19
105 単位根,共和分の関係にある VAR モデルの  インパルス応答関数の特性 The Properties for Impulse Responses from VAR Model with Unit Roots and Cointegration 北 岡 孝 義 Takayoshi Kitaoka 1 本稿の目的は,VAR(Vector autoregression)モデルの OLS 推定量の特性,及び OLS 推定 量に基づくインパルス応答関数の特性をモンテカルロ・シミュレーションによって明らかにする ことにある。本稿で注目する VAR モデルの OLS 推定は,定常時系列データではなく単位根を 持ち共和分関係にある非定常時系列データが対象である。最近の VAR モデルを使った金融政策 の効果分析は,本多・黒木・立花(2010)に代表されるように,時系列データの非定常の可能性 があるにもかかわらず,定常時系列データと同様にレベル変数のまま OLS 推定を行っている。 この点は,Park and Phillips(1988),Sims, Stock and Watson(1990)などが明らかにしたよ うに,非定常時系列であっても VAR モデルの OLS 推定量が一致性(consistency)と漸近正規 性(Approximate normality)を持つことがその根拠となっている (1) しかし,実際の VAR モデルで使用するデータ数は大標本ではなく小標本のケースが多い。特 に,金融政策の効果分析では,金融政策のレジーム・チェンジを考慮すると,月次データでもデ ータ数は 100 にも満たない。事実,本多・黒木・立花(2010)では,量的緩和政策の効果分析を 行うために,サンプル期間を量的緩和政策の実施期間(2001 年 3 月~2006 年 2 月)に限定した ことによって標本数は 60 である。こうした小標本のケースでは,大標本の性質である一致性や 漸近正規性は意味をもたない。Abadir, Hadri and Tzavalis(1999),Lawford and Stamatogi- annis(2009)は,単位根を持つ小標本の時系列データの場合,VAR モデルの OLS 推定量が無 視できないバイアスを持つことをモンテカルロ・シミュレーションによって明らかにした。小標 本での VAR モデルの OLS 推定量は問題があると言えよう。 * 〒101─8301 東京都千代田区神田駿河台 1─1 明治大学商学部 ( 1 ) Hamilton(1998,Ch.18)はレベル VAR モデルの OLS 推定量の一致性と漸近的正規性をわかりやす く解説している。

単位根,共和分の関係にあるVARモデルの インパル …...単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性 107 カルロ・シミュレーションの結果に基づき,レベルVARモデル,VECMのOLS推定量ついて

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105単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

単位根,共和分の関係にある VAR モデルの インパルス応答関数の特性

The Properties for Impulse Responses from VAR Model with Unit Roots and Cointegration

北 岡 孝 義*

Takayoshi Kitaoka

1 序

 本稿の目的は,VAR(Vector autoregression)モデルの OLS 推定量の特性,及び OLS 推定

量に基づくインパルス応答関数の特性をモンテカルロ・シミュレーションによって明らかにする

ことにある。本稿で注目する VAR モデルの OLS 推定は,定常時系列データではなく単位根を

持ち共和分関係にある非定常時系列データが対象である。最近の VAR モデルを使った金融政策

の効果分析は,本多・黒木・立花(2010)に代表されるように,時系列データの非定常の可能性

があるにもかかわらず,定常時系列データと同様にレベル変数のまま OLS 推定を行っている。

この点は,Park and Phillips(1988),Sims, Stock and Watson(1990)などが明らかにしたよ

うに,非定常時系列であっても VAR モデルの OLS 推定量が一致性(consistency)と漸近正規

性(Approximate normality)を持つことがその根拠となっている(1)。

 しかし,実際の VAR モデルで使用するデータ数は大標本ではなく小標本のケースが多い。特

に,金融政策の効果分析では,金融政策のレジーム・チェンジを考慮すると,月次データでもデ

ータ数は 100 にも満たない。事実,本多・黒木・立花(2010)では,量的緩和政策の効果分析を

行うために,サンプル期間を量的緩和政策の実施期間(2001 年 3 月~2006 年 2 月)に限定した

ことによって標本数は 60 である。こうした小標本のケースでは,大標本の性質である一致性や

漸近正規性は意味をもたない。Abadir, Hadri and Tzavalis(1999),Lawford and Stamatogi-

annis(2009)は,単位根を持つ小標本の時系列データの場合,VAR モデルの OLS 推定量が無

視できないバイアスを持つことをモンテカルロ・シミュレーションによって明らかにした。小標

本での VAR モデルの OLS 推定量は問題があると言えよう。

* 〒101─8301 東京都千代田区神田駿河台 1─1 明治大学商学部( 1 ) Hamilton(1998,Ch.18)はレベル VAR モデルの OLS 推定量の一致性と漸近的正規性をわかりやす

