1510
IS

novel.syosetu.org · きグタ男タ力ダISヾぎ蜘蛛ヾ きグヤセ折ゼぎ一人タ男ーIS学園ゼ転校ヵシィボくき織斑一夏ーぽヹぽわばゐせよヴしてゼで

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • IS─インフィニットストラトス~一匹の蜘蛛

    清麿

  • 【注意事項】

     このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので

    す。

     小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を

    超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。

      【あらすじ】

     織斑一夏が篠ノ之 箒と再会したものの、その恋はすっかり冷められており

     織斑一夏がセシリア・オルコットとの対戦に負け、男の真価を魅せることができず

     織斑一夏が凰 鈴音ともまた、色恋沙汰とは程遠い友人関係へと成り下がり

     織斑一夏がシャルロット・デュノアの正体を見破りながら、問題の解決が出来ず、ず

    るずると引きずっており

     織斑一夏がラウラ・ボーデヴィッヒにビンタされた頃。

     そんな折に、一人の男がIS学園に転校してくる。

     その男の力はISか、蜘蛛か……

  •   目   次  

    ──

    1.始まりは自己紹介と共に 

    1

    ────────

    2.日頃の行い 

    11

    ──────────

    3.同居人 

    22

    ────────

    4.蜘蛛の戦闘 

    37

    ────────

    5.昼食と夕食 

    51

    ───────────

    6.推理 

    67

    ───

    7.専用機持ちと専用機を 

    77

    8.そして、完成のあとはデザートを 

    ──────────────────────────────────────────

    92

    9.日本×2、イギリス+中国 

    104

    ────────

    10.力の理由 

    123

    ───

    11.それぞれが抱く想い 

    142

    ───────

    12.本当の名前 

    158

    ──────

    13.休日は大勢で 

    170

    ──────

    14.一番最初の絆 

    183

    ────────

    15.臨海学校 

    202

    16.第四世代、福音、飛べないIS 

    ──────────────────────

    227

    ──────────

    17.終戦 

    255

    18.短編1.セシリア×料理 

    274

    ───

    19.短編2.体育×倉庫 

    293

    ───

    20.短編3.剣道×雨空 

    305

    ──

    21.短編4.カフェ×強盗 

    318

    ──

    22.短編5.過去×真実① 

    345

    ──

    23.短編6.過去×真実② 

    359

  • ──

    24.短編7.過去×真実③ 

    382

    25.短編8.プール×

    プール① 

    ──────────────────────────────────────────

    40726.短編9.プール×

    プール② 

    ──────────────────────────────────────────

    42127.人脈は、変なところで生きる 

    ──────────────────────────────────────────

    440

    ───────

    28.嵐の前の嵐 

    453

    29.水と水、仕返しとお仕置き 

    ──────────────────────────────────────────

    47030.学園祭にはたくさんのシンデレラ

    ──────────────

    を 

    484

    ──────

    31.惨劇の始まり 

    504

    ───────

    32.虫、虫、虫 

    520

    ──────────

    33.覚醒 

    539

    ─────

    34.明かされる事実 

    554

    ──────────

    35.決着 

    564

    ──

    36.戻った日常は寂しさを 

    582

    ──

    37.寂しさを埋めるゲーム 

    590

    ────

    38.鈴とハワイと化粧 

    611

    ─────

    39.箒と旅館と地震 

    624

    40.シャルロットと看病と愛称 

    ──────────────────────

    636

    ──

    41.簪と弁当とフルコース 

    647

    42.セシリアと看病とキスの味 

    ──────────────────────

    665

  • ───

    43.ラウラと日直と膝枕 

    683

    ────

    44.楯無と依頼と慰め 

    709

    ────

    45.一夏と下見と皮肉 

    734

    ───────

    46.学生の天敵 

    745

    ────

    47.千冬と整理と手紙 

    760

    ──────────

    48.手紙 

    784

    ──────

    49.本音の本音① 

    802

    ──────

    50.本音の本音② 

    811

    ────

    51.専用機持ちの仕事 

    828

    52.イベントは問題児だらけ 

    840

    ───────

    53.南のタイプ 

    865

    ───

    54.京の都は成就に走る 

    887

    ──────

    55.荒れる京掛り 

    903

    ───

    56.命を燃やした京舞台 

    923

    ───

    57.京の魅力を今日歩く 

    945

    ──

    58.姉の相手に求めるもの 

    974

    ───

    59.姉弟の知らない関係 

    988

    ──

    60.たまにはこんな日常を 

    1005

    61.喧嘩するほどなんとやら 

    1030

    ─────────

    62.転校生 

    1052

    ───────

    63.蹴りの応酬 

    1069

    ────

    64.confused 

    1090

    ───────

    65.疑いの先に 

    1104

    66.不公平だから、こうなる 

    1122

    67.寒い夜には〜序章&簪〜 

    1135

    68.寒い夜には〜ヴィシュヌ〜 

  • ──────────────────────────────────────────

    115169.寒い夜には〜箒&セシリア〜 

    ──────────────────────────────────────────

    1168

    ───

    70.寒い夜には〜楯無〜 

    1183

    71.寒い夜には〜鈴&終章〜 

    1197

    ───────

    72.三虫寄れば 

    1214

    ───

    73.盛大に不可欠なこと 

    1234

    ───

    74.組む相手と頼む相手 

    1260

    ─────

    75.垣間見える成長 

    1277

    ────────

    76.畳みかけ 

    1302

    ─────

    77.本物にあるもの 

    1315

    ───────

    78.戦いの裏側 

    1341

    ──────

    79.測定検査診察 

    1357

    ─────────

    80.繋がり 

    1375

    ───

    81.彼女達にも陽の目を 

    1385

    ────────

    82.姉妹襲来 

    1401

    ────────

    83.百合襲来 

    1411

    ─────

    84.そして襲来…… 

    1423

    ──────────

    85.誘い 

    1436

    ──────

    86.ライブの前に 

    1453

    ──────

    87.しばしの別れ 

    1466

    88.After a calm co

    ────

    mes a storm 

    1492

  • 1.始まりは自己紹介と共に

     (ふむ……)

    神代 南

    かみしろ みなみ

    はそっと息を吐いた。

    (本当に女子しかいないじゃないか。いや、目の前に一人だけ男が………こいつが織斑

    ……織斑……なんだっけ?)

     南は頭を動かし、必死に思い出そうとするが、残念ながら名前は出てこない。

     IS学園一年一組の教室。その教卓の隣で、副担任の山田先生に促されて自己紹介を

    する。

    「神代 南です。よろしく」

    「「「……………………」」」

     嫌な視線が南を襲った。

     終わりかよっ! と無言のツッコミが聞こえる。

    「あの〜。終わりですか?」

     オドオドと声をかけてくる山田先生に、南は肩をすくめるだけ。

    「えぇ、まぁ……趣味は、プロ野球観戦ですかね……」

    1

  •  ヤケクソ気味に付け足した趣味にも、山田先生は「ああ、そうですか……」と小さく

    頷くだけだった。

    (いや、助けてくれよ。贔屓の球団とか聞いてきてくれ……)

