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139 Japan Marketing Academy JAPAN MARKETING JOURNAL Vol.37 No.1 2017http://www.j-mac.or.jp 教育を通じて企業活動を可視化させる場の提供 ― 日本におけるキッザニアのブランディング ― KCJ GROUP株式会社 取材レポート ─ マーケティング・エクセレンスを求めて 125 東洋大学 社会学部 准教授 薗部 靖史 写真——1 キッザニア東京(空港カウンター) 出所:KCJ GROUP 提供 Ⅰ. はじめに 2003年以降,企業の社会的責任(corporate social responsibility:CSR) 1) が日本に本格的に 導入されるようになった。その一部とみなされ ることが多い社会貢献活動に対する企業からの 関心は,高まってきている。企業の社会貢献活 動(corporate philanthropy)とは,企業が慈 善団体やNPO法人に対して行う直接的な寄付

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教育を通じて企業活動を可視化させる場の提供― 日本におけるキッザニアのブランディング ―

KCJ GROUP株式会社

取材レポート ─ マーケティング・エクセレンスを求めて 125

東洋大学 社会学部 准教授

薗部 靖史

写真 —— 1 キッザニア東京(空港カウンター)

出所:KCJ GROUP提供

Ⅰ. はじめに

 2003年以降,企業の社会的責任(corporate social responsibility:CSR)1)が日本に本格的に

導入されるようになった。その一部とみなされることが多い社会貢献活動に対する企業からの関心は,高まってきている。企業の社会貢献活動(corporate philanthropy)とは,企業が慈善団体やNPO法人に対して行う直接的な寄付

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などによる支援である(南,2010)。本研究では,企業による単なる寄付ではなく,スポンサーとして積極的に社会貢献活動にコミットすることよって,自社の事業領域が可視化されることに注目する。 企業の社会貢献活動の範疇において,無料や営利を追求しない程度の入場料で工場や企業博物館を公開することは,日本でも以前から存在していた 2)。これらには企業の事業領域を伝える側面がある。だが,工場見学や企業博物館が必ずしも大都市圏に立地するとは限らない。かつ,見学者にとって当該企業やブランドへの関与がある程度は高くなければ,足を運ぶ機会が限られる。企業にとって工場見学や企業博物館の新たな形として注目されるのが,キッザニアである。 キッザニア東京が日本で開業したのは2006年で,2017年で11年目を迎える。甲子園でも2008年にオープンして,週末だけでなく,平日は学校などの団体客で賑わう。キッザニアでは約60の企業がスポンサー料(非公開)を支払い,原則的には各社の事業領域に因んだアクティビ

ティを提供する。スポンサーシップは,商業的目的を達成するために商業組織が行う金銭もしくは活動類の提供のことであり(Meenaghan 1983),企業によるスポーツや芸術,教育などに対する出資のことを指す。 スポンサーシップには,企業がターゲット・オーディエンスに自社名と貢献対象を直接結び付けさせられるという特徴がある(薗部 2014)。だが,それに加えてキッザニアの場合は,事業領域をターゲット・オーディエンスに訴求することができる。工場や企業博物館の見学と大きく異なるのは,子どもたちがたんに施設を見たり担当者の話を聞いたりするだけでなく,実際に仕事や消費を体験できる点である 3)。 本稿では,キッザニア東京およびキッザニア甲子園を運営するKCJ GROUP株式会社(以下KCJ)がどのようなねらいでキッザニアを日本に導入し,どのようなマーケティング上の工夫をしているのかを中心に記述していく。以下では,KCJの役員と従業員へのインタビューを通じて知りえた内容,および,文献・資料等の内容を整理しながら説明していく。インタビュ

表 —— 1 インタビュイー 4)およびインタビュー実施日時

日時 インタビュイー2016年9月6日11:00〜12:30

A氏(KCJ GROUP株式会社取締役 兼 キッザニア事業本部)B氏(同企画管理本部 管理部 兼 キッザニア事業本部 スポンサー部)C氏(同キッザニア事業本部 スポンサー部)D氏(同キッザニア事業本部 スポンサー部)

2016年9月14日15:30〜17:00 5)

E氏(同キッザニア事業本部)F氏(同ブランディング部 兼 キッザニア事業本部 スポンサー部)

2016年9月26日14:00〜15:00

F氏(前掲),D氏(前掲)

2016年9月30日13:30〜16:00

E氏(前掲),D氏(前掲)

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イーの所属部署とインタビュー実施日時は表1に示すとおりである 6)。

Ⅱ. キッザニアのシステム

2-1 キッザニアとは何か キッザニアがどのようなものであるのかについて施設とユーザーを中心に説明していく。キッザニアはメキシコのKZM(KidZania de Mexico, S.A. de C.V.;ハビエル・ロペスCEOが創業)が最初に開発した屋内施設である。キッザニアでは子どもたちが職業従事者や消費者になりきることで,楽しみながら働くことの意味や社会の仕組みを理解することができる。 KCJ GROUP(2016)によると,施設内は約3分の2のサイズに縮小された現実社会の街並みがモデルとなっている。施設の総面積はキッ

ザニア東京も甲子園も共に6,000 m2 と野球場の広さくらいであり,徒歩10〜15分程度で1周できる 7)。実在する企業がスポンサーとなった約60のパビリオンが立ち並び,その中で約100種類のアクティビティを体験することができる。対象は3歳から15歳であり,キッザニア東京を例にすると,メインターゲットである小学生の入場料は第1部(9:00〜15:00)の平日が3,950円,休日が4,700円で,第2部(16:00〜21:00)の平日が3,250円,休日が3,550円である 8)。 また,キッザニアには子どもと大人を合わせて東京が年間のべ80万人強,甲子園が70万人強,計160万人が来場する(図)。午前の部と午後の部で完全入れ替え制を取っており,安全上の理由から東京と甲子園それぞれで1日に2,800名程度を受け入れるのが限界だという。キッザニアを小中学校などの教育機関に利用してもら

