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茨城大学教育学部紀要(教育科学)66 号(2017)43 - 50 コンコーネ 50 番の歌唱方法に関する研究 ―クレシェンド , ディミヌエンドの扱い方 , アクセントの種類を中心に― 谷川佳幸 *・山口(藤田)文子 ** (2016 年 11 月 1 日受理) Research on Singing Method of Concone No.50, over to the Center How to Handle Crescendo and Diminuendo and the Kind of Accents Yoshiyuki TANIGAWA * and Ayako YAMAGUCHI FUJITA** Accepted November 1, 2016はじめに コンコーネ 50 1に関しては,多くの先行研究が存在する。この曲集が,入学試験の課題曲 であったり,授業で最初に取り扱う曲集であったりするためか,様々なアプローチが展開されている。 執筆者自身の声楽家としての,演奏の立場から展開されているもの 2,音程の測定を中心に研究 されているもの 3) ,音楽科教育との関係に言及しているもの 4など多種多様である。 いずれも専門的な立場から,貴重な提言がなされているものが多い。 本論文の執筆者である谷川,山口(藤田[以下、山口と略記する])は,共に教員養成大学であ る茨城大学教育学部において,「独唱」という授業を担当している。多くの場合,声楽を始めて間 もない学生などからは特に,声楽はどこから始めたらよいのかという質問を受ける。また,様々な 歌唱方法に触れた学生などは何を選択するべきか迷うようである。 そこで,本研究では,先行研究の現状に鑑みて,コンコーネ 50 番について,こういった初心者 から研究が進んだ声楽家までが,どうしても学んでおくべき内容について,「独唱」の授業の到達 目標も踏まえて,できる限りわかりやすく解明することを目的とする。 ちなみに谷川は,コンコーネ 50 番を教科書としている平成 28 年度 1 年次前期の「独唱」の授 業のシラバス 5において,到達目標を以下のように記している。 到達目標 自然で無理のない発声とはどういうことかを理解し,正しい発声法を身につけ,自分自身で癖を 茨城大学教育学部声楽研究室(〒 310-8512 水戸市文京 2-1-1Laboratory of Vocal Music, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan). 茨城大学教育学部音楽教育研究室(〒 310-8512 水戸市文京 2-1-1Laboratory of Music Education, College of Education,Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan). * **

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茨城大学教育学部紀要(教育科学)66 号(2017)43 - 50

コンコーネ 50 番の歌唱方法に関する研究―クレシェンド , ディミヌエンドの扱い方 , アクセントの種類を中心に―

谷川佳幸 *・山口(藤田)文子 **

(2016 年 11 月 1 日受理)

Research on Singing Method of Concone No.50, over to the Center How to Handle Crescendo and Diminuendo and the Kind of Accents

Yoshiyuki TANIGAWA * and Ayako YAMAGUCHI (FUJITA) **(Accepted November 1, 2016)

はじめに

 コンコーネ 50番 1)に関しては,多くの先行研究が存在する。この曲集が,入学試験の課題曲であったり,授業で最初に取り扱う曲集であったりするためか,様々なアプローチが展開されている。 執筆者自身の声楽家としての,演奏の立場から展開されているもの 2),音程の測定を中心に研究されているもの3),音楽科教育との関係に言及しているもの 4)など多種多様である。 いずれも専門的な立場から,貴重な提言がなされているものが多い。 本論文の執筆者である谷川,山口(藤田[以下、山口と略記する])は,共に教員養成大学である茨城大学教育学部において,「独唱」という授業を担当している。多くの場合,声楽を始めて間もない学生などからは特に,声楽はどこから始めたらよいのかという質問を受ける。また,様々な歌唱方法に触れた学生などは何を選択するべきか迷うようである。 そこで,本研究では,先行研究の現状に鑑みて,コンコーネ 50番について,こういった初心者から研究が進んだ声楽家までが,どうしても学んでおくべき内容について,「独唱」の授業の到達目標も踏まえて,できる限りわかりやすく解明することを目的とする。 ちなみに谷川は,コンコーネ 50番を教科書としている平成 28年度 1年次前期の「独唱」の授業のシラバス 5)において,到達目標を以下のように記している。

到達目標 自然で無理のない発声とはどういうことかを理解し,正しい発声法を身につけ,自分自身で癖を

茨城大学教育学部声楽研究室(〒 310-8512 水戸市文京 2-1-1; Laboratory of Vocal Music, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).茨城大学教育学部音楽教育研究室(〒 310-8512 水戸市文京 2-1-1;Laboratory of Music Education, College of Education,Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).

