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ISSN 1882-076X

ISSN 1882-076X...本書が、皆様にとって有意義な情報になることを願うとともに、皆様からの 忌憚のないご意見を得て、私たちの研究が更に深化する契機となることを期待

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本誌から転載・複製する場合は 当所の許可を得てください。

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はじめに

本年2月 1 日にパリで開かれた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第 1作業部会」が承認をした第 4 次評価報告書は、地球の温暖化は確実に進んでいるこ

と、その原因は人間活動による温室効果ガスの排出である可能性がかなり高いこと

を確認した。さらに、この IPCC 報告書は、6つのシナリオを示し、世界の平均気

温と海面の上昇について将来を予測している。21 世紀末の平均気温の上昇が、1980年~99 年に比べ、最良の予測値で 2 度以下になるのは、省資源で環境に配慮した持

続型社会のシナリオだけであることを、私たちは知らされた。 地球の温暖化が確実に進んでいるとすれば、農作物など農業生態系に与える影響

はどうなるのであろうか。温暖化の原因が人間活動による温室効果ガスの排出であ

るとすれば、農業生産活動による温室効果ガスの排出はどうなのであろうか。地球

変動の問題がにわかに私たちの身近な問題としてクローズ・アップされるようにな

った。こうした問題のみならず、外来生物や遺伝子組み換え生物の農業生態系への

影響、さらには有害化学物質の農業生態系への影響など、農業環境をめぐる「未知

のリスク」を解明するとともに、それらリスクを制御し管理する技術の開発が重要

な課題となっている。 私たちの研究所は、平成 18 年度を開始年とする第二期中期計画における研究

計画では、農業生産環境の安全性を確保するための基礎的な調査および研究に

重点を置き、三つの大課題、すなわち、1)農業環境のリスクの評価及び管理

技術の開発、2)自然循環機能の発揮に向けた農業生態系の構造・機能の解明

と管理技術の開発、3)農業生態系の機能の解明を支える基盤的研究、を掲げ

ている。 この中期計画を遂行するにあたっては、15のリサーチプロジェクト(RP)

を組織するとともに、これらを支える基礎知識(ディシィプリン)を深めるた

めの営みを行なう単位として7つ研究領域と1つのセンターを組織している。

これらは、ギボンズらが「知識の創造」概念として提示する2つの「モード」、

すなわち、「モード2」と「モード1」にそれぞれ対応するものとなっている。 こうした新たに組織された研究体制のもとに、18 年度に実施した研究の中か

ら主要な成果を選定した。本書は、その「主要研究成果」と、「普及に移しうる

成果」を掲載している。「普及に移しうる成果」は、「主要研究成果」の中から

選定した。行政部局、検査機関、民間、他の試験研究機関(他独法、大学等)

および農業現場等で活用されることが期待され、研究所としても積極的に広報

活動および普及活動を行なうべき重要な成果である。本書に採録されている成

果が、「知識の創造」に寄与することはもとより数々の局面において役に立つも

のと確信している。

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本書が、皆様にとって有意義な情報になることを願うとともに、皆様からの

忌憚のないご意見を得て、私たちの研究が更に深化する契機となることを期待

したい。

平成 19 年 3 月 独立行政法人 農業環境技術研究所

理事長 佐藤 洋平

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   普及に移しうる成果* 1

1 ディルドリンを吸収しにくいカボチャ台木を用いてキュウリ果実中の残留濃度を低減 2

2 イムノクロマトアッセイを用いた玄米等のカドミウム濃度簡易測定法 4

3 2006年版IPCCガイドラインに採用された水田から発生するメタンの新しい算定方法 6

4 京都議定書第一約束期間の開始を前に、農耕地から発生する亜酸化窒素の新しい排出係数を算定 8

5 「水環境保全のための農業環境モニタリングマニュアル改訂版」の発行 10

   主要研究成果 13

1 コンフリーのアレロパシーと植物生育阻害物質の同定 14

2 小笠原父島に生育する樹木葉のアレロパシー活性の検定 16

3 特定外来生物カワヒバリガイ、霞ヶ浦に定着し分布域を拡大中 18

4 カナダのナタネ輸出港周辺において遺伝子組換えナタネの分布は拡大しない 20

5 ほ場で遺伝子組換えダイズとツルマメが交雑する可能性は低い 22

6 輸入港周辺の遺伝子組換えナタネは、従来のナタネ生育地にしか生育していない 24

7 トンボの生息環境としてのため池の特徴 26

8 谷津田を囲む斜面林周辺の草刈りが生物多様性を高める 28

9 ソバ粗抽出液に含まれる主要な植物生長阻害成分はルチン 30

10 チャノコカクモンハマキの交信撹乱剤に対する抵抗性発現要因 32

11 大気CO2増加による水稲の群落光合成の促進は葉窒素濃度に依存する 34

12 大気CO2濃度の上昇は水田の水需要を減らす 36

13 土壌炭素動態の温暖化応答解明のための高精度土壌加温システム 38

14 畑土壌における交換態放射性ストロンチウム減少速度は土壌の陽イオン交換能が支配する 40

15 土壌及び作物中のフェニル置換ヒ素化合物の定量法 42

16 高頻度観測衛星センサー(MODIS/Terra)を活用してメコンデルタの洪水と稲作を動的に捉える 44

17 日本の全流域圏・農耕地を網羅する農業生態系空間情報解析システム 46

18 菌床シイタケの新害虫をヤガ科ナミグルマアツバと同定 48

19 日本産ヒョウタンカスミカメ族(カメムシ目)のWeb図説検索表 50

*「普及に移しうる成果」とは、行政部局、検査機関、民間、他の試験研究機関(他独法、大学等)および農業現場等で活用されることが期待され、研究所として積極的に広報活動および普及活動を行うべき重要な成果を選定したものです。

目次 

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― ― 1

普及に移しうる成果

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― ― 2

1 普及に移しうる成果

[成果の内容]

わが国のキュウリ生産は、カボチャを台木とした接木栽培が主流です。そこで、ディル

ドリン汚染土壌を用いて、キュウリ栽培で一般的に用いられている台木用カボチャ 10 品

種、および穂木用キュウリ 23 品種の幼植物を栽培し、茎葉部のディルドリン濃度を比較

したところ、それぞれ約 2~3 倍の品種間差が認められました(図 1)。 ディルドリンの吸収性が異なる台木用カボチャ 3 品種および穂木用キュウリ 2 品種を選

び、6 通りの穂木/台木の組み合わせで作成した接木キュウリを 2 種類の汚染土壌で生育さ

せ、果実中のディルドリン濃度を比較しました。その結果、接木キュウリのディルドリン

の吸収は、穂木品種の違いによる影響は小さく、台木品種の影響を強く受けていることが

明らかになりました。「ゆうゆう一輝黒タイプ」のような低吸収性の台木を用いると、いず

れの穂木品種においても、高吸収性の台木を用いた場合に比べ、果実中ディルドリン濃度

は 30~50%程度低減されました(図 2)。 低吸収性台木品種の利用は、余分なコストや労力をかけることなくキュウリ果実のディ

ルドリン汚染を低減することが可能な技術として有望です。現在、地域の農業研究機関に

おいて現地実証試験を実施中であり、都道府県の対策マニュアル等への反映が期待されま

す。

本研究は、農林水産省農林水産技術会議事務局の委託プロジェクト研究「農林水産生態系における有害化学物

質の総合管理技術の開発」による成果です。

リサーチプロジェクト名:有機化学物質リスク評価リサーチプロジェクト 研究担当者:有機化学物質研究領域 大谷卓、清家伸康 発表論文等:1) Otani T, Seike N, J. Pestic. Sci., 31: 316‒321 (2006)

2) 大谷卓、環境技術、35 :730‒734(2006) 3) Otani T et al., Soil Sci. Plant Nutr., 53: 86‒94 (2007)

ディルドリンを吸収しにくいカボチャ台木を用いて

キュウリ果実中の残留濃度を低減

[要約]

キュウリの接木栽培において、土壌中に残留した殺虫剤ディルドリンの吸収性は台木用

カボチャ品種の影響を強く受けます。低吸収性の台木品種を選ぶことにより、接木キュ

ウリの果実中ディルドリン濃度を 30~50%程度低減することができます。

[背景と目的]

ディルドリンは土壌中での消失速度が極めて遅く、国内で使われなくなってから 30

年以上経過(1975 年に農薬登録が失効)した現在でも農地に残留しています。昨今、い

くつかの地域で生産されたキュウリ果実から、残留基準値(0.02ppm)を上回るディル

ドリンが検出され、産地では出荷の自粛等の緊急対応を余儀なくされています。

そこで、品種によりディルドリンの吸収に違いがあることに着目し、低吸収性品種の

利用によるキュウリの果実中残留濃度の低減効果を検討しました。

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汚染土壌(黒ボク土)で栽培した台木用カボチャ10 品種、穂木用キュウリ 23 品種の茎葉

部ディルドリン濃度を比較したところ、それぞれ約 2~3 倍の品種間差が認められました。

2 種類の汚染土壌(黒ボク土および褐色低地土)で 6 種類の接木キュウリをポット栽培

し、果実中ディルドリン濃度を比較した結果、果実中ディルドリン濃度はいずれの土壌にお

いても穂木による差は小さく、台木の影響を強く受けることがわかりました。

低吸収性の台木(ゆうゆう一輝黒タイプ)を用いると、果実中のディルドリン濃度は、いず

れの穂木品種の場合においても高吸収性の台木に比べて 30~50%程度低減されました。

図 2 台木品種の違いが接木キュウリ果実中ディルドリン濃度に及ぼす影響

I: 標準誤差(n=3)

果実

中デ

ィル

ドリ

ン濃

(m

g/kg

-生

重)

穂木キュウリ

黒ボク土 褐色低地土

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

台木

カボ

チャ

シャープ1 夏ばやし

新土

佐1

ひか

りパ

ワー

ール

ゆう

ゆう

一輝

タイ

新土

佐1

ひか

りパ

ワー

ール

ゆう

ゆう

一輝

タイ

シャープ1 夏ばやし

新土

佐1

ひか

りパ

ワー

ール

ゆう

ゆう

一輝

タイ

新土

佐1

ひか

りパ

ワー

ール

ゆう

ゆう

一輝

タイ

図 1 台木用カボチャおよび穂木用キュウリの茎葉部ディルドリン濃度の品種間差

I: 標準誤差(n=3)

茎葉

部デ

ィル

ドリ

ン濃

(µg/

kg-乾

重)

0

500

1000

1500

とき

わ21

ハイグリ

ーン22

グリ

ーンラックス

シャ

ープ

1ハ

イグリ

ーン21

南極

2号

ほっ

きこ

うJP

パイ

ロッ

ト大

将2

Vロ

ード

さち

なり

アン

コー

ル8

よし

なり

新北

星シ

ャー

プ30

1クライマー

1号

オー

シャ

ン大

将夏

すず

み金

星な

およ

しエ

クセ

レント節

成夏

ばや

キュウリ

0

250

500

750

1000

黒だ

新土

佐1号

ひか

りハ

゚ワー

ゴー

ルド

底力

バト

ラー

きら

めき

New

スー

パー

雲竜

ゆう

ゆう

一輝

白タイプ

ひか

りパ

ワー

ゆう

ゆう

一輝

黒タイプ

カボチャ

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― ― 4

2 普及に移しうる成果

[成果の内容]

1.米用 Cd 検出イムノクロマトキットは、Cd-EDTA 錯体とこれに特異的に反応する

抗 Cd-EDTA 抗体との抗原抗体反応を利用した試験紙タイプです。①微粉砕した

玄米から希塩酸で Cd を抽出→②妨害物質除去カラムで精製→③イムノクロマ

トアッセイ→④発色程度をクロマトリーダーで読取るという手順で測定しま

す (図 1)。

2.Cd 濃度約 0.01~0.1mgL-1 の範囲では、Cd 濃度の対数値と発色読取り値間に直

線関係が認められました (図 2)。従って、0.01~0.1 mgL-1 の Cd 標準液を用いて

検量線(指数式)を作成し、発色読取り値から、抽出・精製液の Cd 濃度を算

出することができます。 3.本法により算出した玄米 Cd 濃度は、従来の酸分解・精密分析値と良い対応が認

められました (図 3)。特に、国際基準値(0.4mg kg-1)前後の試料は概ね既知

濃度の 80~120%以内の値となりました (表 1)。 4.また、土壌の Cd 濃度(5 倍量の 0.1 mol L-1 塩酸で抽出される Cd;農用地土壌

汚染対策法)が、比較的精度良く測定できることが判りました(表 2)。

5.本法は Cd 濃度の近似値を簡易・迅速に知る手段として利用できますが、玄米

Cd 濃度測定における変動係数は平均 14%(2~41%)あり、基準値付近の試料

が基準を満たすかどうか等の判定には精密分析による精査が必要です。

このように、米用 Cd 検出イムノクロマトキットを利用して、玄米、土壌(0.1 mol L-1

塩酸抽出)の大まかな Cd 濃度を簡易・迅速に知ることができます。

本研究の一部は、「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」の「農産物中カドミウムの収穫

前段階の効率的モニタリング手法の確立」の成果です。

リサーチプロジェクト名:重金属リスク管理リサーチプロジェクト

研究担当者:土壌環境研究領域 阿部薫、石川覚、櫻井泰弘、奥山 亮((株) エンバイオテック

ラボラトリーズ)、佐々木和裕((財)電力中央研究所)、俵田啓(関西電力(株))

発表論文等:阿部薫等、土肥誌、77(6):679-682(2006)

[背景と目的]

近年、米など食品中のカドミウム(Cd)濃度の国際基準値が設定されましたが、

汚染された農産物の流通を防止するには、現場で迅速に Cd 濃度を知る必要があ

ります。現状では、酸分解・有機溶媒抽出等煩雑な操作、ICP 発光や原子吸光等

高額分析機械、さらに分析に精通した人材が必要で、時間と費用がかかります。

そこで、関西電力(株)等が開発した米用 Cd 検出イムノクロマトキットを用い、

高額分析機器等を保有しない農業普及機関等でも利用可能な Cd 濃度の簡易測定

法を開発しました。

イムノクロマトアッセイを用いた玄米等の

カドミウム濃度簡易測定法

[要約]

玄米から希塩酸でカドミウムを抽出・カラム精製した後、イムノクロマトキットを用い、その

発色値から大まかなカドミウム濃度を簡易・迅速に測定することができます。また、土壌

の 0.1 mol L-1 塩酸抽出カドミウム濃度の測定も可能です。

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図1 米用イムノクロマトキットによるカドミウム検出手順(所要時間は、4~6 時間程度)

抽出・精製液および標準液Cd濃度(mg L-1)

0

20

40

60

80

100

120

140

0.001 0.01 0.1 1 10

指数式検量線

抽出・精製液

Cd標準液

発色読

み取

り値

抽出・精製液および標準液Cd濃度(mg L-1)

0

20

40

60

80

100

120

140

0.001 0.01 0.1 1 10

指数式検量線

抽出・精製液

Cd標準液

発色読

み取

り値

0

20

40

60

80

100

120

140

0.001 0.01 0.1 1 10

指数式検量線

抽出・精製液

Cd標準液

発色読

み取

り値

図 2 イムノクロマト発色読取り値と Cd 濃度

酸分解-ICP-MS測定による玄米Cd濃度 (mg kg-1)

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3

イムノク

ロマ

ト法

による

玄米

Cd濃

度(mg

kg-1)

y = 0.9950x - 0.0143

R2

= 0.9586

酸分解-ICP-MS測定による玄米Cd濃度 (mg kg-1)

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

0 0.5 1 1.5 2 2.5 3

イムノク

ロマ

ト法

による

玄米

Cd濃

度(mg

kg-1)

y = 0.9950x - 0.0143

R2

= 0.9586

y = 0.9950x - 0.0143

R2

= 0.9586

図 3 イムノクロマト法と酸分解-ICP-MS 法

による玄米 Cd 濃度測定値の比較

* 国立環境研の環境標準試料玄米粉末

** 保証値

表 2 土壌の 0.1M 塩酸抽出 Cd 濃度の測

定例 (mg kg-1)

