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1 日本食文化を通じた地域活性化に向けた調査委託事業 報告書 平成 23 年 3 月 株式会社日本総合研究所 第1章 本事業の目的 我が国は、尐子高齢化・人口減尐社会に直面しており、我が国の経済が長期的 に低成長にとどまるのではないかとの見方がある中、農林水産業の活力を維持・ 発展させるとともに地域経済の活性化につなげる政策を打ち出すことが重要と なっている。 特に、我が国の食文化については、地域の風土・景観、文化、コミュニティに 根ざし、農林水産業、食品産業、食器、調理等が軸となって継承されてきたもの の、食の簡便化志向の強まりなどのライフサイクルの変化等から、近年、地域の 食文化が失われつつある。このような状況を放置すれば、伝統ある地域の日本食 文化が消滅し、日本食文化とともに形成されてきた地域社会が疲弊するとともに、 我が国の食料自給率向上にも悪影響を及ぼすこととなる。 このため、地域の多様な食文化の継承を行うとともに、観光や関連産業との結 び付きを強化することで、地域社会の活性化、我が国の食料自給率の向上を図る 必要がある。また、我が国の食文化を海外に普及させることで、食料自給率の向 上につなげることも重要である。 本事業においては、以上の問題意識を踏まえ、①「本物」の日本食文化の概念 に関する検討、②日本食を通じた国内の地域活性化への公的機関等の取組に関す る調査、③海外における食文化政策に関する調査、④日本食文化を通じた地域活 性化に向けた取組の検討を行うことで、日本食文化を通じた地域活性化につなげ ることとする。