     南の想いも虚しく、重い空気の教室に溶けていくだけだった。

    「まったく……織斑と言い、ボーデヴィッヒと言い、どうしてまともに自己紹介ができん

    のだ」

     そう言って、ため息を漏らしたのは色々凄い一組の担任、織斑千冬。

     織斑……織斑……織斑なんとかの姉であり、元世界最強の女性だ。

    「さーせん」

     ボソッと言った一言に、織斑千冬の反応は早かった。

    「謝るときはちゃんと……」

     右手で持っていた出席簿が振り下ろされ───

    「うおっ!?」

     ると同時、南は身体を捻って、それを避ける。

     避けた先にいたのは、山田先生だった。顔と顔の距離は二十センチもない。

    「どうも」

     そう笑ってごまかす。

    2 1.始まりは自己紹介と共に

  • 「はわわわわ……」

     山田先生は顔を赤くしながら、目を大きく見開いた。

    「す、すいません」

     その反応に思わず、南は飛び退く。

     逃げるように視線を山田先生から外して、教室へ……すると、クラスメイトの唖然と

    する顔が並んでいた。

     織斑なんとかが、バカみたいに口開けて驚いている。バカみたいだ、と南は心の中で

    笑った。

    「ほう、よく避けたな。これで2人目だ……まぁ、今回は許してやろう」

     織斑千冬の声が低く響いた。

    「それでは次の授業から神代には参加してもらう。この時間は自習……まぁ、煮るなり

    焼くなり好きにしろ。お前も頑張れよ」

     そんな一言に、南はため息をつく。これから起こるだろう、質問責めを思ってのこと

    だった。

    「私と山田先生はやることがある。教室を離れるが、騒がしくだけしないように。神代

    ……お前の席は……ボーデヴィッヒの隣が空いているな。あの一番後ろの銀髪の隣だ」

    「分かりました」

    3

  • 「では、次の授業に遅れんように。以上」

     そう言って、二人の教師は教室を出て行った。

       千冬&真耶side─

    「先生、なぜ神代くんには手加減したんですか?」

     真耶は隣を歩く千冬に尋ねる。

    「何がだ?」 

    「ですから、先ほどの出席簿アタックですよ。避けられるってことは手加減したんじゃ

    ───」

     真耶は眼鏡を軽く持ち上げて言葉を続けようとしたが……

    「いや、手加減はしてない」

     千冬は言葉を被せた。

    「はい?」

     真耶はポカンと口を開ける。

    「だから、あれは手加減なし……むしろ普段、織斑たちにしているのとは格段に違う速度

    で当てた……いや、当てようとした……か」

    4 1.始まりは自己紹介と共に

  •  千冬は自虐的にふっと笑った。

    「で、では……どうして神代くんは……」

    「真耶……お前、アイツの資料に目を通したか?」

    「い、いえ……片付けなければならない資料がたくさんあったので、まだ見てないです

    ね」

    「そうか。これがその資料だ」

     そう言って、千冬は一枚の紙を渡した。

     それを両手で受け取った真耶は、じっと見つめるように文章を追う。

     そこには───

    「えっ……」

    「そういうことだ。私のほうでも色々と調べてはいるんだが……詳しくは分からなくて

    な」

    「何者なんでしょうか……」

     真耶は険しい顔つきで問うが、「さあな」と、千冬は軽く笑った。

    「何者かは知らんが、これから調べていくさ。ISも同時にな……それに、アイツはここ

    の脅威にはならんだろう。私の勘だが……」

    「そうだといいんですが……」

    5

  • 「なに、もしものときは私がどうにかするさ……命をかけてな」

     目を鋭く細めて、低く呟く。

    「…………」

     そんな真剣な眼差しに小さく震えた真耶は、それを茶化さない。

    「ちなみにだが……」

     ふいに軽くなった声色に、どこか安心を覚えながら真耶は千冬を見る。

    「なんでしょう?」

     思い出したように顔を上げた千冬は、先程とは違う意味で目を細めた。

    「さっき言っていた出席簿アタックとやらだが……」

    「ふえっ?」

     まさかの言葉に、間の抜けた声を出す真耶。

    「そうか、そんな間抜けな名前を付けていたのか……じっくり話を聞こう、じっくりと

    な」

    「ひぃぃぃぃぃぃぃぃいいい!!」

     真耶の悲鳴が、廊下を駆け抜けた。

      

    6 1.始まりは自己紹介と共に

  •  南side─

    「神代君! どうしてISを動かせるの!? どこでそれが分かったの!?」

    「貴重な男性操縦者ってことは、専用機持ってるの!?」

    「彼女いる!?」

    「さっきの織斑先生の出席簿アタック!どうやって避けたの!」

    「好きな食べ物とかは!?」

     ぶつけられる様々な質問に、一問一答していく南。

     滝のようになだれ込む質問の数々に、苦笑いで答えていった。

    「織斑君! デュノア君も! ついに、三人目の男の子が! それもこの一組に!」

     興奮気味にクラスメイトが織斑なんとかを呼ぶ。

     それを待っていたかのような表情で、彼は南の席へ歩み寄ってきた。

     ニヤニヤとしながら、他の女子は距離を開ける。

    「よ、よぉ。神代……だよな。俺は織斑一夏……学園に三人しかいない男なんだ。仲良

    くしようぜ」

     そう言って、織斑一夏は軽く手を上げた。

    (ああ、そうだ。一夏だ一夏)

     頭の中でもやもやしていた霧がスゥと晴れていく感覚だった。

    7

  • (確か、そんな名前だったな……だが)

     南はふと思う。

     先程の女子も言っていた、三人目という言葉。

     最初に聞いていた情報では、男でISを動かすことが出来るのは、自分とこの織斑一

    夏の二人のはずだ。

    「三人? どういうことだ? 男でISを使えるのはお前だけじゃないのか?」

    「ん? そうだと思ってたんだけど、ほら一番前の金髪の奴いるだろ。アイツも男なん

    だよ」

     そう言って指差された先を見ると、確かに明るい金色をした中世的な顔立ちをしてい

    る人影が。見えにくいが、確かにズボンだ。

     こちらを伺ってたのか、目が合うと軽く手を振ってきた。

    「なるほど……」

     手を上げ返すことも無く、南は目を離さないように彼を見つめる。

    「おーい。シャルルー。お前はいいのか?」

     織斑はもう一人の男、シャルルを呼んだ。

     すると、少しだけ渋ったように見えたが、程なくして立ち上がりこちらにやってきた。

    「シャルル・デュノアだよ、フランスの代表候補生。よろしくね」

    8 1.始まりは自己紹介と共に

  •  そう言って手を伸ばしてくる。

    「おう」

     短く答えた南は、その手を軽く握り返す。

    「…………」

    「どうかした?」

     軽く握ってたはずの手を、中々離さない彼に違和感を抱いた、デュノアが首をかしげ

    る。

    「いや、すまない。なんでもないんだ」

    「……どうでもいいが私の周りでごちゃごちゃと騒ぐな。うるさい」

     手を離したと同時だった。

     低く唸るような声が、南の隣から聞こえる。

    「なんだよ、ラウラ。」

     そう言って一夏は歯を剥いた。

    「ふんっ」

    「なんだ。どうしてこんなに不機嫌なんだ」

     織斑に向き直って尋ねるが、熱くなっているのか返事はない。

    「ま、まぁまぁ一夏。南も困ってるしさ……」

    9

  •  シャルルが一夏の肩を叩いた。

    (もう下の名前で呼ぶのか……さすが、外国人だ)

    「っ……ごめんな、南」

    (お前もか?俺も下の名前で呼んだ方がいいのだろうか)

     南は隣の席に座る少女の不機嫌さの理由を気にしていたことなどすっかり忘れて、二

    人を交互に見る。

     心の中で考えても答えは出ない。

     空気の悪い時間は長く感じると言うが、意外にも一夏とシャルルはすぐに席に戻って

    行った。

    「なんだなんだ、意外と楽しくない学園生活か?」

     冗談交じりに南は笑う。

    10 1.始まりは自己紹介と共に

  • 2.日頃の行い

     「セシリア・オルコットですの! このクラスの代表でしてよ!」

     質問の嵐を躱し終えた休み時間。

     まだ転校生である南が珍しいのか、多くの視線を感じる中やってきた一夏に、授業と

    教科書の説明を受けていた時だった。

    (おお、また凄いのが出てきたな)

