4
95 東洋食品研究所 研究報告書,31,95 − 98(2016) 1.研究の目的と背景 食物の味は甘,酸,塩,苦,旨味の 5 基本味から構成さ れる.これらの味質は口腔内において味蕾で検出される. 味蕾はⅠ,Ⅱ,Ⅲ型味細胞と基底細胞の 4 種類に分類され る.近年の研究により,それぞれの味細胞が異なる味受容 体や味関連分子を発現し,5 基本味がそれぞれ異なる味細 胞型によって受容されることが明らかになってきている; Ⅰ型とⅡ型味細胞がそれぞれ塩味と甘味,旨味,苦味を受 容し,Ⅲ型味細胞が主に酸味を受容する.一方で,基底細 胞はそれぞれの味細胞に分化する機能を有する 1) 味はそれぞれ栄養学的な意味を持つと考えられている. 甘味は食物に含まれるエネルギー源を意味し,塩味はミネ ラル,旨味はタンパク質の存在を示す.一方で,苦味や 酸味は毒物の存在や未熟あるいは腐敗のシグナルを意味 する 1) .甘味や旨味のような嗜好性味質は食べ物のおいし さに強く寄与するが,脂肪も強い嗜好性を引き起こす.脂 肪酸を検出するセンサー分子の発現が味細胞で観察されて いる 2, 3) .このことから,第六の味質候補として「脂肪の味」 が示唆されている.しかしながら,5 基本味に比べ脂肪味 の受容に関する情報は充分ではない. 脂肪の味は脂肪自身から生じるのではなく,脂肪が唾液 リパーゼにより分解され,生成した脂肪酸がその主体を担 うと考えられている 4) .これまでに脂肪酸センサーとして 多くの分子が報告されているが,口腔内における脂肪酸 検出には脂肪酸トランスポーター CD36 及び脂肪酸受容体 GPR40,GPR120が関与すると考えられている 5, 6) .しかし, 口腔内における脂肪酸の受容メカニズムの詳細に関する知 見は多くない.そこで本研究では脂肪味の認識メカニズム 嗜好性味覚シグナルの多様性の検証 東京大学大学院 農学生命科学研究科 成川 真隆 を解明するための一環として,脂肪酸を受容する味細胞タ イプの同定を試みた.まず,味蕾における脂肪酸受容体の 発現を観察した.さらに,電気生理学的・行動学的測定に より脂肪酸に対する味応答を測定した.このとき,味覚欠 損マウスである Skn-1a KO 系統を実験に供した.Skn-1a KO マウスはⅡ型細胞が欠損するため,甘・苦・旨味を検 出することができない 7) .したがって,Skn-1a KO マウス で脂肪酸受容体の発現や,脂肪酸に対する味応答が観察さ れない場合,脂肪酸の味はⅡ型細胞により受容されると判 断することができる. 2.研究の方法 実験動物 動物実験は東京大学農学部実験動物委員会の許 可を得て行った.Skn-1a KO マウスは当研究グループで作 製した個体を用いた 7) .ヘテロ個体同士を交配させ,Wild- type(WT; Skn-1a +/+ )とKnockoutマウス(KO; Skn-1a / のオスを実験に供した.市販固形食を飼料として与え,飼 料と水は Ad lib で与えた. RT-PCR 麻酔下のマウスを頸椎脱臼し,絶命したマウ スから舌を採取した.酵素処理により舌上皮を剥離し, 有郭乳頭および茸状乳頭を含む上皮組織を採取した.比 較サンプルとして,味蕾を含まない舌上皮および十二指 腸も採取した.得られた各組織サンプルをホモジナイズ し,RNA easy mini kit を用いて total RNA を抽出した. SuperScript Ⅲ逆転写酵素を用いて cDNA を合成し,こ れをテンプレートに PCR を行った.PCR に用いたプライ マーを表1 に示した. 表1 プライマーリスト Gene name Forward primer (5' 3') Reverse Primer (5'–3') Cd36 ATCTACGCTGTGTTCGGATCTG ATGGTCCCAGTCTCATTTAGCC Gpr40 GGCTGCTCTGATCTCCTACTG CCCAGGGAACTGGTACTGTTG Gpr120 CCACCTGCTCTTCTACGTGAT GATCTGGTGGCTCTCAGAGTATG Trpm5 CTGATCGCCATGTTCAGCTA GGAGCCAGTGTATCCGTCAT β-actin TGTTACCAACTGGGACGACA TCTCAGCTGTGGTGGTGAAG