日本食文化を通じた地域活性化に向けた調査委託事 …...1 日本食文化を通じた地域活性化に向けた調査委託事業 報告書 平成23年3月 株式会社日本総合研究所

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日本食文化を通じた地域活性化に向けた調査委託事業

報告書

平成 23 年 3 月

株式会社日本総合研究所

第1章 本事業の目的

我が国は、尐子高齢化・人口減尐社会に直面しており、我が国の経済が長期的

に低成長にとどまるのではないかとの見方がある中、農林水産業の活力を維持・

発展させるとともに地域経済の活性化につなげる政策を打ち出すことが重要と

なっている。

特に、我が国の食文化については、地域の風土・景観、文化、コミュニティに

根ざし、農林水産業、食品産業、食器、調理等が軸となって継承されてきたもの

の、食の簡便化志向の強まりなどのライフサイクルの変化等から、近年、地域の

食文化が失われつつある。このような状況を放置すれば、伝統ある地域の日本食

文化が消滅し、日本食文化とともに形成されてきた地域社会が疲弊するとともに、

我が国の食料自給率向上にも悪影響を及ぼすこととなる。

このため、地域の多様な食文化の継承を行うとともに、観光や関連産業との結

び付きを強化することで、地域社会の活性化、我が国の食料自給率の向上を図る

必要がある。また、我が国の食文化を海外に普及させることで、食料自給率の向

上につなげることも重要である。

本事業においては、以上の問題意識を踏まえ、①「本物」の日本食文化の概念

に関する検討、②日本食を通じた国内の地域活性化への公的機関等の取組に関す

る調査、③海外における食文化政策に関する調査、④日本食文化を通じた地域活

性化に向けた取組の検討を行うことで、日本食文化を通じた地域活性化につなげ

ることとする。

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第2章 日本食文化の概念

1.なぜ今、日本食文化なのか

尐子高齢化・人口減尐が進む中、日本経済が中長期的に低迷するとの見方があ

る。また昨今、加速度的に拡がりをみせるグローバル化の下では、世界中の様々

な商品、サービス、ライフスタイル、価値観が玉石混交で入り乱れることが想定

される。

内需を維持しつつ、外需を新たに獲得するためには、地域の風土、文化、生活、

ムラ社会に根ざし継承されてきた日本の食文化を通じて、日本としてのアイデン

ティティを明確化した上で、食に関する経済的・文化的な取組を国内外で展開し

ていく必要がある。

また、飽食から崩食の時代を迎え、日本国民の多くが生活習慣病やアレルギー

など健康面の課題を抱えている。日本人の体質と親和性の高い食物選択や食スタ

イルに基づき、日本の食文化を整理・展開することは、国民の心身における健康

を維持・回復し、潜在的な国力を向上させる上でも必要である。

さらに、2010 年にはフランス料理、地中海スタイルの食事、メキシコの伝統料

理の 3 地域の料理文化が、ユネスコの無形文化遺産に登録された。口承文学、地

域祭礼、伝統音楽・舞踊のような無形文化遺産はあるが、料理文化の登録は初め

てである。諸外国で食文化を通じた保存活動が展開される中、「健康に良い」な

どといった点から世界的に評価が高いものの、失われつつある我が国の食文化に

ついてその地位にふさわしい地位を築くべく、我が国でも日本の食文化を再発見

し、展開・保存していく必要がある。

このように、日本の食文化を源泉とした、経済的・文化的活動の推進は喫緊の

課題であり、これを進めることにより、各地域における経済活動の活性化と新た

な雇用創出が見込まれると共に、地域独自の伝統芸能や歴史等が改めて脚光を浴

びることで、地域の誇り・自信の維持・創出にも繋がる。さらに、食文化を源泉

とした特産品等の開発やマーケット拡大は、国際的な食料需給のひっ迫といった

背景事情を踏まえた食料安全保障にも寄与しうる。このように、食文化を通じた

有形無形の価値創造と保存は、農業や食品産業などのアグリビジネスのみなら

ず、他産業への大きな波及効果や、国民の社会的な安全性の創出に貢献するもの

と見込まれる。

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2.現代における日本食文化の位置づけ

常に外圧にさらされてきた諸外国では、文化・宗教・生活様式など多方面にお

いて、独自のアイデンティティが確立されてきたが、島国の我が国は、外圧にさ

らされる歴史的背景が薄かったことから、国としてのアイデンティティや差別性

は相対的に形成されにくかったとの論調もある。一方で、近年の欧米諸国で催さ

れる日本食イベントは好評で、日本食独自の寿司や旨味などは和製外国語にもな

っており、日本の食文化の強みや良さは海外で認められつつあるが、国内ではこ

ういった状況は十分に認知・理解されていない。

本膳形式・茶懐石・町民食文化・郷土料理などの背景に流れる、日本固有の風

土、食材、様式等から形成されている日本の食文化の概念が曖昧にされているこ

とから、海外ではまがい物の日本食が出回るケースもあり、国益を損なっている

とも言える。日本を起源とする食に関する様々な要素を抽出し、食文化の概念を

整理することで、食に関する文化的価値の発掘・継承や、観光振興、海外展開に

繋げていくことが急務である。

3.日本食文化の概念検討にあたって

日本の食文化の変遷を時系列で捉えると、江戸時代を一つの節目に、その前後

で大きく分けられる。一つは、縄文時代から江戸時代に亘るまでの、日本食の体