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取り除くことができる。自然な声で歌えるようになることを目指す。また他人の歌唱についても常に発声の指導法などを考えながら聞けるような姿勢を身につける。

 また,本論では,多くの学生が難しいと感じている,コンコーネ 50番のクレシェンド,ディミヌエンドの扱い方,アクセントの種類を中心に取り扱うこととする。 以下,はじめに,コンコーネ 50番の学習方法について―クレシェンド,ディミヌエンドの扱い方,アクセントの種類を中心に―,まとめの順で論じることとする。 なお,はじめにとまとめは山口が,コンコーネ 50番の学習方法について―クレシェンド,ディミヌエンドの扱い方,アクセントの種類を中心に―は谷川が担当することとする。                                       (山口)

コンコーネ 50番の学習方法について―クレシェンド,ディミヌエンドの扱い方,アクセントの種類を中心に―

 日本では声楽の練習曲として「コンコーネ」が使用されることが多い。コンコーネ練習曲とは,作曲者ジュゼッペ・コンコーネ 6)の名前からついたもので、初心者は50曲からなる「50番練習曲 7)」から始め,声楽技術が上達するにつれ「コンコーネ25番練習曲 8)」「コンコーネ15番練習曲 9)」へと進むように書かれてある。 コンコーネ練習曲の特徴は,まずヴァッカイ練習曲 10)やサルヴァトーレ・マルケージ練習曲 11)

と違い,歌詞が付いていないことがある。声楽の技術は明快なイタリア語の発音から発達しており,イタリア語の歌詞付き練習曲には大きな利点がある反面,イタリア語を母語としない声楽練習者にとっては言葉の壁となる。その点,母音発声を基本にしたコンコーネ練習曲は日本語を母語とする声楽入門者には扱いやすい教材といえる。 また,前述ヴァッカイが15曲,サルヴァトーレ・マルケージ20曲,パエール練習曲は24曲 12),パノフカ練習曲 13)は24曲で構成されていることと比べ,難度の上がり方がゆるやかであることも特徴の一つである。 日本で出版されているコンコーネ練習曲には各曲の練習のポイントなどが解説されているが,歌詞付きでないところからくる見落としやすい重要な点には触れられておらず,これは声楽の指導者が実際に指導の中で実感させるのが大切である。 コンコーネと並び日本でソルフェージュの入門書として使用されることの多い「コールユーブンゲン 14)」では序文にこう書かれてある。「唱歌の純技巧上の規則,例えば,口の形状,声の出し方,姿勢等に関しては,私は何も説明を加えなかった。その理由は,第一,文字によるこの種の説明は,多少唱歌の心得のあるものでなければ,あまり役に立たない。如何に歌うべきかは,ただ,教師の生の説明によってのみ学び得るからである。15)」

 コンコーネ50番練習曲を使用して声楽技術を身に付ける上で重要なことの内,今回は2つのことに注目したい。一つはクレシェンド,ディミヌエンドの扱い方,もう一つはアクセントの種類である。

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45谷川・山口(藤田):コンコーネ 50 番の歌唱方法に関する研究

