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ICTICTICTICT 海外ボランティア会会報海外ボランティア会会報海外ボランティア会会報海外ボランティア会会報
ネパール地震現地報告特集号ネパール地震現地報告特集号ネパール地震現地報告特集号ネパール地震現地報告特集号 (号外)(号外)(号外)(号外)
2015201520152015 年年年年 5555月月月月 19191919 日(日(日(日(火火火火))))
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e-mail :info@ictovinfo@ictovinfo@[email protected]
◆ 特別寄稿特別寄稿特別寄稿特別寄稿
ネパール地震災害地からの報告ネパール地震災害地からの報告ネパール地震災害地からの報告ネパール地震災害地からの報告
元ネパール元ネパール元ネパール元ネパールSVSVSVSV 鈴木鈴木鈴木鈴木 弘道弘道弘道弘道氏氏氏氏
◆ OKBOKBOKBOKBajiajiajiaji さんからの便りさんからの便りさんからの便りさんからの便り
いつもネパールへご支援して下さいつもネパールへご支援して下さいつもネパールへご支援して下さいつもネパールへご支援して下さっている皆様っている皆様っている皆様っている皆様
垣見垣見垣見垣見 雅一氏雅一氏雅一氏雅一氏
【【【【垣見様には、当ICT海外ボランティア会主催の第9回海外情報談話会垣見様には、当ICT海外ボランティア会主催の第9回海外情報談話会垣見様には、当ICT海外ボランティア会主催の第9回海外情報談話会垣見様には、当ICT海外ボランティア会主催の第9回海外情報談話会((((平成平成平成平成26262626 年年年年7777月月月月26262626
日日日日))))においてにおいてにおいてにおいて、「ネパールで草の根ボランティアの、「ネパールで草の根ボランティアの、「ネパールで草の根ボランティアの、「ネパールで草の根ボランティアの20202020年年年年 -OKバジと呼ばれて-」と題して、-OKバジと呼ばれて-」と題して、-OKバジと呼ばれて-」と題して、-OKバジと呼ばれて-」と題して、
ご講演をいただきましたご講演をいただきましたご講演をいただきましたご講演をいただきました。編集担当】。編集担当】。編集担当】。編集担当】
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ネパール地震被災地からの報告ネパール地震被災地からの報告ネパール地震被災地からの報告ネパール地震被災地からの報告
2015年5月18日2015年5月18日2015年5月18日2015年5月18日
元ネパール元ネパール元ネパール元ネパールSVSVSVSV 鈴木弘道鈴木弘道鈴木弘道鈴木弘道
1111.... 南アフリカからネパール行き南アフリカからネパール行き南アフリカからネパール行き南アフリカからネパール行き
BHNテレコム支援協議会が行う“被災地域の情報通信支援ニーズ可能性事業”の調査メンバと
して、5月2日から13日までネパールの首都カトマンズ及びその周辺地域を訪問し、被害の現状
と支援ニーズの調査を行った。本稿はその調査結果の報告ではなく、震災直後のネパールを個人的
な視点で報告するものである。
私は2013年7月から2014年5月までJIC
ASVとしてネパールコンピュタ協会CAN
(Federation of Computer Association Nepal)で仕
事をしていた。当会の加藤事務局長経由でこの調査
団参加への打診を受けた時は、JICAから、南ア
フリカ共和国派遣のオファーを受け、その回答を翌
日に控えていた。しかし、4月25日カトマンズ北
西 77Kmのゴルカで発生したM7.8の地震で、甚大
な被害の出たネパールのことを気にかけていたため、
打診を受けた時は迷わずネパール行を決め、JICAからのオファーを4月28日に断った。東京
をたったのは4日後の5月2日と慌ただしい出発であった。
2222.... ネパールの自然災害ネパールの自然災害ネパールの自然災害ネパールの自然災害
内陸国のネパールは自然災害が多い。雨季のシーズン(通常6月頃から9月前半)には毎年河川
の氾濫やがけ崩れが発生し多数の住民の命が奪われている。私がいた時期にもネパール西方のイン
ドとの国境で河川が氾濫し両国で 3000 名の犠牲者が出た。しかしこの数字も最終的なものかどう
か誰も分らない。住民情報が行政で把握されていないためだ。地震については毎年発生しており、
私が着任して間もない9月、中国国境近くでM6 規模の地震が発生し宿泊していたホテルで揺れを
感じた。この時は震源がカトマンズからかなり離れた中国国境近くで震源も深かったため、被害は
発生しなかった。新聞は耐震基準を順守した建物設計の必要性を記事にしていたが、行政レベルで
は全く無反応だった。インド・オーストラリアプレートがユーラシアプレートと衝突して沈み込む
