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うな多くのレイヤ(道路・住宅、河川、植生分布、地 形など)に分けて、それぞれのデータの特性に合った 形式(ラスタまたはベクタ)でデータベースを構築して いる。これを GIS による実世界のモデル化という。 GIS の今後の研究への適用について 水環境保全チーム 1.はじめに GIS とは、Geographic Information System の略で、 地理情報システムと呼ばれている。地理情報(x, y, z 座標が付加された様々な情報)を作成、加工、管理、 分析、可視化、共有するための情報技術である 1) 実際の水環境保全チームにおける GIS を用いた研 究課題は、「地形・地質などをパラメータとした浮遊 土砂の流出解析」や「高精度 DEM(Digital Elevation Model、数値標高モデル)を用いた積雪・融雪解析」 などがある。 これらの研究課題を進める上で、膨大なデータ量の 多変量解析、入力データ・解析結果の可視化によるチ ェック、解析結果を用いた新たなデータベースの構築 などの繰り返しが必要であるが、この作業量は、人が 直接扱うことのできる物理的限界を超えており、GIS はこれらの研究を行うために必要不可欠な技術となっ ている。 一般的な GIS の使われ方としては、写真-1のよ うな DEM に GIS を用いたベースマップの地形図作成 や地形解析、さらに、ベースマップの地形図に座標を 持った地質図や土地利用図などを GIS で重ね合わせ た空間的な分析などがある。 これに、雨量や流量などの時間を含むデータを加え て SWAT などのモデルを用いて計算することにより、 水や土砂などの流出予測を行うことも可能である。 また、SWAT のような GIS 上で動くモデルを用い た場合、データが GIS で読み込み可能なフォーマッ トであれば、既存の膨大なデータベースをダイレクト に利用することができ、入出力結果も GIS 上で可視 化することができる。 2.GIS による実世界のモデル化 GIS で地理情報を扱えるようにするためには、地理 情報をコンピュータが認識できるデジタルデータに変 換する必要がある 1) このため、GIS では実世界の空間情報を図-1のよ 写真-1 石狩川の衛星写真(上:Google Earth)と DEM(下) ・上の衛星写真より、下の DEM(国土地理院、5mメッ シュ)を可視化(白いほど標高が高い)した方が、地形解 析に適している。 解 説 48 寒地土木研究所月報 №706 2012年3月

GISの今後の研究への適用について · 形式(ラスタまたはベクタ)でデータベースを構築して いる。これをGISによる実世界のモデル化という。

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Page 1: GISの今後の研究への適用について · 形式(ラスタまたはベクタ)でデータベースを構築して いる。これをGISによる実世界のモデル化という。

うな多くのレイヤ(道路・住宅、河川、植生分布、地形など)に分けて、それぞれのデータの特性に合った形式(ラスタまたはベクタ)でデータベースを構築している。これを GIS による実世界のモデル化という。

GIS の今後の研究への適用について

水環境保全チーム

1.はじめに

 GIS とは、Geographic Information System の略で、地理情報システムと呼ばれている。地理情報(x, y, z座標が付加された様々な情報)を作成、加工、管理、分析、可視化、共有するための情報技術である1)。 実際の水環境保全チームにおける GIS を用いた研究課題は、「地形・地質などをパラメータとした浮遊土砂の流出解析」や「高精度 DEM(Digital Elevation Model、数値標高モデル)を用いた積雪・融雪解析」などがある。 これらの研究課題を進める上で、膨大なデータ量の多変量解析、入力データ・解析結果の可視化によるチェック、解析結果を用いた新たなデータベースの構築などの繰り返しが必要であるが、この作業量は、人が直接扱うことのできる物理的限界を超えており、GISはこれらの研究を行うために必要不可欠な技術となっている。 一般的な GIS の使われ方としては、写真-1のような DEM に GIS を用いたベースマップの地形図作成や地形解析、さらに、ベースマップの地形図に座標を持った地質図や土地利用図などを GIS で重ね合わせた空間的な分析などがある。 これに、雨量や流量などの時間を含むデータを加えて SWAT などのモデルを用いて計算することにより、水や土砂などの流出予測を行うことも可能である。 また、SWAT のような GIS 上で動くモデルを用いた場合、データが GIS で読み込み可能なフォーマットであれば、既存の膨大なデータベースをダイレクトに利用することができ、入出力結果も GIS 上で可視化することができる。

