................... 19

1.5.5 共生および多様性 .................................................... 21

1.5.6 解析技術 ........................................................... 22

1.5.7 基礎理論 ........................................................... 23

第 2 章 プロジェクト終了から現在に至る状況 .................................. 25

2.1 各研究テーマの現在の状況 ................................................ 25

2.1.1 調査方法 ........................................................... 25

2.1.2 競争的研究資金の獲得状況 ............................................ 26

2.1.3 論文の発表状況 ...................................................... 28

2.1.4 特許の出願・登録状況 ................................................ 33

2.1.5 招待講演 ........................................................... 33

2.1.6 各研究テーマの現在の状況のまとめ .................................... 33

2.2 プロジェクト参加研究者の活動状況 ........................................ 39

2.3 2 章のまとめ ............................................................ 43

第 3 章 プロジェクトの成果の波及と展望 ...................................... 44

3.1 科学技術への波及と展望 .................................................. 44

3.1.1 学術的な新発見や発明による科学技術の波及 ............................ 44

3.1.2 新規な理論や概念の提唱 .............................................. 44

3.1.3 新たな研究領域や研究の潮流の形成 .................................... 45

3.1.4 科学技術への波及のまとめと展望 ...................................... 46

3.2 社会経済への波及と展望 .................................................. 47

3.2.1 仮想ネットワーク制御への応用 ........................................ 47

3.2.2 無細胞タンパク質合成キットの実用化 .................................. 48

3.2.3 その他の社会的波及効果 .............................................. 49

3.2.4 社会への貢献........................................................ 49

3.2.5 社会経済への波及のまとめと展望 ...................................... 50

【引用文献】 ............................................................... 51

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1

要旨

「金子複雑系生命プロジェクト」(2004~2009 年度)は、生命システムの普遍的性質を定

量的レベルで理解するための新しい学問分野を確立することを目標とした。この学問体系

創出に向けて、個々の要素と全体の間のダイナミックな相互作用として生命システムを論

理的に理解する「複雑系生命科学」と、今存在する生物にこだわらずに最低限だけ現生物

と共有するシステムを構築し、そこから普遍的性質を実験的に抽出する「構成的生物学」

との融合が図られた。

具体的なプロジェクトの運営方針は次の 3点であった。ⅰ)生命の基本的性質である、細

胞の複製、外界への適応、多細胞システムでの細胞分化や発生過程、表現型の進化、個体

間相互作用による共生といった異なる階層での現象を取り上げ、それらを実験的に構成し

ていく。ⅱ)構成系での測定を通して、生命システムが持つ柔軟な機能を細胞状態のダイナ

ミクスやゆらぎをもとに数理解析することで基本的原理を探求する。ⅲ)そのためには、対

応するモデルを考え、そのシミュレーションを通して系の普遍的法則を探り、それが成立

する論理を数理的に抽出するという、実験-モデル-理論の協同作業を進める。

プロジェクトの主な成果は、ⅰ)リポソーム内の RNA自己複製反応に成功し、人工細胞の

基盤を構築、ⅱ)小数分子コントロール説や細胞が再帰的増殖するための一般則を確認する

とともに、複製系の成分量のゆらぎが対数正規分布をなすことを発見、ⅲ)シグナル伝達系

がなくても環境に適応できるというアトラクター選択の概念を提唱、ⅳ)細胞性粘菌が多細

胞体である子実体に分化する時の cAMP(サイクリックアデノシン 3’,5’- 一リン酸)シ

グナリングの機構を解明、ⅴ)細胞内ダイナミクスと細胞間の相互作用により、幹細胞が分

化するという「幹細胞カオス説」を進展、ⅵ)進化実験において、進化を通してゆらぎが増

幅し可塑性を回復する現象を発見、ⅶ)表現型ゆらぎが進化速度に比例し、発生過程でのノ

イズに対する安定性が進化安定性をもたらすことを明示、ⅷ)マイクロアレイ解析アルゴリ

ズムを開発し、解析精度を 2桁アップ、などである。

金子研究総括は、これらの成果を英語版と日本語版の成書として纏めるとともに、複雑

系生命科学の国際シンポジウムを開催した。プロジェクトの事後評価報告書は、プロジェ

クトが多くの若手研究員を輩出したことも併せて、「金子複雑系プロジェクト」が複雑系生

命科学の一つの基盤を築いたと評価している。

文部科学省は 2011年度 (平成 23年度)の戦略目標に「生命現象の統合的理解や安全で有

効性の高い治療の実現に向けた in silico/in vitro での細胞動態の再現化による細胞と細

胞集団を自在に操る技術体系の創出」を掲げ、理論と実験の両面から生命を理解する「生

命動態システム科学」研究の推進を決定した。これを受け、金子研究総括は「複雑生命シ

ステム動態研究教育拠点」を 2013年度に立ちあげ、細胞性粘菌の研究を進展させるととも

に、薬剤耐性菌の耐性機構を遺伝子発現のゆらぎから解明するなどの研究成果を出した。

グループリーダーであった四方教授は自身の ERATO「四方動的微小反応場プロジェクト」

を立ち上げた。プロジェクト成果であった人工細胞系の研究を発展させ、膜タンパク質の

人工進化系の開発や、細胞分裂も可能な人工細胞系の構築に成功している。他のグループ

リーダー達も公的研究資金を獲得し、それぞれ順調に研究を継続している。

金子研究総括の「適応」理論や「複製」理論は、Nature関連誌や Science誌で取り上げ

られ、英語版の成書の書評は Nature誌に掲載された。また、「幹細胞カオス説」は Science

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2

にレビューとして取り上げられた。国内で「生命動態システム科学」が重要視されている

ことも併せて、金子研究総括の「複雑系生命科学」は科学界に着実に浸透発展しているこ

とが窺える。一方で、「複雑系生命科学」は基礎学問であるため、直接的な社会的波及効果

は出ていないが、ITネットワークへの応用やタンパク質合成試薬商品化の芽が出ている。

「複雑生命システム動態研究教育拠点」事業において、金子研究総括は細胞の「動的状

態理論」を完成させることを目標としており、その応用として、「分化多能性の制御」「抗

生物質耐性菌の抑制」「機能を持つ微生物の進化と進化工学」「創薬」「ソフトナノマシン開

発」を挙げている。

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3

プロジェクトの展開状況 (まとめ図)

関連動向

プロジェクト

FUNDS

~2003 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014

金子複雑系生命プロジェクト(2004-2009)

アウトプット・アクティビティ

インパクト

人工複製細胞系の構築(複製)

粘菌を用いた多細胞組織化の動態(発生)

複雑生命システム動態研究教育拠点

人工遺伝子ネットワークでの適応(適応)

2004

COE複雑系としての生命システムの解析

科研費(新学術領域研究研究領域提案型)多時間スケールダイナミクスによるメタルール生成とそれに基づく学習、進化の理論

大腸菌を用いた進化による表現型ゆらぎと進化の関係(進化)

研究目的; 生命システムの普遍的性質を定量的に理解するための新しい学問(複雑系生命科学)を確立し、生命が個々の要素の柔らかさによって部分と全体の間にダイナミックな相互作用を作って安定化する仕組みを理解する

リポソーム内RNA自己複製反応に成功し、人工複製細胞の基盤構築。 ChemBioChem, 2008リポソーム内転写・翻訳を達成PNAS 2002

小数分子コントロール理論を提唱 J. Theor. Biol. 2002

成分の加算性を評価し、無細胞翻訳反応ネットワークの適応度地形が進化しやすいことを明示 Mol Syst Biol 2009

細胞が再帰的増殖するための条件を提示 Phys.Rev.Lett, 2003

複製系の成分量ゆらぎが対数正規分布をなすこと(BIOPHYSICS, 2005)、細胞内分子数が適度な場合に進化できる ( Adv. Chem. Phys. 2005) ことを提示。

遺伝子ネットワーク導入大腸菌で、シグナル伝達系不在下でも適応した状態の選択が起こることを発見。PLoS One, 2006

遺伝子発現と細胞成長の揺らぎにより、シグナル伝達系なしでも適応する仕組みを理論化。PLoS Com Biol 2008

相互作用力学系に基づく細胞分化理論を提唱 J.Thoer.Biol.,2001

細胞性粘菌の1細胞cAMP測定法を開発し、cAMP振動形成と細胞間コミュニケーションの仕組みを明確化。 Science ,2010

遺伝子ネットワークの発生進化モデルを構築し、体節形成の力学系理論を提唱。 PLoS One, 2008

幹細胞カオス説(複雑な発現ダイナミクスと相互作用により多様化が出現し分化に繋がる)を進展。Biology Direct, 2009

揺動応答理論に基づく表現型揺らぎと進化速度の理論提唱。PNAS 2003

進化実験において、進化を通して揺らぎが増し可塑性を回復する現象を発見。Mol Syst Biol, 2009

耐熱性進化実験により45℃でも生育できる耐熱性大腸菌の選抜に成功。Plos Genetics, 2010

表現型揺らぎが進化速度に比例し、発生過程でのノイズに対する安定性が進化的安定性をもたらすことを明示。PLoS One,2007

可塑性の回復を支持する理論を提唱。BMC Evolutionary Biology, 2011

共生および多様性

大腸菌・細胞性粘菌の共生系形成過程は移行・安定化の二段階。BioSystems,2002

大腸菌・細胞性粘菌の共生系形成過程時の遺伝子発現ネットワークの変化を計測。 BioSystems,2009

Monodモデルを拡張し、揺らぎを通した分岐と共存が共生系の維持機構であることを提唱。 Plos ONE, 2008

解析技術

マイクロアレイ解析アルゴリズムを開発し、解析精度を2桁アップ。 BMC Genomics,2007. Bioinformatics,2009

複製・適応・進化・発生

表現型ゆらぎと遺伝子変異による表現型ゆらぎの比例関係を詳説し、進化と発生の関係を定式化 Adv Exp Med Biol, 2012

複製と適応をつなぐ理論を提唱。Phys Rev Lett, 2012

細胞のホメオスタシスと適応性の論理の解明 細胞の「動的状態理論」を完成させる

多細胞システムの集団的安定性の論理の解明 単一細胞と細胞集団の動的整合性を成立させる基本原理を解明する

ゲノム・エピゲノムのダイナミクスと表現型可塑性 細胞内の揺らぎ、ゲノムやエピゲノムの変化を測定し、表現型可塑性や進化の物質・数理科学的基盤を明確にする

抗生物質耐性のパーシスタンス現象を解明Science, 2013

細胞性粘菌の駆動シグナルの機構を解明PNAS, 2013

大腸菌、酵母、動物細胞の進化実験

分化多能性の制御 抗生物質耐性菌の抑制、機能を持つ微生物の進化と進化工学、創薬、ソフトナノマシン開発

微小空間内での反応の再構成。設計技術、1細胞長期培養顕微鏡測定技術、細胞相互作用制御培養技術、

「細胞を創る」研究会」発足 2007

「定量生物学の会」発足 2009

「Life, An Introduction to Complex System Biology」 出版 2006

「生命とは何か(第2版)-複雑系生命科学へ 」 出版 2009

表現型可塑性に基づく種分化理論を提唱。Proc Roy Soc B,2000

International Symposium on Complex Systems Biology開催 2009

人工細胞構築の基盤を完成

顕微鏡下培養装置

ハイスループットタイムラップス録画装置

FACS1細胞計測

幹細胞学カオス説をレビューし、振動する発現ダイナミクスの重要性を指摘。Science,2012

四方哲也GL → ERATO 四方動的微小反応場プロジェクト(2009 – 2014)

人工細胞を使って膜タンパク質を進化させることに成功 PNAS,2013

進化の機能を持った人工細胞の作成に成功 Nature Communication,2013

「複雑系生命科学」研究領域の確立1細胞培養計測装置・技術の開発

生物時計が温度によらずに24時間周期を刻む謎を理論的に解明。PNAS,2013

複雑系生命科学の立場から癌細胞の遺伝子発現特性を詳説。Bioessays,2011

仁科記念賞受賞 2010 金子統括

若手研究者の育成

澤井哲GL → 平成24年度文部科学大臣表彰(若手科学賞)受賞 2012

古澤力GL → 第26回西宮湯川記念賞受賞 2011

1.2.1

1.2.1

1.2.1

1.2.1

小数成分の細胞区画形成における重要性を提示。Phys Rev Lett, 2010

1.5.1

1.5.2

1.5.3

1.5.4

1.5.5

1.5.6

1.5.1

1.5.2

1.5.3

2.2 ①

2.1.6(1)

2.1.6(2)

エピジェネティクなフィードバック機構と適応・進化の関係を議論 PLoS One, 2013

2.1.6(2)

幹細胞発生分化過程における不可逆性と分化安定性を議論 PLoS One, 2011

2.1.6(3)

2.1.6(4)

2.1.6(3)

粘菌の走化性パラドクスを解明 Nature Com, 2014

2.1.6(6)

文部科学省・戦略目標で「生命動態システム科学」研究の推進を表明 2011年

生体ゆらぎをIT仮想ネットワーク制御に応用

無細胞タンパク合成系を試験販売

3.1.1

3.2.1

3.2.2

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第 1 章 プロジェクトの概要

本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

ミクスから、生命システムの普遍的性質を定量的レベルで理解するための新しい学問(複雑

系生命科学)を確立するために実施されたものである。

1.1 研究期間

2004年 10月~2010年 3月

1.2 プロジェクト発足時における科学技術や社会の背景

1.2.1 科学技術の背景

20世紀半ばに成立した分子生物学は、ゲノムの遺伝情報に担われた個々の分子の機能を

知ることで生命現象を理解する立場をとっており、2003年のヒトゲノム全塩基配列解読と

いう大きな成果をもたらした。その後もトランスクリプトーム、プロテオームやメタボロ

ームといったオーム研究を通して多くの有用な知見が得られてきた。一方で、「ゲノムが全

てを支配する機械的生命論」に陥りがちな分子生物学では、細胞がもつ可塑性や柔軟性、

発生の過程で作り出される機能的な形、環境変動に対する適応性、といった生物らしさを

説明することは困難であった。つまり、「生命はゆらぎの多い素過程が数多く絡みあってい

るにもかかわらず、その総体としてうまく働いているという印象を、私たちは漠然と抱い

ている。しかし、ゆらぎの中で可塑性・柔軟性・安定性が調和する生命システムの普遍的

性質をどのように捉え自然科学として探求すべきか、その道筋を模索している」状況にあ

った1)。

生物が持つゆらぎについては古くから認識されていたが、蛍光タンパク質による1細胞

レベルでのゆらぎの測定が可能となり[1]、その意義を定量的に理解する研究が始まった。欧

米では「ゆらぎを抑える仕組み」の研究が多いなかで、金子研究総括は「ゆらいでいるこ

とが生きていることに積極的な意味を持つ」と考え、力学系の立場から生命現象を理解す

る「複雑系生命科学」の研究を、四方哲也(当時:大阪大学・助教授、東京大学助教授を併

任)らと東京大学COE「複雑系としての生命システムの解析」(1999-2003年)2)で進めた。

そこでの主な成果は以下の通りである。

人工細胞創成の基盤となるリポソーム内での DNA→RNA→タンパク質の反応系の構築に

成功した[2]。

再帰的な増殖における小数分子の重要性を議論し、複製系では小数分子が他の分子をコ

ントロールするようになり、結果として情報を担うようになるという理論を提唱した[3]。

複製理論としては細胞内反応の増殖系が再帰的増殖を続けられる場合に、各化学成分の

量を多い順に並べると、量が順位の逆数に比例するという Zipf則を発見し、それが化学成

分と触媒しあうカスケード構造を作っているためであると結論した。対応して、実際の細

胞でタンパク発現量を遺伝子の発現解析で調べ、この法則がみたされることを確認した。

1 ERATO金子複雑系生命プロジェクト事後評価報告書

(http://www.jst.go.jp/erato/research_area/completed/kaneko2.pdf) 2 https://kaken.nii.ac.jp/d/p/11CE2006.ja.html