     声をかけてきたのは、金髪縦ロールがよく似合うお嬢様口調。

     女子の平均程度の背丈に、若干の垂れ目が可愛らしい。

    「セシリア・オルコットな、知ってるぞ。イギリスの代表候補で名門貴族のお嬢様じゃな

    いか。両親を早くに亡くして、一人で色々建て直したって有名だ」

     南は舌を噛むこともなく、スラスラと事前に調べておいたクラスメイトの情報を連ね

    た。

     ちなみにだが、南と同じく、突然の転校生であるシャルル・デュノアとラウラ・ボー

    デヴィッヒの情報はない。

    「まぁ! 日本の男性とは、誰もが無知で愚かなわけではないのですね!」

    11

  • 「なんだその偏見は」

     南は苦笑しながら、腕を組んだ。

    「こちらの織斑一夏さんは、わたくしを散々侮辱し、決闘の申し込みに威勢よく受け、I

    Sも適応状態になるまで時間を与えて差し上げたにも関わらず!わたくしの切り札を

    使うことなく負けたのです」

     セシリアの声が甲高く響く。

    「わたくしを侮辱って……お前だって……」

    「まぁまぁ織斑、負けたお前が悪い。もう何も言うな」

    「なんでだよ!」

     一夏の叫びもまた教室に響く。

    「昔から言うだろ、死人に口はないんだ。おとなしく成仏しろ」

    「俺は死んでねぇ!……大体、南はなんでそこまで、コイツのこと詳しいんだよ」

     一夏が、親指でセシリアを指した。

    「この程度のことは、ネットですぐに調べられるぞ。セシリア嬢は有名人だ」

    「いや、俺の時はそんな時間はなくて……」

    「それは日頃の行いが悪いんだろう。お前の力じゃ、すぐに見つかるものも見つからな

    い」

    12 2.日頃の行い

  •  南が小さく笑う。

    「なんだよ、南は味方じゃないのか……」

    「神代……少し、いいか」

     それは、一夏が肩をガックリ落としたと同時だった。

     千冬とはまた別の凛とした通る声。

     長い黒髪を結えた少女が、セシリアと一夏の間から、顔を覗かせる。

    「篠ノ之 箒だ。よろしく頼む」

    「こちらこそ……ん? 篠ノ之……ああ、あの篠ノ之束博士の妹がこのクラスにいると

    聞いてたが、お前がそうなのか」

     南の言葉に箒の顔が少しだけ強張る。

    「えっと、南……それは禁句で……」

    「いや、いいんだ」

     一夏の小さな警告を遮るように、箒が言った。

    「それより、先ほどの織斑先生の出席簿アタックを避けた身のこなし見事だった。まぁ、

    多少、強引ではあったが……」

     そんな間抜けな名前なのかと、南は心の中で笑う。

     小さく椅子に座り直しながら答えた。

    13

  • 「そうか? あれくらいなら、避けられるだろう」

    「いや、あれを避ける奴は初めて見たぞ。どうやったんだ?」

     またしても、一夏が強引に会話に割って入ってくる。

    「教えてください南さんと、お前が頭を下げるなら教えてやる」

     少し鬱陶しくなって、南が適当に言った。

    「教えなくていいです」

     そんな話をしているうちに、チャイムが鳴る。

    「せっかく、わたくしのことを知ってる男性がいたのに結局、あまり話せませんでした

    わ、どなたかのせいで……」

     セシリアが一夏を睨んだ。

    「まったくだ、気を付けろよ一夏」

     南はさきほど教えてもらった、次の授業の教科書を取り出しながら言った。

    「どうして俺がこんなに言われなきゃいけないんだ……」

     一夏が肩を落として自分の席に戻るのを、南は見ていない。

      「……さて」

    14 2.日頃の行い

  •  どうしたものかと、南は頭を抱える。

     本日の授業は全て終わり、放課後となった。

     授業のほとんどが分からない……という訳ではないが、幾分、退屈な授業が多すぎた。

     気付いた時には、寝ていた授業もあったほどだ。

    「それに……」

     南は続けて思う。

     寮の場所が分からない。正確には、寮の自分の部屋だ。

     全寮制であるという、このIS学園で自分の部屋が分からないというのは、即ち帰る

    所がないことを意味する。

     副担任の山田先生も、ホームルームを終えるとすぐに教室を出て行ってしまった。

    「南、帰らないのか?」

     意味もなくキョロキョロと見渡していると、目が合った一夏とデュノアが、鞄を片手

    にこちらにやってきた。

    「ああ、部屋が分からん。寮もたどり着けるか不安だ」

    「そうか……寮までならともかく、お前の部屋は俺も分からないからなー」

    「そうだろうな」

     南からため息が漏れたと同時だった。

    15

  • 「あっ! 神代君! まだ残ってくれてましたか〜!」

     慌しく教室に入ってきたのは、山田先生。

     その手には、鍵が握られている。

    「よかったです〜。忘れるところでした」

     間延びした声が、のんびり届いた。

    「忘れないでくださいよ……」

     小さなボヤキは山田先生には聞こえない。

    「これが、神代くんのお部屋の鍵です。一応、同居人の人がいますので、入る時は気を付

    けてくださいね」

     南の表情が曇る。

     一人部屋だと思っていたからか、無意識だった。

    「すみません。部屋が余ってるわけではないので……」

     そんな南の表情に気付いた山田先生は、泣きそうな顔をする。

    「いえ、大丈夫です」

    「ごめんなさい。寮までは……織斑君、デュノア君。お願いできますか?」

     すぐ傍にいた一夏とデュノアに声をかける。

    「分かりました」

    16 2.日頃の行い

  • 「はい」

     二人が同時に頷く。

    「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

     そう言って、山田先生はやはり忙しそうに教室を出て行った。

    「なんだか忙しそうだったな。山田先生」

    「そうだね。また部屋割りとかかな。ちょっと責任感じちゃうね」

     南は鞄を担ぐ。引いた椅子を戻した。

    「それじゃあ、行こうか南」

    「そうしよう」

       校舎から、寮までの道のりを三人並んで歩く。

    「こうやって男三人で並んでると、中学の時を思い出すな〜」

     一夏が呑気にそんなことを言った。

    「よくこうやって帰ってたの?」

    「まぁな」

     シャルルの問いかけに、一夏はのんびり答える。

    17

  • 「この学校に男は俺たちしかいないからな……これが男軍のベストメンバーだ」

     嬉しそうに言う一夏に、シャルルと南は苦笑した。

    「男軍って……」

    「あの篠ノ之という娘は、男勝りな話し方だったじゃないか。彼女も男軍に入れようと

    言ったら怒られるか?」

     冗談交じりに南が言う。

    「絶対怒られる。知らないぞ?」

     一夏は、おお怖いと肩を抱いた。

    「でも、もしそうなったら誰か抜けないとね」

     シャルルはこんな冗談が面白いのか、ニヤニヤしながら言う。

    「なんだなんだ。一夏の中学時代の思い出のせいで、男軍の定員は三人か……まぁ、そう

    なると抜けるのは一夏だな」

    「俺かよ!」

     南が言うと一夏が叫んだ。

    「でもね、一夏と篠ノ之さんは幼馴染なんだ……仲がいいから脱退メンバーには、一夏の

    代わりに他の名前が入るかも」

    「そうか、そうなっても落ち込むなよシャルル」

    18 2.日頃の行い

  •  南は表情を変えないまま、淡々と言う。

    「あはは、言うじゃないか南」

     シャルルが楽しそうに笑う。

      「さて、寮には着いたけど……」

     一夏が建物を前にして立ち止まった。

    「どこに俺の部屋はあるんだ?」

     南は、さきほど山田先生に渡された鍵を見る。

     部屋番号は1300だった。

    「これ多分、一番端っこの部屋じゃないかな……」

     シャルルが鍵を覗き込みながら言った。

    「マジか……端ってどこだ……」

     広い廊下は左右に広がっていて、端と一言で言っても見つけるのは大変そうだ。

    「俺たちの部屋はここだから……」

     適当に歩いていたはずが、一夏とシャルルの部屋の前まで来ていたようだ。

    「そうか、とりあえず一人で探してみる。ここまでありがとう」

    19

  •  南は小さく笑いながら、一夏の肩を叩いた。

    「そうか? 荷物置いたら手伝うけど……」

    「まぁ大丈夫だろう……広いと言ってもたかが寮だ。どうにかなる」

     そう言いながら南は歩き出した。

     一夏とシャルルは静かにそれを見送る。

       十分後。

     一夏とシャルルの部屋の扉がノックされた。

     二人でお茶を飲んでいた一夏が、重い腰を上げる。

    「はいはい」

     扉を開けると、南が虚ろな表情で立っていた。

    「その様子じゃ、部屋はまだ見つかってないみたいだね……」

     シャルルも扉の前まで来て笑った。

    「すまないが手伝ってくれ……どうして、寮の部屋も見つけられないんだ」

     南がボヤく。

    「日頃の行いが悪いからじゃないか?」

    20 2.日頃の行い

  •  一夏が嬉しそうに言った。

    21

  • 3.同居人

     「ここか」

     一夏とシャルルの助けもあり、ようやく辿り着いた部屋。

     南はポケットから、山田先生に貰った鍵を取り出す……そうしてから気付いた。

    「まずは、ノックだな」

     呟いてから、強くドアをノックした。

     が、反応はない。

    「留守か?」

     そう言ってから、今度はドアを軽く叩く。

     しばらくして、ドアがゆっくりと開いた。

    (なんだ、いるんじゃないか)

