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qu nhu Romeoand Juliet及び Hamlet に於ける生と死 l i I-/ Life and death in Romeoαnd Juliet and Rαmlet KiyoshiOGAWA Abstract Romeo andJuliet whichwaswrittennotlongaftertheso-called Plague years 1592-4 revealssomeinfluencesoftheplagueintheminutedescription andtheexcessivefear and hateofdeath; thehero'sdefiantattitudetowarddeathalsoreflectsthe people's desperate wishforsurvivalinthosedayswho would neveryieldto their fate. Thismightpartly explainwhytheplayisfu l Ioflively aspiration for life in spite of the fact that death swaIIowstheloversintheend. In Hamlet writtenseveralyearslater theviewoflifesuddenlyturnsdark anddeath is consideredtobe'aconsummationdevoutly tobewished'. Thisratherunnaturalway of thinking suggestssome turnof mind caused by unpleasant and unbearableevents and situations. Inthispaperitisexamined howthedarkersideoftheElizabethan ageand thesocialandmentalcreviceswhichweremakingtheirappearancetowardstheendof the agearemirroredinthehero'spessimisticviewoflife. はじめに Romeo and J uliet Hamlet との聞には,制作年代の上では 5 6 年の間隔がある に過ぎないが1) 作品全体の色調の点では,殆んど正反対と云える程の大きな聞きがあるよ うに思われる O 同じく悲劇ではあるが前者には,人生に対して肯定的態度が支配的であるの に対し後者では,世界と人聞に対する陪い否定的心情が全篇を陥っているからである O Shakespeare Hamlet の中で,演劇の目的は,この世の森羅万象,人の善悪、,時代の 姿を鏡の如くに映し出すことにあると述べているが, もしそうだとすれば,かくも大きな相 違を示す二つの作品は,それぞれに,如何なる時代の姿,如何なる人間の状況を映し出して 1)E. K. Chambersの推定では,前者は1594 5 年,後者は16 -1 年作となっている。

Romeo and Juliet 及び Hamlet に於ける生と死harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hju/file/5542/20100217040156...Romeo and Juliet 及び Hamlet に於ける生と死-165ー と,今一つは死に対する嫌悪感が顕わに表明されていることであるo前者については,例え

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    nhu

    Romeo and Juliet及び Hamletに於ける生と死

    l

    i

    I-/

    Life and death in Romeo αnd Juliet and Rαmlet

    Kiyoshi OGAWA

    Abstract

    Romeo and Juliet which was written not long after the so-called Plague years 1592-4,

    reveals some influences of the plague in the minute description and the excessive fear and

    hate of death; the hero's defiant attitude toward death also reflects the people's desperate

    wish for survival in those days who would never yield to their fate. This might partly

    explain why the play is fulI of lively aspiration for life in spite of the fact that death

    swaIIows the lovers in the end.

    In Hamlet written several years later, the view of life suddenly turns dark and death is

    considered to be 'a consummation devoutly to be wished'. This rather unnatural way of

    thinking suggests some turn of mind caused by unpleasant and unbearable events and

    situations. In this paper it is examined how the darker side of the Elizabethan age and

    the social and mental crevices which were making their appearance towards the end of the

    age are mirrored in the hero's pessimistic view of life.

    はじめに

    Romeo and J uliet と Hamlet との聞には,制作年代の上では 5,6年の間隔がある

    に過ぎないが1) 作品全体の色調の点では,殆んど正反対と云える程の大きな聞きがあるよ

    うに思われる O 同じく悲劇ではあるが前者には,人生に対して肯定的態度が支配的であるの

    に対し後者では,世界と人聞に対する陪い否定的心情が全篇を陥っているからである O

    Shakespeare は Hamletの中で,演劇の目的は,この世の森羅万象,人の善悪、,時代の

    姿を鏡の如くに映し出すことにあると述べているが, もしそうだとすれば,かくも大きな相

    違を示す二つの作品は,それぞれに,如何なる時代の姿,如何なる人間の状況を映し出して

    1) E. K. Chambersの推定では,前者は1594ー 5年,後者は16∞-1年作となっている。

  • -164- (小川| 清)

