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日皮会誌:97 (9), 991-997, 1987 (昭62) Papillon-Lefevre症候群における64KD及び58~56KD ケラチンサブユニットの異常 レチノイド治療による症状の改善に伴うその異常の正常化 麻生 和雄 下浦 孝子 片方陽太郎 Papillon・LefSvre症候群の1症例を経験,レチノイ ド治療で症状の著明な改善をみた.治療前病巣部足詐 皮膚のケラチンを検索,健康人と比較し64KDケラチ ンをみず,また58~56KDケラチンの大幅な増加がみ られた. ’レチノイド治療による症状改善と一致し, 64KDの 角層への出現をみた.ケラチソ異常は本症候群の病因 に関連すると考えられた.本症候群でのケラチソ遺伝 形質発現異常,その形質発現に対するレチノイドの作 用について考察する. はじめに 著者らはPapillon-Lefevre症候群の1症例を経験, レチノイド治療によって著明な症状の改善をみた.電 気泳動による分析の結果足駄病巣部角層で健康人と比 較して64KDケラチソがみられず,また58~56KDケ ラチンポリペプチドの増加がみられた. 64KDケラチ ンはレチノイド治療による症状改善と一致して角層に 出現し,58~56KDケラチンの異常も改善された. 症例を報告し,本症候群でのケラチソ遺伝形質発現 異常,その形質発現に対するレチノイドの作用につい ての考えを述べる. 症例:27歳,男初診:昭和60年n月18日. 山形大学医学部皮膚科教室 Kazuo Aso, Takako Shimoura, Yohtaro Katagata : Abnormal 64 and 58~56KD keratin in Papillon・ LefSver syndrome ; Its recovery following the normalization of lesions after retinoid therapy・ Department of Dermatology, Yamagata University School of Medicine, Zao-Iida, Yamagata 990-23, Japan. Key words : Papillon・LefSvre syndrome, retinoid. defect of 64KD keratin subunit 昭和61年8月28日受付,昭和62年2月6日掲載決定 別刷請求先:山形市蔵王飯田 山形大学医学部皮膚科 教室 麻生和雄 家族歴:家族に同症はない.祖父母はいとこ同士. 現病歴および現症:乳幼児期から手駄にはじまるメ レダ病型角化異常があり,乳歯・永久裾は歯周炎で同 様の経過で脱落した. 掌脈,手,足背,アキレス腱部,膝蓋,肘部におよ ぶ局面性,境界明瞭な紅斑・角化性病変をみる(図1 A).腹・背部に米粒大~小指頭大の萎縮銀痕が散発し てみられるが,幼児期に頻発した化膿性皮膚疾患の銀 痕という. 臨床検査成績:血清ビタミソA値正常,免疫グロプ リy値を含めて血液・尿一般検査正常,頭部レ線像で 脳梗膜石灰沈着像をみない. 病理組織像:病巣部足駄の生検像では,表皮肥厚及 び部分的錯角化,穎粒層軽度増加,真皮上層の軽度の 血管周囲性小円形細胞浸潤を認めた(図2). 電顕所見:病巣部足駄の角質細胞の形態,ケラチン filament, marginal band に特に異常はない.辣細胞の トノフィラメソトは一部濃縮して認められる所もあっ た(図3, 4). 治療および経過:レチノイド50mg/日で2週間頃か ら改善傾向がみられ,1ヵ月後には肘,膝,アキレス 腱部を含めて掌駄角化は,紅斑を残し正常化し,その 効果は劇的とも例えられるものであった(図IB).以 来レチノイドを25mg/日として経過観察中であるが, わずかに掌駄に紅斑性角化を再発してみるのみであ る. 実験成績 1)実験方法: a)ケラチソ抽出とsodium dodecylsulfate polya- crylamide gel electrophoresis(SDS・PAGE):病巣部 足駄の表皮~角層の連続水平切片標本および角層から ケラチンを抽出しSDS・PAGEを行った.表皮~角層 連続水平切片試料は4mmパソチビオプシーで得た試 料を角層を底片として-20℃で固定,クレオスタット で10μmの厚さに水平連続して切って得られたもので ある1)2)それぞれの試料を1mlのlOmMトリス塩酸,

Papillon-Lefevre症候群における64KD及び58~56KD ケラチン ...drmtl.org/data/097090991.pdf · 2011-03-29 · Papillon-Lefevre症候群,ケラチソサブユニット

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日皮会誌:97 (9), 991-997, 1987 (昭62)

Papillon-Lefevre症候群における64KD及び58~56KD

       ケラチンサブユニットの異常

   レチノイド治療による症状の改善に伴うその異常の正常化

     麻生 和雄  下浦 孝子  片方陽太郎

          要  旨

 Papillon・LefSvre症候群の1症例を経験,レチノイ

ド治療で症状の著明な改善をみた.治療前病巣部足詐

皮膚のケラチンを検索,健康人と比較し64KDケラチ

ンをみず,また58~56KDケラチンの大幅な増加がみ

られた.