ICP 発光 イムノクロマト

土壌Ⅰ 0.19 0.13、0.23、0.21

土壌Ⅱ 0.23 0.24、0.22、0.22

土壌Ⅲ 0.35 0.33、0,35

土壌Ⅳ 1.35 1.30、1.34、1.44

表 1 玄米試料のイムノクロマト法による Cd

濃度測定値 (mg kg-1)

イムノクロマト

保証値又は

ICP-MS 測定 値 平均値±標 準 偏差

NIES CRM

No.10-a* 0.023±0.003** 0.065±0.017

NIES CRM

No.10-b* 0.32±0.02** 0.31±0.05

試料Ⅰ 0.47 0.47±0.05

試料Ⅱ 1.05 0.98±0.22

濾液をカラムで精製

試料を希塩酸抽出

濾過

(Cdと交差反応を示す重金属等の除去)

抽出・精製抽出・精製

抽出・精製液

反応液を検出デバイスに滴下

発色をクロマトリーダーで測定

金コロイド標識抗体と反応

含EDTA緩衝液

(米は10倍量の0.05 mol L-1塩酸抽出)

抽出・精製抽出・精製

含EDTA緩衝液

抗原となるCd-EDTAの生成

イムノクロマトイムノクロマト(抗原と結合してない抗体がライン上の固定化抗原に捕捉され発色と認識される。)

測定ライン:肉眼で色が認識できるようにつけた標識(金コロイド)

Y + Y=抗Cd-EDTA

抗体

抗原(Cd+EDTA)

抗原-抗体複合体

Y + Y=抗原-抗体

複合体抗Cd-EDTA

抗体抗原

(Cd+EDTA)

:肉眼で色が認識できるようにつけた標識(金コロイド):肉眼で色が認識できるようにつけた標識(金コロイド)

Y + Y=抗Cd-EDTA

抗体

抗原(Cd+EDTA)

抗原-抗体複合体

Y + Y=抗原-抗体

複合体抗Cd-EDTA

抗体抗原

(Cd+EDTA)

Y + Y=抗Cd-EDTA

抗体

抗原(Cd+EDTA)

抗原-抗体複合体

Y + Y=抗原-抗体

複合体抗Cd-EDTA

抗体抗原

(Cd+EDTA)

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3 普及に移しうる成果

[成果の内容]

既往文献からアジア諸国における水田からのメタン(CH4)発生実測データを収集し、8カ国、103 地点、868 栽培期間データからなるデータベースを構築しました。これらのデ

ータについて、栽培期間の平均メタンフラックスと各発生制御要因の関係を解析し、排出

係数*1 と拡大係数*2 を求めました。このことから、水田から発生するメタンの算定方法の

改訂案を提案しました。 算定法の基本は、これまでの IPCC*3 ガイドラインの方法に従い、世界の全水田を対象に、

水田のカテゴリー別に、排出量の原単位となる排出係数に水稲栽培面積と水稲栽培日数を

乗ずることとしました(式(1))。カテゴリー別の排出係数は、各発生制御要因の寄与を考

慮するための拡大係数により補正されます(式(2))。算定の基準となるベースライン排出

係数は、1.30 kg CH4 ha-1 day-1 と求められました(表1)。また、水田タイプと栽培期間中

の水管理、および栽培期間前の水管理にともなう拡大係数をそれぞれ求めました。さらに、

有機物施用にともなうメタン発生の増加に図1に示す関係が得られたことから、その拡大

係数は式(3)と表2を用いて求めることとしました。 この算定方法の改訂案は 2006 年に改訂された IPCC の新しいガイドラインに採用されま

した(vol. 4, p. 5-44~53)。このガイドラインは世界各国で用いられることから、国連気候

変動枠組み条約に基づく、世界の温室効果ガス排出量算定の精緻化に大きく貢献します。 *1 排出係数:算定に用いる単位面積あたりの排出量の原単位 *2 拡大係数:水田タイプ、水管理、有機物管理等、各発生制御要因の寄与を表す係数 *3IPCC:気候変動に関する政府間パネル

本研究は環境省地球環境総合推進費 S-2「陸域生態系の活用・保全による温室効果ガスシンク・ソース制御技

術の開発-大気中温室効果ガス濃度の安定化に向けた中長期的方策-」による成果です。 リサーチプロジェクト名:温室効果ガスリサーチプロジェクト 研究担当者:物質循環研究領域 八木一行、顔暁元(海洋研究開発機構、現中国科学院南京土壌研究所)、

秋山博子 発表論文等: 1) Yan, X. et al., Global Change Biol., 11, 1131-1141 (2005)

2006 年版 IPCC ガイドラインに採用された水田から発生する

メタンの新しい算定方法

[要約]

水田から発生するメタンのデータベースを作成・解析することにより、新しい算定方

法を提案し、2006 年 IPCC 改訂ガイドラインに採用されました。このガイドラインは世

界各国でのインベントリ算定に用いられることから、世界の温室効果ガス排出量算定の

精緻化に大きく貢献します。

[背景と目的]

水田は温室効果ガスであるメタンの重要な人為的発生源です。世界各国の温室効果ガ

ス発生量の算定に用いられている IPCC ガイドラインでは、水田からのメタン発生に関

して、実測データの統計解析を行わずに排出係数*1 を求めるなど大きな不確実性があり

ました。そこで、水田から発生するメタンの実測値を集めたデータベースを構築・解析

し、より精度の高い算定方法を提案することを目的として研究を行いました。

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― ― 7

各国(各地域)における水稲耕作に関する統計情報と、本成果で得られた排出係数と拡大

係数を用いて、各国(各地域)の水田からのメタン発生量が算定されます。

各国の水田からのメタン発生量は、水田をそのタイプや栽培管理方法等によりカテゴリー

分けし、カテゴリー(i, j, k,…)ごとに以下の式(1)および(2)により算出します。

メタン発生量(Gg/yr) = Σijk (EFijk • tijk • Aijk • 10-6) 式(1)

EFi = EFc • SFw • SFp • SFo • SFs,r 式(2)

ここで: EFijk = 各カテゴリーの水田からの排出係数(kg CH4/ha/day) tijk = 各カテゴリーの水田における水稲栽培日数(day) Aijk = 各カテゴリーの水田における収穫面積(ha/yr) EFc = ベースライン排出係数(kg CH4/ha/day) SFw = 水田タイプと栽培期間中の水管理にともなう拡大係数 SFp = 栽培期間前の水管理にともなう拡大係数 SFo = 有機物施用にともなう拡大係数 SFs,r = 土壌タイプと水稲品種にともなう拡大係数(適用可能な場合のみ)

有機物施用にともなう拡大係数は図1の解析結果をもとに、式(3)と表2を用いて算出

します。

排出係数 誤差範囲 ベースライン排出係数 (kg CH4 ha-1 d-1)

・栽培期間中の水管理:常時湛水

・栽培期間前の水管理:非湛水期間<180 日

・有機物施用:なし 1.30 0.80-2.20

表1 ベースライン排出係数 これまでのベースライン排出係数: 一作あたり 200 kg ha-1 ♦ 統計解析無し ♦ 栽培期間の長さ区別

無し

SFo = (1 + Σi ROAi • CFOAi) 0.59 式(3)

ここで: SFo =有機物施用にともなう拡大係数 ROAi = 生重有機物施用量 (t/ha) CFOAi = 表2に示す変換係数

有機物施用 変換係数

(CFOA)

誤差範囲

耕作前 30 日以内 1 0.97-1.04 稲わら

耕作前 30 日以前 0.29 0.20-0.40

コンポスト 0.05 0.01-0.08

堆きゅう肥 0.14 0.07-0.20

緑肥 0.50 0.30-0.60

表2 各種有機物の変換係数

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

0 10 20 30 40 50

有機物施用量(t ha-1

メタ

ン発

生量

増加

比率 コンポスト

堆きゅう肥

緑肥

稲わら(耕作前30日以内)

稲わら(耕作前30日以前)

図1 各種有機物の施用量とメタン発生の

関係(有機物無施用の場合に対する比)

各国(各地域)における水田からの

メタン発生量の算定(式(1))

本成果で得ら

れた係数

♦ 排出係数

♦ 拡大係数

(式(2)) 温室効果ガス排出インベントリ

国別(地域別)報告書

各国(各地域)における

統計情報: ♦ カテゴリー別の水稲

収穫面積 ♦ 水田タイプ ♦ 水管理 ♦ 有機物管理等

●詳細な算定方法は、IPCC ガイドラインを参照:http://www.ipcc-nggip.iges.or.jp/public/2006gl/index.htm

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4 普及に移しうる成果

[成果の内容]

新たに日本の農耕地から発生する N2O のデータベースを整備・解析しました(表 1)。そ

の結果、日本の畑地および水田からの N2O の排出係数はそれぞれ 0.62%および 0.31%と算

定され、IPCC デフォルト値(IPCC ガイドラインにおける基本の排出係数、1%、IPCC, 2006)よりも、低いことが明らかになりました。一方、茶については、2.9%と算定され、IPCCデフォルト値よりも高いことが明らかになりました。これらの結果と、間接排出(地下水

を経由して河川から海洋へ輸送される過程で発生する N2O)についての解析結果(農業環

境研究成果情報第 22 集)をあわせ、新しい排出係数を提案しました(表 1)。 本研究により提案した新しい N2O 排出係数の改訂案は、日本国温室効果ガスインベント

リ報告書(環境省)の最新版(2006 年 8 月)に採用されました。 注 1)国別インベントリは IPCC(気候変動に関する政府間パネル)ガイドラインに沿って算定

する必要がありますが、(1)自国のデータが十分にない場合は基本の排出係数を用いた

算定方法(2)自国のデータが十分にある場合は国独自の排出係数を用いた算定方法が推

奨されています。 注 2)排出係数:施肥窒素あたりの N2O 発生率 本研究は環境省地球環境総合推進費「S2:陸域生態系の活用・保全による温室効果ガスシンク・ソース制御技

術の開発-大気中温室効果ガス濃度の安定化に向けた中長期的方策-」による成果です。 リサーチプロジェクト名:温室効果ガスリサーチプロジェクト 研究担当者:物質循環研究領域 秋山博子、八木一行、顔暁元(海洋研究開発機構、現中国科学院南京土壌研

究所) 発表論文等:1) Akiyama, H., Yan, X., and Yagi, K., Soil Science and Plant Nutrition, 52, 774-787(2006)

2) Akiyama, H., Yagi, K., and Yan, X., Global Biogeochem. Cycles, 18, GB2012 (2005) 3) Sawamoto, T., Nakajima, Y., Kasuya, M., Tsuruta, H., and Yagi, K., Geophys. Res. Let., 32, L03403 (2005)

京都議定書第一約束期間の開始を前に、農耕地から発生する

亜酸化窒素の新しい排出係数を算定

[背景と目的]

京都議定書の第一約束期間(2008 年~)の開始を前に、2007 年までに日本の温室効果

ガスインベントリの推計システム 1)を整備することが必要とされていました。今までの

日本の農耕地土壌からの N2O 排出量算定は、国独自の排出係数 2)を用いていました。し

かし、(1)バックグラウンド排出量(肥料を施用しない場合にも発生する N2O の量)が差

し引かれていない、(2)各作物種について限られた数(1~6 地点)のデータから求められ

ているなどの問題点が指摘されていました。そこで、この問題点を解決し、排出係数の

改訂案を提示することを目的としました。

[要約]

農耕地から発生する亜酸化窒素(N2O)について、実測データを用いて国独自の排出係

数を算定しました。この排出係数の改訂案は、日本国温室効果ガスインベントリ報告書

に採用されたことから、わが国の温室効果ガス排出量算定に大きく貢献します。

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改訂前の日本の農耕地から発生する N2O の排出係数

日本独自の排出係数を用いていたが、算定手法について以下の問題点が指摘されてい

た。

・バックグラウンド排出量(肥料を施用しない場合にも発生する N2O の量)の差し引き

がなされていない。

・限られたデータ数(各 1-6 地点)を用いて作物種ごとの排出係数を推定している。

日 本 国 温 室

効 果 ガ ス イ

ン ベ ン ト リ

報告書(環境

省)の最新版

(2006 年 8

月)に採用

本研究:

日本の農耕地からの

N2O 排出係数データベ

ースを整備・解析し、

新しい排出係数を提案

農耕地土壌からのN2O の総排出量

改訂前:7,900 Gg

改訂後:7,200 Gg

(CO2 換算、2003 年の排出量の推定値)

この排出係数を用いたN2O排出量の計算方法の詳細は日本国温室効果ガスインベントリ

報告書(環境省、2006 年)に、掲載されていますのでご参照ください(Web に掲載)。

本研究による解析の結果、合成肥料および有機質肥料からの排出係数が改

訂されました。また間接発生(溶脱・流出)の排出係数についても改訂さ

れました。

作物残渣、間接発生(大気沈降)については、日本でのデータが少ないた

め、IPCC デフォルト値を用いています。

表 1 わが国の農耕地土壌から発生する N2O の新しい排出係数

排出源区分* 作物種 排出係数 不確実性 出典・根拠

(kgN2O-N/kgN) (kgN2O-N/kgN)

水稲 0.31% ±0.31%茶 2.90% ±1.8%

その他作物 0.62% ±0.48%1.25% ±0.25-6% IPCCデフォルト値1.00% ±0.5% IPCCデフォルト値

1.24% ±0.6-2.5% 文献1,3

*有機質土壌の耕起については、IPCCデフォルト値(排出係数:8 kg N2O-N/ha/yr;  不確実性:1-80 kg N2O-N/ha/yr)の使用を提案した。#間接発生(大気沈降)とは、施肥した窒素が大気中に揮散したあとふたたび  地上に沈着して発生するN2Oを示す。##間接発生(溶脱・流出)とは、地下水を経由して河川から海洋へ輸送される過程で  発生するN2Oを示す。

間接発生(溶脱・流出)##

文献1,2合成肥料および

有機肥料

作物残渣

間接発生(大気沈降)#

N2O

N2O

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5 普及に移しうる成果 [成果の内容]

最近の成果に基づいて、農業環境のモニタリング手法を平易に解説しています。改訂版

の主な特徴と構成は以下の通りです(表 1)。

1.Ⅰ章では、各種の水質基準および測定方法を最新のものに改訂しました。

2.Ⅱ章では、市販の GIS ソフトを用いて、土地利用現況図を作成する手順(図 1)や、

リモート・センシングデータを利用する手順について解説しています。

3.Ⅲ章では、統計情報に基づき、作物生産量、化学肥料の施用量、家畜ふん尿の発生量

などを都道府県・市町村単位で算出するデータベースシステムについて解説していま

す。

4.Ⅳ章では、圃場の地下水流動を測定・解析する手法や、中規模河川における簡便・迅

速・高精度の水質モニタリング手法(図 2)を解説しています。

5.Ⅴ章では、新たに「暗渠からの NP モニタリング」の項を加えるともに、農薬調査法に

ついても最新の分析法を踏まえて全面的に改訂しました。

6.Ⅵ章では、集水域スケールで負荷源別の窒素負荷量を推定する手法(図 3)について

解説しています。

農業環境技術研究所のウェブサイトに、改訂版の電子ファイル(PDF)をアップロードし

て提供します。また、希望者には印刷物を配布します。

問い合わせ先:〒305-8604 つくば市観音台 3-1-3(独)農業環境技術研究所

物質循環研究領域長:電話・Fax:029-838-8322 広報情報室(広報グループ):電話・Fax:029-838-8191

リサーチプロジェクト名:栄養塩類リスク評価リサーチプロジェクト 編集委員会:齋藤雅典(委員長)、坂西研二(事務局)、神田健一、中島泰弘、江口定夫、駒田充生(現、中央

農研)、板橋直、菅原和夫

「水環境保全のための農業環境モニタリングマニュアル

改訂版」の発行

[要約]

「水環境保全のための農業環境モニタリングマニュアル改訂版」を発行しました。農地から河川・地下

水へ流出する窒素・リンをモニタリングする手法や、集水域スケールで負荷源別の窒素負荷量を推定

する手法などを提供します。

[背景と目的]

