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OpenFOAM を用いた沿道大気質モデルの開発 Development of a Roadside Air Quality Model with OpenFOAM 木村 * 1 Shin KIMURA 伊藤 晃佳 *2 Akiyoshi ITO 1. はじめに 自動車排出ガスの環境影響は,道路沿道で大き く,建物など構造物が複雑な気流を形成するため, 沿道大気中の自動車排出ガス濃度分布も複雑にな る.したがって,近年, CFD (Computational Fluid Dynamics: 数値流体力学)を用い沿道の気流分布 を詳細に予測し,局所的な自動車排出ガスの濃度 分布を算出する手法が注目を集めている. 2007度から 2011 年度の 5 ヵ年で実施された Japan Auto-Oil Program (JATOP) 1) では, CFDを利用し た沿道大気質モデル(以下,JATOPモデルと略記) を開発し,沿道大気質の環境評価を可能にした. CFDのソフトウェアの多くが市販ソフトウェ アであるが,近年,無償のCFDソフトウェアが使 用されつつある.これらの中には,商用CFDソフ トウェアに匹敵する精度,機能を有しているもの もあり, CFDコスト削減の観点から大きな期待を 集めている. そこで,本研究は,無償CFDソフトウェアとし OpenFOAM 2) を用いてJATOP沿道大気質モデ ルに代替可能なモデル(以下,OpenFOAMベース モデルとする)を開発し,低コストで利用できる沿 道大気質モデルの実現を目指す.本稿では,開発 において,都市形状を簡易的に模擬した形状と実 都市形状を用い, JATOPモデルとの比較をした結 果をまとめる. 2. 計算手法 2. 1 沿道大気質モデルの計算フロー概要 OpenFOAMベースモデルは,基本的に, JATOP モデルのフローと同じである 3) Fig. 1に計算フロ ーの概要を示す.このモデルは,気流計算(定常解 )を実施し,そこで得られた気流計算結果と自動 車排出量分布を用いガス拡散輸送方程式(定常解 )を解き,排出ガスの空間濃度分布を予測する仕 組みである. 2. 2 気流計算 気流計算では,OpenFOAMのデフォルトソル バであり,非圧縮性流体の定常解析ソルバである simpleFoamを用いた.乱流モデルに標準k-εモデ ルを使用し,壁面の境界条件に壁関数を用いた. また,対流項の離散化にはTVD系のスキームを使 用した. 2. 3 拡散計算 OpenFOAMには拡散計算を実施できるソルバ がデフォルトで搭載されていない.そのため,ユ ーザ側でソースコードを書き換え,対応するソル バを作る必要がある.本研究では,気流計算で用 いたsimpleFoamのソースコードをベースに拡散 計算用ソルバを作成した.なお,作成したソルバ JARI Research Journal 20130706 技術資料1 一般財団法人日本自動車研究所 エネルギ・環境研究部 2 一般財団法人日本自動車研究所 エネルギ・環境研究部 博士(工学) 3 次元形状データ (実都市形状データなど) OpenFOAM 用の 計算格子作成 排出量分布を計算 格子に割り当て 排出量分布 データ 気流計算 拡散計算 計算結果 計算格子データ 計算格子データ 計算格子データ 拡散計算用 排出量分布データ 計算結果 Fig. 1 沿道大気質モデルの計算フロー概要 JARI Research Journal (2013.7) 1

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OpenFOAM を用いた沿道大気質モデルの開発

Development of a Roadside Air Quality Model with OpenFOAM

木村 真 *1 Shin KIMURA

伊藤 晃佳*2

Akiyoshi ITO

1. はじめに 自動車排出ガスの環境影響は,道路沿道で大き

く,建物など構造物が複雑な気流を形成するため,

沿道大気中の自動車排出ガス濃度分布も複雑にな

る.したがって,近年,CFD (Computational Fluid Dynamics: 数値流体力学)を用い沿道の気流分布

を詳細に予測し,局所的な自動車排出ガスの濃度

分布を算出する手法が注目を集めている.2007年度から2011年度の5ヵ年で実施されたJapan Auto-Oil Program (JATOP)1)では,CFDを利用し

