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宮下光令 教授 みやしたみつのり:1994年3月東京大学医学部保健学科卒業, 臨床を経験した後,東京大学大学院医学系研究科健康科学・ 看護学専攻助手・講師を経て,2009年10月東北大学大学院医 学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野教授。専門は緩和 ケアの質の評価。 東北大学大学院 医学系研究科 保健学専攻 緩和ケア看護学分野 Quality of care in hospitalized cancer patients before and after implementation of a systematic prevention program for delirium: the DELTA exploratory trial. Ogawa A, Okumura Y, Fujisawa D, Takei H, Sasaki C, Hirai K, Kanno Y, Higa K, Ichida Y, Sekimoto A, Asanuma C. Support Care Cancer. 2018 Jul 17. doi:10.1007/s00520-018-4341-8. [Epub ahead of print] がん患者に対する 看護師を中心とした 多職種によるせん妄の予防と 早期発見・早期対処: デルタプログラムの有効性 連載 第 25 回 今回は,がん患者に対するせん妄予防プロ グラムとして日本で開発された「デルタプログ ラム」の有効性を検証した論文を紹介します。 デルタプログラムは,国立がん研究セン ター東病院を中心に日本で開発された,せん 妄の予防と早期発見・早期対処のためのプロ グラムです。既に学会や講演会,書籍などで 紹介されているので,聞いたことがある方も 多いと思います。 本研究は,国立がん研究センター東病院に おいて,プログラム運用の前後比較研究とし て行われました。デルタプログラムの運用開 始前6カ月間に収集したデータと,運用開始 後6カ月間のデータを比較したものです。対 象は,当該期間中に緩和ケア病棟を除く,す べての一般病棟に入院した患者(介入前4,180 人,介入後3,797人)でした。 プログラムの詳細をに示します(これ は,国立がん研究センターWebサイトから の引用ですが,おそらく本研究内容とほぼ同 じだと思われます)。このプログラムの特徴 は,①「教育プログラム」と「運用プログラム」 に分かれていること,②看護師を中心にスク リーニングや予防的対応,定期的なモニタリ ングと早期発見を試みること,③看護師を中 心としているものの主治医や薬剤師などとの 連携による多職種チームアプローチであるこ となどが挙げられます。せん妄予防のために 部署や人員を新しく配置するのではなく,既 存の仕組みの中で,どの病院でも比較的無理 なく取り入れられるような内容になっていま す。Webサイトによると,せん妄に関して 「個々の医療者がせん妄の症状を観察・評価 でき,自信をもってせん妄と判断する」「個々 の医療者が判断から具体的な次の行動をとる ことができる」「チームでせん妄を見る目線 を揃えて情報を共有する」などの課題を見い だし,それに対応できるようなプログラムを 作成しています。 結果はのとおりです。介入前のせん妄発 症率は7.1%であるのに対し,介入後では 4.3%と大幅な減少が見られました。また, せん妄に関連する事故(転倒と自己抜去)で も同様の結果が得られ,薬剤の処方などにも 違いが見られました。外科手術を受けた患者 とそれ以外の患者で分けて分析したところ, 結果はほぼ同様でした。 本研究はがん患者を対象としたものでした が,多くの急性期病院で,本介入は有効であ る可能性が高いと思います。あなたの病院で も,デルタプログラムを導入してみませんか? 102 エンドオブライフケア Vol.2 No.4

がん患者に対する 看護師を中心とした 多職種によるせん妄の ...plaza.umin.ac.jp/~miya/oncolnurs25.pdf0.95 * 0.90* 介入前介 入後 オッズ比(注)

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宮下光令 教授

みやしたみつのり:1994年3月東京大学医学部保健学科卒業,臨床を経験した後,東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻助手・講師を経て,2009年10月東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野教授。専門は緩和ケアの質の評価。

東北大学大学院 医学系研究科保健学専攻 緩和ケア看護学分野

Quality of care in hospitalized cancer patients before and after implementation of a systematic prevention program for delirium:the DELTA exploratory trial. Ogawa A, Okumura Y, Fujisawa D, Takei H, Sasaki C, Hirai K, Kanno Y, Higa K, Ichida Y, Sekimoto A, Asanuma C. Support Care Cancer. 2018 Jul 17. doi:10.1007/s00520-018-4341-8.[Epub ahead of print]

