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60 富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月 メキシコ研修生の受け入れの記録 富山大学芸術文化学部  松原博・矢口忠憲・内藤裕孝 工業デザインプログラム JICA project 1.本事業の経緯 1)日墨交流計画とは エチェベリア・メキシコ大統領(当時)による提案に基 づき、日本とメキシコ(墨)の研修生・学生等の交流計画 を通じて両国の友好関係緊密化に文化交流に貢献するもの として、1971 年に合意されたものである(正式名称:日墨 研修生・学生等交流計画)。以降これまでの研修実績は、 双方合計で 3000 名を超えており、現在は毎年双方 50 名 ずつの枠で実施中である。 2)研修実施に関する JICA の考え方 本事業は日本側においては、独立行政法人国際協力機 (JICA)を実施機関とし、政府開発援助(ODA)の一環 として事業を運営されており、日本とメキシコ間の国際約 束に基づいて企画され、研修員が募集されており、その目 的は ODA の考え方に則り、来日するメキシコ人に対する研 修を通じてメキシコ国の経済・社会の発展に寄与するここ とされている。 この様な考えから、研修員の選考に関しては専門知識 や技術の有無はもちろんのこと、本事業の意義を充分理解 していることなど人物審査も厳選に行っているとのことであ る。そのような背景から、美術・デザイン・工学系大学を 卒業後数年の実務経験を持った人達が候補者として推薦さ れてくるケースが多い。 北陸 JICA においては、工業デザインコース・コンピュー タコース・国際保健薬学のプログラムが開設されている。 今回本学が受託した事業は、その中の「工業デザインコー ス」としての研修員受け入れであり、2006 年に次いで二 度目となる。(これまでの、その他の受け入れ先としては、 金沢美術工芸大学、石川県工業技術センター、富山県総 合デザインセンターなどがある。) 3)受け入れまでのプロセス ・日本側から募集要項の提示:受け入れ先(本学)が  提供できるプログラム内容とその特徴、研修環境など ・メキシコで第一次選考した複数の希望者を日本に提示 ・希望者の中から日本側で第一次選考し、候補者を決定 ・候補者をメキシコ側で面接選定 ・日本側最終選考、メキシコ側最終決定 2.研修プログラムの概要 1)研修コース名:伝統と革新 2)研修目的 ミックスカルチャーと題し、日本と自国の文化の違いを比 較分析し、双方の特徴や共通点などを通しデザインの本質 を探る。その上でグローバルな視点でコンセプトを立案し、 デザイニングを行う。 3)研修内容 対象領域は、インダストリアルデザインは広義にも捉え られるが、原則として対象をプロダクト製品とする。 進め方は、複数教員で指導にあたり、本学が提示するテー マによる課題 6 割/研修員の希望を取り入れたテーマによ る課題4割程度を設定。 課題毎に複数回のプレゼンテーションを行う。定期ヒアリ ングは原則として一週間に1回とするが、必要や要望に応 じ回数を調整する。 夏期休業期間を利用して短期研修ツアーを複数回計画 し、日頃の近隣地域と合わせてリサーチ等を行う。 4)全体スケジュール 3月上旬来日 :オリエンテーション(大阪/全体) 中旬 :日本語研修(大阪/全体) 5月上旬 :金沢へ移動、開講式(北陸プログラム) 高岡へ移動 5月11日 :研修開始(工業デザインプログラム) 8月 5日 :中間プレゼンテーション       (東京/京都/直島等リサーチ) 11月5日 :最終プレゼンテーション

JICA project - u-toyama.ac.jp · 2015. 10. 20. · JICA project 1.本事業の経緯 1)日墨交流計画とは エチェベリア・メキシコ大統領(当時)による提案に基

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60 富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月

メキシコ研修生の受け入れの記録

富山大学芸術文化学部  松原博・矢口忠憲・内藤裕孝

工業デザインプログラム

JICAproject

1.本事業の経緯1)日墨交流計画とは エチェベリア・メキシコ大統領(当時)による提案に基

づき、日本とメキシコ(墨)の研修生・学生等の交流計画

を通じて両国の友好関係緊密化に文化交流に貢献するもの

として、1971 年に合意されたものである(正式名称:日墨

研修生・学生等交流計画)。以降これまでの研修実績は、

双方合計で3000 名を超えており、現在は毎年双方 50名

ずつの枠で実施中である。

2)研修実施に関するJICAの考え方 本事業は日本側においては、独立行政法人国際協力機

構 (JICA)を実施機関とし、政府開発援助(ODA)の一環

として事業を運営されており、日本とメキシコ間の国際約

束に基づいて企画され、研修員が募集されており、その目

的はODAの考え方に則り、来日するメキシコ人に対する研

修を通じてメキシコ国の経済・社会の発展に寄与するここ

とされている。

 この様な考えから、研修員の選考に関しては専門知識

や技術の有無はもちろんのこと、本事業の意義を充分理解

していることなど人物審査も厳選に行っているとのことであ

る。そのような背景から、美術・デザイン・工学系大学を

卒業後数年の実務経験を持った人達が候補者として推薦さ

れてくるケースが多い。

 北陸 JICA においては、工業デザインコース・コンピュー

タコース・国際保健薬学のプログラムが開設されている。

今回本学が受託した事業は、その中の「工業デザインコー

ス」としての研修員受け入れであり、2006 年に次いで二

度目となる。(これまでの、その他の受け入れ先としては、

金沢美術工芸大学、石川県工業技術センター、富山県総

合デザインセンターなどがある。)

