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5: GIS -理論と応用 Theory and Applications of GIS, 2008, Vol. 16, No.1, pp.49-58 【研究・技術ノート】 GIS ソフトウエア実習のオンライン学習教材の開発と授業実践 高橋昭子・岡部篤行 Development of the online learning system for GIS practical training and implementations of classes Akiko TAKAHASHI, Atsuyuki OKABE Abstract: The objectives of this paper are: first, to report the methods of developing on-line learning materials for exercising GIS software; and to report students’ achievement observed from the access logs of the on-line web-server and their test results. The authors and their four colleagues conducted classes using the on-line learning system. From the access-logs of their classes, the followings were observed. First, the students learned how to use GIS according to the instructions of the teachers. Second, the students spent much time when the operation of the software was complicated; when the software interface was not sensitive against wrong operation; and when the students were supposed to fill in conditions according to a fixed format. Third, in the undergraduate classes, the average score approached a standard level as the students repeated tests; in the master-course classes, the students tried tests until they got full marks. Keywords: オンライン学習(online learning),GIS 実習(GIS practical training),アクセスログ解析 access log analysis1.はじめに 当報告では,大学における GIS ソフトウエア実 習をオンラインで実現する教材の開発とそれを用い た授業から得られた知見について報告する. GIS ソフトウエアの利用法を知っていると,研究 者はプログラミングをしなくても空間情報の典型的 な処理ができる.大学で GIS ソフトウエアの使い 方を学習する機会が提供されれば,研究者の利益は 大きい. GIS ソフトウエアの利用法の習得を目的とした教 育は,そのソフトウエアを販売する企業が主催する 講習会で行われていることが多い.例えば,ピツニー ボウズ・マップインフォ・ジャパン株式会社では, MapInfo Professional の基本操作の理解を目指した 講習会にとして「基本操作 1」と「基本操作 2」の 2 つのコースを開催している(http://japan.mapinfo. com/location/traning/service/).各コースとも 1 10 時から 5 時までの講習会を,2 日間に渡り実 施している.つまり,これらの講習会では,昼休 みを 1 時間としても,計 24 時間をかけて MapInfo Professional の基本操作を教えている.大学の授業 時間を 1 時限 90 分とするならば,これは 16 時限分 にあたり,週 1 時限の授業なら,ほぼ半期分の時間 をかけて GIS ソフトウエアの基本操作を教えてい ることになる. この例のように GIS ソフトウエアの基本操作の 高橋:千葉県柏市柏の葉 5-1-5 東京大学 空間情報科学研究センター Tel04-7136-4291 E-mail[email protected]

GISソフトウエア実習のオンライン学習教材の開発 …61! X 教育にはかなりの時間がかかる.しかし,大学では GIS ソフトウエアの利用法を教えることだけが授業

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GIS-理論と応用Theory and Applications of GIS, 2008, Vol. 16, No.1, pp.49-58

【研究・技術ノート】

GIS ソフトウエア実習のオンライン学習教材の開発と授業実践

高橋昭子・岡部篤行

Development of the online learning system for GIS practical training

and implementations of classes

Akiko TAKAHASHI, Atsuyuki OKABE

Abstract: The objectives of this paper are: first, to report the methods of developing on-line

learning materials for exercising GIS software; and to report students’ achievement observed

from the access logs of the on-line web-server and their test results. The authors and their four

colleagues conducted classes using the on-line learning system. From the access-logs of their

classes, the followings were observed. First, the students learned how to use GIS according

to the instructions of the teachers. Second, the students spent much time when the operation

of the software was complicated; when the software interface was not sensitive against wrong

operation; and when the students were supposed to fill in conditions according to a fixed

format. Third, in the undergraduate classes, the average score approached a standard level as

the students repeated tests; in the master-course classes, the students tried tests until they got

full marks.