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これは理論と実験が定量的に合致する例である[4]。

金子と四方は、細胞と細胞の相互作用による表現型の分化が遺伝型の進化を促すという

種分化の理論を提唱した。交配でのえり好み過程を前提とせずに安定した同所的種分化が

おこることを示した[5]。

細胞内部のダイナミクスの不安定性と空間的な相互作用を利用して細胞分化および組織

が形成されることを理論的に示した。細胞が全能性を失い、順次分化していく段階を多様

性の減少として表現し、同時に、多能性を人為的に回復させるためにはある種の遺伝子群

を強制的に導入発現させることが必要との仮説を提案した[6]。

進化については、物理学での揺動散逸定理を一般化して、表現型のゆらぎと遺伝子の進

化の速度の間の比例関係を示す理論を提唱した。さらに、大腸菌の中に、ランダムなアミ

ノ酸配列から作ったタンパクの合成系をくみこんだ系を用いて、蛍光の高いタンパクを合

成するように進化させ、この蛍光のゆらぎと進化速度の関係について、上記理論を実験で

検証した。これにより、理論、実験ともに、表現型の可塑性の変化と進化の間の一般的な

関係、つまり表現型ゆらぎと進化速度との間に正の相関があることを導いた[7]。

大腸菌と細胞性粘菌との共生系を人工的に構築し、共生系形成過程は移行と安定化の 2

段階で進むことを示した[8]。

その他に本 COEには浅島誠の研究グループが参加し、アニマルキャップと呼ばれる未分

化細胞が、アクチビンあるいはレチノイン酸との併用処理により分化を開始し,新しい臓器

をつくることを見出した。金子は力学系の立場から細胞状態の可塑性と絡めてこの実験結

果を考察した。また、菅原正の研究グループも参加し、化学反応系からの人工複製細胞の

構築に取り組んだ。

また、COE における成果を「生命とは何か:複雑系生命論序説」東京大学出版会(2003)

にまとめ、出版した。

以上、本 COEにおいて金子は「実験‐モデル‐理論」の三位一体態勢のもとで、生命シ

ステム理解のための複雑系生命科学の基礎を確立し、ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」

に臨んだ。

1.2.2 社会の背景

文部科学省は2002年度 (平成14年度)に、広範な科学技術の飛躍的な発展の基盤となる重

要分野であり,かつ21世紀の産業の技術革新を先導する分野として、ナノテクノロジー・

材料分野を選定し、10~20年後の実用化・産業化を展望した研究の一つに、「非侵襲性医療

システムの実現のためのナノバイオテクノロジーを活用した機能性材料・システムの創製」

研究を掲げ、戦略目標とした3)。これを受け、独立行政法人科学技術振興機構(以下 JST)は

戦略的創造研究推進事業「ナノテクノロジー分野別バーチャルラボ」を立ち上げ、その一

領域として「ゆらぎと生体システムのやわらかさをモデルとするソフトナノマシン」を設

定した4)。金子複雑系生命プロジェクトは、ゆらぎの中で可塑性・柔軟性・安定性が調和す

る生命システムの普遍的性質を理解することを通して、ソフトナノマシン開発に資する研

3 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpba200501/002/006/0205.htm 4 http://www.jst.go.jp/kisoken/nano/pdf/nanotech_200705.pdf

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究とされていた。

1.3 プロジェクトのねらい

生命システムの普遍的性質を定量的レベルで理解するための新しい学問分野を確立する

ことを目標とした。この学問においては、生命システムが共有する「内部が柔軟に変化で

き、増えていける」という特性に注目し、個々の分子にはよらない普遍的性質を抽出する

ことが主眼である。

この学問体系の創出には理論と実験の整合性が肝要であり、個々の要素と全体の間のダ

イナミックな相互作用として生命システムを論理的に理解する「複雑系生命科学」と、今

存在する生物にこだわらずに最低限だけ現生物と共有するシステムを構築し、そこから普

遍的な性質を実験的に抽出する「構成的生物学」との融合を図る。

具体的には、生命の基本的性質である、細胞の複製、外界への適応、多細胞システムで

の細胞分化や発生過程、表現型の進化、個体間相互作用による共生といった異なる階層で

の現象を取り上げ、それらを実験的に構成していく。構成系での測定を通して、生命シス

テムが持つ柔軟な機能を細胞状態のダイナミクスやゆらぎをもとに数理解析することで基

本的原理を探求する。そのためには、対応するモデルを考え、そのシミュレーションを通

して系の普遍的法則を探り、それが成立する論理を数理的に抽出するという、実験-モデ

ル-理論の協同作業を進める。

図 1-1 プロジェクトの基本概念

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

同時に、複雑系としての生命科学を遂行するためには、細胞内の多くの成分の量の分布

やダイナミクスの測定が必須であり、遺伝子発現の精度の高い解析技術や 1細胞観察技術

などの技術開発を進展させる。

本プロジェクトで対象とした研究テーマとそれぞれの成果目標は次の通りである。

(ⅰ)人工複製細胞系の構築(ゆらぎの制御の法則と論理化)

リポソーム人工複製細胞系を構築し、ゆらぎの大きな素反応の集合である生物がどのよ

うにして全体の動的秩序を作りだしているかを明らかにする。

(ⅱ)適応、応答系の構築(ゆらぎの利用と可塑性、恒常性の論理)

大腸菌細胞内に人工的な遺伝子ネットワーク系を埋め込み、その細胞が環境の変化に適

応して応答できるかを探る。細胞の持つ基本的な性質である環境適応能、恒常性とゆらぎ

の関係を実験と理論の両面から統計的に理解する。

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(ⅲ)多細胞システムの構築(ゆらぎの選択的増幅と分化、多様化の論理の解明)

細胞性粘菌を用いて、細胞集団での細胞のコミュニケーションと細胞内のダイナミクス

を測定することで分化、発生過程のプロトタイプを力学系によって解析し、細胞間相互作

用が作り出す高次生命現象、細胞分化、進化、共生などが大きなゆらぎの中でなぜ可能か

を明らかにする。

(ⅳ)進化の構築(遺伝子型・表現型のマップの可能性)

大腸菌に変異と選択を加えて実験進化を行い、環境ゆらぎのなかで遺伝的多様性がいか

に生じるかを明らかにする。同時に表現型可塑性と進化的安定性の関係、表現型の変化の

遺伝子への固定化の理論を完成させる。

(ⅴ)共生の構築(ネットワークの進化の理論と可塑性の制御とゆらぎの構造への固着化)

人工的な共生系(大腸菌と粘菌等)を構築し、安定した生物間ネットワークが出来上がる

機構を明らかにするとともに、遺伝子発現分布の変化とネットワークトポロジーの変化の

関係を論理的に明らかにする。

(ⅵ)複雑系生命科学のための解析技術の開発

遺伝子発現をより高い精度で測定できる GeneChip システムの解析方法や 1 細胞観測技

術などを開発する。

1.4 研究体制

本プロジェクトは研究総括のもとに設置された 4 グループ(複雑系ダイナミクス解析理

論グループ、複雑系ダイナミクス実験グル―プ、構成的生物学理論グループ、構成的生物

学実験グループ)により運営された。複雑系ダイナミクスの 2グループは研究総括と同じく

東京大学駒場キャンパス 16号館に居を置き、構成的生物学の 2グループは大阪大学吹田キ

ャンパス 情報科学研究棟を拠点とした。

研究実施場所が東京大学と大阪大学とに分散していたが、東京大学 COE「複雑系として

の生命システム解析」(1999~2003年度)で金子研究総括と四方グループリーダーは共同研

究を実施しており、研究総括のリーダーシップのもとで十分な成果を達成できる研究体制

となっていた。

表 1-1 グループの体制

研究総括:金子 邦彦(東京大学大学院総合文化研究科広域化学専攻 教授)

グループ グループリーダー 主な研究分担

複雑系ダイナミクス解析理論

研究員(1名)

研究補助員(1名)

藤本 仰一(~2008 年 12月)

立川 正志(2008年 12月~)

複製、適応、発生、進化

共生

複雑系ダイナミクス解析実験

研究員(2名)

研究補助員(2名)

澤井 哲 発生

構成的生物学理論

研究員(1名) 古澤 力

複製、適応、発生、進化、解析

技術

構成的生物学実験

研究員(4名)

研究補助員(4名)

四方 哲也 複製、適応、進化、共生、

解析技術

技術参事(1名)事務参事(1名)事務員(1名)

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1.5 プロジェクト終了時点での研究成果やその意義

生物の階層構造のそれぞれに対応した理論と実験系を構築し、精度の高い解析技術を開

発することで、ゆらぎの多い素過程が絡み合った生命システムの定量的な理解を可能とす

る多くの研究成果を残した。複製では、リポソーム内での RNA人工複製系の構築に成功し、

複製系の効率の適応度地形を解明するとともに、触媒反応複製系の普遍的な特性を見出し

た。適応、進化、発生においては、ゆらぎを通して異なる階層が結ばれる仕組み、特に、

ゆらぎによりシグナル伝達系なしで適応する仕組みを実験と理論の両面で明らかにした。

また、進化を通してゆらぎが増し可塑性が回復する現象を発見した。1 細胞ダイナミクス

と多細胞集団における相互作用の協働との関わりの理解を進め、粘菌の cAMP 振動形成と細

胞間コミュニケーションの仕組みを明らかにするとともに、細胞分化や形態形成の力学系

理論を提唱した。さらに、マイクロアレイの解析方法を刷新し、発現解析の精度を 2-3桁

向上させることに成功した。

プロジェクト事後評価報告書は、これらの成果は「ゆらぎの中で“可塑性”、“柔軟性”、

“安定性”が調和する生命システムの普遍的性質を捉えるという“未開の地”を開拓し、

複雑系生命科学の一つの基盤を築いた」ものであると評価している5)。

以下に各研究テーマの成果について詳述する。

1.5.1 複製

細胞内ネットワークは膨大な種類のタンパク質、核酸、低分子から構成されており、各

成分の分子数はそれほど多くはなく、かつ大きくゆらいで変動している。細胞がその全成

分の組成を維持しつつ再帰的に複製していくという普遍的性質を、リポソーム人工複製系

の構築と複製系が満たすべき一般的な統計的理論の構築の両面から探求した。

(1)試験管内自己複製実験

本プロジェクトで構築を試みた人工細胞は、RNA

とタンパク合成系からなる遺伝子の自己複製系をリ

ポソームに封入したものである。遺伝子として働く

RNA にコードされた RNA 複製酵素が、翻訳系の働き

により発現し RNAを自己複製する(図 1-2)。

RNA複製酵素として用いる Qβファージ由来の RNA

依存性 RNA複製酵素について、その試験管内複製反

応のカイネティックスを蛍光色素 SYBRⅡ染色によ

る RNA リアルタイム測定法を用いて解析し、RNA 複

製酵素は鋳型 RNAの複製開始部位だけではなく、非

複製開始部位にも結合するという反応モデルを理論

的に提唱した[9]。

人工複製系に含まれる無細胞翻訳系(PURE System)は、114種類の成分からなるネットワ

ークを形成している。各成分が翻訳効率に与える影響の加算性を評価した結果、このタン

5 ERATO金子複雑系生命プロジェクト事後評価報告書

図 1-2 人工複製系簡略図

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェ

クト」報告書)

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パク質翻訳システムにおいては 2次を超える相互作用項の寄与が小さいことがわかり、局

所的な最大最小にとらわれることなく各成分濃度の最適値にたどり着きやすい、つまり、

翻訳系の組成空間における適応度地形が進化しやすいことを明らかにした[10]。

無細胞翻訳系は大腸菌の翻訳系を試験管内で再構成したものなので、大腸菌内の他のタ

ンパク質との相互作用を検討した。大腸菌の 4194 種類の ORF(オープンリーディングフレ

ーム)から各タンパク質を試験管内でそれぞれ発現させた後、GFP(緑色蛍光タンパク質)遺

伝子を加えて GFP 翻訳量を蛍光強度により測定した。その結果、翻訳量を増加させる ORF

が 344、減少させる ORF が 161個見出された。特に効果が高いもの 6個 (HrpA, Orn, PhnH,

SlyD, Tig, TrxC) について、タンパク質を精製してその効果を再確認した[11]。

次に、RNA の自己複製に対する翻訳速度の影響を調べるために、リボソーム濃度を変え

た時の複製酵素の翻訳量、及び翻訳された酵素による RNA複製量(-鎖合成)を調べた。そ

の結果、複製酵素の翻訳量はリボソーム濃度に比例して増加するにもかかわらず、RNA 複

製量がむしろ低下することが分かった。この結果は、カイネティックモデル(発現した複製

酵素はリボソームが結合した状態の+鎖 RNA にも結合し、翻訳と-鎖合成反応が同じ RNA

上で競合することにより反応が停止する)により、定量的に説明することが可能で、効率の

よい RNAの自己複製には翻訳と複製のバランスが重要であることが示された[12]。

(2)リポソーム実験

細胞のように成分の種類が多く、かつ各成分の濃度が少ないシステムでは、小数成分が

関わる成分のばらつきやゆらぎがシステム全体の振る舞いに影響を与える。また、原始の

細胞ではそのサイズや構造も大きなゆらぎを持つ。生命は進化の過程でこれらのゆらぎを

制御するメカニズムを獲得したと考えられるが、本プロジェクトでは制御システムが存在

しない人工複製細胞モデルを構築し、ゆらぎやその制御システムに関する基礎知見を探求

した。

①反応場としてのリポソーム内部体積、膜量のゆらぎ

脂質 2重膜からなる小胞であるリポソームは凍結乾燥覆水法により作成した。膜体積量

を求めるために赤色蛍光物質で修飾された脂質(BODIPY-RED-UA)を用い、内部水相体積を調

べるために緑色蛍光タンパク質(GFP)を封入し、作成したリポソームの大きさや形状のばら

つき、すなわちゆらぎを蛍光セルソータ(Fluorescence-activated cell sorter; FACS)を

用いて測定した。FACS による計測は世界的に例がなく、統計的に有意なサンプル数

(>1000)でリポソームが持つ多次元なゆらぎを定量する画期的な方法である。

リポソーム集団には少なくとも 2種類の構造があり、それぞれが膜体積、内水体積にゆ

らぎを持っていることが分かった。リポソームの大きさの違いは、リポソームの安定性や

物質の取り込み能などの性質も広くゆらいでいることを示唆しており、原始細胞の進化能

においても重要な役割を果たした可能性がある[13]。

また、W/O エマルジョン遠心沈降法により物質内封率がよい一枚膜(ユニラメラ)リポソ

ームも作成し、そのサイズや膜多重度のゆらぎを体系的に調べた[14]。

②リポソーム内転写・翻訳カスケード反応

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リポソーム内自己複製システム構築の前段階として、リポソーム内での DNAからの転写、

翻訳というカスケード反応について、その反応効率とゆらぎの大きさを測定した。GFP コ

ードプラスミドと無細胞翻訳系をリポソームに封入して GFP合成反応を行い、個々のリポ

ソームの内部体積と GFP合成量とを FACSを用いて測定した。その結果、リポソーム内での

反応効率は試験管内反応のそれの 1/10であり、小さいリポソームほど合成効率が高いこと

や、同一体積のリポソーム集団での合成率には大きなばらつきがあること、さらに、大腸

菌サイズのリポソーム内での GFPのゆらぎはと大腸菌でのそれよりも大きいことが示され

た。リポソーム内の反応はそのサイズ、封入効率、反応効率等の影響で大きくゆらいでい

ることが分かった。

③リポソーム内反応の進化可能性

人工細胞の満たすべき重要な性質は進化することである。ゆらぎの制御されていないリ

ポソーム内での進化可能性を、蛍光強度が 8 倍違う 2 つの GFP 遺伝子(GFPuv2 < GFPuv5)

を用いて検討した。それぞれをコードしたプラスミド pETG2tag、pETG5tag を 0.85:0.15

の割合で混合し、無細胞翻訳系と共にリポソームに封入した。合成された GFPの蛍光強度

を指標に FACSを用いて選択し、蛍光強度の高い GFPuv5が濃縮されるかを検証した。その

結果、リポソームの内封液量が少ないほど濃縮率が高くなった。小さいサイズのリポソー

ムであれば封入される遺伝子の数が少なくなり、その結果、ゆらぎの大きなリポソームで

も進化し得ることを示したもので、リポソーム複製系においても小数分子制御機構[3]が働

くことを意味している[15]。

④リポソーム内での自己複製系の構築

情報分子としての RNA には大腸菌 Qβファージの持つ RNA 依存性 RNA 複製酵素と、FACS

で RNA 複製を検出するためのβガラクトシダーゼの相補鎖がコードされている(MDV-β

(+)Gal(-))。この RNA の相補鎖 MDV-β(-)Gal(+)が反応液中で複製されると、そこからβ

ガラクトシダーゼが翻訳され、その酵素活性により蛍光物質が生産される系になっている。

リポソーム内部に無細胞翻訳系と共に MDV-β(+)Gal(-) RNA、βガラクトシダーゼの蛍光

基質である CMFDG(5-chlorome-thylfluorescein di-β-D-galactopyranoside)、リポソー

ム体積を算出するための赤色蛍光タンパク質 PE(R-phycoerythin) を加えて反応を行った。

PEの蛍光強度から各リポソームの内部体積を、RNA複製の指標となるβガラクトシダー

ゼ反応産物の緑色蛍光を FACSで検出した。図 1-4 Aから MDV-β(+)Gal(-)を加えた場合に

高い緑色蛍光を発するリポソームの数が増えており、リポソーム内部でも設計された自己

複製反応が進行していることが示された。観察された複製反応がリポソーム内で起きてい

ることを直接的に検証するために、赤色蛍光ラベルされた脂質で調製されたリポソーム内

での複製反応を実施し、赤色に囲まれたリポソーム内で緑色の蛍光の生成が見られること

を確認した(図 1-4 E)[16]。

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図 1-3 ガラクトシダーゼ遺伝子を相補鎖

に組み込んだ RNAの反応スキーム 図 1-4 リポソーム内での自己複製反応

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書 図 1-3,1-4)