 コンコーネ練習曲は徐々に難しくなっていると言ったが,実は1番には発声技術の土台となる「支え」が十分にできあがっている者でなければ歌えない難しさがある。歌い始めてわずか4小節目には,この曲の最高音に向けてディミヌエンドするよう指示があるのだ。 楽語でクレシェンドは「だんだん大きく」,ディミヌエンドは「だんだん小さく」であり,音量の結果がそうなるよう,どのような技術を使うべきなのか,それを伝えるのが声楽指導者の務めである。音が大きければ良い,小さくなれば良いという問題では無く,常に聞く者に対して魅力的な声でなければないからだ。

 1番のクレシェンドとディミヌエンドについて見てみよう。 冒頭4小節は第1小節がクレシェンド,第2小節がディミヌエンド,第3第4小節も同様である。これは練習曲であり,歌曲ではないことを頭に置いておく必要がある。つまりこの曲を使って,何を練習するのかを認識し,反復練習によって体にその技術を定着させることを求めている。このクレシェンド,ディミヌエンドは発声のどの技術に注目すべきなのだろうか。それは当然「支え 16)」であり,その支えによって音階を上行するよう求めている。 第2第4小節も上行音形である。ディミヌエンドを単に「だんだん小さく」ととらえて支えの無い声でか細く歌っても意味が無い。 ディミヌエンドが「だんだん小さく」ならば,その始まりは大きくなければならない。冒頭2小節の中で最大の音量は第2小節の1拍目であり,第3第4小節で最大の音量は第4小節1拍目となる。 しかし声楽初心者の多くはディミヌエンドを見たとたんに音量を落とそうとして,支えを抜いた声になってしまう。ディミヌエンドの最初に頂点を持ってくるべきなのに。 第1小節目でクレシェンドしながら力を蓄え、第2小節目の頭に持った支えの力で第2小節目の上行音形を歌う。新たに息を入れ第3小節目でまた上行しながら力を蓄え,第4小節の頭に力の頂点を意識し,その支えによって第4小節の上行音形をディミヌエンドしながら歌うのである。クレシェンド,ディミヌエンドを音量の大小ととらえるだけではなく,歌唱者の体の使い方に視点を置いて指導しなければならない。声楽とは人体を楽器とした音楽の表現であり,常にその体をどう使うか,どの筋肉をどう動かすことによってどんな歌唱になるのかという意識を持って声を出すよう方向付けしてあげるべきである。

 ヴァッカイ練習曲の第1番冒頭もコンコーネ50番練習曲同様2小節ずつの上行音形になっているが,ここにはクレシェンドもディミヌエンドも書かれていない。しかし歌詞が付いており「Manca sollecita マンカ ソッレーチタ 17)」と発音すれば自然に第2小節冒頭に一番の重みがきて、当然第2小節はディミヌエンドの上行音形となる。 コンコーネ練習曲には歌詞が付いていないが,この言葉のアクセントの感覚は早い段階で練習者に認識させるべきである。なぜなら今扱っているドレミの音楽は日本語の中から自然発生した音律ではなく,西洋の言語から生まれ作られたもので,我々日本語を母語とする者の普段の声を持ち込み,その延長線上に求める音を作ることは極めて難しいからである。指導者がイタリア語のアクセントの特徴について理解し,再現して聞かせてあげられなければ、練習者に正しいフレージングを

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感じ取らせることはできない。

 コンコーネ50番練習曲第2番では,クレシェンドは第1小節目の途中からディミヌエンドになり、ディミヌエンドしながら2度上の音を歌うようになる。支えを作ってから次の音に移行する練習である。 以降50番に至るまで,クレシェンド及びディミヌエンドは音楽的高揚や緊張ではなく,声楽的に支えをどう使うか,体の使い方としてポイントとなるところに記されてある。