2.GIS による実世界のモデル化

 GIS で地理情報を扱えるようにするためには、地理情報をコンピュータが認識できるデジタルデータに変換する必要がある1)。 このため、GIS では実世界の空間情報を図-1のよ

写真-1 石狩川の衛星写真(上 :Google Earth)と

DEM(下)         

・上の衛星写真より、下の DEM(国土地理院、5mメッシュ)を可視化(白いほど標高が高い)した方が、地形解析に適している。

解 説

48 寒地土木研究所月報 №706 2012年3月

Page 2: GISの今後の研究への適用について · 形式(ラスタまたはベクタ)でデータベースを構築して いる。これをGISによる実世界のモデル化という。

図-1 GIS による実世界のモデル化のイメージ

図-3 DEM の作成イメージ

図-2 ラスタデータとベクタデータ

・http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/~masumoto/vuniv99/gis01.html より引用

・http://www1.gsi.go.jp/geowww/Laser_HP/faq04.htmlより引用

・http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/~masumoto/vuniv99/gis01.html より引用

 図-2のとおり、ラスタデータは格子状の構造となっており、ベクタデータは点や線や面(多角形;ポリゴン)から構成されている2)。 ラスタデータは、格子状(グリッド)に並んだピクセル(画素)の集合体であるが、ラスタデータの各ピクセルは属性情報として、一つの数値と一つの位置座標を持っている2)。 ベクタデータは、位置と形状(点、線、面)を表現す

る x, y 座標列と、文字や数値で表現される属性がリンクされ管理されている2)。 図-1のレイヤをデータ形式で区分けすると、植生分布や地形などはラスタデータ、道路・住宅や河川などはベクタデータで作られることが一般的である。

3.DEM とは

 DEM(Digital Elevation Model、数値標高モデル) は航空レーザ測量などのリモートセンシング技術を用いて作られることが多い。 ただし、航空レーザ測量のレーザ光は、地表面以外にも、建物や樹木の上面で反射して戻ってくるため、航空レーザ測量で直接得られる高さのデータは、建物や樹木などの高さを含んでいる3)。 このような建物や樹木の高さを含んだものを DSM

(Digital Surface Model、数値表層モデル)という3)。 これに対して、一般の地図のように建物や樹木などの高さを取り除き、地表の高さだけを示したものをDEM という3)。 図-3に DEM(この事例では5mメッシュ)の作成イメージを示す。青い丸が5mメッシュの中心(標高点)、ピンクが建物、緑が樹木、茶色が地表を表している。 赤い点(レーザ光が地表面で反射したもの)と黄色い点(レーザ光が建物や樹木の上面で反射したもの)が計測点である。DEM は黄色い計測点を除き、赤い計測点だけで作成する。 赤い計測点の標高データから、メッシュの中心標高を計算する方法は、国土地理院の DEM の場合、TIN法(Triangulated Irregular Network、不整三角網モデル)が用いられている3)。

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3次元水中地形を求める必要がある。 次に、GIS を水文解析の前処理に適用した事例を示す。この事例は、GIS の解析ツールやアドインの Hydrology Modeling ツールを用いて、鵡川流域の地形解析や河道ネットワーク作成を行ったものである。 まず、図-6は DEM(点のベクタデータ)から標高ラスタデータを作成したものである。この事例では、国土地理院の10mメッシュ DEM を用いており、グリ

 具体的には、図-3の事例のように赤い計測点のみで青線のような三角網を作成し、これにより赤い計測点の標高を均し、メッシュ中心点の標高を計算している。 5mメッシュ DEM(日本の一部地域のみ提供されている。航空レーザ測量または写真測量から作成。)と10mメッシュ DEM(日本全国提供されている。国土地理院発行1/25,000地形図の等高線データから作成。)は、国土地理院の基盤地図情報ダウンロードサービス4)から入手可能である。 なお、DEM(点のベクタデータ)を GIS に読み込むと、ラスタデータに変換されるので、次に説明する水理解析格子作成のように点の座標値が必要な場合は、GIS を用いて点のベクタデータに戻す必要がある。