農業活動が水環境へ及ぼす影響の重要性が広く認識されるようになり、国や地方自治体の

行政部局・農業試験場より、農地から河川・地下水へ流出する窒素・リンのモニタリング手

法や、集水域スケールで負荷源別の窒素負荷量を推定する手法が求められています。とくに、

滋賀県が 2004 年から先行的に進めている「環境農業直接支払制度」や、農林水産省が 2007

年度から実施する「農地・水・環境保全向上対策」の実効性を評価するためには、農業環境

のモニタリングが不可欠です。そこで、当所が実施した研究の成果を中心に、最新の情報を

幅広く取り入れた改訂版を発行しました。

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0

50

100

150

1950 1960 1970 1980 1990 2000

除去量

生活由来

実流出

畜産由来

降水由来

窒素

発生

負荷

量、

実流

出量

(t N

/y)

施肥由来

流出までの時間差

0

50

100

150

1950 1960 1970 1980 1990 2000

除去量

生活由来

実流出

畜産由来

降水由来

窒素

発生

負荷

量、

実流

出量

(t N

/y)

施肥由来

流出までの時間差

表 1 「水環境保全のための農業環境モニタリングマニュアル改訂版」の目次

図 1 土地利用現況図を作成する手順

(Ⅱ-5)

図 2 自動採水装置を用いた水質モニタ

リング(Ⅳ-3)

図 3 流域スケールで負荷源別の窒素負

荷量を推定する手法(Ⅵ-1)

予察図を,空中写真を利用して 加筆・修正

基図から予察図を作成

予察図を現地調査で確認, 加筆・修正

予察図に現地調査の結果を加え,

土地利用図を完成

自動採水装置

電源と通信装置

Ⅰ 農業環境モニタリングの基本事項 Ⅳ-5 地形分析による浅層地下水流動の予察手法Ⅰ-1 農業環境モニタリングの目的と調査手法Ⅰ-2 各種の水質基準と測定方法 Ⅴ 負荷物質の動態調査法Ⅰ-3 汚濁負荷の推定法と地下水の水質解析法 Ⅴ-1 流域水質解析法-:エンドメンバーズ法に

よる負荷源別寄与率推定Ⅱ 流域環境調査法 Ⅴ-2 窒素および酸素安定同位体自然存在比をⅡ-1 土壌環境調査法 用いた窒素動態解析法Ⅱ-2 土壌断面調査法 Ⅴ-3 埋設型ライシメータ法およびモノリスライシⅡ-3 土壌機能評価図の作成法 メータ法Ⅱ-4 土地利用現況調査法 Ⅴ-4 土壌浸透水による溶脱窒素・リンのモニタⅡ-5 土地利用現況調査法 リング法

(リモート・センシング利用) Ⅴ-5 暗渠流出する懸濁物質およびリンの測定法Ⅱ-6 表流水流線およぴ集水域調査法 Ⅴ-6 環境における農薬調査法Ⅱ-7 流域水収支及び水田水利用の概況調査法 Ⅴ-7 脱窒速度測定法

Ⅲ 流域負荷源調査法 Ⅵ 流域水質評価法Ⅲ-1 農業活動状況と農業資材投入調査 Ⅵ-1 面源由来窒素負荷の地形連鎖系指標を用Ⅲ-2 養分収支調査法 いた河川水質への影響評価法Ⅲ-3 流域における地目別養分収支の推定例 Ⅵ-2 地形連鎖窒素フローモデル(田渕モデル)

Ⅳ 水移流調査法 Ⅶ 生物相による水環境評価Ⅳ-1 土壌浸透水調査法(水収支法) Ⅶ-1 水辺植物による水環境評価法Ⅳ-2 浅層地下水流量調査法 Ⅶ-2 トビケラ成虫を指標とした水環境評価法Ⅳ-3 表流水の流量測定とサンプリング法 Ⅶ-3 トンボを指標とした地域環境評価法Ⅳ-4 地温探査法による地下水の水みちの

位置・規模の調査法 Ⅷ 水環境保全のための各種情報

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主要研究成果

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1 主要研究成果

[成果の内容]

1.長野県小諸市において、15 種の被覆植物による雑草抑制効果を検定した結果、コンフ

リーは他の雑草の発生を強く抑制することが明らかになりました(図2)。 2.外来植物のアレロパシー活性を、サンドイッチ法、プラントボックス法で検定した結

果、コンフリーはとくに強い活性を示しました(図3)。 3.コンフリーの葉から,生物検定法を指標として,全活性を測定しながら活性本体を精

製した結果、大部分の活性は酢酸エチル画分にありました。この画分から、植物生育

阻害作用の本体として,ロスマリン酸と 4-ヒドロキシケイ皮酸(図4)を検出しま

した。 4.ロスマリン酸のレタス幼根伸長に対する EC50(伸長を 50%阻害する濃度)は 50 ppm

で、葉に 0.2%(乾燥重当たり)、4-ヒドロキシケイ皮酸の EC50 は 100 ppm で、葉に

0.1%含まれています。この 2 成分の合計でコンフリー葉粗抽出液による植物生育阻害

活性をほぼ説明していると考えられます。 本研究は文部科学省科学技術振興調整費重要課題解決型プロジェクト「外来植物のリスク評価と蔓延防止策」

による成果です。 リサーチプロジェクト名:外来生物生態影響リサーチプロジェクト 研究担当者:生物多様性研究領域 藤井義晴、平舘俊太郎、古林章弘,Zahida Iqbal, Habib Nasir 発表論文等:1) 古林章弘ら, 雑草研究,50(別), 146-147 (2005)

コンフリーのアレロパシーと植物生育阻害物質の同定

[要約]

外来植物のコンフリーが生える場所では、他の植物が生えにくくなります。そこで、室

内試験で調べると、コンフリーには強いアレロパシー活性(他感作用)が確認されまし

た。その作用の原因物質は、ロスマリン酸と4-ヒドロキシケイ皮酸であると推定して

います。

[背景と目的]

コンフリー(Symphytum officinale L.)は、ヨーロッパ原産の植物で、古くから根や葉

を薬草(抗炎症薬)として用いられてきました。日本でも昭和 40 年代に健康食品とし

てブームになりました。しかし、厚生労働省は、コンフリーによる肝障害が海外で報告

されているとして、2004 年 6 月にコンフリーを含む食品の販売を禁止する通知を出し、

農林水産省もこれを含む飼料の使用を控えるように通達しています。人畜に有害な成分

はアルカロイドとされています。寒冷地では野外に捨てられたコンフリーが雑草化して

いることがあります(図1)。そこで、コンフリーの現地での雑草抑制作用、アレロパ

シー(他感作用)とその原因となる成分について調べました。

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図1 道路沿いに雑草化しているコンフリー

(左から、ロゼット葉(5月)、開花期(7月)、冬枯れの葉(12月))

5月 7月 12月

コンフリーは東北地方や長野県などの寒冷地で雑草化して問題となっています。

乗算優先度は雑草発生量の尺度で、コンフリーが生えると、その周囲には他の雑草が生えにくくなります。

図4 ロスマリン酸と4-ヒドロキシケイ皮酸

Rosmarinic acid

OH

OHO

OHOO

H

HO

HO

O

HO

OH

4-Hyroxycinnamic acid(p-Coumaric acid)

ロスマリン酸

4-ヒドロキシケイ皮酸

コンフリーの植物体には、これらの2つの物質がたくさん含まれていることを明らかにしました。

図4 ロスマリン酸と4-ヒドロキシケイ皮酸

Rosmarinic acid

OH

OHO

OHOO

H

HO

HO

O

HO

OH

4-Hyroxycinnamic acid(p-Coumaric acid)

ロスマリン酸

4-ヒドロキシケイ皮酸

コンフリーの植物体には、これらの2つの物質がたくさん含まれていることを明らかにしました。

図2 コンフリーが他の雑草発生に及ぼす影響

0

0.25

0.50

0.75

1.00

1.25

1.50

30 60 90 120 150

植栽後の日数 (日)

乗算

優占度

(m3m-2)

コンフリー

雑草(対照区)

0

0.25

0.50

0.75

1.00

1.25

1.50

30 60 90 120 150

植栽後の日数 (日)

乗算

優占度

(m3m-2)

コンフリー

雑草(対照区)

コンフリー

雑草(対照区)

コンフリーは根から強いアレロパシー物質を出します。

y = 0.9756x + 5.2005R2 = 0.8845

0

10

20

30

40

50

0 10 20 30 40 50

コンフリーの根からの距離 [mm]

根の長

さ 

[mm

]

図3 コンフリーのアレロパシー活性のプラントボックス法による検定結果

レタス幼

根長

プラントボックス法による実際の検定写真

レタスを使ってコンフリーのアレロパシーをl検定しているところ。コンフリーの根に近いほどレタスの根の生育が阻害されていることがわかります。

図 1 道路沿いに雑草化しているコンフリー

(左から、ロゼット葉(5 月)、開花期(7 月)、冬枯れの葉(12 月)

コンフリーは東北地方や長野県などの寒冷地で雑草化して問題となっています。

図 2 コンフリーが他の雑草発生に及ぼす影響

乗算優先度は雑草発生量の尺度で、コンフリーが生えると、その周囲には他の雑草が生えにくくなります。

図4 ロスマリン酸と4-ヒドロキシケイ皮酸

コンフリーの植物体にはこれらの 2 つの物質がたくさん含まれていることを明らかにしました。

図 3 コンフリーのアレロパシー

活性のプラントボックス法による

検定結果

コンフリーは根から強いアレロパ

シー物質を出します。

レタスを使ってコンフリーのアレロパシーを検定しているところ。コンフリーの根に近いほどレタスの根の生育が阻害されていることがわかります。

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2 主要研究成果

[成果の内容]

1.小笠原父島の中央山東平にある乾生低木林で採集した 50 種の樹木葉を材料としまし

た。この森林は小笠原諸島の固有種が最も集中している多様性の高い場所であり、検

定した植物は、小笠原のほとんどすべての構成種を含んでいます。 2.50 種の植物のアレロパシー活性をサンドイッチ法(農業環境技術研究所成果情報第

14 集)で検定した結果(表1)、最も強い活性を持っているのはギンネムであり、ア

カギがこれに次ぐ活性を示しました。この2種はともに明治以降に材木用として小笠

原に導入された樹種ですが、侵略性が強く、現在では島全体に蔓延して問題となって

います。小笠原父島におけるギンネムやアカギ蔓延の原因のひとつに、そのアレロパ

シー活性の強いことが考えられます。 3.ムニンノキとシマホルトノキには、レタス胚軸の生長を阻害する強い活性があり、強

い生理活性物質が含まれている可能性があります。 4.モクマオウが純林を形成し林床の植生も貧弱である理由として、これまでアレロパシ

ーの存在が考えられていましたが、サンドイッチ法では強い活性がありませんでした。 5.小笠原固有種の中では、シロテツ属の 3 種(シロテツ、アツバシロテツ、オオバシロ

テツ)が高いアレロパシー活性を示しました。シロテツ属は小笠原の固有属であり、

古い系統です。この他に比較的個体数の多いテリハハマボウ、シマホルトノキ、アカ

テツ、シマシャリンバイ、ムニンヒメツバキなどでアレロパシーが強い傾向が見られ

ました。 6.ムニンフトモモも比較的強いアレロパシー活性を示しました。この樹木は古い時代に

小笠原に渡来した植物で、ポリネシア諸島で森林の優占種となっています。 本研究は文部科学省科学技術振興調整費重要課題解決型プロジェクト「外来植物のリスク評価と蔓延防止策」

による成果です。

リサーチプロジェクト名:外来生物生態影響リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 藤井義晴、平舘俊太郎、清水善和(駒沢大)

発表論文等:1) Fujii et al. Weed Biol. Manage., 4(1), 19-23 (2004)

小笠原父島に生育する樹木葉のアレロパシー活性の検定

[要約]

小笠原父島に生育する 50 種の植物のアレロパシー活性をサンドイッチ法によって検定

しました。全ての外来種のアレロパシー活性が強いというわけではありませんが、現在、

小笠原で蔓延して問題となっているアカギ、ギンネムには最も強い活性がありました。

[背景と目的]

特定外来生物被害防止法が 2005 年 6 月から施行され、駆除対象とすべき外来植物(明

治元年以降に入った植物)について緊急調査が必要とされています。そこで、外来植物

の実態把握と生態系影響評価・リスク評価を行い、駆除対象とするべき植物を指定する

必要があります。とくに、過去に大陸と陸続きになったことのない小笠原諸島のような

海洋島には多くの固有種が生息し独特の生態系を形成しているので、侵略的外来種によ

る生態系への影響が大きいといわれています。そこで、小笠原に生育する植物について、

葉から出る物質のアレロパシー活性を調べるサンドイッチ法で検定しました。

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表1 小笠原父島で採取した樹木葉のアレロパシー活性の検定結果伸長阻害率(%)

和 名 学 名 科 種別*

幼根 胚軸ギンネム Leucaena glauca (L.) Benth. マメ科 × 92 89アカギ Bischofia javanica Blume トウダイグサ科 × 84 27ムニンノキ Planchonella boninensis (Nakai) Pierre アカテツ科 ◎ 82 64テリハハマボウ Hibiscus glaber Matsum. アオイ科 ◎ 79 31シロテツ Boninia glabra Planchon ミカン科 ◎ 79 47オガサワラボチョウジ Psychotria homalosperma A. Gray アカネ科 ◎ 75 5シマホルトノキ Elaeocarpus photiniifolius Hook. et Arn. ホルトノキ科 ◎ 75 65アツバシロテツ Boninia crassifolia Nakai ミカン科 ◎ 74 53オオバシロテツ Boninia grisea Planchon ミカン科 ◎ 70 7オオバシマムラサキ Callicarpa subpubescens Hook. et Arn. クマツヅラ科 ◎ 70 -27ムニンイヌグス Machilus boninensis Koidz. クスノキ科 ◎ 69 -12ムニンフトモモ Metrosideros boninensis (Hayata) Tuyama フトモモ科 ◎ 69 -12アカテツ Planchonella obovata (R.Br.) H.L.Lam アカテツ科 △ 67 -26アコウザンショウ Fagara boninsimae Koidz. ミカン科 ◎ 65 33トキワイヌビワ Ficus boninsimae Koidz. クワ科 ◎ 64 1ムニンゴシュユ Evodia nishimurae Koidz. ミカン科 ◎ 63 22シマシャリンバイ Rhaphiolepis wrightiana Maxim. バラ科 △ 63 2ムニンヒメツバキ Schima mertensiana (Sieb. et Zucc.) Koidz. ツバキ科 ◎ 61 22オオトキワイヌビワ Ficus nishimurae Koidz. クワ科 ◎ 60 -5ウラジロエノキ Trema orientalis Blume ニレ科 △ 60 -25ムニンアオガンピ Wikstroemia pseudoretusa Koidz. ジンチョウゲ科 ◎ 59 -19シマカナメモチ Photinia wrightiana Maxim. バラ科 △ 59 6チチジマクロキ Symplocos pergracilis (Nakai) Yamazaki ハイノキ科 ◎ 58 -7コヤブニッケイ Cinnamomum pseudo-pedunculatum Hayata クスノキ科 ◎ 54 -12ヒメフトモモ Syzygium cleyeracefolium (Yatabe) Makino フトモモ科 ◎ 53 -14ムニンシャシャンボ Vaccinium boninense Nakai ツツジ科 ◎ 52 -22ムニンヒサカキ Eurya boninensis Koidz. ツバキ科 ◎ 49 -9シロトベラ Pittosporum boninensis Koidz. トベラ科 ◎ 49 -34タコノキ Pandanus boninensis Warb. タコノキ科 ◎ 49 0キンショクダモ Neolitsea aurata (Hayata) Koidz. クスノキ科 △ 48 -5オガサワラビロウ Livistona chinensis R.Br. var. boninensis Becc. ヤシ科 ◎ 48 -43オガサワラモクレイシ Geniostoma glabrum Matsum. マチン科 ◎ 47 -49オオミトベラ Pittosporum chichijimense Nakai トベラ科 ◎ 45 -1リュウキュウマツ Pinus luchuensis Mayer マツ科 × 44 -20アデク Syzygium buxifolium Hook. et Arn. フトモモ科 △ 44 -14ノヤシ Clinostigma savoryana (Rehd. et Wils.)