(3) 理論

細胞が再帰的に増殖していくための理論的な条件、進化が進行していく条件、あるいは

増殖を安定して続けるような反応ネットワークの構造やダイナミクスにおける普遍的な統

計性を理解するために、細胞内の最低限の性質を抽出したモデルを考え、そのモデルの性

質から再帰的増殖における普遍性について解析を行った。

図 1-5 細胞モデル

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

①遺伝子発現の Zipf則の普遍性とその状態への適応過程

細胞モデルの概要は次の通りである(図 1-5)。確率的な細胞内の化学反応のダイナミク

スを持ち、外部から栄養を取り込みつつ分裂していく細胞で、内部に k種類の分子があり、

それらの間で xi + xj → xk + xj という形の反応を考える。こうした反応が多数あり、そ

れらが触媒反応のネットワークを形成しているとし、触媒反応の起こる i, j, m の組み合

わせは一定の確率pでランダムに決められているとする。一部の分子は拡散係数 Dで細胞

膜を透過できる。細胞は外部環境に与えられている栄養成分を取り込んで、内部の触媒ネ

ットワークにより膜を透過できない他の分子に変換し、細胞内の総分子数を増加させてい

く。細胞内の総分子数が一定値 Nmaxを越えた場合には、細胞は分裂しランダムに選ばれた

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半分の分子から娘細胞が形成される。

先行研究で、拡散係数 Dがある適当な臨界値 Dcの近傍において細胞は再帰的に増殖する

こと、細胞内の各成分は多い順番に並べると、成分量と順位が逆比例するという Zipf則に

従うことを示していたが(1.2.1 参照)[4]、更に、増殖速度が大きく再帰的に複製できるよ

うにパラメーターを選んだモデルでもこの法則を確認した[17]。

②複製系の成分量ゆらぎの基本法則

上記の細胞モデルにおいてそれぞれの成分の分子数が細胞分裂時にどれだけあったかを

累積しヒストグラムを作り、その分布を調べた結果、D=Dc 付近の状態では成分量の分布

は対数をとった量がガウス分布に近づく、つまり対数正規分布をなすことが見出された(図

1-6)。

蛍光タンパク質遺伝子が導入された大腸菌を用いて、細胞ごとの蛍光タンパク量を測定

したところ、やはり分布は大きい方にテイルを持つ対数正規分布に近いものになっている

ことを実証された。このように、同じ遺伝子を持つ細胞でもその中の各成分の濃度は細胞

ごとに大きくゆらいでおり、そのゆらぎは、細胞内の反応でのゆらぎと細胞分裂による増

殖の効果に起因するものと考えられる [18]。本論文の著者らは、2012 年度に第 1 回

Biophysics 論文賞を受賞した(添付資料 D)。

図 1-6 各成分の分子数の細胞にわたる分布 (出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

③複製系の進化の条件

初期段階での細胞増殖系が複製して進化していく条件を考察するために、複製できる分

子の触媒ネットワークのモデルを用いてシミュレーションを実行した。その結果、細胞内

の触媒の手の数が適度につながっている場合に再帰的に増殖するネットワークが見出され、

細胞内の分子数が適度な場合に時間とともにより増殖速度が大きい方に進化できること、

および再帰的な増殖状態は分子数が少ない成分によってコントロールされており、進化は

その成分が消滅して別な成分に入れ替わっていくことで起こることが示された[19]。

④触媒反応と細胞複製系のギャップを埋めるための理論的研究

生命システムの特徴は非平衡状態にあるが、複雑な化学反応の集合系でそのような非平

衡状態の維持がいかにして可能かを、外部からの流入がなく、且つ、エネルギー状態を考

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慮した反応ネットワークモデルで考察した。その結果、触媒反応ネットワーク系に、物理

現象のガラス状態と同様の特性、いわば「化学反応ガラス」と名付けるべき状態が普遍的

に存在し、非平衡性の長期維持を可能としていると考えられた[20]。

細胞内の成分の中にはその個数が非常に小さいものある。このような場合に、濃度とい

った連続での記述よりも、分子数の 0,1,2といった離散性が重要になる。分子数がそれほ

ど多くない、多成分の触媒反応の振る舞いを調べた結果、分子数が少なくなると、いくつ

かの準定常状態をスイッチしていくことが起こり、各準定常状態への滞在時間分布がべき

乗則に従うことを見出した。これは起こりうる反応を触媒する成分が無くなった結果、反

応がつっかえてしまう「渋滞」(jamming) 現象として理解されるものである[21]。

1.5.2 適応

細胞は一般に内部の遺伝子発現や代謝成分を変化させて、様々な環境に対して適応して

いる。その仕組みとしてシグナル伝達系を用いた if-then 型の制御機構が良く知られてい

るが、本プロジェクトでは、if-then 型の機構が無くても、細胞内の過程に常に付随する

ゆらぎによって適応が起こることを実験と理論の両面から「アトラクター選択」という概

念に基づき検証する。

力学系では、細胞の状態を遺伝子発現量や化学成分の濃度の組で捉え、その時間的変化

を状態空間の中での軌跡として表現する。時間変化の結果、状態がある一定の点へ落ち込

み静止する場合、この定常状態がアトラクターと呼ばれる。多細胞生物の分化の場合、個々

の分化細胞の表現型はそれに対応した個々のアトラクターと考えることができる。幹細胞

のように多能性の未分化細胞から多様な分化が起こる現象や、分化細胞を可逆的に未分化

状態に戻すことが困難であるという現象は、このアトラクターモデルによってよく説明さ

れている。

ここでは、大腸菌に人工遺伝子ネットワークを導入し、2 つの表現型アトラクターを持

たせ、ゆらぎを利用してアトラクター間の遷移が起こり、結果としてシグナル伝達系なし

での適応が生じるかを調べた。

(1)実験

①手法

図 1-7遺伝子発現ネットワークの概略図 (出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

大腸菌に図 1-7のような遺伝子ネットワークを導入した。このネットワークでは 2つの

プロモーター (Ptrc, Ptet) とその下流に接続されているリプレッサー (TetR, LacI) と

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の組み合わせにより、一方のプロモーター下の発現が、もう一方のプロモーター下の発現

を抑制する。これにより、外部から与える誘導剤濃度に依存して、発現がどちらか一方に

傾く 2重安定状態となり、細胞は同一の遺伝子を持ちながら 2種の表現型アトラクターを

持つことになる。このネットワークにレポーター蛍光タンパク質(GFPと RFP(赤色蛍光タン

パク質))と代謝に必須の酵素遺伝子(Xと Y) を接続し、環境に適応できるような表現型ア

トラクター選択が同一細胞内で起こるかをみた。

②プラスミドでネットワークを導入した大腸菌における適応的アトラクター遷移

酵素遺伝子として、マウス由来ジヒドロ葉酸リダクターゼ遺伝子(mdhfr)とグルタミン合

成酵素遺伝子(gls-h)を用い、培地中のジヒドロ葉酸リダクターゼ阻害剤とグルタミン濃度

を変化させた。

M培地中におかれると GFP発現量が多い、グルタミン合成酵素発現アトラクターになり、

T 培地中では RFP 発現量が多いジヒドロ葉酸リダクターゼ発現アトラクターになることが

観察された(図 1-8)。フローサイトメーターを用いて細胞数の時間変化を計測し、同一細

胞においてこのアトラクター遷移が起きたことを確認した。ここで重要なことは、特別な

シグナル伝達系がないにもかかわらず、環境変化への適応が生じたことである。

図 1-8アトラクター選択による環境適応

M:グルタミン酸を含まない最少培地。N:Mにグルタミン酸を加えた培地

T:ジヒドロ葉酸リダクターゼ阻害剤を加えた培地

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

さらに、細胞の環境適応度、発現産物濃度、遺伝子の発現ゆらぎ、タンパク質の合成と

分化速度を考慮したモデルを構築し、遺伝子の発現ゆらぎを利用して適切なアトラクター

遷移が起こることを説明した。このモデルの本質は環境への適応度に依存して、アトラク

ター強度に対するゆらぎの相対的強度が増減し、非適応的アトラクターから適応的アトラ

クターへの遷移が起こりやすくなるというものである[22]。本知見は、生物が短い時間スケ

ールで環境変化に適応する新しい機構を発見したものとして、Nature Reviews Genetics

に取り上げられた[23]。

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③本来の転写制御を用いない適応的遺伝子発現

大腸菌を用いて、既存の遺伝的プログラムから切り離された人工の遺伝子発現制御機構

を構築し、その下流にアミノ酸合成酵素の酵素遺伝子を配置し、未経験な環境変化や遺伝

プログラムの変更に対して柔軟な環境適応が可能かを検証し得るシステムを構築した[24]。

図 1-9 人口の遺伝子発現制御機構

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

図 1-9 の geneA として 124 種の酵素遺伝子から 14 種類を選別導入し、アミノ酸枯渇に

対して外来の制御下(誘導剤ドキソサイクリンによる発現調節)での発現量変化(GFP 蛍光

強度)を調べた。その結果、対応するアミノ酸が枯渇した際に適応的な応答である発現量の

増加が観察されたものがあり、要求された遺伝子の発現量を増加させる柔軟なアルゴリズ

ムの存在が示された(2.2 ①(c)参照)。

④顕微鏡下培養による 1細胞リアルタイム計測系の構築

培養観察中に培地の栄養組成などを制御し、顕微鏡下で大腸菌1細胞をリアルタイムで

蛍光計測できる顕微鏡下培養装置を開発した。また、大腸菌が増殖して密集した状態とな

っても個々の細胞の蛍光強度を高い定量精度で計測できる画像処理システムも開発した。

⑤細胞内遺伝子産物濃度ゆらぎ成因の定量的解析

タンパク質の細胞内ゆらぎのうち、転写翻訳過程での確率性と分解過程での確率性に起

因する成分(内因性ノイズ)についてはよく調べられているが、それ以外の成分(外因性ノイ

ズ)については不明な点が多い。外因性のうち、特に細胞の体積成長に伴うノイズを前節の

1 細胞リアルタイム測定系を用いて定量計測し、タンパク質の細胞内濃度ゆらぎへの寄与

を調べた。その結果、細胞の体積成長率のノイズは、外因性として数十%の寄与を示すこと

が分かった。ここで注目した体積成長率ノイズは細胞のグローバルパラメーターであるた

め、細胞内の全ての因子の希釈過程に影響を及ぼすことで、高濃度で減衰しないゆらぎの

性質を与え、多様性の維持に貢献していると考えられる[25]。

(2)理論

前節で、細胞内ダイナミクスのゆらぎによって、細胞が適切な状態(アトラクター)を選

択するという考えを示したが、遺伝子ネットワークと代謝ネットワークを持つ細胞モデル

を構築し、そのモデルを用いてアトラクター選択が可能かを理論的に検証した。

図 1-10 のモデルにおいて、ある遺伝子の発現の時間発展は、タンパク質の合成、分裂

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による希釈、そしてゆらぎにより記述される。シミュレーションの結果、ランダムに選ば

れた初期条件から始めるとダイナミクスはある一つの状態に落ちるが、その状態での増殖

速度が小さい場合には、ゆらぎの影響が大きくなり、結果としてその状態から遷移してし

まう(図 1-10 右の Time<5500 の領域)。遷移後の状態ではゆらぎの影響が小さくなり、そ

こに留まる。こうしたゆらぎの影響の変化により、if-then 型の制御メカニズムが存在し

なくても、環境に応じた適切な状態を選択することが可能となることが示された[26]。

図 1-10モデルの概念図(左)とモデルの典型的な振る舞い(右) 左図の赤と緑の矢印は発現促進と抑制を示し、遺伝子と代謝反応は1:1で対応している。

右図 Aの横軸は時間で縦軸は遺伝子発現量。Bは増殖速度の時間変化

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

さらに様々な環境変化に対する柔軟な適応が、負のフィードバックと正のフィードバッ

ク回路の組み合わせにより一般的に生じることを示し、その本質を力学系の分岐解析によ

って明らかにした[27]。

1.5.3 発生

安定した発生系の仕組みの理解には、比較ゲノムなどから得られる系統の歴史性に関す

る知識だけではなく、表現型と遺伝子型の間の動力学的性質を踏まえた基礎的な枠組みの

構築が必要である。一般に、進化や発生において安定な系の出現を考える際に、フレキシ

ブルなマクロ構造形成機構の理解に加え、それらが高度化してマクロ構造が複雑化すると

いう、二つの局面からのアプローチが求められる。本プロジェクトでは、1細胞内のゆら

ぎが多細胞のマクロなパタンのゆらぎへ如何に影響するかという視点から細胞性粘菌のパ

タン形成を解析した。

理論においては、形態形成と細胞分化という発生の基本に関して、非線形力学と進化シ

ミュレーションを併用して新しい概念を提案した。

(1)実験

細胞性粘菌は飢餓状態に陥ると、走化性誘引物質である cAMPを誘因信号として集合し、

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17

体細胞体制を構築する。この際に展開される cAMPの振動と波は発生における自己組織化の

代表例である。自己組織化において未解決の課題は、1) 最初のランダムな cAMPの発火が

いかにして起こるのか、 2) ペースペーカーはどのようして決まるのか、3) 波の起源とな

るゆらぎは何か、という 3点であった。

図 1-11 細胞性粘菌の生活環(左図)と寒天状にトラップされた細胞の観察結果(右図) 左図:数十万個の細胞によって形成される cAMP 波(5hr)を手がかりに集合し(8hr)、移動体

(18hr)は適当な環境で子実体を形成する。右図:飢餓処理後 3時間(A)と 11時間(B)の細胞の

様子と、各細胞の細胞内cAMPの時間変動の様子(C)。

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

これらの課題を解決するために、まず、ハイスープット・タイムラップス録画装置を新

たに開発し、およそ 24 時間のサイクルの生活史を持ち、数ミリの空間スケールで活動する

粘菌の時空間的なデータを所得した。さらに、蛍光共鳴エネルギー移動 (FRET)を用いた

cAMP センサー蛍光タンパクを応用することで、1 細胞レベルでの粘菌細胞内の cAMP を可

視化することに世界で初めて成功した(図 1-11)。

得られた実験データを理論グループと共同で解析した結果、1) 初期のランダムな発火は、

1細胞レベルの興奮性が pMレンジで閾値下の振る舞いを起こしていることに起因し、確率

的に誘起される集団的な性質であることを明らかにした。2) ペースペーカーについては、

cAMP 発火の頻度が細胞外 cAMP 濃度依存的であることが解明されたことによって、大域的

にまた時間平均として、nM レンジの細胞外 cAMP が溜まりやすい環境にいる細胞集団であ

ることが示された。3) 波の起源とゆらぎについては、細胞の閾値下の振る舞いが、細胞外

cAMP の分子ゆらぎが入りやすい小数分子の状況で生じていること、また、細胞外 cAMP を

分解するホスホジエステラーゼの遺伝子発現が確率的であることの 2 点を明らかにした[28](本論文はプロジェクト終了後の 2010 年に発表された)。細胞性粘菌と同様の振動現象

は、様々な生物種のホルモン分泌などで知られており、それらの分子機構と機能の一般性

の理解を通して、再生医療や情報処理などの応用面への発展が期待される6)。

6 http://www.u-tokyo.ac.jp/public/pdf/220423.pdf (東京大学ニュースリリース)