図 —— キッザニア来場者数の推移(万人)9)

出所:KCJ提供資料をグラフ化

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うために,事前と事後の学習用プログラムを提供するなどの工夫がされている。

2-2 エデュテインメントというコンセプト キッザニアのコンセプトはエデュテインメントである。エデュテインメントとは「学びと娯楽を両立させた本,テレビ番組,コンピュータ・ソフトウエアなどの製品(『オックスフォード現代英英辞典』,筆者翻訳)」のことである。エデュテインメントは従来,例えばドラえもんを使用した英語教材など,教育の中に娯楽要素を取り入れることを指す造語である。 日本のキッザニアはエデュケーションの側面が強い。娯楽施設が少ないメキシコに対して,日本ではディズニーリゾートやユニバーサル・スタジオ・ジャパンをはじめ,人気の高いテーマパークが数多く存在することが背景にある。だが,キッザニアは職業訓練所ではなく,積極性やチームワーク,想像力を培う場所でありたいと考えている。例えば,病院の仕事体験10)では,手術は執刀医だけで実施できない。モニターを確認する人や助手や器具を渡す人などが協力しなければならない。一人ではできない,チームワークでできるのだということを学んでほしいという。 こうした学びの要素である教育上のメッセージと分かちがたく結びついているのが,スポンサーの企業理念である。KCJはスポンサー各社と協力して,エデュテインメントのバランスを取りながら企業理念を取り入れている。例えば,ヤマト運輸がスポンサーになっている宅配センターでは,チームで協力して仕事体験を終えた後,ユニフォームを丁寧に畳むよう指導している。ここには,荷物に込められている顧客のま

ごころも一緒に届ける,仕事道具であるユニフォームを大切に扱うという行動を通じて,相手の立場で考えることや思いやりの心を育むねらいがあるという。

2-3 アクティビティと通貨システム「キッゾ」 キッザニアにおいてパビリオンは施設や店のことであり,アクティビティは体験できる仕事やサービスを指す。パビリオンに入るのも,アクティビティを体験するのも基本的には子どもだけである。大人(16歳以上)は引率者として位置づけられており,およそ9割のパビリオンでは保護者の入場が制限されている。大人の通常料金はキッザニア東京の場合,通年で1,950円と子ども料金よりも低い。 体験できる職業は,医師・看護師,運転士,消防士,ファッションモデルからボイラエンジニアや医薬研究者まで,バラエティに富んでいる 11)。仕事系のアクティビティを体験するとキッゾ(写真2)という施設内で使用できる通貨を獲得することができる。反対に,サービス系のアクティビティはキッゾを支払うことで体験が可能になる。 パビリオンには仕事系のアクティビティだけを扱うものもあれば,サービス系のアクティビティだけを扱うもの,両者を扱うものがある。食品系など成果物が貰える仕事には5キッゾが,それ以外の仕事では8キッゾが渡される。例えば,全日本空輸がスポンサーについている飛行機パビリオンでは,パイロットやキャビンアテンダントの仕事を体験でき,それぞれ8キッゾを獲得することができる。一方,三井不動産がスポンサーについている商店街パビリオンでは,キッゾを支払うことでスケッチブック作り

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やフラワーアレンジメント(各5キッゾ),ハンコ作り(8キッゾ)を体験することができる

(KADOKAWA 2016a)。 仕事系とサービス系のアクティビティが併存するパビリオンの例として,資生堂がスポンサーについているビューティーサロンが挙げられる。ビューティーコンサルタントの仕事では,専用機器で顧客の肌状態をチェックして肌に合ったケア方法を勧めたり,メーキャップなどをしたりすることで8キッゾが獲得できる。反対に顧客側として来店すると,それらのサービスを受けて5キッゾを支払う(KADOKAWA 2016a)。 キッザニア内では,子どもたちが稼いだり使用したりできる独自の通貨としてキッゾを採用している。子どもたちは日常生活で家事手伝いをして小遣いを貰えるものの,働いて給料を受け取るというのは貴重で特別な経験だと感じる。入場すると,子どもたちにはトラベラーズ

チェックとして50キッゾが渡される。これを使用することで,職業体験をする前に消費体験ができる。しかし,多くの日本の子どもたちは,まず貯金して働くことを選択するという。 自分で働いて稼いだキッゾで買い物をすることや,銀行に預けてキャッシュカードでATMからキッゾを引き出すことに加えて,e-Kidzoカードでキッゾをチャージして電子マネーで支払うこともできる。また,銀行に預けると半年ごとに1回,年に10%の金利が付き,証券会社で資産運用の仕事を体験することもできる

(KADOKAWA 2016a)。このように,子どもたちはアクティビティの体験を通じてお金の仕組みや使用方法を学ぶことができるようになっている。ここまでキッザニアの概要を示してきた。次に,KCJが日本でキッザニアをどのように開業に漕ぎつけたのかについて見ていく。

写真 —— 2 キッゾ

出所:KCJ提供

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Ⅲ. KCJの沿革

3-1 キッザニア東京の誕生 1999年にキッザニア・メキシコシティが第1号店としてオープンした。1996年にハビエル・ロペス氏がLa Ciudad de los Niños(子どもの街)の構想を展開するための会社設立し,2006年にブランド名をKidZaniaへ一新した 12)。米国のノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得した後でコンサルタント業を経験しており,母国であるメキシコの発展に寄与できるビジネスを立ち上げたいと考えた 13)。 住谷(2014)によると,ケンタッキー・フライド・チキンやカプリチョーザ,ハードロックカフェなどを日本などで展開してきた株式会社WDIの社長を退職した住谷栄之資氏が,キッザニアの存在を知ったのは 2003 年である。2004年にキッザニア・メキシコシティを訪れ,日本でも成功することを確信したという。一緒に連れて行った2人の孫が,スペイン語を全く理解していないにもかかわらず,見よう見まねで一日中様々な職業体験を続けたからである