嗜好性味覚シグナルの多様性の検証損マウスであるSkn-1a KO系統を実験に供した.Skn-1a KOマウスはⅡ型細胞が欠損するため,甘・苦・旨味を検

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94 東洋食品研究所 研究報告書,31(2016)

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95東洋食品研究所 研究報告書,31,95 − 98(2016)

1.研究の目的と背景

 食物の味は甘,酸,塩,苦,旨味の 5 基本味から構成される.これらの味質は口腔内において味蕾で検出される.味蕾はⅠ,Ⅱ,Ⅲ型味細胞と基底細胞の 4 種類に分類される.近年の研究により,それぞれの味細胞が異なる味受容体や味関連分子を発現し,5 基本味がそれぞれ異なる味細胞型によって受容されることが明らかになってきている;Ⅰ型とⅡ型味細胞がそれぞれ塩味と甘味,旨味,苦味を受容し,Ⅲ型味細胞が主に酸味を受容する.一方で,基底細胞はそれぞれの味細胞に分化する機能を有する1). 味はそれぞれ栄養学的な意味を持つと考えられている.甘味は食物に含まれるエネルギー源を意味し,塩味はミネラル,旨味はタンパク質の存在を示す.一方で,苦味や酸味は毒物の存在や未熟あるいは腐敗のシグナルを意味 する1).甘味や旨味のような嗜好性味質は食べ物のおいしさに強く寄与するが,脂肪も強い嗜好性を引き起こす.脂肪酸を検出するセンサー分子の発現が味細胞で観察されている2, 3).このことから,第六の味質候補として「脂肪の味」が示唆されている.しかしながら,5 基本味に比べ脂肪味の受容に関する情報は充分ではない. 脂肪の味は脂肪自身から生じるのではなく,脂肪が唾液リパーゼにより分解され,生成した脂肪酸がその主体を担うと考えられている4).これまでに脂肪酸センサーとして多くの分子が報告されているが,口腔内における脂肪酸検出には脂肪酸トランスポーター CD36 及び脂肪酸受容体GPR40,GPR120 が関与すると考えられている5, 6).しかし,口腔内における脂肪酸の受容メカニズムの詳細に関する知見は多くない.そこで本研究では脂肪味の認識メカニズム

嗜好性味覚シグナルの多様性の検証東京大学大学院 農学生命科学研究科

成川 真隆

を解明するための一環として,脂肪酸を受容する味細胞タイプの同定を試みた.まず,味蕾における脂肪酸受容体の発現を観察した.さらに,電気生理学的・行動学的測定により脂肪酸に対する味応答を測定した.このとき,味覚欠損マウスである Skn-1a KO 系統を実験に供した.Skn-1a KO マウスはⅡ型細胞が欠損するため,甘・苦・旨味を検出することができない7).したがって,Skn-1a KO マウスで脂肪酸受容体の発現や,脂肪酸に対する味応答が観察されない場合,脂肪酸の味はⅡ型細胞により受容されると判断することができる.

2.研究の方法

実験動物 動物実験は東京大学農学部実験動物委員会の許可を得て行った.Skn-1a KO マウスは当研究グループで作製した個体を用いた7).ヘテロ個体同士を交配させ,Wild-type(WT; Skn-1a+/+)と Knockout マウス(KO; Skn-1a−/−)のオスを実験に供した.市販固形食を飼料として与え,飼料と水は Ad lib で与えた.

RT-PCR 麻酔下のマウスを頸椎脱臼し,絶命したマウスから舌を採取した.酵素処理により舌上皮を剥離し,有郭乳頭および茸状乳頭を含む上皮組織を採取した.比較サンプルとして,味蕾を含まない舌上皮および十二指腸も採取した.得られた各組織サンプルをホモジナイズし,RNA easy mini kit を用いて total RNA を抽出した.SuperScript Ⅲ逆転写酵素を用いて cDNA を合成し,これをテンプレートに PCR を行った.PCR に用いたプライマーを表 1に示した.