 コンコーネ50番練習曲では強弱,ターン,スタッカート,跳躍音程,半音階などそれぞれに焦点を当てた課題があるが,中でもアクセントは全体を通して重要な声楽技術として繰り返し現れる。 アクセントについては作曲者によって,ニュアンスが違うことの多い記号で,コンコーネはどのように扱っているかを知る良い手がかりが26番にある。 コンコーネが50番練習曲の中で使っているアクセントは3種類あり,その3種類が26番では明確に歌い分けられるように指示されてある。 26番で最初に出てくるのは楔形アクセントで,この曲中13個ある楔形アクセントの後には必ず休符が書かれてある。楔形であること,次に音が続かないこと,ディミヌエンドの後にあることから,このアクセントでは音を強く演奏するのではなく,次へフレーズが流れ込まないようきちんと音を止めることを求めていると考えられる。 次にあるのは一般的にアクセント記号として使われるディミヌエンドの小型の形をしたものだ。これは楔形とは対照的にスラーの中で使われている。他の曲中でもこのアクセントはスラーの中で使われることが多い。 17,18小節ではスラーの最初にこのアクセント記号でフレーズが始まり,楔形で終わる。つまりディミヌエンドの小型アクセントは次の音への推進力として使われていると考えられる。 もう一つのアクセントは終わりから9小節目にある山形アクセントである。山形のアクセントは他の曲でも,曲中の比較的長い音符に置かれることが多く,持続した強さを求めていると考えるのが自然である。ディミヌエンドの小型アクセントとテヌート記号を組み合わせた書き方もあるが,コンコーネ50番にはその記号は無く,山形アクセントがそれに当たる。 発声技術は音楽を的確に表現するために発展してきたので,これらのアクセントも無機質に扱われては意味が無い。指導者はその技術の必要性を練習者に理解させ,美しい表現を身に付けるよう導かなくてはならない。いつも頭に置いておかなければならないことは,ドレミの音楽は日本語から自然に生まれたものではなく,明治期に西洋から取り入れ借用しているものだということだ。 ヴァッカイ練習曲の第2曲目の歌詞は以下の通り 18)。

Semplicetta tortorella,   センプリチェッタ トルトレッラche non vede il suo periglio,  

 ケ ノン ヴェーデ イル スーオ ペリーリョ

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47谷川・山口(藤田):コンコーネ 50 番の歌唱方法に関する研究

per fuggir dal crudo artiglio,   ペル フッジール ダル クルード アルティーリョvola in grembo al cacciator. ヴォーラ イン グレンボ アル カッチャトール

 この曲にはアクセント記号などは書かれていないが,各フレーズの最後の語となる tortorellaのlaや periglioの glioの後には休符が書かれ,それぞれ後ろへ音が延びないように指示されているし,トロンカメント(語の終わりの母音を削除)された cacciatorの torはアクセント拍に長い音符で書かれてある。 こうした例からもわかる通り,コンコーネ50番練習曲で扱う3種類のアクセントもイタリア語で話してみればごく自然に存在する表現で,その歌唱技術を身に付けることが演奏に不可欠であると練習者に認識させることは難しくない。

 コンコーネ50番練習曲は,歌詞が無く母音唱法で声楽技術を学べるという点で,言葉の壁に直面することなく練習を進めていけるのが利点である反面,言葉があれば自然に解決する課題を見過ごしてしまう危険性も持っている。 音楽は世界共通言語と言われるが,たとえ器楽曲でも作曲者の言語環境が作品の根底にあり,初心者が音だけでフレーズを読み解くのは大きな危険性をはらんでいる。 オペラで役を演じる際「役を自分に引き込むな,自分が役に近づけ。」といわれる。それは1つのフレーズを読む場合も同じである。普段日本語を話して生活している我々の語感を西洋音楽に持ち込んでしまわないよう,歌詞の無い曲でこそ,指導者が正しい音楽の読み方を示すことが必要である。                                        (谷川)                                                       

まとめ

 以下,谷川の説を①クレシェンド,ディミヌエンドの扱い方,②アクセントの種類に分けてまとめ,そのうえで考察を加えることとする。

① クレシェンド,ディミヌエンドの扱い方について

 谷川は,コンコーネ 50番のクレシェンド,ディミヌエンドの扱い方について,難しいとされる1番から説き起こしている。 それは,「支え」を中心にしたもので,谷川の言葉を借りれば「クレシェンド,ディミヌエンドを音量の大小ととらえるだけではなく,歌唱者の体の使い方に視点を置いて指導しなければならない 19)」としている。さらに谷川は続ける。「声楽とは人体を楽器とした音楽の表現であり,常にその体をどう使うか,