この地域は、世界的にも地震活動が活発な地域だ。ヒマラヤ山脈はこのプレート運動により形成さ
れ、現在も約 5mm/年で隆起しているという。こうした背景もあり、JICAは、耐震設計の専門
写真1山積みの海外からの支援品写真1山積みの海外からの支援品写真1山積みの海外からの支援品写真1山積みの海外からの支援品
3
家やJICASV等を派遣し、地震防災対策の指導にあたってきた。しかし、住宅設計やビル建設
へは適切に反映されてこなかったようだ。
3333.... 地震による世界遺産の損壊地震による世界遺産の損壊地震による世界遺産の損壊地震による世界遺産の損壊
カトマンズの周辺には7つの世界遺産がある。そのうち、パタン、バクタプル及びカトマンズの
ダルバール広場を見た。ユネスコは、4つの世界遺産に壊滅的被害が発生し、修復不可能との悲観
的見通しを示している。
3.1パタン3.1パタン3.1パタン3.1パタン
カトマンズの南にあり、ネワール文化が残る遺跡や家屋が多い。ビムセン寺院、最古の寺院クベ
シュワール寺院などが倒壊した。またパタン博物館は閉鎖。内部の貴重な仏像にはかなりの被害が
出ているようだ。中庭にある金色に輝くゴールデンテンプルはどうなったのか、立ち入り禁止のテ
ープがはられ、被害の状況は掴めなかった。
3.2バクタプル3.2バクタプル3.2バクタプル3.2バクタプル
カトマンズから東、車で30分のところにある。
ここでも多くの寺院が倒壊し破損していた。残った建物もあちこち無残に崩れたり変形したりし
ていた。この地域は15世紀から18世紀に栄えた古い都で、レンガ作りの住宅にも甚大な被害が
でていた。訪問したのは震災10日後だったが、5か所の避難テントが設けられ、食事などの支援
が行われていた。ここでは、若者を中心にボランティアが自然に組織され同じ住民を支援している。
大震災を契機に生まれた住民同士の新しい絆だ。今後の災害復旧活動にも生かされていくに違いな
い。
写真2写真2写真2写真2 崩壊した遺跡崩壊した遺跡崩壊した遺跡崩壊した遺跡 写真3写真3写真3写真3 ブルドーザで瓦礫片づけブルドーザで瓦礫片づけブルドーザで瓦礫片づけブルドーザで瓦礫片づけ
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3.3カトマンズのダルバール広場3.3カトマンズのダルバール広場3.3カトマンズのダルバール広場3.3カトマンズのダルバール広場
ダルバールというのはネパール語で広場を意味する。休日になるとたくさんの観光客でにぎわう。
ネパールに来た観光客が最初に訪れる場所だ。私も休日等を利用し、幾度となく訪問し世界遺産を
見てきた。訪問した5月4日はよく晴れて暑く、崩れた遺跡からの埃や粉塵が風に舞い、マスクを
しなくては歩くのも困難な状況だった。木彫りの窓枠が美しい建築だが、レンガ作りで揺れに弱い。
多くの寺院が倒壊し、かろうじて残った寺院も外からの支えでかろうじて立っている状態だった。
広場にはテントが2,3はりあり、少数の住民が避難生活をしていた。この場所は、震災発生直後
はテントで埋め尽くされていたという。
写真4写真4写真4写真4 崩壊した世界遺産崩壊した世界遺産崩壊した世界遺産崩壊した世界遺産 写真5写真5写真5写真5 崩壊した世界遺産崩壊した世界遺産崩壊した世界遺産崩壊した世界遺産
写真6写真6写真6写真6 食事の配給食事の配給食事の配給食事の配給 写真7写真7写真7写真7 住宅街の様子住宅街の様子住宅街の様子住宅街の様子
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4444....ネパールの子供を誘拐から守る日本のNGOネパールの子供を誘拐から守る日本のNGOネパールの子供を誘拐から守る日本のNGOネパールの子供を誘拐から守る日本のNGO
5月7日、シンドパルチョークのチョータラ(CHAUTRA)へ向かう山道で、
JICAの車に乗った顔見知りのスタッフを見つけた。車を止めて聞くと、上智大学田中雅子準教
授が行っている、子供の誘拐を防ぐためのNGO活動に同行しているとのことだ。悲しい現実だが、
ネパールでは普段から子供の誘拐事件が後を絶たない。田中準教授によれば、こうした災害の後に
は必ず、親を亡くした子供たちを狙った輩が出没するという。途中トラックに積んだ食料品を没収
されそうになりながら、やっとここまで到着したとのことだった。田中准教授の活動の終わりを待
って、道に不案内の我々は、途中までJICA車に先導してもらいながら、目的地に向かった。
写真8写真8写真8写真8 崩れた世界遺産崩れた世界遺産崩れた世界遺産崩れた世界遺産 写真9写真9写真9写真9 広場にある避難テント広場にある避難テント広場にある避難テント広場にある避難テント
写真写真写真写真 11110000 土台を残し崩壊した塔土台を残し崩壊した塔土台を残し崩壊した塔土台を残し崩壊した塔 150人死亡150人死亡150人死亡150人死亡 右ボードは元の姿右ボードは元の姿右ボードは元の姿右ボードは元の姿
