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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.16, 2018 2 Reports of the City Planning Institute of Japan, No.16, February, 2018 * 正会員・滋賀県立大学環境科学部 School of Environmental Science, University of Shiga Prefecture 内湖がかつて存在した場所の物理的状況 -琵琶湖沿岸地域を事例として- Physical situations at the places where lagoons had once existed : A case study about the coastal regions of the Biwa Lake 村上修一*・轟慎一* Shuichi Murakami *Shinichi Todoroki * The objective of this report was to examine the potentials of traces for lost lagoons in physical situations at the places where they had once existed. Surveys and analyses were conducted into the 15 reclaimed lagoons at the coastal regions of the Biwa Lake. The potentials of such traces were conjectured in the following four situations. 1) Adjacency of different land uses between inside and outside of outlines of lost lagoons. 2) Linear match of canals with outlines of lost lagoons. 3) Difference of orientation of the road systems between inside and outside of outlines of lost lagoons. 4) Difference in levels of the grounds around the outlines of lost lagoons. It was thought that the following problems were to be solved in order to confirm whether these situations kept the remnants of the lost lagoons or not. 1) How had the lagoons and the adjacent lands been altered through the reclamation projects? 2) Had there been any projects in which the ground levels had been changed in addition to the reclamations? 3) How had the land uses as well as the water areas changed from before the reclamations until today? Keywords: land history, trace, context, landscape urbanism, coastal zone 土地履歴,痕跡,文脈,ランドスケープ・アーバニズム,沿岸域 1.背景と目的 土地の元の姿やたどってきた変遷過程,すなわち土地履歴を 参照することで,地域の将来に有益な情報が得られる。例えば, 地震時の液状化や緑地の植栽基盤に関する知見が,土地履歴の研 究をとおして得られている 1),2) 。また,過去の土地利用の変化に もとづき,景観構造の将来予測が試みられた例もある 3) 一方,土地履歴が何らかの形で景観に現れることも,近年の 研究で示されている。例えば,条里制の地割が,水路,農地,集 落の配置や構成に継承されていること 4) ,江戸幕府の牧と払い下 げの履歴が,特定の土地利用や街路形状に残っていること 5) ,大 火復興事業の痕跡が,公共建築物の敷地,道路幅員,道路形状, 商店街の建築に認められること 6) ,沿岸における都市開発の経緯 の痕跡として,沖積低地に堤防状の地形が見られること 7) ,河口 部の段階的な沖出し干拓の結果として,畝状の地形が残っている こと 8) ,が明らかになっている。 このような土地履歴の現れについては,文化的景観の新たな 類型と位置づけた上で,積極的に保全継承すべきとの考えが示さ れている 9) 。また,ランドスケープ・アーバニズムの潮流におい て,土地履歴の現れを丹念に読み込み現代的に再生する,計画と デザインの可能性も提示されている 10) 。今後,景観計画やラン ドスケープデザインの領域において,保全継承の研究や,現代的 再生の実践が進んでいくと考えられる。しかし,土地履歴の現れ に関する研究は端緒についたところであり,知見の蓄積は十分で はない。 このような土地履歴研究の対象として注目されるのが,琵琶 湖沿岸域において陸域化した水域の痕跡である。 1960 年代から 90 年代の間に,湖岸堤建設,農地整備,河川改修等によって, 川や湖の陸域化が生じたことが示されている 11) 。さらに,陸域 化した水域の痕跡として,埋め立てられた川が道路の形に,沖出 し干拓で残された旧湖岸が宅地の石垣の段差に,それぞれ認めら れることが指摘されている 12) 一方,琵琶湖沿岸域における土地利用の大きな変化の要因と して,内湖の干拓が挙げられている 13) 。内湖とは,浜堤や砂州 で琵琶湖と隔てられた水深 1 2 mの平底水域のことである。戦 中戦後の食糧増産と耕地面積拡大の政策によって干拓が行われ, その総面積は29k ㎡から4k ㎡へと, 25 k ㎡も減少した 14) 。これ まで内湖については,周辺環境を利用する営みの喪失 15) や,琵 琶湖国定公園の成立と干拓との関係性 16) が明らかになっている ものの,陸域化した内湖の痕跡の研究例はない。琵琶湖沿岸域に おいて陸域化した水域の痕跡の現況を把握し,将来に資する知見 を得るためには,既往研究の知見に加えて,土地利用の大きな変 化をもたらした干拓の結果,内湖の痕跡がどのような形で現存す るのか,解明が必要である。 琵琶湖沿岸域では, 1943 年から 1971 年までの間に, 15 の内 湖に対して干拓事業が行われた 17) (図 -1 )。その総面積は 24.9 k ㎡であり 18) ,前述した内湖の減少分25 k ㎡に匹敵するため,こ れら 15 ヶ所を対象とすることは,琵琶湖沿岸域における内湖の 痕跡の解明につながると考えられる。その解明には以下のような 段階を経る必要がある。まず,かつて内湖が存在した場所におい て,痕跡の可能性がある物理的状況を明らかにする必要がある。 ただ,この段階では痕跡と特定することはできない。なぜなら, その状況がどのような経緯で形成されたものなのか,わからない からである。前述の川や湖岸の既往例でも,現地の物理的状況と, 埋め立てや改修の事実経緯との照合をとおして,痕跡と特定され - 341 -

