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SPC-09-27 PWM ホールドモデルに づく IPM モータ * 大学) Proposal of Control Method for IPM Motor Based on PWM Hold Model in Overmodulation Range Takayuki Miyajima , Hiroshi Fujimoto (Yokohama National University) Abstract IPM motors are used for electric vehicle motors. So, control in overmodulation range is important for wide driving range. Usually, IPM motor is controled by using current vector control based on sinusoidal PWM or overmodulation PWM and voltage phase control on rectangular wave drive. However, we need to switch the structure of controller from current vector control to voltage phase control. In this paper, we propose control method based on PWM hold model in overmodulation range without the controller switchig and verify the proposed method by simulations and experiments. キーワードIPM モータ, 域,PWM ホールドモデル, (IPM motor, overmodulation range, PWM hold modle, perfect tracking control ) 1. はじめに モータ (PM モータ) モータ ように 2 いため ある。また,ブラシ・ いため い。こ ため, いられている。PM モータに モータ (SPM モータ) モータ (IPM モータ) があり, IPM モータ マグネットトルクに えてリラクタンストル クを きるため, トルクが められる モータ して いられている。 PM モータ 一つに PWM づいた ベクトル がある。こ さくするこ きる。しかし がら, V dc /2(V dc : インバータ ) ために が悪く, 域を して しまう。 域を拡大するに 圧を げれ が,インバータ 耐圧 から ましく い。 域を拡大する して, PWM (1 パルスモード) があり, PWMいるこ 域を拡大している (1) (2) 。これらを いる PWM ベクトル 圧位 えがあるため, れが する れがある。こ ため, PWM から 域を一つ きるこ められている。 (3) インバータ によって する 圧をモデル し,それに づいて した し,フィードバック から するこ を安 するこ 案され ている。 (4) 域においてモデル づいた インバータ スイッチング 一体 して するこ 案されている。 1 L d s + R 1 L q s + R 1 Js + D K t v d v q + i d 1 s + + i q T ω m θ m v d v q ω e L d ω e L q + + K rt P K e ω e 1 IPM モータ dq モデル Fig. 1. dq-model of IPM moter. PWM ホールドモデルに づいた によ IPM モータを PWM 域から 域ま するこ 案し,シミュレーション する。さらに (7) いるこ させる。 2. モータモデルと離散化 2 1IPM モータの dq モデル IPM モータ dq における (1) ように る。 [ v d v q ] = [ R + sL d ω e L q ω e L d R + sL q ][ i d i q ] + [ 0 ω e K e ] (1) ただし,v d(q) :d(q) 圧,R: L d(q) :d(q) インダクタンス (L d ̸= Lq )ωe: i d(q) :d(q) K e : ある。また,トルク T ω m (2),(3) ように る。 ω m = 1 Js + D T ······························· (2) T = K t i q + K rt i d i q ·························· (3) ただし,J :イナーシャ,D: Kt = PKeKrt = P (L d L q )P : ある。 (1)(3)ω e = m 1/6

PWM ホールドモデルに基づく IPM モータの過変調 …fujilab.k.u-tokyo.ac.jp/papers/2009/miyajimaSPC09.pdf図1 IPM モータのdq モデル Fig.1. dq-model of IPM moter

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  • SPC-09-27

    PWMホールドモデルに基づく IPMモータの過変調領域での制御法の提案

    宮島孝幸∗,藤本博志(横浜国立大学)

    Proposal of Control Method for IPM Motor Based on PWM Hold Model in Overmodulation RangeTakayuki Miyajima∗, Hiroshi Fujimoto (Yokohama National University)

    Abstract

    IPM motors are used for electric vehicle motors. So, control in overmodulation range is important for wide driving

    range. Usually, IPM motor is controled by using current vector control based on sinusoidal PWM or overmodulation

    PWM and voltage phase control on rectangular wave drive. However, we need to switch the structure of controller

    from current vector control to voltage phase control. In this paper, we propose control method based on PWM hold

    model in overmodulation range without the controller switchig and verify the proposed method by simulations and

    experiments.

