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「ISO 15189 を取得して」 国立国際医療研究センター病院 中央検査部門 植 松 明 和  【はじめに】 当院中央検査部門(検体系・微生物・病理・生理)は、2015 年 9 月に ISO 15189 : 2012(以下 ISO)を 取得しました。準備から取得までは非常に短期間で、道のりも険しく、ISO 一色の毎日でした。取得後、一 安心できたのも 11 月くらいまで、12 月からは内部監査を含め 2016 年 8 月の維持審査(サーベイランス) に向けた準備が始まりました。このサーベイランスとは、ISO を取得し、更新までの 4 年間で 2 回おこなわ れる日本適合性認定協会(JAB)の審査のことであり、取得した状態を維持することは当然で、それ以上の レベルが求められます。そのため、ISO は取得してからの方が忙しく、大変だということが身にしみていま す。この忙しさは、ISO取得施設では当たり前のことなのかもしれませんが、この状況を各スタッフが、「や らされている」と思うのか、「日常として受け入れた上でおこなっている」と思うのかによって、ISO によ る各検査室の改善、浸透度、今後の向上に大きな差が出てくると思います。現在、当院検査部門はこの移行 期であり、徐々に日常として受け入れられ、馴染んでいっている状況であると思われます。 本稿では、国立医療施設の中で初めて生理検査部門の審査を経験させていただいた立場として、生理検査 部門を中心に述べさせていただきます。 【ISO 取得に向けた準備】 ISO 取得までの道のりは、2014 年 12 月にキックオフミーティング、2015 年 4 月に予備審査、6 月に本審査、 7 月に本審査の是正、9 月に取得といった流れでした。かなりタイトなスケジュールであり、キックオフミー ティング当時は何もかもわからず、共通手順書を作成すると共に各検査室の標準作業手順書(SOP)も検討・ 作成していくといった状態でした。私は、第 5 章の技術的要求事項「5.1 要員」の担当であり、教育関係 の共通手順書を 5 人のグループで作成すると共に、まだどの施設でもおこなっていない生理検査の SOP を 生理検査スタッフと作成・確認していかなければならず、明らかに能力の限界を超えていました。それでも 品質マニュアルを熟読し、勉強会をおこなうことによって、要求事項を徐々に理解し、手順書を作成する ことができたと思います。しかし、私は教育部分にかかり切りのことが多く、生理検査の SOP に関しては、 ほとんどが私以外の生理検査スタッフのおかげで完成に至りました。生理検査の SOP を作成するに当たっ ては、検体系を基準として考えられている要求事項に対し、生理検査のどのような事項を当てはめるかに苦 慮しました。例えば、必要な装置および試薬には、機器と共に必要物品(心電図であればアルコール綿など) を明記し、干渉および交差反応においては、検査をする上で障害となり得るもの(心電図であれば発汗、体 動、体毛、乾燥など)を明記しました。また、結果が測定範囲外であった場合の定量結果決定に関する指示 には、再検基準や再検査時のデータ選択基準を設けるなどで対応し、なるべく該当なしにはせず、何らかを 当てはめて作成する必要があります。これは受審してわかったことなのですが、該当なしの項目は、質問さ れやすく、是正の対象にもなりやすい傾向にあるためです。当時、生理検査で作成した手順書は、SOP 20 種類、それぞれの機器における操作手順書 21 種類、保守管理手順書 21 種類、生理検査運用手順書と生理検 査危機管理手順書を含め合計 64 種類でした。その中でも生理検査運用手順書の活用方法は優れていました。 この手順書には、全項目の TAT、感染防止策、安全対策などを明記していますが、全 SOP に共通する運用 や手順、記録類(生理検査独自の記録類 17 種類)の運用などを盛り込むことで、全体的な運用や手順の修 正または変更の際、この手順書のみを修正・追記することにより、各 SOP の改定が軽減できます。そのため、 各 SOP は第 2 ~ 3 版ですが、生理検査運用手順書は第 5 版で運用している現状です。このような文書類や 記録類の作成やミーティングは、ルーチン終了後、毎晩遅くまでおこなわれ、ときには泊まり込み、全スタッ - 13 -

