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表面技術 — 16 — 494 1 .はじめに 1950 年代後半,米国テキサス・インスツルメンツ社のキ ルビーやフェアチャイルド社のノイスによる半導体集積回路 の発明により,電卓を皮切りに,テレビゲーム,パーソナル コンピューター,スマートフォンと電子機器は急速な発展を 遂げてきた。これらの電子機器は情報そのものを処理,蓄積 するだけでなく,集積された情報と人間とを繋ぐインター フェースとなり,情報処理速度と伝達速度を速め,生産性を 飛躍的に向上させることにより我々の生活をより豊かなもの としている。身近な電子機器の中でも,スマートフォンやタ ブレットに代表される小型電子機器は携帯性が重視されるた め,電子部品の小型化,高性能化が求められている。電子部 品は半導体素子などの能動部品とコンデンサなどの受動部品 に大別されるが,いずれも機能を発現する素子部分と素子を 保護するための電子回路基板を主体としたパッケージ部分で 構成されている。なお,電子回路基板には回路設計に基づい て,各部品への電源供給や部品間の信号送受信のため,導体 パターンを絶縁材料上や内部にプリントによって形成された プリント配線板と,そのプリント配線板上に搭載され,電気 的相互接続が可能なモジュール基板とに大別される。表1 電子回路基板の主な種類を示す 1) ,2) ,3) 2 .モジュール基板の現状 電子機器の高速化や省電力化等のさらなる高性能化に対応 するため,半導体パッケージの高密度化が求められている。 その要求を達成するにはモジュール基板の微細配線化が必要 不可欠であり,中でも CPU/GPU やメモリ等に用いられる FC-BGA 基板や FC-CSP 基板における微細配線形成技術には 様々な工夫が必要である。従来のサブトラクティブ法では, エッチングにより非回路部分を除去するため,回路の断面形 状が台形化しやすく配線の微細化が困難であった。これに対 して Modified Semi-Additive Process (以下,MSAP)は絶縁材 料上のシード層に極薄銅箔を使用して,レジストパターン形 成後に電解銅めっきにより配線形成を行うことから配線の微 細化が可能となる(図1)。当社では MSAP の各プロセスおよ びその前後工程を最適化した表面処理トータルプロセスに向 けた開発に取り組み,微細化への貢献を目指している。本稿 では,各工程における様々な課題とそれらに対する提案につ いて述べる。 3.MSAP について MSAP とは,電子回路基板の回路形成方法の一つである。 電子回路基板の回路形成方法は,サブトラクティブ法と Semi-Additive Process (以下,SAP)が一般的であり,サブト ラクティブ法は基板全体の銅箔などの導体をエッチングで非 回路部のみ除去し回路を形成する方法であり,硫酸銅めっき MSAP における表面処理技術 佐 波 正 浩 a a JCU 総合研究所(〒215︲0033 神奈川県川崎市麻生区栗木2︲4︲3) Surface Finishing Chemicals Technology for Modified Semi-Additive Process Masahiro SAWA a a Research & Development Headquarters Center, JCU Corporation(2-4-3 Kurigi, Asao-ku, Kawasaki-shi, Kanagawa 215-0033) 〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰 Keywords : MSAP, SAP, FOWLP, Package Substrate, Fine Pattern 〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰小特集:プリント配線板の表面処理 配線形成前 配線形成後 サブトラクティブ法 MSAP 図1 配線形状の模式図 区分 1 区分 2 区分 3 プリント配線板 リジッドプリント配線板 片面プリント配線板 両面プリント配線板 多層プリント配線板 ビルドアップ多層配線板 フレキシブルプリント配線板 片面フレキシブル配線板 両面フレキシブル配線板 多層フレキシブル配線板 モジュール基板 リジッドモジュール基板 BGACSP 基板 フレキシブルモジュール基板 TABCOF 基板 表1 電子回路基板の種類

MSAP における表面処理技術 - JST

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Page 1: MSAP における表面処理技術 - JST