    いるのであろうか口

    Shakespeareの活躍したエリザベス朝時代は,英国のルネサンス期に相当し,彼の作品は

    中世から近代への移行期に於ける歴史の変動,社会の変化,それに伴なう人々の意識の変化

    や思想の対立等を活写したと云われる O 演劇とし、う形式は,それらの変転を描くのに最も適

    した芸術形式であったが,同時に詩人であった彼は,その優れた感受性と直観力を以って,

    同時代人の置かれた人間の状況について鋭く洞察し,世界と人間についての独自のヴィジョ

    ンをその表現形式の中に盛り込んだと云える O

    ルネサンス時代は,通常,中世との対比に於いて,人間性の解放の時代, この世り生を謡

    歌した時代と考えられており, Shakespeareの作品も大筋に於いて,生の文学,人間性謡歌

    の文学の系譜・に属すると見てよいであろう D しかしルネサンスによってもたらされた近代

    は,今日までの歴史が証明しているように,必ずしも安定と調和の黄金時代ではなく,むし

    ろより短い周期で反復される変動の時代の到来を意味していたのであり,それに伴なう生の

    不安と危機意識に,近代人は絶えずさいなまれるとL、う反面を持っていた。エリザベス朝時

    代は,英国の歴史の中でも稀に見る長期安定と繁栄の時代であったが,女王晩年の頃となる

    と,それまで抑えられていた不安材料が次第に顕在化し始め,それと軌を同じくする形で,

    Shakespeareの作品の中にも次第に暗い否定的要素がその主座を占めるようになってくる。

    所調悲劇時代が到来するのである。

    Romeo and J ulietは主人公達の死に終るという意味では確かに悲劇であるが,作品に充

    溢しているのはむしろ若々しい青春の叙情であり,生の激しい燃焼であって,同じ頃に書か

    れた多くの喜劇作品とほぼ同質の精神に貫かれていると云ってよL、。そこにはまだ,生の矛

    盾や生の苦悩は見られなし、。ところが Hamlet になると生の様相は一変する。生は苦渋に

    充ちたものとなり,その亀裂から死が深淵を覗かせるのである。

    本試論は,Hamletの中に表現されている生と死の様相を,特に主人公 Hamletの死の

    意識を中心として,作品の中に辿って行き,それによって作者が何を映し出しまた何を暗示

    しているかを,当時の社会的状況との関連に於いて,考察しようとするものであるが,それ

    と対比させる意味で,先ず Romeoand Julietの中に表わされている死の意識について検

    討しておきたい。

    1. Romeo αnd Julietの場合

    Romeo and J uliet は冒頭の序詞の中に規定されているように, 死の刻印を押された恋

    (death.marked love) を主題としており, 当然、死についての言及および描写が多い作品であ

    るが,そこに二つの顕著な特色がある O 一つは死に関する描写が極めて詳細且克明であるこ

  • Romeo and Juliet及び Hamletに於ける生と死 -165ー

    と,今一つは死に対する嫌悪感が顕わに表明されていることであるo 前者については,例え

    ば, Friarは服薬によって仮死状態に陥ってし、く過程を,

    ....For no pulse

    Sha11 keep his native progress, but surcease.

    No warm th, no breath, sha:11 testify thou livest. The roses in thy: lips and cheeks sha11 fade

    To warmy ashes, the eyes' windows fall

    Like death when he shuts up the day of life,

    Each part, deprived of supple governm ent,

    Shall stiff and stark and cold appear like death. (IV, i, 96-103).

    と,実際の死さながらに,実に詳細に而もリアルに説明しており,また Julietが,やがて

    運ばれる筈の墓場に想像を馳せて語るせりふの中にも,墓場のよどんだ今にも蜜息しそうな

    空気についてのリアリスティックな描写や,

    0, if 1 wake, sha11 1 not be distraught,

    Erivironed with all these hideous fears,

    And m adly play with m y fore fathers' joints

    、Andpluck. the m angled Tybalt from his shroud,

    And, in this rage, with some great kinsman's bone As with a club dash out my desperate brains? (IV, iii, 49-54)

    のように,死者の骨に固まれた自分の姿についての極めて具体的な鬼気迫る描写がある。全

    般に浪漫的,叙情的色彩の濃いこの作品の中にあって,これらの描写は異様な程に生々し

    く,現実味を帯びていると云えるであろう o

    後者に関しては,例えば Romeoが Julietの横たわる墓を開きながら語るせりふ,

    Thou detestable maw, thou womb of death,

    Gorged with the dearest m orsel of the earth,

    Thus 1 enforce thy rotten jaw8 to open,

    And in despite I'11 cram thee with more food. (V, iii, 45-8)

    の中に,死に対する嫌悪、あるいは侮蔑の感情が殆んどむき出しに語られているのを見ること

    が出来る。また Romeoは死を擬人化して Cthelean abhored m onster'と呼び,好色な死

    から恋人を守るべく共に死のベッドに横たわるのだとも語っており,そこには死への嫌悪と

    同時に激越なまでの死への挑戦があるo Romeoは厭う可き死に挑戦するが故にむ与しろ勢い

  • -166ー (小川 i青)

    余って死の中に跳び込んでいくようにすら見えるのであるヘ

    死についての克明な描写は,一つには中世末期から盛んになった宗教的な mem ento m ori

    (死を憶えよ)の芸術や文学の伝統の中に位置付けて理解する必要がありそうに思われる

    が,他方,作者自身,自分の眼で急死する人の過程をつぶさに見る機会があって, 上記の

    Friarのリアルな描写に反映していることも充分考えられるであろう o

    1592年から94年にかけて, ロンドンに疫病が大流行し,その間劇場が閉鎖され, Shake-

    speareの所属する劇団もロンドン退去を余儀なくされたことは周知のことである。この疫病

    は猫獄を極め,二年間にロンドン市民の約 6分の lが死んだと云われるo その頃に書かれた

    と推定される Venusand Adonisについて M.C. Bradbook教授は,猪に脇腹を突かれた

    Adonisの死は,四肢のつけねに症状の現れる tubonicpestilenceによる死であろうと推測

    しており,さらに,Romeo and J ulietの主人公達の死は,疫病の死ではないがそれと同じ

    スピードで死は訪れると,この作品に対する疫病流行の影響を示唆している叱 この作品が

    1595年頃の作とすれば,疫病による死の記憶はまだ生々しく,その影響が色濃く現れたとし

    ても不思議ではないであろう O ところで問題は,この疫病による死に対し作者をも含めて

    当時の人々がどのように感じまたどのように反応したか,そしてそれが作品の中にどう反映

    しているかということであるo

    ヨーロッパ全土に14,5世紀から波状的に幾度か大流行した疫病は,中世から近代への歴史

    的変動の不安とも相俊って,人々に人生の無常を悟らせる宗教文学あるいは死の芸術(どく

    ろを好んで描く絵画等)を数多く生み出す原因になったと云われる O しかし16世紀後半にな

    ると,人々の意識は漸く中世的思考から脱却し,死後の平安よりはむしろこの地上の生の充

    実に重点を置く考え方に変って来たようであるo 度重なる疫病の試練が次第に彼らを強靭に

    していったという事情もあるであろう O 死の脅威は相変らず続いてはいたが,人々はむしろ

    その脅威に挑戦し,生の主権を主張し始めたのであるぺ 1593年に疫病で服役中の弟を失っ

    た JohnDonneの書いた電Death,be not proud..・……'で始まるソネットは,この時代の

    死に対する挑戦の一端を伺わせるものであるしまた Shakespeare の数多くのソネットの

    中に,大鎌を振う暴虐な「時」の支配に打ち克つ手段が主題としてくり返し歌われているの

    も, この時代の精神と決して無縁ではないであろう o

    Romeo and J ulietの中でも,例えば Mercutioは手傷を負って思いがけない死に際会し

    2) cf. L. L. Brodwin: Elizabethan Love Tragedy (New York Uni. Press, 1971) p. 59. 3) M. C. Bradbrook: Shakespeare The poet in his world (Weldenfeld & Nicholson, 1978) 4 The

    poet of the plague years.