    キーワード:IPMモータ,過変調領域,PWMホールドモデル,完全追従制御(IPM motor, overmodulation range, PWM hold modle, perfect tracking control )

    1. はじめに

    永久磁石同期モータ (PMモータ)は誘導モータのように2 次銅損が発生しないため高効率である。また,ブラシ・整流子を用いないため保守性が高い。このため,産業界で広く用いられている。PMモータには表面磁石同期モータ(SPMモータ)と埋込磁石同期モータ (IPMモータ)があり,IPMモータはマグネットトルクに加えてリラクタンストルクを利用できるため,高トルクが求められる電動車両用の主機モータとして用いられている。

    PMモータの制御方式の一つに正弦波 PWMに基づいた電流ベクトル制御がある。この方式では出力電圧の高調波成分を小さくすることができる。しかしながら,相電圧基本波成分の最大値が Vdc/2 (Vdc : インバータ直流電源電圧)のために直流電源電圧利用率が悪く,駆動領域を制限してしまう。駆動領域を拡大するには電源電圧を上げれば良いが,インバータ素子の耐圧の面から好ましくない。同じ電源電圧で駆動領域を拡大する方式として,過変調

    PWMと矩形波駆動 (1パルスモード)があり,中回転域では過変調 PWM,高回転域では矩形波駆動を用いることで駆動領域を拡大している (1) (2)。これらを用いる場合,正弦波,過変調 PWMの電流ベクトル制御と矩形波駆動の電圧位相制御の間に制御則の切り換えがあるため,切り換え時に応答の乱れが発生する恐れがある。このため,正弦波PWMから矩形波駆動までの領域を一つの制御則で制御できることが求められている。文献 (3)ではインバータの過変調領域の利用によって発

    生する高調波電圧をモデル化し,それに基づいて発生した高調波電流分を推定し,フィードバック電流から高調波成分を除去することで電流を安定に制御することが提案されている。文献 (4)では過変調領域においてモデル予測制御に基づいた電流制御系とインバータのスイッチング制御を一体化して制御することが提案されている。

    1

    Lds + R

    1

    Lqs + R

    1

    Js + DKt

    vd

    vq

    +id

    1

    s

    +

    +

    iq T

    ωm θm

    v′d

    v′q

    ωeLd

    ωeLq

    − ++

    Krt

    PKeωe

    図 1 IPMモータの dq モデルFig. 1. dq-model of IPM moter.

    本論文では PWMホールドモデルに基づいた制御法により IPMモータを正弦波 PWMの領域から過変調領域までを制御することを提案し,シミュレーション及び実験結果から提案手法を検討する。さらに制御則に完全追従制御法 (7)

    を用いることで目標電流への追従特性を向上させる。2. モータモデルと離散化〈2・1〉 IPMモータの dqモデル IPMモータの dq座標における電圧方程式は式 (1)のようになる。[

    vd

    vq

    ]=

    [R + sLd −ωeLq

    ωeLd R + sLq

    ][id

    iq

    ]+

    [0

    ωeKe

    ](1)

    ただし,vd(q):d(q)軸電圧,R:電機子巻線抵抗,Ld(q):d(q)軸インダクタンス (Ld ̸= Lq),ωe:電気角速度,id(q):d(q)軸電流,Ke:誘起電圧定数である。また,トルク T と機械角速度 ωm は式 (2),(3)のようになる。

    ωm =1

    Js + DT · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (2)

    T = Ktiq + Krtidiq · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (3)

    ただし,J :イナーシャ,D:摩擦係数,Kt = PKe,Krt =P (Ld − Lq),P :極対数である。式 (1)∼(3),ωe = Pωm よ

    1/6

  • ∆T [k]

    kTu (k + 1)Tu

    E[V]

    t

    V [k]

    図 2 PWMホールドFig. 2. PWM hold.

    vrefq

    vrefd

    dq

    uvw

    vrefu

    vrefv

    vrefw

    IPMSM+

    Inverter

    Cd[z]

    Cq[z]

    irefd id

    irefq iqdq

    uvwiu

    iv+

    +

    Decoupling Control

    +

    +

    +

    +

    θe

    図 3 電流ベクトル制御のブロック図Fig. 3. Block diagram of current vector control.