表 1 プライマーリストGene name Forward primer (5' 3') Reverse Primer (5'–3')

Cd36 ATCTACGCTGTGTTCGGATCTG ATGGTCCCAGTCTCATTTAGCC

Gpr40 GGCTGCTCTGATCTCCTACTG CCCAGGGAACTGGTACTGTTG

Gpr120 CCACCTGCTCTTCTACGTGAT GATCTGGTGGCTCTCAGAGTATG

Trpm5 CTGATCGCCATGTTCAGCTA GGAGCCAGTGTATCCGTCAT

β-actin TGTTACCAACTGGGACGACA TCTCAGCTGTGGTGGTGAAG

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96 東洋食品研究所 研究報告書,31(2016)

免疫組織染色 麻酔下のマウスを頸椎脱臼し,絶命したマウスから舌を摘出した.有郭乳頭を切り出し,O.C.T compound で包埋したのち,液体窒素にて凍結した.クリオスタットを用いて,6 µm の薄切切片を作成した.4% PFA で固定し PBS で洗浄後,ブロッキングを行っ

図 1 脂肪酸受容に関わる分子の発現CvP:有郭乳頭,FuP:茸状乳頭,SI:小腸.Trpm5 はⅡ型味細胞マーカーであり,小腸においても発現する.小腸では CD36,GPR40 および GPR120 のいずれも発現する.

GPR40

CD36

GPR120

TRPM5

β-actin

CvP FuP SICvP FuP

KO WT

1CvP FuP SI Trpm5 II

CD36 GPR40 GPR120

図 2 マウス有郭乳頭における CD36 の発現CD36 と KCNQ1(味蕾マーカー),IP3R3(Ⅱ型味細胞マーカー),PKD2L1(Ⅲ型味細胞マーカー)の二重染色像.Scale bar:20 µm

KOKCNQ1 CD36 Merge

WT

PKD2L1 CD36 Merge PKD2L1 CD36 Merge

KCNQ1 CD36 Merge

IP3R3 CD36 Merge

図2.マウス有郭乳頭におけるCD36の発現CD36とKCNQ1(味蕾マーカー)、IP3R3( II型味細胞マーカー)、PKD2L1( III型味細胞マーカー)の二重染色像。Scale bar:20 µm

表 2 一次抗体リストAntigen Host Vender DilutionCD36 goat R&D system 1:500

GPR120 rabbit MBL 1:1500

KCNQ1 goat Santa Cruz 1:1000rabbit Millipore 1:1000

IP3R3 mouse BD Biosciences 1:300

PKD2L1 rabbit Millipore 1:500

CAR4 goat R&D system 1:500

た.一次抗体は 4℃で 1 晩反応させた.PBS で洗浄後,Alexa Fluor 488 もしくは Alexa Fluor 555 標識した 2 次抗体を室温で 1 時間反応させた.その後 PBS で洗浄し,Fluoromount で封入した.蛍光画像は共焦点レーザ顕微鏡で取得した.使用した一次抗体を表 2に示した.

味覚神経応答記録 麻酔下のマウスから鼓索神経を露出させた.鼓索神経は舌前方部の味を中枢に伝達する.露出した神経束を白金電極にのせ,脂肪酸刺激に対する神経活動を記録した(各群 n=6).応答値は 100 mM NH4Cl に対する応答を 1.0 としたときの相対値として示した.脂肪酸刺激として,100 mM オレイン酸を用いた.なお,脂肪酸は水に溶解しないため,0.3% xanthan gum 溶液に溶解させた6).

48 時間二瓶選択試験 48 時間を 1 セットとし,各マウスに 2 本の飲水瓶を提示し,一方には水,もう一方に脂肪酸溶液を入れ 24 時間自由飲水させた.24 時間後,飲水瓶の位置による偏りを防ぐため,左右を入れ替え,さらに 24時間自由飲水させた.脂肪酸溶液の飲水量を全体の飲水量で割ることで,脂肪酸に対する嗜好性求めた.脂肪酸溶液として,3-100 mM オレイン酸溶液を用いた(WT: n=7,KO: n=5).