(住谷 2014)。同年,住谷氏は株式会社キッズシティジャパン(現KCJ GROUP株式会社)を設立した。2006年にメキシコのモンテレーで第2号店がオープンしたのに続き,同年10月にキッザニア東京がオープンした。海外進出1号店だったこともあり,KCJが比較的容易に現地化できる状況にあったという。

3-2 スポンサー探し 一方で,スポンサー探しは簡単ではなかったという。なぜならば,前例がないものに対して

出資をすることはリスクを伴うものだからである。スポンサー探しのために,2005年から2006年にかけて約300社に訪問したという。開業したのが2006年10月で,遅くとも2006年5月までにはスポンサー企業をほぼすべて決定しておく必要があった。施設づくりに時間がかかるうえに,使用する道具類やアクティビティを開発しなければならなかったからである。各アクティビティの流れやセリフをすべて考えなければならず,それが50近くもあるため,当時の従業員は一人で複数企業のプロジェクトを抱えながら進行させていかなければならなかった。 スポンサーを探すうえで状況が好転する契機になったのが,経済誌に記事が掲載されたことだった。2005年11月に発売された『日経トレンディ』の「ヒット予測ランキング」で,キッザニア東京がインドアプレイルームという形でトップに選出されたのである。KCJはこの雑誌を大量に購入して,スポンサー企業に配布したという。同誌を発行する日経BP社からの評価を得たことで,2006年以降にスポンサーについてもらえる企業が急激に増えたそうだ。 その後はパブリック・リレーションズにも力を入れた。スポンサー予定のあるいは候補となる企業,および,マスメディアを同伴してキッザニア・メキシコシティへのツアーを実施したり,2006年4月に旅客機の機種を搬入する様子を報道してもらったりするなどして,他のメディアでも取り上げられるようになってきた。同年7月には,豊洲に所在する芝浦工業大学を会場にしてプレカンファレンスを実施した。従業員の子どもたちにスポンサー企業のユニフォームを着用してもらって,ファッションショーや司会などをしてもらう演出もした。

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 また,スポンサー企業1社が決まるごとにプレスリリースを出し,業界紙が次々に記事にしていくにつれて,次第に一般紙も関心を示すようになったという。さらには,新聞や雑誌などの印刷メディアから電波メディアへと波及していった。このように,キッザニアはメディアを中心とした広報活動を通じて,エデュテインメントというコンセプトを伝えていった。 その甲斐があって,2006年7月31日時点で39社のスポンサー企業(うち,パビリオンへの出展企業が37社)がつき(日本経済新聞社 2006a),オープン時には45,6社のスポンサー

がつくまでになった。こうして,三井不動産が手掛ける「アーバンドック ららぽーと豊洲」の開業と同じ2006年10月5日に,キッザニア東 京 は 開 業 し た( 日 本 経 済 新 聞 社 2006b;2006c)。新奇性の高いものへの注目度が高い日本では,キッザニア東京がオープンした2006年やキッザニア甲子園がオープンする2008年にも,メディアに取り上げられる機会は多かった 14)。

3-3 絶えざるチャレンジ 前述したようにキッザニアは現地化がしやす

表 —— 2 KCJの取り組み

年 月 内容2004 9 KCJ GROUP株式会社(旧:株式会社キッズシティージャパン)設立

20064 キッザニア東京で「こども企画準備室」(現:こども議会)を設置10 キッザニア東京開業

2007 8 Out of KidZaniaの開始(ニチレイフーズ船橋工場)2008 2 簡単な挨拶や自己紹介を英語で行う「E@K」の本格導入

20093 「キッザニア甲子園」開業10 会員制度「キッザニアクラブ東京」の開始

2010 10 アクティビティの全行程を英語で行う「E@K Activity」の開始

20114

「キャリア教育実践プログラム」の開始スーパーバイザー向け新研修制度の導入

10 「キッザニアクラブ東京」の会員数が約5,500人に11 中学生のための特別プログラム「ジュニアキャンパス・ナイト」開始

20124 「オークビレッジ柏の葉」のオープン8 「Out of KidZania ニチレイフーズ冷凍食品工場 in タイ」の開催

2013 4 「南相馬ソーラー・アグリパーク」に参画

2014 8 新潟県三条市がKCJと連携して,「キッザニアマイスターフェスティバルin三条」を開催

2015 11 中学生向けプログラム「ジュニアチャレンジジャパン」の開始2016 9 母親向けの復職支援相談カウンセリングの開設

出所:朝日新聞社(2014a)および日本経済新聞社(2009),(2010),(2011a),(2011b),(2014),(2015),(2016)を筆者が整理

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い環境にあったため,KCJでは次々に新しい活動を取り入れていった。その中で主要なものを整理したのが表2であり,いくつかを紹介していく。開業半年前の2006年4月にこども企画準備室を設置し,2007年にはキッザニアの施設外での取り組みとして,Out of KidZaniaを開始した。2008年以降は小学校で英語学習が始まるのに合わせてE@K(イングリッシュ・アット・キッザニア)を本格的にスタートさせた 15)。 屋外での取り組みには,地産地消に取り組む食と農の複合施設である「オークビレッジ柏の葉」をオープンさせること(2012年)や南相馬ソーラー・アグリパークでの学習体験プログラムである「グリーン・アカデミー」への協力

(2012年)など,環境問題に関するものがある(朝日新聞社 2014a)。その他にも,新潟県三条市と連携して,地場産業である金属加工を小中学生が体験できるイベントを開催している(日本経済新聞社 2014)。

Ⅳ. KCJのマーケティング・エクセレンス

 前節ではキッザニアの沿革を見てきた。本節ではKCJのマーケティング・エクセレンスが何であるのかについて,まずは,KCJが標準化と現地化のバランスを取りつつ設定したポジショニングについて説明する。次に,リピーターを増やす工夫について捉えていく。