Keywords: オンライン学習(online learning),GIS実習(GIS practical training),アクセスログ解析

(access log analysis)

1.はじめに 当報告では,大学における GISソフトウエア実習をオンラインで実現する教材の開発とそれを用いた授業から得られた知見について報告する. GISソフトウエアの利用法を知っていると,研究者はプログラミングをしなくても空間情報の典型的な処理ができる.大学で GISソフトウエアの使い方を学習する機会が提供されれば,研究者の利益は大きい. GISソフトウエアの利用法の習得を目的とした教育は,そのソフトウエアを販売する企業が主催する

講習会で行われていることが多い.例えば,ピツニーボウズ・マップインフォ・ジャパン株式会社では,MapInfo Professionalの基本操作の理解を目指した講習会にとして「基本操作 1」と「基本操作 2」の2つのコースを開催している(http://japan.mapinfo.

com/location/traning/service/).各コースとも 1

日 10時から 5時までの講習会を,2日間に渡り実施している.つまり,これらの講習会では,昼休みを 1時間としても,計 24時間をかけてMapInfo

Professionalの基本操作を教えている.大学の授業時間を 1時限 90分とするならば,これは 16時限分にあたり,週 1時限の授業なら,ほぼ半期分の時間をかけて GISソフトウエアの基本操作を教えていることになる. この例のように GISソフトウエアの基本操作の

高橋:千葉県柏市柏の葉 5-1-5 東京大学 空間情報科学研究センター Tel:04-7136-4291 E-mail:[email protected]

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教育にはかなりの時間がかかる.しかし,大学ではGISソフトウエアの利用法を教えることだけが授業の目的となることは少ない.それは,GISソフトウエアは研究のための道具であり,その使い方の習得は研究そのものではないと思われているからであろう。しかし研究には有効なので習得する効用はあるが,先に例示したような企業の講習会は有料であることが多く,学生全員に受講させるには経済的に困難がある. これを解決する一つの方法として,学生が独力でGISソフトウエアの使い方を学習できる教材を作成し,様々な大学に提供することが考えられる.そこで筆者らは,GISソフトウエア,ArcGISの利用法が独習可能な教材「はじめての ArcGIS」(以下,本教材)を開発し,これを用いた授業を実践した. 当報告の構成は 5章よりなり,第 2章では,教材の開発とオンライン学習教材上での学習状況の把握の方法について述べる.第 3章では,本教材を用いた授業実践と学習者の学習状況について報告する.第 4章では,これらを総括する.第 5章では当報告の内容を踏まえ,今後の課題を述べる.

2.教材の開発と学習状況の把握方法 本章では,教材の構成,教材で利用する空間データの選択,オンライン上での学習状況を把握する方法について報告する.

2.1.教材の構成 本教材で説明した内容を表1に示す.本教材は全部で 7章あり,うち第 1章から第 5章までは,どのような研究でも頻繁に利用する基礎的機能である,空間データの視覚化の方法に重きをおいて説明した.第 6章では,筆者らのこれまでの経験で学生からの質問が多い,投影法の原理と,GISソフトウエアでのその取り扱いを説明した.第 7章では GIS

の古典的な解析方法(バッファ,オーバレイなど)について説明した. 対面授業による実習では,教員は実習に関する基礎的な知識や操作などを提示した上で,学習者に実習をさせる.さらに,必要に応じて課題を設定した

り,理解度を確認する試験を実施したりする.これらの教授活動をオンライン上で実現するために,本教材では 1つの章に以下の 3つの部分が含まれる構成にした. 1)講義部分:    基本的な GISの知識やソフトウエアの一般的

な操作を説明した.説明の概略をページ上部に提示し,その下に詳細な説明文を記載した(図 1).

 2)実習部分:    具体的な GISソフトウエア操作を説明した.

例えばウィザードを用いた操作では一連の操作が 1ページ内に収まるようにした(図 2).

 3)テスト部分:    講義・実習内容への再確認を促す問題を出題

した.テストは,学習者が何度でも受験できるようにした.予め章ごとに登録されたテスト問題が出題され,回答を送信すると,すぐに正誤判定の結果と解説が表示される.さらに,各章の問題からランダムに 30問を出題する「最終試験」を設置した(図 3).