    り,IPMモータの dqモデルは図 1となる。一般に dqモデルで制御を行う場合,式 (1)に式 (4),(5)

    で表される非干渉制御を施す。これにより電圧 v′d(q)から出力電流 id(q) までの特性が一次遅れ系となる。

    vd =v′d − ωeLqiq · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (4)

    vq =v′q + ωe(Ldid + Ke) · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (5)

     ここで,状態変数 xを電流 id(q),入力 uを電圧 v′d(q) とすると IPMモータの連続時間状態・出力方程式は式 (6),(7)となる。

    ẋ(t) = Acx(t) + bcu(t), y = ccx(t)· · · · · · · · · · · · · ·(6)

    Ac = −R

    Ld(q), bc =

    1

    Ld(q), cc = 1 · · · · · · · · · · · · · ·(7)

    〈2・2〉 PWMホールドに基づく離散化 制御対象を離散化する際,単相インバータシステムでは図 2のように任意の出力電圧 V [k]は出力できず,0,±E[V](E:単相インバータ直流電源電圧)しかとれない。このため,瞬時値を緻密に制御したい場合には零次ホールドによる離散化は不適切であるといえる。そこで,これを PWMホールド (5) と捉え,その幅を制御することを考える。制御対象の伝達関数を式 (8)とおくと,式 (9),(10)のようにスイッチング時間∆T [k]を制御入力とした緻密な離散時間状態方程式を得ることができる。ただし,∆T [k]が負の時は−E[V]を出力することにする。

    ẋ(t) = Acx(t) + bcu(t), y(t) = ccx(t)· · · · · (8)

    x[k + 1] = Asx[k] + bs∆T [k], y[k] = csx[k] · · · · · (9)

    As = eAcTu , bs = e

    AcTu/2bcE, cs = cc · · · · (10)

    3. 制御系設計〈3・1〉 従 来 法

    〈3・1・1〉 電流ベクトル制御 式 (4),(5)の非干渉制御を行った式 (6),(7)のプラントに対して,FB制御器を式 (11)で表される極零相殺型の PI制御器 Cd(q)(s)とする。

    id

    ωeKe

    iq

    d-axis

    q-axis

    β

    ia

    ωeLqiq

    ωeLdidδ

    va

    Ria

    図 4 定常状態における IPMモータのベクトル図Fig. 4. Phasor diagram of IPM Motor on steady state.

    vrefw

    Tref

    +

    iu

    iv

    θeuvw

    dq

    iq

    id

    TorqueEstimator

    Testi

    PI Contollerδ Voltage

    Calculator

    vrefu

    vrefv

    IPMSM+

    Inverter

    図 5 電圧位相制御のブロック図Fig. 5. Block diagram of voltage phase control.

    Cd(q)(s) =Ld(q)s + R

    τs· · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (11)

    なお,τ = 10Tu とした。式 (11)を制御周期 Tu で Tustin変換を用いて離散化を行うと,Cd(q)[z] を得る。3 相インバータの制御入力は vrefd ,v

    refq を dq/3 相絶対変換により,

    vrefu ,vrefv ,v

    refw に変換し,三角波比較変調により決定する。

    また,二相変調等により決定することもできる。図 3にブロック図を示す。〈3・1・2〉 電圧位相制御 矩形波駆動では電圧が一定であるため,その位相を制御することでトルクを制御する。本稿では電圧位相 δを図 4のようにおき,反時計回りを正とする。電圧位相制御のブロック図を図 5に示す。これは式(3)を用いてトルク推定値 T estiを求め,トルク指令値 T ref