     南は疲れからか、少し苛立ちながら思う。

    「ごめんなさい、すぐに気が付かなくて……っ!?」

     伏し目でドアを開けた少女は南を見て、大きく目を開いた。

     明らかに混乱している。

    22 3.同居人

  • 「俺は神代 南。聞いてないか? 今日から、同居させてもらうことになってると思う

    んだが」

     それでも、南は冷静さを失わない。

     目の前の華奢な少女は中々、目を合わせようとしなかった。

     水色のセミロングの髪は、癖毛なのか内側に向いており、少しボサついている。

    「えっと……聞いては、いたけど……男だとは……」

     少女は小さな声でボソボソと話す。

     南は懸命に聞き逃さないように、耳に神経を集中させた。

    「そうか、嫌かもしれんが今日からよろしく頼む」

    「こ、こちらこそ」

     まだ動揺しているのか、少女は南を見ようとしなかった。

    「じゃあ、中に入ってもいいか?」

     南は少し慎重に聞く。

     自分から何かを言わないとダメだな、と内心で思った。

     少女のどうぞ、という小さな声を聞いて、部屋の中へ。

     広々とした部屋にはベッドが二つ、離れて設置されており、仕切りもあった。

     その前にはテーブルに二つの椅子。入ってすぐに見えるのは簡易キッチンだろうか。

    23

  • 「それにしても……」

     南は、使われていないことが明らかな方のベッドに鞄を置いた。

    「懐かしいな。子供のころによく見ていた特撮物じゃないか」

    「ああっ!」

     少女の大きな悲鳴に、思わず肩を震わせた。

     扉を閉めていた少女は、先に入った南を押しのけて、ベッドに散乱している特撮物の

    DVDをかき集める。

    「そんなに焦らなくても……これとか、懐かしいな。好きだった……」

     南は少女がかき集めきれなかったDVDの一枚を手に取る。

    「こいつの基本形態から胸元の装甲が開いて、赤色になる形態があるだろ。アレが好き

    なんだ」

     懐かしむ南の表情は穏やかで、パッケージの裏まで目を通した。

    「わ、私も……好きっ……」

     いつの間にか少女は南の目の前にいて、胸元で拳を握っていた。

    「女の子でもやっぱり好きな奴は好きなのか……初めてあのフォームになった時は、ラ

    イバルが装置をくれるんだよな」

    「そう、いつもは素っ気ないんだけど、その回は……」

    24 3.同居人

  •  少女は嬉しそうに話す。

     南も途中で遮ることなく、彼女の熱弁を聞いていた。疲れていたことなど忘れて。

    「ああ、名前を聞くのを忘れてた」

     ふと、南が尋ねる。

    「あ……更識……簪、です……」

     簪か……

    「いい名前だ」

    「え……」

     驚いたように顔を上げる簪。

    「どうした」

    「い、いえ……神代くん、よろしく」

    「ああ」

     初め扉を開けた少女とは思えない柔和な表情が、南の表情をも緩めた。

    「すまん。自分の荷物を取りに行かないと……ついてきてもらえるか。まだ場所を把握

    してなくてな」

    「分かった。荷物は、どこに……」

    「確か……事務室って言ってたか」

    25

  • 「遠い……」

     簪の呟きに南も肩を落とした。

    「全く、転校初日で疲れているのに、部屋から離れた建物まで荷物を取りに行くことにな

    るとは……人生は徒労だな」

     南が言うと同時に、簪もため息をついた。

        「荷物、結構あった……」

     それから遠いと噂の事務室まで行き、荷物を回収。

     こんなに荷物を持ち込んだのかと南自身でも思うくらいに荷物が多く、簪に手伝って

    もらう羽目になった。

    「すまないな……せっかく部屋でゆっくりしてたろうに」

    「ううん。仕方ない……それに……」

    「それに?」

    「人生は徒労だって、さっき偉い人が言ってた……」

    26 3.同居人

  •  簪の言葉に、南は声を上げて笑った。

    「そうか。まぁ、とにかく迷惑かけたな……お礼に俺が飯でも作ってやるとしよう。食

    堂で食べたいものがなければ、だが」

    「ううん、ないよ。楽しみ……」

     南がバッグを漁りながら言うのに、簪は小さく首を振って続いた。

    「じゃあ、待っててくれ」

    「私も、手伝う……キッチンのことまだ、分からないでしょう?」

    「助かる……お、中々立派なキッチンじゃないか」

     キッチンに移動しながら、南は袖を捲った。

    「寮の部屋のものとは、思えないよね……」

    「全くだ……腕が鳴るな。うん」

    「ふふ……」

     簪は小さく微笑んだ。

     隣で目を輝かせて色々と見て回る南が可笑しかった。

    「おっ、グリルか」

    「うん、オーブン……上には、レンジもある……」

     簪が指さす先を見ながら、南はふむふむと頷いた。

    27

  • 「電子レンジもあるのか。なんだって出来るな……じゃあ、すまないが鍋に水を入れて

    くれないか?」

    「うん……どれくらい入れたらいい?」

     簪は戸棚から、小さな鍋を取り出しながら尋ねた。

    「よし、俺がいいと言うまで入れてくれ」

     流しで鍋を軽く洗う簪の隣で、南は腕を組んだ。

    「うん……」

     鍋に水が溜まり始める。

    「大体、ひたひたになるまではいらないから……もうちょっとだな」

     南がボソボソと呟きながら、指示を出す。

     簪は何が作られるのかを想像しながら、鍋に溜まる水を見ていた。

    「だいたいアレが、ああなるくらいでいいから……」

     南の呟きは止まらない。

     緻密な計算がされているのかと簪の期待値は高まっていく。

     「あああああああいっ!」

     

    28 3.同居人

  •  突然、南が大きな声で叫んだ。

     もういい、という合図だった

    「ひゃっ!」

     簪は小さな悲鳴を上げながら、鍋を引く。

    「よしよしよし」

    「そんなに水の量って、シビアなの……?」

     簪は驚きで高まる心臓を落ち着かせながら、尋ねた。

    「当然じゃないか。これで全てが決まるんだ、味付けも何も」

     簪から鍋を受け取った南が、それを火にかける。

     受け渡す際に、手と手がしっかりと重なったが簪はそれどころではなく、南もまた気

    にした様子ではなかった。

        数分後。

     テーブルに向かい合う二人。

     無表情でその時を待っていた。

    29

  • 「はぁぁぁぁああい!」

     突然、またも南が大きな声で合図するが、簪はもう驚かない。

     それどころか、目が少し虚ろであった。

    「出来たぞカップヌードル。これでいい」

     満足気に言う南の言葉は、簪には響かない。

    「さぁ、食べよう」

     南は簪にフォークを渡しながら、嬉しそうに蓋を開ける。

    「これなら……」

     簪が呟く。

    「ん?」

    「これなら、食堂に行けばよかった……」

     その声はわずかではあろうが、明らかに怒っている。

    「まぁ、そう怒るな……次は、もう少し……これよりもう少し手の込んだものを……」

    「ぷっ」

     思わず簪が吹いた。

     笑うつもりではなかったが、くだらない一連の冗談につい笑ってしまったのだ。

     肩を小さく震わせる。

    30 3.同居人

  • 「ほら、伸びないうちに食べないと」

     南は勢いよく、麺を啜った。

     わずかに怒っていた簪だったが、これはこれでと諦めて麺を啜った。

    「美味しい……」

     南に聞こえないくらい小さな声で言う。

         翌朝。

    「あの……お、おはよう」

     時刻は午前の七時半。

     簪は着替えを済ませ、朝の支度を終えたところで、南を揺さぶった。

    「そろそろ、起きないと……遅刻……しちゃう」

    「んんっ! んー、おはよーございます……」

     もぞもぞと激しく身体を震わせた南は、目を閉じたまま言った。

    「今、何時だ……」

    31

  • 「七時半。支度して、朝ごはん食べてたらいい時間になると思う……」

     簪の言葉にも、南は掛け布団をかけ直しながら言う。

    「俺、朝は食べない派なんだ……だから、もう少し……」

    「昨日、誰かさんがカップヌードルしか作ってくれなかったので、お腹が空きました」

    「よし飯だ、今すぐ行こうじゃないか」

     南はベッドから飛び起きて、洗面台へと歩き出した。

     簪は小さく笑って、その後を追った。

       「ふぁぁ〜〜」

     南は大きなあくびを一組の教室でお見舞いしていた。

     普段、朝食を食べない南は小さなパンにスープで済ませ、四組だという簪と分かれて

    いた。

     そして、慣れない時間に起きたということもあり、席に着いたと同時にあくびが漏れ

    てしまったというわけだ。

    「大きなあくびだな。夜遅かったのか?」

    32 3.同居人

  •  南が声がした方を見上げる。

    「篠ノ之か。いや、朝は珍しく早く起きたからな……まだ少し眠くて……」

    「そんなに早く……何時に起きたのだ?」

     箒が尋ねる。

    「七時半だな」

     南はまたもあくびを噛み殺しながら言った。

    「普通じゃないか」

     箒の呆れたような声に、南は反応しない。

    「おはよう、南」

    「おう」

     箒の隣に並ぶように立ったシャルルに、南は小さく手を挙げた。

    「そう言えば、朝食堂だった? 見かけなかったけど……」

    「食堂だったぞ。端に座っていたが……」

    「そうなんだ。同居人の人とはどう? 上手くいきそう?」

     シャルルは変わらない笑顔で南に問いかける。

    「あぁ、中々いい奴でな。上手くやっていけそうだ」

    「よかったね」

    33

  •  そう言って微笑むシャルルに、今度は南の方から口を開いた。

    「そうだ、ちょうどいい。篠ノ之もいることだし、軍への入隊の件を聞いてみるか」

    「ちょっと、ダメだよ南!」

     慌てて止めるシャルルの口元は笑っている。

    「ん? よく分らんが、同居人と上手くやっていけそうなのは良かったな……部屋を共

    にするのだ。合わない奴とは普段の生活も過ごしにくくなるだろう……私と誰かのよ

    うにな……!」

     箒は先程までとは違う、鋭い視線を向けた。

    「一夏か……」

    「おお、おはよ南。で、朝からそんなこと言わなくてもいいだろ、箒」

     南は朝から大変だなと、他人事のように笑う。

    「ふん」

     そっぽを向いてしまう箒を見て、南は手を小さく叩く。

    「なるほど、一夏と篠ノ之は同じ部屋だったのか」

    「そう。ちょっと前までな……シャルルが転校してきたから、引越ししたんだ」

     年頃の男女が同じ部屋というのは確かに問題があるだろうと、南は思う。

     そして、自分も同じ状況であることを思い出して、身を捩った。

    34 3.同居人

  • 「ふむ……」

    「邪魔だ。どけ」

     南が頷いてると、低い声が一夏たちの背後から聞こえる。

     ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

    「っ! 言い方ってのがあるだろ」

    「知らん。邪魔だと言っている」

     一夏の言葉にも動じることなく、自分の席につくラウラ。

     それを横目で見ながら南は首をコキコキと鳴らす。

     シャルルが重くなった空気を変えようと口を開いた瞬間、チャイムが鳴った。

     ホームルームだ。

    「じゃ、また後でな南」

    「それじゃあね」

    「またな」

     三人がそれぞれの言葉で自分の席に戻っていく。

    「おう」

     そして不意に気になって、隣のラウラへ目線を向ける。

     なんとも怖い顔をしているなと南は思った。

    35

  • (あの眼帯は……怪我でもしたのか?)