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(2)理論

①体節形成の基本メカニズムとその進化

節足動物、脊椎動物、環形動物では、ある遺伝子発現の空間パタンが前後軸方向にスト

ライプ状に現れ、体節形成を誘導する。節足動物では、ストライプを一つずつ形成する短

胚型発生から、同時に形成する長胚型発生へ進化したと考えられているが、遺伝子ネット

ワークで何が変化したかは明確ではない。ここでは、遺伝子ネットワークの発生進化モデ

ルを構築し、計算機上で進化させることでパタン形成機構を調べた。

その結果、短胚型に属するネットワークには FBL (Feed-Back Loop:ある遺伝子から出

た調節経路が他を経由して自身に戻る)が、長胚型には FFL (Feed-Forward Loop:ある遺

伝子から別の遺伝子への経路が同じ方向に複数あり、逆の経路 feed-backがない)が、常に

含まれることを発見した。これをもとに、節足動物の短胚型から長胚型への進化転移にと

って、変異に対する安定性と発生のスピードが重要であることを示した[29]。

②細胞分化

多細胞生物の発生過程では、全てのタイプの細胞へ分化する能力(全能性)を持つ細胞か

ら、一部の細胞のみに分化する能力を持つ幹細胞や、分化能を失った末端細胞が分化して

くる。すでに胚性幹細胞(ES 細胞)で特異的に発現し、分化能に関与する遺伝子群は同定さ

れているが、そうした遺伝子の羅列だけでは分化能のメカニズムを理解することは難しい。

本プロジェクトでは、遺伝子や細胞間の相互作用によってどのような細胞内外のダイナミ

クスが生み出され、それがどのようにして細胞状態の多様性を生み出すかを「幹細胞カオ

ス仮説」を提唱して論じた。

先行研究[6]で、内部反応ダイナミクスを持つ細胞の相互作用により細胞分化過程が生じ

ることを示していたが(1.2.1 参照)、それは細胞内の多様性が出現した系のみに注目した

ものであった。ここでは、遺伝的アルゴリズム(GA)を用いて細胞状態の多様性を適応度と

したモデルを構築した。

多数の遺伝子が相互に発現を促進/抑制しあう遺伝子ネットワークにおいて、遺伝子発現

量の制御は 1, -1, 0 のいずれかの値(それぞれ、発現の促進・抑制・無相互作用に対応)

を要素に持つ制御マトリックスによって表現され、細胞は、拡散による細胞膜を通じた細

胞内外のタンパク質輸送を通して互いに相互作用している。ランダムな初期ネットワーク

群から高い適応度をもたらす制御ネットワークを選択し、それに制御パスの追加/削除を施

すことを繰り返すことで、高い適応度を持つネットワークを得ることが出来た。

複数の GAシミュレーション系列を調べたところ、多様な細胞への分化能を持つ幹細胞タ

イプの発現ダイナミクスは、図 1-12 (a)で示すような複雑に振動するダイナミクスを示し、

微小な細胞状態の差異が増幅される性質、つまりカオス的な軌道不安定性が存在した。一

方で、分化してきた細胞の状態はより単純な内部ダイナミクスを持つ(図 1-12 (b)-(e))。

図 1-12 (b)のような分化した細胞を一部取り除くと、それを補うように幹細胞タイプ (a)

の細胞からその細胞への分化頻度が増加し、細胞構成比が回復するという、外部摂動に対

する安定性も見られた[30]。

Page 23: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

19

図 1-12分化過程の一例

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

この「幹細胞カオス仮説」によれば、細胞が他のタイプに分化する能力はその遺伝子発

現ダイナミクスのカオス的変動で表現され、このような細胞の有無は細胞集団の可塑性に

も関係すると予想される。この観点から、昆虫の足の再生過程[31]や、アニマルキャップの

薬剤分化実験結果[32]を説明できることも示した。

1.5.4 進化

先行研究で、ある機能に対する進化が進むとゆらぎも進化速度も減ることを示した

(1.2.1 参照)[7]。この考えでは進化が進むと揺らぎが小さくなり、いつかは進化できなく

なることが予測されるが、本プロジェクトでは厳しい条件での個体選択実験を通して、ゆ

らぎが増大した変異体が出現することを見出した。この増大に、細胞成長と遺伝子発現と

の干渉が関係することが示唆された。

理論的には、同一遺伝子個体間の表現型ゆらぎと遺伝子分布による表現型ゆらぎの間に

比例関係が成り立つことを発見した。

(1)実験

①表現型ゆらぎと進化能

大腸菌に、N 末端に人工ランダムポリ

ペプチド(RP、149 アミノ酸塩基長)遺伝

子を融合した GFPを過剰発現させ、FACS

を用いた蛍光強度測定により、GFP 蛍光

強度の高い細胞のみを選択する系を構築

した。この系では、GFP 蛍光強度が RP溶

解性の指標となるため、FACS選択により

RP の進化を評価することができる。RP

の変異体集団を作製し、3 サイクルの進

化実験を実施した。

その結果、蛍光強度の高いピーク値と

低い半値幅を持つ変異体(ナロー変異体)だけではなく、半値幅の大きい変異体(ブロード変

図 1-13 ブロード変異体(B)とナロー変異体(C) (出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

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20

異体)が出現することが発見された(図 1-13)。また、ブロード変異体の GFP 強度のゆらぎ

は、プラスミドコピー数のばらつきによるものではなく、細胞内の GFP mRNA 量のばらつき

が要因であることも確認した。

本研究では、進化を通して表現型ゆらぎが保たれることが見出された。これは、先行研

究でのコロニーレベルでの選択条件と異なり、個々の細胞レベルで高い蛍光強度を持つ細

胞を選択する実験を行った結果である。実際、自然界での選択は個々の細胞が対象となる。

今回観察された表現型ゆらぎの向上は、表現型の多様性を与えていることを示唆している[33]。

②大腸菌の耐熱進化

変異のかける領域をゲノムレベルに広

げることにより、複雑なシステムである

細胞を適応進化させ、その遺伝子型変化

と表現型変化の相関をしらべることを目

的に、大腸菌の高温適応進化を研究した。

大腸菌を、指数増殖を維持するように 24

時間サイクルで新しい培地に植え継ぎ、

比増殖速度がある高い値に安定したら培

養温度を 2度ずつ上げていく方法で耐熱

進化実験を実施した。523 日の経代培養

の結果、大腸菌祖先株 (Anc) から

44.8℃でも増殖可能な大腸菌株 (45L)が

得られた。改良した GeneChip 法 (1-5-6

参照)を用いてゲノム配列を比較したところ、45Lでは多くの塩基置換が検出された。

高温適応進化過程を追うため、比増殖速度を適応度の指標として、進化過程における表

現型の変化を定量した。培養温度を上昇させると比増殖速度は減少するが、約 30日間植え

継ぎを継続すると比増殖速度が急激に回復すること、回復後は緩やかに上昇することが観

察された。この二段階適応の各過程においては、増殖能を高めるための異なる分子機構が

働いていることが示唆された[34]。

(2)理論

細胞や遺伝子ネットワークモデルのシミュレーション、進化安定性の分布理論によって、

進化と表現型ゆらぎの関係を定式化し、さらに安定性の進化の条件を求めることを目的と

した。

まず、1.5.1 (3)の細胞モデルを使って、ゆらぎと進化速度の関係を調べた。1000 種類

のネットワークの中から、ある特定の化学成分の量が多いものを選択し、ある変異率でそ

のネットワークのパスをつなぎかえて次世代の 1000 種のネットワークを作り、再度選択す

る操作を繰り返して、特定した成分量が多い「細胞」を進化させた。ここで、同じネット

ワーク(遺伝子)を持った細胞でも、この成分量はゆらぐ。この分散(正確には成分の log の

分散)が揺動であり、世代ごとにその成分量(正確にはその log)がどれだけ増加したか(進

図 1-14 実験室内高温適応進化

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

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21

化速度)が応答である。数値計算の結果、この両者は比例しており、先行研究 (1.2.1 参

照)[7]で提唱した進化揺動応答関係を再確認した[35]。

Fisherの自然選択の基本定理によれば、進化速度は「遺伝子のゆらぎがもたらす表現型

ゆらぎ」に比例している。そこで、「同一遺伝子を持った個体間での表現型ゆらぎ:Vip」

と「遺伝子の分散による表現型ゆらぎ:Vg」との関係を論じた。遺伝子型 aと表現型 xを

変数として同等に扱い、2 変数分布 P(x;a)が存在すると仮定して定式化を行なう。更に、

この 2変数分布が進化的に安定している、つまり、この分布が一つのピークを持ち続ける

という条件を要請して、分布関数を展開することにより Vg と Vip が比例することを示し

た。この比例関係は、1000種類の個体が存在するとして実施した進化シミュレーションに

よっても確認された(図 1-15)[36]。

図 1-15 Vipと Vgとの比例関係 図 1-16大きな(上図)/小さな(下図)ノイズ下

で進化する発生過程安定性のランドスケープ (出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書 図 1-15,1-16)

発生的安定性と進化的安定性を議論するために、遺伝子発現が互いに活性化や抑制を行

うモデルを考え、初期の発現パタンから最終的な発現パタンが作られていく「発生過程」

のダイナミクスにノイズを考慮し、ある望ましい遺伝子発現パタンとの距離を適応度とす

る遺伝的アルゴリズムによる進化実験を行った。その結果、発生過程にノイズがある場合

にスムースな発生過程を行うようなネットワークが進化することを見出し、遺伝子発現や

発生過程のダイナミクスが漏斗型の地形(図 1-16)を持つように進化していくことを明ら

かにした[37]。

1.5.5 共生および多様性

自然界の各生物種がその内部に一つの複雑なシステムを含んでいると考えると、共生は

複数のシステムの融合と考えられる。人工共生系を用いて、異なるシステムが融合する時

に生物システムの持つ柔軟性がいかに発揮されるかを研究した。

(1)実験

先行研究で構築した細胞性粘菌と大腸菌からなる人工共生系 (1.2.1 参照)[8]について、

顕微鏡とフローサイトメトリーによる大腸菌の形態変化、マイクロアレイを用いた大腸菌

の遺伝子発現ネットワーク変化、コロニー数の動態を指標とした共生系への移行過程およ

び安定化過程における確率性の 3点を解析した。

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22

ゲノム上に GFP遺伝子が組み込まれた大腸菌と細胞性粘菌を共培養して、蛍光強度を指

標に大腸菌の細胞状態を測定した。蛍光強度の分布は、共培養開始と共に低い値から徐々

に高い値の領域にも広がることが見いだされ、共生系形成過程において大腸菌はその細胞

状態を多様化させていることが示唆された[38]。

独自に開発した高精度・高感度タイリングアレイ法 (1.5.6 参照)を用いて大腸菌の遺伝

子発現ネットワークの変化を調べたところ、共生系形成過程においてポリサッカライドの

合成、細胞壁の分解、エネルギー生産などに関与する遺伝子群の発現が増加していた。ま

た、細胞数の動態および表現型が大きく変化している状況であっても、大腸菌の遺伝子ネ

ットワークは Zipf則を保っていた[39]。

また、大腸菌と細胞性粘菌をそれぞれ蛍光標識して蛍光顕微鏡で観察したところ、大腸

菌と細胞性粘菌の共生系が安定に存在することは確率的事象であり、それには相互作用に

依存した確率的な大腸菌の表現型変化や、捕食作用がもたらす細胞密度振動および細胞数

の離散性が寄与していることが見出された(本知見に関する論文は 2011 年に発表され

た)[40]。

大腸菌と繊毛虫であるテトラヒメナの共生系についても検討し、テトラヒメナを 1細胞

レベルで培養・計測できるマイクロ流路を開発した(本知見に関する論文は 2012年に発表

された)[41]。

(2)理論

生態系の進化におけるゆらぎの役割と種の多様性の法則についてモデルシミュレーショ

ンによる理解を目指した。

生態的状況として単一資源を奪い合う資源競合系を採用した。微生物増殖の現象論的関

係を表す Monod式を、ゆらぎを伴う資源流入のある反応拡散方程式に拡張し、ゆらぎを通

した分岐と共存が、共生系の多様性を維持する機構であることを示唆した[42]。

1.5.6 解析技術

生命システムが満すべき普遍的性質を抽出し理解するためには、細胞内のダイナミクス

を特定の遺伝子発現量といった少数の自由度によって記述するのではなく、十分多い数の

自由度を高い精度で測定して記述する必要がある。そのために、ゲノムの全遺伝子の発現

情報や変異情報を一度に検出できる DNAマイクロアレイ法、および次世代 DNAシーケンサ

の解析技術を改良し、精度アップを図った。

マイクロアレイは Affymetrix 社の GeneChipシステムを採用し、クロスハイブリダイゼ

ージョンの影響を抑えるために、独自にデザインしたカスタムアレイを用いてプローブの

塩基長の最適化を行い(一般的な 25塩基長を 19~21塩基長)、網羅的な遺伝子発現解析と

ゲノム変異解析の精度を向上させた[43]。

次に大腸菌全ゲノム配列に対して、タイルを敷き詰めるようにプローブをデザインした

全ゲノムタイリングアレイを作製した(図 1-17)。これにより、ゲノムワイドな変異解析も

可能となった。実際、プローブの蛍光強度を予測する物理モデルとの組み合わせにより、

約 200世代培養された後の大腸菌のゲノム変異箇所を特定することが出来た。

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23

図 1-17全ゲノムタイリングアレイのプローブ設計

(出典:ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」報告書)