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5.5.5.5. 最大の犠牲者が出たシンドパルチョーク最大の犠牲者が出たシンドパルチョーク最大の犠牲者が出たシンドパルチョーク最大の犠牲者が出たシンドパルチョーク
今回の地震の震源はカトマンズの西北ゴルカ地区だが、地層の影響でカトマンズの東にあたるシ
ンドパルチョーク(人口約29万人)では、家屋の完全崩壊 4.4万件、死者は 3229人に達した(5
月16日)。カトマンズからは車で優に3時間。中国チベットにつながる国道の山道を途中別れて北
上する。何か所もの小規模ながけ崩れの跡があり、車は転がる大きな石を避けながら進む。夜間の
走行や間もなく始まる雨季には、がけ崩れに巻き込まれる恐れがあり、危険と感じた。ネパールで
は山の上に行くほど、低いカーストの民族が住むと聞いた。地方を中心に60とも80とも言われ
る民族が山岳を中心に住み、文化・言語も異なるため、民族ごとに小規模なコミュニティを長く形
成してきた。山の上の方ほど道路沿いの家の倒壊が激しい。事前の情報通り、まともな建物は皆無
に近い。倒壊した家が道までせり出し、ゆっくりと進むほかない。電気はきているようだが、崩れ
た家の中には勿論電化製品など見当たらない。土とレンガがむきだしになっていて、質素な生活が
しのばれる。被災を受けた住民への支援はまだのようだ。茫然とした多くの住民の姿を目にした。
外国人女性カメラマンが唯一住民の輪の中にいた。彼女は世界にこの惨状を伝えてくれるに違いな
い。
写真12写真12写真12写真12 運んで運んで運んで運んできた支援食料品きた支援食料品きた支援食料品きた支援食料品 写真11写真11写真11写真11 NGOの啓蒙活動NGOの啓蒙活動NGOの啓蒙活動NGOの啓蒙活動
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最終目的地のチョータラにつくと、中国、スエ
ーデンの緊急医療団のテントが並びさらにテント
作りが行われていた。JICAが派遣した国際緊
急援助隊の医療チームはさらに30分ほど北、バ
ラビアの学校敷地で医療活動をしている。帰路の
時間を考えるとこれ以上の北上は無理だった。
帰国当日、空港で手にしたネパールの日刊英字
紙HIMALAYAN TIMES(5月13日)は、被害
の多かったこの地区の支援を決めた、“Japan announces Rs1.4billion support to Nepal”の記事
を掲載していた。ネパールの日本大使館は、最大の被害が出ていて、救援の必要性が最も高いこの
地域を支援するとコメントしていた。
知人の大使館職員からは、地震発生後全員で邦
人の安全確保などに対応しており、面談の時間が
取れないことを詫びるメールを貰っていた。また
同じく知人のJICA職員からも面談の時間を取
れない事情とお詫びのメールを貰っていたが、何
れもそれで十分だった。
ただJICAの知人とは幸運にも、避難先のヒ
マラヤホテルで偶然会い、久しぶりの再会と無事を
喜んだ。
写真14写真14写真14写真14 崩壊した家屋崩壊した家屋崩壊した家屋崩壊した家屋
写真16写真16写真16写真16 日本の支援を報じる記事日本の支援を報じる記事日本の支援を報じる記事日本の支援を報じる記事
写真15海外からの緊急医療団テント写真15海外からの緊急医療団テント写真15海外からの緊急医療団テント写真15海外からの緊急医療団テント
写真13写真13写真13写真13 崩壊した家屋崩壊した家屋崩壊した家屋崩壊した家屋
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6.6.6.6. 帰国前日に最大の余震帰国前日に最大の余震帰国前日に最大の余震帰国前日に最大の余震7.37.37.37.3Mを経験Mを経験Mを経験Mを経験
ネパールに到着して以来毎日のように小さな余震を経験した。レンガを積み重ねただけの家が多
く、崩れて生き埋めになると、隙間が出来ないため、窒息死する可能性が高い。多くの住民が夜間
に野外のテントで生活をするのは、それが安全だと信じるからだろう。帰国前日の5月12日 午
後12時50分ごろ、最大の余震M7.3が発生した。私は2階のレストランで食事をとっていたが、
店の従業員、マネージャは客のことなど関係なく一目散に逃げ出した。我々もその後を追った。2
階から外へ出るまで頭の中では、色々な不安がよぎった。幸い無事に逃げ出すことが出来た。外へ
出ると道路は付近の商店や近くの5星ホテルなどから避難してきた人々でごった返していた。携帯
はつながらず、電気、水道も止まり、帰国を前にして空港も閉鎖との情報があり、色々なデマも飛
び交った。
しかし翌日までには全て解決し、無事帰国の途についた。
写真17写真17写真17写真17 MMMM7.37.37.37.3余震発生直後余震発生直後余震発生直後余震発生直後 写真18写真18写真18写真18 MMMM7.37.37.37.3余震発生直後余震発生直後余震発生直後余震発生直後