    4)この推移は小間瀬精三「死の舞踏J(中公新書)に詳しく書かれてし、る。

  • Romeo and Juliet及び Hamletに於ける生と死 -167-

    た時,

    No, ~tis not deep as a well, nor so wide as a church door, but ~tis enough,電twill

    serve. Ask for me tomorrow, and you will find me a grave man. 1 am peppered,

    1 warrant you, for this wor1d. A plague a' both your houses. (III, i, 93-8)

    と冗談をとばしさえするのであるが,死に直面しながらそれをしゃれのめそうとする精神の

    したたかさは,疫病の脅威の中で,仮面をかぶり踊りながら死体の穴の淵まで敢て赴き,死

    に挑みかかった当時の一部の人々の態度に通じるものがあるぺ彼は死を静かに受容してい

    るのではない。若い身での時ならぬ死は痛恨の極みであって,それ故に ~A plague a' both

    houses.'と三度まで呪いの声を発するのであるo

    Mercutioの場合とは,現われ方は違うが,この作品の主人公達も,死に対して基本的に

    は共通の精神あるいは態度を持しているように思われるo Julietは死の不安と恐怖に戦きな

    がらも,敢て薬を飲むことによって,彼女の生そのものである Romeoとの愛を成就しよう

    とするのであるし,また Romeo も死をミ厭う可き骸骨の怪物'と嫌悪しながらも, Juliet

    を奪い返すべく,敢て死の中に跳び込むのである O 彼らの運命は,死の刻印を押された恋と

    して,外的に規定されてしまっているのであるが,その運命に敢て挑戦する彼らの姿には多

    くの人々が死に直面しなければならなかった状況と,その事態にたとえ絶望的であってもな

    お立向おうとした人々の強烈な生への意欲を垣間見させるものがあるように思われる。

    この作品は,結局は死が支配する悲劇であるが,全体の印象としては,むしろ死を凌駕す

    る生(この場合は二人の恋)の躍動感に充ちており,その生は,死という閣をひきさいて光

    る一瞬の稲妻の美しさに比せられるものである。その意味では, この悲劇が,制作年代の上

    で,生の讃歌とも云うべき喜劇群の中に一つだけ混在しているとしても決して不思議ではな

    し、。

    2. sαmletの場合 (1)

    上述の Romeoand J ulietに於ける生と死のパターンは Hamletでは完全に逆転し,生

    こそ厭う可きものであり,死はむしろ願わしいものとなるo Hamletは息を引き取る寸前,

    後を追おうとする Horatioの手を止めて,

    If thou didst ever hold m e in thy heart,

    5) M. C: Bradbrook: Shakes.μare The poet iri hi$ world p. 66.

  • -168- (小川 清)

    Absent thee from felicity a while,

    And in this harsh world draw thy breath in pain

    To tell my story. (V, ii, 328-31)

    と懇願するが,ここに語られている, この世の生を苦痛と見,死を至福と見る厭世観は, こ

    の作品に一貫して流れる基調音となる O それは,主人公と彼を取り巻く世界との車L糠から来

    る不協和音を暗示するが Shakespeare はそのような厭世的な心情を吐露する人物を通し

    て,世界と人間との如何なる関係を描き出そうとしたのであろうか。

    ここでは,死は当然、 Romeo の場合よりは遥かに複雑な相貌を帯びることになるが,

    Hamletの抱く死の意識を一応,行動 (action),倫理 (morality),存在 (existence)の三つの

    レベルで捉え,その性質及び奥行きを検証することによって,それが当時の如何なる状況,

    如何なる精神を反映したものであるかを考察してみたい。

    先ず, ドラマの基本である行動のレベルに於いては,Hamletも Romeoand J uliet と

    同じく,死に運命づけられた人間の悲劇である。但し, Romeoの場合とは違って,主人公

    Hamletは,自分に課せられた行動の必然の帰結としてその果てに待ち受けている死を充分

    予想しており,最終的にはその死を甘受するo

    Hamlet は周知のように 13世紀頃から流布していた「ハムレット伝説Jあるいは Kid

    の UrHamletを種本として書かれたもので,復讐の成就即主人公の死という当時の復讐悲

    劇のパターンが,基本的枠組となっているo 復讐というのは,云わば私怨を晴らす行為であ

    り,法の裁きに基ずかない私的正義の主張であって,法的秩序の確立した社会では,現実に

    は容認されない行為である O 従って,文学あるいは劇の物語としては,必ず主人公の死を伴

    う復讐悲劇という形で当時流行していたものと考えられるが, Shakespeareも一応その線を

    踏襲しており,彼の Hamlet も劇進行そのものが既定のこととして死を苧んでいると云え

    るD しかしここで,見逃してならないのは,元のストーリーのように単純に復讐の結末と

    しての死を外面的に描くのではなく,主人公をして自らの死を予見させ,迫り来る死に対す

    る覚悟を重大関心事として作品の中に盛り込んだということであるo

    劇の後半,劇中劇の上演を堺として,玉と Hamletとの関係が急速に緊迫化し, Polonius

    殺害, Hamletの英国行き,突然の帰国, Opheliaの死, Leartesとの試合と矢継ぎ早に局

    面が急転回する中で,作者は相当に長いスペースを割し、て 5幕 1場の墓場の場面を設定

    し, Hamletと墓堀り人夫また Horatioとの聞に,人の死についての問答を行わせているo

    Hamletは英国行きの船上で王の陰謀を見破り,辛うじて死を免れ,帰国した許りであるが,

    次々に堀出されるどくろを手に取りながら,延臣,法律家,道化達の変り果てた今の姿に彼

    独特のシニシズムを容赦なく浴びせるのであるが,最後に Alexander大王とビヤだるの穴

  • Romeo and JuZiet及び Hamletに於ける生と死 -169-

    ふさぎとの対比に至って,次のように云う O

    Alexander died, Alexander was buried, Alexander returned into dust; the dust' is

    earth; of earch we make loam, and why of that loam whereto he was coriverted

    might they not stop a beer-barrel? (V, i, 188-92)

    これは表面的には,世の権力者に対する辛練な調刺を含む軽口であるが, この執劫な論理の

    底には,すべて土に帰って行かねばならない人間の運命への想念がわだかまっている。この

    場面は,劇の構成上は数多くの死が現出するラストシーンへの布石であるが,主人公の意識

    の面に即して云えば,近い将来起る筈の己れの死を予測しそれに対する心の備えを為しつ

    つある場面であると云えよう o 事実, Hamletは直ぐ後のシーンで, Leartes との試合にあ

    る不吉な予感を覚えた時, Horatioの中止の勧告に対し,次のように自らの覚悟を述べるの

    である。

    Not a whit, we defy augury. There's a special providence in the fall of a sparrow.