4-1  マスタープランと現地化のバランスを取ったポジショニング

 キッザニアには標準化された部分と日本で現地化が進められた部分が存在する。標準化されているのは,メキシコのキッザニアで作成され

たマスタープランというガイドラインである。ガイドラインで定められているルールの1つに街並みがある。キッザニアの街並みはメキシコがイメージする構造になっている。京都のような碁盤型ではなく,入り組んでいて開けた場所に中央広場がある。広場の周辺には人々が集うための飲食店やシアターがある 16)。 もう1つのルールとして,スポンサーシップ制が採用されている。既存のテーマパークと異なるのは事業領域との関連性が高いことである。さらに,キッザニアでは原則1業種につき1社だけが出展できるシステムになっている。例えば,ミルクハウスに森永乳業が入っている場合,同社がスポンサーを降りない限り,他の乳製品メーカーが出展することはない。 このように,キッザニアはマスタープランによってルールが定められている。しかし,キッザニアの管理体制は現地化しやすいものであった。KCJ設立当時,マスタープランは米国ディズニーやハリウッドの映画会社ほど厳格なレギュレーションが確立していたわけではなく,メキシコに確認を取りつつバリエーションを広げていくことが可能であった。 日本はメキシコ以外で初めてキッザニアが開業された国である。KCJはキッザニアを日本で展開するにあたって,ポジショニングの現地化に細心の注意を払った。日本のテーマパークは,東には東京ディズニーリゾートが,西にはナガシマリゾートとユニバーサル・スタジオ・ジャパンが年間数百万から数千万人の来場者数を誇っている 。これらの巨大な組織と正面から戦うのではなく,ニッチの部分で差別化を極めるいわゆるブルーオーシャン戦略に徹したのである。

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 ファミリー層をターゲットにするのは他のテーマパークと共通するものの,キッザニアではさらに絞り込みをかけて,自分の子どものキャリア形成に関心を持ち,教育投資に積極的な家庭を中心にねらいを定めた。ファンタジーを前面に押し出した娯楽ではなく,そうかといって学習塾のような勉強だけではない,現実社会を通じた学びの場という子どもの職業体験施設はこれまで存在しない画期的なものであった。 KCJは立ち上げ時だけでなく,開業後も運営していく中で様々な新しいアイデアを実践していった。例えば,職業体験をすると受け取れるお仕事カードや,あらかじめパビリオンを予約して書き込んだJOBスケジュールカードを首からぶら下げるシステムは日本発である。だが,キッザニア東京・甲子園で特に現地化が際立つのは,ブランド・コンセプトである。メキシコでは貧富の差が激しいので,街の中にストリートチルドレンがいる。小さな子どもたちが自動車の窓を拭いてチップを受け取ったり,交差点内で新聞やガムの販売をしたりしている。また,水族館や博物館などの公共施設を除き,子どもたちが安全に遊べる場所は少ないそうだ。 これに対して,キッザニアを開業した諸外国と比べて,日本では貧富の格差が大きくない。日本では教育に対する関心が高いうえに,様々なテーマパーク等の娯楽施設が存在する。そのため,キッザニアが掲げている教育と娯楽の融合を意味するエデュテインメントのうち,教育的側面をより強く前面に押し出している。キッザニアのメインユーザーは男女比が4:6で,5歳から9歳(幼稚園年長組から小学校3年生くらい)が全体の5割を占めている。

 また,日本とメキシコではオリジナル・キャラクターの扱いが異なる。日本ではアニメやデジタル機器ゲームにおけるキャラクター,都道府県に広まったゆるキャラなどが氾濫する。そこで,KCJはあえてオリジナル・キャラクターたちの露出を弱めた。その代わりにキッザニアのロゴと共に,子どものユニフォーム姿をアイコンとして前面に押し出した。それにより,パブリシティを通じて,キッザニアが学びの施設であるというメッセージを社会に発信していったのである。 教育的側面を訴求するKCJの姿勢を示すエピソードとして,キッザニア東京開業当初,全日本空輸の機内誌『翼の王国』に掲載した広告がある。同広告では,様々な職業の制服を身に着けた子どもたちの真剣な顔つきがクローズアップされた。笑顔はなく,厳しい表情をしている印象がある。真剣な学びがあるからこそ,面白さがあるということを伝えたかったためだという。これは,実際に体験という形で消費する子どもたちに対してというよりも,購買意思決定をする保護者やCSRとして位置付けたいスポンサーに対する訴求として有効であったと考えられる。

4-2 リピーターを増加させる工夫 KCJの教育性の高いエデュテインメントというポジションを突き詰めていくと,いかに飽きさせずに,何度も足を運んで体験したくなるかという反復購買に繋がってくる。そこで,本項ではリピーターを増加させる仕組みとして,リアリティの追及,子どもへの認証制度,アクティビティの豊富さとリニューアルのしやすさ,こども議会についてそれぞれ説明していく。

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リアリティの追及 日本のキッザニアでは,リピーターの割合がおよそ7割と非常に高い。ここから,来場時に気に入ったユーザーの割合は高いことが考えられる。その理由の一つに挙げられるのが,リアリティの高さである。キッザニアではアクティビティが実際の業務に則っていることを強く意識しているという。例えば,三菱自動車工業が提供する運転免許試験場とレンタカーのパビリオンでは,試験場で免許を取得したり,本物の車種のシャーシーにデザインされたカートを借りて運転したりすることができる。免許証には自分の顔写真が入り,レンタカーを返却する際には,ガソリンスタンドで事前に渡されたクーポンを渡して燃料を満タンにして返すルールとなっている。 また,キッザニア施設内には,現実社会の約3分の2サイズのリアリティ溢れる街並みが広がり,本物と同じ,もしくは限りなく本物に近い制服や道具が揃っている。例えば,飛行機パビリオンの機体も本物である(写真1)。アメリカ合衆国カリフォルニア州にある「飛行機の墓場」として知られるモハーヴェ砂漠から,状態の良い使用済みの機体を船舶輸送して日本で組み立てている17)。 地下鉄のパビリオンではシミュレーターを製作するために,東京地下鉄が新木場から豊洲まで特別に電車を走らせて映像や音声づくりに活用した。それにより,シミュレーターのモニターに映される街並みにも臨場感が溢れる。他にも,キッザニアのスタッフが,出展するメーカーの工場に実際に訪れて研修を受けてから,パビリオンやアクティビティを作る。パビリオンの設備からアクティビティの内容,使用する道具ま