3.水理・水文研究への適用

 次に、GIS の水理・水文研究への適用の内、GIS の地形解析的な使い方を示す。 図-4は、国土地理院の5mメッシュ DEM を用いて、平面2次元の水理解析を行うための解析格子を作成した事例である。平面2次元で精度の高い水理解析を行うためには、「メッシュが細かい」「座標精度が高い」「歪みの少ない」解析格子を用いる必要がある。 従来の手法であるキロポストごとの河川横断測量成果から解析格子を作成する場合、測線間隔が約500mであること、必ずしも測線が河道に直交していないことなどから、解析格子の細かさ・座標精度・形状に大きな制約を受けている。 GIS と DEM を用いた場合、これらの制約を受けることなく、自由な形や細かさで高い精度の解析格子を作成することができる。 図-5は国土地理院の DEM(5mメッシュ、10mメッシュ)と河川横断測量成果との比較であるが、同じ国土地理院の DEM でも精度に大きな差がある。10mメッシュの DEM は1/25,000地形図の等高線から作成されているため3)、標高が広範囲で平均化されており、ミクロ的な解析に用いるには誤差が大きい。 マクロ的な解析の水文解析であれば10mメッシュDEM でも良いと思われるが、格子点の座標精度が求められる解析格子作成には、高精度の5mメッシュDEM を用いる必要がある。 また、DEM は、水のあるところでは正しい地表標高となっていないため、別途、ナローマルチビーム探査システムなどを用いて、DEM と同程度の高精度の

図-4 GIS と DEM(国土地理院 5mメッシュ)を用

    いた地形解析で作成した水理解析格子例(180

×40)              

図-5 DEM により作成した河道断面事例

・青色の点は低水路の格子点位置、茶色の点は高水敷の格子点位置を示す。

・縦軸:標高(m)、横軸:左岸原点からの距離(m)・5mメッシュ DEM(国土地理院)は、地形変化が少な

い箇所では数センチ程度の誤差である。・10mメッシュ DEM(国土地理院)は、1/25,000地形図

から作成しているため誤差が大きい。

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 斜面傾斜角、斜面凹凸度(曲率)、空中写真・衛星写真、地質などを重ねて解析することにより、ある程度の精度の斜面崩壊予測5)や土砂生産源解析などが可能となってきている。 また、DEM だけでなく、空中写真・衛星写真、地質図についても GIS で簡単に扱えるデータベースが整備されてきている。 特に地質図は、日本全国統一凡例のシームレス地質図(図-10)が整備され6)、今まで難しかった膨大な量の地質データの重ね合わせが可能となり、地形・地質と斜面崩壊との関係の研究や、その延長上にある土砂生産源の研究が非常に進んできている。

ッドの中心点に与えられている標高を色の白さ(白いほど標高が高い)で可視化している。 図-7、8、9はそれぞれ鵡川流域の傾斜方向・傾斜角・曲率(斜面凹凸度)を表しており、図-6の標高ラスタデータから GIS の解析ツールを用いて計算し、可視化したものである。 図-7の傾斜方向において、赤色は北、水色は南、黄色は東、青色は西を示しており、この傾斜方向により表面流や土砂の流出方向を規定できる。 図-8の傾斜角は、赤い地域ほど傾斜がきついことを示しており、図-9の曲率も赤い地域ほど曲率が大きい(凹地形である)ことを示している。

図-6 標高ラスタデータ(鵡川流域)

図-8 傾斜角(鵡川流域)

図-7 傾斜方向(鵡川流域)

図-9 曲率(鵡川流域)

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 作成手順は、まず DEM から標高ラスタデータ(図

-6)を作成し、次に傾斜方向(図-7)から各セルの最急傾斜方向を計算し、連続する下り勾配セルの累積を行い、流域と河道ネットワーク作成を行った。 図-11の事例では、河道ネットワークは約32,000個の直線河道エレメントの集合体であり、河道エレメントの x,y,z 座標、流向、河道エレメント上流の流域面積、河道の長さ等の情報は属性テーブル(.dbf 形式)の中に納められている。 図-12は河道ネットワークの計算結果を衛星写真