Moore et Forsbergヤシ科 ◎ 42 -6

モクタチバナ Ardisia sieboldii Miquel ヤブコウジ科 △ 41 -16タチテンノウメ Osteomeles boninensis Nakai バラ科 ◎ 41 14キバンジロウ Psidium cattleianum Sabine フトモモ科 × 41 -53シマギョクシンカ Tarenna subsessilis (A. Gray) Ohwi アカネ科 ◎ 41 -26ムニンイヌツゲ Ilex matanoana Makino モチノキ科 ◎ 36 -41オガサワラクチナシ Gardenia boninensis (Nakai) Tuyama アカネ科 ◎ 33 -28シマイスノキ Distylium lepidotum Nakai マンサク科 ◎ 31 -12シマタイミンタチバナ Myrsine maximowiczii (Koidz.) Walker ヤブコウジ科 ◎ 31 -28コブガシ Machilus kobu Maxim. クスノキ科 ◎ 31 -38モクマオウ Casuarina equisetifolia Forst. モクマオウ科 × 28 18ムニンネズミモチ Ligustrum micranthum Zucc. モクセイ科 ◎ 23 -2シマモクセイ Osmanthus insularis Koidz. モクセイ科 △ 23 0シマムロ Juniperous taxifolia Hook et Arn. ヒノキ科 ◎ 20 -29アツバモチ Ilex martensii Maxim. モチノキ科 ◎ 20 -7ハチジョウキブシ Stachyurus praecox Sieb. et Zucc.

var. matsuzakii (Nakai) Makinoキブシ科 ○ 19 -3

* 小笠原固有種◎、日本列島固有種○、外来種×、広域分布種△(小笠原固有種ではないが古い時代に渡来したもの)

** 表中の数字はサンドイッチ法による阻害率(%)、検定植物はレタス (品種はGreat lakes366)。

小笠原で問題となっている外来植物のギンネムとアカギは、たいへん強いアレロパシー活性を

もっています。

表 1 小笠原父島で採取した樹木葉のアレロパシー活性の検定結果

(Nakai)Makino

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3 主要研究成果

[成果の内容]

2006 年 6 月から 9 月まで、霞ヶ浦湖岸の水深 1m より浅い場所 90 地点において転石な

どの目視と水面下の護岸に対する手探りでカワヒバリガイの生息調査を行いました。ほと

んどの調査はコンクリート護岸で行いました。その結果西部湖岸を中心とする 41 地点で

生息が確認されました(図1)。本種はコンクリート護岸や転石の下部で多く確認され(図2)、最も密度が高かったのは西部にある稲敷郡阿見町廻戸の調査地でした。ここでは調査

員 1 人で 10 分間調査を行った結果、152 個体のカワヒバリガイを採集できました。おそ

らく、霞ヶ浦西部付近の水域から生息範囲が拡大しつつあるものと考えられます。 採集個体の出生時期の推定を試みたところ、この集団は少なくとも2つの年級群(同じ

年に出生した集団)に区分されることが明らかになりました(図 3)。京都府宇治川で報告さ

れたカワヒバリガイの生活史と成長の結果によれば、この年級群はおそらく 2005 年と

2004 年に加入したものと推察されます。現在霞ヶ浦に生息しているカワヒバリガイは、遅

くとも 2004 年かそれ以前に霞ヶ浦に侵入したものと考えられます。 今後これらの生息地域において網などの漁具の移動や農業用水施設の運用などには注意

が必要になると考えられます。特に、本種が高密度に生息している西部湖岸周辺では、本

種の生息域の拡大を防止する方策が必要です。

リサーチプロジェクト名:外来生物生態影響リサーチプロジェクト 研究担当者:生物多様性研究領域 伊藤健二 発表論文等:1) 伊藤健二 (2007) 霞ヶ浦におけるカワヒバリガイ Limnoperna fortunei の生息・分布状況, ベン

トス学会誌 62

特定外来生物カワヒバリガイ、

霞ヶ浦に定着し分布域を拡大中

[要約]

特定外来生物カワヒバリガイの分布状況を霞ヶ浦全域で 2006 年に調べた結果、既に湖岸

の約 1/2 の範囲まで分布が広がっていることが明らかになりました。採集個体の大きさ

から、霞ヶ浦への侵入時期は 2004 年かそれ以前であると考えられました。

[背景と目的]

環境省で特定外来生物に指定されているカワヒバリガイは 1990 年代に西日本に侵入

した中国原産の付着性二枚貝で、侵入地域で在来生物群集の生息地を圧迫したり、利水

施設の運用を妨げたりするなどの被害をもたらすことが知られています。2005 年には関

東地域の一部で生息が確認されましたが、霞ヶ浦では生息分布の詳細や侵入時期につい

ては不明でした。そこで、霞ヶ浦を対象としてカワヒバリガイの分布調査を行いました。

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霞ヶ浦

護岸(コンクリート)

カワヒバリガイ

転石

砂底

図2 コンクリート護岸(上)と砂浜(下)におけるカワヒバリガイの生息状況(模式図)

図1 霞ヶ浦におけるカワヒバリガイの分布状況 (2006年6-9月)とカワヒバリガイ(右上)調査は地点ごとに調査員1人が10分間湖岸を探索することで行った。図中の丸が調査点を示し、採集個体数が多いほど塗りが多くなっている。 ★は最も多く採集された地点。

図3 採集されたカワヒバリガイ(A)と、そこから識別された2つの年級群(B, C)の殻長頻度分布。B群は2005年、C群は2004年に加入した集団と推測されている。

湖水

10 mm

:51個体以上

採集個体数

:21-50個体

:6-20個体

:1-5個体

:未採集地点

C

0 5 10 15 20 25 30

1020

0

0

10

20

30

40

50

60 B0

10

20

30

40

50

60 A

殻長 (mm)

個体

2006年8月11日n=575

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4 主要研究成果

[成果の内容]

2005 年の調査の結果、組換えナタネは、バンクーバー港や市街の線路と線路近くの道路に

生育しており、特に北側のバラード入江の穀物ターミナル付近で多く見られました(図1)。ナタ

ネ群落の密度およびその面積は穀物ターミナルにおいて特に大きい傾向がありました(図2)。

サンプリングした個体の 65%は組換えナタネであり、グリホサート耐性の方がグリホシネート耐性

の個体数より多く、特に、線路周辺で採取したナタネの各耐性の割合は、各耐性別栽培割合

とよく似ていることから、線路周辺のこぼれ落ちナタネの割合は、栽培地域のナタネ品種の割

合を反映していると考えられました(表 1)。

カナダでは組換えナタネを栽培し始めてすでに 10 年が経っており、現在のナタネ栽培面積

の 80%以上を占めていますが、仮に遺伝子組換えナタネが他種を駆逐し、旺盛な繁殖力を持

つのであれば、すでに放棄地、河原などに大きな群落が見られると推測されます。しかし、バン

クーバー全域にわたって調査を行いましたが、その生育場所は鉄道線路やその道路周辺に限

られていました。今回の調査によって、こぼれ落ち種子からの組換えナタネを含むナタネの生

育範囲は限定されていることが確認され、わが国においても組換えナタネの分布が拡大する可

能性は低いことが確認されました。

本成果は、農林水産省バイテク先端技術[組換え生物総合研究]および OECD フェローシップ助成制度による研

究成果です。

リサーチプロジェクト名:遺伝子組換え生物生態影響リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 吉村泰幸、松尾和人

カナダのナタネ輸出港周辺において遺伝子組換えナタネの

分布は拡大しない [要約]

日本への主なナタネ輸出港であるカナダのバンクーバーで遺伝子組換えナタネを含むセイ

ヨウナタネの分布を調査しました。その生育場所は鉄道線路やその周辺の道路に限られて

おり、そこからほとんど拡大していないことが明らかとなりました。

[背景と目的]

日本はナタネの 99%以上を輸入していますが、いくつかのナタネ輸入港周辺で除草剤耐性

遺伝子組換えナタネ(以下組換えナタネ)の生育が報告され、その分布拡大が懸念されてい

ます。組換えナタネを含むセイヨウナタネはカナダ西部のプレーリー地帯で生産され、貨物

列車でバンクーバー港の穀物ターミナルヘ輸送された後、そこから日本などへ船舶で輸出さ

れています。その輸送中には、日本と同様に組換えナタネがこぼれ落ちによって野外へ拡

散している可能性があります。そこで、本研究では輸出港周辺における組換えナタネの分布

状況から、日本の輸入港周辺において拡大する可能性を予測できると考え、バンクーバー

における調査を実施しました。

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図 1.バンクーバ

ー 港 周 辺 の 線 路

や 道 路 周 辺 の 除

草 剤 耐 性 遺 伝 子

組換えおよび非組

換えナタネの分布

●、道路周辺の遺

伝子組換えナタネ

採取地点:

■、線路周辺の遺

伝子組換えナタネ

採取地点:

中空きの印はそれ

ぞ れ の 非 遺 伝 子

組換えナタネ採取

地点

図2.セイヨウナタネの群落

の個体密度および面積と各

群落と最も近い穀物ターミ

ナルとの距離の関係(2005

年)

ナタネ群落の密度およびその面積は穀物ターミナルにおいて特に大きい傾向がありました。

表 1.グリホサート(RR)、グリホシネート(LL)耐性ナタネおよび非組換えナタネの割合と

カナダ産ナタネの耐性別栽培割合

調査地数 採取数 RR 耐性ナタネ(%)LL 耐性ナタネ(%) 非組換えナタネ(%)

線路周辺 28 46 48 22 30

道路周辺 26 35 37 23 40

平均 27 40 43 22 35

カナダ産ナタネの耐性別栽培割合(2003 年) 48 22 30

線路周辺のこぼれ落ちナタネの割合は、栽培地域のナタネ品種の割合を反映していると考え

られました。

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5 主要研究成果

[成果の内容]

野外の研究ほ場において、組換えダイズ(40-3-2 系統)とツルマメを隣接して栽培し、夏季

にはつる性のツルマメは組換えダイズに巻きついた状態となりました(図1)。開花期を重複させ

るため組換えダイズの播種日を 3 回に分けました。その結果、25~32 日間開花が重複し、組換

えダイズを 7 月 20 日に播種した組合せで両種の開花最盛期は、最も近くなりました(図2)。

収穫したツルマメの種子について合計 32,502 個を検定したところ、1個の種子が組換えダイ

ズと交雑していました。この交雑種子は、開花最盛期が最も近かった組合せのツルマメ種子

11,860 個の中から見つかりました(表)。この交雑種子を栽培し、得られた莢と種子の大きさは

中間的で、種子の色は大部分が茶褐色でこれも中間的でした(図3)。

これまで遺伝子組換えでないダイズとツルマメの自然交雑についての報告はありますが、組

換えダイズを用いた例は世界で初めてです。この結果は、日本で組換えダイズが栽培された場

合、周辺に自生するツルマメと自然交雑する可能性を示すものです。しかし、この実験のように

人為的に両種の開花期を重複させた上、極めて近接して栽培しても、交雑種子は 1 個であるこ

とから、ツルマメと組換えダイズが自然に交雑する可能性は極めて低いことが明らかとなりまし

た。

本研究成果は、農林水産省バイテク先端技術[組換え生物総合研究]による成果です。

リサーチプロジェクト名:遺伝子組換え生物生態影響リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 吉村泰幸、水口亜樹、松尾和人

ほ場で遺伝子組換えダイズとツルマメが 交雑する可能性は低い

[要約]

除草剤耐性遺伝子組換えダイズとツルマメがほ場条件下で自然に交雑するかを検討する

ため、交雑しやすい条件で両種を栽培した結果、32,502 個のツルマメ種子の中から遺伝子

組換えダイズと交雑した 1 個の種子を確認しました。このことから、両種がほ場で交雑する

可能性は極めて低いことがわかりました。

[背景と目的]

日本を含む東アジアで除草剤グリホサート耐性遺伝子組換えダイズ(以下組換えダイズ)

が商業栽培された場合、周囲に自生するダイズの近縁野生種であるツルマメと交雑する可

能性があります。しかし、ダイズやツルマメは自家受精によって種子を作る植物であり、開花

時期も異なります。そのため、一般に組換えダイズとツルマメとの自然交雑は起こりにくいと考

えられ、今のところ自然交雑したという報告はありません。本研究では、ほ場において両者が

交雑しやすい条件で栽培し、自然交雑するかどうかを検討しました。

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開花最盛期

図 2.遺伝子組換えダイズとツルマメの開花期間の比較

遺伝子組換えダイズを 7 月 20 日に播種した組合せで両種の開花最盛期は、最も近くなりました

図3.遺伝子組換えダイズとツルマメの自然交雑個体(左)および莢と種子

交雑種子を栽培すると、得られた莢と種子の大きさ、種子の色は中間的でした。

図 1.遺伝子組換えダイズ(40-3-2 系統)および

ツルマメの栽培状況(撮影日 2005 年 8 月 31 日)

隣接して栽培すると、夏季にはつる性のツルマメは

組換えダイズに巻きついた状態となりました

ツルマメ

遺伝子組換えダイズ

表.異なる日に播種した遺伝子組換えダイズと隣接栽培したツルマメ種子の

検定数および自然交雑数

遺伝子組換えダイズ播種日 6/20 7/5 7/20 計

交雑検定数 7,814 12,828 11,860 32,502

自然交雑数 0 0 1 1

ツルマメ 移植日

5/27

遺伝子組換え ダイズ播種日

6/20 7/57/20

8/1 8/10 8/20 9/1 9/10 9/20

開花期

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6 主要研究成果

[成果の内容]

鹿島港周辺の主要道路沿いにおいて、原材料の陸揚げ地点を中心とした 5km の範囲で、

セイヨウナタネが生育していた 19 地点を調査地として設けました(図 1)。これらセイヨウナタネの

生育地は、土壌が厚く生育できる面積が広い「空き地や水田畦」、土壌は厚いが生育できる面

積が狭い「植栽帯や中央分離帯」、土壌は薄く面積も狭い「縁石沿い」に類別出来ました(図

2)。多くの調査地点は、これらタイプの異なる複数の生育地が含まれていました(表 1A)。

生育していたナタネが組換えナタネかどうかを調べるため、各調査地点で葉を採取しました。

日本に多く輸入されている組換えナタネは、除草剤グリホサート耐性と除草剤グルホシネート耐

性の組換えナタネであることから、各々が持つ特有のタンパク質の有無を調べました。その結果、

組換えナタネは非組換えナタネと同様に空き地や水田畦、植栽帯や中央分離帯、縁石沿い

に生育し、多くの場合その個体数は非組換えナタネと同程度かあるいは少ないことが明らかと

なりました(表1B)。

以上のことから、輸入港において、組換えナタネは非組換えナタネの従来の生育地にしか生

育していないことが明らかであり、組換えナタネが非組換えナタネより広い範囲に優占して生育

することはないと考えられました。この結果は、実際に日本国内の輸入港において、野生化した

組換えナタネの生育地の特性を示す唯一の知見であり、組換えナタネの生物多様性影響評

価を裏付ける新たな知見です。

本研究は、農林水産省バイテク先端技術[組換え生物総合研究]による成果です。

リサーチプロジェクト名:遺伝子組換え生物生態影響リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 松尾和人、芝池博幸、吉村泰幸、水口亜樹

輸入港周辺の遺伝子組換えナタネは、

従来のナタネ生育地にしか生育していない

[要約]

遺伝子組換え体を含むセイヨウナタネの生育地を輸入港周辺で調査した結果、遺

伝子組換えセイヨウナタネは、従来のセイヨウナタネ生育地にしか生育していない

ことが明らかになりました。

[背景と目的]

原材料として輸入された遺伝子組換えセイヨウナタネ(以下、組換えナタネ)の生育が、主

要な輸入港である茨城県鹿島港周辺で確認されています。組換えナタネは、カルタヘナ法

に基づく生物多様性影響評価により、野生化して生育することも前提として、遺伝子組換え

でないセイヨウナタネ(以下、非組換えナタネ)と差異が無いことから、生物多様性影響を生

ずるおそれはないと判断されています。この評価は、畑やポット条件での調査試験に基づく

ものであるため、実際に輸入港周辺に生育した場合、組換えナタネが非組換えナタネより広

い範囲に優占して生育するかどうかを明らかにするための調査を行いました。

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図 1 鹿島港周辺の調査地

番号は調査地の番号。

赤の矢印は輸入原材料の陸揚げ地点。

■ RUR(-), LL(-):除草剤耐性タンパクが検出されなかった個体

■ RUR(+), LL(-):除草剤グリホサート耐性タンパクのみが検出された個体

■ RUR(-), LL(+):除草剤グルホシネート耐性タンパクのみが検出された個体

■ RUR(+), LL(+):除草剤グリホサートとグルホシネート耐性タンパクの両方が検出された個体

*調査番号は平成 14-15 年農水省プレスリリースに準じ、その当時の No.7、8 は今回の調査でセイヨウナタネ

の生育が確認されなかったため調査地から削除。

**数値は検定個体数

図 2 セイヨウナタネの生育の

様子

a) 空き地(調査地 No.16)

b) 植栽帯(調査地 No.9)

c) 縁石沿い(調査地 No.13)

a) b) c)