で,スポンサーとキッザニアで話し合いを重ねて作りあげていくのだという。 スポンサーには日本を代表する各業界の大手企業が入っている。これもリアリティを高める要素である。飛行機の客室乗務員やガソリンスタンドのユニフォームなどもスポンサー企業が実際に使用しているものとほぼ同じデザインになっている。実際に,企業のロゴが入ったユニフォームを着ると子どもたちの顔が引き締まる。周囲の子どもたちが真剣な表情になると,ふざけた態度を取る子どもたちは少なくなるという。一方,キャンペーンやロゴに関する規定を細かく作成することで,企業ブランドの露出の高さやスポンサー間のバランスを調整しているという。 また,パビリオンの多くはスポンサー企業の事業領域に関するものである。ただし,公務については民間企業で手掛けていないため,関連のある企業にスポンサーについてもらっている。例えば消防署は,東京ではAIG,甲子園では三井住友海上火災というように,保険業務を扱う企業がスポンサーになっている。東京の警察署と裁判所は,所在地である豊洲の再開発事業を主体的に行う企業として,街を守るという正義感や,街の秩序を守ることの大切さを伝えたいとして,IHIが出展している 18)。

二つの認証制度―お仕事カードとキッザニアクラブ キッザニアにはリピート利用を促す二つの認証制度として,お仕事カードとキッザニアクラブがある。まず,お仕事カードとは職業体験の認定カードのことをいう。パイロットやシェフ,マンガ家などの仕事を体験するごとに,子ども

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たちに渡される。同カードはナショナルストアで販売されているカードホルダーに入れて,収集することができる。 また,キッザニアでは会員制度「キッザニアクラブ」を設けている。クラブ会員になると,体験履歴が付けられる。特定のパビリオンで3回以上アクティビティを体験し,体験に必要とされる知識やスキルを十分に習得したと認定された場合には,当該パビリオンの認定書が交付される。同認定書を提示することにより,スーパーバイザーのアシスタントを務めたり会員用のアクティビティが体験できたりする(KCJ GROUPウェブサイト)。 キッザニアクラブの会員は東京が8,000人,甲子園が5,000人いる。入会金が5,000円,年会費が5,000円で来場回数に応じた割引クーポンが発行される。ハードなリピーターが会員になることは多く,10回以上利用しているヘビーユーザーが15%程度いる。本格的な体験にチャレンジしたクラブ会員の子どもたちをジュニア・マイスターとして認定する特別プログラムもあり,終了時には体験者にスポンサー企業とキッザニア連名の認定証を渡すなどの特典を付けている。

アクティビティの豊富さとリニューアルのしやすさ キッザニアでは,営業時間が第1部は9時から15時,第2部は16時から21時なので,滞在できるのが5,6時間である。それぞれのアクティビティの体験時間は短いもので約15分,長いもので約50分かかり,待ち時間を含めると1度の来場で体験できるアクティビティは5,6種類である。全体で約100種類あるアクティビティ

を体験するには単純計算で20回程度来場する必要がある。そのためリピーターは多い。 遊園地のジェットコースターのようなハードコンテンツとは異なり,アクティビティはソフトコンテンツであるため,リニューアルがしやすい。例えば,食品開発者のアクティビティであればメニューを刷新したり,ラジオDJであれば音楽やニュースなど番組内容にバラエティを持たせたりすることで,新しい体験をしてもらうことが可能である。様々なパビリオンでスポンサーと話し合いを続けながら,アクティビティを恒常的にリニューアルしたり,季節ごとに成果物を変えるなどのマイナーチェンジをしたりするなどしている。これにより,ユーザーにとって来場するごとに新しい部分がある状態を保っている。

こども議会―ユーザーの声を取り入れる また,リニューアルや新しい企画を立ち上げる際にユーザーの声を取り入れている。キッザニアでは「こども議会」というシステムを採用している。2年の任期で小学2年生から5年生までの子どもを対象に議員として活動してくれるユーザーを20名募集している。こども議会の募集はホームページ上で行われ,書類やレポートを提出してもらって選考される。こども議会は新しいパビリオンやアクティビティを開発する際に,ユーザーである子どもの目線から離れないようにするために重要なシステムである。「簡単すぎないかな,もっとこうしたらみんなが楽しめるよ」,「自分達よりも小さいこどもだったらどうだろう」(KCJ GROUPウェブサイト)などの意見やアイデアが活発に出されるという。

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 また,こども議会では施設内にあるナショナルストアの商品開発も手掛ける。ここで販売されているポップコーンのおまけで入っているお仕事カードのアイデアは,こども議会から出されたものである。仕事を体験すると消防士や警察官などのお仕事カードが子どもに渡される。キッザニアにはないピアニストなどのレアカードをおまけにするというアイデアなどによって,実際にポップコーンは人気商品になったという。 本節では,キッザニアのポジショニングと子どもたちがリピーターとなるマーケティング・エクセレンスの要素を分類していった。だが,KCJにとっての顧客は子どもたち以外にもいる。それは保護者と小中学校等の教育機関,および,スポンサー企業である。子どもたちがキッザニアのサービスを受けることによって,彼らがどのようなベネフィットを得るのかについて次節で検討していく。