3)受け入れまでのプロセス・日本側から募集要項の提示:受け入れ先(本学)が 

 提供できるプログラム内容とその特徴、研修環境など

・メキシコで第一次選考した複数の希望者を日本に提示

・希望者の中から日本側で第一次選考し、候補者を決定

・候補者をメキシコ側で面接選定

・日本側最終選考、メキシコ側最終決定

2.研修プログラムの概要1)研修コース名:伝統と革新2)研修目的 ミックスカルチャーと題し、日本と自国の文化の違いを比

較分析し、双方の特徴や共通点などを通しデザインの本質

を探る。その上でグローバルな視点でコンセプトを立案し、

デザイニングを行う。

3)研修内容 対象領域は、インダストリアルデザインは広義にも捉え

られるが、原則として対象をプロダクト製品とする。

 進め方は、複数教員で指導にあたり、本学が提示するテー

マによる課題 6割/研修員の希望を取り入れたテーマによ

る課題4割程度を設定。

 課題毎に複数回のプレゼンテーションを行う。定期ヒアリ

ングは原則として一週間に1回とするが、必要や要望に応

じ回数を調整する。

 夏期休業期間を利用して短期研修ツアーを複数回計画

し、日頃の近隣地域と合わせてリサーチ等を行う。

4)全体スケジュール3月上旬来日 :オリエンテーション(大阪/全体)

  中旬 :日本語研修(大阪/全体)

5月上旬 :金沢へ移動、開講式(北陸プログラム)

       高岡へ移動

5月11日 :研修開始(工業デザインプログラム)

8月 5日 :中間プレゼンテーション      

(東京/京都/直島等リサーチ)

11月5日 :最終プレゼンテーション

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Bulletin of the Faculty of Art and Design,University of Toyama,Vol.5,February 2011 61

5)今回受け入れた研修員 ◆ Mr. Guadarrama Favela Marco Antonio

 メキシコの大学を卒業した後、スペインの大学院でイン

ダストリアルデザイン(修士)を取得。その後1年間スペ

インに残り、引き続き修学。

◆ Ms. Isaak Trelles Fallon

 メキシコの大学でインダストリアルデザイン(学士)を取

得後、企業でプロダクトエンジニア・デザイナーとして4

年間勤務。

3.研修環境・支援体制1)施設・設備 研修員に対し、充実した質の高い研修を提供するため、

以下の施設・設備を用意し研修環境を整えた。

・専用研修室(2名共同)

・個人用デスク/軽作業用共有デスク

・ノートPC(IPアドレス貸与)

・アプリケーションソフト

 Microsoft Offi ce /Rhinoceros/Autodesk Inventor

 /Adobe CS 

・小型プリンター

 また、指導教員の指導のもと、各種工作機械を使用し、

プロトタイプの制作を行った。

2)教員体制 前回経験者1名を含む3名体制とし、この3名による連

絡調整会、さらに研修員2名を含む課題検討会を毎週実

施し、研修のスムースな進捗を図った。

3)チューター支援 研修員に対する支援体制として、研修期間中、選任した

5名の学部学生 (うち1名はモンゴルからの留学生で英語

堪能 )によるチューター支援を行った。チューターは、指

導教員の指導のもと、モデル制作や PC操作の補助、日常

の生活面でサポートを行った。また、日本の生活文化や習

慣について紹介する体験プログラムを多数企画し、研修員

との異文化交流を深めた。

 チューターとして活動してくれた学生達は、親身になっ

て様々なサポートを行い、プログラムとして組まれたチュー

ター支援は延べ 89.5 時間にも及んだ。

   

4.体験研修プログラム:学外調査・日本文化体験 研修員2名は、具体的な研修課題(後述)展開に対す

る情報を収集するため、さまざまな場所に赴き、学外調査

を実施した。また、日本文化の理解を深めるため、祭りや

伝統行事、工芸ワークショップ等に参加した。学外調査は

大別して、次の4つの視点から行った。

1)日本の伝統工芸技術の把握と理解 日本の伝統的な技法でもって作られる各種工芸品を素

材、技法、造形の側面から調査し、伝統的な工芸技術と

日本文化との関わりについて理解を深めた。

(主な調査先)

・(株)老子製作所:高岡市/銅器

・井波彫刻:南砺市/欄間・仏像

・桂樹舎:富山市/和紙

・(有)清甫:京都市/京人形

・御弓師 柴田勘十郎:京都市/京弓

2)日本の先端的製造技術の把握と理解 先端的かつ独創的な製造技術を有するメーカーを視察

し、高品質なプロダクト製品の製造工程と生産システムに

ついての理解を深めた。

(主な調査先)

・(株)タカギセイコー:高岡市/プラスチック製品

・三協立山アルミ(株):高岡市/アルミ建材

・三芝硝子(株):高岡市/ガラス加工

3)日本の生活様式・伝統文化についての理解 日本の生活様式・伝統文化について、観察や体験をす

ることで理解を深め、日常の暮らしぶりから日墨の文化比

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62 富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月

較の考察を行った。

(主な調査先)

・京都の文化財

・祭り(京都祇園祭り、高岡御印祭)

・秋葉原電気街、築地市場

・京都国際マンガミュージアム

4)デザイン・アートの潮流を掴む デザインとアートの「今」を感じ、最新のトレンド状況を

掴むため、デザインイベント等の視察を行った。

(主な視察先)

・東京デザイナーズウィーク2010

・瀬戸内国際芸術祭 2010

・GOOD DESIGN EXPO 2010

5.研修課題の概要およびその成果  前項4.を並行体験する中で、そのインプットを活用し、

以下の設定 3課題をおおよそ半年かけて展開した。

(1)日墨文化比較

(2)新たな機器のデザイン

(3)自由課題

これらの課題の相互関係は、日墨文化比較に基づいて

(1)、相互の文化圏に反映できる新たな生活機器のデザ

インの開発(2)、加えて彼らが日ごろから温めている個人

的なテーマによるもの(3)とした。

1)日墨文化比較 当初はそれぞれの国の文化的な局面をいくつかの項目

(伝統、現代、手作り、量産、ファッションといったもの)