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「ISO 15189 を取得して」

国立国際医療研究センター病院 中央検査部門 植 松 明 和 

【はじめに】 当院中央検査部門(検体系・微生物・病理・生理)は、2015 年 9 月に ISO 15189 : 2012(以下 ISO)を

取得しました。準備から取得までは非常に短期間で、道のりも険しく、ISO 一色の毎日でした。取得後、一安心できたのも 11 月くらいまで、12 月からは内部監査を含め 2016 年 8 月の維持審査(サーベイランス)に向けた準備が始まりました。このサーベイランスとは、ISO を取得し、更新までの 4 年間で 2 回おこなわれる日本適合性認定協会(JAB)の審査のことであり、取得した状態を維持することは当然で、それ以上のレベルが求められます。そのため、ISO は取得してからの方が忙しく、大変だということが身にしみています。この忙しさは、ISO 取得施設では当たり前のことなのかもしれませんが、この状況を各スタッフが、「やらされている」と思うのか、「日常として受け入れた上でおこなっている」と思うのかによって、ISO による各検査室の改善、浸透度、今後の向上に大きな差が出てくると思います。現在、当院検査部門はこの移行期であり、徐々に日常として受け入れられ、馴染んでいっている状況であると思われます。

本稿では、国立医療施設の中で初めて生理検査部門の審査を経験させていただいた立場として、生理検査部門を中心に述べさせていただきます。

【ISO 取得に向けた準備】ISO 取得までの道のりは、2014 年 12 月にキックオフミーティング、2015 年 4 月に予備審査、6 月に本審査、

7 月に本審査の是正、9 月に取得といった流れでした。かなりタイトなスケジュールであり、キックオフミーティング当時は何もかもわからず、共通手順書を作成すると共に各検査室の標準作業手順書(SOP)も検討・作成していくといった状態でした。私は、第 5 章の技術的要求事項「5.1 要員」の担当であり、教育関係の共通手順書を 5 人のグループで作成すると共に、まだどの施設でもおこなっていない生理検査の SOP を生理検査スタッフと作成・確認していかなければならず、明らかに能力の限界を超えていました。それでも品質マニュアルを熟読し、勉強会をおこなうことによって、要求事項を徐々に理解し、手順書を作成することができたと思います。しかし、私は教育部分にかかり切りのことが多く、生理検査の SOP に関しては、ほとんどが私以外の生理検査スタッフのおかげで完成に至りました。生理検査の SOP を作成するに当たっては、検体系を基準として考えられている要求事項に対し、生理検査のどのような事項を当てはめるかに苦慮しました。例えば、必要な装置および試薬には、機器と共に必要物品(心電図であればアルコール綿など)を明記し、干渉および交差反応においては、検査をする上で障害となり得るもの(心電図であれば発汗、体動、体毛、乾燥など)を明記しました。また、結果が測定範囲外であった場合の定量結果決定に関する指示には、再検基準や再検査時のデータ選択基準を設けるなどで対応し、なるべく該当なしにはせず、何らかを当てはめて作成する必要があります。これは受審してわかったことなのですが、該当なしの項目は、質問されやすく、是正の対象にもなりやすい傾向にあるためです。当時、生理検査で作成した手順書は、SOP 20種類、それぞれの機器における操作手順書 21 種類、保守管理手順書 21 種類、生理検査運用手順書と生理検査危機管理手順書を含め合計 64 種類でした。その中でも生理検査運用手順書の活用方法は優れていました。この手順書には、全項目の TAT、感染防止策、安全対策などを明記していますが、全 SOP に共通する運用や手順、記録類(生理検査独自の記録類 17 種類)の運用などを盛り込むことで、全体的な運用や手順の修正または変更の際、この手順書のみを修正・追記することにより、各 SOP の改定が軽減できます。そのため、各 SOP は第 2 ~ 3 版ですが、生理検査運用手順書は第 5 版で運用している現状です。このような文書類や記録類の作成やミーティングは、ルーチン終了後、毎晩遅くまでおこなわれ、ときには泊まり込み、全スタッ

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フ体力の限界まで挑み続けました。実際、体重を落とすスタッフが多くみられ、私の場合は夕飯を毎日 0 時くらいに摂っていたにもかかわらず、6 ヶ月間で 6㎏の減量に成功しました。