2.2.実習用空間データの選択 実習用空間データを選択する際は,以下の 3つの条件を考慮することが重要である. 1)利用条件 2)整備範囲 3)価格 本節では,この 3つの条件の詳細を述べた上で,本教材で採用した空間データを報告する. 実習で利用する空間データは,教育目的での利用や,実習でのデータの再加工が認められていなければならない.さらに,オンライン学習教材でそれを配布するには,ウェブ経由で学習者に配布してもよいものを選ばなければならない. 実習用の空間データの示す地理的範囲は,学習者になじみの深い地域の方が,学習への意欲喚起に結びつきやすい.しかし,本教材では特定の大学の学習者を利用者として想定しているわけではない.本教材の利用者となりうる全ての学習者になじみのあ

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る地域を選択することは難しい.次善の策ではあるが,空間データの示す範囲だけを入れ替え,本教材での説明内容と同じ手順で実習できるようにしておく方法が考えられる.それには,整備範囲が広く比較的安価で,どのような学習者にとっても入手が簡単な空間データである必要がある. 以上を踏まえ,本教材では実習用空間データとして,整備範囲が広く比較的安価な国土地理院刊行の数値地図シリーズを選択し,ArcGISで利用可能な形式に変換し配布した.本教材での配布のために,国土地理院による測量成果の使用および複製承認をうけた.

2.3.学習状況の把握の方法 対面授業での実習で教員は,1)学習の進み具合

や,2)学習者の操作へのとまどいの有無を,直接見て確認している.しかし,オンライン学習教材を使った場合は,教員は直接これらの状況を確認できないこともある.オンライン学習教材を使った実習でも,これら 2点を確認する何らかの方法が必要である.そこで当報告ではオンライン学習の基盤システムとして利用したウェブサーバのアクセスログ取得機能とユーザ認証機能を使い,これら 2点を確認することにした. アクセスログ取得機能とは,そのウェブサーバ上で公開されているウェブページや CGIなどのコンテンツにアクセスがあった時,そのコンテンツのファイル名,アクセス時間,アクセス元 IPアドレスといった閲覧情報を記録する機能である.ユーザ認証機能とは,閲覧者が特定のコンテンツにアクセ

表 1 本教材の内容

章 講義部分 実習部分第 1章GISとは

GISとはArcViewの紹介ArcViewで利用するデータ

ArcMapと ArcCatalogの利用

第 2章地図の基本的な表示方法

シンボル表示凡例文字の制御

属性値を利用した地図表示カテゴリ分類による表示数値分類による表示ラベルの制御

第 3章地図の表示方法

地図を説明するテキスト,図形の表示シンボルの作成とスタイルの利用レイヤの取り扱い

ラベリングとシンボルのカスタマイズ

第 4章マップとは

マップとは マップの作成既存マップの利用地図の構成要素の追加拡大図・広域図の追加

第 5章テーブルの操作

テーブルの操作フィールドの操作属性値の編集テーブルの結合XYデータの追加ハイパーリンクの設定

地方別人口の集計と結合XYデータの追加とハイパーリンクの設定

第 6章地図投影法の取り扱い

地図投影法とは測地系,投影法,座標系ArcMapでの地図投影法の取り扱い投影法設定と投影変換

投影・座標系の設定投影・座標系の変換

第 7章フィーチャ間の関係の解析

属性検索と空間検索空間結合とはバッファの作成ジオプロセシングウィザードの利用解析処理における座標系の影響

空間結合バッファとオーバレイ面積計算

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図 1 本教材の講義部分の画面例

図 2 本教材の実習部分の画面例

図 3 本教材のテスト部分の画面例  (左:回答時,右:採点時)