1

4

19

1765

9

1214

県道256号県

道239号

5Km

港公園

3

11

10151618

21

2

2013

国道124号

1

4

19

1765

9

1214

県道256号県

道239号

5Km

港公園

3

11

10151618

21

2

2013

国道124号

1

4

19

1765

9

1214

県道256号県

道239号

5Km

港公園

3

11

10151618

21

2

2013

国道124号

表1 セイヨウナタネが生育する調査地点における生育地の特性(A)と組換えナタネ

特有のタンパク質の検定結果

15 16 14 5 18 1 2 3 4 6 9 10 19 21 11 12 13 17 20

 空き地、水田畦 ○ ○ ○

 植栽帯、中央分離帯 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 縁石沿い ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 RUR(-), LL(-) 25 38 39 11 28 10 3 1 55 10 6 16 45 3 2 4 41 60 37

 RUR(+),LL(-) 0 24 1 1 3 0 0 2 2 2 0 1 0 2 0 0 0 1 0

 RUR(-), LL(+) 0 5 3 0 7 0 0 0 0 6 0 1 0 3 1 0 1 4 0

 RUR(+), LL(+) 0 2 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

25 69 43 12 41 10 3 3 57 18 6 18 45 8 3 4 42 65 37合 計

(A) 生育地の特性

(B) 検定結果**

  調査地番号*

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7 主要研究成果

[成果の内容]

茨城県筑波山南東麓の地域にある 74 か所のため池において、生息するトンボの種構成とた

め池の環境について調査を行い、調査結果を多変量解析により解析しました。

ため池は、トンボの種構成が類似した 6つのグループに分けられました(表1)。

調査地全体で合計 41 種のトンボが確認されました。その中から各グループの池でよく見ら

れる種(指標種)を選ぶため指標種分析をした結果、グループ1、2、4を指標するトンボ

数種が選ばれました(表1)。

各ため池の環境の特徴を調べるため、序列化(特徴が似た池が近くにくるように座標上に

配置すること)をしました(図1)。その結果、グループ2の池の特徴は樹林に囲まれ落葉な

どの堆積物が多いこと、グループ4の特徴は周囲が畑や荒地など開けた環境であり池面積が

大きいことでした。グループ1は特別の特徴をもたず、指標種は多くの池にいるトンボでし

た。グループ5、6は護岸された特徴をもち、生息する種数が少なく指標種も選ばれなかっ

たことから、トンボの生息に不適であることが示されました。

以上の結果から、トンボの保全には、グループ2や4のように異なる特徴をもつ池の環境

を維持することが重要であると分かりました。

本研究は農林水産省委託研究費「自然共生」による成果です。

リサーチプロジェクト名:水田生物多様性リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 田中幸一、山中武彦;生態系計測研究領域 岩崎亘典、

デイビッド・スプレイグ;農業環境インベントリーセンター 中谷至伸

発表論文等:1) スプレイグ、田中、農における自然との共生Ⅱ、農林水産省農林水産技会議事務局:85-102 (2006)

2) 田中、水環境保全のための農業環境モニタリングマニュアル改訂版、農業環境技術研究所: 195-200(2007) 3) 山中ら、農土誌、73: 319-324(2005)

[背景と目的]

ため池は水生生物の重要な生息場所であり、わが国の水生植物やトンボの約半数の種が

ため池に依存しています。農業用水の供給方法の変化や都市化のために、ため池は急激に

数を減じ、また、環境も悪化していると言われ、ため池に生息する生物には絶滅に瀕して

いるものが少なくありません。ため池の生物を保全するためには、その生息に好適な環境

を知る必要があります。そこでため池を代表する昆虫であるトンボを対象として、ため池

および周囲の環境と生息するトンボの種構成との関係について研究を行いました。

トンボの生息環境としてのため池の特徴

[要約]

ため池に生息するトンボの種類は、(1)樹林に囲まれ水底に落葉などが多い池を好むグルー

プ、(2)開放的で大きな池を好むグループ、(3)色々な環境の池に生息するグループなど異

なる6グループに分けられました。トンボの保全のためには(1)と(2)両方の池の環境を維

持することが重要です。

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図1 トンボの生息環境からみたため池のグループ

表1で指標種の選ばれたグループは円で囲んであります。

橙色の矢印と枠内の説明は、環境の傾向を示しています。

周囲が樹林か開放地(畑、荒地など)かで生息するトンボの

種類が違うことが分かります。グループ2と4の典型的な池

を写真で示しています。

表1 ため池のグループ分けとグループを指標するトンボ(指標種)

ため池をトンボの種構成が類似した6グループに分け、各グループの指標種を選

びました。また、1 つの池あたりに生息する平均種数も示してあります。

グループ グループ1 グループ2 グループ3 グループ4 グループ5 グループ6

平均種数 12.2 11.0 7.3 15.8 6.9 6.0ノシメトンボ モノサシトンボ なし クロイトトンボ なし なし

コヤマトンボ オオシオカラトンボ オオイトトンボ

指標種 シオカラトンボ ヒガシカワトンボ アオモンイトトンボ

コシアキトンボ クロスジギンヤンマ アジアイトトンボ

コフキトンボ

ショウジョウトンボ

ウチワヤンマ

ギンヤンマ

オオヤマトンボ

第1軸

第2軸

グループ1

グループ2

グループ3

グループ4

グループ5

グループ6

1 24

水生植物多い

コンクリート護岸

周囲が開放地池面積大きい

周囲が樹林堆積物多い

第1軸

第2軸

グループ1

グループ2

グループ3

グループ4

グループ5

グループ6

1 24

第1軸

第2軸

グループ1

グループ2

グループ3

グループ4

グループ5

グループ6

1 2244

水生植物多い

コンクリート護岸

周囲が開放地池面積大きい

周囲が樹林堆積物多い

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8 主要研究成果

[成果の内容]

1.筑波・稲敷台地のススキを主体とする様々な草地(計 66 地点)の植生を調査し、多

変量解析を用いて分類した結果、主に谷津田を取り囲む斜面林周辺に分布するタイプ

(C1:谷津型)、主にアカマツ林の林床に分布するタイプ(C2:松林型)、台地上の

平坦部に分布するタイプ(C3:平地型)に区分できました(表1)。 このうち、C1、C2 は水田耕作上の理由(日陰を作らない)や松林の管理のため、毎年草刈りが行わ

れている場所であるのに対し、C3 は台地上の平坦部に見られる畑作放棄地や造成跡

地などの未利用地で管理が行われていない場所でした。 2.各タイプの種組成を、多変量解析を用いながら、入手可能な最も古い植生調査資料

(1970 年~1980 年代)から抽出した関東平野の半自然草地(飼料や肥料、茅を採取

していた草地)の種組成と比較検討しました。その結果、C1 は C2 とともに、過去の

半自然草地と同等に、ワレモコウなど、在来の多年生草本植物が豊富なことがわかり

ました(表1,図1)。また、谷津田の裾刈り草地には、過去の半自然草地と同じよう

に多くの希少植物が見られました(表2)。一方、C2 は多年生草本に加え木本種が多

いことにより、C1 に比べて多様性が高くなりました。 3.これらのことから、谷津田を囲む斜面林の周辺の草刈り(図2)が植物群落の多様性

を維持していることがわかりました。

リサーチプロジェクト名:水田生物多様性リサーチプロジェクト 研究担当者:生物多様性研究領域 楠本良延、山本勝利、天野達也、徳岡良則、山田晋

[背景と目的]

農村地域にはかつて肥料源や飼料を採取する場としてススキを主体とする多様な草原

性植物から構成される半自然草地が広く見られましたが、このような半自然草地は国民

の生活様式の変化により著しく減少しました。その結果多くの草原性の動植物が絶滅の

危機に瀕しています。畑の放棄地や造成跡地には現在も多くのススキ群落が見られます

が、そこには草原性の動植物がいないと言われています。一方、谷津田では田面が日陰

になるのを防ぐため、水田を取り囲む斜面林の下部で定期的に草刈りが行われる場所

(「裾刈り草地」と呼びます)は、ススキを主体とした草地が形成されています。そこで、

裾刈り草地における植物の多様性を、造成跡地や過去に調査された半自然草地と比較し

ました。

[要約]

谷津田周辺や台地上に見られるススキを主体とした草地を調査し、過去の植生調査資

料を比較した結果、谷津田を囲む斜面林の周辺で定期的に草刈りが行われている場所(裾

刈り草地)ではかつての半自然草地と同様に多くの多年生在来草本を含む植物群落が維

持されていることがわかりました。

谷津田を囲む斜面林周辺の草刈りが植物の多様性を高める

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表1.筑波・稲敷台地における草本群落の類型化と、その特徴 表2.裾刈り草地と半自然草地に見られる

レッドリスト植物

図1.現存と過去の草地植生の比較(DCA*)

*類似度に基づきデータを序列化する方法

図2.現存の裾刈り草地-茨城県阿見町

ススキを主体とした草地は C1(谷津型:管理有)、C2(松林型:管理有)、C3(平地型:管

理無)の3タイプに分類されました。谷津型ではワレモコウなどの多年生草本が、松林型

ではそれに加えて木本種が豊富です。

谷津型は松林型とともに過去の半自然草

地と同等の在来種多様性を有しています。

裾刈り草地の立地 裾刈り草地の植生

裾刈り草地

* **

300

250

200

100

150

50

0C1

谷津型P

半自然草地

C2松林型

C3平地型

DC

A第

1軸

(在

来種

の多

様性

を表

す)

群落タイプ

現在の草本群落 過去の草本群落

* **

**

** ****

300

250

200

100

150

50

0

300

250

200

100

150

50

0C1

谷津型P

半自然草地

C2松林型

C3平地型

DC

A第

1軸

(在

来種

の多

様性

を表

す)

群落タイプ

現在の草本群落 過去の草本群落

分類 調査地点数(立地別) 毎年の 出現種数(生活形別) 帰化植物

(TWINSPANによる) 合計 谷津 平地 松林 草刈り 合計 一年 多年 木本 被覆率%

C1 23 20 3 - 有り 45.8 9.0 26.7 9.9 7.1ワレモコウ、アズマネザサ、ヤマノイモキツネノマゴ、アキカラマツ、チガヤヤマハッカ

C2 20 2 3 15 有り 51.3 4.7 27.6 18.9 10.9ワレモコウ、アズマネザサ、シラヤマギクヤマノイモ、アカマツ、サルトリイバラトダシバ、アキノキリンソウ

C3 23 - 23 - 無し 19.5 7.1 9.9 2.4 23.0アキノエノコログサ、メリケンカルカヤセイヨウタンポポ、メマツヨイグサヒメムカシヨモギ、メドハギ

過去の半自然草地(1970~1980年代)

19 - - - 有り 31.2 0.7 13.5 17.0 0.1ワレモコウ、アズマネザサ、ミツバツチグリアキカラマツ、ツリガネニンジン、エビヅル

主な指標種(識別種を含む)

P

谷津田の裾刈り草地

過去の半自然草地

全国版レッドリスト

ノウルシ キキョウスズサイコ ミシマサイコノジトラノオ ヤマジソヒメハッカフジバカマ

地域版レッドリスト*

オオバクサフジ ウマノアシガタカテンソウ オケラキツネノカミソリ オミナエシコシオガマ カセンソウコブシ タチフウロジュウニヒトエ ヌマトラノオタチフウロ ノアズキチダケサシ ノコギリソウノアズキ ヒゲシバハシバミ ヒメハギフタバムグラ フシグロヤマホトトギス ホソバヒカゲスゲ

マキエハギヤマホトトギス

*)地域版は関東地方平野部の都県(茨城、千葉、埼玉、東京、神奈川)

C1 P

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9 主要研究成果

[成果の内容]

1.ソバに含まれる植物生長阻害物質としてこれまでに報告のある主要なフェノール性物質(ル

チン、ケルセチン、クロロゲン酸、カフェー酸、フェルラ酸、没食子酸、(+)-カテキン、

(-)-エピカテキン)の、ソバの植物体中における含有量を分析した結果、ルチンが、葉・

花・茎のいずれにおいても、最も多く含まれていました(表1)。

2.ソバの粗抽出液中に含まれる各フェノール性物質の比活性(EC50:生長を50%阻害する濃度)

を、純物質を用いて検定した結果、没食子酸が最も高い比活性を示し、カフェー酸がこれに

次ぎました(表2)。

3.植物体内のそれぞれの生理活性物質の濃度(C)を比活性(EC50)で割った値を全活性と定義

しました。濃度は高いほど、比活性は小さいほど活性が強いので、濃度を比活性で割ること

で求められる全活性は、値が大きいほど活性が強いことを示します。全活性は、それぞれの

物質の阻害活性に植物体中のその物質の濃度を加味した値であり、どの物質が最も全体の阻

害活性に寄与しているのかを示す尺度となります。各成分の全活性を計算した結果、ルチン

がずば抜けて高い値を示しました(表2)。

4.ソバの葉の粗抽出液が示すレタス生長阻害活性の図に、この粗抽出液中に含まれる各成分の

濃度から換算したそれぞれの成分が示す阻害活性を上書きした図を作成した結果、粗抽出液

の示す阻害活性は、含まれるルチンでほぼ100%説明できた(図1)ので、ルチンが阻害活性

の本体と結論しました。

リサーチプロジェクト名:情報化学物質リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 藤井義晴、平舘俊太郎、古林章弘,Zahida Iqbal, Habib Nasir, Anna Golisz 発表論文等:1) Hiradate, S., In Natural Products for Pest Management, A.M. Rimando and S.O. Duke, ACS

Symposium Series 927, 113-126. 2006 2) Golisz, A. et al., Weed Biology and Management, 50(s), 188-189, 2006.