     色々と考えるが答えは出ない。

    「何だ」

     こちらの視線に気づいたのか、一夏よりはマシといえどやはり鋭い目を向けてくるラ

    ウラに、南は「別に」と答えようとしてやめた。

    「……どうして一夏をあんなに目の敵にするんだ?……そんなに悪い奴とは思えんが」

    「貴様には関係ないだろう」

     即答。

     間髪入れずに帰ってきた返答に、南は苦笑するしかなかった。

    「確かにその通りだ」

     教室に入ってきた山田先生の声が、南の小さな声をかき消す。

    36 3.同居人

  • 4.蜘蛛の戦闘

     「じゃあ、今日はこれくらいで終わっておきます。次、ISの実習なんでしょう? 二組

    と合同で。遅れないようにね」

     国語の担当教諭が、そう言って教室を出て行く。

     南は大きく息を吐きながら天井を見上げた。

    「実習か……」

    「南。女子が着替え始めちゃうから、僕たちは別で着替えるんだよ」

     呟くと同時にシャルルが声をかけた。手には小さな入れ物を持っている。

    「ああ……」

     ISスーツが入っているんだなとすぐに理解した南は、自分もと鞄の中から取り出し

    て席を立った。

    「それじゃあ、行こうか」

    「頼む」

     短く言って、シャルルに続く。

     廊下に出ると一夏はすでに待っていて、「お、来たな」と笑った。

    37

  •  三人並んで更衣室へ行き、服を着替える。

     制服の上着を脱ぎ、シャツを脱いでいて、南は気付く。

    「ん? シャルルはどうした」

    「いるよ〜」

     隣で同じようにシャツを脱いでいた一夏を見ると、シャルルの声がロッカー越しに聞

    こえた。

    「どうして向かい側のを使ってるんだ?」

    「なんか、着替えを見られるのが嫌なんだと……何回か、隣で着替えてたこともあるんだ

    けど、よっと……」

     一夏は頭からISスーツを被り、袖を通す。

    「着替えるのも凄く早くて、気付いたらもう着替え終わってるんだ……別に見たいって

    訳じゃないけど……なんか気になるよなぁ?」

     南も同じように袖を通していた。

     シューズも履き替えて、トントンとつま先を床で叩く。

    「見られたくない傷があるとか、一夏が嫌いとか色々原因は考えられるけどな」

    「そっか、傷か……って! 俺、嫌われてるのか!?」

     一夏の悲痛な叫びが響いた。

    38 4.蜘蛛の戦闘

  • 「コラ」

     南の背後から、頭に軽いチョップが当てられる。

     頭に手を置く程度のものだった。

    「適当なこと言わないの。見られたくない傷もないし、一夏のことも嫌いじゃない」

    「知ってる」

     南は淡々と答えて、悪びれもなくペットボトルの水を傾けた。

    「冗談だ一夏。お前は皆から愛されているぞ」

    「それ、俺の目を見て言えるか?」

    「お前は皆から愛されている」

     南はペットボトルをロッカーにしまいながら、一夏の方を見ることもなく、同じこと

    を言った。

         グランドに出た南たちであったが、早く着いたのかグランドの生徒はまばらだった。

    「あ、アンタが三人目の男操縦者ね!」

    39

  •  活発で、明瞭な声が南の背後からして、三人は同時に振り返る。

     その先には、ツインテールがよく似合う女子が、腰に手を当てて立っていた。

    「紹介するよ。こいつが神代 南。で、こっちは凰 鈴音だ。鈴って呼んでやってくれ」

    「よろしくね!」

     一夏の紹介に合わせてくる手を差し伸ばす鈴。

     なるほど、コイツは二組かと南は内心で思いながら手を伸ばした。

    「ああ、よろしく」

    「鈴はこう見えて、中国の代表候補なんだぜ?」

    「ほう、凄いじゃないか」

     一夏が指を鈴に向けながら言った。

    「こう見えては余計よ!」

    「よし、授業を始める! クラスごとに並べ!」

     南の感心する声と、鈴の声が被った。

     さらに千冬の号令も響く。

    「南。こっちだぞ」

     一夏を頼りに、南は一組の列へと向かった。

     

    40 4.蜘蛛の戦闘

  •    「よし、今日は専用機持ちに実演戦闘を行ってもらう。その後、各班に分かれてISを動

    かせ……そうだな……」

     千冬の視線が動く。

     ぼんやり立っている一夏。ピンと背筋を伸ばすセシリア。優等生らしく腕を後ろで

    組むシャルル。険しい表情のラウラ。自信ありげに笑う鈴。そして、あくびをしながら

    頭を掻いている南。

     ふっと笑った千冬は、指をさした。

    「神代……それとボーデヴィッヒ。お前ら二人だ」

    「はっ!」

     とっさの指名にもすぐに返事をするラウラ。南からの返事は聞こえない。

    「え、俺か……」

     テンポが少し遅れて、南は伸びをする。

    「うっす」

    「二人とも返事は、はいだ」

    41

  •  千冬のため息交じりの言葉に、二人は何も言わず前に出る。

    「えっ。神代くんとボーデヴィッヒさんって……」

    「大丈夫かな……」

    「神代君ってそんなに強いの?」

     クラスメイトの女子が囁く。

    「気をつけろよ南。お前のISを見たこと無いけど……うん。とにかく気をつけろ」

    「何に気を付ければいいか、結局分からないじゃないか」

     南は笑いながら、手を軽く振った。

    「一夏くん、君の言っていることは実に曖昧で分かり辛い。登山道と同じだ、全貌が全く

    見えない」

     芝居ががかった南の台詞に、一夏の不安は増すばかりだった。

    「……南、頑張ってね」

     シャルルも少し心配そうに南を見つめ、鈴に関しては、先程の明るい表情は消えてい

    た。箒とセシリアもまた苦い表情だ。

    「なんだ?誰か死者でも出たのか?」

     少しだけ不安になった南が言うが、すっかりグランドの離れた所まで来てしまい逃げ

    場はない。

    42 4.蜘蛛の戦闘

  • 「神代 南……織斑一夏よりは楽しませてくれよ?」

     ラウラが嗜虐的に笑う。

     と、同時にISを展開。

     ドイツの第三世代型で、肩の大型レールカノンが目立つ漆黒のIS。

     南はそれを見届けた後、自身のISを展開。

     光の粒子が南を包むと同時に、展開は終わった。

     ISとは、飛行機能を備えた、究極の搭乗型機動兵器である。

     シールドエネルギーによるバリアーや「絶対防御」などによって、あらゆる攻撃に対

    処できる。そのため、操縦者が生命の危機にさらされることはほとんどないことから

    も、兵器としての性能の高さが伺える。

     装着時の全長はISによって当然異なるが、大体は三mを優に超える。

     しかし、南のISは前述した兵器を体現するには些か小柄であった。

     極限まで軽量化した……というわけではなく、「初めからこのようなIS」であるよう

    だった。

     ラウラと比べても、やはり一回りか小さく見える。

     そんな南を見て、ラウラは笑った。

    「はっ、随分と可愛らしいISではないか」

    43

  • 「巨人に昇れば、巨人より遠くが見える」

    「なに?」

     南の言葉に、ラウラは顔をしかめた。

     変わらない表情、変わらない口調で南は続ける。

    「自分より大きな力を借りれば、成長できるって意味だ」

    「私を利用することなど許さん……振り落としてやる」

     ラウラの表情は険しい。

    「それでは、はじめっ!」

     千冬の声と同時に、ラウラは肩のレールカノンを放った。

     南は右に飛ぶ。

     転がり避けた先で、顔を上げると既にラウラは次発を放っていた。

    「うおっと!」

     それをジャンプで躱す。

     着地と同時だった。

    「はぁっ!」

     ラウラの手首から展開されたプラズマ手刀が直撃する。

    「ふんっ、他愛のない」

    44 4.蜘蛛の戦闘

  •  ラウラは無表情のまま、吹き飛ぶ南の方を睨んだ。

     滑るように転がり、倒れ込んだ南を見て、一夏を含む一・二組の生徒は肩を震わせる。

     もう終わっちゃった……と誰かが小さく呟いた。

    「ほう、中々の威力だ」

     声がする。

    「なっ!?」

     ラウラの表情がそこで初めて変わった。

     南は何事もなかったように立ち上がったのだ。

    「だが、そんなんじゃ俺は倒せない」

     南はそう言って、どこからともなく不思議な形状の刃が付いたナイフを取り出した。

    「さぁ、皆の手本となるような実践にしようじゃないか」

     両手を広げる南。

     ラウラには、一瞬だけ見えた。

    「お前のシュ……ヴァア……なんとかかんとか…………シュークリーム・レーズン? 