    If it be now,電tisnot to com e ; if it be not to com e, it wil1 be now; if it be not

    now, yet it will come. The readiness is all. Since no man has aught of what he

    leaves, what is't to leave betimes? Let be. (V, ii, 202-6)

    この中の 'wedefy augury.'は RomeoがJulietの死を聞いた時の '1defy you, stars.'を

    連想させるが, Hamletが defyするのは運命に対してではなく,自分の不吉な予感に対し

    てであり,彼は迫り来る死の運命をむしろストイックな態度で受け入れようとしている O こ

    の両者の差違は, Hamletが劇の発端からその場面に至るまで‘に経て来た特異な経験から生

    れ出たものであって,彼の態度を理解する為には,その経験が如何なるものであったかを辿

    ってみなければならない。

    Shakespeareの描いた Hamlet像の魅力のーっとして,彼の鋭い倫理的感覚を挙げるこ

    とが出来ると思う o 彼の研ぎすまされた正義感の鋒先は当然,先ず第一に玉 Claudiusの不

    正に向けられるo 先王を殺し,母を汚し,彼の相続権を奪い,さらに英国王宛の親書から露

    見するのであるが,彼の命すら狙っている Claudiusはまさに人類の腫腸 (cankerof our

    nature)であり,それを取除かないことは地獄落ちの大罪であるとすら彼には思われるので

    あるo (V, ii, 64-70)他方,玉によって汚された母 Gertrudeも単なる被害者ではなく,自

    らの意志によって王の許に走ったので、あり,悪の加担者とすらなっている所に,彼の置かれ

    た立場の複雑さがあるo

    Dover Wilsonは, T. S. Eliotの Hamlet論に関連し,当時兄の未亡人と義弟との結婚

    は近親相姦と見なされており,近親相姦は今日とは比較にならない程怖る可き大罪と見なさ

  • -170ー (小川 清)

    れていたので, Hamletのオーバーとも受け取れる感情に充分見合うものだという趣旨のこ

    とを述べているが6) 肉親の不義不正が,倫理的に潔癖な若者の心情を激しく襲うという点

    に,この作品の主要なモチーフの一つがあると見てよいであろう o

    当時,王というのは,一国のあるいは世界の中心的存在と見なされており,従って,王室

    に起る不義不正は世界全体の乱れとして,あるいは自然界の異常な出来事として現れるもの

    と考えられていた。冒頭の幽霊出現は端的にその種の世界の乱れを暗示するものであるo

    (Macbethその他にも同様の例がある。) また王室の腐敗は,その周辺の人々にまで少なか

    らぬ影響を及ぼすものであって, Hamletの出会う人々も何らかの形でその毒に当てられて

    おり,彼の嫌悪感、を一層かき立てることとなる O 王の大鼓持の道化となった Poloniusを初

    めとし自ら知らずして彼をわなにかける回りとなっている恋人 Ophelia,玉のスパイとし

    て彼の心を探ろうとする昔の学友達,彼の周辺には,最早心を許せる信頼も平和もなし、。こ

    の世界はまさに,彼にとっては,雑草の生い茂る庭,関節の外れてしまった身体,あるいは

    より端的に云って牢獄そのものに化しているo

    世界に対してこのような認識を持つ Hamletにとって, この地上の生が,喜ばしく願わ

    しいものであり得る筈がない。第一独自で開口一番語る,

    How weary, stale, flat, and unprofitable

    Seem to me all the uses of this world! (1, ii, 133-4)

    とし、う厭世的感情は,先に引用したラストシーンの厭世観へと引き継がれて行き, この基調

    音を響かせるせりふがほぼ全篇に亘ってちりばめられることとなるのであるo

    ところで, Hamletの厭世的せりふの中に,彼が直接被害をこうむっている個人的なもの

    でなく, より一般的あるいは客観的なこの世の不正不義への言及が時折顔を覗かせているこ

    とに注意しておかねばならなし、。例えば第三独自の中の,

    For who would bear the whips and scorns of time,

    The oppressor's wrong, the proud man's contumely,

    The pangs of despised love, the law's delay,

    The insolence of 0伍ce,and the spurns

    That patient merit of the unworthy takes,

    When he himself might his quietus make

    With a bare bodkin? (111, i, 70-6)

    というせりふは,その最も典型的な例であるが, ここには作者自身の考え方,あるいは彼の

    6) John Dover Wilson: What happen in Hamlet (Cambridge, orig, 1935, rep; 1974) Appendice D