’レチノイド治療による症状改善と一致し, 64KDの

角層への出現をみた.ケラチソ異常は本症候群の病因

に関連すると考えられた.本症候群でのケラチソ遺伝

形質発現異常,その形質発現に対するレチノイドの作

用について考察する.

          はじめに

 著者らはPapillon-Lefevre症候群の1症例を経験,

レチノイド治療によって著明な症状の改善をみた.電

気泳動による分析の結果足駄病巣部角層で健康人と比

較して64KDケラチソがみられず,また58~56KDケ

ラチンポリペプチドの増加がみられた. 64KDケラチ

ンはレチノイド治療による症状改善と一致して角層に

出現し,58~56KDケラチンの異常も改善された.

 症例を報告し,本症候群でのケラチソ遺伝形質発現

異常,その形質発現に対するレチノイドの作用につい

ての考えを述べる.

          症  例

 症例:27歳,男初診:昭和60年n月18日.

山形大学医学部皮膚科教室

Kazuo Aso, Takako Shimoura, Yohtaro Katagata :

 Abnormal 64 and 58~56KD keratin in Papillon・

 LefSver syndrome ; Its recovery following the

 normalization of lesions after retinoid therapy・

Department of Dermatology, Yamagata University

 School of Medicine, Zao-Iida, Yamagata 990-23,

 Japan.

Key words : Papillon・LefSvre syndrome, retinoid.

defect of 64KD keratin subunit

昭和61年8月28日受付,昭和62年2月6日掲載決定

別刷請求先:山形市蔵王飯田 山形大学医学部皮膚科

 教室 麻生和雄

 家族歴:家族に同症はない.祖父母はいとこ同士.

 現病歴および現症:乳幼児期から手駄にはじまるメ

レダ病型角化異常があり,乳歯・永久裾は歯周炎で同

様の経過で脱落した.

 掌脈,手,足背,アキレス腱部,膝蓋,肘部におよ

ぶ局面性,境界明瞭な紅斑・角化性病変をみる(図1

A).腹・背部に米粒大~小指頭大の萎縮銀痕が散発し

てみられるが,幼児期に頻発した化膿性皮膚疾患の銀

痕という.

 臨床検査成績:血清ビタミソA値正常,免疫グロプ

リy値を含めて血液・尿一般検査正常,頭部レ線像で

脳梗膜石灰沈着像をみない.

 病理組織像:病巣部足駄の生検像では,表皮肥厚及

び部分的錯角化,穎粒層軽度増加,真皮上層の軽度の

血管周囲性小円形細胞浸潤を認めた(図2).

 電顕所見:病巣部足駄の角質細胞の形態,ケラチン

filament, marginal band に特に異常はない.辣細胞の

トノフィラメソトは一部濃縮して認められる所もあっ

た(図3, 4).

 治療および経過:レチノイド50mg/日で2週間頃か

ら改善傾向がみられ,1ヵ月後には肘,膝,アキレス

腱部を含めて掌駄角化は,紅斑を残し正常化し,その

効果は劇的とも例えられるものであった(図IB).以

来レチノイドを25mg/日として経過観察中であるが,

わずかに掌駄に紅斑性角化を再発してみるのみであ

る.

          実験成績

 1)実験方法:

 a)ケラチソ抽出とsodium dodecylsulfate polya-

crylamide gel electrophoresis(SDS・PAGE):病巣部

足駄の表皮~角層の連続水平切片標本および角層から

ケラチンを抽出しSDS・PAGEを行った.表皮~角層

連続水平切片試料は4mmパソチビオプシーで得た試

料を角層を底片として-20℃で固定,クレオスタット

で10μmの厚さに水平連続して切って得られたもので

ある1)2)それぞれの試料を1mlのlOmMトリス塩酸,

992 麻生 和雄ほか

図1 レチノイド治療前(A),治療後(B)の臨床像

レチノイド50mg/日投与1ヵ月,著明な改善をみる.