で分類しデータベース化するという考えでスタートしたが、

高岡での研修以前の約 2カ月の大阪語学研修時に味わっ

たカルチャーショックを何らかの形で表現したいというもの

に変化していった。

 それは、量的に膨大なものにならざるを得ない階層構造

の分類体系に基づく考え方ではなく、見た、触った、感じ

たという人間の五感、すなわち視覚、聴覚、嗅覚、触覚、

味覚を通して感ずる差としての表現であり、彼らが受けた

印象を素直に表現したものとなった。

(1)視覚

 路面電車やバスに見られる色使い ( 万葉線電車が日本

のステレオタイプであるかは疑問 )、あるいは寺や教会の

装飾の差異など。

(2)聴覚

 祭りに使われる音楽打楽器の違いや地下鉄駅のざわめ

き。その音色は時には陰と陽にひびく。

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Bulletin of the Faculty of Art and Design,University of Toyama,Vol.5,February 2011 63

(3)嗅覚

 田植後の田んぼとひまわり畑、あるいは地下鉄駅のにお

いの違い。前者は湿度を持った青いにおいと乾いたひま

わりを、後者は臭わない地下街 vs 入り混じった複雑な匂

いにその差を感じた。

(4)触覚

 挨拶と食事の箸などの例から、人と人の間に日本には一

定程度の距離と空間があり、メキシコにはよりダイレクトな

関係がある。

(5)味覚

 酒類やお菓子の比較には、日本の淡白さや、微妙な味

わいに対してメキシコはより強く直接的な味の濃さが特徴

となる。

 来日初期には強く感じたこれらの印象は、研修期間中に

徐々に慣れてはきたが、常にその差が気になるものであり、

その印象からくる文化の違いが、課題(2)のテーマへと

つながっていった。

2)新たな機器のデザイン このテーマは前述の日墨文化比較に基づくもので、新し

い生活用具の提案を課題としている。両研修員はいずれも、

二つの国における人間の距離感の違い、あるいはその行

動の差に大きな関心を抱き、それぞれのテーマ展開へとつ

なげていった。

(1)Antonio のアイデア展開から提案まで

 日常的に握手する、ハグしあう外国人に対して、距離を

置いて挨拶をする日本人。そういった日本人とメキシコ人

の対人的な距離感に強い関心を持つ Antonio は、食事な

どの場面でよりコミュニケーションの距離を短くするために

はどうすればよいか、からアイデア展開をスタートした。

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64 富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月

 最終的に選んだ具体案は食事(立食パーティー)におけ

る食事用トレーである。

 通常立食パーティーは皿、グラス、そして箸とを持ち歩

くか、もしくは小さな丸テーブルの周りに集まっての会話と

いったスタイルが一般的である。

 これに対しそれらの煩雑さを解消し、かつ場所を選ばず

会場を動き回りながら使用できるトレーによってよりアクティ

ブなコミュニケーションを生み出そうとするものである。

(2)Fallon のアイデア展開から提案まで

 靴を脱ぐ、床に座る、座布団、カジュアルな場での人

の距離感などをキーワードとし、座布団を直訳した “seat-

cloth-sphere” の考え方からその発展形としての、カジュア

ルでリラックスした場での多様性を持ったシーティング補助

具とした。

 最終提案は、4枚が一連となった4個のクッションセット

が「コの字」型ケースに収納される。これはクッションがバ

ラバラになることを防ぎかつケース自体も椅子にもなるアイ

デアである。

・テーブルディナーのコミュニケーションパターンは、隣どうしや正面が主となる

・立食パーティではより廻遊性のある動きが可能となる

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Bulletin of the Faculty of Art and Design,University of Toyama,Vol.5,February 2011 65

 実際の使用シーンは以下のようなものとなるが、形状の

シンプルさ、グリーンとダークグレイの組み合わせは、メキ

シコではよりカラフルな色と柄遣いに変えることで十分にそ

の環境にマッチしたものとすることができる。

3)自由課題 すでにデザイナーとして社会経験を持つ彼らが日ごろか

ら温めているものをテーマ設定し具体的な開発を行った。

 Antonio はユニット構成で自由なアレンジができるファニ

チャーシステムを、Fallon は、幼児が自分で扱えるおもちゃ

収納の木箱を作成した。

 ファニチャーシステムの構造は、スチール製のフレーム

にロープを巻きつけたデザインで、上下反転することでさ

らに多様な組み合わせが可能となり、色々な休息シーンを

演出できる。

 日本で覚えたキーワード「かわいい」をテーマにしたス

タッキング構造の木製小箱は、子供たちが自らおもちゃを

しまうなどその狙いは完璧であった。

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66 富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月

6.成果全体の評価1)独立行政法人国際協力機構 北陸支部の評価 日墨の文化比較に基づくデザイン開発技術の向上という

点において、日本の伝統技術、最新技術などをただ見せ、

習わせるだけでなく、生活の中に息づくデザインというもの

を常に意識し、深く考えられた研修であったと思います。ま

た高岡という土地が拠点となったことは研修成果に大きな

影響を与えているとも考えています。大都市圏での研修と

比べれば、生活に不便を感じることが多いですが、かえっ

て歴史・伝統のみならず、そこに生きる人、もの、環境、

全てについて深く感じ、メキシコの実情を振り返り、考える

機会を与えていただけた環境であったと研修員の態度・研

修成果から感じられました。

 また、研修前に日本語研修を受けていたとはいえ、言葉

の壁は大きいものです。6ヶ月という長いようで短い研修期

間に周囲とどのように関係構築するかは、時に研修員にとっ

て大きな精神的負担となる事があります。ですが、本研修

コースでの大学の受入体制においては、研修環境の配慮

のみならず、学生を巻き込んだ研修プロジェクト及び生活

の支援をしていただいたことで、主体性をもちながら、充

実した研修生活が送れていたと感じています。(JICA 評価

レポートより)