  • Romeo and Juliet及び Hamletに於ける生と死 岬t唱EA

    心に映じた当時の社会状況及びその中から生れ出たある種の思想傾向が反映されていると思

    われる。ルネサンスという時代について,我々は,中世を暗黒時代と見る史観に影響され

    て,殊更に明るく見勝ちであるが,実際は,変動期特有の不安定な時代であって, 自に余る

    悪行や不公正が羅り通る暗い側面もあったと考えられるo 前に言及した 5幕 1場の墓場のシ

    ーγで, Hamletは一つのどくろをへつらい上手な欲深い延臣と見,別のものを論弁と策略

    を奔して他人の地所までかすめ取る法律家に見たてて毒ずいているが,同様の例は,他の作

    品(例えば KingLear) などにも屡々見られ,作者が身辺に見聞きした当時の社会の様相

    がそのまま写し出されていると見て差支えないであろう o またその様な社会の様相を反映し

    て,この人生には死よりも耐え難い事柄がおびただしくあり,死はむしろよろずの苦しみを

    癒す薬と見なす考え方が当時可成り一般化していたようであるヘ Shakespeareもこの思考

    のパターンに乗っかつて,例えばソネット66番の中で, この世の不正を実に14行中11行に亙

    って列挙し,

    Wearied with these for restful death 1 cry

    と歌っているしまた,比較的初期の歴史劇の中でも,特に苛酷な運命に見舞われる人物の

    口を通して(例えば KingJohnの LadyConstanceなど),ほぼ同様の考えを語ってL、

    る。従って,この種の厭世観は,Hamlet ~こ突如出て来たものでもなく,また特有のもので

    もなし、。ただ,それが,一作品の中心人物の基本的な考え方としてあらわされていること,

    さらにその人物を殊に正義感の強い,感受性の鋭敏な人物として描くことによって,その思

    考法に血を通わせたという点で,Hamletは矢張り,他に比類を見ないユニークな地歩を占

    めるとは云えるであろう o

    今一つ Hamletのユニークな点を挙げるとするなら, Hamletの厳しい目は,周囲の人

    々の不正に向けられる許りではなく,時として自分自身にも向けられるということである o

    2幕 2場の役者達の来訪のシーンで,絵空事のせりふのために顔面槍白, 自に涙さえ浮べる

    役者の姿に,決断を欠くわが身の傭甲斐なさを責める第二独自,また 4幕 1場の英国行きの

    途中出会う,たまごのから程の僅かな土地の為に身命を賭して兵を率いる Fortinbrassの姿

    に,わが身の法儒を恥じる第四独自は,夫々, Hamletの内攻する目を感じさせるが 3幕

    1場の尼寺のシーンで Opheliaに投げかける次のせりふの中に,それが最も苦々しい形で

    表れているo

    1 am very proud, revengeful, ambitious; with more offences at my beck than 1

    have thoughts to put them in, imagination to give them shape~ or time to act them

    7)同様の考えはそンテーニュ「エセー」の中に散見される。

  • -172- (小 )'1 清)

    in. Why should such fe110ws as 1 do crawling between earthand heaven? We

    are arrant knaves, a11; believe none of us. Go thy ways to a nunnery. (III, i,

    125-30)

    ここには,不倫の寝床へ急いだ動物にも劣る母の姿の残像が重なっているので,冷静な自己

    吟味とは云えないが,天地の聞を這りずり回ヴているという自噺の云葉は,彼の抱く厭世観

    が,決して概念的な通り一遍のものではあり得ないことを示唆しているとは云えよう o

    ところで, この世界にはびこる悪不正の故に生じる厭世観というのは,考えて見れば,そ

    の悪と戦い打破ろうとする意志や決断や行動によって克明出来るものである。少くとも打克

    とうとする努力は可能な筈であるo 実は Hamlet もそのように考えない訳ではなし、。第三

    独自の中で,

    Whether Ctis nobler in the m ind to suffer

    The slings and arrows of outrageous fortune,

    Or to take arm s against a sea of troubles,

    And opposing end them? (III, i, 57-60)

    と,問の形に於いてではあるが,自ら剣をとって海なす困難に立向う可きことを考えてお

    り,また自らの優柔不断を激しく謁責する第二,第四独自でも,夫々最後には自分を行動に

    狩り立てる為の方策について語るのであるo ところがそれにも拘らず, Hamlet の口から

    は,志を遂げた後の展望あるいは生の世界に希望を託すような云葉は遂に出て来なし、。彼の

    意識は決してプラスの方向には浮上せず,絶えずマイナスの方向つまり死の意識へと沈下し

    て行くのである O これは何故かD これまで考察して来た行動及び倫理の問題とも分ち難く絡

    み合っているのがあるが,人聞をより根源的に規定する存在のレベルまで下りて,その原因

    を探ってみなければならない。

    3. Hamletの場合 (2)

    Shekespeareの Hamlet像の際立つた今一つの特色は孤独にあると云うことが出来るで

    あろう。婚姻の式を挙げた許りの王と王妃,そしてきらびやかな延臣達の居並ぶ宮延の中

    で,黒い喪服に身を包んで登場する Hamletの姿は,観客の心に先ず異和感,孤絶感を強

    く印象付けるo しかも一人になった Hamletは開口一番,

    0, that this too too solid flesh would m elt,

    Thaw, and resolve itself into a dew!

    0, that the Everlasting had not fixed

    His canon電gainstself-slaughter! (1, ii, 129-32)

  • Romeo and Juliet及び HamZetに於ける生と死 -173-

    と自らの死を希うのである。

    Shakespeareは各作品に於いて,主人公の登場のさせ方にそれぞれ工夫を凝らしたと思わ

    れるが, Hamletが最初に登場する 1幕 2場の主役は王 Claudiusであって, Hamletはい

    わば影の存在でしかなb、。 Hamletが我々の視座の中心を占めるのは,王達が退場した後の

    独りとり残された彼の独自に於いてである。この演出は意味深L、。それは Hamlet の置か

    れた立場を象徴すると同時に,彼の内部の意、識とも密接に対応しているからであるo 父王の

    死,叔父の即位,母の再婚と矢継ぎ早に彼の留守中に生じた事態は,彼が曾って所属してい

    た世界,信頼と期待を寄せることの出来る秩序の世界から一挙に彼を突き放してしまった。

    少くとも彼にはそう思えるのであるo そのような彼に対し,母と王は口を合せて,死は人の

    世の常であって,一定期間喪に服した後は喪服を脱ぎ,日常の生活に復す!iJきであると説

    く。特に玉は,

    But you m ust know your father lost your father;

    That father lost, lost his ;and the survivor bound

    In filial obligation for some term

    To do obsequous sorrow. But to persever

    In obstinate condolem ent is a course

    Of impious stubornness; Ctis unmanly grief. (1, ii, 89-94)

