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11 月号 2019 No.176 放送番組が、すべてのテレビ受信機で視聴できるよう に、映像や音声、伝送方式などは「標準規格」に基づい て制作・放送されています。国際的な標準規格を用いる ことで、海外の放送局との番組交換や共同制作が容易に なるとともに、放送機器や受信機のコストの低廉化も期 待できます。NHKでは、研究開発の成果を生かし、 ITU (国 際電気通信連合)などにおいて、世界で広く利用できる放 送技術の標準化に取り組んでいます。 ■8K映像システム 8Kカメラの解像度の測定法や、映像をファイル化す る際のフォーマットであるMXF(Material eXchange Format)の8K対応について、SMPTE *1 での標準化に取り組んでいます。また、8K映像の次世代の映像符号化 方式であるVVC(Versatile Video Coding)は、ITU-T *2 とISO/IEC *3 で2020年7月に標準化される予定です。 ■次世代音響方式 オブジェクトベース音響方式 *4 による次世代音声サービスの実現に向け、ITU-R *5 やSMPTEで、音響メタデータ の伝送規格の標準化に取り組んでいます。ITU-Rでは、オブジェクトベース音響用信号処理装置や、主観音質評 価法、音響メタデータの記述法、音声ファイル形式の標準化にも寄与しています。 ■次世代地上伝送方式 1つのチャンネルで、固定受信にはSHV放送を、移動受信にはハイビジョン放送を提供できる、新しい地上放 送の実現を目指しています。総務省の委託研究開発で実施した、東京と名古屋での大規模な伝送実験の結果など をITUに提供し、次世代の地上伝送方式の標準化に向けた取り組みを進めています。 ■放送通信連携システム・データサービス 放送通信連携システム“ハイブリッドキャスト”の技術方式の国際標準化を進めています。スマートフォンなどさま ざまな端末からテレビを選局する機能など、スマートフォンやIoT機器とテレビを連携させる技術に関して、ITUで の標準化に寄与しています。 ■イマーシブメディア 高精細なVR映像などのイマーシブメディア(没入型高臨場感メディア)によって、あたかも別の場所にいるよう な仮想的な映像体験の実現を目指しています。ITU-Rでは、番組制作・交換のための360度VR映像のパラメー タ値を規定する標準化に寄与しました。MPEG *6 では、自由な視点からの360度映像を楽しむことができる映像 システムの実現に向けた、イマーシブメディアのファイルフォーマットなどの標準化に寄与しています。 *1 SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers):米国の映画テレビ技術者協会。映画やテレビの技術全般にわた る標準規格を策定。 *2 ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector):国際電気通信連合の電気通 信 標準化部門。 *3 ISO/IEC(International Organization for Standardization/ International Electrotechnical Commission):国際標準化機構/ 国際電気標準会議。 *4 オブジェクトベース音響方式:音の素材と、それらの構成や再生位置などの情報(音響メタデータ)からなる音響方式。3ページ目のR&D を参照。 *5 ITU-R(International Telecommunication Union-Radiocommunication Sector):国際電気通信連合の無線通信部門。 *6 MPEG(Moving Pictures Experts Group):映像や音声の圧縮符号化や伝送方式の標準化活動を行う国際標準化機構と国際電気標 準会議のグループ。 NHKが進める国際標準化の取り組み ITU-Rにおける技術展示の様子(2019年7月)

NHKが進める国際標準化の取り組み · 聞き取りやすくすることができます。また、背景音を応援するチームへの声援のみにすることで、チームのサポー

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Page 1: NHKが進める国際標準化の取り組み · 聞き取りやすくすることができます。また、背景音を応援するチームへの声援のみにすることで、チームのサポー

