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memo 102 薬学と社会 1.1 人の行動がどのような要因によって決定されるか 1.1.1 人の行動 薬剤師はただ法律を遵守していればよいというわけではない。薬剤師が薬を 提供する相手は何らかの不調をもっており、心のバランスが崩れて、健康なと き以上にコントロールが効きにくい。人がある行動をするとき、やめるときに は原因がある。薬剤師が医療人として患者との関わりをもつにあたり、対人業 務だからこそ、法規範だけでなく、「人の行動と心理」を理解しておく必要があ る。 1.1.2 「人の行動と心理」に関する語句・言葉 語句 内容 欲求・動機 〜したい、という心の動き、行動を生じさせる原因 動因 生命の維持や種の保存に起因するような生理的に必要な行動が生じ る場合の動機 目標・誘因 外部環境内にあって、人間の“欲しい”という行動を引き起こすきっ かけとなり、それを方向づける性質 動機づけ (motivation) 欲求や動機の実現に適した行動を引き起こし、一定の方向へ導く機 自己効力感 自分が行動をコントロールして、ある目標に到達することができる という自信 情動 急激に変化する一過性で強い感情による動機 葛藤 欲求が競合した状態 フラストレーション (欲求不満) 何らかの原因で欲求が阻止された状態及び阻止された状態が続くこ とによって生じる不満状態 人と社会に関わる薬剤師 1人と社会に関わる薬剤師 【到達目標】 B- (1) -1-1 1. 人の行動がどのような要因によって決定されるのかについ て説明できる。 B- (1) -1-2 2. 人・社会が医薬品に対して抱く考え方や思いの多様性につ いて討議する。(態度) B- (1) -1-3 3. 人・社会の視点から薬剤師を取り巻く様々な仕組みと規制 について討議する。(態度) B- (1) -1-4 4. 薬剤師が倫理規範や法令を守ることの重要性について討議 する。(態度) B- (1) -1-5 5. 倫理規範や法令に則した行動を取る。(態度) sample sample sample

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薬学と社会

1.1 人の行動がどのような要因によって決定されるか

■1.1.1 人の行動 薬剤師はただ法律を遵守していればよいというわけではない。薬剤師が薬を

提供する相手は何らかの不調をもっており、心のバランスが崩れて、健康なと

き以上にコントロールが効きにくい。人がある行動をするとき、やめるときに

は原因がある。薬剤師が医療人として患者との関わりをもつにあたり、対人業

務だからこそ、法規範だけでなく、「人の行動と心理」を理解しておく必要があ

る。

■1.1.2 「人の行動と心理」に関する語句・言葉

語句 内容

欲求・動機 〜したい、という心の動き、行動を生じさせる原因

動因生命の維持や種の保存に起因するような生理的に必要な行動が生じる場合の動機

目標・誘因外部環境内にあって、人間の“欲しい”という行動を引き起こすきっかけとなり、それを方向づける性質

動機づけ(motivation)

欲求や動機の実現に適した行動を引き起こし、一定の方向へ導く機能

自己効力感自分が行動をコントロールして、ある目標に到達することができるという自信

情動 急激に変化する一過性で強い感情による動機

葛藤 欲求が競合した状態

フラストレーション(欲求不満)

何らかの原因で欲求が阻止された状態及び阻止された状態が続くことによって生じる不満状態

人と社会に関わる薬剤師1

�1�人と社会に関わる薬剤師【到達目標】

B-(1)-1-1 1. 人の行動がどのような要因によって決定されるのかについて説明できる。

B-(1)-1-2 2. 人・社会が医薬品に対して抱く考え方や思いの多様性について討議する。(態度)

B-(1)-1-3 3. 人・社会の視点から薬剤師を取り巻く様々な仕組みと規制について討議する。(態度)

B-(1)-1-4 4. 薬剤師が倫理規範や法令を守ることの重要性について討議する。(態度)

B-(1)-1-5 5. 倫理規範や法令に則した行動を取る。(態度)

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■1.1.3 個人差・年齢差 さまざまな欲求や動機は、人間に共通して存在するが、均等の強さで働くも

のではなく、すべての人において同様に働くものでもない。どのような欲求や

動機が強いかは、個人差、年齢差が見られる。

■1.1.4 欲求の階層構造(マズローの提唱した欲求の階層構造)  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一次的欲求