表面技術

— 16 —

494

1 .はじめに

 1950 年代後半,米国テキサス・インスツルメンツ社のキルビーやフェアチャイルド社のノイスによる半導体集積回路の発明により,電卓を皮切りに,テレビゲーム,パーソナルコンピューター,スマートフォンと電子機器は急速な発展を遂げてきた。これらの電子機器は情報そのものを処理,蓄積するだけでなく,集積された情報と人間とを繋ぐインターフェースとなり,情報処理速度と伝達速度を速め,生産性を飛躍的に向上させることにより我々の生活をより豊かなものとしている。身近な電子機器の中でも,スマートフォンやタブレットに代表される小型電子機器は携帯性が重視されるため,電子部品の小型化,高性能化が求められている。電子部品は半導体素子などの能動部品とコンデンサなどの受動部品に大別されるが,いずれも機能を発現する素子部分と素子を保護するための電子回路基板を主体としたパッケージ部分で構成されている。なお,電子回路基板には回路設計に基づいて,各部品への電源供給や部品間の信号送受信のため,導体パターンを絶縁材料上や内部にプリントによって形成されたプリント配線板と,そのプリント配線板上に搭載され,電気的相互接続が可能なモジュール基板とに大別される。表 1に電子回路基板の主な種類を示す 1),2),3)。

2 .モジュール基板の現状

 電子機器の高速化や省電力化等のさらなる高性能化に対応するため,半導体パッケージの高密度化が求められている。その要求を達成するにはモジュール基板の微細配線化が必要不可欠であり,中でも CPU/GPUやメモリ等に用いられるFC-BGA基板や FC-CSP基板における微細配線形成技術には様々な工夫が必要である。従来のサブトラクティブ法では,エッチングにより非回路部分を除去するため,回路の断面形状が台形化しやすく配線の微細化が困難であった。これに対してModified Semi-Additive Process(以下,MSAP)は絶縁材料上のシード層に極薄銅箔を使用して,レジストパターン形成後に電解銅めっきにより配線形成を行うことから配線の微細化が可能となる(図 1)。当社ではMSAPの各プロセスおよびその前後工程を最適化した表面処理トータルプロセスに向けた開発に取り組み,微細化への貢献を目指している。本稿では,各工程における様々な課題とそれらに対する提案について述べる。

3 .MSAPについて

 MSAPとは,電子回路基板の回路形成方法の一つである。電子回路基板の回路形成方法は,サブトラクティブ法とSemi-Additive Process(以下,SAP)が一般的であり,サブトラクティブ法は基板全体の銅箔などの導体をエッチングで非回路部のみ除去し回路を形成する方法であり,硫酸銅めっき

MSAPにおける表面処理技術佐 波 正 浩 a

a ㈱ JCU 総合研究所(〒 215︲0033 神奈川県川崎市麻生区栗木 2︲4︲3)

Surface Finishing Chemicals Technology for Modified Semi-Additive Process

Masahiro SAWA a

a Research & Development Headquarters Center, JCU Corporation(2-4-3 Kurigi, Asao-ku, Kawasaki-shi, Kanagawa 215-0033)〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰

Keywords : MSAP, SAP, FOWLP, Package Substrate, Fine Pattern

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配線形成前

配線形成後

サブトラクティブ法 MSAP

図 1 配線形状の模式図

区分 1 区分 2 区分 3

プリント配線板

リジッドプリント配線板

片面プリント配線板

両面プリント配線板

多層プリント配線板

ビルドアップ多層配線板

フレキシブルプリント配線板

片面フレキシブル配線板

両面フレキシブル配線板

多層フレキシブル配線板

モジュール基板リジッドモジュール基板 BGA,CSP基板

フレキシブルモジュール基板 TAB,COF基板

表 1 電子回路基板の種類

Page 2: MSAP における表面処理技術 - JST

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Vol. 68, №9, 2017 MSAPにおける表面処理技術 495