この全ゲノムタイリングアレイはnon-coding領域から転写されるRNAの発現量解析も可

能とする。遺伝子発現解析の精度を上げるために、熱力学モデルに基づいて個々のプロー

ブの特性を定量的に評価し、またクロスハイブリダイゼーションの影響も織り込んだ上で

測定された蛍光強度からもとのターゲット濃度を推定するモデルを構築した。この結果、

従来の解析方法では 1pM 前後の 2~3 桁しか正確に定量出来なかったが、4~5 桁のレンジ

に対して精度よく測定できることが分かった。これにより、発現量が細胞中に数個~十数

個といった mRNAの測定も可能となった[44]。

上述のマイクロアレイによる変異解析は、時間および費用といったコスト面で優れてい

るが、トランスポゾンなどゲノムに挿入される配列の位置を特定することが出来ない。そ

こで、次世代シーケンサを導入することとし、3 種のシーケンサについて点変異や欠失・

挿入変異の検出感度及び精度を比較検討して Applied Biosystems社の SOLiD を採用した。

さらに、SOLiD の配列解析手法(メイトペア法)を改良し、解析が困難であった繰り返し配

列等の同定に成功した。

1.5.7 基礎理論

複雑系では、要素とシステム全体という、異なる階層間で互いに互いの性質を決めて安

定化する。本プロジェクトの目的は、このようなシステムの性質を階層間の「整合性原理」

を導入して理解しようとするものであるが、1.5.1~1.5.5で記述した成果の基礎となる理

論も発表した[45]。

生命現象の大きな特徴は熱平衡状態から外れている点であるが、平衡への緩和を「いや

がる」系が存在するかを自由度の大きいハミルトン力学系で考察し、集団の運動エネルギ

ーが振動し、平衡に落ちにくくなるという現象を見出した[46]。

並行につながり干渉しあうネットワークの制御機構を調べた結果、並列経路の数が 7を

越えると論理回路が作動しないことを示した[47]。

遺伝子ネットワークからなる細胞が結合した系を用いて、細胞分化が細胞数の増加と共

に生じ、その際に分化したタイプごとに個数の比率が制御されることを力学系理論から示

した[48]。

適応を示す素子の結合力学系を調べ、素子間の相互作用に正負のフィードバックが非整

合的に入っていると長時間スケールの振動現象が生じることを見出した[49]。

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24

複数の階層を持つシステムは一般的に複数の時間スケールを持っている。異なる時間ス

ケールの干渉を持つシステムの特性を考察し、システムの時間スケール構造が動的な変遷

を経て自己組織化的に作り出されることを示した[50]。

以上のプロジェクト成果は、「Life: An introduction to complex systems biology」

(Springer 2006)、および「生命とは何か 第 2 版 複雑系生命科学へ」(東京大学出版会

2009)にまとめられ、出版された。また、金子研究総括は、2009 年に「International

symposium on complex systems biology」7)を開催し、複雑系生命科学を国内外に知らし

めた。

7 http://chaos.c.u-tokyo.ac.jp/CSB/

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25

第 2 章 プロジェクト終了から現在に至る状況

2.1 各研究テーマの現在の状況

2.1.1 調査方法

調査は、文献調査(プロジェクト報告書、解説、原著論文など)、インターネットによる

調査、各種データベースによる業績(論文・特許・受賞他)の調査からなる基礎データ調

査と、プロジェクト関係者や外部有識者へのインタビュー調査により行った。これに基づ

き、プロジェクト期間中の成果の現時点での発展状況及び波及効果等についてまとめた。

(1)基礎データ調査の方法

基礎データ調査については、基本的にプロジェクトメンバー全員を対象として、プロジ

ェクトの研究に関連した成果の発展状況について、文献による成果の把握と、論文や研究

助成金の獲得状況等のデータ調査を行った。各項目について利用したデータベースと調査

範囲等を下記に記す。

①論文

プロジェクト期間中の論文は、プロジェクトの終了報告書に成果論文としてリストアッ

プされている論文とした。成果論文リストの中で in press, submit等と表記があり、その

後発表されたものについても基本的には期間中の論文とした。

プロジェクト終了後の論文は、2010年 4月以降に発表され、かつプロジェクトメンバー

が著者になっている論文を収集した(ただし、プロジェクト期間中の論文に含むものは除

く)。収集した論文の中で、プロジェクトとの関連を Abstract等で確認し、関連のあるも

のを関連論文としてリストアップした。

データベースは、Scopusおよび、Web of Scienceを利用した。

②競争的研究資金の獲得状況

プロジェクトメンバー全員を対象として、研究内容がプロジェクトの研究内容に関連し

ている研究課題について調べた。

データベースとしては、調査対象者の所属する研究室や本人の WEB サイトおよび KAKEN

科学研究費助成事業データベース等の競争的研究資金に関する検索サイトと、補助的に

Google等の検索サイトを利用した。表 2-1には総額 1千万円以上の研究資金に限定し、示

した。

③特許の出願・登録状況

プロジェクト期間中の特許は、プロジェクト終了報告書の成果リスト記載の特許とした。

プロジェクト終了後の特許は 2010年 4月以降に出願された特許で、プロジェクト関係者が

発明者に入っているものから、プロジェクトの成果と関連のある特許を収集した。

データベースは、PatentSquareと補助的に特許電子図書館 espacenetを利用した。

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26

④招待講演

プロジェクト関係者の終了後の招待講演実績を調査対象者の所属する研究室や本人の

WEBサイトの調査、Google 等の検索サイト、①で記述した文献データベースの会議録情報

等を併せて収集し、かつ、インタビューの際に主な招待講演について確認した。

(2)インタビュー調査の方法

インタビュー調査はプロジェクト関係者(研究総括、グループリーダー、アドバイザー

等)からは、基礎調査で知り得た情報のプロジェクトとの関連や、その後の展開等につい

ての情報を収集した。また、外部有識者からは、プロジェクトの成果および、研究総括の

研究をよく把握している研究者にプロジェクト外部から見たプロジェクトの意義や、当該

研究分野における波及効果等の情報を収集した。

2.1.2 競争的研究資金の獲得状況

表 2-1 競争的研究資金の獲得状況

2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018

金子複雑系生命 総額:16.49 金子邦彦

1科研費 新学術領域研究

(研究領域提案型)

多時間スケールダイナミクスによるメタルール生成とそれに基づく学習、進化の理論

総額:0.49 金子邦彦

2 ERATO四方動的微小反応場プロジェクト

総額:10.00 四方哲也

3 科研費 若手研究(A)

複数のモジュールで構成されるシグナル伝達経路の適応性、振動性及び周波数特性の解析

総額:0.25 澤井哲

4科研費 新学術領域研究

(研究領域提案型)変動する環境下での人工進化実験による進化過程の解析

総額:0.10 古澤力

5科研費 新学術領域研究

(研究領域提案型)

細胞運動と誘因場の不整合性が生み出す乱れと自己組織化のダイナミクス

総額:0.19 澤井哲

6 科研費 基盤研究(A)大腸菌ゲノム高温適応進化機構の解明

総額:0.27 四方哲也

7 科研費 若手研究(A)

ラボオートメーションを活用した大腸菌人工進化実験による適応進化ダイナミクスの解析

総額:0.27 古澤力

8科研費 新学術領域研究

(研究領域提案型)場と動きの共鳴から出現する多細胞ダイナミクスの解析

総額:0.18 澤井哲

9科研費 新学術領域研究

(研究領域提案型)

生体内シグナルを応用したアメーバ型自律運動制御系の開発

総額:0.14 澤井哲

10科研費 新学術領域研究

(研究領域提案型)大腸菌の進化実験による複合適応形質の進化過程の解析

総額:0.12 古澤力

11文部科学省「生命動態システム科学推進拠点」

複雑生命システム動態研究教育拠点

総額:3.00 金子邦彦

12 科研費 基盤研究(B)進化実験を用いた抗生物質耐性の進化ダイナミクスの解析

総額:0.06(2014年度分のみ公表)

古澤力

研究年度

ERATO

競争的研究資金 研究課題名予算額(億円)

研究代表者

概要

1 生命システムが自らの発展を規定する規則を生成していく過程の理論研究を、入出力関係の学習・記

憶と自発活動、および生物進化をテーマに実施する。

2 生命の最小単位である細胞を新しい視点から捉えなおし、人工細胞創出の設計指針を得ることを目指

す。

3 細胞性粘菌の cAMPシグナリング機構の解明を目的とする。

4 コントロールできる環境下での大腸菌の人工進化実験を用いて、その進化ダイナミクスにおける表現

型変化をマイクロアレイ実験による発現解析によって定量する。

5 細胞性粘菌の cAMP波の発生と細胞運動との関連を解析する。

6 金子複雑系生命科学プロジェクトで取得された高温適応大腸菌の適応機構をゲノムレベルで解明す

る。

7 人工進化過程における微生物の表現型・遺伝子型の変化を高精度に解析することにより、適応進化の

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27

ダイナミクスを担うメカニズムの根源に迫ることを目的としている。

8 未発表(http://kaken.nii.ac.jp/d/p/25111704.ja.html)

9 未発表(http://kaken.nii.ac.jp/d/p/25710022.ja.html)

10 未発表(http://kaken.nii.ac.jp/d/p/25128715.ja.html)

11 遺伝情報や表現型を単一細胞レベルで解析し、物質・数理の両面から「動的状態論」を構築し、生命

の普遍的性質を理解する

12 未発表(http://kaken.nii.ac.jp/d/p/26290071.ja.html)

プロジェクト終了後の金子研究総括、およびグループリーダー(1.2 参照)のグラント獲

得状況を表 2-1に示した。金子研究総括、四方 GL、澤井 GL、古澤 GLが円滑にグラントを

得て活発な研究活動を継続していることが窺える。特に、四方 GLは自身の ERATO「四方動

的微小反応場プロジェクト」(2009~2014 年度)8)を立ち上げ、金子プロジェクトの成果を

大きく発展させている(2.2 参照)。

表 2-1の「複雑系生命システム動態研究教育拠点」(2013~2017年度)の概要は以下の通

りである。文部科学省は、2011 年度の生命動態システム科学戦略作業部会の報告書(科学

技術・学術審議会研究計画・評価分科会ライフサイエンス委員会生命動態システム科学戦

略部会 報告書(「生命動態システム科学」の今後の推進のあり方について、2011 年 7 月

19 日))9)を踏まえて、2012 度から研究開発施設共用等促進費補助金(創薬等ライフサイエ

ンス研究支援基盤事業)「生命動態システム科学推進拠点」事業を開始し、東京大学の「複

雑系生命システム動態研究教育拠点」(拠点長 金子邦彦)等を採択した。事業目的は、計測

で得られたデータから数理科学的手法を用いて生命現象を理解し、「生命動態システム科

学」(in vivo、in silico、in vitro での再構成系を構築するという研究手法)を活用して、

生命現象をシステムとして理解する方法論の実証を行うことにある。同時に数理科学と生

命科学の融合研究の発展のための人材育成等を行う恒久的な研究拠点を整備すること、並

びに生命動態システム科学の手法を創薬開発に応用する道筋を示すことを目的としている10)。

「複雑系生命システム動態研究教育拠点」は東京大学駒場キャンパスに設置されており、

主に総合文化研究科広域科学専攻のメンバー(金子研究総括、澤井 GL等)と、東京大学・生

産技術研究所のメンバーで運営されている11)。同拠点のミッションステートメントは以下

の通りであり、ERATO プロジェクトをさらに発展させるという金子研究総括の強い意志が

反映されている。

本拠点での具体的な研究テーマは、細胞の動的状態理論の完成を目指す「細胞のホメオ

8 http://www.jst.go.jp/erato/research_area/ongoing/ydb_PJ.html 9 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n889_00.pdf 10 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/24/10/1327074.htm 11 http://kyoten.c.u-tokyo.ac.jp/

「生命とは何か?」。これは人類の叡智に課された最大の難問の一つである。この問いを言い換えれ

ば、「生きている状態は、いかにほかの状態と区別されるのか?」、「細胞がどこまでは生きていて、

どこからは復活できないという不可逆性を示すのか?」、などの具体的課題に落とし込めるが、これ

らの基本的な問題も未解明のままである。医科学・生命科学が急速に進展する傍ら、これら根源的な

課題の理解が、基礎・応用の両面で今後極めて重要な意味を持ちつつある。しかしながら、現状の学

問は狭い専門分野にとらわれがちであり、真に異分野を融合した展開が困難になりつつある。本研究

では、われわれがこれまで取り組んできた「複雑系生命科学」という分野横断的研究領域をさらに発

展させ、これらの基本的課題の解明を目的とした、野心的な研究開発拠点の構築を行う。

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28

スタシスと適応性の論理の解明」、単一細胞と細胞集団の動的整合性を成立させる基本原理

の解明を目指す「多細胞システムの集団的安定性の論理の解明」、および表現型可塑性や進

化の物質・数理科学的基盤を明確にする「ゲノム・エピゲノムのダイナミクスと表現型可

塑性」である。

2.1.3 論文の発表状況

プロジェクト期間中及び、終了後の論文の発表数と被引用件数の累計の推移を示した。1

報、1年あたりの平均被引用件数は、各論文について、1年に何報引用されたかを算出し、

その平均を求めた。例えば、A 論文は 32 報の被引用があり、出版年が 2010 年の場合、4

年経過しているため、1年平均は 8報、B論文は 40報の被引用があり、出版年が 2013年の

場合、2 年を経過しているため、1 年の平均は 20 報よって、A 論文と B 論文の平均は、

(8+20)/2=14となる。この方法で、対象論文についての平均を求めた。

プロジェクト期間中の成果論文の内、Scopus で検索でき、かつドキュメントタイプが

Article及びReviewの79報の被引用件数の累積と論文の発表数の推移を図2-1に示した。

図 2-2に成果論文の被引用件数の上位 5件の年次推移を示し、表 2-2にそれら 5件の概要

を記載した。

累積被引用件数は、プロジェクト終了後も期間中とほとんど変わらずに増加している。

被引用数上位の論文を見ると、5件中 2件がリポソーム人工複製細胞、1件がシグナル伝達

なしでの適応に関する構成的生物学研究であった。他の 2件はシグナル伝達とノイズの関

係、および進化・発生とノイズの関係をそれぞれ理論的に考察したものである。

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

1600

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

'04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 '11 '12 '13 '14

累積被引用件数

累計発表論文数

累積発表数 累積被引用件数

1報、1年あたりの平均被引

用件数 2.61件/年・報プロジェクト期間中(2004.10-2010.03)

プロジェクト終了後)

図 2-1 プロジェクト期間中成果論文の発表数と被引用件数の累積推移 (検索 DB:Scopus 検索日:2014/10/29)

Page 33: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

29

1

2

3

4

5

0

20

40

60

80

100

120

140

'04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 '11 '12 '13 '14

累計被引用件数

1 2 3 4 5

1報、1年あたりの平均被引

用件数 10.28件/年・報

図 2-2 期間中成果論文の被引用件数上位 5件の累積推移

(検索 DB:Scopus 検索日:2014/10/29)

表 2-2 図 2-2 の論文の書誌と概要

No. タイトル 著者 掲載誌 巻 ページ 発行

被引

用件

1

Adaptive response of a gene

network to environmental

changes by fitness-induced

attractor selection

Kashiwagi A,

Urabe I,

Kaneko K, Yomo T

PLoS One 1(1) e49 2006 119

概要:大腸菌細胞内に人工的な遺伝子ネットワークを導入し、2種類のアトラクター状態をとれる系

を構築した。培養環境の変化に対して、シグナル伝達系なしでも遺伝子発現のゆらぎを利用して適応

した状態の選択が起こること(アトラクター選択)を見出した。

2

Noisy signal amplification in

ultrasensitive signal

transduction

Shibata T,

Fujimoto K

Proc Natl

Acad Sci USA

102(2

)

331

-336 2005 97

概要:生物学的なシグナル伝達系の一つの特性は、入力シグナルの微小な変化を増幅して伝えること

にある。一方で、細胞内のプロセスは本質的にノイズが多いので、シグナル伝達系においては、シグ

ナル自身の持つ内因性のノイズと、そのノイズが伝達系で増幅されることによる外因性のノイズが存

在する。数理解析により、このような超感度のシグナル伝達系でノイズがいかに増幅されるかを示し、

細胞内のノイズのうち内因性、外因性のどちらが優性かを実験的に確認するための基準を提案する。

3

Replication of genetic

information with self-encoded

replicase in liposomes

Kita H,

Matsuura T,

Sunami T,

Hosoda K,

Ichihashi N,

Tsukada K,

Urabe I, Yomo T

ChemBioChem 9(15) 2403-

2410 2008 68

Page 34: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

30

概要: RNA依存性 RNA 複製酵素をコードした情報分子としての RNAと、無細胞翻訳系(PUREsystem)

を試験管内で反応させ、翻訳された複製酵素により、RNA が自己複製することを確認した。次に RNA

と無細胞翻訳系をリポソーム内に封入して反応させたところ、リポソーム内でも RNA が自己複製され

た。この成果は、人工細胞構築の基礎となるものである。

4

Femtoliter compartment in

liposomes for in vitro

selection of proteins

Sunami T,

Sato K,

Matsuura T,

Tsukada K,

Urabe I, Yomo T

Analytical

Biochemistr

y

357(1

)

128

-136 2006 57

概要:蛍光強度が8倍違う 2つの GFP遺伝子をコードしたプラスミド pETG2tag、pETG5tagを 0.85:0.15

の割合で混合し、無細胞翻訳系と共にリポソームに封入した。合成された GFP の蛍光強度を指標に

FACSを用いて選択し、蛍光強度の高い GFPuv5が濃縮されるかを検証したところ、リポソームの内封

液量が少ないほど濃縮率が高くなった。これは、封入される遺伝子が少ないために濃縮進化が起こっ

たことを意味し、リポソーム内でも小数分子制御機構が働くことを示している。

5

Evolution of robustness to

noise and mutation in gene

expression dynamics

Kaneko K PLoS One 2(5) e434 2007 51

概要:発生的安定性と進化的安定性を議論するために、遺伝子発現が互いに活性化や抑制を行うモデ

ルを考え、初期の発現パタンから最終的な発現パタンが作られていく「発生過程」のダイナミクスに

ノイズを考慮し、ある望ましい遺伝子発現パタンとの距離を適応度とする遺伝的アルゴリズムによる

進化実験を行った。その結果、発生過程にノイズがある場合にスムースな発生過程を行うようなネッ

トワークが進化することを見出し、遺伝子発現や発生過程のダイナミクスが漏斗型の地形を持つよう

に進化していくことを明らかにした

プロジェクト終了後の発表論文数と累積被引用件数の推移を図 2-3に示した。図 2-4に

発表論文中で被引用件数の上位 5件の年次推移を示し、表 2-3にそれら 5件の概要を記載

した。終了後の発表論文数は 88報で、期間中 5 年間の 79報よりも多くなっており、金子

研究総括やグループリーダーの研究活動がプロジェクト終了後も順調に進展したことが窺

える。平均被引用件数は、プロジェクト期間中の論文とほぼ同等の約 2.5件/年・報であっ

た。

被引用件数上位 5件のうち 3件は発生分化に関するもので、金子研究総括の発生分化理

論が広く認知されてきたことが示唆される。他の 2件は、細胞性粘菌に関するものと次世

代 DNAシーケンサー解析技術に関するものである。

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31

0

100

200

300

400

500

600

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

'10 '11 '12 '13 '14

累積被引用件数

累計発表論文数

累積発表数 累積被引用件数

1報、1年あたりの平均被引

用件数 2.45件/年・報

プロジェクト終了後

発表論文数 88報

図 2-3 プロジェクト終了後論文の発表数と被引用件数の累積推移

(検索 DB:Scopus 検索日:2014/10/29)