【ISO 本審査】全体の審査日程は 6 月 17 日の午後から 19 日までの 2 日半でした。1 日目に生理検査室の監査がおこなわ

れると共に、心電図・呼吸機能・脳波・超音波の筆記試験と実技試験がおこなわれました。筆記試験は 4 項目各 10 問程度であり、項目ごとに初心者・中堅・ベテランの 3 名を選出し、同じ試験をおこないました。基本的にはベテランの点数が良ければ、教育面で問題ない体制にあると判断されますが、点数が悪ければ是正の対象となります。実技試験は初心者が対象となり、SOP 通りの検査ができ、所見の記載に不備がないかなどを審査されました。これも SOP 通りに検査ができていない場合は是正の対象となります。2 日目と 3日目には、1 日目に監査できなかった部分や事前提出されていない文書類や記録のチェックがおこなわれ、3 日目の夕方に審査結果が講評されました。生理検査の是正は、SOP 1 件(該当なし部分中心)、機器管理 3件(機器台帳・日常点検・脳波電極の貸出)、内部精度管理 1 件(呼吸機能)の合計 5 件でした。筆記および実技試験においては、生理検査スタッフの日頃からの努力もあり、是正の対象にはなりませんでした。審査終了後、私は、今までの苦労や生理検査スタッフの緊張しながらも一生懸命試験に挑む姿、すべてがいっぺんに頭の中を駆け巡り、思わず目頭が熱くなってしまいました。一つの目標に向かってスタッフが一丸となり突き進んできました。このチームワークに対し、受審して本当に良かったと心から思いました。

【ISO 取得後】我々は 2015 年 9 月 17 日に ISO を取得することができましたが、今後は維持的な改善活動が求められま

す。そのためには、PDCA サイクルをスパイラル状に上方(向上)に向け、回し続けていかなければなりません。ご存じのこととは思いますが、PDCA サイクルとは、Plan(方法・目的・計画の立案)→ Do(実行)→ Check(効果の確認)→ Action(処置・改善)→ Plan(計画の再確定・見直し)→ Do(実行)・・・というように繰り返していくことです。定期的な内部監査の実施、是正・改善と予防措置を繰り返し、定期的なマネジメントレビューをおこなうことで、品質の維持と向上に努める必要があります。当中央検査部門では、2015 年 12 月に内部監査、2016 年 3 月にマネジメントレビューを実施しました。それ以外にも、品質管理委員会、技術管理委員会を毎月開催しており、品質管理委員会についてはインプット情報に限定はありますが、小さなマネジメントレビューといっても過言ではない程度の内容でおこなっています。今後は 6 月に内部監査、7 月にマネジメントレビューを実施し、8 月のサーベイランスに向け準備を整えていきます。生理検査については全国で 2 番目の取得施設となりましたが、まだまだ問題点が多くみられます。とくに内部精度管理については、どの施設もどのようにおこなったら良いのか考えているところだと思います。呼吸機能に関しては毎日のキャリブレーションやコントロールなどで対応できますが、心電図はジェネレータにおける毎日のチェックなど、超音波はファントムを利用(頻度については検討)するなどが考えられます。脳波については今後一番の課題となる項目であり、内部精度管理の方法について、メーカーを含めての検討に入っているところです。生理検査機器を扱うメーカーに関しては、ISO について、かなりシビアな環境であることを認識してきており、機器購入時や故障の修理後の妥当性確認など、要求されることに対応できるように変化しているところだと思います。今後は当たり前のように、ISO 仕様である修理報告書や妥当性確認報告書が、提供されることを期待しています。私たち生理検査スタッフにおいても徐々に ISO に慣れ、やらされ感から日常へと変化している過程であると思います。例えば、インシデントや患者からのクレームに対し、改善方法を考え、実行し、効果を確認、改善といった PDCA サイクルを回さないと、違和感があるように変化してきました。口先だけで気をつけようではなく、文書化し、是正をおこない、改善させなければ、また同様な事例が発生してしまうため、根本的な原因を究明し、根を絶つ形で是正するといった意識が確立してきました。私の中ではこの意識付けが確立しただけでも、ISO を取得して良かったと思います。最低限の意識かもしれませんが、これがなければ向上はありません。今後は ISO に仕えるではなく、ISO を使いきることで品質の維持と向上に努めていきたいと思います。

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