ソバ粗抽出液に含まれる主要な植物生長阻害成分はルチン

[要約]

ソバには周囲の雑草の生長を強く阻害する、いわゆるアレロパシー活性があります。ソバの植

物体から抽出した溶液中に含まれる各種植物成長阻害物質の量と性質を調べた結果、フェノー

ル性物質の一種であるルチンがアレロパシー活性の原因物質であることを突き止めました。

[背景と目的]

ソバは、現場で雑草抑制作用が強く(農業環境研究成果情報第 20 集 p.38、写真1)、植物生長

阻害物質として、カテコール構造を持つフェノール性物質や特有のアルカロイドを持つこと報

告されていますが、どの物質が植物生長阻害の本体であるか不明でした。そこでこれまでに報

告のある主要な物質の植物体中の濃度と活性を検定・評価して、粗抽出液中での主要な阻害因

子を調べました。

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ソバ植物体中に最も多く含まれるフェノール性物質はルチンであり、他の成分の20~100倍も含まれています

ルチンは、濃度が高い(量が多い)ので全活性では抜群に強い活性を示します

ソバ葉の粗抽出液による植物生長阻害活性は、含まれるルチンでほとんど説明できることが分かりました

3.9265255(-)-エピカテキン

0.639258.0(+)-カテキン

2.8738109没食子酸

0.294813.9フェルラ酸

0.634427.7カフェー酸

5.4286466クロロゲン酸

0.20734151ケルセチン

1498813115ルチン

全活性(C/EC50)

比活性(bEC50)

[mg kg-1]

生葉中の濃度 (aC)[mg kg-1]化合物名

3.9265255(-)-エピカテキン

0.639258.0(+)-カテキン

2.8738109没食子酸

0.294813.9フェルラ酸

0.634427.7カフェー酸

5.4286466クロロゲン酸

0.20734151ケルセチン

1498813115ルチン

全活性(C/EC50)

比活性(bEC50)

[mg kg-1]

生葉中の濃度 (aC)[mg kg-1]化合物名

表2 ソバ植物体中の植物生長阻害物質の全活性

a 比活性は、レタス根伸長を50%阻害するのに必要な濃度で、

図2から計算した。b 全活性は、植物体内における生理活性物質濃度が比活性の

何倍にあたるかを示す指標で、濃度(C)/比活性(EC50)と定義し、表中の値は表1の濃度と図2の活性から計算した。

写真1 ソバを用いた現地での雑草抑制試験。左は対照の放任区

ソバの下には雑草がほとんど生えないことはよく知られており、すぐ下には雑草が生えません

0

50

100

0.1 1 10 100

粗抽出液濃度 [g L-1]

伸長

率 [

%]

粗抽出液 ルチン ケルセチン

クロロゲン酸 カフェー酸 フェルラ酸

没食子酸 (+)-カテキン (-)-エピカテキン

図1 ソバの葉の粗抽出液によるレタス伸長率と、この中に含まれる各物質の濃度に換算した伸長率の比較

表1 ソバ植物体中に含まれる主要なフェノール性物質の含有量

2.46 a9.14 b8.90 b組織毎の平均値

a0.980.21 ± 0.031.52 ± 0.281.22 ± 0.32(-)-Epicatechin

a0.220.03 ± 0.010.42 ± 0.110.22 ± 0.04(+)-Catechin

a0.420.18 ± 0.050.69 ± 0.200.39 ± 0.02Gallic acid

a0.050.02 ± 0.000.10 ± 0.030.04 ± 0.00Ferulic acid

a0.110.08 ± 0.010.03 ± 0.000.21 ± 0.01Caffeic acid

a1.790.46 ± 0.074.66 ± 0.600.26 ± 0.02Chlorogenic acid

a0.850.19 ± 0.070.95 ± 0.120.60 ± 0.03Quercetin

b50.518.50 ± 3.0564.70 ± 11.568.30 ± 11.2Rutin

mg g-1 DW

茎花葉

平均値組織

化合物名

2.46 a9.14 b8.90 b組織毎の平均値

a0.980.21 ± 0.031.52 ± 0.281.22 ± 0.32(-)-Epicatechin

a0.220.03 ± 0.010.42 ± 0.110.22 ± 0.04(+)-Catechin

a0.420.18 ± 0.050.69 ± 0.200.39 ± 0.02Gallic acid

a0.050.02 ± 0.000.10 ± 0.030.04 ± 0.00Ferulic acid

a0.110.08 ± 0.010.03 ± 0.000.21 ± 0.01Caffeic acid

a1.790.46 ± 0.074.66 ± 0.600.26 ± 0.02Chlorogenic acid

a0.850.19 ± 0.070.95 ± 0.120.60 ± 0.03Quercetin

b50.518.50 ± 3.0564.70 ± 11.568.30 ± 11.2Rutin

mg g-1 DW

茎花葉

平均値組織

化合物名

値は、平均値 ±標準偏差。数値の後につけた英小文字で同じ文字間には、 Tukeyの多重検定において、5%水準で有意差のないことを示す。

ルチンケルセチンクロロゲン酸カフェー酸フェルラ酸没食子酸(+)-カテキン(-)-エピカテキン

組織毎の平均値

化合物名

器官の平均値

値は、平均値±標準偏差。数値の後につけた英小文字で同じ文字間には、Tukey-HSDの多重検定において、5%水準で有意差のないことを示す。

器官

乾燥重あたりの濃度 [ g kg -1 (乾物重)]

b b a

写真1 ソバを用いた現地での

雑草抑制試験

左は対象の放任区

ソバの下には雑草がほとんど生

えないことはよく知られてお

り、すぐ下には雑草が生えませ

ん。

表1 ソバ植物体中に含まれる主要なフェノール性物質の含有量

ソバ植物体中に最も多く含まれるフェノール性物質はルチ

ンであり、他の成分の20~100倍も含まれています。

表 2 ソバ植物体中の植物生長阻害物質の

全活性

ルチンは、濃度が高い(量が多い)の

で全活性では抜群に強い活性を示しま

す。

図 1 ソバの葉の粗抽出液によるレタス伸長率と、

この中に含まれる各物質の濃度に換算した

伸長率の比較

ソバ葉の粗抽出液による植物生長阻害活性は、含

まれているルチンでほとんど説明できることがわ

かりました。

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10 主要研究成果

[成果の内容]

1.抵抗性が報告された静岡県の茶園からハマキガを採集し、高濃度の撹乱剤

(Z11-14:Ac)が存在する容器中で交尾できるものを選抜飼育して、抵抗性系統(R

系統)を確立しました。約 40 世代以降、この系統は、強い抵抗性を安定して示し

ました(図 1)。

2.性フェロモンに対する反応性を調査したところ、R系統のオスは、このハマキガの

交尾行動の誘起に必須であるはずの Z11-14:Ac を含まない性フェロモン源にも強

く反応しました(図 2)。

3.撹乱剤(Z11-14:Ac)の大気中での濃度が高くなると、メスが放出する性フェロモン

信号は干渉されるため、オスがメスを発見するのが難しくなります。しかし、R

系統のオスは、性フェロモン信号に Z11-14:Ac がなくても反応するので、撹乱剤

の影響を受けにくくなっています。これが撹乱剤に対する抵抗性発現の一要因で

あると考えられます。

リサーチプロジェクト名:情報化学物質生態機能リサーチプロジェクト

研究担当者:生物多様性研究領域 杉江 元・田端 純

発表論文等:Tabata et al. (2007) Entomol. Exp. Appl. 122: 145–153.

チャノコカクモンハマキの交信撹乱剤に対する

抵抗性発現要因

[要約]

チャノコカクモンハマキのオスは、メスの性フェロモン信号の成分である Z11-テト

ラデセニルアセテート(Z11-14:Ac)を交信撹乱剤として使用し続けたことにより、

しだいに Z11-14:Ac がなくてもメスに引き寄せられるようになったことで、抵抗性を

獲得したと考えました。

[背景と目的]

環境にやさしい農薬として、昆虫の交尾行動を誘起する性フェロモンを利用した交信

撹乱剤(以下、撹乱剤)が使用されています。しかし、Z11-14:Ac を有効成分とするチ

ャノコカクモンハマキ用の撹乱剤は、近年著しく効果が低下し、世界で最初の撹乱剤

に対する抵抗性現象として 1996 年に報告されました。このような抵抗性を引き起こ

さない撹乱剤を開発するために、抵抗性発現要因の解明を目指しています。

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図1 交信撹乱剤に対する強力な抵抗性の獲得

交信撹乱剤(Z11-14:Ac)を入れた 1L のガラス容器にオス・メス 10 頭ずつのハマキガを

放し、どのくらいの割合で交尾できるか調べました。選抜後 35 世代までは、撹乱剤濃

度が 0.1mg/L になると交尾が完全に阻害されましたが、46 世代以降は、それより高い濃

度(1mg/L)でも 60%以上のハマキガが交尾しました。これは交信撹乱剤に対し強い抵抗性

を獲得したことを示します。

図2 性フェロモン成分に対するオスの反応性

撹乱剤抵抗性をもたない標準系統(青色)と抵抗性系統(R 系統、赤色)のオスの性フェ

ロモン反応性を室内風洞(直径 30cm×長さ 2m)で調査しました。標準系統のオスは Z9-

テトラデセニルアセテート(Z9-14:Ac)と Z11-14:Ac の 2 成分(混合比 7:3)がないと反

応を示しませんでしたが(左図)、R 系統のオスは Z11-14:Ac を含まない性フェロモン源

にも強く反応しました(右図)。

標準系統

R系統

0

20

40

60

80

100

Z9-14:AcとZ11-14:Acの混合物

標準系統

R系統

0

20

40

60

80

100

Z9-14:Acのみ

性フェロモン源

性フェロモン反応性 (%)

0

20

40

60

80

100

0.001 0.01 0.1 1

交信撹乱剤 Z11-14:Ac 濃度 (mg/L)

交尾

率 (%)

1

35

46

71

90

抵抗性

選抜世代

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11 主要研究成果

[成果の内容]

農業環境技術研究所内の自然光人工気象室(図1)を用いて、水稲(品種「日本晴」)

を現在の外気 CO2 濃度(380ppm)と高 CO2 濃度(680ppm)の 2 条件で栽培しました。

それぞれの人工気象室における CO2 の収支を連続的に測定することにより、水稲群落の日

中の光合成量と夜間の呼吸量を算出しました。 その結果、CO2 濃度の上昇による光合成の促進率は生育初期に高く、生育につれてしだ

いに低下しますが、呼吸速度は高 CO2 濃度によって生育期間をとおして促進されることが、

群落レベルで初めて明らかになりました(図2)。水稲の生長は、光合成と呼吸の差し引き

で決まることから、高 CO2 濃度による生長の促進は生育に伴い大きく低下することになり

ます。 光合成速度が葉窒素濃度と深く関わっていることが知られていますが、本研究の結果,

高 CO2 濃度による群落光合成の促進率についても、葉窒素濃度が高い場合には高く、葉窒

素濃度が低下すると低くなることが分かりました(図3)。さらに、いずれの CO2 濃度条

件でも葉窒素濃度は生育に伴い低下しますが、高 CO2 濃度条件ではその程度が外気 CO2

濃度条件よりも大きいことも,群落光合成の促進率を低下させる要因でした。 これらの結果は、CO2 濃度上昇時の水稲生産を正確に予測するためには、CO2 濃度上昇

下での稲体(特に葉)の窒素濃度を的確に予測する必要があること、CO2 濃度上昇による

生長の“施肥”効果を高めるためには、窒素管理が重要であることを示しています。 リサーチプロジェクト名:作物生産変動要因リサーチプロジェクト 研究担当者:大気環境研究領域 酒井英光、長谷川利拡、小林和彦(現:東京大学) 発表論文等:1) Sakai et al., New Phytol., 150: 241-249 (2001)

2) Sakai et al., New Phytol., 170: 321-332 (2006)

[要約]

大気 CO2 濃度の増加によって水稲の光合成は増加しますが,その程度が生育に伴い減

少すること,その減少が葉窒素濃度の低下で説明できることを、群落レベルで初めて明

らかにしました。将来の水稲生産量の予測を正確に行うために重要な知見です。

大気 CO2増加による水稲の群落光合成の促進は

葉窒素濃度に依存する

[背景と目的]

大気 CO2 濃度は今後も上昇を続け、今世紀末には 540~970ppm に達すると予測され

ています。CO2 濃度が上昇すると、水稲の個葉光合成は促進されますが、その程度は生

育の進行に伴いしだいに低下することが分かっています。しかし群落レベルの光合成の

促進が生育に伴ってどの程度低下するかは明らかではなく、そのことが将来の水稲生産

予測における不確実さの一因になっています。そこで本研究は,群落光合成の高 CO2

濃度に対する応答が低下する要因を明らかにするために実施しました。

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図2 CO2 濃度上昇に

よる群落光合成,呼吸

の促進率の変化

水稲の生育に伴い、CO2

濃度の増加による光合

成の促進率はしだいに

低下したのに対し、呼吸

の促進率は低下しませ

んでした。

図3 3 年間の実験か

ら得られた水稲の群

落光合成と葉窒素濃

度の関係

葉面積あたりの窒素含

有量(葉窒素濃度)の低

下に伴って、両 CO2濃度

区の差が小さくなりま

した。すなわち、CO2 濃

度の増加による群落光

合成の促進率は低窒素

濃度で低下することが

分かりました。

図1 農業環境技術研究所

の自然光人工気象室(クラ

イマトロン)

自然の日射条件下で、人工気

象室内の気温、湿度および CO2

濃度を変化させて、植物の応

答や群落の CO2 収支などを調

査することができます。

-10

-5

0

5

10

15

20

25

30

分げつ期 幼穂分化期 出穂期 登熟期

生育ステージ

CO

2濃度

の増

加に

よる

促進

率(%

光合成

呼吸

0

0.5

1

1.5

2

2.5

0 0.5 1 1.5 2

葉面積あたりの窒素含有量 ( g m-2 )

受光

量あ

たり

の光

合成

量 ( g

CO

2 m

ol-

1)

高CO2濃度

外気CO2濃度

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― ― 36

12 主要研究成果

[成果の内容]

開放系大気 CO2 増加(FACE)実験は、水田に設置した FACE リングから純 CO2 ガスを

放出し、リング内の CO2 濃度を周囲より約 200ppm 増加させます(図1)。これにより、

自然状態での水田生態系の高 CO2 濃度に対する応答を調べることができます。 大気 CO2 濃度が上昇すると生育が促進されるので収量は増加し、高 CO2 濃度区の乾物

重は現 CO2 濃度区より約 9%大きくなりました。一方で、高 CO2 濃度により、葉の気孔が

閉じ気味となって蒸散が抑制されるため、高 CO2 濃度区の葉温は現 CO2 濃度区より期間

平均で約 0.3℃高くなり、田植えから収穫までの水稲群落の蒸散量(水消費量)は、高 CO2

濃度により約 8%(22mm)減少しました(表1)。 全生育期間を通して 1g の乾物重を得るために植物が必要とする水需要量は、高 CO2 濃

度によって約 16%減少することがわかりました(表1)。他の主要な作物での高 CO2 濃度

による水需要量の減少率は 7~41%と幅広いことが知られています。水稲の高 CO2 濃度に

よる水節約の効果は世界の主要作物の中ではそれほど顕著でないことがわかりました(図

2)。 このように、実際の農家水田において囲いのない条件で実施した CO2 増加実験から、将

来のコメ生産における水需要を推定する上で重要な指標が得られました。 リサーチプロジェクト名:作物生産変動要因リサーチプロジェクト 研究担当者:大気環境研究領域 吉本真由美、大上博基(愛媛大学)、小林和彦(現:東京大学)、長谷川利拡 発表論文等:Yoshimoto et al., Agric. For. Meteorol., 133: 226-246 (2005)

[背景と目的]

現在約 380ppm の大気 CO2 濃度は今世紀末には 540~970ppm に達するとされ、それ

に伴い温暖化や降雨パターンの変化が予測されています。そのような将来の温度・水資

源環境下で、高 CO2 濃度により水稲の生育環境や水消費量がどう変化するかを、早急に

予測する必要があります。当研究所ではこれまでに、世界で初めて水田を対象に行われ

た岩手県雫石町の開放系大気 CO2 濃度増加(FACE)実験で、高 CO2 濃度条件下でコメ

の収量が増加することを明らかにしています(平成 15 年度成果情報)。今回は、大気

CO2 濃度増加時の水田の水需要を推定するため、FACE 条件下の水田の温度環境や水消

費量の変化を調べました。

大気 CO2濃度の上昇は水田の水需要を減らす

[要約]

世界で初めて水田を対象に実施された開放系大気 CO2増加(FACE)実験の結果、大気 CO2

濃度が現在より約 200ppm 上昇すると、田植えから収穫までの水稲群落の水需要が 16%

程度減ることがわかりました。これは将来の水田の水需要を推定するために重要な指標

となります。

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― ― 37

図1 開放系大気 CO2 増加

(FACE)実験による水田微気象

の変化の測定(岩手県雫石町)

FACEリングの細孔から純 CO2ガ

スを吹き出し、リングに囲まれ

た直径約 12m の円内の CO2濃度

を、水稲の生育期間を通して、

周囲より常に約 200ppm 増加さ

せます。

表1 大気 CO2濃度上昇による変化

大気 CO2 濃度上昇により、乾物重は

約 9%増大し、水稲群落の蒸散量(水

消費量)は生育期間全体で約 8%

(22mm)減少しました。これらより、

大気 CO2濃度上昇時の、1g の乾物重

を生成するために必要な水需要量

は、現在より 16%少なくてすむこと

がわかりました。

図2 大気 CO2 濃度上昇による

主要作物の水需要量の減少率

世界で実施された FACE 実験結

果をまとめると、様々な作物で

の高 CO2 濃度による水需要量の

減少率は 7~41%と非常に幅広

いことがわかります。水稲の水

需要量の節約の効果(16%の減

少)は、世界の主要作物の中で

はそれほど顕著でないことが

わかりました。

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― ― 38

13 主要研究成果

土壌炭素動態の温暖化応答解明のための 高精度土壌加温システム

[要約]

農耕地における炭素蓄積の大部分を占める土壌炭素の蓄積量や土壌呼吸速度が温暖化な

どの環境変動にどう応答するか、またその変動メカニズムを解明するために、野外におい

て高精度に地温を制御できる土壌加温システムを開発しました。

[背景と目的]