く解説している。

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106 『明大商学論叢』第 101 巻第 2号

 さらに,VAR モデルのインパルス応答関数に関しても問題が指摘される。通常,インパルス

応答分析を行う場合,各変数固有のショック(独立ショック)を識別するために,コレスキー分

解(Cholesky decomposition)を想定する(2)。すなわち,VAR モデルの誤差項の分散共分散行

列を三角分解して独立ショックを識別する。実際の時系列データでコレスキー分解を行う場合は

VAR モデルの OLS 推定量の残差系列が使われる。小標本のもとでの OLS 推定量にバイアスが

あれば正しく分散共分散行列を推定できず,三角分解にもバイアスが生ずる。したがって,バイ

アスのあるコレスキー分解のもとで,独立ショックの各変数への時間的効果を追跡するインパル

ス応答分析を行うことになる。

 また,Phillips(1998)は,単位根を持ち共和分関係にある時系列データの場合,たとえ大標

本であっても長期のインパルス応答は真のインパルス応答と乖離することを,漸近理論を用いて

証明している。この点は,小標本のもとでのコレスキー分解の問題とは別に,非定常時系列デー

タの VAR モデルのインパルス応答関数固有の問題として認識しておく必要がある。

 本稿は,以上の先行研究を踏まえ,VAR モデルの OLS 推定量とインパルス応答関数の小標

本特性を分析する。本稿で分析対象となる VAR モデルは,時系列データの単位根や共和分関係

の特徴を考慮しないレベル VAR モデルと VECM(Vector error-correction model)である。

周知のように,VECM は単位根,共和分関係のある時系列データのための VAR モデルの 1 つ

である。

 本稿ではまた,時系列データの共和分関係に注目する。Mitchell(2009)はレベル VAR モデ

ルが共和分関係をモデルに取り込んでいないことから生ずるインパルス応答関数のバイアスを指

摘する。Mitchell(2009)は,レベル VAR モデルが共和分関係を考慮に入れていないことから,

インパルス応答関数が長期のみならず短期においても無視できないバイアスが生ずることを強調

する。森川(2018)も同様に,共和分関係を考慮に入れないレベル VAR モデルのインパルス応

答関数が VECM と比較して大きなバイアスをもたらすことを明らかにしている。単位根の場合

は,標本数を増やせば OLS 推定量が一致性や漸近正規性が期待できるが,共和分関係は大標本

の問題ではない。共和分をモデルに取り入れるかどうかは,OLS 推定量の有効性(Efficiency)

に関係する問題であると考える。本稿でも,共和分関係の重要性を検証するために,VECM を

取り上げる。

 本稿の内容を簡単に紹介しておく。以下,2 節では,単位根を持ち共和分関係にある真の

VAR モデルを構築するために,VAR モデルの係数パラメータにどのような制約を与えるかを

理論的に説明する。そして,その制約を踏まえ,データ生成のための真のモデルのパラメータを

設定する。また,レベル VAR モデルのインパルス応答関数の一致性に関する Phillips(1998)

の定理を要約する。次いで 3 節では,レベル VAR モデル,VECM の OLS 推定量及びインパル

ス反応関数に関するモンテカルロ・シミュレーションの分析手順を解説する。4 節では,モンテ

( 2 ) VAR モデルを構成する変数に再帰性(recursive)の因果関係を仮定する。

( 226 )

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107単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

カルロ・シミュレーションの結果に基づき,レベル VAR モデル,VECM の OLS 推定量ついて

議論する。5 節では,最初にインパルス応答分析を行う上での独立ショックの識別のためのコレ

スキー分解の問題を取り上げる。VAR モデルの残差系列を用いるコレスキー分解は,インパル

ス応答の誤差を発生させる原因の 1 つであることを強調する。次いで,Phillips(1998)の定理

に従って,レベル VAR モデル,VECM のインパルス応答関数に関するモンテカルロ・シミュ

レーションの結果を与える。6 節では,本稿の分析結果をまとめるとともに残された課題につい

て言及する。

2 レベル VARモデルと VECM

2.1 コレスキー分解と独立ショックの識別

 コレスキー分解(Cholesky decomposition あるいは Cholesky factorization)は,VAR モデ

ルを構成する変数 yit(i=1, 2, …, n)の固有のショック fit(i=1, 2, …, n)の識別のための工夫の 1

つである。ラグ次数 pの構造形 VAR モデル(Structural form VAR model)を(1)式のとお

りに仮定する。

(1)

Ai(i=0, 1, 2,…, p)は n×n係数行列,fit(i=1, 2, …n)は互いに独立で平均 0,分散 vi2 の正規攪

乱項である。

 A0 は非特異行列(non-singular matrix)と仮定し,(1)式の両辺に A0 の逆行列 A0-1 をかけ

ると,(2)式の誘導形 VAR モデル(Reduced form VAR model)が得られる。

(2)

ここで,

b = A0-1a

Bi = A0-1Ai

ut = A0-1ft

インパルス応答分析を行うためには,(2)式の誘導形 VAR モデルの誤差項 ut から変数 yit の独

立ショック fit(i=1, 2, …, n)が識別されなければならない。独立ショック fit の識別のために,

A0 を対角要素が 1 の下三角行列であると仮定する。すなわち,

y yA a At i t i t

i

p

0

1

f= + +-=

!

y yb B ut i t i t

i

p

1

= + +=

-!

(3─1)

(3─2)

(3─3)

( 227 )

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108 『明大商学論叢』第 101 巻第 2号

(4)

(3─3)式より(5)式が得られ,

ft = A0ut

A0 が下三角行列であれば独立ショック ft が識別できる。また,(1)式より変数 yit(i=1, 2, …, 

n)は再帰性(recursive)の構造を持つ。すなわち,変数 yit の独立ショック fit は,ujt(i<j)を

通じて変数 yjt に影響を与えるが,逆の影響はない。

 ut の分散共分散行列 Rは,(6)式のとおりである。

(6)

ここで,Xは対角要素 vi2(i=1, 2, …, n)を持つ n×nの対角行列である。すなわち,

(7)

(7)式の Xは独立ショック ft の分散共分散行列である。

2.2 真のモデルのパラメータ設定

 以下では,北岡(2019)に従い,3 変数,ラグ次数 2,定数項なしの VAR モデルを特定化す

る。3 変数は各々単位根を持ち 1 つの共和分関係にある。これを真の VAR モデルとしてデータ

を生成する。(2)式の誘導形 VAR モデルのパラメータ設定は以下のとおりである。

(8)

(9)

(9)式より,

Aa

a a

0 0

1 0 0

1

1

n n

0

21

1 2

g

g

g

g

= > H(5)

E u u A E A A At t t t01

01

01

01f fR X= = =- - - -l l] ]g g

0 0

0 0

0 0 n

12

22

2

g

g

g

g

v

v

v

X=> H

. . .

. . .

. . .

. . .

. . .

. . .

A

1 0 0 0 0 0

0 2 1 0 0 0

0 1 0 3 1 0

1 0 0 0 0 0

0 0 0 8 0 0

0 0 0 0 0 6

01 X= =- > >H H. . .

. . .