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の筋肉をどう動かすことによってどんな歌唱になるのかという意識を持って声を出すよう方向付けしてあげるべきである 20)」と。 また,谷川はヴァッカイ練習曲の 1番とコンコーネ 50番の 1番を比較検討し, 「ヴァッカイ練習曲の第 1番冒頭もコンコーネ 50番練習曲同様 2小節ずつの上行音形になっているが,ここにはクレシェンドもディミヌエンドも書かれていない。しかし歌詞が付いており「Manca sollecita マンカ ソッレーチタ」と発音すれば自然に第 2小節冒頭に一番の重みがきて、当然第 2小節はディミヌエンドの上行音形となる 21)」としている。

 最終的に,作曲者のコンコーネ自身も,教育的配慮の故か,気づいており,谷川によれば,「クレシェンド及びディミヌエンドは音楽的高揚や緊張ではなく,声楽的に支えをどう使うか,体の使い方としてポイントとなるところに記されている 22)」としている。このことは,声楽家として,コンコーネ,谷川共に,実際の演奏から導き出したもので貴重な言明と言えよう。

② アクセントの種類について

 谷川はコンコーネ 50番を分析するとともに,①をさらに進めた形で,同時に,比較対象の曲集として, イタリア語の歌詞の付いているヴァッカイ練習曲についても,言及している。 谷川は,「コンコーネ練習曲には歌詞がついていないが,この言葉のアクセントの感覚は早い段階で練習者に認識させるべきである 23)」としている。谷川によれば,「今扱っているドレミの音楽は日本語の中から自然発生した音律ではなく,西洋の言語から生まれ作られたもので,我々日本語を母語とする者の普段の声を持ち込み,その延長線上に求める音を作ることは極めて難しいからである 24) 」としている。 谷川は歌詞の付いていない,コンコーネ 50番に存在する,三つのアクセントとして次のものを挙げている。

A(以下,ABCは説明のため,山口が付与した).楔形のアクセントで,曲における役割として,音を止めるためのもの

B. 一般的にアクセント記号として使われるディミヌエンドの小型の形をしたもので、次の音への推進力として用いられるといった役割をしているもの

C.山形アクセントで,持続した強さを求めているもの 25)。

 その上で谷川は,「指導者はその技術の必要性を練習者に理解させ,美しい表現を身に付けるよう導かなければならない 26)」としている。 また,谷川は, ヴァッカイ練習曲の第 2曲目の歌詞を引用し,「3種類のアクセントもイタリア語で話してみれば,ごく自然に存在する表現で,その歌唱技術を身に付けることが演奏に不可欠であると練習者に認識させることは難しくない 27)」としている。 谷川は,こういった形で母語ではないイタリア語を基盤に据えるコンコーネ 50番を歌う時の陥りやすい危険を改めて指摘し,「普段日本語を話して生活している我々の語感を西洋音楽に持ち込

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49谷川・山口(藤田):コンコーネ 50 番の歌唱方法に関する研究

んでしまわないよう,歌詞の無い曲でこそ,歌詞の指導者が正しい音楽の読み方を示すことが必要である 28)」と結んでいる。 山口は,教科教育が専門であるが,さまざまな形で,コンコーネ 50番を学んできた。 山口はこういった, 谷川の,言語と不可分な音楽のあり様を学ぶという切り口は, コーネリウス・L・リード 29)や米山文明 30)の研究,現在までの山口の研究 31)と矛盾することなく,今までの学習の在り方をもう一度考え直す端緒ともなり,谷川の研究を焦点化することで,新たな学習の地平が生まれるであろうことを確信している。                                       (山口)

1)Giuseppe Concone(1801~ 1861)作曲の声楽教則本。(編集兼発行人下中弘『音楽大事典第 2巻』[平凡社,1994])p.950.)