Papillon-Lefevre症候群,ケラチソサブユニット

lOmM EDTA 2Na, 10μg/ml phenylmethanesulfonyl

fluoride (pH 7.6)でホモジナイズ後, 20,000xg 15分

      図2 足駄病巣病理組織像

錯角化を混じた角層肥厚,穎粒層の増加,真皮上層の

軽度の血管周囲性円形細胞浸潤.

993

遠心して上清を除いた.残ったペレットには同じ緩衡

液を添加し,同様な操作を3回繰り返した.最終的に

得られたペレットに10μ1の2 %SDS, lOmMジチオス

ライトールを添加し100°C 2分処理することによりケ

ラチンを抽出した.それぞれ5μ1をLaemmliの方法に

従い, SDS-PAGEに供した(8.5%アクリルアミド).

泳動後ゲルを0.2%Coomassie Brilliant Blue R-250

で染色した.対照としてフォスフォリラーゼa

(92,500),牛血清アルブミソ(68000),オボアルブミ

ソ(45,000),キモトリプシノーゲソA(25,000)を同

時に泳動した.

 b)病巣部足脈と健康人足脈角層ケラチンの電気泳

動による比較:病巣部足駄と健康人(28歳男a, 28歳男

b, 27歳男c, 26歳女d)足駄角層からa)と同様の方法

でケラチンを抽出,SDS-PAGEを行った.短時間染色

しバンドの位置を確認後,58~56KD部領域のゲルを

切り取り,新たに調整したSDSポリアクリルアミドス

ラブゲル(アクリルアミド14%)のウェルに挿入し,

20%のグリセロールを含む, 0.8mg/mlのトリプシン

溶液5μ1をウェル底部に添加,直ちに泳動した.泳動後

のゲルは0.25%Coomassie Brilliant Blu R-250で染

            図3 穎粒層から角層の電顕像

層板穎粒(K),錯角化(P),デスモゾーム①),角質細胞のkeratin filament は粗造

 (KF)にみえる.

994 麻生 和雄ほか

  図4 基底細胞(A),煉細胞(B)の電顕像

基底細胞間隙の拡大と一部の凝集がみられる(※).

T:トノフィラメソト,B:基底膜.

色した.

 2)実験結果:

 a)病巣部水平連続切片標本のSDS-PAGE所見:

基底細胞層から45, 48, 50, 56, 58, 67, 68KD(アソ               ー一一

ダーライソは濃いバンド)が認められ,前述で報告し

たように,健康人でみられる様な分化に伴ってみられ

る明瞭なバンドの変化(terminal modification)を示

すことなく,そのまま角層へ移行した(図5).

 b)病巣部足脈と健康人足駄角層のSDS-PAGE:

健康人(男a, 28歳,男b, 28歳,男c, 29歳,女d,

26歳)の角層には64, 63, 58, 56, 50, 48KDケラチソ        一一   -の6バンドが認められた.健康人の間でも,a(図6

-1)とbは似たバンドパターンを示し,65~67KD部

分にほとんどバソドがみられないのに対し,cとd(図

7A-N)は65~67KD部分にうすいバソドがみられるな

ど,若干の違いが存在したが, abed共に,63~64KD

部分には濃いバソ,ドがみられた,病巣部角層では健康

人と比較し63, 64KD部分にバソドはみられなかった.

 レチノイド治療後の病巣部SDS-PBGE所見では健

康人のそれと略同様となり,56~58KDのバンドの減

少と, 64KDバンドの出現が認められた(図6).

 58~56KD部分のバンドのトリプシンによる限定分

解では病巣部と健康人の間に明らかな相違が認められ

た(図7).Nで未消化のバンド`が残っているが,再試

験してバンドが残らないように消化した場合も同様の

結果を得た.

        考察およびまとめ

 Papillon-Lefevre症候群はノレダ病型の掌駄角化と

歯周症で乳歯・永久歯の脱落を来す疾患で, 1964年

Gorlinら3)は文献例46例を集計,本症候群が常染色体

劣性遺伝であることを明かにし,またしばしば脳硬膜

に石灰化がみられることを指摘した.

 掌駄からはじまる異常角化は1~3歳頃から生じ,

手・足背の指趾関節,アキレス腱部,更に肘・膝にお

よぶ.歯周症は乳歯萌出後から歯槽膿漏様に歯肉は発

赤,排膿,ポケットを形成,歯芽動揺し脱落する.永

久歯萌芽と共に歯周症は再燃,永久歯も脱落,歯周症

は止む.本症候群ではまた易感染症が指摘されている.