1

2

3

45

0

10

20

30

40

50

60

70

80

'10 '11 '12 '13 '14

累計被引用件数

1 2 3 4 5

1報、1年あたりの平均被引

用件数 11.77件/年・報

図 2-4 終了後論文の被引用件数上位 5件の累積推移 (検索 DB:Scopus 検索日:2014/10/29)

Page 36: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

32

表 2-3 図 2-4 の論文の書誌と概要

No. タイトル 著者 掲載誌 巻 ページ 発行

被引

用件

1

The onset of collective

behavior in social amoebae

Gregor T,

Fujimoto K,

Masaki N, Sawai

S

Science 328(5

981)

1021-

1025 2010 72

概要:細胞性粘菌の cAMPシグナリングと細胞分化の関係を調べるために、培養観測技術を開発し、1

細胞内の cAMPを可視化して計測することに初めて成功した。観測結果と数理モデルによる解析から、

粘菌で出現する集団レベルの振る舞いは、閾値レベル以下の刺激下でみられるランダムな発火と、そ

れに誘発される閾値下の発火現象が組み合わされることで出現することを見出した。

2

Comparison of sequence reads

obtained from three

next-generation sequencing

platforms

Suzuki S, Ono N,

Furusawa C,

Ying B-W, Yomo T

PLoS One 6(5) e1953

4 2011 38

概要: 3種の次世代シーケンサ(Roche社 GS FLX、Illumina社 GAⅡ、Applied Biosystems 社 SOLiD)

について、解析精度および SNP検出感度を指標に点変異や欠失・挿入変異の検出感度及び精度を比較

検討した。大腸菌 DH1株のゲノム塩基配列をこれら 3機種で解析し、ゲノム配列が判明している W3110

株のそれと比較することにより、それぞれの機種の解析特性を明らかにした。

3

A dynamical-systems view of

stem cell biology

Furusawa C,

Kaneko K Science

338(6

104)

215-2

17 2012 31

概要:幹細胞の細胞分化理論をレビューした。幹細胞が持つ特性(自己増殖性と分化性)は、複数のア

トラクターの存在や 1細胞内の発現ダイナミクスのノイズだけで理解することは難しく、増殖する細

胞と細胞の相互作用をも考慮したモデルにより初めて理解されること、並びに幹細胞分化過程におけ

る時間的に振動する発現ダイナミクスの重要性を議論した。同時に、多能性を人為的に回復させるた

めにはある種の遺伝子群を強制的に導入発現させることが必要との仮説を改めて提案した。

4

Characterization of stem cells

and cancer cells on the basis of

gene expression profile

stability, plasticity, and

robustness: Dynamical systems

theory of gene expressions

under cell-cell interaction

explains mutational robustness

of differentiated cells and

suggests how cancer cells

emerge

Kaneko K Bioessays 33(6) 403-4

13 2011 20

概要:癌化についての理論仮説を提唱した。多種多様な遺伝子発現ネットワークのシミュレーション

実験では、あたかも癌細胞と同じ特徴を示す細胞が出現する。その細胞は、細胞内の多様性をなくし

ているが正常な分化過程を示さず、周りの細胞と協調できずに勝手に増殖するという性質を示す。こ

のシミュレーション結果をもとに、癌細胞の出現は遺伝子変異の結果ではなく、細胞と細胞の異常な

相互作用や環境の変化によるもので、癌化した細胞は変異に対する堅牢性を失っており、結果として

遺伝子変異が蓄積するとの仮説を提案した。

5

Oscillatory protein expression

dynamics endows stem cells with

robust differentiation

potential

Suzuki N,

Furusawa C,

Kaneko K

PLoS One 6(11) e2723

2 2011 17

概要:遺伝子数が5である可能なすべての GRN(約 1 億通り)について、細胞数が 32 になるまでの発

生過程をすべてシミュレーションし、細胞間の相互作用によって細胞状態が多様化するものを選ん

だ。細胞の状態が遷移した後に一部の細胞が元の状態に留まるという幹細胞的な振る舞いをするケー

スを抽出したところ、その全てにおいて、分化能を持つ細胞は振動する遺伝子発現ダイナミクスを持

つことが改めて確認された。この分化過程は一部の細胞を取り除くという外部からの摂動に対して安

定であった。さらに、幹細胞的な発現ダイナミクスをもたらす GRNの性質を調べたところ、特定のフ

ィードバックループが有意に多く存在することが確認された

Page 37: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

33

2.1.4 特許の出願・登録状況

表 2-4 プロジェクト期間中の出願特許

発明の名称優先権主張日

(出願日)出願番号 公開番号 登録番号 法的状況 出願人 備考

1N個の制御装置を制御するシステム、方法およびプログラム

2004.03.30 特願2004-101522 特開2005-285016特許第3821388号(2006.06.30)

登録(権利有)独立行政法人科学技術振興機構

2マイクロアレイデータの解析方法及び解析装置

2006.08.02 特願2006-211110 特開2008-039475特許第4947573号(2012.03.16)

登録(権利有)独立行政法人科学技術振興機構

終了報告書記載の特願

3 顕微観察用微小培養器 2006.08.04 特願2006-213935 特開2008-035777特許第4888767号(2011.12.22)

登録(権利有)独立行政法人科学技術振興機構

終了報告書記載の特願

4 高効率無細胞蛋白質合成系 2007.01.27 特願2007-017210 特開2008-182907特許第5099881号(2012.10.05)

登録(権利有)独立行政法人科学技術振興機構

終了報告書記載の特願

5エマルジョンを用いたRNAの選択的増幅法

2009.07.16 特願2009-168285 特開2011-019461特許第5099455号(2012.10.05)

登録(権利有)独立行政法人科学技術振興機構

終了報告書記載の特願

6タンパク質の可逆的デュアルラベリング法

2010.01.05 特願2010-000705 特開2011-139640 通常審査中独立行政法人科学技術振興機構

終了報告書記載の特願

国際

出願

1-1System, Method, and Program forControlling at Least One ofElements

2005.03.30 WO2005JP06184 WO2005096222(A1)

JAPANSCIENCE&TECHAGENCY

終了報告書記載の特願 特願2004-101522の優先権主張

No.

国内

出願

表 2-5 終了後の出願特許

発明の名称優先権主張日

(出願日)出願番号 公開番号 登録番号 法的状況 出願人 備考

1微小区画の融合と分裂を繰り返す方法

2011.02.10 特願2011-027936 特開2012-165673特許第5429756号(2013.12.13)

登録(権利有)独立行政法人科学技術振興機構

2 低濃度粒子測定装置および方法 2011.03.29 特願2011-073660 特開2012-208004拒絶査定1年未満・最新審査中間C参照)

独立行政法人科学技術振興機構

3一枚膜リポソームを用いた酵素進化法の開発

2011.03.30 特願2011-076727 特開2012-210170特許第5467320号(2014.02.07)

登録(権利有)独立行政法人科学技術振興機構

4外部環境に応答して内部の物質組成を変えるリポソーム

2011.03.30 特願2011-076737 特開2012-210172 通常審査中独立行政法人科学技術振興機構

5インビトロ膜タンパク質進化分子工学的手法

2012.06.28 特願2012-145795 特開2014-007983 審査請求無し独立行政法人科学技術振興機構

国際

出願

5-1

Molecular Engineering Methodfor in vitro evolution ofMembrane Protein

2012.06.28PCT/JP2013/003767

WO2014/002424 国際公開独立行政法人科学技術振興機構

特許ファミリー番号

国内

出願

プロジェクト終了後の特許は、四方 GLが自身の ERATO「四方動的微小反応場プロジェク

ト」の成果として出願したものである。

プロジェクトの性格が基礎研究であるため、実用化例はないが、期間中に登録された「高

効率無細胞蛋白合成系」をベースにしたタンパク合成キットの試験販売が開始されている

(3.2.2参照)。

2.1.5 招待講演

金子研究総括ならびに GLの招待講演リストは添付資料 Cに示した。

プロジェクト期間後も金子研究総括は多数の国外・国内学会で精力的な講演活動を実施

した。その領域は、生物物理やシステムバイオロジー関係に留まらず、バイオイメージン

グや遺伝学、進化発生学、病理学にまで広がっており、複雑系生命科学の認知度が高まっ

ていることが窺える。2014年 11月には京都大学 iPS細胞研究所(以下 iPS研)でも講演し

た。また、2015年 5月に古澤 GLも iPS研で講演予定である12)。

2.1.6 各研究テーマの現在の状況のまとめ

プロジェクト終了後は、科研費新学術領域研究「多時間スケールダイナミクスによるメ

タルール生成とそれに基づく学習、進化の理論」(2009~2013年度)、および文部科学省・

生命動態システム科学推進拠点「複雑系生命システム動態研究教育拠点」のグラントを受

けて、複雑系生命科学の研究を継続している (2.1.2参照)。プロジェクトで構成的生物学

実験グループ(四方哲也グループリーダー)が主担当であった「複製」、「適応」、「進化」お

12 古澤 GLのコメントによる。

Page 38: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

34

よび「共生」の構成的生物学研究の多くは、四方 GLの指導下で継続されているので 2.2 で

詳述する。なお、金子研究総括が共著者となっていない論文についても、本プロジェクト

の成果の延長と判断されるもの、並びに金子研究総括が拠点長を務める「複雑系生命シス

テム動態研究教育拠点」の成果については、本章に記載することとした。

(1)複製

人工細胞構築に関する構成的生物学研究の進展については 2.2 に記載した。

プロジェクト期間中での触媒反応モデ

ルは、プロトセル内の空間的な非一様性

があまり扱われておらず、触媒する成分

が周りに多いと加速され、無くなると反

応が進まなくなることが考慮されていな

い。また、複製の大きな要素である「細

胞という空間的区画がいかに現れるか」

の議論も対象外であった。そこで、分子

の空間的なブラウン運動を考慮した、2

種類の分子から成るモデルを理論的に調

べ、2 種類の成分の反応速度が異なり、

片方が少数しか存在しない場合に、その

小数成分を中心とした細胞構造が形成さ

れ、その分子の複製とともにその「細胞」が分裂を繰り返すことを見出した(図 2-5)。こ

のことは、小数成分性が進化能において本質であるのみならず、細胞という区画化形成に

も重要であることを示している[51]。

この論文は、Sceince on line (2011)13)、および NewScientist (2011)14)で取りあげら

れ、原始細胞の誕生を解き明かす一つの仮説として注目されている。

また、再帰的増殖と環境適応とをつなぐ理論を提唱した。栄養の輸送が受動的な拡散で

入っているモデル[17] (1.5.1 (3) ①)を発展させ、重要な成分の取り込みが細胞内のある

成分によってコントロールされている能動輸送系を考慮したモデルをシミュレーションし、

成分量が順位の逆数に比例するという Zipf則を再度確認した[52]。

さらに、エネルギー代謝を考慮した細胞モデルについても発表した[53]。

(2)適応

「複雑生命システム動態研究教育拠点」メンバーの若本らは、抗生物質投与に対して遺

伝子変異なしで集団内部の一部のバクテリアが生き延びる「パーシスタンス現象」が、細

胞の生存に関わる細胞内酵素の発現量のゆらぎに起因することを発見した。結核菌の近縁

13 http://news.sciencemag.org/2011/01/can-simple-model-explain-advent-cells 14

http://www.newscientist.com/article/mg20927942.400-cluster-model-shows-how-first-cells-could-

have-divided.html

図 2-5 2 種類の相互触媒系による細胞分裂過程 緑の点は多数ある成分で、ほぼ中央にる小数成分の複製

と時間とともに分子集団が分裂する。

(出典:Kageyama & Kaneko, 2010 [51])

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35

種である M. smegmatisを用い、一つ一つの細胞を観察できるマイクロ流体デバイスを作製

して抗生物質イソニアジドへの応答を調べた。イソニアジドの働きには M. smegmatis自身

が作る酵素 KatGが必要だが、これの発現量が細胞毎にゆらぐために KatGをほとんど持た

ない細胞が集団内に一定数現れ、その結果「パーシスタンス現象」が起こることを見出し

た。この結果は、細胞が確率的な遺伝子発現により外部環境に適応できることを示したも

のである[54]。

適応の理論としては、多細胞生物において多様な細胞タイプが安定に存在できるメカニ

ズムの理解を目指して、遺伝子制御ネットワーク(GRN)にエピジェネティックなフィードバ

ック機構が結合した場合の発現ダイナミクスについて解析を行った。エピジェネティック

なフィードバック機構により、多様な安定状態(アトラクター)が出現すること、および、

そのようなアトラクターの存在が、細胞の環境適応や進化のダイナミクスに大きな影響を

与えることを見出した[55]。

(3)発生・分化

走化性誘引物質である cAMP による細胞性粘菌の体細胞体制構築において、cAMP のパル

スが細胞から細胞に繰り返し伝達されるためには、分泌された cAMPが一旦閾値レベル以下

に下がる必要がある。細胞外ホスホジエステラーゼ (PDE)をコードする pdsA遺伝子の mRNA

に RNA結合タンパク MS2コートタンパク質の結合モチーフを加え、これと MS2コートタン

パク-GFP の複合体を蛍光スポットとして可視化し、生細胞の PDE mRNA 量を測定した。そ

の結果、pdsAの発現は細胞外 cAMP濃度に厳密に依存しており、~1 nMの cAMP により誘導

されることが分かった。この cAMPによる PDE発現調整と PDEによる細胞外 cAMP濃度の調

整は、相互フィードバック制御系を形成しており、モデル計算の結果、幅広い範囲のアデ

ニル酸シクラーゼ活性化においても cAMP 濃度を閾値近辺に維持する機構を与えているこ

とが示された[56]。また、cAMP振動波の原理を数理解析した論文を発表した[57]。

澤井らは、cAMPシグナリングに関して未解決であった「走化性パラドクス」にも明確な

結論を与えた。細胞性粘菌の cAMP波を合図に集まる性質は、理論上、去りゆく波にも反応

して元居た場所に戻ってしまうという「走化性パラドクス」を生じる(図 2-6)。彼らは 2

つの新技術(微小流路内の高精度な層流制御技術、細胞内反応の定量的測定技術)と理論モ

デルの検証により、細胞性粘菌は cAMPが経時的に増加する場合のみ、移動するための信号

を細胞内に伝達することを明らかにした。この細胞応答は、「整流作用」(コンピューター

などの集積回路に用いられるダイオードが一方向のみに電流を流す特性)と呼ばれる信号

処理特性であり、cAMP の濃度変化に応答する反応機構に、ある範囲での変化に対してのみ

鋭敏に反応する性質があるために生じることを示した[58]。この成果は、免疫細胞などの這

い回る細胞の移動方向がいかに決定されるかを知る重要な手掛かりを与えるものである15)。

15 http://www.jst.go.jp/pr/announce/20141106/index.html

Page 40: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

36

図 2-6 細胞性粘菌の「走化性パラドクス」 a)細胞集団中で自己組織化された誘因物質 cAMP のらせん波(緑)と波の中心へ向かって移動

する粘菌細胞(マゼンタ)。b)「走化性パラドクス」の概念図。細胞が cAMP濃度の高い方に移

動すると、cAMP波の空間勾配の方向は波の前面と背面で反転するので、進んで戻っての繰り

返しになり、細胞は動けないことになる。(出典:JST・東京大学共同発表 15)

cAMPによる知覚系シグナリングとは別に、駆動系のシグナリングについても検討し、細

胞性粘菌のアメーバ状の形態が、細胞骨格を担うアクチンタンパク質とそれに付随する膜

上のホスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)シグナルの波の幾何学的特徴により決定

されていることを、生細胞イメージング計測によって世界で初めて明らかにした。

アメーバ状の形態変化はヒト好中球やマクロファージなどの運動や食作用でもよく知ら

れ、癌細胞が浸潤、転移する際にも同様の運動形態がみられる。こうした運動は全くので

たらめではなく、膜の伸縮、伸張と移動が柔軟なテンポとタイミングでおこなわれ、かつ

細胞全体の変形としての調和がとれている。今回、アクチンの重合により生じるアクチン

波のパターンと細胞形状の決まり方を調べ、アメーバ状細胞全体の形態との関係を明らか

にした。また、数理モデルによる解析から、ゆらぎによって、ランダムな場所で波が発生

する一方で、波それ自体の発展規則は決定論的であり、規則性とランダム性の両方がせめ

ぎあうことで、複雑なアメーバ形状の自発的な変化が生み出されていることを示した(図

2-7)[59]。

図 2-7 A)リン脂質系の反応のスキームと数理モデル。B)計算機シミュレーションの結果

(出典:東京大学ニュース 2013.03.22 16))