    と説き,それ以上喪に服し続けることは神に対し死者に対し,自然に対して罪悪であると

    諮ると共に,次の王位継承者として,彼らの子として彼らの世界に帰ってくるよう勧めるの

    であるo 王の説得は雄弁である許りでなく,その論理は首尾一貫していて反論の余地がな

    い。ただ,父はその父を失い,そのまた父も云々の論理は,人々の所属する世界が自然の理

    によって固く保たれており,何の亀裂も,非連続もあり得ない,あるいはあり得ないと信じ

    られている場所でのみ成立つ論理であるo Hamletはそれに対し,敢て反論せず,一見服す

    るかの如く見せかけるけれども決して承服している訳ではない。そのような論理が通用する

    世界から完全にはみ出してしまっていることを自覚しているからであるo それは決して王達

    に明かしてはならない心の秘密であり,彼らが退出した後,独自の形で語る他ない孤独な自

    覚である。

    HamletはShakespeareの作品の中で,最も独白の多い作品である。独自は通常,傍白と

    共に,登場人物の心中を観客に伝える為の,当時の演劇のコンヴェンションのーっとして了

    解されているものであるが,Hamletの場合は,主人公の孤独を印象付ける手段として殊更

    に多用されていると見られるふしがあるo

    ところで,先に引用した Hamletの第一独自の冒頭に出てくる自殺顔望は,彼の意識の

  • -114- (小川| 清)

    中で如何にして生じ,何を意味するのか。続いて語られるせりふから推測すると, 早過ぎ

    る, しかも先王と似ても似つかぬ叔父との近親相姦の寝床へと走った母の再婚がその原因で、

    あるo 母の持つ女としての脆さ,不見識,その行為の邪悪さが切迫した口調で繰返し語られ

    るのであるo しかし,ここで Hamletは母の再婚を,単に道義の問題として倫理のレベル

    で論じているのであろうか。それもあるが,それ以上に,母の不倫によって母と子のきずな

    が決定的に断ち切られたことに対する怒りと悲しみが噴出しているのである。父の死と叔父

    の即位によって彼の帰属していた世界は突如として失われた。さらに,本来ならそのような

    事態の中で辛うじて彼をそこに繋ぎ止めておく替の母とのきずなが断ち切られてしまったの

    である D そのショックが,殆んど反射的に Hamletの心に自殺への願望を生むので、あるo 自

    殺は,心理学的には深淵を母を回帰を求める欲望だと云われるが,それまでの生を支えてい

    た世界と自己との聞に亀裂が入る時,それは鋭い自我の意識を生むと同時に,孤独に耐え切

    れない自我は, 死即ち誕生以前の状態への回帰を殆んど無意識的に希うに至るのであるヘ

    自殺への願望をいきなり口にする Hamletは,逆に,その事を通して,彼がそれまで帰属し

    ていた世界との断絶を,殊にそのパイプ役でもあり得た母との断絶を如何に痛切に感じ取っ

    ていたかを語っているとも云えるo

    Hamletの母に対する感情を,単に不義とか罪に対する反援としてでなく,それによって

    もたらされる関係の断絶とそこから生じる孤独と絶望として捉える時,その後に続く母子対

    決の場面あるいは母子の断絶がオーパーラップして悲恋への運命を辿る Ophelia との関係

    をよりよく理解出来るように思われる。 3幕 4場の母子対決のシーンで, Hamletの言葉の

    刃に胸を引き裂かれた Gertrudeが悔悟の涙を流す時,本来ならそこで母子の和解が成立し

    てよい筈だが,そしてまさに和解が成立しそうになった時, Hamletは突如前言をひるがえ

    して,

    Queen What shall 1 do?

    Hamlet Not this, by no means, that 1 bid you do;

    Let the bloat king tem pt you again to bed;

    …………(III, iv, 181,,-,)

    と, 口汚なく母を罵り母への不信を顕わにするo ここには王への告げ口を牽制する反語的意

    味合いも含まれているかも知れないが,その残酷さには,英国追放とし、う切迫した状況の中

    で母はも早自分に所属しないという当初の認識が,突如彼の意識の中に立戻って来た為と考

    えられるoOpheliaとの悲恋については,この小論で詳しく述べるいとまはないが, Ophelia

    8 ) .International Encyclopedia of the Social Sciences, suicide, psychological aspects.

  • Romeo and Juliet及び Hamletに於ける生と死 po 岬

    t

    が敵方の固になっていると L、う外的事情にのみその原因があるのではなく, Hamletの意識

    を絶えず死の方向へと追いやって行く同じ要因が,生の象徴そのものである「五月のばら」

    Ophelia9l との愛を枯らしてしまうのだとだけ述べておこう O

    人がそれまで依拠して生きて来た世界から切断され,孤絶の中に追いやられる時,その後

    の人間関係の上に重大な影響を及ぼす許りでなく,その人自身の精神の内部構造に深刻な事

    態を生み出す。 Hamletは Ophe1iaの云葉によれば,貴人として,武人として,また学者

    として世の鑑であり,人々の期待と憧れの的であったし (m,i, 150-53),彼自身 Rozen-

    crantz, Guildensternに語っている人間の優れた諸能力,即ち, noble reason, infinite facul-

    ty, express and admirable form and movement, angel-like action, god-like apprehension

    ( II, ii,. 296-99)を備えたルネサンス期の理想的人間であったと云ってよ L、。つまり,彼

    自身その時代の秀れた価値の具現者であると共に,それらの価値を判断する明確な基準を持

    っていたので‘ある。しかしそれらの価値が積極的意味を持ち得るのは,それが培われ育てら

    れた基盤が不動である限りに於いてであろう。 Hamlet が,美しい大空が ~a foul and pesti・

    lent congregations of vapours' に過ぎず, その様に秀でた人間すらも自分にとっては,

    電quintessenceof dust'でしかないと語る時,その基盤が失われ,その基準が彼の内側で完

    全に崩壊してしまっていることを示している。その崩壊は,叔父の即位,母の再婚と同時に

    始まり 1幕3場の父王の幽霊との出会いによってほぼ決定的となるのであるが,この世の

    何ものをも信じることが出来ない(彼は幽霊とて悪魔の仕業かも知れないと疑う)という心

    の中に生じた空洞が,以後,彼の言動を支配していくこととなる O 彼がそれまで見て来た一

    切のもの,大地も大空も,就中人聞は秀でて美しいものであったが故に,彼の経験する落差

    は大きく,その結果生じた彼の態度は,人々の目に,常軌を逸したもの狂気となって現れ

    る。 (1ハムレット伝説」に含まれる伴狂の要素もあるが,真の狂気に近い描写の方が多いよ

    うである。)

    ところで,彼の内なる価値体系の崩壊は,外に向った場合は,痛烈なシニシズムとなって

    現れるのであるが, ここで特に注目したいのは,それが内攻した場合,底知れぬ憂うっとな

    り,死への願望となるという点である o 1幕から 3幕にかけては,時間的に比較的緩かなテ

    ンポで進行していくが,その間,外界から孤絶した Hamletの想念は内に向って次第に深ま

    って行き 3幕 1場の第三独自に於いてほぼその頃点に達するo 第一独自の自殺への言及

    は,母の再婚のショックからくる反射的反動的要素がなきにしも非ずであったが,第三独自

    には,孤独な沈思の果てに己れの死の深淵を凝視するに至った人間の姿があるo

    9) Wilson Knight: The 1m,μrial Theme (Methuen, orig. 1931, rep. 1961), Chap. 4 Rose of May.