た沿道大気質モデル(以下,JATOPモデルと略記)を開発し,沿道大気質の環境評価を可能にした. CFDのソフトウェアの多くが市販ソフトウェ

アであるが,近年,無償のCFDソフトウェアが使

用されつつある.これらの中には,商用CFDソフ

トウェアに匹敵する精度,機能を有しているもの

もあり,CFDコスト削減の観点から大きな期待を

集めている. そこで,本研究は,無償CFDソフトウェアとし

てOpenFOAM2)を用いてJATOP沿道大気質モデ

ルに代替可能なモデル(以下,OpenFOAMベース

モデルとする)を開発し,低コストで利用できる沿

道大気質モデルの実現を目指す.本稿では,開発

において,都市形状を簡易的に模擬した形状と実

都市形状を用い,JATOPモデルとの比較をした結

果をまとめる. 2. 計算手法 2. 1 沿道大気質モデルの計算フロー概要

OpenFOAMベースモデルは,基本的に,JATOPモデルのフローと同じである3).Fig. 1に計算フロ

ーの概要を示す.このモデルは,気流計算(定常解

析)を実施し,そこで得られた気流計算結果と自動

車排出量分布を用いガス拡散輸送方程式(定常解

析)を解き,排出ガスの空間濃度分布を予測する仕

組みである. 2. 2 気流計算

気流計算では,OpenFOAMのデフォルトソル

バであり,非圧縮性流体の定常解析ソルバである

simpleFoamを用いた.乱流モデルに標準k-εモデ

ルを使用し,壁面の境界条件に壁関数を用いた.

また,対流項の離散化にはTVD系のスキームを使

用した. 2. 3 拡散計算

OpenFOAMには拡散計算を実施できるソルバ

がデフォルトで搭載されていない.そのため,ユ

ーザ側でソースコードを書き換え,対応するソル

バを作る必要がある.本研究では,気流計算で用

いたsimpleFoamのソースコードをベースに拡散

計算用ソルバを作成した.なお,作成したソルバ

JARI Research Journal 20130706 【技術資料】

*1 一般財団法人日本自動車研究所 エネルギ・環境研究部 *2 一般財団法人日本自動車研究所 エネルギ・環境研究部

博士(工学)

3 次元形状データ

(実都市形状データなど)

OpenFOAM 用の

計算格子作成

排出量分布を計算 格子に割り当て

排出量分布 データ

気流計算

拡散計算

計算結果

計算格子データ

計算格子データ

計算格子データ 拡散計算用 排出量分布データ

計算結果

Fig. 1 沿道大気質モデルの計算フロー概要

- - JARI Research Journal (2013.7)