系が形成されるまでの時期である。弥生時代の水田稲作農耕文化では主食と副食

の概念が出現し、平安から鎌倉時代にかけては料理や食事の回数など食生活が形

式化していき、江戸時代には本膳料理のような料理様式を背景に、食の大衆化や

町人食文化の形成が進んだと言える。そして、この和食完成期とも表現できる江

戸時代以降は、実質的な肉食解禁や諸外国の食生活や食材等との融合が進み、和

洋食混合の食習慣が一般化していった。日本の食文化に関しては、民俗・文化・

料理・栄養・科学・経済など多方面の有識者らにより議論が重ねられてきている

が、江戸時代の和食完成期に形成された態様を、現在の日本食の体系の原点とす

る見方は尐なくなく、当委員会でもこの時期を起点に、日本の食文化の概念を検

討した。なお、日本には地域により様々な気候風土があり、その条件に見合った

食習慣が各地で根付いている。こうした地域ごとに異なる食習慣を総称して、こ

こでは日本食文化と呼ぶこととする。

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4.日本食文化の概念

1) 日本食文化の原点にある「風土」

日本の起源は、地形や気候といったその独特の自然条件にある。急峻な山

々、豊富な水系、こうした山河体系から形成された平野、魚介類や塩の宝庫

である海、四季折々の季節。厳しくも豊かなこの自然条件を所与として、人

々の生活様式や共同体が形成されてきた。そして、各地の共同体はそれぞれ

が織り成す生活を維持するため、よろずの神とも呼ばれる態様の精神社会を

確立してきた。「いただきます」や「ご馳走様」も、神や主人への感謝に由

来するとも言われており、身近すぎて意識していないこうした食事作法も、

日本特有の精神社会を起源としていると言える。

またこのような地域固有の自然に基づく生活様式が連なる中で生み出され

た、地域固有の歴史も、現在の地域特産品に見られるように、食と大きく結

びついている。皇族や上流階級に献上された食材や、武家の主従関係から生

まれた食事形態、古来より伝わる地域独自のお伽話に由来するメニュー、地

域の歴史から生まれたお祭りなどの伝統芸能に関連する食事道具などは、各

地のお土産品や郷土料理として、現在もひとつの観光資源を形成している。

多様な自然条件の下、共同体が形成され、そこから生み出された歴史等に

現在の食体系も基づいている。こうした日本のアイデンティティとも言える

「風土」を原点に、日本食文化は形成されている。

2) 地域固有の風土に基づく「食材・素材」

日本食文化は、地域固有の風土を背景とした食材・素材から紐解くとその

オリジナル性が理解できる。日本人は米と共に生活を営んできた歴史を持ち、

米を中心とした農耕文化では、山から流れる水を共同体で如何に管理できる

かが生存を左右した。我田引水することなく、村八分にされることを避けな

がら、生活の糧と財力の象徴である米を、江戸時代まで年貢として納めてき

た。生活のみならず、食事内容も米を中心に形成されている。米を主食とし、

足りないたんぱく質を納豆や豆腐などの大豆食品や海産物といった副食によ

り補完してきた。日本食には冠婚葬祭に見られるハレの食事の他、日常的に

食されるケの食事があり、郷土料理や家庭料理と表現される。家庭料理では

あまり手間隙はかけない一方、その地域固有の旪の食材を用いる。副食を含

めた日本の食材・素材は、四季折々の地域に根ざした旪の新鮮な食べ物によ

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って支えられている。

また、米中心の日本食を支えているのは、水である。海外の水は硬水のため、

麺には向いているが、米の炊飯には向いていない。日本の地質が生み出す軟

水が米の美味しさを際立てている。だしなどを通じて旨味の幅を広げている

のも、食材ならではの良さを引き出すことのできる日本の水のなせる業であ

る。

3) 食材・素材を活かす「調味料」

日本食は、食材の持ち味を大切にするため淡白な味が多く、これらに深み

や変化を与える調味料が発達してきた。その原料としては、日本独自の食材

・素材である海産物や大豆が多用されている。海産物では、近海で採取でき

る昆布や、かつおが活用されてきた。大豆からは、米麹と併せることで味噌

を作ったり、醤油を生み出したりしてきた。また、海からとれる塩も海産物

の味を引き立てている。豊かな調味料文化も、日本食文化を形作る大きな要

素である。

4) 食材・素材を活かす「調理法」

調理法も、日本独自の食材・素材を活かす手法が発達してきた。大豆を用

いた納豆や、米麹による日本酒や焼酎、海産物を加工した熟れ鮨、地域の野

菜と米麹から作る糠漬けなどは、全て発酵により生まれた日本独自の食材で

ある。各地の郷土食を生み出した日本人が有する発酵という知恵は、日本食

文化の強みや良さである。

また、海外でも認められる日本食の寿司のように、海産物を生で食する態

様は、新鮮な食材に恵まれ、それを活かすことのできる調理法である。その

他、平安期を起源とする、煮る・炊く・蒸す・漬けるといった調理法も、日

本食文化に豊かさを与えている。

5) 食材や調理法に由来する「道具」

食材を生かした調理法が確立される中で、様々な調理器具も生まれてきた。

海外にはない特徴的な調理器具として、包丁があげられる。新鮮な海産物を

さばくための身幅の細い柳刃包丁など、大変多種類の包丁があり、それを使

い分けられる包丁さばきも特徴的である。また、米をよそうためのしゃもじ

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やおひつも日本独自の道具と言える。