11月号2019No.176

 放送番組が、すべてのテレビ受信機で視聴できるように、映像や音声、伝送方式などは「標準規格」に基づいて制作・放送されています。国際的な標準規格を用いることで、海外の放送局との番組交換や共同制作が容易になるとともに、放送機器や受信機のコストの低廉化も期待できます。NHKでは、研究開発の成果を生かし、ITU(国際電気通信連合)などにおいて、世界で広く利用できる放送技術の標準化に取り組んでいます。■8K映像システム 8Kカメラの解像度の測定法や、映像をファイル化する際のフォーマットであるMXF(Material eXchange Format)の8K対応について、SMPTE*1での標準化に取り組んでいます。また、8K映像の次世代の映像符号化方式であるVVC(Versatile Video Coding)は、ITU-T*2とISO/IEC*3で2020年7月に標準化される予定です。■次世代音響方式 オブジェクトベース音響方式*4による次世代音声サービスの実現に向け、ITU-R*5やSMPTEで、音響メタデータの伝送規格の標準化に取り組んでいます。ITU-Rでは、オブジェクトベース音響用信号処理装置や、主観音質評価法、音響メタデータの記述法、音声ファイル形式の標準化にも寄与しています。■次世代地上伝送方式 1つのチャンネルで、固定受信にはSHV放送を、移動受信にはハイビジョン放送を提供できる、新しい地上放送の実現を目指しています。総務省の委託研究開発で実施した、東京と名古屋での大規模な伝送実験の結果などをITUに提供し、次世代の地上伝送方式の標準化に向けた取り組みを進めています。■放送通信連携システム・データサービス 放送通信連携システム“ハイブリッドキャスト”の技術方式の国際標準化を進めています。スマートフォンなどさまざまな端末からテレビを選局する機能など、スマートフォンやIoT機器とテレビを連携させる技術に関して、ITUでの標準化に寄与しています。■イマーシブメディア 高精細なVR映像などのイマーシブメディア(没入型高臨場感メディア)によって、あたかも別の場所にいるような仮想的な映像体験の実現を目指しています。ITU-Rでは、番組制作・交換のための360度VR映像のパラメータ値を規定する標準化に寄与しました。MPEG*6では、自由な視点からの360度映像を楽しむことができる映像システムの実現に向けた、イマーシブメディアのファイルフォーマットなどの標準化に寄与しています。*1 SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers):米国の映画テレビ技術者協会。映画やテレビの技術全般にわたる標準規格を策定。

*2 ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector):国際電気通信連合の電気通信 標準化部門。

*3 ISO/IEC(International Organization for Standardization/ International Electrotechnical Commission):国際標準化機構/ 国際電気標準会議。

*4 オブジェクトベース音響方式:音の素材と、それらの構成や再生位置などの情報(音響メタデータ)からなる音響方式。3ページ目のR&D を参照。

*5 ITU-R(International Telecommunication Union-Radiocommunication Sector):国際電気通信連合の無線通信部門。*6 MPEG(Moving Pictures Experts Group):映像や音声の圧縮符号化や伝送方式の標準化活動を行う国際標準化機構と国際電気標準会議のグループ。

NHKが進める国際標準化の取り組み

ITU-Rにおける技術展示の様子(2019年7月)

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 技研では、10月13日(日)に「せたがや秋の音楽まつり」を開催しました。これは、地域の方々に、技研をより身近に感じていただくための音楽イベントで、今年で5回目の開催となります。 出演は、世界的なキーボード奏者のフィリップ・ウー氏や、NHK交響楽団のバイオリン奏者など、世田谷にゆかりのあるプロの音楽家12組と、技研のある砧地区近隣で活動する合唱団やバンド、太鼓奏者、フラダンスチームなど、アマチュアの音楽愛好家10組でした。出演した皆さんには、講堂でのクラシック・ジャズステージと、エントランスホールに特設したフリージャンルステージで、素晴らしい演奏を披露いただきました。来場いただいた方々には、多彩な顔ぶれによる演奏を心ゆくまで楽しんでいただき、心温まる地域交流を行うことができました。 技研では、今後も地域に密着したイベントを開催していきます。