内湖がかつて存在した場所の物理的状況 -琵琶湖沿 …Keywords: land history, trace, context, landscape urbanism, coastal zone 土地履歴,痕跡,文脈,ランドスケープ・アーバニズム,沿岸域

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.16, 2018 年 2 月 Reports of the City Planning Institute of Japan, No.16, February, 2018

* 正会員・滋賀県立大学環境科学部 School of Environmental Science, University of Shiga Prefecture

内湖がかつて存在した場所の物理的状況

-琵琶湖沿岸地域を事例として-

Physical situations at the places where lagoons had once existed : A case study about the coastal regions of the Biwa Lake

村上修一*・轟慎一*

Shuichi Murakami *・Shinichi Todoroki *

The objective of this report was to examine the potentials of traces for lost lagoons in physical situations at the places where they had once existed. Surveys and analyses were conducted into the 15 reclaimed lagoons at the coastal regions of the Biwa Lake. The potentials of such traces were conjectured in the following four situations. 1) Adjacency of different land uses between inside and outside of outlines of lost lagoons. 2) Linear match of canals with outlines of lost lagoons. 3) Difference of orientation of the road systems between inside and outside of outlines of lost lagoons. 4) Difference in levels of the grounds around the outlines of lost lagoons. It was thought that the following problems were to be solved in order to confirm whether these situations kept the remnants of the lost lagoons or not. 1) How had the lagoons and the adjacent lands been altered through the reclamation projects? 2) Had there been any projects in which the ground levels had been changed in addition to the reclamations? 3) How had the land uses as well as the water areas changed from before the reclamations until today? Keywords: land history, trace, context, landscape urbanism, coastal zone