また、日本料理は一般的に目で楽しんで食べる、目の料理とも言われる。

主食と副食の区別の下、何汁何菜もの食事が並び、色や形の芸術性を重んじ

た箸を含む食器も、日本のオリジナリティを形作る要素である。主食と副食

の分離を起源に、飯茶碗と汁椀が用いられてきた。食器に芸術的感覚価値を

与えるための漆器も、日本ならではの要素である。

6) 日本食文化に流れる様式・演出・作法

このような日本食文化を構成する要素が組み合わさり、日本独特の様式・

演出・作法が生まれてきた。まず、弥生期から米を中心とした主食と副食の

概念が出現した。米自体に味の主張が尐ないことが、様々な副食を生み出す

と共に、古くから今に至るまで、海外の様々な食文化を受容する源にもなっ

ている。そして、主食・副食のバラエティや神饌などに見られる精神社会か

ら、本膳料理のような色や形の芸術性と多様性を重視した食の演出が生まれ

ており、その背景にはおもてなしやホスピタリティといった精神が根付いて

いる。また、江戸期に生まれた、早い・旨い・安いを売りに新鮮食材等の料

理を手軽に提供する屋台も、日本式のファストフードの様式・演出と言える

だろう。さらに、お供え物の共食が由来といわれる贈答は、中元・歳暮とい

った作法として、現代の社会関係の維持に役割を果たしており、贈答品とし

て多くの地域特産品が扱われている。朝市も、贈答や交換といった古くから

の慣行作法に由来している。

以上を整理すると、日本食文化の概念を形づくる大きなカテゴリーとして、

地域固有の「風土」とこれに基づく「食材・素材」があり、食材や素材を活

かすための「調味料」や「調理法」、またこうした知恵や工夫を支える「道

具」、様々な要素が組み合わさることで形作られる「様式・演出・作法」の

大きく6種類を挙げることができる。さらに各カテゴリーを構成する重要な

要素として、「風土」には、自然や歴史に関する地域固有の物語性、「食材

・素材」には米、水、海産物、四季折々の旪の食材、「調味料」には、味噌、

醤油、昆布だし、かつお節、「調理法」には、発酵、魚介の生食、「道具」

には、包丁、飯茶碗、汁椀、漆器、「様式・演出・作法」には、主食副食の

区別や何汁何菜構成、色・形の芸術性や多様さ、おもてなし、屋台、贈答や

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朝市などが挙げられる。

これらの要素について単純に優劣をつけることが主目的ではないが、日本食

文化の概念を構成するこのような要素における日本食文化の強みを重視する

活動主体の取組を推進することで、日本の文化的・経済的価値が維持創造さ

れる。

日本食文化の原点にある「風土」に由来したいくつかの郷土料理を、自然

や歴史に関する地域固有の物語性といった項目で整理すると、下表の通りで

ある。

<図表1-1:風土に由来した郷土料理の事例>

山籠りの炭焼きや木こり、一説にはマタギ衆が残り飯を練って鶏鍋に入れたのが始まりと言われている。

新米の出回る時期、または冠婚葬祭には必ず出されるご馳走料理であると同時に各家庭で代々受け継がれる家庭料理でもある。

肥沃な奥羽山脈の土が堆積した田んぼで栽培された美味しいお米の産地。

風味豊かな「比内地鶏」の産地であり、これを具材とだし汁に利用。

きりたんぽ

(秋田県)

その他歴史に関する地域固有の物語自然に関する地域固有の物語事例(食・地域)

江戸時代末期に江戸深川の漁師が食べたのが名前の由来。漁師の日常食だった。

漁獲量が豊富で単価が安く、調理が簡単なため素早く出来、さらに素早くかき込むことができることが人々の間で好まれた。

隅田川の河口付近では良質のアサリやカキがよく獲れた。

深川丼

(東京都)

戦国時代に武田信玄の陣中食だったほうとうが、武田家滅亡後に徳川家に召し抱えられた武田家遺臣によって徳川家に伝えられたのが、起源と言われる。

名古屋から全国各地に広がり、郷土料理として存在する。

赤みの強い八丁味噌などの豆味噌を使用するのは、名古屋圏のみ。

愛知県が産地の、「八丁味噌」は、他地域の麦味噌、米味噌にくらべ煮込んだ際に風味が落ちにくい。

味噌煮込みうどん

(愛知県)

原材料の入手が容易で、元禄年間ごろ、琴平周辺でうどん作りが盛んになった。

江戸時代後期には、金刀比羅宮への参拝客を相手にした旅籠が増え、その1階がうどん屋として、もてなされるようになった。

温暖少雨な気候で良質な小麦が採れた。遠浅で潮の干満差が大きい砂浜が塩作りに適した。

だしの素材となるいりこ(煮干し)も瀬戸内海で豊富にとれ、醤油も小豆島が由来。

讃岐うどん

(香川県)

もともとは漁師の浜料理で、煮付け料理だったが、大正時代に料亭料理として供され、お椀にきれいに盛り付けられてお吸い物として食するようになった。

地元の旅館の主人が、お椀に盛り付けたときのウニの姿が『朝靄の中に霞む野いちご』のように見えることから、「いちご煮」として人々に広まった。

太平洋の豊かな恵みを受けた猟師町として栄えた。

ウニとアワビの産地。

いちご煮

(青森県八戸市周辺)

山籠りの炭焼きや木こり、一説にはマタギ衆が残り飯を練って鶏鍋に入れたのが始まりと言われている。

新米の出回る時期、または冠婚葬祭には必ず出されるご馳走料理であると同時に各家庭で代々受け継がれる家庭料理でもある。

肥沃な奥羽山脈の土が堆積した田んぼで栽培された美味しいお米の産地。

風味豊かな「比内地鶏」の産地であり、これを具材とだし汁に利用。

きりたんぽ

(秋田県)

その他歴史に関する地域固有の物語自然に関する地域固有の物語事例(食・地域)