    との差が小さくなるように PI制御器で電圧位相 δ を求める。式 (12),(13)から δを用いて vrefd , v

    refq を求め,dq/3相

    絶対変換で 3相の指令値に変換する。この指令値が 0以上のとき Vdc/2,それ以外は −Vdc/2 にすることで矩形波パターンを生成・出力する。

    vrefd = − sin δ · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (12)

    vrefq = cos δ · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (13)

      PI 制御器は比例ゲイン KP =0.1745,積分ゲインKI=34.91とし,Tustin変換により離散化したものとする。また,電圧位相 δ には ±π/2[rad]の制限を設けている。〈3・1・3〉 電流ベクトル制御と電圧位相制御の切り替え電流ベクトル制御の制御性能が保たれるのは変調率が 1.28までである。そこで,dq軸上の電圧ベクトルの大きさが電源電圧の

    √32

    12×1.28(絶対変換の場合)になったとき電流ベ

    クトル制御から電圧位相制御に切り替える。このとき,現在の電圧位相 δ を用いて電圧位相制御器の初期値補償を行う。また,電圧位相制御を行っているとき間には電流ベクトル制御器の積分は停止させる。電圧位相制御から電流ベクトル制御に切り替える場合に

    2/6

  • C2[z]

    +

    ++

    u0[k]

    y0[k] y[k]

    u[k]

    e[k]S

    (Tu)−

    Pc(s)y(t)

    PLANT

    B−1(1 − z−1A)

    S

    D

    z−1C

    r(t)

    r[k] = xd[k + 1]

    C1[z]

    +

    +

    (Tu)

    図 6 SR-PTC の構造Fig. 6. Singlerate perfect tracking control system.

    は,チャタリング防止のため dq 軸上の電圧ベクトルの大きさが電源電圧の

    √32

    12× 1.1 になったとき電圧位相制御

    から電流ベクトル制御に切り替える。なお,このときの dq軸上の電圧ベクトルの大きさは式 (1)に電流ベクトル制御の場合の指令値を代入し,電流ベクトル制御を行っている場合の電圧値を推定したものを用いる (6)。〈3・2〉 完全追従制御法 完全追従制御法 (PTC)は図

    6 に示すようにフィードフォワード (FF) 制御器 C1[z] とフィードバック (FB)制御器 C2[z]を有する 2自由度制御系の構造をしている。FF制御器はプラントの安定な逆システムとなっており,ノミナルプラントに対してはサンプル点上で完全に追従誤差が零になることが補償されている。FB制御器は外乱やプラント変動がある場合に追従誤差を抑圧する。n次のプラントに対しては 1サンプル点間に制御入力を n回切り換えるマルチレート制御により完全追従が補償される。本稿では式 (6),(7)に示すように制御対象が 1次であるため,シングルレート制御で PTCが実現できる。式 (14)の離散時間状態方程式を用いて,安定な逆システ

    ム,ノミナルな出力 y0[k]は式 (15),(16)で求まる。

    x[k + 1] = Ax[k] + Bu[k], y[k] = Cx[k] · · · · · · · ·(14)

    u0[k] = B−1(I − z−1A)xd[k + 1] · · · · · · · ·(15)

    y0[k] = z−1Cxd[k + 1] + Du0[k] · · · · · · · ·(16)

    〈3・3〉 提 案 法〈3・3・1〉 制御器の設計 式 (6),(7)のプラントに対して,E = Vdc として PWMホールドに基づき離散化を行うと,式 (17)で表される入力 u[k]を時間入力∆Td(q)[k]とする離散時間系のプラントの状態方程式を得る。これにより式 (15),(16)から FF制御器を得る。PTCは 1サンプル先の状態変数の目標軌道を与えることを特徴としており,状態変数が電流であるため目標電流軌道を与える。

    A = e− R

    Ld(q)Tu

    , B = e− R

    Ld(q)

    Tu2 1

    Ld(q)Vdc, C = 1(17)

     また,FB制御器は従来法と同じ PI制御器 Cd(q)[z]である。q軸におけるブロック図を図 7に示す。〈3・3・2〉 制御入力導出法 提案法における 3 相インバータの制御入力導出法は文献 (8)で提案されている厳密法に基づくものである。なお,本稿では文献 (8)とは異なり,座標変換行列を絶対変換として考える。この方式では,制御器出力∆Td,∆Tq を式 (18)の dq/2相変換により∆Tα,∆Tβに変換し,図 8より領域を決定する。各領域ごとに出力ベ