土地履歴,痕跡,文脈,ランドスケープ・アーバニズム,沿岸域 1.背景と目的

土地の元の姿やたどってきた変遷過程,すなわち土地履歴を

参照することで,地域の将来に有益な情報が得られる。例えば,

地震時の液状化や緑地の植栽基盤に関する知見が,土地履歴の研

究をとおして得られている 1),2)。また,過去の土地利用の変化に

もとづき,景観構造の将来予測が試みられた例もある 3)。

一方,土地履歴が何らかの形で景観に現れることも,近年の

研究で示されている。例えば,条里制の地割が,水路,農地,集

落の配置や構成に継承されていること 4),江戸幕府の牧と払い下

げの履歴が,特定の土地利用や街路形状に残っていること 5),大

火復興事業の痕跡が,公共建築物の敷地,道路幅員,道路形状,

商店街の建築に認められること 6),沿岸における都市開発の経緯

の痕跡として,沖積低地に堤防状の地形が見られること 7),河口

部の段階的な沖出し干拓の結果として,畝状の地形が残っている

こと 8),が明らかになっている。

このような土地履歴の現れについては,文化的景観の新たな

類型と位置づけた上で,積極的に保全継承すべきとの考えが示さ

れている 9)。また,ランドスケープ・アーバニズムの潮流におい

て,土地履歴の現れを丹念に読み込み現代的に再生する,計画と

デザインの可能性も提示されている 10)。今後,景観計画やラン

ドスケープデザインの領域において,保全継承の研究や,現代的

再生の実践が進んでいくと考えられる。しかし,土地履歴の現れ

に関する研究は端緒についたところであり,知見の蓄積は十分で

はない。

このような土地履歴研究の対象として注目されるのが,琵琶

湖沿岸域において陸域化した水域の痕跡である。1960 年代から

90 年代の間に,湖岸堤建設,農地整備,河川改修等によって,

川や湖の陸域化が生じたことが示されている 11)。さらに,陸域

化した水域の痕跡として,埋め立てられた川が道路の形に,沖出

し干拓で残された旧湖岸が宅地の石垣の段差に,それぞれ認めら

れることが指摘されている 12)。

一方,琵琶湖沿岸域における土地利用の大きな変化の要因と

して,内湖の干拓が挙げられている 13)。内湖とは,浜堤や砂州

で琵琶湖と隔てられた水深 1~2mの平底水域のことである。戦

中戦後の食糧増産と耕地面積拡大の政策によって干拓が行われ,

その総面積は29k㎡から4k㎡へと,25 k㎡も減少した 14)。これ

まで内湖については,周辺環境を利用する営みの喪失 15)や,琵

琶湖国定公園の成立と干拓との関係性 16)が明らかになっている

ものの,陸域化した内湖の痕跡の研究例はない。琵琶湖沿岸域に

おいて陸域化した水域の痕跡の現況を把握し,将来に資する知見

を得るためには,既往研究の知見に加えて,土地利用の大きな変

化をもたらした干拓の結果,内湖の痕跡がどのような形で現存す

るのか,解明が必要である。

琵琶湖沿岸域では,1943 年から 1971 年までの間に,15 の内

湖に対して干拓事業が行われた 17)(図-1)。その総面積は 24.9 k

㎡であり 18),前述した内湖の減少分25 k㎡に匹敵するため,こ

れら15ヶ所を対象とすることは,琵琶湖沿岸域における内湖の

痕跡の解明につながると考えられる。その解明には以下のような

段階を経る必要がある。まず,かつて内湖が存在した場所におい

て,痕跡の可能性がある物理的状況を明らかにする必要がある。

ただ,この段階では痕跡と特定することはできない。なぜなら,

その状況がどのような経緯で形成されたものなのか,わからない

からである。前述の川や湖岸の既往例でも,現地の物理的状況と,

埋め立てや改修の事実経緯との照合をとおして,痕跡と特定され

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【図-1】干拓された内湖の位置

ている 19)。したがって,次の段階で,その状況の形成の経緯を

明らかにできれば,内湖の痕跡としての真偽を確かめることがで

きる。さらに,内湖の痕跡と特定できた状況については,保全継

承策や現代的再生策の検討が可能となる。

本報では,最初の段階として,前述の15ヶ所を対象に,痕跡

の可能性がある物理的状況を把握する。前述のように,川や湖岸

の痕跡は,道路という土地利用や,石垣という地面の段差に現れ

ている。内湖の痕跡についても,同様に土地利用や地面の段差に

現れている可能性が考えられる。その理由は以下のとおりである。

まず,内湖の干拓事業 20)において,干拓地内に農地等が整備さ

れたことから,周囲との間に土地利用の違いが生じていることが