    と」

     その背後に大きな『蜘蛛』の影が……。

    「俺のIS、フィアー・スパイダー・ロージングでな」

    45

  •      ───蜘蛛の糸は、

     同じ太さであれば鋼鉄をも凌ぐ、自然界最強のファイバーである。それはナノ単位で

    構成された天然の複合材。

     人工繊維を遥かに凌ぐ靭性を活かし、海外の軍事産業においては、様々な研究が進ん

    でいる。

     そんな蜘蛛の糸を、対IS兵器用に適応させたのが、南のISを完成させた『組織』で

    あった。

     全身にその糸を無数に束ねて作られた鎧は、南を甘く見ているラウラの攻撃など通さ

    ない。

     南のISは、蜘蛛をモチーフにした……のではない。

    「くそっ! 私に本気を出させたことを、後悔させてやる!」

     蜘蛛そのものなのだ。

    「そうか」

    46 4.蜘蛛の戦闘

  •  突進してくるラウラに対して、南は取り出したナイフを向けることもなく、立ち尽く

    す。

     またも、プラズマ手刀が直撃する寸前……

    「!?」

     ラウラの攻撃が、虚空で弾かれた。

     弾かれた反動で体が大きく開く。

    「がら空きだぞ」

     南は身を低くして、容赦なくラウラを切りつけた。

    「があっ!」

     声を漏らしたラウラが後退する。南はその隙を逃さない。

    「よいしょ───」

    「調子に乗るな!」

     追撃に走った南の動きが止まった。

     それは、ラウラが右手を伸ばしたのと同時だった。

    「おお、動けねぇ」

     南に驚いた素振りはない。

    「AIC……」

    47

  •  一夏が苦々しく歯を軋ませる。

     セシリアも同様だった。

    「対象を任意に停止させることができるなんて……一対一では反則的な能力ですわ」

    「まぁ、私たちはそんなのあんまり関係なくやられたんだけど……実際、一対一じゃな

    かったし」

     鈴がボソッと呟いた。

    「鈴さん、余計なことは言わなくていいですっ」

     右手を伸ばしたままで、レールカノンの照準が南を捉える。

    「この距離での砲撃にも、そんな余裕な顔が出来るかっ!」

     ラウラが叫ぶと同時に射出。

     しかし、爆発したのは南ではなく、レールカノンそのものであった。

    「くっ!? 暴発だと!」

     後ずさるラウラに南は突進する。

    「蜘蛛はいつだって罠を張っている……」

    「うぐっ」

     南の突進を受けて後退したラウラはそこで、ようやく気付いた。見えてしまった。

    「なぁっ!?」

    48 4.蜘蛛の戦闘

  •  ISのハイパーセンサーは、どれだけ小さくても、どれだけ目視が難しいものでも無

    慈悲に見通す。

     しかし、熱くなり冷静さを失っていたラウラには、気付くことができなかった。

     自分の正面だけでなく、今立っている地面にまで張り巡らされた無数の蜘蛛の糸に

    ……。

    「なんだ、この糸は……一体、いつ……」

     動揺するラウラに対して、南は冷静だった。

    「初めからだよ……俺が巨人云々言ってた時から、すでに準備は始まっていた」

     南は続ける。

    「さっきお前の手刀が弾かれたのも、お前の肩のゴツイのが暴発したのも……全部俺が

    罠イト

    仕掛けた

    だ」

     ラウラは混乱と同時に、自分の心臓がこんなにも早く動くのかと、少し冷静な分析も

    出来た。

    (空中に張られているだけでなく、私の武器にまで糸を……何重にも張っていたという

    のか……)