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スする時に,ユーザ IDとパスワードの入力を強制する機能である.ユーザ認証が必要となるコンテンツにユーザ IDとパスワードを入力しアクセスすると,ユーザ IDもその他の閲覧情報とともにアクセスログに記録される. 実際のアクセスログには,本教材に含まれるウェブページへのアクセスだけでなく,画像ファイルやスタイルシートファイル等へのアクセスも記録される.このような雑多な情報を含むアクセスログから,ユーザ IDごとに本教材のウェブページへのアクセスを示す部分を取り出すと,特定のユーザが,いつ,どのような順序でウェブページを閲覧したか,すなわち,実習で確認すべき点の 1点目に挙げた,「学習の進み具合」を把握できる.例として以下に,あるユーザのアクセスログを示す.

userA 07/Apr/2005:10:43:46 +0900 index.htm

userA 07/Apr/2005:10:43:53 +0900 chap2/index.htm

userA 07/Apr/2005:10:47:41 +0900 index.htm

userA 07/Apr/2005:10:48:12 +0900 /chap7/index.

htm

userA 07/Apr/2005:10:48:32 +0900 /chap7/p1.htm

userA 07/Apr/2005:10:48:38 +0900 /chap7/p2.htm

userA 07/Apr/2005:10:48:49 +0900 /chap7/p3.htm

 これによればユーザ:userAは 2005年 4月 7日の 10時 43分 46秒に,トップページ(index.htm)を閲覧し,その後,第 2章のトップページ(chap2/

index.htm)を閲覧している.そして 10時 47分41秒にトップページに戻った上で,第 7章のトップページ(chap7/index.htm)を閲覧し,その後第 7章を順に閲覧(chap7/p1.htm,chap7/p2.htm,chap7/p3.htm)していることがわかる. ここで,あるページの閲覧を開始した時刻と次のページの閲覧を開始した時刻の差を取ると,そのページを何秒間閲覧したかができる.例えば,userAが chap7/p2.htmのページを閲覧した時間は,chap7/p2.htmにアクセスした 10時 48分 38秒からchap7/p3.htmにアクセスした 10時 48分 49秒までなので,11秒である.

 この方法で計算したウェブページ参照時間が長い部分は,実習で確認すべき 2点目に挙げた「学習者の操作へのとまどい」があった部分である可能性が高い.さらに各学習者の平均参照時間が長いウェブページは,どの学習者にとってもとまどいやすい部分であることが予想される.

3.授業実践本章では,本教材を使った 5つの授業の実践に基づき,学習者の学習の状況を明らかにする.

3.1.授業の概要 本教材を用いた 5つの授業の概要を表 2に示す.どの授業も,実習を中心とした授業だった.今回報告する 5つの授業のうち,授業 Cのみが集中講義だった.授業 B以外は授業期間中,教師が教室におり,学習者は直接教師に質問をすることができた.授業 Bと Cは大学院の授業で,その他は学部生を対象とした授業だった.授業 A,B,C,Dは選択授業だが,授業Eだけはその学科の必修授業だった.授業 Bのみ筆者らが授業を担当し,その他の授業は他の教員が担当した. 授業 Aは,本教材の講義部分は予習し,実習のみを授業時間中に実施する形式で授業が進められた.授業 Bは,授業時間や受講場所の拘束はなく,学習者が都合のよい時間に受講する形式だった.授業Cは,教員が最初に授業の進め方の説明をした後,個々の学習者のペースで受講する形式だった.授業 Dは,第 1章では教員が本教材の講義部分を用いて授業をした.第 2章以降の講義部分は予習するよう教員から学習者に指示をした.実習部分は教員による操作説明に合わせて実習をしてもよいし,授業中に個々の学習者のペースで受講してもよいという方法で進められた. 授業 Eは,授業 Cと同じように,個々の学習者のペースで受講する形式だった.授業 Eは定められた授業時間は 1時限であったが,授業後も教員および TAが教室に残り,その間学習者はいつでも教員に質問することができた. 次項では,アクセスログの分析結果,および,テ

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スト部分の受験結果から,学習の進み具合と操作にとまどった部分,テストにおける学習者の態度を明らかにする.