予想される。また,干拓地の外縁に,灌漑や排水のための水路が

整備されたことから,内湖の輪郭と合致する水路が存在すること

が予想される。さらに,干拓地内で完結する農道等の道路網が整

備された結果として,周囲の道路網との間に向きの違いが生じて

いることが予想される。これら干拓事業にともなう整備に加えて,

内湖の湖岸に陸域から湖底に向かって地面が 1~2m 下がる水陸

移行帯が存在したこと 21)から,内湖の輪郭と合致する地面の段

差が存在していることが予想される。そのような状況が,どこで

どのように現存しているのかが明らかになれば,内湖の痕跡とし

ての真偽を確かめるために,何をどのように調査分析すべきか,

次段階に向けた課題を明確化することができる。

2.研究方法

まず,国土地理院発行の旧版地図(縮尺 1/25,000)を参照し,

内湖の輪郭を地図上にトレースした。琵琶湖では,1905 年に瀬

田川洗堰が設置され,最初の利水事業が1952年に完了するまで

平均水位が数十cm低下した 22)。本来の形にできるだけ近い輪郭

を把握するために,利水事業の影響が最小限と考えられる最古の

年代(1916~1922 年測量)の謄本を使用した。それらをデジタ

ル画像化し,最新の数値地図(国土基本情報,2016~2017 年発

行)に GIS で重ね合わせて,内湖の水崖線をトレースすること

で輪郭を抽出した。既報によれば,1950 年代以前の旧版地図の

座標精度は 20m とされる 23)。さらに,GIS でトレースする際の

誤差として,デジタル化した画像の 1 ピクセル10m も考慮する

と,本研究で抽出した輪郭の誤差は 30m と考えられる。また,

実際には,内湖の水崖線は自然要因や人為によって変動し固定で

はなかったと考えられる。そこで本研究では,抽出した輪郭を中

心に幅 30mのバッファを設定して現地踏査や地図分析を行った。

次に,2017年4月から8月にかけて,15ヶ所の現地踏査を行

った。干拓地内外の土地利用を調査するとともに,バッファ内に

おける土地利用と地面の段差を調査した。地面の段差については,

輪郭の内側の方が外側より低いことが視認できる護岸や法面と

いった要素が有る場合に,その位置と種別を記録した(1)。

その上で,15 ヶ所の分析をGIS で行った。前述の数値地図の

うち,水域,道路のデータをベースとして使用した。土地利用に

ついては,現地踏査の結果にもとづき,農地などの種別に面デー

タを作成した。段差についても,現地踏査の結果にもとづき線デ

ータを作成した。その上で,以下の4項目について分析を行った。

まず,輪郭の内外で土地利用が異なる状況の有無をバッファ内で

探り,異なる区間の輪郭の長さを求めた(2)。次に,水路がバッフ

ァ内にある場合を輪郭に合致するとみなし,その区間の輪郭の長

さを求めた。また,輪郭の内外の道路網の向きの違いを見るため

に,バッファ内で近接する内外の道路が成す角度(最小値0°~

最大値 45°)を 1°単位で求めた。さらに,バッファ内におけ

る地面の段差の長さを,現地踏査で記録した断面形状と高さの区

分ごとに求めた。これらの結果にもとづき,内湖の痕跡の可能性

と,特定のために解明が必要な課題について考察を行った。

3.結果

前述の分析過程で使用した15ヶ所の地図データを図-2に示し

た。ただし,輪郭付近の画面が煩雑となるため,バッファを表示

していない。また,事例の画面の大きさをそろえてレイアウトし,

一覧できるようにしたため,地図の縮尺が内湖の規模に応じて異

なっている。GIS分析の過程では,画面に表示する地図の縮尺を

1/2500に統一し,分析精度に差が生じないようにした。

3-1. 内湖の輪郭の内外で土地利用が異なる状況

現地調査をとおして認められた土地利用は,水田や畑などの

【写真-1】土地利用の具体例

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【図 -2】対象地における土地利用と段差

①塩津内湖

⑥松原内湖

⑪水茎内湖

②塩津娑婆内湖

⑦曽根沼

⑫野田沼

③早崎内湖 ⑧大中の湖⑬繁昌池

④大郷内湖

⑨小中の湖

⑭四津川内湖

⑤入江内湖 ⑩津田内湖 ⑮貫川内湖

凡例:     内湖の輪郭     水域     農地     林地     宅地     その他     道路     段差

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「農地」(写真-1a),山林や孤立林などの「林地」(写真-1b),住