 本症候群は現在まで欧米で135例(Hanekeらの1979

年までの120症例の集計以降,著者らの1985年までの集

計15症例),本邦では自験例を含めて29症例が報告され

ている.

 最近になって本症候群に対するレチノイドの有効性

が明らかとなり,古田ら6)(1981),Dribanら7),楠ら8)

(1982), Bravo-Pirisら9)(1983),田嶋ら'≫' (1984),

森嶋ら川(1984)の掌駄角化への著効報告例がある.森

嶋ら11)の8歳男児症例は皮疹のみならず歯周症も著明

に改善された注目すべき報告で,その改善は歯科主治

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Papillon-Lefevre症候群,ケラチソサブユニット

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図5 Paillon-Lefever症候群の表皮・角層のケラチソ

 の電気泳動

 足駄試料をクリオスタットで角層側から基底層にむ

 かって10μm厚さでスライス,それぞれからヶラチ

 ソを抽出.正常足駄でみられる63-64KDのサブユ

 ニットは,角層(No. 6)から基底層(N0.101)に

 いたるまでみられていない.

医が全く予想もしえなかった程であったという.著者

らも皮疹に対するその有効性を確認した.

 自験例では角層ケラチンの電気泳動の結果病巣部足

脈では健康人で一番濃いバンドが存在する63~64KD

部分にバソドがみられなかった.また,病巣部足駄で

一番濃い58-56KDのバンドと健康人の58~56KD部

分のバンドのトリプシン限定分解の結果を比較したと

ころ,明瞭な差がみられた.これは,健康人の56~58

KDのポリペプチドが病巣部で量的に増加しているの

みならず,この部分のバンドを構成しているポリペプ

チドの質的な変化を示唆するものと考えられる.

 レチノイド治療による症状の改善に伴って角層での

64KDケラチンの出現をみたがバンドのパターンは図

6-1 (28歳健康人男a)より図7A-N(26歳健康人,

女d)のパターンに類似していた.

 角層の64KDケラチンはII型ケラチソとしてケラチ

ソ細線維(keratin filament)の形成に必要であり12)13)

その欠如は本症候群での異常角化に関連していると思

われる.レチノイドの効果は,本症候群でのケラチソ

遺伝形質発現異常のレチノイドによる修正

(modification of abnormal keratin gene expression)

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     図6 角層ケラチンの電気冰勣

健康人にみられる63-64KDザソト1……,Iヽ1よ

Papillon-Lefever症候群で認められない(*)が,レ

チノイド治療により症状が改善されると共に出,現して

認められるようになった.

1.健康人(28歳男a), 2. Papillon-Lefever症候群(お

療前), 3. Papillon-Lefgvre症候群(治療後), 4.標

準タソパク質

によって正常なケラチソ線維のassemblyに必要であ

る64KDケラチソ生成が回復されることによるとぢえ

られた.

 イ)本症候群の病巣部角層ケラチン線細維構成異

常:角層のケラチソ細線組(kertin filament)はそれ

ぞれ1分子づつのI型,II型ケラチンの二量体を基本

単位として,それが複数連なり,線維を形成してい

る12)13)従って角層線組形成でI, II型のサブユニット

の量的,質的バランスは重要な意味をもつと考えられ

る.

 自験例の健康人角層には56, 50, 48KDのI型ヶラチ

ソ65, 64, 58KDのII型ケラチンが存在して認められ

た.本症候群足駄病巣部I型ケラチンの種類は健康人

と同一の構成であるがII型ケラチンは健康人と比較し

て64KDのポリペプチドが欠如しており,56~58KD

のポリペプチドが増加していた.したがって,本症候

群での角層ケラチソ細線維は正常人と異質のI型, II

型ケラチンによって構成されているということがで

き,また,レチノイドによってそれら異常ヶラチソが

部分的に正常化し同時に臨床的にも異常角層が正常化

することをみると,本症での異常角化は異常な角質ヶ

ラチソ線維構造に関連すると考えられた.