3.2.実習における学習者の挙動3.2.1.5授業全体のページごと平均アクセス時間 2.3.節に前述した方法を用いて,学習者の本教材へのアクセス状況を集計した.集計の際には,異なる学習態度を持つ学習者が混在している授業の状況を俯瞰するため,ドロップアウトした学習者のアクセス状況も含めた. 図4は,講義部分と実習部分の各ページへの1ページあたりアクセス時間を,教材ページの並び順,すなわち第 1章トップページ→第 1章講義(1ページ目,2ページ目…)→第 1章実習(1ページ目,2ページ目…)→第 2章トップページ→第 2章講義→…→第 7章講義→第 7章実習の順に示したものである. まず,5つの授業を受講した学習者の挙動に着目する.図 4で,実習部分と講義部分の平均アクセス時間を比較すると,第 1章では目立った差は見られないものの,それ以降の章では実習部分の方が長い傾向がある.実習は操作をしながら教材の内容を読み進めていくので,読むだけでよい講義と比べて,5授業全体の学習者の平均アクセス時間が長くなったと考えられる. 講義部分に注目すると,講義部分のページ数が多

い章(例えば 2章や 3章など)では,ページが進むにつれ,1ページあたりのアクセス時間が短くなる傾向にあることがわかる.読むだけでよいページが長く続くと,学習者は学習意欲を失っていくものと考えられる. 次に,ページへのアクセス時間の長さを元に,学習者がとまどった部分を明らかにし,学習者にとって何が難しかったのかを考察する.図 4で平均アクセス時間の長い上位 5位までのページ(平均アクセス時間が120秒以上のページ)は以下のページだった.

第 2章実習 4ページ目: 属性値に従った地図の塗り分け

第 5章実習 3ページ目:テーブル結合第 5章実習 4ページ目:テーブル集計第 7章実習 3ページ目:空間結合第 7章実習 8ページ目:属性検索

 第 2章実習 4ページ目では,都道府県名のリストから四国 4県を探して選択し,さらにグループ化するという作業をする.47都道府県のリストから 4

県を目視で探すという作業に手間取り時間がかかった可能性がある. 第 5章実習 3ページ目では,都道府県境界を示す空間データに他の表形式データを結合するという属性結合の作業をする.本教材で説明した ArcGIS

表 2 本教材を利用した授業の概要

授業 A 授業 B 授業 C 授業 D 授業 E

授業期間 通期 半期 集中講義(3日間)

半期 半期

本教材の利用時限数

8回 授業期間中ずっと利用

授業期間中ずっと利用

8回 4回

授業時間 1時限(90分) 自由に受講 10:40~ 17:50 1時限(90分) 1時限(90分)対象学年 学部 大学院 大学院 学部 学部必修/選択 選択 選択 選択 選択 必修授業の種類 対面 遠隔 対面 対面 対面登録ユーザ数 34ユーザ 40ユーザ 11ユーザ 107ユーザ 20ユーザ担当教員 筆者ら以外 筆者ら 筆者ら以外 筆者ら以外 筆者ら以外授業の進め方 実習中心.

予習復習で本教材の利用を推奨.

期間中自由に受講 期間中自由に受講 実習中心.第 1章のみ,講義部分を教員が説明.

実習中心.授業後も教員が教室に残り質問に対応.

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(ArcMap)において属性結合の操作は,まず,結合元の空間データ名を右クリックして表示されるメニューの選択肢から「テーブル結合」を選択する.しかし,本来結合先である表形式データ名を右クリックした時に表示されるメニューの中にも,「テーブル結合」という選択肢がある.これを選択して表示されるウィンドウも,正しい操作をして表示されるウィンドウと同じような見た目のものが表示される. 本教材では,図を用いてこれらの操作を解説しているが,どちらの操作をしても同じようなメニューが表示されてしまい,学習者は間違えたことに気付きにくい.操作を間違った学習者が,自分のした操作を確認しようとして時間がかかったものと考えられる. 第 5章 4ページ目では,地方ごとに人口を集計する.集計に際しては,100以上あるフィールド名のリストの中から,人口を示すフィールド名を探し出す必要があり,これに時間がかかった可能性がある. 第 7章実習 3ページ目では,2つの空間データの位置関係をもとに属性テーブルの結合をする空間結合を行う.この操作で用いるインタフェースは,第