2)本学における評価 本受託事業は、2006 年に次いで2度目の受け入れとな

るが、実施プログラムのコンセプトは双方同じであり、今

回の成果も前回同様満足できるものであったと自負してい

る。

 前回と比較をすれば、メキシコ側に事前に提示する募集

要項に、コンセプトをはじめとした詳細なプログラム内容を

盛り込んだことにより、募集者がより明確な目的意識を持

ち、的確な研修計画がなされていたと思われる。また、中

間及び最終プレゼンテーションを早い段階から学内にアナ

ウンス(最終に関しては、今回事前からエントランスホー

ルで作品展示も行った)したこともあり、多くの学生や教職

員の方々に参加いただき、多様な意見を頂くことができた。

 一方、研修員の多様な要望に応え、研修の質を高めよ

うとするほど、担当教員の負担が増大してしまうなど、いく

つかの検討課題も残った。

7.今後の課題1)受け入れ体制● 設備、什器:おおむね既存のものあるいは学内のものを

流用することで対応でき大きな課題はない。

● 教員体制:特別プログラムとして固有の展開としたため

言葉の問題を含めて本プロジェクトでの定期、不定期の

拘束時間が非常に多く、特に後半での課題制作の個別

対応も一般の授業以上に負荷が高いものとなった。

● チューター体制:5名の学生でプロジェクト開発のサポー

トを行なった。加えて自由時間、休日などは彼らが潤滑

剤となることで他学生とのコミュニケーションの増大、近

圏の観光案内など十分な成果につながった。

2)プログラム 全プロジェクトを専用のプログラムで実施するのではな

く、一部既存の授業を組み入れることが種々の視点からも

有効と考えられる。(座学系は言語の課題が残る。本学か

らの海外留学生においても同様課題がある)

3)プロジェクト開発、遂行 関連メーカーなどへの訪問は、交通手段、言葉の問題

から研究員単独では困難であり、大半が教員、チューター

が同行せざるを得ない状況で、この面での物理的な負荷

を十分に想定しておく必要がある。

4)住環境(JICA 手配、準備) 当初の駅近辺のアイデアに対し、大学から徒歩圏(自転

車使用)で比較的新しいワンルームアパートとし、結果ア

パート内、および近隣の学生とのコミュニケーションが生ま

れ相乗効果を得ることができた。

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Bulletin of the Faculty of Art and Design,University of Toyama,Vol.5,February 2011 67

5)交流 今回の期間中、他大学からの留学生がラップしなかった

が、その機会があればそれなりの場設定によって、さらな

る国際交流へとつなげたい。

 全体としては人的リソースの課題が大半を占めるが、そ

の負荷を超えて、大学、学生へもたらすものも多く、国際

的な融合教育の観点からも2,3年に一度の頻度で継続実

施が肝要と判断される。

プロジェクトスタッフ指導教員松原 博

矢口 忠憲

内藤 裕孝

チューター古川 光太(造形建築科学コース4年)

坂本 恵理(デザイン工芸コース3年)

鶴見 秀一(デザイン工芸コース3年)

森下 織香(デザイン工芸コース3年)

ルブサンチメド セレンゲ(デザイン工芸コース3年)

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県デザイン経営塾6「『伝統の与件』再構成による新ジャンルへの展開」富山県・富山大学芸術文化学部・高岡伝統産業青年会

Design Managementproject

34 富山大学 芸術文化学部紀要 第7巻 平成25年2月G E I B U N 0 0 7 :

Design Managementproject

開催要旨と概要 本プロジェクト「県デザイン経営塾」は、地場産業がもつ優れた技術や地域文化を基盤に、現代の生活者が共感する魅力と独自性のある「地域活性化戦略の方向性」を探索し、経営者のための「デザインマネジメント」の理解と習得の場を提供することを目的として、富山県と富山大学芸術文化学部が連携し、平成 18 年から開催しています。テーマとしては、新商品開発、観光戦略、ブランド戦略など多岐にわたっています。 第6回目となる平成 23 年度は、これからのモノづくり産業を担う若手(高岡伝統産業青年会)のメンバーを対象として開催し、自身が持っている「売り」(他との違い・勝負できる部分)を発見し(気付き)、それを今までとは異なる市場(異なる切り口)で展開する為の方法を模索することを目標として進めました。

主催 富山県 商工労働部商工企画課 富山大学 芸術文化学部

共催 高岡伝統産業青年会

プロデューサー 秦 正徳 富山大学 芸術文化学部長

実行委員会 (富山大学 芸術文化学部) 実行委員長: 矢口 忠憲   副委員長: 古池 嘉和 長柄 毅一     委員: 清水 克朗 内藤 裕孝 長岡 大樹

プログラムとスケジュール⑴デザインマネジメントセミナー / ワークショップ 平成 23 年 11 月 28 日(19:00 〜 21:00) 場 所: 富山大学芸術文化学部 大会議室⑵デザインマネジメントセミナー / ワークショップ  平成 23 年 12 月 15 日(19:00 〜 21:00) 場 所: 高岡市生涯学習センター 研修室 502