    B−1(1 − z−1A)

    z−1

    C

    irefq [k] = xd[k + 1]

    C1[z]

    C2[z]

    +

    ++

    iq0[k] iq[k]

    ∆Tq[k]

    e[k]S

    (Tu)−

    ∆Tq0[k]

    iq(t)

    Tu

    Vdc

    Tu

    Vdc

    +

    DecouplingControl

    図 7 提案法のブロック図 (q 軸)Fig. 7. Block diagram of proposed method for q-axis

    current.

    α

    β

    V1

    V2V3

    V4

    V6V5

    V0

    ∆Tβ

    ∆Tα∆T1

    ∆T2

    ΙΙΙΙΙΙ

    ΙV

    VΙV

    (0,0,0)(0,1,1)(1,0,0)

    UV W

    (1,0,1)(0,0,1)

    (0,1,0) (1,1,0)

    θ

    図 8 空間ベクトル変調Fig. 8. Space vector modulation.

    Vdc[V]

    Vuv

    Vj

    3/2(∆Ti + ∆Tj)

    −Vdc[V]

    Vvw

    3/2∆Tj

    Vwu

    3

    2

    ∆Ti2

    V0 Vi

    kTu (k + 1)Tu

    Vi V0

    3

    2

    ∆Ti2

    −Vdc[V]

    図 9 線間電圧のパルスFig. 9. Pulse of line voltage.

    クトルとスイッチング時間と出力順序が決定され,領域 VIでは図 9のようなパルスを出力することになる。詳しくは文献 (8)を参考にされたい。ただし,各相のスイッチング時間は絶対変換のため

    √32∆Ti,j となる。なお,この方式

    では線間電圧を制御しているため,3n次調波注入変調と同様に線形領域の直流電源電圧利用率が 15% 改善される。[

    ∆Tα

    ∆Tβ

    ]=

    [cos θe − sin θesin θe cos θe

    ][∆Td

    ∆Tq

    ]· · · · · · (18)

    〈3・3・3〉 制御入力飽和時の出力ベクトル選択法 提案法での制御入力飽和の条件は

    √32(∆Ti + ∆Tj) > Tu で

    ある。このとき制御入力には√

    32(∆Ti + ∆Tj) = Tu の制

    限がかかるため,d,q軸のスイッチング時間を同時に満たすことはできなくなる。ここで,制御入力が飽和した場合の出力ベクトル選択法を考える。文献 (9)では空間ベクトル変調において,制御入力の電圧ベクトルが飽和する場合にはその電圧ベクトルの大きさと位相を操作することで切り替え無しで過変調,矩形波駆動を実現する手法が提案されている。本論文では dq軸上のスイッチング時間∆Td, ∆Tqを操作していくことで過変調,矩形波駆動を実現させる手法を提案する。矩形波駆動では零ベクトル V0 は出力せず,電気角に同

    期して π/3[rad] ごとに V1 ∼ V6 を順々に出力していくものである。ここで,空間ベクトル変調の延長で矩形波駆動になると考えると,矩形波駆動となる指令値が与えられた場合にはその位置に応じて 6 つのベクトルのどれに近似

    3/6

  • して出力すればよいかが決められる。そこで,6つのベクトルに優先度をもたせる領域を設ける。これは各ベクトルを中心にした ±π/6[rad] の範囲とする。ベクトル V1 では−π/6 ≤ θ < π/6となる。制御入力が飽和した場合には指令値がどの領域にいるか判断する。そして,∆Ti,∆Tj の内,指令値がある領域で優先度をもつ方のスイッチング時間を優先に出力する。ここで,矩形波駆動における dq軸上のスイッチング時間の基本波成分は