     ラウラはそこまで結論に至って───

    「あ、あああああああ!!」

    49

  •  考えることをやめた。

     それでいて慎重だった。

     何も考えずに弾けるように跳ぶのではなく、張り巡らされた糸を躱し、躱し……

     それでも南は立ち尽くす。

     ───蜘蛛は構えない。

     人は戦闘時に、普段とは違う姿勢で挑むが、蜘蛛は違う。

     むしろ普段通り。

     攻めの気配を消し、獲物が近づいてきたところで……

    「ふんっ!」

     牙を剥く。

    「ふぐっう!」

     ラウラの姿勢が、南の打撃で崩れた。

     そして打つ、撃つ、討つ……

     これが蜘蛛である「フィアー・スパイダー・ロージング」の戦闘。

     ドサッと倒れこんだラウラを見て南は……

    「どうだ?俺を肩から落とせそうか?」

     と、呟いた。返事はない。

    50 4.蜘蛛の戦闘

  • 5.昼食と夕食

      ラウラ・ボーデヴィッヒに圧勝した南は、ISを待機状態に戻して、手をパンパンと

    叩いた。

    「す、凄いな南!」

     一夏が興奮した声を上げる。

     遅れて、数名の女子も続いた。

     南の表情は変わらない。

     右手を小さく挙げて、声に応えるだけだった。

    「おい、神代」

    「へい」

    「はい、だ」

    「なんですか?」

     千冬の声に南は振り返った。

    「どれだけ強く殴ったんだ。ボーデヴィッヒが起きんぞ」

     そう言われた南はラウラの方を覗く。確かに倒れたまま動かない。

    51

  • 「医務室まで運んでやれ」

    「分かりました。医務室は……」

     南はラウラを持ち上げようと膝をつきながら聞いた。

    「ああ、あそこから校舎に入ってすぐ、右手の廊下沿いにある。頼んだぞ」

    「うす」

     短く返事をした南は、ラウラを抱きかかえて歩き出した。

    「お、お姫様抱っこ……」

    「う、うらやましい……」

    「わ、わたしもしてほしい……」

    「お、織斑くんでもいいけど……」

     何故か、語頭を二度言う女子を無視して、南は歩みを進める。

      「ん……んぁ……ここは……」

    「医務室だ。もう四限が終わる」

     「っ! お、お前……!」

     目が覚めると早々に起き上がり、南を睨みつけるラウラ。

    52 5.昼食と夕食

  • 「なんだ、元気じゃないか……五限の美術には遅れないようにな」

     医務室にいた教諭は、勝手にベッドを使えと南に、乱暴に言いつけたあと、医務室を

    飛び出した。

     何が何だかわからないまま、南はラウラをベッドに寝かせ、自分もその隣に丸椅子を

    並べて座っていた。

    「ふん、余計なお世話だ……」

     悔しさからか、怒りからか……身を振るわせて目を閉じていたラウラが、もう一度目

    を開く。

     そこにはもう南の姿はなかった。

      「おう、南。どうだ? ラウラの調子は?」

     医務室を出て、ロッカーで着替えたあと、教室に戻る途中で一夏が南に声をかけた。

    「ああ、一応目は覚めた。起きて早々、何やら怒っていたし、すぐに良くなるだろう」

     ポケットに手を入れたまま、南は答える。

     そうか、と一夏が小さく笑った。

    「あ、これから昼飯食いに屋上に行くんだけど、お前も来るだろ? 皆来てるぞ」

    53

  • 「いいのか?」

    「そりゃあ、そうだろ。な、行こうぜ」

    「あぁ」

     皆、というのがどの範囲の皆なのかはよく分らなかったが、南は流れに任せて頷く。

     途中の購買でパンを買い、屋上に向かった。

       「あ。一夏〜、南〜」

     屋上に上がると、すぐにシャルルが手を振って二人を呼んだ。

     一緒にいたのは、箒、セシリア、鈴だ。

    「おう、お待たせ」

    「なんだなんだ、いい景色じゃないか」

     パンが入った袋を置いて、南が大きく伸びをする。

    「……ここって、生徒が使っていい屋上か?」

     周りを見渡しても誰もいない屋上に、南が不安げに聞いた。

     芝生も綺麗に敷き詰められているのだが、利用者は他にいない。

    54 5.昼食と夕食

  • 「まぁ、怒られたことないし、他の生徒も使ってるの見たことあるし……大丈夫だろ。そ

    れより、早く食おうぜ」

     一夏が待ちきれない様子で座り込んだ。

    「それもそうだ」

     各々で自分の昼食を用意し、食べ始める。

    「ほぉ……皆、見事にバラバラだな」

     南はパンに齧り付きながら言った。

     一夏はおにぎりを、箒は小さめの弁当、セシリアはサンドイッチ、鈴の弁当には酢豚

    しか見えない。シャルルはサラダとインスタントのスープだった。

    「ん?」

     南は目を見開く。

    「鈴……その酢豚……」

    「なになに、美味しそうって? そんなに言うなら、少し分けてあげるわよ。あたしの手

    作り酢豚」

     恐る恐る口を開いた南に、鈴は嬉しそうに言った。

    「パイナップルが入ってないか?」

    「え? 入ってるけど……」

    55

  • 「考えられない……俺には、許せないものが三つあってな。ワースト三だ」

    「三つ?」

     箒が聞く。

    「料理に入ったパイナップルと、昼寝を邪魔されることと、それから、いただきますを言

    うよりも先に料理の写真を撮る奴だ」

    「なっ!? そこまで言うなら食べてみなさいよ!」

     鈴が弁当箱を押し付けようと体を乗り出す。

    「てか、鈴。弁当……酢豚だけか?」

     今度は、一夏が鈴の弁当を覗き込んだ。

    「何よ。いけないわけ?」

    「い、いけなくは無いが……さすがに酢豚だけと言うのは……」

     箒が若干引き気味に言う。

    「……じゃあ、アンタのご飯ちょっと寄越しなさいよ」

     そう言って鈴は、箒の弁当のご飯に箸を伸ばす。

    「お、おい! これは私の分だ! 勝手に取るな!」

    「ちょっと鈴さん! 暴れないでください! はしたないですわよ!」

     セシリアの声にも、鈴は止まらない。

    56 5.昼食と夕食

  •  まあまあと一夏が止めに入る。

    「ねえ、南」

     シャルルが声をかける。

    「ん、どうした」

     まだありえないと、呟きながらパンを齧っていた南は、もごもごと口を動かしながら

    シャルルに向き直った。

    「南のIS、凄いね。僕、初めて見たよ」

    「そうか?まぁ、さすがに現存する全てのISを把握するのは、いかに優等生のシャルル

    君でも難しいだろう」

     南は頬を掻いて笑う。

    「うん。でもね、あそこまで軽量化された専用機は初めて見た……あれってさ……」

     距離が近い。南は率直に思った。

     思わず身を引く。

     しかしそれにも構わず、シャルルはグイグイと体を寄せた。

    「まぁまぁ落ち着け。どうした」

     南はなんとか体を起こしながら、シャルルの肩を叩いた。

    「ご、ごめん」

    57

  •  シャルルが自分の体勢に気付いたのか、顔を赤くして座り直した。

    「そうですわ!神代さん!」

    「アンタのIS、あれって」

    「一体どうなってるんだ!」

     ようやく一息ついたかと思いきや、今度はセシリア、鈴、箒だった。

    「助けてくれ一夏」

    「そんなこと言われてもなぁ」

     一夏は苦笑いを浮かべる。

    「俺も気になるし……」

    「まったく、俺の許せないもののワースト三だ。料理に入ったパイナップルと、非協力的

    な友人と、それから『さっきのワースト三と違うじゃないか』って指摘してくる奴」

     南はため息をつきながら言った。

    「分かった分かった。皆、南もこう言ってるし、今日はこれくらいに……」

    「あれは、糸というのは……」

    「軽量化されていますが、装甲に問題は……」

    「あのナイフ、あんなのでダメージに……」

    「良ければ、もっと南のISについては詳しく……」

    58 5.昼食と夕食

  •  そんな一夏の言葉も虚しく、質問責めに合う南。

    「待て待て。一つ聞きたいんだが……ISってなんだ?」

     誤魔化してみたが、無意味だった。

        「あ、神代くん……お、おかえり」

    「ああ、帰ったぞ」

     授業で分からないところを、山田先生を捕まえて教えてもらい、セシリアを捕まえて

    教えてもらいとしていたら、時刻は午後の六時を回った。

     さらにその後、お礼にと自分のISについて少し話していたことで、時刻は午後の七

    時。

     腹は減っていたが、疲れからか、食堂に行くことすら億劫で部屋に帰ってきていた。

    「ん。この匂い……カレーか……?」

     食欲そそるカレーの匂いに、南は鼻をすんすんと動かす。

    「うん……作ってみたんだけど……た、食べる……?」

    59

  •  伏せ目がちに問う簪に、南は小さくガッツポーズする。

    「いいのか?悪いな。実に申し訳ない……いやー、本当に。本当だ」

     よく分からないことを言いながら、南は上機嫌で洗面台に向かい、その後で、部屋着

    に着替えた。

    「できた……食べよ……?」

     綺麗によそわれたカレーの隣には、小さなサラダが添えられていた。付け合わせとし

    てはいい具合の量だった。

    「いただきます」

    「きやす」

     ちゃんと手を合わせて食べ始める簪と、いち早くスプーンを持って頬張る南。

    「うめぇ」

     小さく呟き、その時間さえ勿体無いと、更にカレーを口に運ぶ。

    「そ、そう……」

     若干、頬を赤くした簪も少しだけスプーンですくった。

    「あ、そう言えばな……お前がこの前言ってた特撮ヒーロー、十話まで見たが信じられな

    かったぞ」

    「え?」

    60 5.昼食と夕食

  •  一瞬で、簪の表情が固まった。

     スプーンを落としそうになる。

    「信じられないくらい面白い。あれをリアルタイムで見られないとは、残念だ」

    「び、びっくりした……」

     胸を撫でおろした簪は、いやー、アレは素晴らしいなと話す南に言った。

    「早く、三十話まで……見てほしい……本当に面白い、から」

    「先は長いな」

     南は笑って水を含んだ。

    「ふふ……」

     簪も微笑みながら、またカップに手を伸ばした。

    「それにしても」

     南は、カレーを口に運ぶ動きを止めない。

    「こう美味しいカレーを食べられるのはいいが、年頃の男女が同じ部屋で同棲というの

    は、どうなんだ……」

     簪の頬が赤くなる。

    「そ、そうだね……」

    「まったく、どうなっているんだ日本は」

    61

  •  スプーンを置いて「別に嫌なわけじゃないぞ」と続ける南に、簪は言った。

    「あ、ここは日本であって、日本じゃないよ……」

     南の表情が曇る。

    「哲学か?」

    「ううん、そうじゃなくて……このIS学園には、特記事項というのがあって……その一

    つに、この土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと……学園

    の関係者に対しては、一切の干渉が許されないという国際規約があるの」

     簪の声が段々と低くなっていくが、南は目を反らさずにソレを聞いていた。

    「だから、このIS学園は日本国にあるというだけで、厳密には、日本ではない……」

     言い終わると同時に、簪は息を吐いた。

     南もふむ……と唸る。

    「……凄い記憶力だな」

    「へ……?」

     素っ頓狂な声が、簪から漏れた。