. . .

. . .

. . .

. . .

B B

0 600 0 045 0 500

0 270 0 700 0 450

0 050 0 015 0 750

0 200 0 005 0 100

0 010 0 235 0 070

0 030 0 005 0 090

1 2=

-

- =

- -> >H H

( 228 )

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109単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

(10)

t = B1+B2-I3 の階数(rank)は 1 である。したがって,共和分関係の数は 1 つである。また,

tはグレンジャーの表現定理(Granger Representation Theorem)により,共和分ベクトルに

分解できる。すなわち,

(11─1)

(11─2)

(11─3)

ここで,aは 3×1 調整速度ベクトル,bは 3×1 共和分ベクトルである。

 VECM(Vector error correction model)の形で表すと,

(12)

(8)式より,誤差項のコレスキー分解は,(13─1)式,(13─2)式,(13─3)式のとおりである。

u1t = f1t

(13─2)

(13─3)

 (2)式の VAR モデルを companion form で表すと,

Yt = CYt-1+Nt

ここで,

(15)

Yt は(np×1)列ベクトル,Cは(np×np)行列,Nt は(np×1)列ベクトルである。(14)式

は Yt に関してラグ次数 1 の VAR モデルである。(14)式より,

(16)

あるいは,

B B I 01 2 3+ - =

B B I1 2t ab= + - = l

. , . , .0 2 0 4 0 4a=-

l6 @, . , .1 2 4 0 044b= - - l6 @

y y yB ut t t t1 2 1abD D= - +- -l

(13─1)

. .u 0 2 0 8t t t2 1 2a f f= + +_ i

. . .u 0 1 0 3 0 6t t t t3 1 2 3f a f fa= + + + +_ _i i

(14)

y y y, , ,

, , , ,

, , , ,

, , , ,

, , , ,

, , ,Y C

B B B B

I

I

I

u

0 0 0

0 0 0

0 0 0

0 0t t t t p

p p

n

n

n

t t1 1

1 2 1

g

g

g

g

g

gN= = =- - +

-

l l l l ll ] g

R

T

SSSSSSSSSSSSSSSSSSSS

6

V

X

WWWWWWWWWWWWWWWWWWWW

@

Y I C Ct n ti

t i

i

t

1

1

1

N N= - ==

-

--] g !

( 229 )

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110 『明大商学論叢』第 101 巻第 2号

(17)

こ こ で,Ml=[In, 0, …, 0]Hi=MlC iM(i=1, 2, …, p-1)で あ る。(17)式 は VAR モ デ ル の

MA 表現であり,(17)式よりインパルス応答関数(Impulse response function, IRF)を求め

ることができる。

2.3 レベル VARモデルによる長期のインパルス応答

 VAR モデルを使った実証分析では,変数が単位根を持ち共和分関係にある可能性が高い場合

でも,(2)式のレベル VAR モデルの OLS 推定量に基づいてインパルス応答関数を求めるケー

スが多い。これは,レベル VAR モデルの OLS 推定量は一致性,漸近正規性を持つことから,

インパルス応答関数も一致性,漸近正規性を持つだろうとの推測に基づいている。しかし,この

推測は,Phillips(1998)によって必ずしも正しくないことが証明されている。すなわち,VAR

モデルの変数間に単位根・共和分関係が存在する場合,OLS 推定量に基づくインパルス応答関

数の長期効果(long-run effects)は一致性を持たない。より厳密に説明すれば次のとおりであ

る。

 Phillips(1998)の Lemma 2.2 より,独立ショック ft の i期先の真の効果 Hi は長期的に以下

の値に収束する。すなわち,

(18)

ここで b⊥は共和分ベクトルからなる行列 bの n×(n-r)直交行列で,bE は n×(n-r)行列(3),

rは共和分の数である。次いで,Phillips(1998)の定理 2.3 より,サンプル数を Tとすれば,

独立ショックの i期先効果(長期効果は i → ∞)の OLS 推定量による効果    に関して,以下の

3 点が証明される(4)。

① 0<i<∞ , T → ∞の場合,(OLS 推定量による効果)    (真の効果)

② T → ∞ , i → ∞ , i/T→0 の場合,(OLS 推定量による効果)    =    (真の効果)

③ T → ∞ , i → ∞ , i = fT(0<f<1)の場合,(OLS 推定量による効果)          

ここで,  は確率収束,  は分布収束を意味する。また,Uは,

(19)

である。Sh, S1 はベクトルの Brownian motion で互いに相関している。

 ①のインパルス応答関数の有限先効果(0<i<∞)に関しては,OLS 推定量による効果は

y M C Mu uti

t i i t i i t i

i

t

i

t

i

t

1 2

1

1

1

1

1

1

fH H X= = ==

-

=

-

=

-

- - -l! ! !

,i Ei" "3 b bH H= = lr

iHt

pi iH Ht

piH Ht r

Eb b= l

exp fUd

i Eb bH =t ] g

p d

U S dS S dS10

1

1 10

1 1

= h

-

lc cm m# #

( 3 ) bE の詳細な定義は,Phillips(1998)の Appendix 参照。( 4 ) 0<i<∞の場合,   の漸近正規性が証明される。iHt

( 230 )

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111単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