1

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は,simpleFoamと同様,ガス濃度の定常解を求

めるものである. 3. 簡易型都市キャノピーモデルを用いた拡散

計算の実施 簡易型都市キャノピーモデルとは,単純形状の

構造物と道路に相当する谷の部分で構成された形

状であり,複雑な都市形状を簡易的に表現したも

のである.自動車排ガスなどの拡散計算の基本的

な問題としてよく使用される.簡易型都市キャノ

ピーモデルは,計算格子が単純であるため,両モ

デルで同一の計算格子を設定できる.そのため,

計算格子の依存性を排除したモデルの比較ができ

計算スキームや乱流モデルなどの影響を確認する

場合に適している. 本章では,簡易型都市キャノピーモデルを用い,

JATOPモデルとOpenFOAMベースモデルの計算

の比較を行い,OpenFOAMベースモデルが

JATOPモデルと同等の精度を有しているか確認

する. 3. 1 計算領域 Fig. 2に本計算で使用した簡易型都市キャノピ

ーモデルの概略図を示す.図中の赤色の部分から,

自動車排出ガスを模擬したガス(以下,パッシブガ

スとする)を発生させている. 3. 2 計算条件 Table 1に計算条件を示す.表からも分かるよう

に,JATOPモデル,OpenFOAMベースモデルと

もに同じ計算条件を与えている.また,計算格子

についても同一形状のものを使用している. 3. 3 計算結果 JATOPモデルとOpenFOAMベースモデルの平

均気流速度分布とパッシブガスの平均濃度分布の

比較を行う.ここでは代表として,x = 72,94および116m位置で計算結果を見る. Fig. 3に主流方向の平均速度分布を示す.いず

れの位置においても,JATOPモデル,OpenFOAMベースモデルの速度分布が良く一致し,気流計算

において,OpenFOAMベースモデルはJATOPモ

デルと同等の精度を有していることが確認できた. Fig. 4にパッシブガスの平均濃度分布を示す.

図より,JATOPモデルに比べ,OpenFOAMベー

スモデルの濃度分布が少し大きな値を示した.考

えられる理由としては,対流項離散化スキームの

取り扱いが厳密に異なることなどが影響している

ものと考えられる. 4. 実都市形状を用いた拡散計算の実施 次に,実際の沿道を再現した3次元都市形状(実都市形状)を用い計算した結果を示す.気流計算に

関しては,前章と同様, JATOP モデルと

OpenFOAMベースモデルの比較を行う.なお,

拡散計算は,JATOPモデルを用いた計算を実施で

(a) 概略図

(b) 寸法 (単位:m)

Fig. 2 簡易型都市キャノピーモデル

Table 1 簡易型都市キャノピーモデルの計算条件

沿道大気質モデル JATOP モデル OpenFOAM ベースモデル

計算領域 Fig. 2 参照(計算格子幅:1m)

流入速度 1 m/s

ガス発生速度 1 kg/(m3・sec)

- - JARI Research Journal (2013.7)

2

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きなかったため,結果の比較は行っていない. 4. 1 計算領域 Fig. 5に計算で使用した計算領域を示す.Fig. 5の(a)がJATOPモデル,(b)がOpenFOAMベースモ

デルの計算領域である.いずれも計算領域の大き

さは4km×4km×0.2kmとしている.実都市形状

は領域中心部に設置し,この領域は細分割により

計算格子の解像度を上げており,最小格子幅を

2.5mに設定している. Fig. 5からも分かるように,両者の計算格子の

形 状は異なる.これは,JATOPモデルとOpenFOAMベースモデルの計算格子生成機能が異なることに

起因する. また,本計算で用いた実都市形状は,川崎市川

崎区池上新田公園自排局周辺である. 4. 2 計算条件 Table 2に計算条件を示す.計算格子以外は,

JATOPモデル,OpenFOAMベースモデルともに

同じ計算条件を与えている.

0 10

10

20

30

40

気流平均速度 (m/s)

高さ

(m)

JATOPモデル OpenFOAMベースモデル

0 10

10

20

30

40

気流平均速度 (m/s)

高さ

(m)

JATOPモデル OpenFOAMベースモデル

0 10

10

20

30

40

気流平均速度 (m/s)

高さ

(m)

JATOPモデル OpenFOAMベースモデル

(a) x = 72 m

(b) x = 94 m

(c) x = 116 m

Fig. 3 気流平均速度分布

0 10 200

10

20

30

40

ガス平均濃度 (kg/m3)

高さ

(m)

JATOPモデル OpenFOAMベースモデル

0 10 200

10

20

30

40

ガス平均濃度 (kg/m3)

高さ

(m)

JATOPモデル OpenFOAMベースモデル

0 10 200

10

20

30

40

ガス平均濃度 (kg/m3)

高さ

(m)