     まるで予期せぬ言葉だったからだ。

    「よくそんなことを覚えているな……もう頭から出て行きそうだ」

     南が頭を抱えながら言う。

    62 5.昼食と夕食

  • 「生徒手帳に、書いてあるよ……」

    「そうか……特撮よりも先に生徒手帳を読んだ方がいいんじゃないか……」

     ため息と同時にそんな言葉が出た。

     しかし、同時に簪がガタっと立ち上がる。

    「だ、だめ……」

    「何がだ?」

    「特撮が先……」

         翌日。

     登校してきたラウラの表情に、いつもの険しさはなく、どこか無気力だった。

     千冬に呼ばれても生返事。その結果、出席簿で殴られ頭を抱えるというシーンが二度

    あった。

    「おい、どうした。今日は」

     休み時間に南は、またも考えごとをしているラウラに呼びかけた。

    63

  • 「ああ……」

     それでも、生返事が返ってくるだけ。

     いつもなら、噛み付く勢いで話しかけるなと騒ぎ出すのだが、それもない。

     顎元に手をやり、首を傾げる南は尋ねる。

    「なんだ、昨日俺に負けたことを気にしてるのか?」

     こう言えば、多少強い口調で返事が返ってくると思ったからだ。

     しかし、それでもラウラはただ頷いた。

    「う、うむ……」

    「あまり気にするな。俺を舐めていたから攻撃が通らなかった、それだけだ。次は分か

    らない……それに、話は聞いているぞ。あのセシリア嬢と鈴を一人で相手して、圧勝し

    たらしいじゃないか」

    「そんなことはどうでもいいんだ……」

    「どうでもいいとか言ってやるなよ」

     昨日、泣きそうになりながら「負けたわけじゃない!」と騒ぐ二人の扱いがあまりに

    不憫で、南は涙を拭うフリをする。

    「お前は……」

     少し間を空けて、ラウラが口を開いた。

    64 5.昼食と夕食

  • 「お前は、何のために力を得たんだ。私は戦うために作られ、戦うために生まれ、戦うた

    めに育てられ、鍛えられた……そんな私を、お前はいとも簡単に退けた……」

     ラウラの目が南を捕らえる。

     真っ直ぐに。

    「そんな力を一体なぜ……どこから……分かっている、私は最強ではない。教官を初め、

    上には上がいる……男であるお前は、何のためにISに乗ることができ、何のためにそ

    の力を得た?」

     「…………」

     答えは、返ってこない。

    「おい」

     ラウラが、目を閉じている南の腕をチョンっと触る。

    「っ!? びっくりした! どうした」

    「き、貴様……聞いていなかったというのか……私が、私がぁ……」

     ラウラは体を震わせると同時に、立ち上がった。

    「私がなんだ?」

     千冬の声がラウラの頭上から降ってきた。

     ビクッと、違う意味で体を振るわせたラウラは、ゆっくりと振り返った。

    65

  • 「きょ、教官……」

     出席簿がラウラの頭を弾いた。

    「織斑先生だ、何度言わせる。そして今日、何度私にお前の頭を叩かせるつもりだ?」

    「も、申し訳……」

    「もういい、早く座れ」

     南を睨むことも忘れてラウラは席についた。

    「ん、デュノアがいないな……織斑、知らないか?」

    「遅れました!」

     千冬が一夏に問うと同時に、扉が開く。

     遅いぞ! と叱る千冬の方を、南は険しい顔で見ていた。

    66 5.昼食と夕食

  • 6.推理

      夜になっても、IS学園の校舎は明るい。

     多くの生徒は夜遅くまで居残り、勉学に、ISの整備にと励むからだ。

     しかし、そんなIS学園の校舎で唯一薄暗く、頼れるのは月明りだけになる場所があ

    る。

     屋上だ。

     その日の空は、雲一つない綺麗な夜空だった。月明りが優しく辺りを照らしていた。

     ラウラが南へ悩みを打ち明け、千冬に叱られていたその日の夜だ。

    「どうしたの。こんな時間に」

     風が微かにそよぐ。

     シャルルは呼び出された相手の背中を見つけ、声をかけた。

     屋上にはその二人以外、当然誰もいない。

    「ああ、話があってな」

     シャルル・デュノアを呼び出した張本人である神代 南は振り返る。

     いつもと変わらない表情。

    67

  •  しかし、シャルルはどこか胸騒ぎを覚えていた。

    「話……?」

    「ああ。単刀直入に言うぞ」

     南はポケットから手を出すことなく、息を吐いた。

     二人の距離は五メートルもない。

      「お前、女なんだな」

       静かな、それでいてハッキリとした声だった。

    「え……」

     シャルルの目が大きく開いた。心臓が激しく動いているのを感じる。

     しばらく沈黙が続いた。

     それは三十秒か、五分か……。

     正確な時間は分からない。

     しかし、シャルルが頭を動かし、適切な言葉を選ぶのには充分な時間だった。

    68 6.推理

  • 「や、やだな〜南。そんな冗談を言うために僕を呼んだの?」

     声が震えないように必死だった。

     いつもにように笑って、いつものように誤魔化す。

    「僕は確かに、中性的な顔をしているかもしれないけど、男だよ」

     目の前の南の表情は、変わらない。

    「南の冗談は好きだけど、もっと分かりやすくしてくれないと……それか、一夏がいる時

    ね。彼ならツッコんでくれるから」

     あはは、と笑うシャルルの頬に汗が垂れた時、南の口が開く。

    「今日、授業に遅れてきたな」

    「え?ああ、織斑先生の……そう、この学校は女子高だからね。男子トイレは校舎に一つ

    だし、遠くて大変なんだよ……南もそうでしょう?」

    「ああ、そうだな……」

     南は右手をポケットから出して頷いた。

     髪を触る。

    「そのトイレの中で言ってたじゃないか……『男の子のフリするのも大変だな。目の前

    にトイレがあるのに使えないし……』って」

     またもシャルルの目が大きく開かれた。

    69

  •  今度は少し後ずさる。

    「な、なんで……」

     シャルルはそこまで言って、ハッと口を抑えた。

    「さすがに自分が言ったことを、一言一句違わずに繰り返されると、動揺するよな」

     南がゆっくり歩き出す。

     月が映す長い影が、どこか異様に見えた。

    「何でって聞いたな……コレだよ」

     後ずさるシャルルの目の前まで来た南は、彼……否、彼女の肩に触れる。

    「っ!?」

     何かされると目をぎゅっと閉じたシャルルだったが、痛みや変な感覚もなく、恐る恐

    る目を開いた。

    「そ、それは……糸……?」

     ───糸を通してコミュニケーションを取る蜘蛛が、存在する。

    『ヨツデゴミグモ』

     世界に約120種存在するゴミグモ属の一種。

     この蜘蛛の雄は、雌に接近する際「交尾糸」と呼ばれる糸を繰り出し、振動によって

    会話をすることが知られている。

    70 6.推理

  •  この糸は、雌に獲物と間違われないためのものであり、遠隔地で相手の状態を知るた

    めの情報伝達機器なのである。

    「糸なんて、いつ……」

    「俺たちがここで昼飯を食べたあの日……」

     シャルルの驚きが止まらない。

     走ったわけでもないのに息が切れる。

    「お前が俺のISに迫ろうと体を寄せてきて、それを押し返した時だよ」

     確かにあの時、南はシャルルの肩を押した。

     そう言われて、肩に南の手の感触が蘇ったような気がした。

    「そ、そんな……なんで……」

    「初めて会った時から怪しいとは思っていた」

    「えっ……初めから……?」

    「ああ、初めて会った時、握手しただろ。あの時も……糸は、お前が女であることを、俺

    に教えてくれた」

     シャルルは膝から崩れ落ちそうになる。

     必死に力を入れるが、震えは止まらない。

    「ただ、どうしてこんな嘘をついていたのかが分からなかったし、確証もなかった」

    71

  • 「そんな時、僕がトイレで言っちゃったんだ……」

    「そういうことだ」

     南の冷静な声に、シャルルは不思議と落ち着きを取り戻した。

     どんな嘘も見破られる。意味がない。

     そんな諦めからかもしれない。

    「そう、僕は本当は女……嘘ついてごめんね、南」

     そう言って笑うシャルルの表情は固い。

    「一夏にもバレちゃってるんだけどね……アレは仕方ないにしても、南にまでバレると

    は……あんなに努力したのに、水の泡だよ」

     腕を後ろに組んで空を見上げるシャルル。

     南の声色が少し明るくなった。

    「俺の推理を聞かないか?」

     芝居がかった台詞に、シャルルは思わず噴き出した。

    「あははっ、名探偵ミナミの推理ショーだね。楽しみ」

    「どうしてお前が、わざわざ男としてこのIS学園に来たのか……」

     南はゆっくりとシャルルの周りを歩き出した。

     シャルルも、そんな南を捉えようと体の向きを変える。

    72 6.推理

  • 「この間教えてくれたよな、自分の実家はフランスのデュノア社だと……デュノア社。

    調べてみたよ」

     ますます芝居がかった台詞。それに加え、先日一夏に話したことを確かめるような内

    容に、シャルルは笑みを崩さない。

    「経営難らしいじゃないか。他の会社が第三世代型ISの研究に取り組む中、結果が出

    せてないらしいな」

     南を目で追っていく中で、シャルルは気付いた。

     彼の視線がチラチラと下を向いている。

     気になって、目を凝らすと……

    (え、カンペ……?)

     心の中で、思わず呆れた言葉が出た。

     南はデュノア社について調べたと言ったが、本当は簪が代わりに調べた情報であるこ

    とをシャルルは知らない。

    「男であれば、注目を浴びる。そんな広告であると同時に……」

     シャルルがカンペに気付いていることに気付かない南は、気持ち良さそうにチラチラ

    とカンペを覗いては、言葉を紡ぐ。

    「同じ男だということを利用し、一夏という特殊な存在のデータを収集し易くするため、

    73

  • と言ったところだろう」

    「そのとお───」

    「さらに!」

     シャルルがその通りだよ、と告げようとするのを、南は遮った。

    「へ?」

     これ以上ない百点満点の回答であるのに、何を付け足すことがあるのか。

     シャルルは先程までとは違う、不安な気持ちになった。

    「女子高であるこの学園で、男は貴重な存在。浮足立ち気味な華の女子高生を陥れるこ

    とは容易!」

     南は止まらない。

     声が大きくなっていることには、気付いているだろうか。

    「あわよくば、複数の女子生徒とも親密な関係を築き、様々なISのデータを収集する

    ミッションもあったんだ!」

     色んなISのデータを収集するのは僕だけじゃなくて、セシリアさんやラウラさんも

    だよ、という言葉が出そうになったシャルルは、あと一歩のところで何とか言葉を飲ん

    だ。

    「男装して女子に近付く……このことから導き出されるのは……」

    74 6.推理

  •  カンペをくしゃりと、握りつぶした右手の人差し指をシャルルに向ける南。

    「お前は男でないにも関わらず、同性である女が好きだという性癖の持ち主なんだ!」

    「ええっ!?」

     衝撃の言葉に、シャルルも南に負けず劣らず、大きな声を出す。

    高速切替

    ラピッド・スイッチ

    「お前の特技として、IS装備の

    というのがあるそうじゃないか。