2)田中千義「コンコーネ 50番の歌唱法」『熊本大学教育学部紀要,人文科学』(熊本大学教育学部) 第 41号,1992,pp.69‐78.http://ci.nii.ac.jp/naid/110000953703,2016,9,18.閲覧など。

3)松永光紗、徳永崇「コンコーネ 50番に関する一考察」『広島大学大学院教育学研究科紀要』(広島大学大学院教育学研究科)第二部第 57号, 2008,pp.379‐388.http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/.../BullGradSchEduc HiroshimaUniv-Part2-ArtsSciEduc_57_379.pdf ,2016,9,18.閲覧など。

4)東學「音楽科教育における歌唱の重要性:コンコーネ 50番練習曲をテキストとして」『茨城大学教育学部教育研究科紀要』(茨城大学教育学部)第 25号, 1993,pp.49‐54.http://ir.lib.ibarakii.ac.jp/bitstream/10109/8501/1/CSI2011_1813.pdf,2016,9,16.閲覧など。

5)https://i-student.ibaraki.ac.jp/syllabus2/syllabusSearchDirect.do?nologin=on, 2016,9,24.閲覧。 6)注 1参照。イタリアの声楽教師・作曲家・オルガン奏者。……終生声楽教師,宮廷オルガン奏

者として活躍した。5巻の声楽用教本は,当時から現在に至るまで重要な教則本として声楽家に使用されている。

7)畑中良輔編著者『コンコーネ 50番中声用』(株式会社全音楽譜出版社)など。 8)畑中良輔編著者『コンコーネ 25番中声用』(株式会社全音楽譜出版社)など。 9)畑中良輔編著者『コンコーネ 15番高声用』(株式会社全音楽譜出版社)など。10)“VACCAJ METODO PRATICO DI CANTO ITALIANO DA CAMERA con accompagnamento di

pianoforte(SOPRANO O TENORE)”(RICORDI, E.R,1073)など。11)畑中良輔編著者『サルバトーレ・マルケージ(中声用)』(株式会社全音楽譜出版社)など。12)水谷彰良編者『パエールとロッシーニの声楽教本』(株式会社全音楽譜出版社,2009),pp.7-

66.など。13)畑中良著者『パノフカ 作品 81a(高声用)』(株式会社全音楽譜出版社,2010)など。14)翻訳兼発行者三木佐知彦『コールユーブンゲン(全訳)』(大阪開誠館 三木楽器株式会社,

2002)15)同上書 .p.5.16)appoggioアッポッジョの訳。呼吸管理と共鳴とにかかわる発声の土台。リチャード・ミ

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ラー著者,岸 本宏子・八尋久仁代訳者『歌唱の仕組み その体系と学び方』(音楽之友社,2014),pp.39-44.参照。

17)注 10,p.1. 読み方については、谷川が付与した。18)注 10,p.2.読み方については、谷川が付与した。19)本論文 p.45.20)本論文 p.45.21)同上 . 22)同上 .23)同上 .24)同上 .25)本論文 p.46.26)同上 .27)本論文 p.47.28)同上 .29)リード,渡辺東吾訳『ベル・カント唱法 その原理と実践』(音楽之友社,1992)30)『声の呼吸法 美しい響きをつくる』(平凡社,2004)31)山口(藤田)文子「声帯の健康の立場から考えた小学校音楽科の『歌唱』について-米山文明『一

日5分のトレーニングで声と歌にもっと自身が付く本』を手がかりに-」『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』第 56号 2007,pp.131-139, 山口(藤田)文子「発声に関する研究:-音楽科教育の立場から発声教育の必要性に鑑みて-」『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』(茨城大学教育学部)第 57号,2008,pp.67-72,鶴田昭則,内野健太,藤田香織,山口(藤田)文子「音楽科教育における歌唱指導の研究―幼稚園,小・中学校,高等学校に共通する内容を中心に―」『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』(茨城大学教育学部)教育総合 増刊号,2014,pp.67-84,など .