農耕地土壌には膨大な量の有機炭素が蓄えられていますが、地球温暖化による温度上昇

は微生物による有機炭素の分解を促進し、農耕地土壌からの二酸化炭素放出を増大させる

ため、大気中の二酸化炭素の濃度をさらに増加させることが危惧されています。しかし、

長期的な温度上昇に対して、土壌有機炭素の分解量を示す土壌呼吸速度がどう応答するの

かはよく分かっていません。そのため、土壌を温める野外操作実験によって地温上昇と土

壌呼吸の長期的な変化を調べることが、温暖化したとき農耕地の土壌炭素動態がどう変化

するかを精度よく予測する上で必要不可欠です。そこで、圃場レベルで加温効果による土

壌呼吸速度の変化を調べるため、精密に地温をコントロールできる土壌加温実験のシステ

ムを開発しました。 [成果の内容]

1.土壌加温方法として、赤外線ランプで土壌の上部から暖める方式(以下赤外線ランプ方

式)と地中に地熱線を埋め土壌の下部から暖める方式(以下地熱線方式)の2通りのシ

ステムを構築しました(図 1)。農業環境技術研究所内のコマツナ畑に、赤外線ランプ区

と地熱線区の2つの加温処理区および対照区を設置し(各 2×2 m2)、加温処理区の土壌

深 2 cm における温度を対照区の温度プラス 2±0.2℃で電源をオン、オフすることによ

り制御し、地温プロファイル(2, 5, 10 cm)および土壌水分の変化をモニタリングしま

した。 2.両方式とも設定通りの加温制御ができましたが、赤外線ランプ区の制御(図 2A)は地熱

線区(図 2B)に比べ応答が早い制御が可能であり、さらに土壌の温度プロファイルも現

実的であることから、より有効であることがわかりました。 3.土壌有機炭素の分解量を示す土壌呼吸量を測定した結果、赤外線ランプ区および地熱線

区とも、加温開始直後から土壌呼吸速度の増加が認められました(図 3)。 4.このように、本高精度土壌加温システムを用いて、地球温暖化が土壌炭素動態へ及ぼす

影響に関する基礎データを得ることが出来るようになりました。 5.このシステムは、地温と作物の生長や収穫量の関係などを明らかにする研究にも応用す

ることができます。 本研究は農林水産省(環境省)委託費「地球温暖化が農林水産業に及ぼす影響の評価と高度対策技術の開発(地

球温暖化研究)」の実行課題「農耕地土壌における炭素収支の評価と予測に向けた土壌炭素動態モデルの開発」に

よる成果です。 リサーチプロジェクト名:炭素・窒素収支広域評価リサーチプロジェクト 研究担当者:物質循環研究領域 岸本文紅、大気環境研究領域 米村正一郎、横沢正幸

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― ― 39

0

100

200

300

400

500

9月20日 9月30日 10月10日 10月20日 10月30日 11月9日

土壌

呼吸

速度

(日平

均)

(mg

CO

2m

-2h-

1 )

9月12日コマツナ種まき

加温前 加温 加温

コマツナ収穫後

加温開始

10/24豪雨

● A赤外線ランプ区   B地熱線区 ● C対照区

0

100

200

300

400

500

9月20日 9月30日 10月10日 10月20日 10月30日 11月9日

土壌

呼吸

速度

(日平

均)

(mg

CO

2m

-2h-

1 )

9月12日コマツナ種まき

加温前 加温 加温

コマツナ収穫後

加温開始

10/24豪雨

● A赤外線ランプ区   B地熱線区 ● C対照区

0

100

200

300

400

500

9月20日 9月30日 10月10日 10月20日 10月30日 11月9日

土壌

呼吸

速度

(日平

均)

(mg

CO

2m

-2h-

1 )

9月12日コマツナ種まき

加温前 加温 加温

コマツナ収穫後

加温開始

10/24豪雨

● A赤外線ランプ区   B地熱線区 ● C対照区

0

100

200

300

400

500

9月20日 9月30日 10月10日 10月20日 10月30日 11月9日

土壌

呼吸

速度

(日平

均)

(mg

CO

2m

-2h-

1 )

9月12日コマツナ種まき

加温前 加温 加温

コマツナ収穫後

加温開始

10/24豪雨

● A赤外線ランプ区   B地熱線区 ● C対照区 図3 試験圃場

(コマツナ畑)にお

ける加温効果によ

る土壌呼吸速度

の経時変化

図2 試験圃場(コマ

ツナ畑)における異な

る加温方式(A: 赤外

線ランプ方式、B:地

熱線方式)による地温

制御

地温は 30 分平均値で

す;稼動率は 0(OFF)と

1(ON)の間に値をとりま

す(0.5 の場合、30 分間

のうち 15 分間が ON して

いることを意味します)

-1

0

1

2

3

4

-1

0

1

2

3

4

10月10日 10月20日 10月30日 11月9日 11月19日

深さ

2cm

の地

温(対

照区

との

差、

℃)

稼動

赤外線ランプ区 ○地温 ●稼動率加温開始

加温開始

地熱線区 ○地温 ●稼動率

A

B

-1

0

1

2

3

4

-1

0

1

2

3

4

10月10日 10月20日 10月30日 11月9日 11月19日

深さ

2cm

の地

温(対

照区

との

差、

℃)

稼動

赤外線ランプ区 ○地温 ●稼動率加温開始

加温開始

地熱線区 ○地温 ●稼動率

A

B

図1 土壌加温

システムの制御図

および現地試験風

畑地圃場土壌

ON/OFF制御

電源BoxA: 赤外線ランプ

B: 地熱線

2段階の大電力制御

風速などの測定

熱電対の測定

リレー制御

データ記録と制御

風速計温湿度計

熱電対(地温測定)土壌水分計

リレー制御器多チャンネルデータ取得器

12V電源

大電力リレー制御

ソリッドステートリレー

ソリッドステートリレー

データロガー

多チャンネルデータ取得器

畑地圃場土壌

ON/OFF制御

電源BoxA: 赤外線ランプ

B: 地熱線

2段階の大電力制御

風速などの測定

熱電対の測定

リレー制御

データ記録と制御

風速計温湿度計

熱電対(地温測定)土壌水分計

リレー制御器多チャンネルデータ取得器

12V電源

大電力リレー制御

ソリッドステートリレー

ソリッドステートリレー

データロガー

多チャンネルデータ取得器

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― ― 40

14 主要研究成果

[成果の内容]

畑土壌の作土層では、30~80%の放射性ストロンチウムが交換態として存在しています。

長期モニタリングデータより、交換態の放射性ストロンチウム(Sr-90)の減少速度と、

土壌中濃度が半分になるまでの年数(滞留半減時間)を計算しました(図 1)。 Sr-90 は、放射壊変による半減期(28.8 年)よりも速く作土から減少していました(表 1)。それは放射壊変に加え、下層土への溶脱や小麦による吸収によっても畑土壌の作土層から

Sr-90 が失われるためです(図 2)。 Sr-90 の減少速度は降水量などとは関係がなく、土壌が陽イオンを保持する能力(陽イ

オン交換容量、CEC)が大きい土壌ほど遅いことが明らかになりました。さらに、CECが大きい土壌ほど土壌中 Sr-90 が小麦に吸収される割合(CR)も低い傾向がありました(図

3)。Sr-90 は、土壌の陽イオン交換サイトに保持されることで畑土壌から失われにくくな

ったと考えられます。畑土壌からの Sr-90 の長期的な減少を支配する多くの環境要因の中

で、土壌の CEC が最も重要な支配要因であることがわかりました。 放射性ストロンチウムは、核実験の他、原子力施設の事故などによっても環境中に放出

される可能性があります。事故直後の農作物への影響の程度は、大気降下物の放射能濃度

から推定できます(農業環境研究成果情報:第 17 集 25)。さらに事故後長期にわたり、土

壌と農作物に Sr-90 の影響がどの程度残るかを推定する際には本研究成果が活用できます。 本研究は文部科学省放射能調査費「放射性核種の農作物への吸収移行および農林生産環境における動態解明」

による成果です。 リサーチプロジェクト名:重金属リスク管理リサーチプロジェクト 研究担当者:土壌環境研究領域 山口紀子、駒村美佐子、関勝寿(東大農)、栗島克明(WDB 株式会社)、藤

原英司、木方展治 発表論文等:1) Yamaguchi et al., Sci. Total Environ., 372: 595-604. (2007)

畑土壌における交換態放射性ストロンチウム減少速度は

土壌の陽イオン交換能が支配する

[要約]

人工放射性核種の長期モニタリングデータを解析し、畑土壌に吸着された放射性ストロ

ンチウムの減少速度を求めました。放射性ストロンチウムは、土壌の陽イオン交換容量

の大きい土壌ほど下層土へ溶脱しにくく、また小麦子実にも吸収されにくいことがわか

りました。

[背景と目的]

核実験由来の長寿命人工放射性核種は、現在でも土壌に残存しています。自然放射性核

種に比べれば人工放射性核種の土壌中濃度はごくわずかですが、放射能事故などの不測

の事態に備え、人工放射性核種の動態を明らかにしておく必要があります。そこで、畑

土壌に吸着された放射性ストロンチウムの減少速度が、どのような環境要因に支配され

て決まるのかを明らかにすることを目的とし、45 年間収集してきた土壌の放射能モニタ

リングデータを解析しました。

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― ― 41

図1 畑土壌からの Sr-90 減少速度算出方法の概要

土壌中 Sr-90 の濃度 C(t)は 1980 年を基準年(t=0)とおくと式 1によりあらわすことができま

す。λa は、土壌からの Sr-90 減少速度です。Sr-90 は、放射壊変によっても減少します。放

射壊変による寄与分(λp=0.028)を λa から差し引き、環境要因による減少速度(λe)を求

めました。また、式 3 により濃度が半分になるまでにかかる時間、滞留半減時間を算出しま

した。

図 3 環境要因による減少速度(λe)、土壌中 Sr-90 が小麦に吸収される割合(CR)と

陽イオン交換容量の関係

陽イオン交換容量の大きい土壌ほど土壌からの Sr-90 減少速度が遅く、また、土壌から小

麦に Sr-90 が吸収されにくい傾向がありました。

表 1 畑土壌中 Sr-90 の滞留半減時間

Sr-90 は、放射壊変の他、下層土への溶

脱や作物による吸収によっても畑土壌

の作土層から失われます。

下層土への溶脱

作物による吸収

放射壊変

Sr-90

下層土への溶脱

作物による吸収

放射壊変

Sr-90

Sr-90 は、放射壊変による半減期(28.8 年)よりも

速く土壌中の濃度が半分になりました。

図 2 Sr-90 濃度減少の要因

Sr-90 では、1 Bq(ベクレル、1 秒間に放射壊変する原子数)が、2×10-13g に相当します。

観測地点名 土壌群 滞留半減時間 (年)

札幌 多湿黒ぼく土 14.9長岡 グライ沖積土 12.5盛岡 多湿黒ぼく土 13.5岩沼 灰色沖積土 12.0水戸 アロフェン黒ぼく土 15.2熊谷 褐色沖積土 8.05

双葉町 灰色沖積土 8.08山陽町 グライ沖積土 7.38

0 10 20 30 400

0.05

0.10

0.15

CR

0 10 20 30 400

0.02

0.04

0.06

0.08

λe

CR=小麦子実中Sr-90濃度

土壌中Sr-90濃度

CRが大きいほど土壌から小麦にSr-90が吸収されやすい

ρ=-0.833* ρ=-0.857**ρ:スピアマンの順位相関係数(*p<0.05、**p<0.01)

(1980年から1995年の平均値)

λeが大きいほど土壌からのSr-90減少が速い

陽イオン交換容量(cmolc/kg)0 10 20 30 40

0

0.05

0.10

0.15

CR

0 10 20 30 400

0.02

0.04

0.06

0.08

λe

CR=小麦子実中Sr-90濃度

土壌中Sr-90濃度

CRが大きいほど土壌から小麦にSr-90が吸収されやすい

ρ=-0.833* ρ=-0.857**ρ:スピアマンの順位相関係数(*p<0.05、**p<0.01)

(1980年から1995年の平均値)

λeが大きいほど土壌からのSr-90減少が速い

陽イオン交換容量(cmolc/kg)

C(t)

(B

q/kg

1970 1980 19900

10

20

30

taeCtC λ−= 0)(epa λλλ +=

aλ2ln

=滞留半減時間

[式2]

[式1]

[式3]

1980年以前は核実験の影響が

あるため解析データから除外

土壌中交換態ストロンチウム90濃度(1mol/L 酢酸アンモニウムで抽出)

C(t)

(B

q/kg

1970 1980 19900

10

20

30

taeCtC λ−= 0)(epa λλλ +=

aλ2ln

=滞留半減時間

[式2]

[式1]

[式3]

1980年以前は核実験の影響が

あるため解析データから除外

土壌中交換態ストロンチウム90濃度(1mol/L 酢酸アンモニウムで抽出)

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15 主要研究成果

[成果の内容]

逆相クロマトグラフィー1 と誘導結合プラズマ質量分析装置 2 を用いた分析により、水溶

性の無機ヒ素である亜ヒ酸[As(III)]及びヒ酸[As(V)]から疎水性の高いフェニル置換

ヒ素化合物まで一度に定量できるようになりました(図1)。 土壌中に含まれるヒ素の全量は硝酸-フッ酸-過酸化水素による酸分解により有機ヒ

素を完全に無機化した後、逆相クロマトグラフにより土壌中の分析妨害元素と無機ヒ素を

分離することで正確に定量可能となります(図2)。土壌に含まれる有機ヒ素はアルカリに

より抽出できますが、熱濃硝酸を用いると無機ヒ素も含めて効率よく抽出することができ

ます。 作物に含まれるヒ素化合物は稲わら、玄米からの抽出によく用いられる 50%メタノール

による振とう抽出では不十分で、トリフルオロ酢酸あるいは熱濃硝酸を用いて無機ヒ素、

有機ヒ素共に効率良く抽出できます。本方法で分析したところ、土壌と作物(イネ)では

含まれるフェニル置換ヒ素化合物の種類が異なることが明らかになりました(図3)。 本分析法により、土壌、作物に含まれる有機ヒ素化合物の濃度と種類が明らかになり、

有機ヒ素のリスク評価に大きく貢献します。さらに本分析法を利用し汚染土壌中での化学

形態の変化や作物への取り込みについての研究も進めています。 1 化学物質をその疎水性の高さに応じて分離する手法 2 プラズマ中で化学物質を原子化し、含まれる元素の種類と量を調べる装置

本研究は環境省公害防止プロジェクト費「有機ヒ素」による成果です。 リサーチプロジェクト名:有機化学物質リスク評価・重金属リスク管理リサーチプロジェクト 研究担当者:有機化学研究領域 馬場 浩司、土壌環境研究領域 荒尾 知人、 前島 勇治

土壌及び作物中のフェニル置換ヒ素化合物の定量法

[要約]

土壌・作物に含まれるフェニル置換ヒ素化合物の定量方法を確立しました。これにより

環境中での化学形態の変化や作物への移行が明らかになり、有機ヒ素のリスク評価に役

立てることができます。

[背景と目的]

茨城県旧神栖町で自然界には存在しないフェニル置換ヒ素化合物が地下水から検出され

ていますが、環境中での化学形態変化や作物への取り込みについてはっきりと分かって

いません。また、有機ヒ素系化学兵器が過去に遺棄された地域において今後大きな問題

となる可能性があります。そこで分析が困難な土壌と作物について、これら有機ヒ素の

分析法を確立することを目的としました。

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図2 酸分解液中の全ヒ素の分析

過酸化水素を添加し有機ヒ素化合物を完全に分解して無機ヒ素として定量します。土

壌の場合、妨害元素由来のピークを HPLC によって分離します。

図3 土壌、イネ抽出液の分析

土壌、稲わら、玄米では有機ヒ素の種類と量に大きな差が見られました。

図1 無機ヒ素及び有機ヒ素の同時定量

メチルアルソン酸(MAA)とジメチルアルシン酸(DMAA)を除くヒ素化合物に関して

溶液濃度 0.1~1.0 µg/L の検出限界で定量可能です。

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16 主要研究成果

[成果の内容]

