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3回生「金属材料学」 加工と再結晶による組織形成
2009 年度 担当:辻
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3.2.加工(塑性変形)に伴う変形組織の形成
金属材料の塑性変形は、ほとんどの場合転位のすべり運動によりもたらされる。塑性剪断
ひずみγと、転位密度ρ、バーガースベクトルの大きさb、転位の平均移動距離
!
x の間には、以下の関係が成り立つ。
!
" = # b x (3.16)
これは、マクロな塑性ひずみとミクロな転位の運動とを結びつける重要な式である。
単結晶試料において、全ての転位が試料表面に抜け出て消えれば、塑性変形の前後で転位
密度は変化しない。しかし現実には、転位同士は弾性相互作用し、また異なるすべり系の転
位が切り合うなどしてお互いをトラップし合い、結晶粒内に蓄積される。ましてや現実の多
結晶材料においては、粒界を越えて転位がすべり運動することはないし、粒内にも介在物や
第二相、あるいは固溶原子等があり、それらによっても転位が蓄積される。室温等の低温変
形では、塑性ひずみの増加とともに結晶粒内に蓄積される転位密度は増加する。これが加工
硬化(strain hardening)の原因である。図3.6に、加工材中に蓄積された転位の透過電子顕
微鏡(TEM: transmission electron microscopy)写真を示す。
図3.6 70%冷間圧延されたFe-19wt%Cr合金中の転位のTEM写真
単結晶の剪断変形応力τと転位密度ρの間には、
!
" =# µ b $ (3.17)
α:0.5程度の値の定数
μ:剛性率
b:バーガースベクトルの大きさ
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なる関係がおおよそ成立する。これを、ベイリー・ハーシュ(Bailey-Hirsch)の式といい、
加工硬化を表すものである。種々の加工硬化の研究により、ρはすべり面上の林転位の密度
と考えるのが適当とされている。
塑性変形によって導入され、粒内に蓄積された転位がどのように存在するかを考える。図
3.6における転位は、比較的均一に分布している。しかしこれは、活動すべり系の限定された
特殊な結晶方位の結晶内で観察されたものであり、また転位密度も比較的低い。1本1本の
転位は弾性場を有しており、転位同士はお互いに力を及ぼし合う。したがって蓄積された転
位は、全体の弾性エネルギーができるだけ小さくなるような配置をとろうとする。図3.7に、
典型的な転位セル(dislocation cell)組織を示す。転位密度の比較的低い部分(セル内部)
と、転位が壁上に集積して転位密度の高い部分(セル壁:cell wall)が観察される。これは
転位ができるだけ低エネルギー形態をとろうとした結果である。転位の移動度がより大きい
場合には、転位が網目状の二次元構造(サブバウンダリー(sub-boundary)、または小角粒
界(low-angle boundary))に再配列したサブグレイン構造が形成される。図3.8に、1200℃
で40%熱間圧延されたフェライト系ステンレス鋼(Fe-19wt%Cr合金)におけるサブグレイ
ン組織を示す。
図3.7 室温で引抜き加工された純銅の転位セル組織
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図3.8 1200℃で40%熱間圧延されたフェライト系ステンレス鋼(Fe-19wt%Cr合金)のサブ
グレイン組織
図3.9には、室温で相当ひずみ0.12まで圧延された純アルミニウムの転位組織(TEM写真)
を示す。転位が低エネルギー構造をとろうとして、ある種の組織パターンが形成されている。
FCC金属の転位下部組織の発達に関する系統的な研究の結果、変形組織は図3.10に模式的に
描くような、grain subdivision機構により形成されることが明らかとなっている。Grain
subdivisionとは、変形によって導入される転位境界により、結晶が細かく分断されて行く過
程のことである。ここで変形により導入されるバウンダリーは、IDB(incidental dislocation
boundary)とGNB(geometrically necessary boundary)の二つに大別される。IDBとは、
偶発的要素によってお互いトラップし合った転位が低エネルギー構造をとろうとして形成さ
れるものであり、図3.7に示したセル境界や図3.8に示したサブバウンダリーはこれにあたる。
一方、結晶のすべり変形は本質的に不均一であり、同じ方位を有する同一結晶粒内であって
も、隣接領域間で活動すべり形の量や組合せが異なることは普通に生じる。この場合、隣接
領域は異なる結晶回転を起こし、方位差が生まれる。こうした方位差を幾何学的に補う役割
を果たしているのが、GNBである。図3.9においては、左上から右下にかけて直線的に伸び、
配列したシャープなバウンダリーがGNBであり、GNBで挟まれた領域内の不定形なセル境界
がIDBである。GNBの方位差は塑性ひずみの増加とともに増大し、大きな塑性変形の後には、
非常に大きな方位差を有する、粒界(grain boundary)と区別のつかないGNBが、変形によ
って多数導入される。
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図3.9 室温で相当ひずみ0.12まで圧延された純アルミニウムの転位組織(TEM写真)
図3.10 塑性変形に伴うgrain subdivision(変形組織の形成)の様子を示す模式図
上記ではTEMレベルで観察される転位組織を示してきたが、変形材には、よりマクロなレ
ベル(例えば光学顕微鏡レベル)でも様々な変形組織が観察される。それらの多くは帯状形
態をしていることから、変形帯(deformation bands)と総称される。図3.11には、マトリクス・
バンドと分類されるタイプの変形帯を、図3.12には、剪断帯(shear band)と呼ばれるタイプ
の変形帯の光学顕微鏡写真を示す。こうしたマクロな変形組織も、図3.10に示したgrain
subdivisionの大枠内で理解することができる。