T→∞で真の値に一致する。②,③のインパルス応答関数の長期効果(i→∞)に関しては,

T→∞で②の場合は長期効果においても真の値に一致するが,③の場合は一致しない。例えば,

サンプル数が 50,100,200 と増えていけばインパルス応答の期間も比例的に 10,20,40 と増え

ていくとする。その場合,長期のインパルス応答関数は真のインパルス応答関数と乖離する可能

性が高い。

 Phillips(1998)は上の結果から,OLS 推定量に基づくインパルス応答関数の長期効果の一致

性が保証されると考えるのは誤りであると主張する。主な理由は,OLS 推定量の誤差がインパ

ルス応答関数の期間を経ても(i→∞)消失しない(persistent)からである。しかし,確かに③

は一致性を持たないが,①と②の場合は一致性を持つ。②と③の違いは,Tと iの速度の違いで

ある。Tが iよりも速く無限大に近づけば②のケースで,同じ速さであれば③のケースである。

 しかし,こうした Phillips(1998)の結果を実際の VAR モデルの実証分析の現場でどのよう

に判断すればよいのかは難しい問題である。そこで,本稿では,一致性が成立しない③のケース

が実際にどのようなものかをモンテカルロ・シミュレーションで明らかにする。

3 モンテカルロ・シミュレーションの分析手順

 以下では,レベル VAR モデルと VECM のモンテカルロ・シミュレーションの分析を行う。

モンテカルロ・シミュレーション分析によって,それぞれのモデルの係数パラメータとインパル

ス応答関数の推定誤差を測る。本節ではモンテカルロ・シミュレーションの分析手順を解説する。

データ生成のための真の VAR モデルの係数値は 2.2 で与えている。モンテカルロ・シミュレー

ションの分析手順は次のとおりである。

① 真の VAR モデルの独立ショック fit(i=1, 2, 3)の正規乱数を T個発生させ,真の VAR モデ

ルに基づき変数(y1t, y2t, y3t)(1#t#T)のデータを T個生成する。その際,真の VAR モデ

ルはラグ次数が 2 なので,初期値(y1t, y2t, y3t)(t=-1, 0)を 0 に設定する。データの生成

は分析に応じて 3 通り T=50, 100, 300 を想定する。

② 3 変数(y1t, y2t, y3t)の T個のデータセットを用いて,レベル VAR モデルと VECM の係数

の OLS 推定を行う。モデルのラグ次数に関しては,真の VAR モデルのラグ次数が既知であ

ると想定する(5)。

③ レベル VAR モデル,VECM の係数の OLS 推定量に基づき,それぞれのモデルのインパル

ス応答関数を求める。独立ショックの識別のためにコレスキー分解を想定している。変数の

順序に関しても既知とする(6)。すなわち,変数の順序(ordering)は(y1t, y2t, y3t)である。

インパルス応答の期間 iについても分析に応じて 3 通り i=10, 20, 60 を想定する。すなわち,

( 5 ) ラグ次数の選択も VAR モデルの大きなテーマである。( 6 ) 通常,変数の再帰性は経済的根拠に基づいて想定される。

( 231 )

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112 『明大商学論叢』第 101 巻第 2号

データ数 Tに対してインパルス応答の期間 iを比例的に増やしていく。独立ショックは 1 標

準偏差の変化を与える。真の VAR モデルでは,独立ショックの 1 標準偏差は 1 単位に等し

いが,残差系列を使って 1 標準偏差を求めるので,各変数の独立ショックの変化は 1 単位と

は限らない。

④ ①~②の手順をm回繰り返し,得られたm個の VAR モデル,VECM のそれぞれの係数推

定値の平均と標準偏差を求める。繰り返しの回数はm=5000 を想定する。インパルス応答関

数に関しては,m個のレベル VAR モデル,VECM,そして真の VAR モデルによるインパ

ルス応答関数の各期の平均を求め,その平均を折れ線グラフで図示する。また,真のモデル

に基づくインパルス応答関数との乖離を測るために,両モデルのインパルス応答関数に関し

て二乗平均平方根誤差(RMSE)を計算する。

4 VARモデルの OLS推定量に関するモンテカルロ・シミュレーションの結果

 本節では,以下の(20)式,(21)式で与えられるレベル VAR モデル,VECM の係数推定値

に関するモンテカルロ・シミュレーションの結果を与える。

(レベル VAR モデル)

(20)

(VECM)

(21)

2.2 で設定した真の VAR モデルよりデータを生成し,レベル VAR モデルと VECM の OLS 推

定量を与える。データの生成は T=50, 100, 300 の 3 つのケースである。繰り返し計算の回数は

5000 回とする。以下の表では 5000 回のレベル VAR モデル,VECM の係数推定値の平均値と

標準偏差を与える。

 結果は表 1(T=50 のケース),表 2(T=100 のケース),表 3(T=300 のケース)でまとめ

られている。(20)式から分かるように,レベル VAR モデルの係数パラメータの数は 3 変数,2

ラグなので合計 18 ある。以下では,紙幅の都合上,全係数推定値の結果ではなく自己ラグの変

数 の 係 数 推 定 値(  ,,   ,   ,   ,   ,   )に 関 し て の み 結 果 を 与 え る。ま た,(21)式 の

VECM に関しても自己ラグの変数の係数推定値のマイナス値(  ,   ,   )のみ結果を与える。

レベル VAR モデルと VECM のこれらの推定結果でも十分にモデルの特性を明らかにすること

ができる。また,ここではレベル VAR モデルと VECM の比較に焦点を当てているので,

VECM の調整速度,共和分ベクトルの推定値は省略する。

y y y y y y y , ,b b b b b b u i 1 2 3it i t i t i t i t i t i t it1 1 1 2 2 1 3 3 1 4 1 2 5 2 2 6 3 2= + + + + + + =- - - - - - ] g

y y y y y y y , ,b b b u i 1 2 3it i t t t i t i t i t it1 1 1 2 2 1 3 3 1 4 1 1 5 2 1 6 3 1ba b b DD DD = + + - - - + =- - - - - -] ]g g

b11t b22

t b33t b14t b25t b36t

b14t b25t b36t

( 232 )

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113単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