多時期の MODIS/Terra 8 日間合成画像を用いて、地表面の水分と植被状態を表す水指

数と植生指数から湛水域の時系列変化を抽出する手法を開発しました(図 1)。この手法によ

り、メコンデルタにおける 2000 年~2004 年の洪水域の変動を追跡できるようになりまし

た (図 2)。この結果、ベトナムメコンデルタ上流部(Long An 省と Dong Thap 省)の 2004年の洪水を基準にした場合、2000 年の大規模洪水と 2003 年の小規模洪水とでは、洪水面

積に関して、+38%と-12%の変動があることが分かりました(図 3)。また、湛水時期の

開始日、終了日、期間をマップ化することによって、水稲栽培の阻害要因である洪水が、

時間的・空間的に偏在していることが分かりました(図 4)。 次に植生指数の季節変化曲線(図 5 右側)で出穂期にあたるピークの数とその出現時期か

ら、水稲作付パターン(三期作、乾季二期作等)を判別しました (図 5)。上流部の乾期二期

作地域(図 5 青色)は、雨期の洪水(図 4)を避けた二期作を行なっています。そして、作付け

回数が年 2 回から年 3 回に増加している領域が抽出され(図 5 矢印)、現地調査の結果、こ

の領域が堤防建設によって洪水期の栽培が可能になった地域を示していることが分かりま

した。このように、本手法は、農業的土地利用を把握し、その季節及び年次変動を広域モ

ニタリングする際に役立ちます。 本研究は、運営費交付金及び農林水産省環境研究費「農業水資源変動による食糧生産への影響の解明と予測手

法の開発」による成果です。 リサーチプロジェクト名:農業空間情報リサーチプロジェクト 研究担当者:生態系計測研究領域 坂本利弘、石塚直樹、大野宏之 大気環境研究領域 横沢正幸 発表論文等:1) Sakamoto et al., Remote Sensing of Environment, 96: 366-374 (2005)

2) Sakamoto et al., Remote Sensing of Environment, 100: 1-16 (2006)

高頻度観測衛星センサー(MODIS/Terra)を活用して

メコンデルタの洪水と稲作を動的に捉える

[要約]

MODIS/Terra データから算出した水指数・植生指数を時系列に解析することによって、

湛水域と水稲生育ステージを把握する手法を確立しました。本手法をメコンデルタに適

用し、洪水と水稲作付パターンの季節及び年次変動を明らかにしました。

[背景と目的]

水域や農業的土地利用の変動を広域モニタリングする上で、衛星データが活用されていますが、洪水の拡大過程や水稲生育過程を連続的に捉えるには、データの観測頻度や解像度が障害となっていました。そこで、ほぼ毎日観測可能で、既存衛星センサー(1km解像度)よりも空間分解能が高い MODIS/Terra データ(500m 解像度)を活用することによって、湛水域や水稲生育ステージを把握する手法を確立し、ベトナムメコンデルタを対象に洪水や水稲作付パターンを多年時にわたって観測することを目的としました。

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1月1日からの通算日数

植生指

数(E

VI)

1月1日からの通算日数

植生指

数(E

VI)

2002 年

1月1日からの通算日数

植生指

数(E

VI)

1月1日からの通算日数

植生指

数(E

VI)

2003 年

三期作 乾季二期作 雨季二期作 乾季・雨季二期作 乾季一作 雨季一作

水稲作付パターン

乾期二期作から三期作への土地利用変化

2002 年 2003 年

図 5 ベトナムメコンデルタの推定水稲作付パターン

右側のグラフは、図中矢印の植生指数の時系列変化を表し、ピークの出現回数から、

水稲作付が乾期二期作(2002 年)から三期作(2003 年)に変化していることが分かります。

図 2 上流部における湛水

域の時空間変化

青色は、洪水領域。緑色は、水域とそれ以外の混合領域を示しています。

2000 年 2003 年2004 年 月/日 7/31

8/10

8/20

8/30

9/9

図 4 2000~2004 年の湛水開始日、終了日、期間の推定

歴史的大洪水であった 2000 年は、その湛水開始時期が最

も早く、湛水期間も最も長いことが分かります。

4/20

6/108/1

9/22

湛水開始日

7/1 9/17

11/161/16

湛水終了日

10 67

123180

湛水期間(日)

2000 年 2001 年 2002 年 2003 年 2004 年

0

50

100

150

200

250

300

350

400

1 31 61 91 121 151 181 211 241 271 301 331 3611月1日からの通算日数

洪水面積 

(1,0

00 h

a) 2000年2001年2002年2003年2004年

図 3 ベトナムメコンデルタ上流部(Long An 省, Dong Thap 省)における推定洪水面積の時系列変化

年次変化する洪水規模を捉えています。

条件:

・植生指数 及び水指数を算出 ・青のバンドを用いた雲被覆の同定

MODIS 時系列データ

・ウェーブレット解析によるノイズ除去

平滑化された植生指数(EVI)・水指数(LSWI)・両指数の差分(DVEL)

非湛水領域 水とその他の混合領域 洪水領域

YES YES NO

EVI > 0.3

DVEL ≤ 0.05 かつ EVI ≤ 0.3

条件:

YES

条件: LSWI ≤ 0 かつ EVI ≤ 0.05

条件: EVI ≤ 0.1

水に関係する領域

YESNO

図 1 湛水域を抽出する解析手順

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17 主要研究成果

[成果の内容]

わが国の全流域圏・全農耕地をカバーする汎用的な農業生態系空間情報解析システム

(GSAS)を完成しました(図1)。GSAS はつぎのような特徴を持っています。(1) 全国

全流域圏の全農耕地をカバーする、 (2) 圃場境界に沿った 1 区画約数 ha の農地区画(セ

ル)を基本的なデータ集積単位とする、(3) 自然立地データ(標高・傾斜・気温・降水量・

土壌等)、圃場基盤データ(用排水条件・田畑面積等)、統計調査データ等を総合的に集

積、(4) 流域界だけでなく行政界等一般地図情報を含む、(5) 解析目的に適した任意の衛星

画像等を取込んで現況画像情報(作付状態・植生指数等)をセル毎の属性データとして集

積することが可能、(6) シミュレーション結果をセルごとに追加し、自己増殖する。 これにより、全国の任意の河川流域界・行政界、任意の形状・サイズや検索条件で選択

した領域などを選択し、抽出したセルの属性データに基づいた諸変量のスケーリングアッ

プ・ダウンやシミュレーションを行うことが可能となりました(図2)。 自然と調和し環境負荷の少ない流域圏管理法を構築する上で、農業の水質への影響は最

重要項目のひとつです。GSAS は施肥窒素の地下水質に対する簡易・広域影響評価(図3

に試算図を例示)などに適用され、その機能を発揮します。 このシステムは、農耕地の作物生産機能や生態的役割、環境負荷など、農業と環境に関

わる諸問題の空間的な把握・分析・予測に有用で、それによる意思決定や改善シナリオ策

定の支援など多くの場面に貢献します。汎用的な空間情報プラットフォームとして、多方

面の共同研究等への活用が可能です。 本研究は農林水産省委託研究費「自然共生」による成果です。 リサーチプロジェクト名:農業空間情報リサーチプロジェクト 研究担当者:生態系計測研究領域 氏名 井上吉雄 発表論文等:1) 井上ら, 日本リモートセンシング学会 37 回学術講演会論文集: 11-12 (2004)

2) Inoue, Y., Future Development of Environmental Restoration Technologies: 13-15 (2006)

日本の全流域圏・農耕地を網羅する

農業生態系空間情報解析システム

[要約]

圃場境界に沿った 1 区画数 ha の農地区画(セル)を単位として、自然立地・圃場基盤・作付現況等に関するデータを一元的に集積・管理し、総合的に活用する汎用の空間情報システムを構築しました。わが国の全農耕地を対象に、任意の流域界・行政界や任意の形・サイズの領域を選定し、解析やシミュレーションを行うことができます。

[背景と目的]

自然と調和した農業生態系管理のためには、農耕地の生産機能とともに生態的役割や環境負荷を、自然立地条件および土地利用・水利・作物栽培状況などの異なる地域空間の中で総合的にとらえることが不可欠です。そこで、地理情報システム(GIS)を活用して、衛星画像やセンサスを含む農耕地・環境に関わる多様な情報を高い空間解像度で一元的に集積・管理し、それによって流域圏スケールで問題を把握・評価・予測するための汎用的な空間情報プラットフォームの開発を目指しました。

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全流域界

多面的データをセルに集積

図1 農業生態系空間情報システム GSAS:Geo-Spatial Agro-ecosystem Simulator の構造

農地特性・立地環境・

作付現況・センサスデ

ータ等を圃場境界に沿

った数ヘクタールの農

地セルをベースに集積

しシミュレーションする

自己増殖システム。

主要なデータ源

(1)国土数値情報

(2)農林業センサス

(3)衛星画像

(4)国土地理院地形図

(5)土地利用基盤整備

基本調査

(6)作付面積調査基本

台帳データ

(7)計測調査データ

[メッシュデータもポリゴ

ン属性として集積可]

図2 GSAS 上で選択

表示した本州中央

部の全流域界と1

流 域 圏 内 の 農 地

セルポリゴンおよ

びその属性データ

の一例

y = 0.2166x - 0.5894

r2 = 0.902

-5

0

5

10

15

20

25

30

35

40

-10 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 110

施肥窒素負荷 (kg/ha)

井水

硝酸

態窒

素濃

度 

(p井

水硝

酸態

窒素

濃度(ppm)

施肥窒素負荷 (kg/ha)

最小潜在影響のベースライン

Y = 0.22x - 0.56r2 = 0.90

y = 0.2166x - 0.5894

r2 = 0.902

-5

0

5

10

15

20

25

30

35

40

-10 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 110

施肥窒素負荷 (kg/ha)

井水

硝酸

態窒

素濃

度 

(p井

水硝

酸態

窒素

濃度(ppm)

施肥窒素負荷 (kg/ha)

最小潜在影響のベースライン

Y = 0.22x - 0.56r2 = 0.90

図3 GSAS を用いた試算例: 地下水

硝酸態窒素に対する施肥窒素負

荷の最小潜在影響のベースライン*

とそれによる農地セル単位での県

全域マッピング *最小潜在影響ベースラインは茨城県全

域における 2000 年の施肥窒素負荷と

2000~2004 年の地下水硝酸態窒素濃度

実測データの対比図(上図)における区

間最小値に対する回帰直線として導出。

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18 主要研究成果

菌床シイタケの新害虫をヤガ科ナミグルマアツバと同定

[要約]

菌床シイタケの菌糸を食害するチョウ目ヤガ科幼虫の飼育羽化成虫の形態を詳しく検

討し、これまで害虫としては記録のないナミグルマアツバと同定しました。また、近縁な

ヒメナミグルマアツバとの雌成虫での識別法を開発しました。

[背景と目的]

2000 年愛媛県のシイタケ栽培地で、シイタケ菌床表面の菌糸を食害する見慣れないヤガ

科幼虫が発見されました。本種が加害した箇所からはシイタケ子実体が発生しません。ヤ

ガ科幼虫は未知のものが多く、幼虫では同定できなかったので、飼育して成虫標本を得ま

した。外部形態からは、これまで害虫としては記録のない Anatatha 属の 1 種であること

までしか同定できませんでしたので、関連のタイプ標本の特徴をさらに詳細に観察・調査

し、種名を正確に同定することを目的としました。

[成果の内容]

得られた本種成虫の雌交尾器をロンドン自然史博物館所蔵のナミグルマアツバのタイ

プ標本のものと比較したところ、本種は日本・韓国・ロシア極東地区に分布するナミグル

マアツバ Anatatha lignea(図 1 左)と同定できました。日本国内に生息し、成虫斑紋が

本種と酷似するヒメナミグルマアツバ Anatatha misae(図 1 右)とは、雌交尾器のシグヌ

ム(交尾嚢にある硬化片)の形状が異なり(図 2)、明瞭に識別できることが分かりました。

また本種の幼虫形態は中村(1989)によって既に報告されていますが(図 4 右)、今回得

られたものとは明らかに異なる別種と思われたため、改めてナミグルマアツバの幼虫形態

として報告しました(図 3、図 4 左)。

本種によるシイタケへの被害は、現在までに愛媛県からのみ確認されていますが、他の

都道府県でも今後の発生に注意する必要があります。ただし、ほだ木シイタケへの加害は

見つかっていません。食菌性はチョウ目ではまれであり、以前に報告したムラサキアツバ

(Diomea cremata: 農業環境研究成果情報第 19 集)とともに、今回の Anatatha 属での食

菌性の種の発見は、学術的にも特筆すべきものです。

リサーチプロジェクト名:環境資源分類・情報リサーチプロジェクト

研究担当者:農業環境インベントリーセンター 吉松慎一・仲田幸樹(愛媛県林業技術センター)

発表論文等:Yoshimatsu & Nakata, Ent. Sci., 9: 319-325(2006)

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図 1 ナミグルマアツバとヒメナミグルマアツバの成虫

ナミグルマアツバでは後翅基半部がやや黒い場合が多いですが、識別は困難です。

図 2 ナミグルマアツバとヒメナミグルマアツバの雌交尾器

左図では二またの短いシグヌムですが、右図では一列の長いシグヌムとなります。

図 4 ナミグルマアツバ終齢幼虫第 1 腹節の刺毛配列図

sp は気門、他の文字は刺毛を示します。左図では SV3 刺毛(赤字)があり、

D1、D2、SD1、L1 の各刺毛基板部が盛り上がります(赤矢印)。

図 3 ナミグルマアツバ終齢幼虫

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19 主要研究成果

日本産ヒョウタンカスミカメ族(カメムシ目)の Web 図説検索表

[要約]

日本産ヒョウタンカスミカメ族 17 種の図説検索表をウェブサイト上に公開しました。

鱗毛りんもう

の形態など識別点となる形質を図示したことで、高度の専門知識がなくとも容易に種

が同定できます。 [背景と目的] ヒョウタンカスミカメ族の多くはダニ類や小昆虫を捕食するとされ、自然環境ではこれらの

天敵としての役割を果たしていると考えられます。最も普通にみられるヒョウタンカスミカメ

(Pilophorus setulosus)は、里山を中心とした農業生態系に多く、種々の落葉広葉樹上で生活して

います。本族は体色、体形などが類似した種が多く、生物相の調査などで頻繁に発見される

ものの、図鑑など同定に利用できる資料が乏しく、これまで分類の専門家以外による同定は

困難でした。そこで、種の同定に用いる形質をわかりやすく図示した図説検索表を作

成・公開することで、同定を容易にする手段を提供します。

[成果の内容] ヒョウタンカスミカメ族はカスミカメムシ科チビカスミカメ亜科に含まれ、全世界でおおよ

そ 150 種ほどが知られる比較的小規模なグループで、わが国ではこれまでに 17 種が確認されて

います。体長約 2〜4mm ほどの微小なカメムシで、アリに似た種が多いことでも知られ、

背面に特徴的な銀白色の鱗毛をもち、これらが鱗毛列を形成するものもあります(図 1)。 日本産ヒョウタンカスミカメ族 17 種について種の検索表を作成し、鱗毛の形態など識

別点となる形質をすべて図示しました。これらを組み合わせてヒョウタンカスミカメ族の

図説検索表を作成、Web 公開しました(図 2)。農業環境技術研究所の研究・技術情報のペ

ージ(http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/index.html)からアクセスできます。 画面の左に体の全形図を表示し、右側で拡大している部位がどこかわかるように矢印で

示ました。利用者は指示された形質を観察し、2 つの選択肢から合致する方を順次選ぶこ

とで該当する種に到達できます。なお、当ページには英語版も用意してあります。現在の

ところ検索表だけですが、個々の種について解説および画像を充実させる予定です。 リサーチプロジェクト名:環境資源分類・情報リサーチプロジェクト

研究担当者:農業環境インベントリーセンター 中谷至伸

発表論文等:1) URL: http://www.niaes.affrc.go.jp/inventry/insect/illust_keys/pilophorini/key_pilophorini01.html

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図 1 左:クロヒョウタンカスミカメ Pilophorus typicus成虫(矢印は銀白色鱗毛列)。右:鱗毛列の拡大図。

並列する 2 者から

形質が合致する

方を選び次の分

岐点に進む。

最終的に 1つの

種に到達する。

図 2 ヒョウタンカスミカメ族の図説検索表画面

クリックすればブラ

ウザ上の次ページ

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