3.研究内容

 脂肪酸受容に関わる味細胞タイプを明らかにするために,Ⅱ型味細胞が欠損した Skn-1a KO マウスを用いて,脂肪酸センサー(CD36,GPR40 および GPR120)の味蕾における発現を RT-PCR 法により調査した(図 1).続いて,これらが発現する味細胞タイプを同定するために,味細胞マーカーと二重免疫染色法を行った(図 2,3).また,味覚神経応答記録および行動学試験により,Ⅱ型味細胞の欠損が脂肪酸応答をどのように変化させるのかを測定した

(図 4).

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96 東洋食品研究所 研究報告書,31(2016)

免疫組織染色 麻酔下のマウスを頸椎脱臼し,絶命したマウスから舌を摘出した.有郭乳頭を切り出し,O.C.T compound で包埋したのち,液体窒素にて凍結した.クリオスタットを用いて,6 µm の薄切切片を作成した.4% PFA で固定し PBS で洗浄後,ブロッキングを行っ

図 1 脂肪酸受容に関わる分子の発現CvP:有郭乳頭,FuP:茸状乳頭,SI:小腸.Trpm5 はⅡ型味細胞マーカーであり,小腸においても発現する.小腸では CD36,GPR40 および GPR120 のいずれも発現する.

GPR40

CD36

GPR120

TRPM5

β-actin

CvP FuP SICvP FuP

KO WT

1CvP FuP SI Trpm5 II

CD36 GPR40 GPR120

図 2 マウス有郭乳頭における CD36 の発現CD36 と KCNQ1(味蕾マーカー),IP3R3(Ⅱ型味細胞マーカー),PKD2L1(Ⅲ型味細胞マーカー)の二重染色像.Scale bar:20 µm

KOKCNQ1 CD36 Merge

WT

PKD2L1 CD36 Merge PKD2L1 CD36 Merge

KCNQ1 CD36 Merge

IP3R3 CD36 Merge

図2.マウス有郭乳頭におけるCD36の発現CD36とKCNQ1(味蕾マーカー)、IP3R3( II型味細胞マーカー)、PKD2L1( III型味細胞マーカー)の二重染色像。Scale bar:20 µm

表 2 一次抗体リストAntigen Host Vender DilutionCD36 goat R&D system 1:500

GPR120 rabbit MBL 1:1500

KCNQ1 goat Santa Cruz 1:1000rabbit Millipore 1:1000

IP3R3 mouse BD Biosciences 1:300

PKD2L1 rabbit Millipore 1:500

CAR4 goat R&D system 1:500

た.一次抗体は 4℃で 1 晩反応させた.PBS で洗浄後,Alexa Fluor 488 もしくは Alexa Fluor 555 標識した 2 次抗体を室温で 1 時間反応させた.その後 PBS で洗浄し,Fluoromount で封入した.蛍光画像は共焦点レーザ顕微鏡で取得した.使用した一次抗体を表 2に示した.

味覚神経応答記録 麻酔下のマウスから鼓索神経を露出させた.鼓索神経は舌前方部の味を中枢に伝達する.露出した神経束を白金電極にのせ,脂肪酸刺激に対する神経活動を記録した(各群 n=6).応答値は 100 mM NH4Cl に対する応答を 1.0 としたときの相対値として示した.脂肪酸刺激として,100 mM オレイン酸を用いた.なお,脂肪酸は水に溶解しないため,0.3% xanthan gum 溶液に溶解させた6).

48 時間二瓶選択試験 48 時間を 1 セットとし,各マウスに 2 本の飲水瓶を提示し,一方には水,もう一方に脂肪酸溶液を入れ 24 時間自由飲水させた.24 時間後,飲水瓶の位置による偏りを防ぐため,左右を入れ替え,さらに 24時間自由飲水させた.脂肪酸溶液の飲水量を全体の飲水量で割ることで,脂肪酸に対する嗜好性求めた.脂肪酸溶液として,3-100 mM オレイン酸溶液を用いた(WT: n=7,KO: n=5).