Ⅴ. 保護者・学校とスポンサー企業の ベネフィット

5-1 子どもの教育効果 日本では我が子への教育に対する保護者の関心は高い。前述したとおり,KCJは子どもたちが楽しみながら学ぶという,エデュケーション寄りのエデュテインメントのポジショニングを取っている。それにより,学習塾や稽古事などの習い事の代わりにキッザニアに通わせている保護者もいるという。キッザニアでは顔見知りでない子どもたちとチームを組んでアクティビティに挑戦したり,仕事の体験をすることによって行儀作法を身に付けたりすることができ

る。これは,他の習い事には見られない特徴である。 以下では,保護者や学校におけるベネフィットとして,キッザニアによる子どもへの教育効果について見ていく。チームでの体験やアクティビティを通じた気づきは子どもに対する教育効果として有効だと考えられる。そのため,教育現場である学校による採用が増加している。KCJでは,学校への働きかけのために産学連携での効果測定も実施している。

チームでの体験 キッザニアでは子どもたちがチームを組んでアクティビティに取り組む。それによって社交性や協調性が育まれていく。例えば,ガードマンのアクティビティでは街の中を整備しながら貴重品を輸送・回収する。チームを組む相手は知っている子ども同士である場合もあれば,年齢や出身地,性別の異なる子どもたちが一つのプロジェクトを遂行するというケースもある。特に後者の体験は他のテーマパークや日常生活においてあまりない。3歳と11歳で組ませることもあり,年長者が年少者を助ける行動をとるという。子どもたちはチームでプロジェクトを遂行するため,みんなで協力する雰囲気が生まれて,自然と異年齢交流が図られるという。

アクティビティを通じた気づき デパートのパビリオンでは接客の際のお辞儀の練習をする。家庭での躾とは異なり,キッザニアではお辞儀がきちんとできなければ,報酬が得られない。それを子どもたちも感じるため,はきはきと挨拶したりお礼を言ったりときちんとした所作で振舞うようになる。こうして,コ

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ミュニケーションやホスピタリティーといったビジネスマナーの知識の基となる行儀作法を自然に学ぶことが可能である。 ただし,キッザニアでは子どもが自ら気づきを得ることを重視しているため,できるだけ先回りして伝えないようにしている。例えば,スタッフは子どもたちに道を尋ねられても,入口で全員に配布している地図を開かせて現在地と目的地を指して,自分で探すように促す。同伴する保護者にもできるだけ子どもたちの手伝いをさせないようにしている。なぜなら,KCJは子どもに正解を教えることよりも,子どもたちが自分で考える力を身に付けることが大切だと考えているからである。 子どもたちのアクティビティをサポートする存在として,キッザニアではスタッフをスーパーバイザーと呼んでいる。アクティビティで子どもたちが様々なことを尋ねてきても,簡単に答えを教えずになるべく自分で考えて行動させるよう,スーパーバイザーを指導している。また,スーパーバイザーは,段階的に大学の児童教育の専門家からの指導や,歌や踊りなどの表現面で高度な研修を受けている。 スーパーバイザーは子どもを指導する教師とは異なり,あくまでも子どもたちがアクティビティを体験する際のガイド役に徹している。親子,学校での教師と児童,クラスメートのように慣れ親しんだ間柄でない分,かえってキッザニア内での仕事に集中できるという。職場で大人同士が接する場合と同じように,子どもたちに「さん」を付けて敬語で話す。こうすることによって,子どもたちはふざけることなく真剣に仕事に向き合えるのである。

学校現場での活用 これらの教育効果は保護者に留まらず,小中学校等の教育機関からの理解も得られている。キッザニアでの体験は,従来から学校行事として存在する社会科見学に類似している。だが,最大の相違点は,既存の社会科見学は1つの施設で1つの体験しかできないのに対して,キッザニアでは1日で複数の体験ができることである。しかも,キッザニアでは事前と事後の学習プログラムが用意されているために,学校でも教育的な活用がしやすい。 プログラムには,就業について考えてみるという事前学習の進め方などが記されている。仕事についてどのようなことを連想するのかについて,子どもたちに9つの空欄に言葉を書かせる。事前学習時には「残業」や「辛い」,「疲れる」などの否定的な言葉が並ぶことや,枠が埋まらないケースも多い。しかし,キッザニアの体験後には,「チームワーク」や「楽しい」など肯定的な言葉に変わり,9つの空欄では収まらないほどになるという。

教育効果の検証 CSRの一環としてスポンサーになる企業にとって,子どもたちに教育効果が得られることは利用に踏み切る大きな要因となる。そのため,KCJは2012年以降,学術機関との連携に注力し始めた。例えば,立教大学(現代心理学部教授小口孝司氏)との共同研究(朝日新聞社 2014b;KCJ GROUP 2014) で は 2012 年 か ら2013年に調査を実施し,キッザニアの利用回数が仕事への意識や積極性に正の影響を及ぼすことが明らかにされた。 また,同研究では高校生と大学生に実施した

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調査では,キッザニア経験者のほうが非経験者よりも,職業についての親子間コミュニケーション,勉強,積極性,金銭感覚の項目で意識が高いという結果が得られている。加えて,2014年の東京大学(教育学部教授牧野篤氏)との共同研究では,子どもの自己肯定感や親子関係の強化に正の影響を及ぼしていること(朝日 新 聞 社 2015;KCJ GROUP 2016;関 口 2016)が明らかにされている 19)。KCJではこうした研究成果をCSR効果と位置付けて,スポンサー企業に提示している。