表 1 VARモデルの係数推定値 T=50のケース

レベル VAR モデル VECM

係数 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 真の値

b11t 0.532283 0.179436 - - 0.600

b22t 0.656087 0.205412 - - 0.700

b33t 0.686236 0.206685 - - 0.750

b14t 0.157438 0.176647 0.184139 0.174578 0.200

b25t 0.229596 0.201979 0.236552 0.199712 0.235

b36t 0.051792 0.200645 0.050974 0.199070 0.090

表 2 VARモデルの係数推定値 T=100のケース

レベル VAR モデル VECM

係数 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 真の値

b11t 0.565710 0.116610 - - 0.600

b22t 0.680411 0.137620 - - 0.700

b33t 0.719601 0.136634 - - 0.750

b14t 0.181607 0.114718 0.193822 0.115081 0.200

b25t 0.232333 0.133238 0.235971 0.133584 0.235

b36t 0.071958 0.133317 0.070007 0.132190 0.090

表 3 VARモデルの係数推定値 T=300のケース

レベル VAR モデル VECM

係数 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 真の値

b11t 0.589647 0.063842 - - 0.600

b22t 0.694765 0.077039 - - 0.700

b33t 0.739259 0.075736 - - 0.750

b14t 0.193932 0.063761 0.197672 0.063687 0.200

b25t 0.233682 0.074030 0.236330 0.073734 0.235

b36t 0.085037 0.073902 0.083834 0.073571 0.090

 表 1,表 2,表 3 の 結 果 を み る と,T=300,T=100 で は レ ベ ル VAR モ デ ル と VECM の

(  ,   ,   )の推定値の平均値にほとんど差はないが,T=50 ではレベル VAR モデルと

VECM の推定値の平均値に差がある。総じて,レベル VAR モデルよりも VECM の方が良い

結果を与えている。また,T=50,T=100,T=300 とサンプル数を増やすことによって,レベ

ル VAR モデル VECM ともに推定値の平均値は真の値に近づき標準偏差も小さくなっている。

これは,レベル VAR モデル,VECM の OLS 推定量が一致性を持つことの証左である。レベル

VAR モデルよりも VECM の方の結果が良いのは,VECM は単位根,共和分関係の情報を織り

込んだモデルであるからである。レベル VAR モデルも VECM も,小標本で    の推定値が真

b14t b25t b36t

b36t

( 233 )

Page 10: 単位根,共和分の関係にあるVARモデルの インパル …...単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性 107 カルロ・シミュレーションの結果に基づき,レベルVARモデル,VECMのOLS推定量ついて

114 『明大商学論叢』第 101 巻第 2号

の値よりもかなり乖離している点は注目するべきだが,その理由は明らかでない。

5 VARモデルのインパルス応答関数に関するモンテカルロ・シミュレーションの結果

5.1 コレスキー分解の誤差とインパルス応答関数

 本稿は,インパルス応答分析におけるコレスキー分解に注目する。単位根・共和分関係の変数

からなるレベル VAR モデルのインパルス応答関数において,コレスキー分解を想定することに

問題がある。コレスキー分解は,VAR モデルの OLS 推定の残差系列を用いる。以下の(22─1)

式,(22─2)式,(22─3)式の( ,   ,   ),( ,  ,  )が残差系列を用いた推定値であるとし

よう。

(22─1)

(22─2)

(22─3)

( ,   ,   ),( ,  ,  )は,(13─1)式,(13─2)式,(13─3)式の真の値(1,    ,    ),    

        と異なるので,推定誤差  -1,   -   ,   -   ,  -   ,  -   ,  -    が

発生する。レベル VAR モデルの場合,変数が単位根を持っている場合はその誤差がインパルス

応答の期間を経ても消えずに持ち越されていく。

 そうした推定誤差がインパルス応答関数にどの程度のバイアスを与えるか。以下では,そのバ

イアスを数量的に把握するために,モンテカルロ・シミュレーションを行う。(13─2)式,(13─

3)式の係数パラメータ             に一様の誤差 aが生じたとしよう。その場合のインパル

ス応答関が真の値の係数パラメータに基づくインパルス応答分析に比べてどの程度乖離するかを

確認する。コレスキー分解の(13─1)式,(13─2)式,(13─3)式を,誤差を含んだ(22─1)式,

(22─2)式,(22─3)式のように書き換える。

u1t = f1t(23─2)

(23─3)

ここで, -   ,= -   = -   =aである。簡単化のために,v1, v2, v3 に関して誤差

はないものと想定する。具体的に aは a=±0.2 とする。a=0.2 の場合は過大推定,a=-0.2 の

場合は過小推定である。

 変数の ordering(y1t, y2t, y3t)において,独立ショック(f1t, f2t, f3t)の中でもっとも誤差の生

じやすいのは独立ショック f1t である。以下では,独立ショック f1t に関するインパルス応答分析

1vt 2vt 3vt 1ht 1gt 2gt

u t t1 1 1v f= tt

u t t t2 1 1 2 2h f v f= +t tt

u t t t t3 1 1 2 2 3 3f v fg f g= + +t t tt

1vt 2vt 3vt 1ht 1gt 2gt .0 8 .0 6 .0 2

.0 1 .0 3 1vt 2vt .0 8 3vt .0 6 1ht .0 2 1gt .0 1 2gt .0 3

.0 2 .0 1 .0 3

(23─1)

. .u 0 2 0 8t t t2 1 2f fa= + +_ i

. . .u 0 1 0 3 0 6t t t t3 1 2 3a f a f f= + + + +_ _i i

1ht .0 2 1gt .0 1 2gt .0 3

( 234 )

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115単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

を行う。変数の ordering(y1t, y2t, y3t)は,f1t が u2t, u3t を通じて y1t だけでなく y2t, y3t に影響を

与えるので,独立ショック f1t f2t と比べて誤差が拡散しやすい。

 インパルス応答関数を求める上でレベル VAR モデルは真のモデルを使う。したがって,誤差

はコレスキー分解の誤差 aのみを反映していることになる。0 期に独立ショック f1t に 1 単位(1

標準偏差でもある)の変化が生じたものとする。10 期先までのインパルス応答関数は図 1 の以

下の通りである。

過小推定過大推定真の値

注)