写真19.JICA井上さんと写真19.JICA井上さんと写真19.JICA井上さんと写真19.JICA井上さんと
BHNによる「ネパール中部地震被災者支援
のための初動調査隊」の活動については、
「BHNのテレコム支援協議会メールマガジ
ン 第 180号(2015.5.15)」および
「BHN Website (http://bhn.or.jp/official/)」
で 紹介されております。 (編集担当)
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いつもネパールへご支援して下さっている皆様いつもネパールへご支援して下さっている皆様いつもネパールへご支援して下さっている皆様いつもネパールへご支援して下さっている皆様
2015201520152015年5月6年5月6年5月6年5月6日日日日
垣見垣見垣見垣見 雅一雅一雅一雅一
今回ネパールを襲った大地震は、ゴルカ地方カトマンズを中心に、大変な被害 死者を与えま
した。私が廻っているパルパ地方は、ほんとうに幸いなことに死者は一人も出なかったことです。
それでも家屋の倒壊、亀裂などでテント生活を余儀なくされている人たちは732世帯とのこ
とです。パルパで被害の最もひどかったサハルコット郡スケコット村に行き事情を見てきました。
55世帯のうち42世帯が被害を受け、今テント生活をしています。
これから雨期に入り家屋を新築することは難しいため、残っている1階部分を村人たち全員で
一軒一軒、仮住いできるところまで修復し、雨期が終わり、道路が使えるようになる9月以降に
本格的に復興作業(住居の新築)に取りかかりたいとのことでした。(地震発生以来10日間で、
ほとんどすべての緊急支援(テント、毛布、食料等)は届いていました。)
復旧のためにはどうしても建設のための資金が必要になります。皆さまのご協力がいただけれ
ばバルパの被害者だけでなく、被害を受けられた人達も笑顔をとり戻してくれると思います。
スケット村に入ったとき、村人達のほとんどは、目線が下、口をきく人も少なかったのですが、
村を私が出るときは皆が笑顔で手を振ってくれました。私はこのとき、日本の皆さまの後押し、
温かい心を感じていました。バジ バイバイ! 子供たちのこえが今でも耳に残っています。
会報お読みの方々へのお願い会報お読みの方々へのお願い会報お読みの方々へのお願い会報お読みの方々へのお願い
本会の拡充と共に、会報の充実も計ろうといたしております。
それで会報をお読みになった皆様のご感想、ご意見、ご要望は、会報作成のみならず、本会運営に当
たっても大きな方向付けに役立ちます。どうぞ遠慮なくお送りいただきますようお願い申しあげます。
送付先は、編集担当 加藤 隆([email protected]) ,または
村上勝臣([email protected])までお寄せ下さい。
この書簡は「認定NPO法人 いきいきフォーラム草の根支援」に手書きの書面で来たも
のを、電子ファイルとして転写したものです。(編集担当)
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編集後記編集後記編集後記編集後記
私もかって、技術支援や青年海外協力隊員の激励のため 数回ネパールを訪れたことがあり、その折見
た町や村の家屋がこの度の大地震で崩壊した様子を想定し胸が痛みます。時間がかかるかも知れませんが
復興を祈っております。
今回は号外として、皆さまに生々しい現地の様子をいち早くお伝えしようとの思いから、現地調査から
帰国されたばかりの鈴木様に、ご多用の中ご寄稿をいただきました。また昨年7月、一時帰国されていて、
海外情報談話会でご講演をいただいた垣見様の無事な様子をお知らせするためにも、氏からの書簡を転載
させていただきました。(加藤)
総編集長:総編集長:総編集長:総編集長:ICTICTICTICT海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会 事務局長事務局長事務局長事務局長 加藤加藤加藤加藤 隆隆隆隆
編編編編 集集集集 長:長:長:長:ICTICTICTICT海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会 編集部長編集部長編集部長編集部長 村上勝臣村上勝臣村上勝臣村上勝臣
報道部長:報道部長:報道部長:報道部長:ICTICTICTICT海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会 報道部長報道部長報道部長報道部長 山崎義行山崎義行山崎義行山崎義行
発発発発 行:行:行:行:ICTICTICTICT海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会海外ボランティア会 ((((メール:メール:メール:メール:[email protected]))))