    √32

    2πTu であるため,

    dq軸上のスイッチング時間の大きさ |Tdq|が

    |Tdq| =√

    ∆T 2d + ∆T2q ≥

    √3

    2

    2

    πTu · · · · · · · · · · · (19)

    の場合には矩形波駆動になればよい。そこで,領域 I∼VIの中央に指令値がある場合を考える。この位置は各ベクトルが優先権を持つ領域の境界であり,矩形波駆動になるように操作したときには指令値の位置と実出力の位置 (V1 ∼ V6のどれか)の差が一番大きい。一例として θ = π/6[rad]について考える。この位置ではベクトル V2 が優先権を持つ。|Tdq| =

    √32

    2πTu のとき矩形波駆動になればよいが,各ベ

    クトルのスイッチング時間は√3

    2∆T1 =

    √3

    2∆T2 =

    √3

    πTu · · · · · · · · · · · · · · · · (20)

    であり,2つのベクトルを出力するため矩形波駆動にはならない。このとき矩形波駆動するためには T2に π√

    3をかけ

    ることで,√

    32∆T1 = 0,

    √32∆T2 = Tu にする必要がある。

    このため,優先権を持つベクトルに重み付けをする。制御入力が飽和する場合の |Tdq|の条件は

    |Tdq| >Tu√

    2· · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · · (21)

    である。この条件を満たす場合には,∆Ti or j に重み付け係数 kをかける。最終的には式 (19)を満たす場合に矩形波駆動となれば良いので,重み付け係数 k は 1 ≤ k ≤ π√

    3の

    範囲となる。なお,重み付け係数 kは飽和が小さいときには重み付けは小さく,その逆の場合には大きくする必要があるため,重み付け係数 k は図 10 のようになり,実装する際にはマップ又は関数化すればよい。本論文では関数で与えてはいるが,指令値と出力の基本波成分が一致する kを与えているわけではない。そして,Tu間の残った時間でもう一方のベクトルを出力する。このように指令値を操作することでベクトル V1 ∼ V6 に近似していき,矩形波駆動に移行させる。以上の手順を図 11の場合を例として説明する。このとき

    指令値のスイッチング時間 T は V2 が優先となる領域にあり,式 (21)を満たしているとする。このときは V2 に優先度があるのでそのスイッチング時間は重み付け係数 kをかけ∆T ′2 = k∆T2となる。このとき,

    √32(∆T ′2 +∆T1) > Tu

    ならば,√

    32∆T ′2 は制限を加えず,Tu 間の余った時間でも

    う一方のベクトル V1を出力すると,√

    32∆T1から

    √32∆T ′1

    に縮められ,実際のスイッチング時間は図 11の T 0となる。

    |Tdq|

    k

    1

    π√3

    Tu√2

    3

    2

    2

    πTu

    図 10 重み付け係数 kFig. 10. Weight factor k

    V1

    V2

    V0

    T

    T′

    3

    2∆T1

    3/2∆T ′2

    3/2∆T2

    3

    2∆T ′

    1

    3/2∆T2

    3/2∆T ′2

    図 11 制御入力飽和時のベクトル選択

    Fig. 11. Selection of vector on

    saturation of control input

    表 1 IPMモータパラメータTable 1. Parameters of IPM motor.

    d-axis Inductance Ld 1.107[mH]

    q-axis Inductance Lq 2.206[mH]

    Resistance R 154.9[mΩ]

    Pairs of poles P 3

    Induced voltage constant Ke 44.96[mV/(rad/s)]

    Inertia J 5.4 × 10−3[kgm2]Viscous friction D 2.6 × 10−3[Nm/(rad/s)]

    4. シミュレーション

    IPM モータパラメータを表 1 に示す。また,制御周期Tuは 0.1[msec],インバータ直流電源電圧 Vdcは 36.0[V]とする。以下,電流ベクトル制御と電圧位相制御の切り替え無し