  • -176- (小川| 清)

    -to die-to sleep

    No more; and by a sleep to say we end

    The heart-ache, and the thousand natural shocks

    That flesh is heir to;冗isa consummation

    Devoutly to be wished. To die-to sleep-

    To sleep! perchance to dream. Ay, there's the rub;

    For in that sleep of death what dreams may come,

    When we have shuffied off this mortal coil,

    Must give us pause. There's the respect

    That makes calamity of so long life. (111, i, 60-9)

    死は眠り一眠りは夢を見ること,その夢に何が立現れるかも知れぬ,その恐怖の故にむしろ

    耐え難いこの世の生を選び願わしい死を思い止まるというのであるo これは不思議な,屈折

    した論理で、あるo Shakespeareは曾って RichardIIIの中で, Clearanceに死後の世界の

    夢を見させ,彼が夢の中で経験した恐怖をリアルな筆致で、克明に描いたことがある問。ここ

    ではそのような具体的描写を控え,暗示的手法にとどめているのであるが, CWhat dreams

    may come'あるいは Cthedread of something after death'とし、う云葉の背後には, Clearance

    の恐怖とほぼ同種の内容を想定していると見てよいであろう o この点を踏まえておかない

    と, この不思議な論理は,殊に今日の我々の目には,単なる逃げ口上あるいはナンセンスと

    映ってしまう怖れがある。ところで,ここで重要なのは, Hamletが死を極めて主体的に,

    即ち,自分自身が陥っていくもの,さらに死後まで自分を襲うかも知れない何ものかとし

    て,ある戦'擦を以て見つめているということであるo このように極めて主体的な死の意識

    は,通常,人々が秩序ある社会や集団の中に安住している場合には生じ難いものであるo そ

    こでは,集団の再生の可能性,連続性が無意識のうちに受容されている故に,個人の死が,

    決定的脅威として意識に上り,思索されることがないからである。人が何らかの理由で,そ

    れまで所属していた社会や集団から切り離され,あるいははみ出した時, 自己の他に依る可

    きものを持たない個が生れ,個の必然的運命としての死の自覚が生じ死が思索の対象とな

    るのである。これは人類の歴史上,時代の変動期に特に顕著に現れる現象のように恩われ

    る。古代国家が崩壊した時,個人の死の不安に答える可く多くの哲学,様々な密儀宗教及び

    キリスト教が登場したし,中世の共同体が崩壊するルネサンスの時代にも,人間は極度に個

    人化されると同時に,限定された「時」の脅威や個の消滅としての死の脅威をあらためて鋭

    く意識するようになった1ヘShakespeareはソネットの中で,大鎌を振う「時」の脅威に実10) Richard III, 1, iv.

    11)ヨハン・ホイジンガ「中世の秋J (創文社,昭和33年訳〉第11章「死の幻像」彦照。

  • Romeo and Juliet及び Hamletに於ける生と死 司4司4

    に屡々言及しているが,それは中世の末期から次第に個人の心の中に自覚され始めた「時」

    の意識が彼の時代の共通のテーマであったことを反映している。 Hamletが持つ死の意識も,

    広い意味では,やはり同じコンテキストの中で,即ち,中世共同体から離れたルネサンス期

    の個の意識の投影として把握しでほぼ間違いないと思われるo

    しかし,ここで特に注意し度いのは, Hamletの持つ死の意識は,ソネットの「時Jの意

    識に較べ, より主体的で,一層切迫した危機感を帯ひ、ているということであるo それは中世

    から近代へと L、う程大きくはないが, より身近でより切実な今一つの時代の変動,即ち,迫

    りつつあるエリザベス朝の終鷲が当時の心ある人々に投ずる深刻な影響を,作者が鋭敏な詩

    人の直観で捉え,そこに意識的にあるいは無意識的に反映させているからではないであろう

    か。中世から解放された近代人の作り出す社会は,中世的安定を失って殆んど宿命的に興隆

    と解体の歴史を今日まで繰返して来た。エリザベス朝期の終駕は,興隆を続けて来た英国に

    於ける近代社会が経験する最初の大きな曲り角を意味していたと思われる。それはジェイム

    ズ朝期を経てやがて Cromwellの革命へと進展していくのであるが,エリザベス女王の晩

    年に起った Essex伯の謀反と処刑などの事件は,ある無気味な予兆として,既に人々の心

    に不安な暗い影を投げかけていたと推定されるo この時期からいわゆる悲劇時代に入って行

    く Shakespeareの作中人物にも,時代の影が色濃く入り込んで来るのは当然であったろう o

    中世の束縛から抜け出た近代人が,新らしい世界観,新らしい価値観に基ずいて作り出した

    筈の社会が,急速にその根底が崩れ,あるいはその基盤がく*らつき始める時,彼は再度己れ

    自身の危機的な姿に直面せざるを得なくなる。前述したように, Hamletは,ルネサンス的

    価値をほぼ全面的に体現したプリンスでありながら,それらの価値が今では全く無意味にな

    ってしまったと語り,独自の中で独り己れの死に見入るのである。ここには中世の崩壊の中

    から出て来た個としての人聞が,再び近代の崩壊に出会って立ち怯んでいるさまが感じとれ

    るo 近代人が,その栄光と挫折の歴史の中で,宿命的に繰返し直面しなければならない生の

    苦渋と死の深淵の意識が,ここに,既に先取りされた形で,明確に打ち出されているとも云

    える o 400年近く前に書かれた Hamletがかくも長い間,近代人に切実に訴えるものを持ち

    続けて来た秘密の一端も,あるいはその辺りにあろうかと思われるo

    結びにかえて

    中世末から近代初頭にかけて, ヨーロッパ全土に屡々猛威を揮った疫病の流行を乗り越え

    て,西欧人達は,近代の歴史を切拓き,次第に世界を支配する勢力を築き上げて行った。疫

    病のもたらす死の脅威が決定的な力を持つには至らず,むしろそれに抗するたくましい生の

    力が遂に勝利をおさめたのである o 16世紀に於いても,疫病の脅威はなお止まず, 死の文

  • ;~

    -178- (小川 清)