後に回路部にドライフィルムパターンを形成し,ドライフィルムをエッチングレジストとするテンティング法と,非回路部にドライフィルムパターンを形成し,スズめっきなどをエッチングレジストとするパターンめっき法(メタルレジスト法)がある。SAPは絶縁材料上に無電解銅めっきを施してシード層を形成し,非回路部にドライフィルムパターンを形成させて,シード層の露出した部分のみを電解銅めっきで配線形成する方法である。一方,MSAPは SAPと同様な工法であるが,シード層に極薄銅箔を使用するため,比較的容易に信頼性の高い微細配線を形成することが可能となる。電子回路基板の製造工程を図 2に示す。 モジュール基板は半導体パッケージである BGA(Ball Grid Array)や CSP(Chip Size Package)のインターポーザとして使用する電子回路基板であり,半導体素子からプリント配線板へ多数の配線を接続する必要があり,配線の微細化が最も強く求められている。上述の通り,微細配線化が求められるモジュール基板に関しては,従来型のリードフレームやセラミック基板から,微細回路に有利なビルドアップ基板を使用し,ワイヤーボンディングで接合するフェイスアップ搭載の

FBGA基板や,高速処理に有利な FC-BGA基板が主流となっており,その要求を満たすためにMSAPが注目を集めている。

4 .微細配線形成を実現するための表面処理

 MSAPは極薄銅箔上に無電解銅めっきを施し,その上にドライフィルムパターンを形成し,電解銅めっきにより配線形成を行うことから,30 μmより微細な配線を形成した場合でも配線端部の直線性や配線断面の矩形性が良好であり配線の微細化に優れている。従って,サブトラクティブ法と比較して配線の微細化に優れており,また無電解銅めっきをシード層とする SAPと比較して,極薄銅箔をシード層とすることで絶縁材料との密着性にも優れており,信頼性の高い微細配線形成が可能となる。しかしながら,微細配線形成の実現には各々の工程だけでなく,前後工程の最適化,そして一連のプロセスでの全体最適化が重要となる。本章ではMSAPに関する懸念点とその対応策について具体的な例を挙げながら説明する。配線の微細化を実現するためのMSAPに関する懸念点を表 2に示す。

サブトラクティブ法テンティング法 パターンめっき法

SAP MSAP

図 2 電子回路基板の製造工程

工  程 懸 念 点

ドライフィルムラミネート前処理 極薄銅箔とドライフィルムの密着性

ドライフィルム露光・現像 微細配線の露光精度および現像残渣

電解銅めっき 薄膜でのビアフィリング性およびパターン疎密における膜厚均一性

ドライフィルム剥離 微細回路間のドライフィルム剥離性

回路形成エッチング 回路部へのエッチング侵食による矩形性および回路剥がれ

表 2 MSAPの微細配線化に対する懸念点

Page 3: MSAP における表面処理技術 - JST

表面技術

— 18 —

解  説496

 4.1 ドライフィルムラミネート前処理 微細配線を形成するためには,ドライフィルムにおいても同様に微細なレジストパターンが必要となり,極薄銅箔との密着面積が低下することからドライフィルムの密着性が重要である。この問題に対しては,低エッチング量で極薄銅箔表面にナノオーダーの微細な凹凸を形成し,アンカー効果により密着性向上を図る方法が有効である。図 3は 0.1 μm以下の低エッチング量にて微細な凹凸を形成している。 4.2 ドライフィルム露光・現像 ドライフィルムを露光・現像し,その後配線形成工程である電解銅めっきを行うが,微細配線では適切な現像処理を行わないと,表面にドライフィルムの現像残渣が膜状に残留し,電解銅めっきによる配線形成時に析出を阻害するだけでなく,配線底部にそのまま残留し密着不良を原因とする配線剥離を生じさせてしまう。しかしながら,配線の微細化により現像液の流動性が低下するため,現像条件の最適化だけでは解決が困難であった。その対応として,ドライエッチングであるプラズマ処理が有効である(図 4)。プラズマ処理とは中真空下において気体中の電子を,電極間に印加した高周波電圧の電界により移動させ,そこに導入した酸素ガスなどを電離することで形成された酸素イオンやラジカルなどによって有機物であるドライフィルム残渣を分解する方法であり,真空化下で行う処理であることから微細配線間にも十分な処理が可能となる。またドライフィルム残渣に限らず銅表面に存在する不純物なども併せて除去するため 4),信頼性の高い配線形成が可能となる。 4.3 電解銅めっき MSAPによるモジュール基板のコア層には,強度や取扱い性などの観点より 100 μmφ-200 μmtに代表される高アスペクトスルーホールを電解銅めっきで充填する方法が主流となっている。一方,ビアフィリングと比較して充填体積の大きいスルーホールフィリングでは表層の析出銅膜厚が厚く