5-2 企業活動の可視化 キッザニアのスポンサーにつくことで,企業が製品の売り上げ増加などの短期的なプロモーション効果を得ることは難しい。その理由として挙げられるのは,企業が自社の事業領域における取り組みを伝える対象である子どもが就労するまでに時間がかかることや,キッザニアの施設内でプロモーション活動が禁じられていることなどである。その反面,長期的な効果は期待できる。 企業がスポンサーシップをする目的には,企業ブランドや製品ブランドの認知度を高めることや,ブランドイメージ連想に対する顧客の知覚を作り出すことなどが含まれる(Kotler and Keller 2006)。だが,たとえブランド認知度を高めることができたとしても,それが態度を高めなければ,消費には繋がらない。そこで重要になってくるのが,スポンサー企業と支援先の適合性(congruence / fit)である。例えば,Rifon, Choi, Trimble and Li(2004)が行った実験では,両者が適合していると,スポンサー企業の信頼が高まったりスポンサーへの態度を高めたりす

るという仮説が支持されている。 キッザニアでは,このようなスポンサー企業と支援先の適合性が高いと考えられる。なぜならば,各パビリオンのアクティビティがリアリティを追求した実際のものと限りなく近いものであるからだ。使用する道具や制服も,スポンサー企業が実際に使用しているのと同じものや限りなく類似したデザインである。さらに,企業理念や社風,姿勢などでも適合性は高いと言えよう。 企業が自社の活動を伝える場としても,発信力が期待される。企業が個別に工場見学などの施設提供や出張授業を実施するとなると,自社での従業員に関する人件費や作業負担が必要になる。キッザニアに委託することで,これらのコストを抑えることができる。また,企業単体での活動と並行してキッザニアのスポンサーにつく場合には,顧客層を拡大させることが可能だと考えられる。なぜならば,自発的に企業施設を訪問する場合とは異なり,別のパビリオン目当てでキッザニアを訪れた際に,たまたま自社のパビリオンに立ち寄ってくれるケースが想定されるからだ。もともと当該企業への関与の低かった人たちがアクティビティを経験したことをきっかけにして,新たに自社のファンになる可能性があると考えられる。 現に,定性的ではあるものの,企業評価に肯定的な影響があることを裏付けるデータがあるという。例えば,普段の生活でもスポンサー企業のブランドロゴ等に反応して,他社のものには反応しないという回答が多数得られている。たしかに,これらのデータは子どもたちのエピソードや保護者の声という定性的なものであり,費用対効果という形で数値化することが難

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しい。だが,企業の中には担当者が実際にキッザニアを視察して,他のテーマパークでは見られない子どもの真剣な表情を目の当たりにすると,まずはやってみようと決断するケースもあったという。 以上では,子どもを教育する立場にある親・学校とスポンサー企業に分けて,それぞれのベネフィットについて検討した。子どもが普段味わえない非日常として職業体験をすることは,親や学校が望む子どもの成長に繋がる。一方で,企業にとってキッザニアは企業活動を可視化し,消費者との好ましい接点を拡張させるツールとして有効であることを示した。 通常のアクティビティでは,企業がプロモーション活動を実施することはできない。だが,各企業に与えられる年に1度スポンサーデーだけは例外であり,この日は1社で貸し切って自由に利用することが可能である。スポンサーデーの利用方法は各スポンサーに委ねられるが,目的に応じて,大きくは以下の3つに分けられる。それは抽選で顧客を招待してプロモーションすること,社員やその家族を招待して福利厚生のレクリエーションを行うこと,障がい者などを招待して社会貢献活動をすることである。 第1に,キャンペーンに活用する方法である。例えば日用品メーカーあれば,スーパーなどの小売業者とタイアップして,自社商品の購入金額が一定以上に達した顧客に対してチケットをプレゼントしたり,スポンサーデーに招待したりする。その他にも,株主優待でプレゼントするなど,顧客以外のステークホルダーに提供する場合もある。その延長線上に,第2の社員の福利厚生での活用が挙げられる。社員の家族が

自社の活動に触れることで自分の親の仕事を知ることとなり,尊敬されることによって,自社で仕事をすることに誇りを持てたり,会社との一体感を醸成したりすることができる。 第3に,社会貢献活動として活用することもある。アメリカンホーム保険では,2016年9月にキッザニア東京のスポンサーデーイベントである「アメリカンホーム・ダイレクト キッザニアナイト!」に,小児がんの子どもたちと家族639人を招待した(アメリカンホーム保険ウェブサイト)20)。こうすることで,同社が病気と闘う子どもたちや家族,および,NPO法人や医療関係者などのステークホルダーとの関係が構築され,信頼を形成することが期待される。

Ⅵ. おわりに

 本稿では,メキシコで生まれたキッザニアがどのようにして日本で成功を収めたのかについて,KCJの沿革や教育色を強めたエデュテインメントというポジショニング,リピーターを増やすための工夫などを整理した。さらに,子どもだけでなく,保護者や学校関係者および企業にとってのベネフィットも示した。最後に,KCJの課題と取り組みについて触れておく。 まず,キッザニアには施設のキャパシティに制限がある。学校や団体からの受け入れを増やす余地はあるにせよ,東京と甲子園の2か所に限られており,立地的な制約となっている。修学旅行での利用時期が集中してしまうため,すぐに満員になってしまう。しかし,他の都市で新たにキッザニアを開業するとすれば,設備投資や人件費などのランニングコストがかかるうえにスポンサー探しも容易ではない。

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 そこで,KCJでは施設から飛び出して職業体験ができる,Out of KidZaniaというプログラムを実施している。最初に手掛けたのが,2007年8月の『ニチレイフーズ船橋工場体験』である。2012年に8月には初の海外プログラムがタイのスラポンで実施され,参加した子どもたちがスラポンニチレイ食品で工場見学や仕事体験などをした(朝日新聞社 2012)。 また,2015年11月以降に,鳥羽,鈴鹿,紀州の各地域で「三重ジョブキッズキャラバン」を実施した。これは警察や消防(街の仕事),テレビ局や新聞社(メディアの仕事),ミキモト真珠島での真珠加工職人体験などの三重県ならではの仕事(三重ジョブ)という3カテゴリーを体験できるものである。仕事を体験した後で子どもたちには,地域内指定場所で買い物やサービス体験ができる専用通貨ミーツが渡される(朝日新聞社 2016)。 次に,スーパーバイザーの教育の問題がある。スーパーバイザーには子どもの対応に長けている素養が必要である。命令的な態度ではなく,子どもの気持ちを汲み取れる人を採用し,教育する必要がある。例えば,あるスーパーバイザーが同じ時間帯の前半に警察署のパビリオンで警察官のユニフォームを着てアクティビティを担当し,後半には宅配センターのセールスドライバーの担当に回ったときに,子どもの一人がそれに気が付いたという。 「さっき警察署にいたのに,なぜ今は宅急センターにいるのか」と尋ねた子どもに対して,そのスーパーバイザーは他の子どもたちには聞こえないように,「今は潜入捜査中なんだよ」と言ったという。これは訓練だけでできることではなく,キッザニアのコンセプトがスーパー