    学,死の芸術と呼ばれるものが数多く登場しはするが,前世紀までの,死の描写を通して生

    のはかなさを殊更に強調するものとは異なり,対位法的に死を前面に押し出すことによって

    むしろ生の躍動を浮彫りにする肯定的積極的態度が顕著に見られるようになって来た問。悲

    劇という死の衣をまといながらも,全篇に生の躍動感を様らせている ShakespeareのRomeo

    and Juliet もそのような文脈の中に置いて見る時,生を基調とする近代ヨーロッバ精神の

    力強い脈動と,その底流に於いて一脈相通ずるものを看取することが出来ょう o

    他方,近代ヨーロッパの歴史は,その旺盛な生命力による拡充と発展にもかかわらず,そ

    の内側に絶えず矛盾と自己崩壊の危機を匹胎していた。新旧思想の対立は云うまでもなく,

    内乱,革命,戦争等破壊的行為も枚挙にいとまがない程であり,社会の中で疎外に苦しむ人

    聞は,いつの時代にも後を絶たなかった。生を基調とする力強い文明の内側に,同時に生の

    根拠を奪い,生の条件を破壊するデモーニッシュな力を内臓する歴史でもあったのであるo

    エリザベス朝末期に Hamletを通して,人々を厭世観にまで駆り立てる様々な社会悪,不

    正の実態を暴くと共に,社会的に疎外され,生の根拠を奪われて自らの死をすら願望する一

    人の人物を描いた Shakespeareは,次のジェイムズ朝に入ると,さらに,生の条件が破壊

    されていくさまを,深刻な悲劇の形で,次々に描き出して行った。即ち,続いて書かれた

    Macbeth, Othello, King Learでは,それぞれ,君臣,夫婦,親子という人間の基本的関係

    が潰え,愛は生を支える力とはならず,死の深淵が一切を呑み尽す世界が展開するのであ

    る。

    ところで,人間の生を仮りに一国にたとえるならば,Richard IIの Johnof Gauntや

    King Johnの Faulconbridgeが雄弁に語っている通り,一国を危くするのは外敵の侵攻で

    なく,むしろ内部の背信であり分裂である13)のと同様に,人間の生にとって最も恐るべき敵

    は,疫病等の外敵であるよりはむしろ生の王国を内部から崩壊させる人間関係の断絶であろ

    うD エリザベス末期とし、う歴史の一つの曲り角に立って, 自らの詩人としての鏡に映ずる生

    の王国の崩壊のさまでリアルに描き出した Shakespeareは,本来生の讃歌から出発し,生

    を基調とする近代的作家である故に,当然次のステップとして,その恐る可き敵を克服する

    方途を模索しなければならなかったであろう o 事実,彼は,それら悲劇作品のあとに,いわ

    ゆるロマンス劇に取組み,赦しと和解による再生への道をテーマとする作品を数篇書き残す

    のであるo 当時,ジェイムズ一世の即位により既に時代は改まっていたとは云え,前世紀末

    からの不安と動揺の要因は解消した訳で、はなく,むしろ粗野な玉の治政の下で,政治上,

    宗教上様々な内部分裂は増大しやがて流血革命に至る筈の社会不安が潜行した形で,進行

    12)木間瀬精三, r死の舞踏J(中公新書)p. p. 108-9参照。13) Richard II, II, i, 3ト68,King John, V, vii, 112-8.

  • Romeo and Juliet及び Hamletに於ける生と死 ny

    ni

    して行くのである O つまり,現実世界の中に,人間関係の破れを癒し生の条件を整える要

    因は容易に見出せないままであった。そのような時代には,人々はメルヘンの世界に,代償

    を比める傾向を示すものであるが, (当時,人々の好みは悲劇からロマンス劇へ移ったと云

    われる), Shakespeare もまた,その切実な内心の希求を,ロマンス劇という形に仮託して

    語らざるを得なかったものと思われるo

    彼の描いたロマンス劇の中で, 死と再生の問題を正面から取扱ったものは Pericles と

    The Winter's Taleであるが,殊に後者は,作者の再生のヴィジョンが最も象徴的に,完成

    された形で描かれているo その中で,本論のテーマと関連して特に取上げておき度いのは,

    Hermioneの仮死と16年後の再生についてであるo 夫 Leontesの狂気と不正によって仮死

    状態に陥った彼女は,夫が狂気から醒め, 自らの邪悪な行為を痛切に悔いた後も,夫の許に

    帰ることは許されず, 16年後,失われし者 (Perdita)が回復された時始めて,蘇って人々の

    前に生きた姿を現わすのである。確かに彼女の不幸は夫の悪によってもたらされた。しかし

    一旦破壊された彼女の生は,単に倫理的レベルの後悔や織悔だけで、は元に戻らなし、。今一つ

    深いレベル即ち存在のレベルに於いて,生を可能ならしめる条件,即ち失われたすべての関

    係が元通りに回復されて始めて彼女は生きることが出来るのである。この描き方は暗示深い。

    というのは, この Hernioneの姿には,生の根拠を奪われ,絶えず自らの死をみつめなが

    ら,遂に死んで行った Hamlet の逆写し,即ちネガに対するポジの姿があり,人間の生死

    を最も根源的に捉えつつ, しかも究極的には死ではなく,生の可能性を探り続けたルネサン

    ス人 Shakespeareの面白が,最も端的に現れているように思えるからである o