なってしまうことが課題とされている。しかしながら,微細配線化にはドライフィルムの解像性向上対策としてドライフィルムの厚みを薄くして,露光・現像性を向上させる必要がある。したがって,図 5に示すような充填性能の高い硫酸銅めっきプロセスを使用することで,銅膜厚の薄膜化が可能となり,微細配線形成を実現する 5)。 4.4 ドライフィルム剥離 電解銅めっき後,ドライフィルムは形成された微細配線に挟まれた状態となり,膨潤破壊を主とする無機アルカリでは剥離が困難である。このため,ドライフィルムを微細に粉砕し,狭い回路間を効果的に除去することができる有機アルカリ系を主成分にしたドライフィルム剥離液が主流になっている。各剥離液のドライフィルム破壊例を図 6に示す。 4.5 回路形成エッチング サブトラクティブ法の利点は優れた製造費であるが,微細回路形成には不向きある。MSAPはサブトラクティブ法と比較して製造工程が長く,使用する材料費も高くなる傾向にあるが,回路形成時のエッチング量が少ないことから側壁面へのエッチングが少ないため,微細配線化に優れている。また,微細配線を形成するためには,選択性のあるエッチング液を選定することも重要である。すなわち,極薄銅箔を優先的に除去し配線部への侵食を抑制させる選択性能と,矩形性の高い回路形成性能とを有すると,微細回路形成に有利となる。図 7に回路形成エッチング後のサブトラクティブ法とMSAPの断面 SEM像を示す。最適な回路形成エッチングを行うことで,サブトラクティブ法と比較して矩形性の高い微細配線形成が可能となる。

微細粗化前 微細粗化後

図 3 微細粗化の表面形状

プラズマ処理前 プラズマ処理後

図 4 プラズマ処理

従来プロセス

TH(80μmφ-200μmt)

BVH(120μmφ-110μmd)

高充填性プロセス

図 5 プロセスによる銅充填性能の違い

無機アルカリ 有機アルカリ系

図 6 ドライフィルム剥離片の違い

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Vol. 68, №9, 2017 MSAPにおける表面処理技術 497

5 .おわりに

 MSAPは主にスマートフォン向けのロジック半導体であるアプリケーションプロセッサや,メモリなどのモジュール基板に使用されている。一方,スマートフォンのさらなる高性能化により,半導体素子などの能動部品やコンデンサなどの受動部品,ディスプレイ,外部インターフェースなど部品の一つ一つをより薄くより小さくしなければならず,それらを互いに繋ぐためのプリント配線板においても小型化,すなわち微細配線化が強く求められておりMSAPの検討が急激に

進んでいる。また,本稿ではMSAPに焦点を置き記述してきたが,さらなる配線の微細化には SAPが有利であり,その先にはダイシングしたロジック半導体をシリコンウエハ上で再配線し,再度個片化することで,モジュール基板を用いることなく多数の外部接続端子を有した薄い半導体パッケージとなる FOWLP(Fan Out Wafer Level Package)なども提案されており,今後も様々な技術革新が行われるものと推測する。当社としても,トータルプロセスとしての性能向上と新技術の開発によって,今後の技術発展と豊かな暮らしに貢献できるよう努めていきたい。

(Received June 1, 2017)

文  献

₁ )電子情報技術産業協会 ; プリント配線板技術ロードマップ(2015).₂ )久保田賢治 ; 宇都宮大学大学院工学研究科博士論文(2013).₃ )石川久美子, 山崎宣広 ; 科学と工業, 90,(2), 34(2016).₄ )佐波正浩, 斉藤秀一, 清野正三 ; 表面技術協会講演大会講演要旨集, 123, 18(2011).

₅ )佐波正浩 ; エレクトロニクス実装学会春季講演大会論文集, 31, 147(2017).

サブトラクティブ法 MSAP

図 7 工法による配線矩形性