江戸時代末期に江戸深川の漁師が食べたのが名前の由来。漁師の日常食だった。

漁獲量が豊富で単価が安く、調理が簡単なため素早く出来、さらに素早くかき込むことができることが人々の間で好まれた。

隅田川の河口付近では良質のアサリやカキがよく獲れた。

深川丼

(東京都)

戦国時代に武田信玄の陣中食だったほうとうが、武田家滅亡後に徳川家に召し抱えられた武田家遺臣によって徳川家に伝えられたのが、起源と言われる。

名古屋から全国各地に広がり、郷土料理として存在する。

赤みの強い八丁味噌などの豆味噌を使用するのは、名古屋圏のみ。

愛知県が産地の、「八丁味噌」は、他地域の麦味噌、米味噌にくらべ煮込んだ際に風味が落ちにくい。

味噌煮込みうどん

(愛知県)

原材料の入手が容易で、元禄年間ごろ、琴平周辺でうどん作りが盛んになった。

江戸時代後期には、金刀比羅宮への参拝客を相手にした旅籠が増え、その1階がうどん屋として、もてなされるようになった。

温暖少雨な気候で良質な小麦が採れた。遠浅で潮の干満差が大きい砂浜が塩作りに適した。

だしの素材となるいりこ(煮干し)も瀬戸内海で豊富にとれ、醤油も小豆島が由来。

讃岐うどん

(香川県)

もともとは漁師の浜料理で、煮付け料理だったが、大正時代に料亭料理として供され、お椀にきれいに盛り付けられてお吸い物として食するようになった。

地元の旅館の主人が、お椀に盛り付けたときのウニの姿が『朝靄の中に霞む野いちご』のように見えることから、「いちご煮」として人々に広まった。

太平洋の豊かな恵みを受けた猟師町として栄えた。

ウニとアワビの産地。

いちご煮

(青森県八戸市周辺)

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さらに、この「風土」を背景としながら、日本食文化の強みや良さを構成

する主な要素を、カテゴリー別に整理すると下表の通りである。

<図表1-2:日本食文化の強みや良さを構成する主な要素とカテゴリー>

以上を踏まえて、日本食文化を概念図として示すと下図の通りである。

各カテゴリーの要素が積み重なることで、日本食文化が形作られる。風土

に由来した郷土料理の事例で抽出した「深川丼」を例に取ると、江戸前の豊

かな海で、深川の漁師が日常食としていたという「風土」を背景に、お米と

海産物のアサリを主な「食材」とし、みりんと醤油、味噌といった「調味料」

を加えて、煮る「調理法」を通じて、屋台という「様式」から生まれた丼と

いう「道具」を用いることで、日本食文化が形作られていることが分かる。

弁当干す日本酒

土鍋焼く米麹

漬物樽漬ける塩豆腐

贈答・交換・朝市おひつ蒸すみりん大豆

地産地消しゃもじ炊くわさび梅干

おもてなしの心・ホスピタリティ包丁煮るかつお節海産物

屋台・手軽さ汁椀包丁さばき昆布水

色・形の芸術性・多様さ飯茶碗生食(魚)醤油米

主食・副食の区別、何汁何菜構成漆器発酵味噌四季折々の旬食材

様式・演出・作法道具

(調理器具・食器)調理法調味料食材・素材

弁当干す日本酒

土鍋焼く米麹

漬物樽漬ける塩豆腐

贈答・交換・朝市おひつ蒸すみりん大豆

地産地消しゃもじ炊くわさび梅干

おもてなしの心・ホスピタリティ包丁煮るかつお節海産物

屋台・手軽さ汁椀包丁さばき昆布水

色・形の芸術性・多様さ飯茶碗生食(魚)醤油米

主食・副食の区別、何汁何菜構成漆器発酵味噌四季折々の旬食材

様式・演出・作法道具

(調理器具・食器)調理法調味料食材・素材

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<図表1-3:日本食文化の概念図>

自然に関する地域固有の物語歴史に関する地域固有の物語

四季折々の旬の食材米/水/海産物/梅干

大豆/豆腐/米麹/日本酒茶

味噌/醤油昆布/かつお節わさび/みりん/塩

発酵生食(魚)/包丁さばき煮る/炊く/蒸す/漬ける

焼く/干す

漆器飯茶碗/汁椀

包丁/しゃもじ/おひつ漬物樽/土鍋/弁当

主食・副食の区別/何汁何菜構成色・形の芸術性・多様さ/屋台・手軽さ

おもてなしの心・ホスピタリティ地産地消/贈答・交換・朝市

風土(自然的・歴史的背景)

食材・素材調味料

調理法

道具(調理器具・食器)