宅地や工場用地などの「宅地」(3)(写真-1c),荒地やヨシ地など

の「その他」(写真-1d)であった。

土地利用の異なる区間の輪郭の長さを求めたところ,表-1のよ

うになった。④をのぞく14ヶ所では,内湖の輪郭の内外で土地

利用の異なる状況が認められ,その区間の長さは 15m~4,231m

であった。④の場合,図-2 の輪郭の内外が宅地だが,これらは

全て工場用地であった。一方,14ヶ所のうち②をのぞく13ヶ所

では,輪郭の総延長に対する,土地利用の異なる区間の割合が表

-1 のように 1%~40%と,半分に満たなかった。これら 13 ヶ所

では,図-2 のように,農地をはじめとする土地利用が輪郭の内

外で連続している状況が,相当の区間で確認された。

さらに,土地利用の異なる区間の輪郭の長さを,土地利用別に

分けて求めたところ,表-1のようになった。内側が農地,宅地,

その他である区間が認められたが,内側が農地である区間の合計

が11,346mと,宅地やその他である区間の合計に比べて大きい値

となった。中でも,⑧における内側が農地で外側が林地の区間

(2,162m),⑨における内側が農地で外側が宅地の区間(917m),

⑤における内側が農地で外側がその他の区間(1,531m)が相対

的に大きい値を示した。なお,内側が林地である区間は全く認め

られなかった。一方,外側では,農地,林地,宅地,その他の全

てが認められた。

3-2. 内湖の輪郭と合致する水路

バッファ内に水路の存在する区間の輪郭の長さを求めたとこ

ろ,表-2 のようになった。15 ヶ所で,内湖の輪郭と合致する水

路の存在が認められ,その区間の長さは414m~5,452mであった。

また,輪郭の総延長に対する割合は15%~63%であった。もっと

も割合の高い②では,図-2 のように,干拓地の外縁の水路が内

湖の輪郭と,相当の区間で合致している状況が確認された。一方,

輪郭に水路が合致しない区間としては,図-2 の⑬のように,そ

もそも干拓地の外縁に水路がほとんどない場合と,⑫のように,

干拓地の外縁に水路があるものの,線形の違いにより,輪郭と

農地:林地 農地:宅地 農地:他 宅地:農地 宅地:林地 宅地:他 他:農地 他:林地 他:宅地

① 塩津内湖 1,433 15 1 15

② 塩津娑婆内湖 1,211 817 67 153 42 163 459

③ 早崎内湖 4,027 504 13 256 248

④ 大郷内湖 2,419 0 0

⑤ 入江内湖 11,972 4,224 35 577 1,531 458 697 213 748

⑥ 松原内湖 6,580 818 12 80 332 95 142 20 149

⑦ 曽根沼 13,222 1,212 9 566 113 468 65

⑧ 大中の湖 22,233 4,231 19 2,182 599 48 129 471 726 76

⑨ 小中の湖 10,893 2,861 26 631 917 540 131 173 20 413 36

⑩ 津田内湖 5,507 2,195 40 29 380 75 1,082 396 233

⑪ 水茎内湖 12,514 3,026 24 721 259 815 526 116 292 297

⑫ 野田沼 3,348 987 29 178 325 484

⑬ 繁昌池 3,041 408 13 296 112

⑭ 四津川内湖 2,983 471 16 243 116 56 56

⑮ 貫川内湖 2,755 129 5 39 90

3,959 3,021 4,366 2,289 781 1,050 3,953 416 2,063

6,432計 104,138 21,898

11,346 4,120

名称

内湖の

輪郭の

総延長

(m)