JATOPモデル OpenFOAMベースモデル

Fig. 4 パッシブスカラーガス平均濃度分布

(c) x = 116 m

(a) x = 72 m

(b) x = 94 m

- - JARI Research Journal (2013.7)

3

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4. 3 計算結果 4. 3. 1 気流計算結果(モデル比較) Fig. 6には,JATOP,OpenFOAMベースモデ

ルの計算空間の同一位置における気流速度(北向

きの気流速度)の相関を示す.これらプロットを取

得した領域は,実都市が存在する範囲で,かつ地

上から80m以下の領域である.この領域は,気流

に建物等構造物の影響が現れやすい.図より,こ

れらの決定係数を算出したところ,決定係数は約

0.94となり,JATOPモデルとOpenFOAMベース

モデルの気流計算の結果は良く一致し,この計算

結果からも,OpenFOAMベースモデルはJATOPモデルと同等の精度を有していることが確認でき

た. 4. 3. 2 拡散計算結果 Table 2に示すように,自動車排出量分布データ

としてJATOPの排出量推計データを使用した.排

出ガスはNOxで,時間帯は2005年の平日の正午を

想定した. Fig. 7に計算結果を示す.Fig. 7 (a)は割り当て

た自動車排出量分布を可視化したもので,(b)は空

間に広がるNOxの平均濃度分布を3次元的に可視

化したものである.Fig. 7 (b)より,NOxが北風に

流されながら沿道周囲に拡散している様子が見ら

れ,本モデルは,実都市形状を用いた場合でも,

排出ガス拡散計算が機能していることを確認した.

(a) JATOP モデル

(b) OpenFOAM ベースモデル

Fig. 5 実都市形状計算用の計算領域

Table 2 実都市形状における計算条件

沿道大気質モデル JATOP モデル OpenFOAM ベースモデル

計算格子の生成 JATOP モデルの計算

格子生成機能を使用

OpenFOAM 付属の計算格子

生成機能を使用

実都市形状 川崎市川崎区池上新田自排局周辺(池上と略記)

計算領域 4km×4km×0.2km

最小格子幅 0.75m 2.5m

流入風向・風速 北風,1 m/s

排出量分布データ - 池上,2005 年平日正午

(JATOP 排出量推計データを使用)

排出ガス - NOx

-1 0 1

-1

0

1

風速 [JATOPモデル] (m/s)

風速

[Ope

nFO

AMベースモデル

] (m

/s)

R2=0.936

Fig. 6 気流速度の相関

- - JARI Research Journal (2013.7)

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5. まとめ 以下に,本研究の成果・知見をまとめる. 1) OpenFOAMを用いた沿道大気質モデルを開発

し,実都市における自動車排出ガスの拡散計算

を実施可能にした. 2) 簡易型都市キャノピーモデルおよび実都市形

状を用いて,気流・拡散計算を行ったところ,

気流計算では,本開発モデルはJATOP沿道大

気質モデルと同等の性能を有していることを

確認した.しかし,排出ガスの拡散計算におい

てJATOPモデルとの結果と差が出ており,こ

の差の原因については今後詳細な検討が必要

である. 今後の課題として,上記,拡散計算の精度検証

のほか,本モデルの予測結果をより実現象に近づ

けるための検討を行う.

本研究は,一般財団法人石油エネルギー技術セ

ンターが実施した自動車と石油の共同研究

(JATOP)の一環であり,経済産業省の平成23年度

委託事業として実施されたものである.

参考文献

1) 石油エネルギー技術センターホームページ:

http://www.pecj.or.jp/japanese/jcap/index_j.asp 2) OpenFOAMホームページ:

http://www.openfoam.com/ 3) 伊藤晃佳ほか:JATOP沿道自動車排出量推計モデル,

JARI Research Journal,2012-10-03

Fig. 7 NOx 排出量分布および空間濃度分布

(b) 空間濃度分布

(a) 排出量分布

- - JARI Research Journal (2013.7)

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