    かつ三角波比較変調で出力するものを従来法 1,切り替え有りかつ三角波比較変調で出力するものを従来法 2,切り替え無しかつ空間ベクトル変調で出力するものを従来法 3とする。なお,従来法 3において制御入力飽和時の出力ベクトル選択法は提案法と同じ手法を用いている。つまり,従来法 3は提案法から FF制御器を除いたものである。また,電流ベクトル制御及び提案法の d,q軸電流指令値は最大トルク/電流制御 (10) となるように選ぶ。

    〈4・1〉 矩形波駆動への移行 負荷モータによりωe=510[rad/s] で速度制御されているとして,方形波(3.0[Hz]) を LPF(時定数 10[msec]) に通したものをトルク指令値とし,その振幅を増やしていった。シミュレーションの結果を図 12に示す。従来法 2の “flag”は制御則切り替え信号であり,“H”のとき電圧位相制御,“L”のとき電流ベクトル制御を行う。また,∆Tuは U相における 1サンプル点間の Vdc/2を出力する期間と −Vdc/2を出力する期間の差である。矩形波駆動の場合には ∆Tu/Tu は 1(Vdc/2のみ出力)または −1(−Vdc/2のみ出力)の矩形波となる。従来法 1では出力電圧不足のため追従特性が悪化してい

    る。また,ワインドアップにより指令値が減少している時刻 0.25,0.59[sec]においても追従できていない。従来法 2は電流ベクトル制御と電圧位相制御を切り替えており,切り替え時に応答が乱れている。また,矩形波駆動となっているためトルクリプルが大きい。

    4/6

  • 0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    Time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (a) トルク (従来法 1)

    0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    Time [s]T

    orqu

    e [N

    m]

    Testi

    Tref

    flag

    (b) トルク (従来法 2)

    0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    Time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (c) トルク (従来法 3)

    0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    Time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (d) トルク (提案法)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    Time [s]

    ∆ T u

    /Tu

    (e) U相制御入力 (従来法 1)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    Time [s]

    ∆ T u

    / T u

    (f) U相制御入力 (従来法 2)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    Time [s]

    ∆ T u

    / T u

    (g) U相制御入力 (従来法 3)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    Time [s]

    ∆ T u

    / T u

    (h) U 相制御入力 (提案法)

    図 12 矩形波駆動への移行 (シミュレーション)Fig. 12. Simulation result of transition to rectangular wave drive.

    提案法,従来法 3では従来法 1よりも線形領域での直流電源電圧利用率が 15% 改善されている上に,制御入力飽和時の出力ベクトル選択法によりのトルクリプルが小さいまま高いトルク指令値に追従している。また,制御則の切り替えが無いため,従来法 2のように応答の乱れが無い。しかしながら,制御入力の飽和時には追従特性が悪化しており,PTCを用いた効果が現れていない。このため,提案法と従来法 3では差が現れていない。

    〈4・2〉 目標トルク追従特性 負荷モータの速度制御により ωe=440[rad/s] とし,トルク指令値 T ref を周波数60[Hz]の正弦波で変動させた。シミュレーション結果を図13に示す。従来法 1では飽和による出力電圧不足と正弦波の内部モ

    デルを持たないため指令値に追従できていない。従来法 2では矩形波駆動に切り替えることで従来法 1よりは特性が改善されているが,追従はできていない。また,従来法 3ではトルクの振幅は改善しているが,追従はできていない。一方,提案法では PTCを用いていることで従来法とは

    異なり,正弦波の指令値に対しても追従できている。完全追従はしていないのは制御入力飽和の影響であるが,飽和量が少ないため応答の乱れが少なく,従来法よりも高い追従特性が得られている。

    5. 実 験

    〈5・1〉 矩形波駆動への移行 負荷モータによりωe=360[rad/s]に速度制御して実験を行った。結果を図 14に示す。シミュレーション結果と同様の結果が得られている。

    〈5・2〉 目標トルク追従特性 負荷モータによりωe=360[rad/s]に速度制御して実験を行った。結果を図 15に示す。シミュレーション結果と同様に PTC を用いた提案法の目標値追従特性が高いといえる。