(1)Response of y1t to f1t (2)Response of y2 t to f1t (3)Response of y3 t to f1t

図 1 コレスキー分解の誤差とインパルス応答分析

 図 1 より,過大推定,過小推定のいずれの場合も,真のコレスキー分解のインパルス応答関数

とかなり乖離している。〈(2)Response of y2t to f1t〉のケースの過小推定の場合は,インパルス

応答関数はマイナスになっている。図 1 では,独立ショックの標準偏差は真の値 v1=1, v2=

   , v3=    を与えているが,実際には独立ショックの標準偏差も VAR モデルの残差系列を

使って推定されるので,誤差はさらに大きくなると推測される。したがって,実証分析において

は,独立ショック f1t のインパルス応答関数の推定は,真のコレスキー分解に基づくインパルス

応答関数よりもかなり乖離するものと結論付けることができる。

 ただし,次の点が指摘できる。変数の ordering(y1t, y2t, y3t)において,独立ショック f3t の

u3t への影響は   -    の推定誤差以外の誤差は生じない。独立ショック f3t の標準偏差の推定

誤差が小さければ,独立ショック f3t の場合はコレスキー分解の誤差の影響は小さい。したがっ

て,インパルス応答関数において,変数の ordering で最後の変数 y3t の独立ショック f3t のイン

パルス応答関数が相対的に誤差の小さいインパルス応答関数であると言えよう。

5.2 インパルス応答関数の推定

 以下では,Phillips(1998)の定理 2.3 の③を検証するために,サンプル数 Tとインパルス応

答の期間 iを比例的に増やしてインパルス応答関数を求める。サンプル数 Tとインパルス応答

の期間 iは i=mTの関係にある(mは比例定数)。最初は T=50, i=10,次いで T=100, i=20,

T=300, i=60 と両者を 2 倍,3 倍に増やしていく。サンプル数 Tとインパルス応答の期間 iは

.0 8 .0 6

3vt .0 6

( 235 )

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116 『明大商学論叢』第 101 巻第 2 号

i=0.2Tの関係にあり,比例定数は m=0.2 である。

 真の VAR モデルで生成したデータを使ってレベル VAR モデル,VECM を OLS 推定し,イ

ンパルス応答分析を行う。それらの結果と真の VAR モデルに基づくインパルス応答分析を比較

することにより,レベル VAR モデル,VECM のパフォーマンスを測る。

 結果は図 2,図 3,図 4 のとおりである。図 2 はサンプル数 T=50,インパルス応答の期間

i=10 のケースである。図 3 はサンプル数 T=100,インパルス応答の期間 i=20 のケース,図 4

はサンプル数 T=300,インパルス応答の期間 i=60 のケースである。表 4,表 5,表 6 は,それ

ぞれサンプル数 T=50,インパルス応答の期間 i=10,サンプル数 T=100,インパルス応答の

期間 i=20,サンプル数 T=300,インパルス応答の期間 i=60 のレベル VAR モデル,VECM

のインパルス応答と,真の VAR モデルのインパルス応答との乖離,誤差に関する尺度,二乗平

均平方根誤差(Root Mean Square Error, RMSE)である。

Response of y1 to f1 Response of y2 to f1 Response of y3 to f1

Response of y1 to f2 Response of y2 to f2 Response of y3 to f2

Response of y1 to f3 Response of y2 to f3 Response of y3 to f3

VECM真のVARモデルレベルVARモデル

注)  Response of yit to fj t(i, j=1, 2, 3)は,yj t の独立ショック fj t の 1 標準偏差(1 単位)のショックに対する yit の 10 期先までのインパルス応答を意味する。また,図の曲線の実線,破線等の違いは推定の VAR モデルの違いである。

図 2 レベル VARモデルのインパルス応答の結果(T=50, i=10)

( 236 )

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117単位根,共和分の関係にある VAR モデルのインパルス応答関数の特性

表 4 RMSE(i=10, T=50)

VAR モデル f1→y1 f1→y2 f1→y3 f2→y1 f2→y2 f2→y3 f3→y1 f3→y2 f3→y3

レベル VAR 0.198 0.040 0.101 0.074 0.284 0.120 0.167 0.184 0.145

VECM 0.030 0.015 0.019 0.017 0.055 0.020 0.049 0.056 0.041

 図 2,表 4 の小標本 T=50, i=10 のケースでは,レベル VAR モデルのインパルス応答は,期

間がわずか 10 期でも,3 期辺りから真の VAR モデルのインパルス応答と乖離し始める。その

乖離の程度は期を経るにつれて大きくなっている。これに対して,VECM の方は,総じて真の

VAR モデルよりも下回っているものの乖離の程度はレベル VAR モデルのインパルス応答と比

べてはるかに小さい。この点は表 4 の RMSE からも確認できる。図 2 の 2 行 3 列目の〈Re-

sponse of y3 to f2〉,3 行 3 列目の〈Response of y3 to f3〉のケースでは,VECM のインパルス

応答は真の値に収束していくように見える。

Response of y1 to f1 Response of y2 to f1 Response of y3 to f1

Response of y1 to f2 Response of y2 to f2 Response of y3 to f2

Response of y1 to f3 Response of y2 to f3 Response of y3 to f3

注)  Response of yit to fj t(i, j=1, 2, 3)は,yj t の独立ショック fj t の 1 標準偏差(1 単位)のショックに対する yit の 20 期先までのインパルス応答を意味する。また,図の曲線の実線,破線等の違いは推定の VAR モデルの違いである。

VECM真のVARモデルレベルVARモデル

図 3 レベル VARモデルのインパルス応答の結果(T=100, i=20)

( 237 )