様式・演出・作法

本物の日本食文化

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第3章 日本食文化を活用した地域活性化手法

地域固有の食文化を通じた地域活性化の取組には、①本物の発掘と価値形

成に向けた取組の段階と、②これの展開・発信に向けた取組の段階の 2 つの

ステップがある。

1st ステップでは、風土などの地域固有のストーリー性をもった食材・素材

等を発掘し、その価値を明確化する。地域内外のステークホルダーが意見交

換できる場づくりが不可欠であり、特に外部からの視点を織り交ぜた検討が

重要である。

2nd ステップでは、地域内での展開からはじまり、地域外への販売や域外生

活者との交流事業に拡幅されていく。地域固有の食文化をどのように販売に

結び付けていくかが重要である。

これら 2 つのステップについて、委員会で指摘された意見と事例から抽出

した内容を整理する。

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1.本物の発掘と価値形成に向けた具体的手法

まず、本物の発掘と価値形成の段階では、1)本物の発掘に向けた参加の場

づくりのフェーズを経て、2)発掘食材の価値づくりのフェーズに移行するこ

とが、内発的かつ地域固有の価値に基づく地域活性化を展開させる条件と考

えられる。それぞれの具体的手法を、事例を織り交ぜながら以下に整理する。

1)本物の発掘に向けた参加の場づくり

■参加の場づくりと外部者との関わり

・ お祭りなどの地域イベントから、会話の場を設ける。

・ 女性も参加の場づくりの主体に位置づける。

・ 地域の誇りや危機に気づくトリガー(きっかけ)として、若者、料理人な

ど外部のプレーヤーとも関わる。

【広島県安芸高田市】

・圃場整備後の集落営農設立に向けた意見交換の場に、女性も能力を発揮で

きる活動展開を目指し、女性も参画。地域内の食材を地域内外の住民に食べ

てもらうお祭りイベントが企画され、このイベントでの加工品づくりから、

女性同士が自由に意見交換できる場が生まれた。男性のみならず、家庭内の

女性や年齢差を超えた顔の見える関係性づくりが、住民参加の内発的な取組

醸成には必要な要素である。

【熊本県小国町】

・林業の低迷から、行政と住民で林業等を中心とした新たな地域活性化の取

組を模索。その中で、地域内の行政と住民の対話のみならず、地域外からの

意見も取り入れるため、町外・県外の観光や食の事業家を招いての勉強会や、

九州ツーリズム大学や地域づくりインターンの会を通じた専門家や大学生

との交流の場を重ねた。こうした外からの刺激により、地域住民に自発性が

醸成された。

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■ゆるやかな仲間による地元学や夢描き

・ 顔が見えるグループで、どんな地域にしたいのか、どんな生活や仕事をし

たいのか共有する段階。

・ 行政や外部のサポートによる地元学 1などのワークショップからビジョン

メイクするケースも多々あり。風土に着目。

1 地元学とは、地域の風土、自然、生活、人に着目し、これまで気づかなかった地域の良さ(宝)に地域

住民自らが気づくことで地域活性化を促す活動手法。地元学ネットワーク主宰の吉本哲郎氏(熊本大学非

常勤講師)のワークショップ型地域づくり活動や、民俗研究家の結城登美雄氏を中心に、全国の農山村で

展開されている。

TN 法とは、東北農業試験場の頭文字で、住民の発想を適切に汲み上げ、分析・計画化し、具体的な実践

活動や事業に結びつけるための体系的な地域づくり支援手法。類似手法として、KJ 法(文化人類学者の川

喜田二郎氏が開発。無秩序で雑然とした定性データ(事実、意見、アイデア)群を、一度カードや付箋紙

などに分解し、これを人間の直観力を用いて図解・文章に統合することで、意味や構造を読み取り、まと

めていく方法)などがある。

【大分県由布市】

・ヨーロッパ視察から帰国した、現在の有名旅館の有志 3 名が、限定的なプ

レーヤーによる閉じた観光地づくりではなく、町全員が主役の地域づくりを

目指し、旅館組合、観光協会のみならず、行政や地域住民、農林業者、アー

ト、交通、地域外の人々等を巻き込んで、温泉地としてのまちづくりのあり

方の議論を重ねた。こうした分野を問わないゆるやかな仲間同士による意見

交換は、取組が始まって 40 年以上経つ今でも継続されている。

【広島県安芸高田市】

・集落営農の法人化を推進する県職員や普及員等が足しげく通う中で、行政

と集落のリーダーの呼びかけのもと、5 集落の女性グループが集い、地元学