⑶デザインマネジメントセミナー / ワークショップ  平成 23 年 12 月 22 日(19:00 〜 21:00) 場 所: 高岡市生涯学習センター 研修室 502⑷デザインマネジメントセミナー / プレゼンテーション 平成 24 年 1 月 30 日(18:40 〜 21:00) 場 所: 高岡市生涯学習センター 研修室 502          ■フィールドワーク(塾生の仕事場視察) 今回は、まず自分達の「売り」を発見することから始まるが、自身の本質に気づくことは極めて難しい。既成概念に捕われず、従来のステージや製品、手法、技術、対象などを取り払った白紙の状態でこの作業に当たらなければならない。そこで、塾開講前に講師の方々に各塾生の仕事場を視察して頂き、第三者の立場で、アドバイス助言を頂く機会を設けた。

県デザイン経営塾6「『伝統の与件』再構成による新ジャンルへの展開」

富山大学芸術文化学部准教授 矢口 忠憲

富山県・富山大学芸術文化学部・高岡伝統産業青年会

第1回: ㈱道具 / ㈲シマタニ昇龍工房 / ㈲嶋モデリング(平成 23 年 11 月 28 日 14:00 〜 )

第2回: TAPP Craft/ ㈱高田製作所 / ㈱能作(平成 23 年 12 月 22 日 14:00 〜 )

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Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol.7, February 2013 35

■第1回デザイン経営塾

 初回は、越前漆器の産地で木地師としての修行をされていた市橋氏をお招きした。氏は、多く塾生と同じく伝統工芸の産地における2代目として、伝統技術の素晴らしさを如何に現代に活かし伝え行くか、試行錯誤を繰り返しながら新しいブランドを立ち上げ、現在国内外にショップ展開されている。

1部: デザインマネジメントセミナー   『伝統産業から生まれ出た人気ブランド』 木地師としての修行を重ねるほどその奥深さに魅了され、次世代に残さなければならないものと確信するも、このままでは時代にマッチしないだろうとも漠然と感じていた。そこで、今の若い人達の心をくすぐる「部分」に世界にも通じる技術を盛り込み、一度デザインしたものは造り続けて長く売るといった、ロングライフ商品開発を目指した。新しく立ち上げた「Hacoa」ブランドが成功した理由に、新しい流通開拓が挙げられる。最初の商品であった携帯電話のカスタムジャケットも、その当時はまだ一般的ではなかった半信半疑のネット販売であった。社の広告塔にもなっている木製のキーボードも、インターネットで全世界に広まり反響を呼んだ。

2部: ワークショップ『塾生それぞれの立場で自身の売り ( 素材 ) を模索』 塾生各位の現状把握と目的設定に、自社・自身の特徴に加え、他と差別化できる箇所をピックアップした。

■第2回デザイン経営塾

 九州新幹線「つばめ」は、ブルネル賞等を受賞し、世界から注目を浴びている。その特徴の一つは、地場の伝統産業の技術や素材を、車両に取り入れたことにあると言われている。今回は、JR 九州車両設計部の方々をお招きし、その車両開発ストーリーを伺った。

1部: デザインマネジメントセミナー   『JR 九州に学ぶ伝統産業の活用術』 九州には、国内はもとより韓国、中国、台湾などアジア圏から観光やビジネスを目的に多くの方々が来県される。乗客に少しでも「和」を感じていただけるよう、日本の伝統的な素材をインテリアに多用した。例えば、座席のフレームにはプライウッド、座面には西陣織風の生地を採用、テーブルや肘掛け、ロールブラインドは鹿児島産の山桜によるものである。その他、妻壁は楠材の物や金箔を貼ったものや、電話室の久留米絣の暖簾、洗面室の八代産い草の縄暖簾等が挙げられる。JR 九州では、代表される新幹線「幹」だけではなく、他の路線「枝」列車に関しても同様のコンセプトでそれぞれユニークな車両を用意している。また、魅力的な旅の演出には、沿線各地域の活性化が必要不可欠であると様々な仕掛けなども積極的に行っている。

2部: ワークショップ   『自身の特徴を生かせる新ジャンルを設定』

講師

市橋人士 氏

Hitoshi Ichihashi㈲山口工芸Hacoa 事業部代表取締役

講師

大坪孝一 氏

Kouichi Ootubo㈱ JR 九州運輸部車両課 部長

講師

榎 清一 氏

Seiichi Enoki㈱ JR 九州運輸部車両課 主任

伝統技術の継承と  新たなチャレンジ

新幹線車両への伝統素材活用と地域活性化1 2

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36 富山大学 芸術文化学部紀要 第7巻 平成25年2月G E I B U N 0 0 7 :

■第3回デザイン経営塾

 産・学・官連携プロジェクトによる成功事例として、今回は岐阜県多治見市で地域素材の組み合わせによる新たな魅力創りを目指し、立場や業種を超えたコラボを推進している「市高笠プロジェクト」のメンバーをお招きし、その取組みを紹介して頂いた。

1部: デザインマネジメントセミナー   『地域素材の組合せによる魅力創り』 市からの要請により集まった、市役所、美術館、研究機関、酒蔵メーカー、陶芸家等からなる異色のメンバーで、新ブランド開発の企画が始まった。地域素材の特徴を活かし、付加価値の高い商品を生み出すには、本気の異業種交流が必要であるとの共通認識で、徹底した話し合いを重ねて互いに勉強するところから始まり、「美濃陶酔」「緋酒器」「涼酒器」などが生まれた。

2部: ワークショップ   『設定したジャンルで勝負できるコンセプトを立案』

■第4回デザイン経営塾

 地元のオピニオンリーダーとして、活躍しておられる能作氏をお招きし、塾生と同じ地場で且つ同業種である経験談を交えてアドバイスをいただこうと計画した。また、㈱能作と取引しておられる三越バイヤーの遠藤氏にも加わって頂き、ディスカッションと、塾生によるプレゼンテーションを講評して頂いた。