バイザーたちに浸透していることに加えて,スーパーバイザーを担うスタッフの素質ややる気に依拠するものである。 このように,KCJは課題に対応するとともに新たな取り組みを行い続けている。最後になるが,KCJはキッザニア場内のイメージの統一を図りつつ,スポンサー企業と消費者の接点づくりに寄与している。KCJはスポンサー企業と一緒にエデュテインメント性の高いアクティビティを作り上げることで,ユーザーへの訴求力を高めている。それにより,キッザニアは教育への意識の高い優良顧客を抱え込み,スポンサー企業にとって魅力の高い場となっている。すなわち,キッザニアは子どもたちへの教育を通じて企業の事業領域を可視化させ,子どもや保護者などの消費者に企業ブランドおよび製品ブランドについて伝えるメディアとして機能しているのである。

謝辞 本稿の執筆にあたって,KCJ GROUP 株式会社の関係各位には,多大なるご協力を頂いた。この場を借りて,心より感謝申し上げたい。

注1) 企業の社会的責任は,企業活動のプロセスに社会的

公正性や倫理性,環境や人権への配慮を組み込み,ステークホルダーに対してアカウンタビリティを果たしていくことと定義される(谷本 2004)。

2) 企業博物館は日本において 1970 年代から 80 年代にかけて多数設立された(粟津 2013)。

3) 本稿では一般名詞の場合には「子ども」と表記し,KCJ GROUP が使用する用語については同社の表記に則って「こども」と表記する。

4) 所属はすべて当時のもの。5) 講演「『キッザニアに学ぶ“ブルーオーシャン戦略”』

〜競合との狭間で新しいマーケットを生み出す」。

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6) 本稿は取材に基づき記述されたものであるが,内容に関する一切の責任は筆者にある。

7) 前掲の講演より。8) 2017 年 4 月 1 日からの料金(KCJ GROUP ウェブサ

イトを参照)。9) 2006 年度については 10 月 5 日から 2007 年 3 月末ま

での約 6 か月間のものであり,キッザニア甲子園は2009 年 3 月 27 日に開業した。

10) 東京ではジョンソン・エンド・ジョンソンが,甲子園では日本生命保険がスポンサーになっている。

11) ボイラエンジニアと医薬研究者はキッザニア甲子園のみ(2017 年 5 月 8 日時点)。

12) KCJ 広報グループからメールで得た回答(2017 年 3月 9 日)より。

13) ロペス氏は同大学院でフィリップ・コトラー氏に師事している。

14) その後,キッザニアはインドネシア(ジャカルタ,2007 年),ポルトガル(リスボン,2009 年),アラブ首長国連邦(ドバイ,2010 年)をはじめ,世界19 か国 24 か所(2016 年)に展開していった。

15) 2014 年から English Wednesday! を開始して以来,来場する海外旅行や在日外国人や英会話や塾の団体が訪れる機会も増えた。2016 年の 11 月(甲子園)と同年 12 月(東京)には場内すべてで英語を使用する Let’s Talk in English!! というイベントも実施している。

16) 筆者は 2016 年 9 月 26 日にキッザニア東京,同年 11月 4 日にキッザニア・バンコク,2017 年 2 月 2 日にキッザニア甲子園を訪問しており,街並が非常に類似している印象を受けた。

17) 前掲の講演より。18) その他にも,ヤマト運輸の手掛ける宅配センターや

集英社による出版社など,日本発のパビリオンも存在する。

19) その他には,キッザニアのスタッフとしての体験が,社会人基礎力やコミュニケーションスキルが培われること(関西学院大学人間福祉学部教授甲斐知彦氏と共同,2013 年に発表)や,お金に関する意識や考え方が肯定的になること(東京学芸大学人文社会科学系社会科学講座経済学分野環境教育研究センター教授松川誠一氏監修,2015 年に発表)などの研究が行われている。

20) 同活動は,2016 年 10 月から新たにスポンサーになる AIG に引き継がれ,同社スタッフも参加した(AIGジャパン・ホールディングス 2016)。

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アメリカンホーム保険 https://www.americanhome.co.jp/KCJ GROUP http://www.kidzania.jp/

薗部 靖史(そのべ やすし)早稲田大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科市

場・金融専攻修士課程および博士後期課程修了。博士

(商学)。高千穂大学商学部助教,准教授を経て,2015

年より東洋大学社会学部准教授。専門はマーケティン

グ・コミュニケーション(広告,パブリック・リレー

ションズ)。

主要業績

「メディア編集者の取材活動の定量分析―ニュース・

バリュー知覚と情報源重視度や広報努力重視度の関

係」『広報研究』(2016 年,共著),「日本のソーシャル・

コンシューマーに関する一考察―寄付つき商品の意思

決定プロセスの解明―」『流通研究』(2015 年,共著)

『広報・PR 論―パブリック・リレーションズの理

論と実際』(有斐閣,2014 年,共著),“Green Consumption

and the Theory of Planned Behavior in the Context

of Post-Megaquake Behaviors in Japan,” Advances in

Consumer Research(2014 年,共著)ほか。