5章実習 3ページ目の属性結合と同じものであり,実行すべき操作が分かりにくかったものと考えられる. 第 7章 8ページ目では,道路データの属性に,「首都高速」と含まれる地図図形を選択する.この時学習者は,SQL文の記述規則に従って条件文を指定しなければならない.例えば,「=」や「%」といった記号は半角文字で入力しなければならないのだが,計算式の入力やデータベースの取り扱いに不慣れな学習者の場合,このような規則を知らないことがある.そのため,条件文の入力に時間がかかってしまったと考えられる.

3.2.2.授業ごと・ページごと平均アクセス時間 図 5,図 6に示したのは,図 4で示した各ページの平均アクセス時間を元に,章ごとの 1ページあたり平均アクセス時間を授業ごとに集計したものである.図 5が講義部分,図 6は実習部分を対象に集計している.以下では,これら 2つの図を元に学習者の学習の進め方を明らかにする. 図 5によると,授業 Cは他の授業と比べ章ごとの平均アクセス時間に大きな差がない.授業 Cは,

図 4 1ページごと平均アクセス時間(5授業総合)

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GISソフトウエア実習をすることが授業の目的ではあったが,教師は講義部分も一通り読むよう学習者に指示をしている.そこで,学習者はどの章の講義部分も,まんべんなく学習を続けたものと考えられる. 図 5によると,授業 Dの学習者は,第 1章は平均アクセス時間が長いが,その後の章では第 1章ほどは長くない.授業 Dでは,第 1章の授業では講義部分を用いて教員が講義をしたが,第 2章以降は講義部分を予習してくるよう教員が指示している.第 1章の授業中は講義の進行に合わせてページの説明を読んだが,第 2章以降の予習時は授業中ほどはじっくりと学習していない様子がうかがわれる. 図 6によると,授業 Eのアクセス時間は,第 1

章から第 5章までは 5授業のうち最も長く,6章,7章についても 2番目に長い.授業 Eの担当教員によれば,授業では実習を中心に進めるように指示をしたという.教員は,授業後も演習室に残り必要があれば学習者からの質問に対応することにしていた.これら 2点の理由により,学習者がより時間をかけて実習をしたものと考えられる. 以上で述べた授業 C,授業 D,授業 Eのアクセス時間の状態や変化から,学習者は教員の指示した学習方法(実習部分を中心に学習するか,講義部分も学習する必要があるか)にあわせて,学習を進めている様子がうかがわれる.

3.2.3.授業ごとテスト得点率の変化 各章に設置したテスト部分,及び最終テストはそれぞれ出題される問題数が異なる.図 7と図 8では,テスト間の比較のために得点率を計算し,その平均を授業ごとに示した.本教材のテストは学習者が納得するまで何回でも受けられる.各学習者の得点率の最小値の平均を示したのが図 7で,最大値を示したのが図 8である.以下では,これら 2つの図からわかる学習者のテスト時の挙動を明らかにする. 図 7と図 8によると,授業 Bと C,すなわち大学院の学習者は得点が 100点近くなるまで,受験をしていることがわかる.図 7によれば授業 Dの平均最小得点率は低いものの,図 8で示したように平均最大得点率は学部における他の授業,すなわち授業 A,Eと同程度の得点になるまで受験を続けている. 図 8によると,学部の授業(授業 A,C,E)では第 2章の最大得点率は他の章と比べて一様に低い.学部生にとっては問題が難しすぎる,あるいは,問題文が分かりにくいなど,問題が不適切な可能性がある.