1部: デザインマネジメントセミナー   『伝統産業の可能性を消費者ニーズから探る』 ㈱能作は、もともと問屋さんからの受注メーカーであり、消費者ニーズを知る由もなかった。2001 年にとある展示会に出展する機会があり、その経験から売る人の声(消費者の声ではなく、消費者動向を熟知している販売員の意見)を参考にした自社ブランドの商品開発を始めた。金属製食器の開発をしていた時、課題であった錫の柔らかさを、逆転の発想で、その「曲がる」をコンセプトにして、ヒット商品を生み出した。 三越の J スピリッツという売り場でバイヤーをしている遠藤氏は、職業柄全国の産地に出掛け、様々な商品(素材/技術/人材)を目にする。その経験から、最も重要なのは常に新しい価値を発信しようとする心意気・姿勢にあると言う。例えば、「新素材 × 匠の技」「ブランド × 素材 ×クリエーター」「日本の技術 × デザイン」など、今までとは異なる「分野」や「人」などとのマッチィングである。

講師

今川祐子 氏

Yuko Imakawa市之倉さかづき美術館支配人

講師

山下奈穂 氏

Nao Yamashita多治見市陶磁器意匠研究所講師

講師

山内英之亮 氏

Einosuke Yamauchi多治見市役所産業観光課主任

講師

能作克治 氏

Katsuji Nousaku㈱能作代表取締役 社長

講師

遠藤由香里 氏

Endou Yukari㈱ 三越伊勢丹日本橋リビング営業部

地域素材のコラボによる「産・官・学・民」連携の仕掛け

消費者ニーズは どこに隠されているか3 4

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Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol.7, February 2013 37

2部: プレゼンテーション(各塾生による提案) 過去4回のセミナーを基に、各回のワークショップで進めてきた作業の成果発表を行った。同時に今までのセミナー講師の方々に講評・アドバイスを頂いた。

㈱能作 梅田 泰輔「かっこいい < 楽しい」 もの造りの過程において、格好良さばかりでなく、単純に楽しさを追求してもいいのでは?

「憧れ < 共感」 これからのお客様は、商品に対する憧れというより、そのモノを創っている企業の考え方や姿勢に共感し、購入されるのではないか。 キーワードは、「open」「welcome」「positive」

大寺八郎商店 大寺 康太「ネットワークを活かした

   人と人とのマッチング」 卸・小売り販売をやっている関係で、お店には様々な人達が集まる。作る側の人達(様々な業種)、県内

外のお客様、地元住民を「繋ぐ」ことで、新しい道が開けるように感じる。

㈲嶋モデリング 嶋 光太郎「3D データによる形態化に

    適した新事業拡大」 スキャニングした 3D データを元に、オリジナル製品を造りだせる特徴を活かせる、例えば医療・福祉

分野(義足/ジグ)、スポーツ分野(特殊インソール)などの事業。

「『しまもで』ブランドの新商品開発」・金属を始めとした、プラスティックや木材など、

多種素材を取り扱っているメリットを生かして……・多くの協力会社とネットワークで連携して……・「手技」と「コンピュータ技術」を融合して……

㈲シマタニ昇龍工房 島谷 好徳「一子相伝による伝統技法」 我が工房は、職人の勘のみを頼りに行う伝統的技法「鏧子作り」一筋で現在にいたっている。今後はこの技術を活かして「禅の道具」禅

をおこなうとき、瞑想しやすくする道具としてのおりんや、「音を売る」モノではなく、音そのもの(携帯電話の着信音やアプリ)を商品化し、差別化を図りたい。

ハヤシ製作所 林 康之「フラッシュ構造を活かした

         商品開発」 取り扱っている製品の多くが、本当の木でないことにコンプレックスもあったが、フラッシュ構造でしか

できない、フラッシュ構造ならではの「もの」を創って行きたい。同時に、潜在的な需要を探りながら「人間サービス」として提案して行きたい。

TAPP Craft 丸山 達平「富山湾をデザインする」 徹底したこだわりをもって、様々な提案をしていきたい。まずは、富山湾を知り尽くす為、第一歩として漁師デビューをはたす。

雅覧堂 和田 隆史「縁起物」と「花鳥風月」 高岡銅器・漆器を取り扱う問屋として、新規商品開発を目指す。例えば、縁起物としては「お守り」と、花鳥風月としては「ジュエリーボックス」などである。

高岡伝統産業の 新ジャンルへの展開5

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高岡地域伝統工芸情報発信事業「SONIC号(博多〜大分)における作品展示」

Project of propagating industrial art of Takaoka

48 富山大学 芸術文化学部紀要 第7巻 平成25年2月G E I B U N 0 0 7 :