や TN 法 1を通じて地域ビジョンを作成。大豆の加工販売に留まらず、域外の

都市住民を対象としたレストラン展開や交流事業まで活動が深化している

のは、この地元学から完成した 5 集落の「未来予想図」に起因する。

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■プロジェクトチームの構築

・ 住民主体の地域ビジョンが見えた後、地域固有の風土や食材を活かした事

業立ち上げを目標に、女性部や研究会、地域協議会などを設置。

2)発掘食材の価値づくり

■地域の固有性の高い食材の抽出

・ 古くから地域に息づく、固有の栽培法、漁法、種に基づく食材や素材を、

風土に根ざした価値ある食材として取り上げる。

【山口県長門市】

・市議会一般質問を経て、「長門焼き鳥横丁連絡協議会」を設立。人口当た

りの焼き鳥店の多さと、天然記念物「長州黒かしわ」由来の地鶏によるまち

おこしを目指し、深川養鶏農協を中心に、商工会議所、高校、ホテル、旅館、

市民が参加。

【青森県おいらせ町】

・当町は豊かな自然や新鮮な農産物には恵まれていたが、これといった特産

品や料理がなかった。そこで、「やませ」を逆手に取ったトンネル栽培の低

農薬根菜類を、風土に根ざした価値ある食材として取り上げた。風土に基づ

く安全・安心・ヘルシーといった価値を作り上げるために、働く女性の健康

を支える補助食品として野菜スイーツを全国に展開すべく、商工会がケーキ

屋、女性加工グループと連携し、ヘルシースイーツづくりを開始。

【愛媛県愛南漁協】

・愛南町は四国最大のかつおの水揚げ基地となっており、漁業から水産加工、

魚の食育などに総合的に取り組んでいた。既存物流では、都市部で「日帰り」

の魚介類を手に入れることは難しいことから、「日帰り」で最高鮮度を保つ

かつおを価値とすべく、一本釣りのかつおに限定し、船上で血抜きをした日

帰り鮮魚の商品化を開始した。

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■レシピや加工品の開発

・ 地域に受け継がれる女性の技を活かして、レシピや加工品を開発。

・ 外部の料理人・パティシエ等から学ぶケースもあり。

■デザイン開発

・ 商品のデザインからパッケージ、パンフレット、ショップ展開、web にい

たるまで、統一したブランドイメージを発信できるように、ブランド・ツ

ールを作成して、バイヤーや消費者から見てわかりやすい表現とする。

【山口県長門市】

・山口県長門市の深川養鶏農業協同組合は、山口県が開発した地鶏を組合の

鶏肉のトップブランドとして取り組むことになった。

・ブランド名称として、「長州黒かしわ」と命名、ロゴマークをデザインす

るとともに、ブランドのイメージを総合的に伝えることのできるブランド・

ブックと専用 web を作成し、イメージの統一を図り、その後、販売促進用の

飲食店、小売店向けミニカード、ノボリ旗、シール、パッケージなどを開発

した。

【広島県安芸高田市】

・当初は、地元女性の試行錯誤から地元大豆による豆腐づくりを行う。地域

内外の消費者により一層受け入れてもらうべく、交流イベントでのアンケー

トから、どんな豆腐や大豆製品が食べたいかマーケティングを実施し、また

県外の豆腐職人の指導等を通じて、売れる商品やデザインを開発。

【大分県由布市】

・「ゆふいん料理研究会」で地域内の旅館料理人70名以上が、地元の旪食

材を活用したレシピや技術を共有し、レシピ力を向上。通常は、異なる旅館

の料理人同士は、レシピや腕を共有したがらないが、これにより旅館間で切

磋琢磨する機運が生まれた。

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2.展開・発信に向けた具体的手法

本物の発掘と価値形成の段階を経た後は、これらを展開・発信して地域経

済に結びつける段階となる。これに必要な具体的手法を、事例を織り交ぜな

がら以下に整理する。

■域内バリューチェーンの構築

・ まずは地域内の道の駅、直売所、飲食店、旅館、ホテル等での販売から開

始。

・ 贈答や交換の文化性を残す朝市(マルシェ)などを通じた消費者との関わ

りも、生産側の主体性やマーケティング能力の開発につながる。

【愛媛県愛南漁協】

・「日帰り」のかつおを、まずは愛南町内の住民や、町への観光客に対して、

直売所や旅館などでの販売を実施。そこでのマーケティングを踏まえて、松

山市の都市住民を対象に販路を拡大。

・「漁船⇒漁協⇒飲食店」の直販流通モデルを、プロジェクトメンバーであ

る漁協が、既存インフラの活用によるコストとオペレーションの効率化を図

りながら構築。

【山口県長門市】