せたがや秋の音楽まつり in NHK技研を開催

8Kスポーツ中継で4倍速スローモーションシステムが活躍

 技研が開発した8K4倍速スローモーションシステムが、BS8Kの日本選手権水泳競技大会、全日本柔道選手権大会、日本陸上競技選手権大会の生中継で活用されました。 本システムは、1秒間に240フレーム(240コマ)の8K映像で、被写体の動きブレが少なく鮮明に撮影できるカメラと、毎秒240フレームで撮影された映像を、放送のコマ数である60フレームで4倍速*にスロー再生する収録再生機で構成されます。現在、BS8Kで放送しているさまざまなスポーツ中継で、決定的瞬間の高精細な4倍速スロー映像が活用されています。 今後も、技研での成果を番組制作現場で活用し、臨場感の高い、より迫力のある番組を視聴者にお届けできるよう研究開発を進めていきます。*4倍速スローを1フレームおきに再生する2倍速スローや、同じフレームを重複させて再生する8倍速以上のスロー再生機能も付加。

日本選手権水泳競技大会(2019年4月) 全日本柔道選手権大会(2019年5月)

NHK交響楽団のバイオリン奏者による演奏

砧地区フラダンスチームによる演舞

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視聴者の好みや視聴環境に適応した音声サービスオブジェクトベース音響

テレビ方式研究部 久保 弘樹

 視聴者の好みや視聴環境に合わせて番組の音声をカスタマイズできる、オブジェクトベース音響の研究を進めています。オブジェクトとは、番組の音を構成する、実況・解説や背景音、効果音などの音の素材を指します。従来の放送では、番組制作現場で音の素材をミキシングし、完成した番組の音を家庭に伝送しています(チャンネルベース音響方式)。オブジェクトベース音響では、番組制作現場から音の素材と、それらの構成や再生位置などの情報(音響メタデータ)を家庭へ伝送し、各テレビ受信機で目的に合わせて合成することで、番組の音を完成させます(図1)。 オブジェクトベース音響により、新たな音声サービスの実現が期待できます。例えば、家庭のスピーカーの数や位置に合わせて、音声信号をレンダラー(信号処理装置)により生成することで、より高い音質で番組を楽しむことができます。スポーツ番組では、実況と背景音の音量を好みに応じて調整することで、高齢者に実況をより聞き取りやすくすることができます。また、背景音を応援するチームへの声援のみにすることで、チームのサポーターと現地で一緒に応援しているような臨場感を楽しむこともできます。 このように、音声による多様な放送サービスの実現を目指し、技研では、オブジェクトベース音響の音声信号を家庭でリアルタイムに再生するための音響メタデータ送出装置を開発しました(図2)。この装置では、音響メタデータを時系列の表現形式にして音声信号と同期させて伝送することができます。図3のように、番組全体の情報が記述された音響メタデータから各フレームの音声信号の再生に必要なメタデータのみを抽出し、音声信号と同期させて送出します。ライブ制作された音声信号にも逐次メタデータを付与することが可能になり、生放送でも上述のような音声サービスを提供できるようになります。また、音響メタデータの時系列の表現形式はITU-Rで、伝送方式はSMPTEで国際標準化を進めており、これらの技術が世界的に広く利用できる環境が整いつつあります。 今後は、複数言語の音の素材を自動的に制作する技術などの研究を進め、オブジェクトベース音響の実用化を目指します。

図3 音響メタデータ送出装置の信号構成

フレーム 0

スポーツ番組

音の素材の構成再生位置

フレーム 30音の素材の構成再生位置

実況効果音背景音 効果音

背景音背景音 背景音

フレーム 60音の素材の構成再生位置

音響メタデータ 入力実況

背景音

効果音

音の素材の構成

再生位置実況+効果音+背景音…

がんばれ日本!