    6. ま と め

    本稿では PWMホールドに基づいた提案法において制御

    入力飽和の出力ベクトル選択法を示した。シミュレーション及び実験にて過変調領域において,従来法では矩形波駆動に切り替わるためトルクリプルが増大する領域でも提案法ではトルクリプルを小さくできることを示した。また,提案法は PTCを用いているため目標電流追従特性が高いことを示した。しかしながら,制御入力の飽和時には完全追従が達成できず,追従特性が悪化している。今後は高調波成分を最小限に抑えつつ目標トルク追従特

    性が高くなるように制御入力飽和時の出力ベクトル選択法を修正した上で,アンチワインドアップも行い追従特性を向上させる。

    参考文献(1) H. Nakai, H. Ohtani, E. Satoh, and Y. Inaguma:“Dev-

    elopment and Testing of the Torque Control for

    the Permanent-Magnet Synchronous Motors”, IEEE

    Trans. Ind. Electron., Vol.52, No.3, pp800-806(2005)

    (2) H. Nakai, H. Ohtani, E. Satoh, and Y. Inaguma:“NovelTorque Control Technique for High Efficiency/High

    Power Interior Permanent Magnet Synchronous Mo-

    tors”, R&D Review of Toyota CRDL, Vol.40, No.2,

    pp44-49(2005)

    (3) S. Lerdudomsak, S. Doki, S. Okuma:“A Novel CurrentControl System for PMSM Considering Effects from

    Inverter in Overmodulation Range”,PEDS’07, pp.794-

    800(2007)

    (4) H. Kobayashi, H. Kitagawa, S. Doki, S. Okuma:“Reali-zation of a Fast Current Control System of PMSM

    based on Model Predictive Control”, The 34th Annual

    Conference of the IEE Industrial Electronics Society,

    pp.1343-1348, Florida, USA(2008)

    (5) K. P. Gokhale, A. Kawamura, and R. G. Hoft:“DeatBeat Microprocessor Control of PWM Inverter for Si-

    nusoidal Output Waveform Synthesis”, IEEE Trans.

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  • 0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    Time [ms]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (a) トルク (従来法 1)

    0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    Time [ms]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (b) トルク (従来法 2)

    0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    Time [ms]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (c) トルク (従来法 3)

    0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    Time [ms]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (d) トルク (提案法)

    図 13 目標トルク追従特性 (シミュレーション)Fig. 13. Simulation result of torque tracking characteristic.

    0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (a) トルク (従来法 1)

    0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    flag

    (b) トルク (従来法 2)

    0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (c) トルク (従来法 3)

    0 0.2 0.4 0.60

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (d) トルク (提案法)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    time [s]

    ∆ T u

    /Tu

    (e) U相制御入力 (従来法 1)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    time [s]

    ∆ T u

    /Tu

    (f) U相制御入力 (従来法 2)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    time [s]

    ∆ T u

    /Tu

    (g) U相制御入力 (従来法 3)

    0.4 0.42 0.44 0.46 0.48 0.5

    −1

    −0.5

    0

    0.5

    1

    time [s]∆

    T u/T

    u

    (h) U 相制御入力 (提案法)

    図 14 矩形波駆動への移行 (実験)Fig. 14. Experiment result of transition to rectangular wave drive.

    0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    time [ms]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (a) トルク (従来法 1)

    0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    time [s]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    flag

    (b) トルク (従来法 2)

    0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    time [ms]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (c) トルク (従来法 3)

    0 10 20 300

    0.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    time [ms]

    Tor

    que

    [Nm

    ]

    Testi

    Tref

    (d) トルク (提案法)

    図 15 目標トルク追従特性 (実験)Fig. 15. Experiment result of torque tracking characteristic.

    Ind. Appl., Vol.23, No.3, pp901-910(1987)

    (6) 井村彰宏:「多相回転機の制御装置」 ,特開 2008-206383(2008)

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    No.6, pp587-593(2007)(in Japanese)

    (9) J. Holtz, W. Lotzkat and A.M.Khambadkone:“On Con-

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    Range Including the Six-Step”, IEEE Trans. Power

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    6/6