理論面では、遺伝子発現制御ネットワーク (GRN) を持つ細胞が相互作用している多細胞

系の数理モデルを発展させて、幹細胞の発生分化過程における不可逆性や分化安定性の出

16 http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_250312_j.html

Page 41: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

37

現機構の理解を深めた。遺伝子数が5である可能なすべての GRN(約 1 億通り)について、

細胞数が 32になるまでの発生過程をすべてシミュレーションし、細胞間の相互作用によっ

て細胞状態が多様化するものを選んだ。細胞の状態が遷移した後に一部の細胞が元の状態

に留まるという幹細胞的な振る舞いをするケースを抽出したところ、その全てにおいて、

分化能を持つ細胞は振動する遺伝子発現ダイナミクスを持つことが改めて確認された。こ

の分化過程は一部の細胞を取り除くという外部からの摂動に対して安定であった。さらに、

幹細胞的な発現ダイナミクスをもたらす GRNの性質を調べたところ、特定のフィードバッ

クループが有意に多く存在することが確認された[60]。

幹細胞の細胞分化に関する研究をまとめて Science 誌に投稿した。幹細胞が持つ特性(自

己増殖性と分化性)は、複数のアトラクターの存在や 1細胞内の発現ダイナミクスのノイズ

だけで理解することは難しく、増殖する細胞と細胞の相互作用をも考慮したモデルにより

初めて理解されること、並びに幹細胞分化過程における時間的に振動する発現ダイナミク

スの重要性を議論した。同時に、多能性を人為的に回復させるためにはある種の遺伝子群

を強制的に導入発現させることが必要との仮説を改めて提案した[61]。

図 2-8 幹細胞の分化ダイナミクス模式図 A:遺伝子発現が自己促進されている系では、ノイズが増幅され分化が起こる。B:遺伝

子発現が相互に抑制される系では、時間的に振動する発現ダイナミクスが生じ、細胞増

殖に伴う細胞と細胞の相互作用により分化が起こる。(出典:Furusawa, Kaneko [61])

また、振動を示す力学系がサドルノード分岐を相互作用により起こす場合、結果として

状態が分化することを明らかにし、これにより安定した細胞分化が生じる仕組みを力学系、

GRNの両面から明らかにした[62]。

なお、幹細胞で特定のタンパク質の発現が振動している現象は多くの研究者が観察して

いる[63],[64]。特に景山らは、ES 細胞内で HeS1 タンパク質の量が振動し、分化した細胞で

はその振動が消えることを1細胞イメージングにより確認した[65]。また、マウス神経幹細

胞の Ascl1タンパク質が同様の振る舞いを示すことを見出している[66]。

一方で、癌化についても仮説を提唱した。多種多様な GRNのシミュレーション実験では、

あたかも癌細胞と同じ特徴を示す細胞が出現する。その細胞は、細胞内の多様性をなくし

Page 42: follow2004 kaneko shiryo...4 第 1 章 プロジェクトの概要 本プロジェクトは、生命現象を力学系としてとらえ、非平衡現象の理論や非線形ダイナ

38

ているが正常な分化過程を示さず、周りの細胞と協調できずに勝手に増殖するという性質

を示す。このシミュレーション結果をもとに、癌細胞の出現は遺伝子変異の結果ではなく、

細胞と細胞の異常な相互作用や環境の変化によるもので、癌化した細胞は変異に対する堅

牢性を失っており、結果として遺伝子変異が蓄積するとの仮説を提案した(図 2-9)[67]。

図 2-9 正常な発生分化過程とガン化状態アトラクターの模式図

正常な発生過程は幹細胞アトラクターから始まり、細胞数の増加と細胞間の相互作用に

より進行する。一方で、過度の摂動により正常な発生過程から逸脱するガン化状態のア

トラクターが存在し、その安定性は遺伝子変異により増強される。(出典:Kaneko [67])

(4)進化

四方 GLのプロジェクト後の成果(膜タンパク質の進化実験)については 2.2 ①に記載し

た。

プロジェクト期間中の重要な成果として、ゆらぎが増加し可塑性が回復する進化過程を

実験的に実証したが (1.5.3)、理論面からも考察した。環境変化により適応度の条件が変

化する GRNモデルを考え、いったん減っていたゆらぎが上昇し、その後環境への適応が進

むにつれてまた減っていくことを示した。ゆらぎが上昇する過程でも、同一遺伝子での表

現型の分散 (Vip) と遺伝子変異による表現型の分散 (Vg) はほぼ比例していた[68]。

これまでの研究で明らかにされた表現型ゆらぎと進化の関係を整理し、発生過程でのノ

イズが進化的安定性をもたらす機構をレビューした[69]。この中で、残された課題として、

二倍体細胞への理論の一般化や、種分化理論[6]の普遍化などを挙げた。

(5)共生

2.2 ①にプロジェクト後の進展を記載した。

(6)その他

(a) 生物システムが持つ安定性の一般原理解明を目的に、生物時計が温度によらずに 24

時間周期を刻む謎を理論的に解明した。シアノバクテリアの概日性は Kaiタンパク質のリ

ン酸化・脱リン酸化により制御されているが、この反応過程で使用できる細胞内の酵素の

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39

量が一定であることに注目したモデルを作成した(図 2-10)。計算機シミュレーションによ

り、温度による反応速度の上昇を、取り合いによる酵素の減少分がちょうど打ち消して、

システム全体では、概日リズムが一定に保たれることを示した。この仕組みは、概日性だ

けに限らず、一連の化学反応の各ステップで同じ酵素を取り合うシステムであれば成り立

つもので、外環境の変化の下で生物が生体機能を維持していける原理に繋がると考えられ

る[70]。

図 2-10 KaiC生物時計の概日性モデル KaiCタンパク質(C)はリン酸化部位を 6箇所持っており、活性型と非活性型の両方

をとりうる。KaiC は、活性状態では KaiAタンパク質により速度 kpでリン酸化さ

れ、非活性状態では速度 kdpの無触媒反応で脱リン酸化される。KaiCと KaiAの親

和性はリン酸化の度合いとともに減少する。

(出典:Kaneko, Hatakeyama[70])

(b) 脳における学習と記憶に関する研究も実施し、記憶=アトラクターという描像にかわ

って、記憶の想起は入力に応じて、要請された出力が生じるように神経力学系の分岐が生

じることであり、学習によってそのような分岐を起こす力学系が形成されるとの仮説を提

唱した[71]。

(c) 「複雑生命システム動態研究教育拠点」メンバーとなっている豊田らは、四方 GLとは

別の視点から人工複製細胞の構築を検討している。彼らは、ショスタック(2009 年ノーベ

ル賞生理学・医学賞受賞)らが提唱した要件(境界・情報・触媒)を満たす人工細胞を、有機

合成人工膜を用いて構築した[72]。東京大学ニュースリリースは、本成果を生物と無生物を

繋ぐ実験系の提示に成功し、生物起源の謎に迫る重要な知見になるとしている17)。

2.2 プロジェクト参加研究者の活動状況

添付資料 Eにプロジェクト参加研究者の動静を示す。参加研究者の多くが公的研究機関

で活躍しており、本プロジェクトの目的であった若手研究員の育成が着実に進展している

ことが窺える。特に活躍が顕著な研究員について、その後の活動状況を記載する。

17 http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20110905203947.html

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40

①四方哲也・構成的生物学実験 GL(現 大阪大学大学院 生命機能研究科 教授)

四方 GLは、ERATO「四方動的微小反応場プロジェクト」(2009~2014年度)18) の研究総括

を務め、人工細胞構築を目指して複製および進化研究を発展させている。

(a) 進化の機能を持った人工細胞の作成

RNA 複製酵素をコードした RNA ゲノムを無細胞蛋白翻訳系とともに約 2 マイクロメータ

ーの細胞サイズの油中水滴に封入し、37℃で反応させて RNAゲノムを複製できる人工細胞

を作成した(図 2-11 A)。人工細胞内の複製は栄養成分の枯渇により停止するため、栄養と

なるタンパク質群を含んだ水滴を外部から添加し、人工細胞と融合させて栄養の補給を図

った(図 2-11 B)。この融合により人工細胞は一旦大きくなるが、さらにかき混ぜることで

元のサイズに分裂した。細胞融合操作と分裂を繰り返すことにより、人工細胞内で半永久

的にゲノム RNAの複製を継続することに成功した。さらに、複製中に生じたエラーにより

ゲノム RNA中に突然変異が起こり、ゲノムの多様性が自然に生じ、結果として複製能力の

高い RNA 変異体が元の RNA を駆逐していくことを発見した(図 2-11 C)。50 世代の分裂に

より、複製能力は約 100倍に上昇し、ゲノム RNAには 38個の変異が蓄積されていた[73]。

図 2-11 人工細胞におけるゲノム RNAの進化と人工細胞の顕微鏡写真(D)

(出典:大阪大学ニュースリリース19))

大阪大学ニュースリリース(2013 年 10 月 3 日)19は、継代するだけで自発的に進化する

能力を持つ人工細胞の作成に成功したのは世界で初めであるとしている。この成功は、反

応システムの機能を保ったまま微小な区画構造に封入する技術の確立と、無細胞蛋白翻訳

系の反応効率の向上によるところが大きい。

18 http://www.jst.go.jp/erato/research_area/ongoing/ydb_PJ.html 19 http://www.jst.go.jp/pr/announce/20131003-2/

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41

(b) 人工細胞による膜タンパク質を進化させる技術(リポソームディスプレイ法)の開発

細胞サイズのリポソーム内に膜タンパク質であるα-ヘモリシンをコードする DNAと無

細胞蛋白翻訳系を封入した。その際に、人工脂質および人工細胞内の分子を工夫し、合成

された膜タンパク質が人工脂質膜に組み込まれ正常な機能を発揮できる条件を設定した。

また、機能の高い膜タンパク質を発現したリポソーム人工細胞は、細胞外の蛍光タンパク

質をより多く取り込んで強い蛍光強度を示すことを利用し、蛍光セルソータを用いて選択

できる実験系を確立した。さらに、リポソームに封入する DNAの濃度を十分に低くし、一

部のリポソームのみが 1つの遺伝子を含むようにした。この人工細胞を使って膜タンパク

質を実験室で進化させる技術を「リポソームディスプレイ法 (liposome display)」と名付

けた。

α-ヘモリシン遺伝子に人工変異を導入し、100 万種類の多様な遺伝子集団に対してリ

ポソームディスプレイ法を適用し、蛍光強度の高い人工細胞をセルソータで分取した。こ

の作業を 20回繰り返した結果、野生株よりも 30 倍も機能が向上したα-ヘモリシン変異

体の取得に成功した(図 2-12)[74]。大阪大学ニュースリリース(2013年 10月 1日)は、この

リポソームディスプレイ法は様々な膜タンパク質に適用可能であるとしている20)。

図 2-12 リボソームディスプレイによるα-ヘモリシンの進化

(出典:大阪大学ニュースリリース 20)

(c) 適応

四方 GLは、大阪大学グローバル COE「アンビエント情報社会基盤創成拠点」の中で (1-5-2

(1) ③)の成果を発展させた。プロジェクト期間中に開発された 1細胞リアルタイム計測系

を用いて、本来の制御外に配置されたアミノ酸生合成遺伝子の発現量を計測し、発現のゆ

らぎが大きい程、外部環境変化(刺激)による発現量の増加も大きくなり、if-then 型の制

20 http://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2013/20131001_4

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42

御機構がなくても環境に適応できることを見出し[75]、アトラクター摂動の概念を提唱した21)。

(d) 共生

大腸菌と細胞性粘菌の共生系構築研究を継続した。培養環境が均一な液体培養系を採用

し、両者にそれぞれ異なる栄養要求性を付加して、互いの栄養素を補完し合うときのみ共

生が成立する系を検討した[76]。

②古澤 力 構成的生物学理論 GL

プロジェクト終了後の 2011年に、理化学研究所・生命システム研究センター(QBiC)・多

階層生命動態研究チームリーダーに就任し、理化学研究所における複雑系生命科学研究の

中心となっている。また、2012年からは大阪大学大学院・情報科学研究科の招聘教授も務

めている。

古澤 GLはプロジェクト後も複製・適応・分化・進化等の理論の発展に貢献している(2.2

参照)。一方で、ラボオートメーションによる自動培養システムを開発して、大腸菌の種々

の耐性変異株(エタノール耐性、抗生物質耐性、高浸透圧耐性など)や比増殖速度が向上し

た変異株を広範囲に取得した。得られた変異株について、プロジェクト期間中に自身が開

発した高感度マイクロアレイによる発現解析と次世代シークエンサーによるゲノム変異解

析を実施し、適応進化のダイナミクスを担うメカニズムの探求を継続している。薬剤耐性

株について、耐性能のトレードオフの存在を解析したところ、薬剤 Aの耐性株が薬剤 Bに

ついては感受性になるといったトレードオフの関係を持つものが複数確認された(科研費

新学術領域研究「変動する環境下での人工進化実験による進化過程の解析」2011年度研究

実績報告書22))。また、400 時間の植え継ぎ培養で、比増殖速度が 20%上昇した株を取得し

た。さらに、独立の進化実験で得られた複数のエタノール耐性株において共通の代謝状態

の変化が起こっており、遺伝子発現プロファイルの時系列解析も共通の発現変化の軌跡を

描いていながら、ゲノム変異において耐性株間で共通性が低いことを見出した。この結果

は、ゲノム変異によらない、長い時間スケールを持つ適応ダイナミクスの存在を示唆して

いる(科研費若手研究(A)「ラボオートメーションを活用した大腸菌人工進化実験による適

応進化ダイナミクスの解析」23))。

古澤 GLは、微生物の有用化合物生産能向上を目的に、代謝シミュレーションを用いて遺

伝子操作のターゲットを予測することにも成功している(大阪大学ニュースリリース 2013

年 11月 29日24))。

古澤 GLは 2011年に、文部科学大臣表彰若手科学者賞、並びに「カオス力学系による細

胞分化の理論的研究」で、生物物理学の領域からは初の西宮湯川記念賞(第 26回)を受賞し

た。また、2012年度に「in silico 代謝フラックス予測システムの構築とその実験的検証」

21 「アンビエント情報社会基盤創成拠点 」2012年度報告書

(http://www.ist.osaka-u.ac.jp/GlobalCOE/Activity_JP/2010Report) 22 http://kaken.nii.ac.jp/d/p/23128509/2011/3/ja.ja.html 23 http://kaken.nii.ac.jp/d/p/23680030/2011/3/ja.ja.html 24 http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/ResearchRelease/2013/11/20131129_1

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43

でバイオインダストリー協会の発酵と代謝研究奨励賞を受賞した。

③その他

澤井哲・複雑系ダイナミクス解析実験 GLは、東京大学大学院・総合文化研究科・広域化

学専攻准教授に就任し、細胞性粘菌の研究を続け前節記載の重要な成果を挙げた。JST さ

きがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」(2011-2015 年度)の領域メンバー25)、東京大学