二次的欲求

成長欲求

欠乏欲求

生理的欲求(睡眠・排泄・食事など)

安心・安定の欲求

承認・自己尊重の欲求

愛情と所属の欲求

自己実現の欲求

 

■1.1.5 行動を決定するさまざまな要因に関する諸理論A. 自我防衛機制 フロイトは、人が無意識のうちに、不安や罪悪感を引き起こす欲動や体験を抑えたり、歪曲したりしている自我防衛機制があると提唱している。

名称 内容

抑圧苦痛で不快な考えや感情が意識に上がらないように、無意識の領域に締め出す。

合理化 自分のとった行動を理論化・正当化して、情緒安定を図る。言い訳。

逃避 不安を感じさせる状況から、病気や空想、仕事などに逃げ込む。

退行 現在の発達段階より前の、より未熟な状態に逆戻りする。

投影(投射)自分のなかの受入れがたい考えや感情を認めず、それを他者がもっているように知覚する。

知性化感情を感じることを避けるために、物事を観念化し、知的に理解・処理しようとする。

身体化抑圧された衝動や葛藤が、頭痛・胃潰瘍・高血圧など、さまざまな身体症状となって現れる。

置き換え 実現が困難な欲求や衝動を本来とは別の対象に向け、代理の満足を得る。

B. 心理的リアクタンス 心理的リアクタンスとは、人が自分の自由を外部から脅かされたときに生じ

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る、自由を回復しようとする動機的状態のことをさす。リアクタンスは、自由

を奪われることへの反発であり、何か人から行動を強制されると、たとえそれ

が自分にとってプラスの提案であっても無意識的に反発的な行動をとってしま

う。

C. 学習性無気力 学習性無気力とは、長期にわたって回避できないストレス下に置かれると、

自分が望む結果を自分で得ることができないと“何をしても意味がない”という

ことを学習した結果として、その状況から逃れようとする努力すら行わなくな

ることである。

D. ピグマリオン効果 ピグマリオン効果とは、教師が生徒に対して心理的に期待をかけることで成

績が上がることをさす。患者に対しても適度な期待をもち、言葉をかける支援

が必要である。

1.2 人・社会が医薬品に対して抱く考え方や思いの多様性

■1.2.1 薬に対するイメージ 薬には、さまざまなイメージが存在している。人によっては、魔術のように

人を支配してしまうようなイメージ、薬を飲み続けている自分は不健康でダメ

だというイメージなどの考えをもっている。薬剤師の視点からでは理解しにく

い患者・患者家族の医療や医薬品の捉え方を知ることで、効果的な服薬指導・

受診勧告を行うことができる。

■1.2.2 プラセボ効果 プラセボとは、薬としての有効成分は入っていないが、外見や味、重さなど

が本物の薬と同様のものである。何ら薬効をもたない物質を薬だと信じて服用

したことにより発現するプラスの効果のことをプラセボ効果という。このメカ

ニズムは、経験の繰り返しによる“古典的条件づけ”によるものである。“古典的

条件づけ”とは、無条件刺激と条件刺激の対呈示と、その反復することで、主

に、意識を伴わない生理学的な反射や感情反応の生成することをいう。

■1.2.3 病気行動 サッチマンによれば、人が心身に不調を感じた際にとる“病気行動”には、以

下の5段階がある。医療が必要な状態がどのような状態かの判断基準は人によっ

て異なり、また、専門家の知識とは異なる場合がある。心身の不調が病識や受

診行動に直接結びつかないことは、薬局薬剤師として十分注意すべきことであ

る。

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段階 説明

①症状経験段階 どこかが悪いと判断する。

②病人役割の取得段階自分は病気だと規定し、専門的治療やケアが必要だと判断したり、セルフケアしたりする。

③医療ケアへの接触段階 医学上の診断や治療が求められ、指示される。

④依存的患者役割段階“病者”が“患者”となる段階。医師に指示された治療法を受け入れ、医師に従う。

⑤回復・リハビリ段階 治療が終了し、治癒あるいはリハビリへと向かう。

■1.2.4 健康信念(ヘルスビリーフ)モデル 人が健康行動をしたりしなかったりする理由を説明するものとして、健康信念(ヘルスビリーフ)モデルがある。このモデルは、人が行動を起こすまでに、