本プロジェクトの経緯 平成 22 年度、高岡市からの依頼により、北陸新幹線車

両に高岡の伝統素材・工芸品の採用を促すための提案書

を作成した際、先行事例である新幹線「つばめ」を調査す

るため JR 九州を尋ね、車両設計部の方々と、デザイン顧

問の水戸岡悦治氏にヒアリングを行った。

 翌年平成 23 年、本学部と富山県との包括提携による『富

山県デザイン経営塾 6』―「伝統の与件」再構成による

新ジャンルへの展開 ―を、高岡伝統産業青年会のメンバー

を対象に開講した際に、JR 九州車両運輸部の大坪氏と榎

氏を講師として招聘し、第2回目のセミナーとワークショッ

プを行った。この時の来県が、高岡地域の伝統工芸品のク

オリティーの高さを JR 九州に認知してもらう絶好の機会に

なったようである。

 この様な経緯から、今年年明けに、JR 九州より『私ども

の車両(SONIC:博多〜大分〜佐伯)に高岡の伝統工芸

品を展示してみませんか』とのお誘いを受け実現したプロ

ジェクトである。

主催 高岡市 :高岡地域地場センター

     高岡市デザイン・工芸センター

 富山大学芸術文化学部

共催 九州旅客鉄道株式会社 運輸部

プロデューサー 矢口忠憲 :富山大学芸術文化学部

実行委員 東保英則:高岡地域地場産業センター / 専務理事

 海下孝司:高岡地域地場産業センター / 事務局長

 高川昭良 :高岡市デザイン・工芸センター / 所長

 秦志津恵 :高岡地域地場産業センター / 主査

 秋元 宏 :高岡市デザイン・工芸センター / 技師

はじめに 高岡地域地場産業センターでは、工芸品を中心とした

富山県内の地場産品の普及・情報提供事業を行っており、

県内外において、見本市や公共施設等様々な展示機会を

活用し、県内地場産業品の紹介を行っているところである。

今回の情報発信事業は、九州旅客鉄道株式会社のご協力

を得ることにより、富山・高岡の地場産業技術・文化を、

遠方の九州地域で紹介する好機となった。

展示場所・期間 ソニック 883 系は8編成(7両)により、博多〜大分

間を結び、旅行客や沿線住民の皆さまを運んでいる。ギャ

ラリースペースは、1編成あたり奇数車両(2車両又は3

車両)のデッキ部にそれぞれ2カ所(左右が対)ずつある。

今回は、各編成4カ所 × 7編成(整備点検の為に工場入

りしている1編成を除く)の合計 28 作品を展示することに

なった。

 第1期 : 6 月 1 日〜 8 月 31 日(3ヶ月間)

 第2期 : 9 月 1 日〜 11 月 30 日(3ヶ月間)

展示企画 JR 九州から依頼を受けた際、そのユニークな展示形態

の魅力と同時に企画・実施に向けて難しさも感じた。遠方

で且つ公共交通機関における一方通行的な展示であるこ

と、つまり富山・高岡を知らない人達が対象で、特殊な展

示スペースであること、公共機関での展示であることからく

る発信する情報量や内容に制限をうけること、また初めて

Project of propagating industrial art of Takaoka高岡地域伝統工芸情報発信事業「SONIC号(博多〜大分)における作品展示」

富山大学芸術文化学部准教授 矢口 忠憲

高岡市・富山大学芸術文化学部・JR九州

図1 ( 左 ) 特急列車 833 系「ソニック号」/ ( 右 ) デッキ部に設けられたギャラリースペース(両サイド柱の上部が展示ボックス)

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の経験となるであろう動く(常時振動を伴う)展示スペー

スにどのように作品を設置(固定)するかなど次々と課題

がでてきた。まずは、今機会を有効に生かすため、また先

を見据えて、個別作品の展示ではなく、オール富山・高岡

で対応する(情報発信)ことが望ましいと考え、高岡市デ

ザイン・工芸センター、高岡地域地場産センターと連携し、

実行委員会を立ち上げた。そこで企画立案、作品セレクト、

ポスター制作、HP 制作、作品展示の準備(作品台/背景

紙/キャプション/作品の固定)などを行い、5月中旬に

JR 九州と覚書を取り交わし、実施に至った。

展示内容 展示作品は、高岡銅器と中心として高岡漆器、庄川挽物、

井波彫刻、越中和紙などオール富山・高岡地域のものを

対象として選定にあたった。また、それぞれのジャンル毎、

伝統と革新をテーマに選定にあたった。その他の制約とし

ては、狭い展示スペース(270φ×600H)に入る大きさ

で且つ固定方法(釣糸/両面テープなど)に適しているこ

とが上げられた。

 展示環境としては、作品の形状や大きさに応じて高さ( 2

種類 )、色(朱/黒/白の3色)の台を用意、素材を木製

とし、二次加工により展示ボックス及び作品との固定を図っ

た。背景紙は作品を引き立たせるようダーク色とし、それ

ぞれの技法の特徴などを示す、文字情報とイメージカット

を盛り込んだ。平面的な作品や小物は、アクリル板の曲げ

材にディスプレイした。

 個々の展示作品に加え、地場もPRする為、高岡地域の

伝産品を紹介したポスターを制作し、ギャラリースペース

の両展示ボックスの間に掲示した。場所を示す地図と、HP

にアクセスできるQRコードを表示。

おわりに 本プロジェクトにより、新しいネットワークによるユニーク

な情報発信の形態を経験することができた。今後は、反響

なども含めた追跡調査・分析等を行い、新たな発信事業

の展開を図っていきたい。

図4 本プロジェクト専用の HP。上記ポスターに印刷された QRコードから直接、お客様に詳細情報を提供できるように新設。

図2 ( 左 )iPhone カバー(漆・螺鈿)/ ( 右 ) おわらを舞う人形(越中和紙)

図3 富山・高岡地域の伝統産業工芸品紹介ポスター。場所を示す地図に加え、作品の詳細情報提供の為の QR コードも印刷。

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 一昨年度(H24年度)で文部科学省の補助事業 *注)と

しては終了したTREC事業であるが、昨年度は更なる展

開を図るため本事業で得た方法論の技術移転を目的とし

たネットワークづくりを始めた。

 TREC事業の目的は、職人技として継承されているも

のの、産業規模としては縮小の一途を辿っている地域の

伝統的工芸産業を、地域の生活環境・暮らしへ還元させ

ていく循環の構築を目指したものである。その取組みと

して、伝統的技能の伝承方法、人材育成方法の検討、伝

統的技能の知的財産化、現代化への検討を行ってきた。

一昨年度末の最終報告会で総括した通り、本事業期間内

に立ち上げた「高岡地域職人技のブランド化推進協議会」

の事務局を高岡市に移管したことで、事業目的のうち本

学の地域貢献のかなりの部分が達成されたが、今後更な

る活性化を図るためにも、本事業を全国に展開させる(資

源化と具体化が急務となる伝統的工芸・産業を有する他

の地域へ技術移転する)ことが必要であると考えている。

 昨年度は、その展開と連携の手始めとして事業期間内

に接点のあった地域のうち、特徴的な取組みを行ってい

る沖縄を訪問し、本事業内容を踏まえた講演会を開催し、

大学・地場産業・行政関係者との連携を図った。

 *注)産学官連携戦略展開事業(戦略展開プログラム)