背景音

実況

音声信号

音響メタデータ

背景音 実況効果音(OPテーマなど)

背景音

図1 オブジェクトベース音響方式

ミキシング

信号処理装置

図2 音響メタデータ送出装置

Page 4: NHKが進める国際標準化の取り組み · 聞き取りやすくすることができます。また、背景音を応援するチームへの声援のみにすることで、チームのサポー

技研だより 第176号 2019/11NHK放送技術研究所 〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表)

IPを活用した番組制作技術

 テレビ番組を制作するためには、カメラ、マイク、スイッチャー、ミキサー、モニターなど多くの機器を接続して、番組制作システムを構築します。番組制作システムにおける機器間の接続には、同軸ケーブ

ルを使用し、SDI(Serial Digital Interface)というインターフェース規格で信号を伝送します。SDIは、1本の同軸ケーブルで、システムに接続された1つの機器の信号を片方向に伝送します。システムを構築する際には、映像・音声・同期・制御などのそれぞれの信号ごとに専用のネットワークを構築します(図1)。

100ギガビット(1011ビット)SDIが、1秒間に12ギガビットのデータを伝送できるのに対し、イーサネットは、より大きな100ギガビットのデータを伝送できるよ。

 新たな番組制作システムとして、IP*1ネットワーク技術を利用し、イーサネット*2を用いて機器を接続するIP番組制作システムの検討が進められ

ています。イーサネットは、1本のケーブルで、複数の機器や異なる種類の信号を多重して、大容量データを双方向に伝送することが可能です。そのため、IP番組制作システムでは、これまでSDIでそれぞれの信号ごとに構築していたネットワークを統合することが可能になり、少ないケーブル数で効率的にシステムを構築できます(図2)。 技研では、IP番組制作システムの特徴を生かし、新しいライブ番組の制作手法である、IPリモート制作の研究を進めています。IPリモート制作は、中継現場と放送局をIPネットワークで結び、中継現場から放送局へ素材信号を伝送することで、中継現場から離れた放送局でライブ番組を制作する手法です(図3)。中継現場では、番組制作機器の設営場所を確保できないなどの理由で、大規模なシステムの構築が難しい場合があります。IPネットワークにより、放送局側の機器を利用して、大規模な番組制作システムを柔軟に構築できるようになります。このIPリモート制作の実現に向けて、映像素材信号を低遅延で圧縮して伝送することで、IPネットワークの伝送容量を効率的に利用する技術の研究に取り組んでいます。また、機器間で伝送される信号をリアルタイムに監視することで、番組制作を安定して行うシステムの開発も進めています。 今後もIPリモート制作の実現を目指して研究開発を進めていきます。

*1 IP(Internet Protocol):インターネットに代表される通信ネットワークで使用される通信手順・規約。*2 イーサネット:コンピュータが通信を行うための有線のインターフェース規格。

今の技術はどうなってるの?

将来はどう進化していくの?

連載 次世代の伝送技術(第4回/全4回)

白戸 諒伝送システム研究部

第1回 テレビ向けネット動画の配信技術MPEG DASH

気 になるデ ー タ

ネネとトトお楽しみに!

次 回予 告

伝送技術は、番組を制作するうえで映像や音声を離れた所に送ったり、制作した番組を家庭まで届けたりするなど、放送において重要な役割を果たしています。ここでは、全4回にわたり、今使われている技術と将来に向けて研究中の技術を分かりやすく紹介します。

新連載ネットを活用した放送技術コネクテッドメディア

図3 IPリモート制作のイメージ

中継現場 放送局

8K映像

8K 4K 2K

4K映像 2K映像

ゲートウェイ

映像・音声素材信号同期信号など

機器制御信号同期信号など

ゲートウェイ

映像素材

音声

番組制作

IP ネットワーク

図1 SDIによる番組制作システムのイメージ(矢印の数:ケーブルの数 矢印の方向:信号の方向)

映像ネットワーク

同期ネットワーク

音声ネットワーク

図2 IPを利用した番組制作システムのイメージ(矢印の数:ケーブルの数 矢印の方向:信号の方向)

IPネットワーク