(Google earth)に貼り付けたものである。河道ネットワークと衛星写真から読み取れる崩壊地や森林などのエリアを組み合わせることにより、土砂生産源解析などのために必要な非常に多くの情報が得られる。 4.生態系の動態解析への適用

 生態系に影響を与える要素は、一つだけでなく複数あり、また、個々の要素の時空間的変化は要素相互間で影響しあっている。 このため、生態系の「動態」を解析するためには、それぞれの要素ごとの x, y, z 座標に時間 t を加えた4次元の要素相互間の影響を踏まえた解析が求められる。 たとえば、魚類を例にとると、要素としては、水深、

 次に、DEM を用いて河道ネットワークを計算で作成した事例を示す。図-11は鵡川流域の陰影起伏図に河道ネットワークの計算結果を貼り付けたものである。 陰影起伏図で示される流域に対して地形解析を行い、河道ネットワーク作成を行ったものである。河道ネットワーク作成は、Hydrology Modeling ツールを用いた。

図-10 日本シームレス地質図(産業技術総合研究所

 地質調査総合センター)      

図-12 河道ネットワークの Google earth への貼り付け

図-11 DEM による河道ネットワークの作成(鵡川)

・http://riodb02.ibase.aist.go.jp/db084/index.html?p=download を用いて作成。

・ArcGIS(ESRI 社)のデータフォーマット形式である Shape ファイルで、産業技術総合研究所より提供されている。

・地質区分や年代等の地質情報は、属性データとして .dbf 形式で保存されており、Excel 等による編集や編集結果を用いた GIS による多変量解析が可能。

・GIS のデータ変換ツールにより、河道ネットワーク作成結果を KML 形式に変換し、Google earthに貼り付けたもの。

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効率性が求められている。 このためには、解析に必要なデータベースに GISで扱える座標を持たせ、解析結果も座標を持たせてデータベース化する必要がある。 ただし、水理解析のようなミクロ的な解析を行うには、国土地理院の5mメッシュ DEM のような高精度DEM が必要であるが、5mメッシュデータは、日本のごく一部の地域でしか整備されていないのが現状である4)。

(文責:浜本 聡)

参考資料

1) ESRI ジャパン:GIS 入門 HP、http://www.esrij.com/beginner/whatisgis/gis/gis1.html

2) ESRI ジャパン:ラスタ・ベクタ、ジオデータベース HP、http://www.esrij.com/beginner/whatis

  gis/rastervector/index.html3) 国土地理院:航空レーザ測量 HP、http://www1.

gsi.go.jp/geowww/Laser_HP/index.html4) 国土地理院:基盤地図情報 ダウンロードサービ

ス HP、http://saigai.gsi.go.jp/fgd/download/download.html

5) 国土交通省国土技術政策総合研究所:国総研資料第486号、pp34-37、2008.

6) 独立行政法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター:20万分の1シームレス地質図 HP、http://riodb02.ibase.aist.go.jp/db084/index.html

流速、降雨、河床材料の粒度分布、浮遊土砂、栄養塩類量、地形などがあり、この中から環境に大きな影響を与える支配的要素を抜き出して解析する必要がある。 この際、複数の要素を取り込んだ膨大な量の解析を効率的に行うためには、入力データや解析結果の共有化を行う必要がある。 このためには、要素データ間のリンクのために、すべてのデータが x, y, z 座標を持つことが必須であり、これらの座標だけで結びついたデータベースをダイレクトに計算するためには、GIS 上で動く「分布型モデル」を用いる必要もある。 また、「分布型モデル」を用いる別の理由として、古典的な「集中型モデル」では、座標を持った物理量を規定できないため、隣り合った微少空間の物理量の違いを表せない。要素データを直接解析できないだけでなく、微少空間の物理量の移動速度やその時間積分である微少空間の時間変化量などが計算できない問題もある。 実際に GIS 上で動き、流域からの水・浮遊土砂・栄養塩類の流出が解析できる分布型モデルとして、SWAT のようなモデルが開発されているが、多様なニーズにあった更なるモデル開発が望まれている。

5.まとめ

 近年の水理・水文、生態系の動態などの研究は、人間の能力を超えたデータ入力量、解析量となっているため、データベースを研究者間で共有することによる

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