土地利用の

異なる区間

の輪郭の長

(m)

土地利用別の輪郭の長さ(m) 内側の土地利用:外側の土地利用

土地利用の

異なる区間

の総延長に

対する割合

(%)

地盤

法面

道路

法面

水路

護岸

堤防

法面

① 塩津内湖 1,433 560 39 0,1 2m:41, 1m:95

② 塩津娑婆内湖 1,211 760 63 9,14,42 2m:155, 1m:119

③ 早崎内湖 4,027 1,168 29 4,9,12,14 3m:496 3m:258, 2m:505

④ 大郷内湖 2,419 414 17 0

⑤ 入江内湖 11,972 5,452 46 5,9,10,32,34 1m:1,604

⑥ 松原内湖 6,580 2,836 43 0,1,12,43 2m:62 2m:100, 1m:661 6m:198, 3m:152 1m:179

⑦ 曽根沼 13,222 2,028 15 1,2 2m:48

⑧ 大中の湖 22,233 4,908 22 1,6,23,28,35,37,42,44 3m:1,655, 2m:516

⑨ 小中の湖 10,893 2,587 24 0,2,8,14,24 2m:277 3m:1,632, 2m:94 3m:176, 2m:649

⑩ 津田内湖 5,507 2,661 48 2,6,9,21,23 2m:89 3m:65, 2m114

⑪ 水茎内湖 12,514 2,351 19 13,14,15,20,30,31 2m:1,238, 1m:863 3m:74 3m:604, 2m:832

⑫ 野田沼 3,348 1,258 38 11,15,18,23 1m:172

⑬ 繁昌池 3,041 548 18 0,2

⑭ 四津川内湖 2,983 583 20 0 1m:384 2m:96 1m:293

⑮ 貫川内湖 2,755 711 26 0 2m:15 2m:73, 1m:115

104,138 28,825計

輪郭の

内外の

道路の

角度

(°)

種別および高さ別の段差の長さ(m) 段差の高さ:段差の長さ

号名称

内湖の

輪郭の

総延長

(m)

水路と合致

する輪郭の

長さ

(m)

水路と合致

する輪郭の

総延長に対

する割合

(%)

【表-1】土地利用の異なる区間の輪郭の長さ

【表-2】水路,道路,地面の段差に関する結果

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【写真-2】地面の段差の種類(具体例)

【図-3】地面の段差の種類(模式図)