(H20-21年度)、大学等産学官連携自立化促進プログラム

(機能強化支援型)(H22-24年度)(代表者:産学連携部

門デザインマネジメント・プロデューサー 前田一樹)

1.「職人技の伝承と発展」講演会 日 時:平成26年3月17日(月)14:00~

 場 所:沖縄県立芸術大学「首里崎山」キャンパス

     デザイン中央棟3F講義室

 ・第1部/TRECの活動報告

 ・第2部/事例報告に基づくフリーディスカッション

 沖縄県立芸術大学における教育・研究・地域振興など

の現状を踏まえ、行政と連携しながら本事業の考え方を

継承した沖縄独自の展開が可能かどうか、他の地域を含

めた連携による相乗効果の可能性などについてディス

カッションを行った。

・プレゼンテーター:富山大学/前田一樹、矢口忠憲

・参加者: 沖縄県立芸術大学/笹原浩造 准教授、学部

学生8名

・関係者:沖縄県工芸振興センター/大城直也、内閣

     府沖縄総合事務局商務通商課/大城弘文

2.伝統的産業に関する調査 日 時:平成26年3月16日(日)

 宮古島市体験工芸村(織物工房)/武富末子(宮古織

物事業協同組合理事) ヒアリング

 日 時:平成26年3月17日(月)

 宮古伝統工芸品研究センター/上原則子(宮古織物事

業協同組合専務理事) ヒアリング

 宮古上布の大きな特徴としては、全て手積みの糸でな

ければならないこと、柄が小さな十字絣で構成されてい

projectTREC

富山大学芸術文化学部/地域連携推進機構産学連携部門 併任 矢口 忠憲

TREC プロジェクトの継承

38 富山大学 芸術文化学部紀要 第9巻 平成27年2月G E I B U N 0 0 9 :

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ること、仕上げとして「砧打ち」という工程(4㎏ほど

の木槌で布面をまんべんなく叩いて繊維をやわらかくす

ると同時に光沢を出す)を施すことなどが挙げられる。

また、その最高の技術を継承するために、下記の様にい

くつかの規定を設けることで品質を守っている。

 【宮古上布】:十字絣(経・緯糸共に手積み芋麻を使

用/染色は藍染/絣は幾締め又は手活りによる十字絣

/14算以上/手織りの平織り)、草木染め(経・緯糸共

に手積み芋麻を使用/染色は藍又は天然染料/絣を入れ

る場合は幾締め又は手活りとする/12算以上/長さは

12m60cm以上/手織りの平織り)

 【宮古織物】:宮古芋麻織(経糸に麻・ラミー、緯糸に

手積み芋麻を使用/染色は科学染料又は天然染料/12

算以上/長さは13m以上/高機による手織りの平織り)、

宮古麻織(経糸に麻・ラミー、緯糸に手積み芋麻を使用

/染色は科学染料又は天然染料/12算以上/長さは13m

以上/高機による手織りの平織り)、宮古織(経糸に綿、

緯糸に麻を使用/染色は科学染料又は天然染料/12算

以上/長さは13m以上/高機による手織りの平織り)

 ここ宮古島でも伝統工芸の技術を守るため、戦争や

業績不振で一時解散していた組合組織を立ち上げ、昭

和42年には更に組織を見直し、改革案を推進し始めた。

一つは、平成12年に新規格(上記規定を満たせば草木

染めや太い芋麻糸を使った帯地なども「宮古上布」に加

える。)を設け、組合において厳密な検査を実施した後、

検査証を添付すること。もう一つは、組合と行政が一体

となって分業化されているそれぞれの工程別の後継者育

成事業を推進することである。特に糸づくりに関して重

点的に若手従業者の育成に力を入れている。

 今後の課題は、若手従業者の定着化と既存従業者生活

の安定のためにも、新商品開発に加え販路拡大を目指す

ことにあると言う。その一例として、先に訪問した体験

工芸村では、今まで捨てられていた背の低い芋麻を、紙

漉きの材料として活用する研究が進められ、いずれは

「ちょま紙」としての商品化を目指している。

3.今後の展開1)昨年度着手し始めた連携地域の沖縄地方においては、

引き続き沖縄県立芸術大学、伝統産業関連組織(県工芸

振興センター/内閣府沖縄総合事務局など)とも連動し、

既存する地場産業の伝統的技術の調査・研究を通して、

その中から現代化の可能性を強く有するものを選択し、

様々な視点による新価値創出を模索する。

2)同時に、更なる連携地域の開拓を押し進める。(TREC

事業に関する講演:活動報告・ディスカッションを通し

て連携先を発掘する。)

 全国に点在する地域特有の伝統技術を、TRECの考え

方に基づいて現代化を模索する実験(ワークショップ)

は、その方法論を全国に展開することはもとより、その

方法論を確立させ、より進化させることができる。合わ

せて、今後継続的に全国展開を押し進めネットワークを

広げることにより、各地域間の応用発展を図るといった

相乗効果も期待できる。

 また、上記の実験(ワークショップ)で得た実際的ノ

ウハウは、教育プログラムにも還元され、より学部横断

的・実践的授業の実施が可能となる。内容的には、様々

な専門分野で共通に必要とされる本質的且つ融合的な部

分を担っており、現在社会が抱えている複雑な問題の解

決や新たな提案を可能にするものであると考える。

39Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 9, February 2015