・地鶏は、高品質や伝統性を商品価値とすることから、まずは県内の一流旅

館、ホテル、飲食店といった業務用を中心に販売展開。

・その後、域内での反応と実績を踏まえて、首都圏の飲食店に拡販。

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■利用飲食店のネットワーク化と協働PR

・ 取引実績のない小売、飲食店への出荷は、流通目線の基準や価格への適応

を求められる。関連する飲食店などをネットワーク化し、地域固有の価値

を有する食材の活用を、行政や食品企業等の支援の下、協働PR。そのこ

とで、シナジー効果も期待できる。

■ツアー・イベント企画による交流人口増とPR効果

・ 風土にもとづく地域固有の価値伝達に向け、様々なイベントやツアーでフ

ァンを形成すると同時に、メディア広報に取り上げられることで、広告費

を使わない効果的PR活動を実現。

【愛媛県愛南漁協】

・飲食店 8 店舗を「愛南びやびやかつお広め隊」として商工会らが組織化。

【山口県】

・県産食材を活用する飲食店・ホテル等を「やまぐち食彩店」として開設。

現在 200 店舗以上に及び、「やまぐち農水産物需要拡大協議会」が販促ツー

ルの作成配布や、県人会へのPRを支援。

【山口県長門市】

・「焼き鳥日本一のまち長門」として行政が様々なイベントを企画。全国の

焼き鳥で名高い自治体と協働で、「焼き鳥サミット」や「やきとリンピック」、

「世界一長い焼き鳥ギネス対決」など多くのイベントを開催することで、フ

ァン形成とコストをかけない情報発信を進めている。

【大分県由布市】

・牧野保全を目的とした「牛一頭牧場運動」に「牛喰い絶叫大会」のイベン

トを絡ませることで、地域の価値観をファンに伝えつつ、効果的宣伝を実現。

狂牛病の年も来客数が減ることはなく、地域内外の人々に緊密なつながりを

創出。

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■知的財産の管理

・ 種や栽培法、生育法の管理や、商標登録した名称やロゴの管理を、自治体

や協議会、農協・漁協が主体となり実施。

■次世代の日本食の担い手育成

・ 行政、大学、小中学校、住民等が連携し、地元産農産物を通した各種体験

を実施し、次世代の食育リーダーや調理師を育成。

・ 料理人の研究会・勉強会を組成し、調理スキルのみならず、料理の地域色

や想いを次世代に受け継ぐ。

【山口県長門市】

・種鶏やひよこは県の試験場が生産・管理して、深川養鶏農協に一括で引き

渡す。

・深川養鶏農協は飼育マニュアルと品質基準を設定し、生産者協議会に加盟

した農家だけにひよこを供給、飼育指導する。

・飼育後は農家から全量を深川養鶏農協が引き取り、深川養鶏農協が食肉処

理して、加工と流通について一元管理し、品質と価格の維持を図る。

・商標登録についても深川養鶏農協が保有して、商品への表示について一元

管理する。

【東京都日野市】

・実践女子短期大学の食物栄養学科が、日野市と協働して、乳幼児から高齢

者までの食育を実施。食文化継承のため、地元産大豆での豆腐作りや収穫祭、

地場野菜のメニュー開発などを行う。

【大分県由布市】

・「ゆふいん料理研究会」では、レシピの研究のみならず、料理人としての

想いを育む教育機能も発揮。若手料理人のアカデミー的機能を果たす。

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■食文化の保存と発信

・ 地域固有の、失われつつある食文化を保存し普及させる活動の実施。

・ 食材単体ではなく「食文化」という包括的な意味での食を外部へ向け発信

する。

■その他の様々な手法

・ 地元温泉街の女将による駅弁への地元食文化の展開

・ 地元の漆器職人等と連携した食文化と食器のコラボレーション

・ 風土や伝統性など地域固有の価値基準を入れ込んだ、本物を守る認証制度

・ 地域固有の本物の食材を提供する市場(マルシェ)や生産者団体、食の祭

典の整備

このように、食文化を通じた地域活性化を実現するにあたって、まずは「風

土」を中心とした地域ならではの食材等の価値を、地域住民の主体性と地域

外のパートナーの協力により、発掘および形成することが重要である。その

上で、域内販売を中心に商品力を向上させながら、イベント等を通じた地域

外への効果的な情報発信を経て、販路拡大の機会を伺うことが重要である。

以上

【青森県津軽地方】

・2007 年から青森県の中南地域で津軽の田舎料理を「津軽料理遺産」とし

て認定・普及を実施。地元の固有の食文化を保存し、その食文化や活動を外

部向けに料理店や中食(弁当)等を通じて発信している。