ずれる場合とが認められた。

3-3. 内湖の輪郭内外の道路網の向きの違い

バッファ内で近接する干拓地内外の道路が成す角度を求めた

ところ,表-2 のようになった。例えば,⑧で 8 とおりの角度が

あるように,検出した複数の角度を全て示した。④,⑭,⑮をの

ぞく 12 ヶ所では,近接する道路の間に 1°以上の角度が認めら

れた。そのうち,角度の過半が5°以上であった表-2の9ヶ所に

ついては,図-2 のように,道路網の向きが輪郭内外で違う状況

が確認された。一方,2°以下の角度であった①,⑦,⑬につい

ては,9ヶ所のような道路網の向きの違いは認められなかった。

3-4. 内湖の輪郭と合致する地面の段差

現地調査をとおして,段差の断面形状には4通りの違いが認め

られた(図-3)。まず,高低差のある地面どうしが接する状況が

認められた(地盤法面,写真2a)。農地の中にある場合や,輪郭

の外側の宅地と内側の農地が接する場合があった。また,輪郭の

外側の道路と内側の地面が接する状況が認められた(道路法面,

写真2b)。山麓に沿う道路や湖岸の微高地上の道路に伴う場合が

あった。さらに,高低差のある地面の間に水路があり,輪郭の内

側に堤防が無い状況が認められた(水路護岸,写真2c)。山麓の

水路や湖岸の微高地の水路に沿う場合と,堀に面した城の石垣の

場合があった。最後に,高低差のある地面の間に水路があり,そ

の内側に堤防がある状況が認められた(堤防法面,写真2d)。こ

れは,干拓地の外縁の水路に伴うものであった。

バッファ内における段差の長さを,断面形状別と高さ別に求め

たところ,表-2のようになった。④と⑬をのぞく13ヶ所で,輪

郭と合致する段差の存在が認められた。断面形状別では,地盤法

面が6ヶ所,道路法面が6ヶ所,水路護岸が5ヶ所,堤防法面8

ヶ所となった。地盤法面については⑪の合計が 2,101m,また道

路法面については⑨の合計が1,726mと,それぞれ他の5ヶ所に

比べて大きな値となった。水路護岸については最大でも合計

350mにとどまった。堤防法面については,⑤,⑧,⑪の合計が

それぞれ1,604m,2,171m,1,436mと,相対的に大きい値となっ

た。なお,高さについては,⑥の水路護岸の一部を除き,1m~

3m であった。⑥の水路護岸の一部は高さ 6m であったが,これ

は堀に面した城の石垣である。

4.考察

まず,内湖の輪郭の内外で土地利用が異なるという物理的状況

が,14 ヶ所で認められた。内側が林地という組み合わせはなか

ったが,それ以外のあらゆる土地利用の組み合わせがあることが

わかった。そのうち,内側が農地の区間については,内湖の干拓

が農地を創出する事業であったことをふまえると,もともと内湖

周辺が林地,宅地,その他の土地利用であったところに,干拓で

農地が出現し,土地利用が異なる状況が今日まで続いている可能

性が考えられる。その一方で,干拓後に周辺の土地利用が変わっ

た結果その状況が生じた可能性も否定できない。したがって,こ

の課題を解明し,痕跡の真偽を確かめるためには,干拓前に内湖

周辺の土地がどのように利用されていたのか,干拓事業において

農地をはじめとする土地利用がどのように配置されたのか,干拓

後に輪郭の内外で土地利用の変化が生じたのかどうか,事実経緯

を把握する必要がある。さらに13ヶ所で,土地利用の異なる区

間の割合が半分に満たないこと,および,相当の区間において農

地等の土地利用が輪郭の内外で連続していることから,輪郭との

明確な対応関係を,農地をはじめとする土地利用の現況に見出し

難い状況もあると考えられる。前述の事実経緯に加えて,干拓事

業における内湖周辺の圃場との一体的整備の有無についても把

握する必要がある。

次に,内湖の輪郭と水路とが合致するという物理的状況が,全

15 ヶ所で認められた。干拓事業をとおして外縁に灌漑や排水の

ための水路が整備されたこと,および外縁の水路沿いに相当距離

の堤防法面が認められたことをふまえると,干拓地の外縁に堤防

が整備され,内湖の湖岸がそのまま残された状況が,今日まで続

いている可能性が考えられる。しかし,水路が存在しない,ある

いは線形が違うことで,水路が輪郭に合致しない区間の割合が高

く,これらの水路は新たに造られたものであって,内湖の湖岸が

残っているわけではない可能性もある。この課題を解明し,痕跡

の真偽を確かめるためには,干拓事業において水路がどのように

整備されたのかを把握するとともに,干拓前から今日にかけて,

内湖および周辺の水域がどのように変化したのか,事実経緯を把

握する必要がある。

また,道路網の向きが輪郭の内外で異なるという物理的状況が,

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Page 6: 内湖がかつて存在した場所の物理的状況 -琵琶湖沿 …Keywords: land history, trace, context, landscape urbanism, coastal zone 土地履歴,痕跡,文脈,ランドスケープ・アーバニズム,沿岸域

公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集 No.16, 2018 年 2 月 Reports of the City Planning Institute of Japan, No.16, February, 2018