 口)本症候群でのケラチン遺伝子発現異常:角質ヶ

ラチソの一部は表皮で生成されたケラチンが表皮細胞

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           図7 ケラチンの限定分解

A.健康人(26歳,女d, N)およびPapillon-LefSvre症候群(P)の角層ケラチンの

 SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動

B.Aの56~58KD部分のバンドを切り出し,トリプシン限定分解を行なった. N.Pと

 も左側のレーソ対照としてトリプシン非存在下に泳動を行った.

の角化過程で翻訳後修飾されたものであることが推定

されている1)が,著者らもその所見を前報で詳しく報

告している.

 表皮基底層~角層の連続水平切片標本のSDS-

PAGEで自験例病巣部では,ケラチンの細胞の分化に

伴ったバンドパターンの変化(terminal modification)

は見られず,表皮living layerの68~48KDのケラチ

ンはそのまま角層に移行している.したがって,病巣

部角質での68, 67KDケラチンの存在は,それらが健康

人躯幹で推定されているような65KDへの翻訳後修

飾1)を受けずに角層へ移行したためと考えられる.

 著者らは,乾癖,あるいはUnna-ThoSt型掌計遺伝

性角化腫病巣でも表皮ケラチンのバンドパターンの変

化が認められなかったことを報告した14)したがって,

本症候群でのその欠如は本症候群に特異的のものでな

い.その欠如と基底層から角層までのケラチンの推移

をみると,本症候群での角層の64KDの欠落あるいは

58~56KDポリペプチドの増加などの異常はケラチソ

転写調節の異常であることを充分に示唆すると思われ

II!II

る.

 各ケラチンはそれぞれに対納するm・RNΛから生

成される.Fuchs&Green15),Fuchs12)は培養大皮細

胞からケラチソm-RNAを分離,それを利川し調整し

たcDNAがクロモゾームの約10ヵ所の遺伝子座に

hybridizeすることからケラチソ遺伝子は多重遺伝子

族(multigene family)であろうと推定している.

 ハ)本症候群でのケラチン遺伝子発現異常とレチノ

イド:retinoid reactive dermatosisといわれるよう

にレチノイドは遺伝性,炎症性の多様な皮膚疾患に有

効である.レチノイドはケラチンあるいは角質細胞の

envelop生成を含めて,多様な表皮細胞の分化に影響

を与える.Schultz-Ehrenberg&Orfanos16)はレチノ

イドの臨床効果をdifferentiation modulation作用と

説明している.

 遺伝情報の発現がm-RNA合成の過程で調節され

ることを転写調節というが,形質蛋白であるケラチン

の合成は,それをコードするm-RNAの供給量によっ

て規定され,またm-RNA供給量は転写の場合あるい

Papillon・Lefevre症候群,ケラチンサブユニット

は減少によって調節される.

 最近ビタミソAおよびその誘導体であるレチノイ

ドがm-RNAレベルでケラチソ生合成に関与してい

ることが明らかにされた. Kimら17)は培養諒細胞癌細

胞でビタミソAは40KDケラチンを増加, 67KDケラ

チンを減少させることを観察, Eckertら18)は人培表皮

細胞でレチノイドは40KD, 52KDケラチンに対補する

m・RNAをそれぞれ40,20倍増加させるか,一方56KD,

58KDに対補するm-RNAには影響を与えなかったと

報告している.

 自験例でのケラチンポリペプチドの異常は,本症候

                          文

 1) Fuchs E, Green H : Change in keratin gene

   expression during terminonal differentiation of

   the keratinocyte, Cell, 19 : 1033-1042, 1980.

 2)Toku S, Aso K, Katagata Y : Modification of

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 10)田嶋裕美子,田上八朗,大迫武治:乾癖様皮疹を

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 11)森嶋隆文,檜垣美奈子:Papillon・Lefe!Vre症候群,

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997

群でのケラチソ遺伝形質の遺伝的発現異常を示すもの

で,レチノイドはOmoriら19)のいうような,その異常

形質発現を転写レベルで修正(modification of abnor-

mal gene expression)しうる効果を有すると説明され

る.

 本症候群での臨床的角化異常が,その異常なケラチ

ンの正常化と平行してみられることは,少なくともI,

II型ケラチソ分子の2量体基本単位の質的バランスを

もった組合せが,正常角層の形成に重要な意味を有す

ることを思わせるものであった.

 12) Fuchs E : Evolution and complexity of the

   genes encoding the keratin of human epidermal

   cells, J InvestDermatol81(Suppl) : 141-144,

   1983.

 13) Steinert PM, Parry DAD, Racoosin EL, Idler

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   sequence of a type II mouse epidermal ketatin

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