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118 『明大商学論叢』第 101 巻第 2 号

 以上のことから,小標本 T=50, i=10 のケースでは,レベル VAR モデルのインパルス応答

関数は VECM のそれと比べて真の VAR モデルのインパルス応答関数との乖離が大きいと言え

る。

 図 3,表 5 は,サンプルを T=100 に増やした場合に,レベル VAR モデルのインパルス応答

関数と真の VAR モデルのインパルス応答関数の乖離が縮小しているかどうかを調べる。その際,

Phillips(1998)の定理 2.3 の③に基づいて,インパルス応答の期間も比例的に増やし i=20 と

する。図 3 の結果を見る限り,乖離の程度は i=10, T=50 のケースとほぼ変わらない。これは,

表 5 の RMSE の結果を見ても確認できる。これに対して,VECM のインパルス応答関数は真の

表 5 RMSE(i=20, T=100)

VAR モデル f1→y1 f1→y2 f1→y3 f2→y1 f2→y2 f2→y3 f3→y1 f3→y2 f3→y3

レベル VAR 0.185 0.027 0.095 0.087 0.290 0.103 0.168 0.186 0.130

VECM 0.007 0.004 0.004 0.008 0.023 0.007 0.021 0.025 0.017

Response of y1 to f1 Response of y2 to f1 Response of y3 to f1

Response of y1 to f2 Response of y2 to f2 Response of y3 to f2

Response of y1 to f3 Response of y2 to f3 Response of y3 to f3

注)  Response of yit to fj t(i, j=1, 2, 3)は,yj t の独立ショック fj t の 1 標準偏差(1 単位)のショックに対する yit の 60 期先までのインパルス応答を意味する。また,図の曲線の実線,破線等の違いは推定の VAR モデルの違いである。

VECM真のVARモデルレベルVARモデル

図 4 レベル VARモデルのインパルス応答の結果(T=300, i=60)

( 238 )

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119単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

VAR モデルの応答関数にいっそう接近している。表 5 の RMSE の結果を見ても確認できる。

サンプル数が増すことにより,真のモデルのインパルス応答に接近するのはレベル VAR モデル

ではなく VECM である。

 図 4,表 6 は,さらにサンプル数とインパルス応答期間を増やした T=300, i=60 のケースで

ある。このケースでは,真の VAR モデルと VECM のインパルス応答関数の乖離はなくなり,

ほぼ一致している。この点から,VECM のインパルス応答関数の一致性を確認することができ

る。一方で,レベル VAR モデルのインパルス応答関数は真の VAR モデルのそれと乖離したま

まである。しかも,T=300, i=60 のケースは,他のケースよりも乖離は拡大している。表 6 か

ら,レベル VAR モデルの応答の誤差率の増大を確認できる。レベル VAR モデルのインパルス

応答関数は一致性を持たないと言える。これは,VECM は共和分の関係を捉えているが,レベ

ル VAR モデルは共和分の関係を取り入れていないことからくる違いであると推測する。

5.3 単位根・共和分関係にあるレベル VARモデルのインパルス応答関数の特性

 5.2 のモンテカルロ・シミュレーションの結果から,レベル VAR モデルのインパルス応答関

数の特性について 3 点が指摘できる。1 点は,Phillips(1998)が定理.3 の③で証明したように,

単位根・共和分関係の変数からなるレベル VAR モデルのインパルス応答関数は,インパルス応

答の期間をサンプル数と比例的に増やした場合に,真の VAR モデルのインパルス応答関数と乖

離していく点である。この点は図 5 で確認できる。図 5 は,図 2,図 3,図 4 のレベル VAR モ

デルのインパルス応答の結果と真の VAR モデルのインパルス応答をまとめたものである。T=

50, i=10,T=100, i=20,T=300, i=60 のケースにおいて,レベル VAR モデルのインパルス

応答と真の VAR モデルのインパルス応答と比較している。

 2 点は,Phillips(1998)の定理 2.3 の①の問題である。図 5 において,例えば,i=10 で固定

してみた場合,確かにサンプル数を T=50,T=100,T=300 と増やしていけばレベル VAR モ

デルのインパルス応答関数は真の VAR モデルのインパルス応答関数に接近していることがわか

る(上にシフトしていく)。この点は,Phillips(1998)の定理 2.3 の①のとおりである。しかし,

例えば,インパルス応答の期間が 10 期の場合,サンプル数が 300 であったとしても,総じてレ

ベル VAR モデルのインパルス応答は真の VAR モデルのインパルス応答とかなり乖離している。

さらに,インパルス応答の期間を増やすとレベル VAR モデルのインパルス応答と真の VAR モ

デルのインパルス応答との乖離は大きくなる。

 3 点は,レベル VAR モデルのインパルス応答関数は,データが単位根を持つにもかかわらず,

表 6 RMSE(i=60, T=300)

VAR モデル f1→y1 f1→y2 f1→y3 f2→y1 f2→y2 f2→y3 f3→y1 f3→y2 f3→y3

レベル VAR 0.409 0.058 0.212 0.226 0.699 0.218 0.397 0.454 0.266

VECM 0.002 0.002 0.001 0.001 0.004 0.001 0.008 0.006 0.005

( 239 )

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120 『明大商学論叢』第 101 巻第 2 号

インパルス応答の期間を増やしても収束するように見えない点である。5.2 で見たように,真の

VAR モデルや VECM では効果が一定値に収束するが,レベル VAR モデルのインパルス応答

関数は下がり続けている。これはレベル VAR モデルが変数の単位根の性質,さらには共和分関

係を捉え切れていないことから生ずる結果であると推測する。また,T=50, i=10,T=100, i=

20,T=300, i=60 のいずれのケースもインパルス応答の最終期の効果はほぼ同じである。この

点も特筆すべき点である。さらに,図 5 から,サンプル数を増やしインパルス応答の期間を増や

すと,インパルス応答関数の振幅は大きくなっていくと言える。

Response of y1 to f1 Response of y2 to f1 Response of y3 to f1

Response of y1 to f2 Response of y2 to f2 Response of y3 to f2

Response of y1 to f3 Response of y2 to f3 Response of y3 to f3

注)  Response of yitto fj t(i, j=1, 2, 3)は,yj t の独立ショック fj t の 1 標準偏差(1 単位)のショックに対する yit の 10 期先までのインパルス応答を意味する。また,図の曲線の実線,破線等の違いは推定の VAR モデルの違いである。

i=60真のVARモデル

i=20i=10

図 5 レベル VARモデルのインパルス応答関数((T=50, i=10),(T=100, i=20),(T=300, i=60))