3.研究内容

 脂肪酸受容に関わる味細胞タイプを明らかにするために,Ⅱ型味細胞が欠損した Skn-1a KO マウスを用いて,脂肪酸センサー(CD36,GPR40 および GPR120)の味蕾における発現を RT-PCR 法により調査した(図 1).続いて,これらが発現する味細胞タイプを同定するために,味細胞マーカーと二重免疫染色法を行った(図 2,3).また,味覚神経応答記録および行動学試験により,Ⅱ型味細胞の欠損が脂肪酸応答をどのように変化させるのかを測定した

(図 4).

97東洋食品研究所 研究報告書,31(2016)

図 3 マウス有郭乳頭における GPR120 の発現GPR120 と KCNQ1(味蕾マーカー),IP3R3(Ⅱ型味細胞マーカー),CAR4(Ⅲ型味細胞マーカー)の二重染色像。Scale bar:20 µm

KOWT

GPR120 CAR4 Merge GPR120 CAR4 Merge

GPR120 KCNQ1 MergeGPR120 KCNQ1 Merge

IP3R3 GPR120 Merge

図3.マウス有郭乳頭におけるGPR120の発現GPR120とKCNQ1(味蕾マーカー)、IP3R3( II型味細胞マーカー)、CAR4( III型味細胞マーカー)の二重染色像。Scale bar:20 µm

4.研究の実施経過

味蕾における脂肪酸センサー分子の発現 まず,味蕾における CD36,GPR40 と GPR120 の発現を調べた(図 1).WT の有郭・茸状乳頭上皮を用いた RT-PCR の結果,CD36 と GPR120 のバンドが観察された.しかし,GPR40 のバンドは観察されなかった.KO マウスでも同様に,CD36 と GPR120 のバンドが観察されたが,GPR40 のバンドは観察されなかった.続いて,味蕾における CD36,GPR40 と GPR120 タンパク質の発現を免疫染色法により観察した(図 2,3).その結果,WT,KO マウスともに CD36 と GPR120 の味蕾特異的な発現が観察された.GPR40 タンパク質の発現は観察されなかった(データ示さず). 味蕾における CD36 と GPR120 の発現が観察されたことから,これら分子がどの味細胞に発現するのかを味細胞マーカーを用いて二重免疫染色を行った(図 2,3).WTにおいて,CD36 の発現はⅡ型味細胞マーカー IP3R3 とⅢ型味細胞マーカー PKD2L1 の発現と重なることが確認された(図 2).CD36 の発現と同様に,GPR120 の発現もⅡ型細胞マーカー IP3R3 とⅢ型細胞マーカー CAR の発現と重なることが確認された(図 3).Ⅱ型味細胞が欠損したKO マウスでも,CD36 と GPR120 が共にⅢ型味細胞マーカーの発現と重なったことから,これら分子はⅡ型味細胞だけではなく,Ⅲ型味細胞でも発現する可能性が考えられた.

Ⅱ型味細胞の脂肪酸受容における関与 続いて,Ⅱ型味細胞の欠損が脂肪酸応答に与える影響を観察した.まず,味覚神経応答を記録した(図 4A).WTマウスにおいてオレイン酸に対する応答が観察された.しかし,その応答は KO マウスで減少する傾向が見られた.さらに,2 瓶選択試験により嗜好性を調査した(図 4B).WT マウスはオレイン酸に対して高い嗜好性を見せたが,KO マウスでは嗜好性の大幅な低下が見られた.特に,100 mM オレイン酸に対して,KO マウスでは明確な忌避行動を示すことがわかった.したがって,これらの結果はⅡ型味細胞が脂肪酸応答に関与すること,特に脂肪酸に対する嗜好行動に関与する可能性が考えられた.