がん患者に対する看護師を中心とした多職種によるせん妄の予防と早期発見・早期対処:デルタプログラムの有効性

連載 第25回

 今回は,がん患者に対するせん妄予防プロ

グラムとして日本で開発された「デルタプログ

ラム」の有効性を検証した論文を紹介します。

 デルタプログラムは,国立がん研究セン

ター東病院を中心に日本で開発された,せん

妄の予防と早期発見・早期対処のためのプロ

グラムです。既に学会や講演会,書籍などで

紹介されているので,聞いたことがある方も

多いと思います。

 本研究は,国立がん研究センター東病院に

おいて,プログラム運用の前後比較研究とし

て行われました。デルタプログラムの運用開

始前6カ月間に収集したデータと,運用開始

後6カ月間のデータを比較したものです。対

象は,当該期間中に緩和ケア病棟を除く,す

べての一般病棟に入院した患者(介入前4,180

人,介入後3,797人)でした。

 プログラムの詳細を図に示します(これ

は,国立がん研究センターWebサイトから

の引用ですが,おそらく本研究内容とほぼ同

じだと思われます)。このプログラムの特徴

は,①「教育プログラム」と「運用プログラム」

に分かれていること,②看護師を中心にスク

リーニングや予防的対応,定期的なモニタリ

ングと早期発見を試みること,③看護師を中

心としているものの主治医や薬剤師などとの

連携による多職種チームアプローチであるこ

となどが挙げられます。せん妄予防のために

部署や人員を新しく配置するのではなく,既

存の仕組みの中で,どの病院でも比較的無理

なく取り入れられるような内容になっていま

す。Webサイトによると,せん妄に関して

「個々の医療者がせん妄の症状を観察・評価

でき,自信をもってせん妄と判断する」「個々

の医療者が判断から具体的な次の行動をとる

ことができる」「チームでせん妄を見る目線

を揃えて情報を共有する」などの課題を見い

だし,それに対応できるようなプログラムを

作成しています。

 結果は表のとおりです。介入前のせん妄発

症率は7.1%であるのに対し,介入後では

4.3%と大幅な減少が見られました。また,

せん妄に関連する事故(転倒と自己抜去)で

も同様の結果が得られ,薬剤の処方などにも

違いが見られました。外科手術を受けた患者

とそれ以外の患者で分けて分析したところ,

結果はほぼ同様でした。

 本研究はがん患者を対象としたものでした

が,多くの急性期病院で,本介入は有効であ

る可能性が高いと思います。あなたの病院で

も,デルタプログラムを導入してみませんか?

102 エンドオブライフケア Vol.2 No.4

Page 2: がん患者に対する 看護師を中心とした 多職種によるせん妄の ...plaza.umin.ac.jp/~miya/oncolnurs25.pdf0.95 * 0.90* 介入前介 入後 オッズ比(注)

引用・参考文献1)国立がん研究センターホームページ:DELTAプログラムについてhttps://www.ncc.go.jp/jp/epoc/division/psycho_oncology/kashiwa/090/20171115095243.html(2018年8月閲覧)2)特集「DELTA(デルタ)プログラム」って知ってる? 「これ,せん妄?」と思ったときの対応とケア,エキスパートナース,Vol.33,No.12,2017.3)特集 がん患者のせん妄~予防・早期発見・ケア~,がん看護,Vol.20,No.5,2015.

デルタプログラムの資料などは,本論文の著者の国立がん研究センター東病院・小川朝生先生にお問い合わせください(本稿は,ご本人の承諾を得て,ここに記載しています)。

《図》DELTAプログラムの構成

DELTAプログラム

教育プログラム●90分のセッションが基本

●せん妄の症状評価トレーニングを動画を用いて行い,講義では伝わりにくい観察ポイントを視覚で提示する

●せん妄への対応を実践するロールプレイを含め,行動にアプローチすることをめざした要素を盛り込み,即実践につながる

運用プログラム●対応の流れをシート1枚にまとめた●シートを見れば「何をすればよいか」がすぐにつかめるDELTAプログラムを用いたせん妄への系統的な対応のながれ

国立がん研究センターホームページ:DELTA プログラムについて

教育プログラムと運用プログラムから成る

薬剤師:持参薬確認

(リスク薬剤確認)

主治医:予防的対応(多剤併用),

せん妄時の指示変更

主治医:せん妄時の原因治療開始

予防

早期発見

患者入院

せん妄改善

看護師:リスク評価(アセスメントシート)

看護師:定期的なせん妄のモニタリングを実施

看護師:せん妄早期発見

原因に応じた早期対応開始(アセスメントシート)

看護師:予防的対応(脱水予防,疼痛評価)

ハイリスク群の同定

「すばやい対応」と「系統だった対応」が可能に

せん妄の発症せん妄を発症していなかった日数(入院期間に対する割合)転倒または自己抜去ベンゾジアゼピン系薬剤の処方ベンゾジアゼピン系薬剤を使用していなかった日数(入院期間に対する割合)抗精神病薬の処方抗精神病薬を使用していなかった日数(入院期間に対する割合)退院時ADLが自立していた割合入院期間中央値(四分位範囲)入院費用($)

7.1%97.8%3.4%28.8%

86.9%

15.2%

94.7%

93.0%10日(7~16日)

5,320

4.3%98.5%2.6%24.0%

90.6%

20.8%

92.6%

95.9%10日(7~15日)

5,108

0.52*

1.02*

0.71*

0.79*

1.03*

1.50*

0.98*

1.94*

0.95*

0.90*

介入前 介入後 オッズ比(注)

* P<0.05

注 介入前に対して,介入後で何倍,アウトカムの事象が起こったかを意味する。せん妄の発症に関して0.52という数値は,介入前より介入後のせん妄発症が0.52倍,すなわち,約半分に減少したことを示す。

《表》デルタプログラムの評価

103エンドオブライフケア Vol.2 No.4