「複雑生命システム生命システム動態研究教育拠点」(2013-2017年度)のメンバーとなっ

ている。2012年度の文部科学大臣表彰若手科学賞を受賞した。

藤本仰一・複雑系ダイナミクス解析理論 GLは、物理系の出身者として初めて大阪大学・

理学研究科・生物科学専攻准教授に就任した。

その他、立川正志・複雑系ダイナミクス解析理論 GL(藤本の後任)、勝木厚成、森下喜弘、

P. Benjamin、正木紀隆、小野直亮、市橋伯一、鈴木真吾らの研究員が公的研究機関で研究

職に就いている。

2.3 2章のまとめ

プロジェクト終了後も金子研究総括を始め多くの GLが公的研究資金を獲得して、研究活

動を継続している。

金子研究総括は、複製・適応・発生分化、進化の理論をそれぞれ進展させると同時に、

多数の招待講演を通して複雑系生命科学の普及に取り組んでいる。2013年度からは「複雑

生命システム動態研究拠点」を立ちあげ、プロジェクトでは未解決であった、生命の「動

的状態理論」の完成を目指している。

四方 GLは自身の ERATO プロジェクトを立ち上げ、プロジェクト期間中の成果(小数分子

制御理論、微小反応場理論、反応カイネティクスなど)をベースに、人工細胞構築および人

工進化実験を大きく進展させた。古澤 GL、澤井 GL もそれぞれ着実に成果を挙げている。

また、多くのプロジェクト研究員が公的研究機関で研究職についており、今後の活躍が期

待される。

なお、金子研究総括は、複雑系生命科学の基礎となる力学系の「大自由度カオスの理論」

研究で、2010年度に仁科記念賞(公益財団法人仁科記念財団)を受賞した(添付資料 D参照)。

25 http://www.jst.go.jp/presto/synbio/

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44

第 3 章 プロジェクトの成果の波及と展望

3.1 科学技術への波及と展望

3.1.1 学術的な新発見や発明による科学技術の波及

金子研究総括が提唱した「複雑系生命科学」の概念は、ライフサイエンスの分野に「生

命動態システム科学」という大きな潮流を生み出している。

2010年に日本学術会議主催で開催された「生命動態システム科学」シンポジウムは、『「生

命動態システム科学」推進のためのアクションプランの提言』をまとめ、その中で「生命

動態システム科学」は「複雑な生命現象の動態を時・空間を有する先端定量計測と高精度

モデリングをもとに、in silico(計算機上)と in vitro(試験管内)で再構成することを目

指す研究体系」と定義した26)。この定義からは「生命動態システム科学」が、本プロジェ

クトが目指した「複雑系生命科学」とほぼ同様であることが窺える。わずかな違いは、「複

雑系生命科学」が、部分と全体のダイナミクスの相互作用という複雑系の視点をより重視

することであろう。この提言を受けて、『「生命動態システム科学」の今後の推進のあり方

について、2011 年 7 月 19 日)』報告書27)が作成され、その後、「複雑生命システム動態研

究教育拠点」に繋がったことは 2.1.2 に記載した。

生物の持つゆらぎの意義を明確にした本プロジェクトの成果は、ゆらぎの積極的利用を

目的としたプロジェクトにも繋がった。大阪大学グローバル COE「アンビエント情報社会

基盤創成拠点」は、「生物ダイナミクス領域」を設け、「無数の予期せぬ外乱との遭遇の長

い歴史を通り抜けてきた生物ネットワークが採用している原理を学び、ITネットワークに

応用する」ことを目標とした28)。この領域には四方 GL と古澤 GL が参画し、アトラクター

摂動等の概念を提唱した(2.2 ① (c)参照)。本 COEからは、ゆらぎを ITネットワークに応

用する開発が進行している(3.2.1 参照)。

3.1.2 新規な理論や概念の提唱

金子研究総括が、本プロジェクト期間も含めこの 10年余りで、共同研究者とともに提唱

した新規な理論や概念は以下の通りである。

①複製

複製系では小数分子が他の分子をコントロールするようになり、結果として情報を担う

ようになるという小数分子コントロール理論を提唱した[3]。

細胞が再帰的増殖をするための普遍統計則として、遺伝子発現量(タンパク質の量)を多

い順に並べると、量が順位に逆比例する法則(Zipf則)を発見した[4]。また、細胞ごとの成分

量のゆらぎが対数正規分布になることを発見した[18]。これらは、生物という複雑な系にお

いても物理の一般則が適用できることを示したものである。

26 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n752_06.pdf 27 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n889_00.pdf 28 「アンビエント情報社会基盤創成拠点 」2012年度報告書

(http://www.ist.osaka-u.ac.jp/GlobalCOE/Activity_JP/2010Report)

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45

②適応

ゆらぎを利用して、シグナル伝達機構がない状況でも環境に適応できることを実験で示

し、アトラクター選択という概念を提唱した[22]。

③分化

細胞内部のダイナミクスの不安定性と空間的な相互作用により、細胞分化および組織が

形成されることを理論的に示した(幹細胞カオス仮説)[6],[30],[61]。同時に、多能性を人為的

に回復させるためには、ある種の遺伝子群を強制的に導入発現させることが必要との仮説

を提案した[6],[61]。

また、細胞と細胞の相互作用による表現型の分化が遺伝型の進化を促すという種分化の

理論を提唱した [5] 。

④進化

物理学での揺動散逸定理を一般化して、表現型のゆらぎと遺伝子の進化の速度の間の比

例関係を示す理論を提唱した[7]。また、「同一遺伝子を持った個体間での表現型ゆらぎ」と

「遺伝子の分散による表現型ゆらぎ」との間に比例関係があることを見いだし[36]、発生過

程でのノイズに対する安定性が進化的安定性をもたらすことを示した[37]。さらに、表現型

ゆらぎが増大する進化を観察し[33]、それを理論面から説明した[68]。

3.1.3 新たな研究領域や研究の潮流の形成

プロジェクト期間中に複雑系生命科学に軸足を置いた「細胞を創る研究会」(2007年)と

「定量生物学の会」(2009 年)が、それぞれ発足し、活動を続けている。

「細胞を創る研究会」29)は、会員数が順調に増加し、人文系の会員を中心に生命倫理に

関する議論も進めている30)。「定量生物学の会」31)は、毎年 200人程度の参加者全員がポス

ター発表する形式で運営されており、生物系や工学系を含め、多くの領域の若手研究員が

自由に議論できる場として活用されている32)。

また、生物における小数成分の重要性を研究する、小数性生物学:文部科学省科学研究

費補助金新学術領域研究(2011~2015年度)が進行しており、金子研究総括が評価委員を務

めている33)。

なお、生命動態システム科学研究として、「複雑生命システム動態研究教育拠点」以外に

次のプロジェクトが進行している。

・CREST「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」(山本雅研究総括:沖縄科学技

術大学 細胞シグナルユニット教授)34)

・さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」研究領域 (上田泰己研究総括:東京大学大

学院医学系研究科教授)25)

・CREST「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術(田中啓二研

29 http://www.jscsr.org/about/namelist.html 30 四方 GLのコメントによる。 31 http://q-bio.jp/wiki/Main_Page 32 澤井 GLのコメントによる。 33 http://www.paradigm-innovation.jp/doc/newsletter/NL03web.pdf 34 http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah23-5.html

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46

究総括(東京都医学総合研究所所長))35)

・さきがけ「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究総

括:若槻壮市(米国SLAC国立加速器研究所光科学部門教授/スタンフォード大学医学部構造

生物学教授)36)

・理化学研究所生命システム研究センター(QBiC) (柳田敏雄センター長)37)

・多次元定量イメージングに基づく数理モデルを用いた動的生命システムの革新的研究体

系の開発・教育拠点(代表研究者:京都大学 松田道行)38)

・転写の機構解明のための動態システム生物医学数理解析拠点(代表研究者:東京大学 井

原茂男)39)

・核内クロマチン・ライブダイナミクスの数理研究拠点形成(代表研究者:広島大学 楯真

一)40)

3.1.4 科学技術への波及のまとめと展望

大沢文夫(名古屋大学名誉教授)は、「生命とは何か:複雑系生命論序説」(東京大学出版

2003年)の書評で、「ゆらぎ、相互作用、状態、そして新しい構造の生成の話が各レベルで

現れる。構造の階層を上がるごとに新しい機能が生まれること、しかも相重なる階層を通

じて成立する基本的法則が存在すること、を理解するのが物理であるという。その意味で

この本はひとつの新しい生命の物理の誕生を期待させる。」と記した41)。Nature 誌に載っ

た「Life: An introduction to complex systems biology」(Springer 2006)に対する書評

は、物理や化学で使われる力学複雑系の理論が生物やそれが増殖し機能していることと何

ら関係がない、と苦言を呈したが、「Even though I am critical of his approach, the book

is filled with insights and useful criticisms of some of the standard models and

theories used in systems biology」として、複雑系生命科学に一定の評価を与えた42)。

また、Wikipediaの Systems biology43)の項は、Further reading として Kaneko, Kunihiko

(15 September 2006). Life: An Introduction to Complex Systems Biology.

Springer-Verlagを推薦している。

「生命とは何か 第 2 版 複雑系生命科学へ」(東京大学出版会 2009 年)の書評(和田

昭允・東京大学名誉教授)は、「枚挙生物学を批判して颯爽と現れた分子生物学が、半世紀

を経た今日、枚挙分子生物学となってしまった」とし、「しかし、開拓者精神に挫折はない。

本書は“第 2の枚挙期”にある生命科学を、近年、急速な発展を遂げている“複雑系を相

手にする科学”で整理する。生命という物質世界の特区を、物理学の筆で綺麗に描いてみ

せようという大胆なチャレンジだ。」と評している44)。

35 http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah24-3.html 36 http://www.jst.go.jp/presto/struct-lifesci/ 37 http://www.qbic.riken.jp/japanese/ 38 http://www.systemsbiology.lif.kyoto-u.ac.jp/member/index.html 39 http://faculty.ms.u-tokyo.ac.jp/users/cbmdcp/ 40 http://www.mls.sci.hiroshima-u.ac.jp/chrom/ja/index.html 41「蛋白質 核酸 酵素」49巻、583、2004 42 Nature, 446, 494, 2007 43 http://en.wikipedia.org/wiki/Systems_biology 44「蛋白質 核酸 酵素」54巻、879、2009

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47

これらの複雑系生命科学に対する国内外の評価を待つまでもなく、金子研究総括が「複

雑生命システム動態研究教育拠点」を、四方 GLが ERATO「四方動的微小反応場プロジェク

ト」をそれぞれ立ち上げたという事実は、ERATO「金子複雑系生命プロジェクト」が分子生

物学とは相補的な新しい学問領域創成に貢献したことを示している。

「金子複雑系生命プロジェクト事後評価報告書」は、「散逸構造のような基本概念は未だ

霧の中という印象が残っている」としており、金子研究総括も「複雑生命システム動態研

究教育拠点」のミッションに「細胞の動的状態理論の完成」を挙げている。プロジェクト

で多くの優秀な若手理論研究員が育っており、総論としての基礎理論の構築が期待される。

3.2 社会経済への波及と展望

複雑系生命科学は、10~20年後の実用化・産業化を展望した基礎研究と位置付けられて

おり(1.2.2 参照)、その成果の直接的な実用化例はない。しかしながら、生物のゆらぎを

利用した IT仮想ネットワーク制御、表現型ゆらぎと進化速度理論の進化工学への応用、発

生分化理論の再生医療への応用、新しい抗生物質耐性機構解明に基づく創薬研究への展開

などの芽が見えてきている。さらに、プロジェクト成果を発展させた高効率無細胞タンパ

ク質合成系の実用化が予定されている

3.2.1 仮想ネットワーク制御への応用

大阪大学ニュースリリース『生物の「ゆらぎアルゴリズム」を仮想ネットワーク制御技

術に世界で初めて適用』(2013年 1月 24日)は、大阪大学・電気通信大学・NTTが共同で、

大規模災害時の早期復旧・サービス継続を可能とする世界初のネットワーク制御技術を開

発、と報じた45)。これはプロジェクトの直接の成果ではないが、プロジェクトで見出され

た生体ゆらぎに起因するアトラクター選択という適応理論が、基本概念として活かされた

ものといえる(図 3-1)。

生物が if-then型の制御機構がなくても、ゆらぎにより環境に柔軟に適応しうるという

理論は、ITネットワークなどの最適化が求められる多くの社会事象への応用が期待される。

45 http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/ResearchRelease/2013/01/20130124_1

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48

図 3-1 管理型自己組織化制御の概要 (出典:大阪大学ニュースリリース 生物の「ゆらぎアルゴリズム」を仮想ネ

ットワーク制御技術に世界で初めて適用 45)

3.2.2 無細胞タンパク質合成キットの実用化

四方 GLはプロジェクト期間中に取得した登録特許「高効率無細胞蛋白質合成系」(表 2-4

参照)の技術を ERATO「四方動的微小反応場プロジェクト」でさらに発展させ、生産性の高

いタンパク質合成系を完成させた。ジーンフロンティア社46)がこの合成系をタンパク質合

成キット PUREfrex2.0 として試験販売している(図 3-2)。

図 3-2 PUREfrex パンフレット (出典:日本生化学会第87回大会展示ブース資料)

46 http://www.genefrontier.com/index.html

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49

3.2.3 その他の社会的波及効果

JST・研究開発戦略センターは、科学技術未来戦略ワークショップ報告書「生命動態シス

テム科学を活用した多細胞体構築技術」を 2010年に発表した47)。ワークショップは再生医

療の要である多細胞構築技術における生命動態システム科学の重要性を議論したもので、

金子研究総括も「数理生物学」について講演した。金子研究総括は 2001年の論文[6]で、分

化細胞が多能性を回復するためにはある種の遺伝子を強制的に発現させる必要性を予言し

ており、今後、iPS 細胞における多能性回復の基本原理解明に繋がれば、その社会的波及

効果は大きいと言える。

また、細胞性粘菌の cAMPシグナリング(1.5.3 (1))や「走化性パラドクス」の解明、お

よびアクチン波(2.1.6 (3))の機構解明は、アメーバ様の運動をするヒト免疫細胞や浸潤ガ

ン細胞などの人工的な制御に繋がると期待されている48),49),50)。

若本らの「パーシスタンス現象」の機構解明(2.1.6 (2))は、感染症治療の効率化や投薬

設計の改善などへ応用できる可能性があるとされている51)。

進化速度と表現型ゆらぎとの比例関係の理論や、発生過程でのノイズに対する安定性が

進化的安定性をもたらすという進化理論は、進化工学に明確な設計原理を与えるもので、

種々の人工進化実験の迅速化に繋がり、微生物育種・植物品種改良などの効率化が期待で

きる52)。

3.2.4 社会への貢献

文部科学省は 2011年度 (平成 23年度)の戦略目標に「生命現象の統合的理解や安全で有

効性の高い治療の実現に向けた in silico/in vitro での細胞動態の再現化による細胞と細

胞集団を自在に操る技術体系の創出」を定め、将来実現しうる重要課題の達成ビジョンと

して次の 3点を掲げた53)。

・各種疾患の原因となる細胞の老化や、再生医療において重要な幹細胞の分化など、複合

要因で制御される現象の再現

・がん等の各種疾患の機構等を理解するための細胞集団や細胞内の局所微小環境に特異的

な生体分子の相互作用の再現

・創薬等に実用的な予測性を有する細胞内情報伝達シミュレーションの実現

本プロジェクト期間中および期間後の成果は、これらの達成ビジョンの実現に向けた理

論根拠を示しつつあり、社会への貢献度が高いことが窺える。

47 http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2010/WR/CRDS-FY2010-WR-01.pdf 48 http://www.u-tokyo.ac.jp/public/pdf/220423.pdf (東京大学ニュースリリース) 49 http://www.jst.go.jp/pr/announce/20141106/index.html (JST・東京大学共同発表) 50 http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_250312_j.html 東京大学ニュース 51 http://www.jst.go.jp/pr/announce/20130104-2/index.html?utm_medium=twitter (東京大学・JST共

同発表) 52 伏見譲(総合研究大学院大学教授、金子複雑系生命科学プロジェクト事後評価委員長)のコメントによ

る。 53 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/05/attach/1306072.htm

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50

3.2.5 社会経済への波及のまとめと展望

本プロジェクトの目標は複雑系生命科学という新しい基礎学問を確立することであった

が、前節で記載したようにその社会的波及効果も見えつつある。ここでは、今後の展望と

して、「複雑生命システム動態研究教育拠点」が掲げる波及効果を次に示す54)。

「生物システムが我々の日常の機械と異なる利点は、環境に応じてその性質を変え、ま

た変化に適応して柔軟に振る舞い、そして、ゆらぎ変動している状況の中でも安定して振

る舞う点であろう(可塑性、柔軟性、安定性)。しかし、柔軟さを、感覚的に表現していた

だけでは、その応用も困難であろう。われわれのつくりあげる学問においては、ゆらぎや

分布とシステムの可塑性や柔軟性が理論的に結びつけられ、それにより、一見曖昧な柔軟

性を科学の俎上にのせる基盤が作られる。さらに、柔軟性を持った素子が集まって、いか

にゆらぎを制御ないし利用し、ゆらぎに対して頑強な機能があらわれるかの理解がなされ

る。その意味で、生物の柔軟性を模したシステム開発には欠かせない原理を与えると期待

される。各テーマで述べるようにこの原理の解明は、分化多能性の制御、抗生物質耐性菌

の抑制、機能を持つ微生物の進化と進化工学、さらにはそれによる創薬、といった形で医

療やテクノロジーへの大きなインパクトがある。また、この計画を実現する過程で開発す

る、微小空間内での反応の再構成・設計技術や1細胞長期培養顕微鏡測定技術、細胞間相

互作用を制御しながら培養する技術などはそれ自体として大きな技術革新となろう。」

54 http://kyoten.c.u-tokyo.ac.jp/

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