9ヶ所で認められた。もともと内湖周辺に道路網が存在していた

が,干拓地内に向きの違う道路網が整備され,結果として,双方

の向きが違う状況が今日まで続いている可能性が考えられる。そ

の一方で,干拓の際には周辺の道路網と同じ向きであったものの,

その後の開発で周辺の道路網の向きが変わった可能性も否定で

きない。3ヶ所で道路の向きが内外で全く同じだったことや,別

の3ヶ所で道路網の向きに違いが認められなかったことは,干拓

の際に周辺の道路網と同じ向きであった可能性をも示している。

この課題を解明し,痕跡の真偽を確かめるためには,干拓事業に

おいて農道等の道路がどのように整備されたのかを把握すると

ともに,干拓前から今日にかけて,内湖周辺の道路がどのように

整備されたのか,事実経緯を把握する必要がある。

さらに,内湖の輪郭と合致する地面の段差という物理的状況が,

13 ヶ所で認められた。これらは,輪郭の内側が外側より低いこ

と,高低差が 1 区間をのぞき 1m~3m であったことから,かつ

て存在した内湖の湖岸が残っている可能性が考えられる。しかし,

地盤法面や道路法面については圃場や道路の整備にともなう盛

土によって,また水路護岸や堤防法面については外縁の水路整備

によって生じた可能性も考えられる。この課題を解明し,痕跡の

真偽を確かめるためには,干拓事業において琵琶湖の水位や干拓

地の標高がどのように設定されていたのか,干拓事業をとおして

湖岸がどのように改変されたのか,さらに,干拓事業およびその

後の諸事業において,地面の段差が生じ得る整備事業が行われた

のかどうか,事実経緯を把握する必要がある。

5.結論と今後の課題

かつて内湖の存在した 15 ヶ所において,内湖の輪郭の内外で

土地利用の異なる状況,内湖の輪郭と水路とが合致するという状

況,道路網の向きが輪郭の内外で異なるという状況,内湖の輪郭

と合致する地面の段差という状況に,内湖の痕跡の可能性が示唆

される。それらが痕跡であるかどうか真偽を確かめるために,水

位や標高の設定,土地利用・水路・道路の配置,湖岸の改変,周

辺との一体的整備の有無といった干拓事業の内容を把握すると

ともに,地面の段差が生じ得る整備事業の有無の確認,および,

干拓前から今日に至るまでの,内湖周辺や干拓地内部の土地利用

や水域の変化を解明することが,今後の課題である。

補注

(1) 内湖の水深が1~2mであったことを考慮し,踏査者の視点の高さを基

準に目測で1m以上の段差を記録し,1m刻みで高さを記録した。

(2) 内外の土地利用の間に水路が存在する場合も,内外の土地利用の相違

を判断しデータに含めた。

(3) 「宅地」は,建物の敷地という意味で通常用いられるが,本研究では,

農業以外の開発が進んだ土地として,公共施設や公園の敷地等も含む。

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テムとその崩壊:地理学評論76(1):19-43

16)小沢晴司(2012)琵琶湖国定公園の成立と内湖干拓との関係性に関す

る考察:ランドスケープ研究(オンライン論文集)5:5-16

17)前掲書16)

18)滋賀県(2013)内湖再生全体ビジョン~価値の再発見から始まる内湖

機能の再生~(資料編):1-2

19)前掲書12)

20)琵琶湖干拓史編さん委員会編(1970)琵琶湖干拓史。本書には内湖の

干拓事業の詳細が記されており,本文中に挙げた本研究の仮説は,い

ずれも本書で得た情報にもとづいている。

21)前掲書14):31

22)前掲書14):30-31

23)長谷川裕之(2007)旧版地形図・古空中写真の座標精度:2007 年度

日本地理学会春季学術大会抄録

注)

本稿はJSPS科研費 JP17K08184の助成を受けたものである。

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