5.研究から得られた結論・考察

 脂肪酸センサーとして複数の分子が報告されている8).その中で口腔内における脂肪酸検出には脂肪酸トランスポーター CD36 及び脂肪酸受容体 GPR40,GPR120 が関与すると考えられている5, 6).CD36 KO マウスでは長鎖脂肪酸に対する嗜好性が消失する5).GPR40 および GPR120 KO マウスも長鎖脂肪酸に対する味応答が減少することが報告されている6). CD36,GPR120 はマウスの茸状,葉状乳頭で発現することが報告されている9).本研究でも CD36 と GPR120 は

図 4 脂肪酸に対する味応答A)オレイン酸に対する味覚神経応答を記録した.応答強度は

100 mM NH4Cl に対する相対値で示した(n=6).B)オレイン酸に対する嗜好性変化を 48 時間二瓶選択法で測定し

た(n=5–7).**p < 0.03,***p < 0.01(t-test)

0

0.5

1

1 10 100Oleic acid (mM)

B

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0

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100 mM Oleic acid

Rel

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/ WT / KO

A

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98 東洋食品研究所 研究報告書,31(2016)

茸状・有郭乳頭での発現が観察された.一方で,GPR40は mRNA およびタンパク質レベルでも検出されなかった.GPR40 KO マウスでは長鎖脂肪酸に対する味応答が減少するとは報告されているものの,その発現についての見解は分かれている9, 10). CD36 および GPR120 はⅡ型,Ⅲ型味細胞マーカーの発現と重なった.KO マウスでもそれらの発現が観察されたことから,Ⅱ型味細胞以外にも脂肪酸センサーが発現すると考えられた.一方,KO マウスでオレイン酸に対する味覚神経応答が減少する傾向が見られた.また,オレイン酸に対する嗜好性行動が KO マウスでキャンセルされた.GPR120 の発現はⅡ型味細胞マーカーと重なり,Ⅲ型マーカー分子とほとんど重ならないことが報告されていることから10),脂肪酸に対する嗜好性の形成にはⅡ型味細胞を介したシグナルが重要な役割を果たしているのかもしれない.GPR120 は G タンパク質共役型受容体である11).各味細胞のうち,G タンパク質がⅡ型味細胞でのみ発現するという知見も上述の仮説を支持するだろう1).口腔内の脂肪酸受容に関して,CD36 と GPR120 の機能が異なることが示唆されている12).Ⅱ型味細胞以外の細胞で発現が見られた意義に関しては今後の検討課題と言える. 本研究では脂肪酸受容に関わる味細胞タイプを明らかにするために,Skn-1a KO マウスを用いて,脂肪酸センサーの味蕾における発現を観察した.その結果,脂肪酸セン サーがⅡ型味細胞だけではなく,Ⅲ型味細胞でも発現することを明らかにした.さらに,脂肪酸に対する味応答解析から,Ⅱ型味細胞が脂肪酸応答に関与すること,特に脂肪酸に対する嗜好行動に関与する可能性を明らかにした.

6.残された問題,今後の課題

 本研究でⅡ型,Ⅲ型味細胞マーカーと脂肪酸センサー分子との発現が重なることが観察された.基本味の受容にはⅡ,Ⅲ型と共にⅠ型味細胞も関与することから,今後はⅠ型味細胞における脂肪酸センサーの発現を調べる必要がある.また,苦,甘,旨味はⅡ型味細胞で受容されるが,対応する味覚受容体はそれぞれ排他的に発現する1).脂肪酸センサーがⅡ型味細胞の中でも,苦味受容細胞,甘味受容細胞,旨味受容細胞のどの細胞に発現するのか,興味が持たれる. これまで食物の味は甘,酸,苦,酸,塩味の五基本味から成り立つと考えられてきた.近年,脂肪酸受容体が口腔内で観察され,「脂肪の味」が第六の味質候補として考えられている.しかし,基本味に比べ脂肪味に関する研究はほとんど進んでいない.マグロの赤身とトロのように,脂肪の有無はおいしさを変える.おいしい食事は人生を豊かにし,QOL の向上につながる.しかし,過剰なエネルギーの摂取は高脂血症や糖尿病などの生活習慣病の増加を招く原因となる.食物摂取は味覚によって制御されることから,脂肪酸受容を明らかにすることは食のおいしさの解明だけでなく,生活習慣病予防に有益な情報を与えると考えられる.

7.謝辞

 本研究を遂行するにあたり,研究助成を賜りました公益財団法人東洋食品研究所ならびに関係の皆様に厚く御礼申し上げます.

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