6 結語

 本稿は,VAR モデルのインパルス応答関数の特性をモンテカルロ・シミュレーションで明ら

( 240 )

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121単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

かにしようとしたものである。最近の金融政策の効果分析では,一般的にマクロ時系列データの

単位根や共和分の関係が疑われる場合でも,レベル変数のまま VAR モデルの OLS 推定量を用

いてインパルス応答関数を求める実証研究が多い。その根拠はレベル VAR モデルの OLS 推定

量が一致性と漸近正規性を持つことにある。しかし,たとえ OLS 推定量がそうした性質を持つ

としても,インパルス応答関数は一致性を持たない可能性がある。この点は Phillips(1998)が

強調する点である。本稿は,Phillips(1998)に従って,サンプル数を増やしてもレベル VAR

モデルのインパルス応答と真の VAR モデルのインパルス応答との乖離は改善しないことをモン

テカルロ・シミュレーション分析によって明らかにした。本稿ではまた,レベル VAR モデルと

対比するために,VECM(Vector error-correction model)を取り上げている。レベル VAR

モデル,VECM のそれぞれの OLS 推定量がサンプル数を増やすことによって真の値に近づくこ

とを確認した上で,両モデルのインパルス応答分析を行った。その結果,Phillips(1998)が指

摘する通り,インパルス応答の期間を固定した上でサンプル数を増やすと,確かにレベル VAR

モデルのインパルス応答は真の値に近づくことは確認できる。しかし,サンプル数を 300 に増や

した場合でも,真の VAR モデルのインパルス応答との乖離の程度は大きい。これから推測され

ることは,インパルス応答の期間を一定に保ち,サンプルを増やせば,真の VAR モデルのイン

パルス応答に乖離の程度は縮小するとしても,かなりのサンプル数を増やさないと真の VAR モ

デルのインパルス応答に接近することは不可能だという点である。少なくともマクロ時系列デー

タのサンプル数では不可能である。しかも,インパルス応答の期間を長くとればとるほど真の

VAR モデルのインパルス応答とは大きくかけ離れる。さらに,Phillips(1998)が強調するよ

うに,サンプル数とインパルス応答の期間を比例的に増やしていくと,インパルス応答は真の

VAR モデルのそれと大きく乖離する。この点も確認することができた。一方で,VECM はサ

ンプル数を増やしていくと,VECM のインパルス応答は真の VAR モデルのそれにほぼ一致す

ることが確認できた。

 本稿は,インパルス応答分析で独立ショックを識別するためのコレスキー分解の想定に関して

も,インパルス応答の誤差を発生させる原因の 1 つであると指摘する。すなわち,誤差のコレス

キー分解では誤差項の独立ショックへの分解は,VAR モデルの残差系列を使って行われる。し

たがって,真のコレスキー分解ではなく残差系列による推定コレスキー分解である。この点から

誤差が発生し,単位根の性質から誤差は消えずにインパルス応答の結果に影響を与える。本稿で

のモンテカルロ・シミュレーションによれば,残差系列によるコレスキー分解から生ずるインパ

ルス応答の誤差も無視しえない大きさであることを強調している。この点,北岡(2019)と異な

り VECM はコレスキー分解の誤差がインパルス応答の大きな問題とはならなかった。

 本稿では,レベル VAR モデルと,単位根,共和分の関係を踏まえた VECM との対比でレベ

ル VAR モデルのインパルス応答のパフォーマンスを測った。予想通り,レベル VAR モデルの

インパルス応答のパフォーマンスは悪く VECM は良かった。想定された VECM は小標本にお

いても真の VAR モデルのインパルス応答関数との乖離が小さく,標本を増やすにつれてほぼ乖

( 241 )

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122 『明大商学論叢』第 101 巻第 2号

離は解消された。このことから,実際の実証研究において,以下のインプリケーションを導くこ

とができる。マクロ時系列データの単位根,共和分の関係の可能性が高いことから,インパルス

応答分析を行う場合は,レベル VAR モデルと併用して VECM によるインパルス応答関数の推

定も試みるべきである。そして,両者の結果が大きく異なるものであれば,マクロ時系列データ

の単位根,共和分の関係の可能性が高いと判断し,VECM での結果を採用することが望ましい。

この点が本稿の分析の実証分析の方法に対する実践的インプリケーションである。

 本稿での分析に残された課題は多い。本稿では,真の VAR モデルとして,変数の単位根,1

つの共和分関係の存在,定数項・トレンド項なし,3 変数,ラグ次数 2 のモデルを採用した。本

稿での結果の頑健性を得るために,その他の VAR モデルに関してもモンテカルロ・シミュレー

ションを行う必要があろう。また,Phillips(1998)の定理 2.3 の①での証明の通り,インパル

ス応答の期間を固定してサンプル数を増やしていけば一致性が保証される。しかし,レベル

VAR モデルのインパルス応答が真の VAR モデルのインパルス応答に接近するためには,一体

どの程度のサンプルが必要かを調べる必要がある。また,本稿では単位根を仮定してデータを生

成したが,実際には,単位根ではなく near unit root のケースも多い。near unit root でデータ

を生成して本稿と同様のモンテカルロ・シミュレーションを行い,レベル VAR モデルのパフォ

ーマンスを検証する必要がある。これらは今後の課題としたい。

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Page 19: 単位根,共和分の関係にあるVARモデルの インパル …...単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性 107 カルロ・シミュレーションの結果に基づき,レベルVARモデル,VECMのOLS推定量ついて

123単位根,共和分の関係にあるVARモデルのインパルス応答関数の特性

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