4.まとめ 当報告では,GISのソフトウエア実習のためのオンライン学習教材を作成し,アクセスログやテスト結果に基づき,学習者が GISソフトウエア実習時

図 5 授業別の章ごと 1ページあたり 平均アクセス時間(講義部分)

図 6 授業別の章ごと 1ページあたり 平均アクセス時間(実習部分)

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に取る挙動を客観的に明らかにした. 大学における GIS実習についての既存の研究では,学習者の満足度や理解度の自己評価が報告されていることがある.例えば,大場(2003)は,その大学の授業で共通して行われる授業評価の結果や実習の際に行ったアンケート結果を用いて実習の評価をしている.石川ほか(2006)は,2年度にわたり GIS実習を実施し,学習者の満足度や理解度に関するアンケート結果の推移を報告している.渡辺(2007)は,独学で GIS技術を習得可能な e-Learningシステムを構築し,16項目の GIS操作に対する理解度を学習者からのアンケートにより確認している. これらはいずれも学習者の主観による理解度を確認している.当報告では,筆者らを含む教員らによる 5つの実習において,本教材に残された学習履歴を元に,以下の事項を客観的に明らかにした.● 本教材を利用した授業では,学習者は講義部分より実習に時間を割いていることがわかった.● 学習者がとまどう部分は,ソフトウエアの操作が煩雑な部分,間違った操作をしてもインタフェースの様子の変化が乏しい部分,条件文を特定のルールに従って入力する部分である可能性があることがわかった.● 学習者は教員の指示した学習方法に従い学習していることが把握できた.● テストでは,当初点数が低くても,大学院の授業

では学習者は満点になるまで,学部の授業では他の学部授業と同程度の点になるまで,受験を繰り返していたことがわかった.

5.今後の課題 今後の課題として,以下の事項が挙げられる.まず,1ページに含まれる情報量について精査する必要があることである.ページへのアクセス時間は,内容の難易度だけでなく,そのページの情報量にも依存する.本教材は,講義部分ではページ上部に提示した説明の概略に従い,ページ下部に詳細な説明をしている.ページ上部の領域の大きさは講義部分を通して一定であり,講義内容の区切りを示すタイトルのページ以外では,1ページあたりの情報量が極端に異なることはない. 実習部分では,一連のソフトウエア操作を 1ページ内に収めている.ページにより操作の数は異なるが,1つの処理を行うための操作が 1ページに収められている点ではページごとの顕著な差はない.これらの理由から当報告ではアクセス時間を単純に集計した.しかし,今後は 1ページに含まれる情報量についても精査する必要があろう. 次に当報告では,5つの実習に対する分析にとどまったが,今後は事例を増やし,GISの実習における学習者の一般的な学習活動のパターンを明らかにする必要がある点が挙げられる.それらのパターンから GISの中で一般的に操作や理解が難しい部分

図 7 授業別のテストの平均得点率(最小値) 図 8 授業別のテストの平均得点率(最大値)

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を特定し,教材や授業の改善につなげていくことが可能となろう.また,個々の学習者の実習中の挙動を詳細に把握し,理解度にあわせた教材を提示する方法についても研究をすすめていきたい.

謝辞 授業実践にあたっては,筑波大学大学院 生命環境科学研究科 森本健弘先生,東京大学 空間情報科学研究センター 浅見泰司先生ならびに小口高先生,酪農学園大学 環境システム学部 山下亜紀郎先生ならびに小野貴司先生に大変お世話になりました.ここに記して感謝いたします.本研究は,基盤研究 A 「地理情報科学標準カリキュラム・コンテンツの持続協働型ウェブライブラリーの開発研究(研究代表者:岡部篤行,研究課題番号17200052)」による.(2007年 7月 26日原稿受理,2008年 2月 14日採用決定)

参考文献石川愛・鍋島美奈子・西岡真稔(2006)大学における実践的GIS教育の試み-授業内容の改善とその評価-.「地理情報システム学会講演論文集」,15,315 -318.

大場亨(2003)大学における問題発見・発表型の GIS授業の実践その2.「地理情報システム学会講演論文集」,12,255 -258.

渡辺俊(2007)GIS教育のための E-learningシステムの開発.「地理情報科学の教授法の確立-大学でいかに効果的に GISを教えるか-基盤研究(A)課題番号17202023 研究成果中間報告書」,74 -79.