どういった思考過程を踏むかを示している。人が「脅威の認識」と「メリットとデ

メリットのバランス」を理解すると、次の行動を起こすようになる。患者のアド

ヒアランス向上のためにも、薬剤師が適切な服薬指導を行い、患者の認知を高

めることが望ましい。

健康信念(ヘルスビリーフ)モデル

自覚 内容

病気になる可能性の自覚 病気にかかるかもしれないと自覚することである。

病気の重大さの自覚病気や合併症にかかることがどれほど重大かを自覚することである。

ある行動を起こしたときのよいこと(利便性)の自覚

その行動をすると、メリットがあると自覚することである。

ある行動を起こしたときの障害(コスト)の自覚

その行動をするにあたり、妨げていることがあると自覚することである。

行動のきっかけ忘れないように工夫するなどして、健康行動を行うようにする。

自己効力感 健康に対する関心や行動できるという自信

※有益性が増加すれば健康行動は起こり、障害性が増加すれば健康行動は起こりにくい。

1.3 人・社会の視点から薬剤師を取り巻く様々な仕組みと規制

■1.3.1 医療と社会 日本において、歴史を重ねるごとにさまざまな医療に関する制度が整備され

てきた。医療が社会的に組織化されて、法的制度を伴って社会のなかに位置づ

けられてきた。医療従事者は社会的な保健・医療システムという枠組みのなか

で責任を担い、法的規制を受けることになる。

■1.3.2 社会保障制度 医療を社会システムのなかに位置づけて考える場合、関連する制度として社

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会保障制度がある。社会保障制度とは、憲法第25条に定められた国民の健康権に対する国の責務を制度化したものである。これらの制度は、国民の生活基盤

を保障し、国民が公平で良質の医療を受けることを可能にするものである。

社会保障制度

社会保険・医療保険・年金保険・介護保険    など

公的扶助 ・生活保護制度  など

公衆衛生・医療供給・保健サービス  など

社会福祉・老人福祉・障害者福祉・児童福祉    など

■1.3.3 薬剤師の活動を規制するもの 薬剤師の活動が国民の健康の保持を目的とする国家の責務遂行という公的性

格を強くもつことから、その遂行にあたっては、その公的責務からの逸脱を防

ぐためにさまざまな公的規制が課せられている。

法律

・医薬品医療機器等法・薬剤師法・医療法・麻薬及び向精神薬取締法・覚せい剤取締法・毒物及び劇物取締法・健康保険法        など

規範ガイドライン

・薬剤師綱領・薬剤師倫理規定・各種ガイドライン

1.4 薬剤師が倫理規範や法令を守ることの重要性

■1.4.1 倫理規範と法令の遵守 薬剤師にはさまざまな倫理規範が課せられている。倫理規範とは、自律的な強制力をもち、内面から縛るものであり、行政指導やガイドライン等として、

行政から発せられるときもある。

 倫理規範のうち、外的な強制力をつける必要があるものについては法制化され、法的拘束力をもつ。例えば、GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)は、1990

年(平成2年)から行政指導として運用されていたが、1993年(平成5年)のソリ

ブジン事件を契機として、新GCPが省令として施行された。

■1.4.2 生命倫理と法 我が国で生命に関わる倫理的問題を抱えているものには、終末期医療に関わ

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るもの(尊厳死、安楽死)、生殖医療に関わるもの(体外受精・着床前診断)など

がある。これらの問題について、医療従事者が患者の権利に配慮し、それぞれ

に積極的に取り組むことが期待される。

 そのうえで構築された倫理的諸原則に基づいて、法的に強制力をもたせるも

のは立法化していくことが重要である。

■1.4.3 薬剤師に関わる倫理規範と法令 我が国における薬剤師の倫理規範には、日本薬剤師会による「薬剤師綱領」と

「薬剤師倫理規定」がある。そのなかで、薬剤師法、医薬品医療機器等法、医療

法、健康保険法、その他関連法規が遵守すべきものとして触れられている。

1.5 倫理規範や法令に即した行動

■1.5.1 倫理と法 倫理は人間の内面を規制する働きをもっており、倫理の自律性は自らの自由

意思によってその規範が立てられることにある。それに対して、法は人間の行動を外的に制限する働きをもっている。

■1.5.2 薬剤師としての法令の遵守 薬剤師は医療専門職であるため、国民が守るべき法規範に加え、固有の法的義務や任務が課せられている。もしも薬剤師が法令遵守を怠ることがあれば、

国民の健康権を侵害する行為につながることとなる。

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