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20 245 2017ウイルス性肝炎は、肝炎ウイルスに感染することで 起こる病気です。肝炎ウイルスには 5 種類ありますが、 肝がんの要因となるのは B 型と C 型です。 B 型肝炎ウイルスは血液などの体液を介して感染し ます。主な感染経路は、出産時にウイルスを持つ母親 から赤ちゃんに感染する母子感染でした。しかし、 1986 年以降に生まれた赤ちゃんには予防策が実施さ れているので、母子感染は激減しました。近年は若年 層の性行為による感染が問題になっています。 C 型肝炎ウイルスも、血液などの体液を介して感染 します。ただし、B 型肝炎に比べて感染力が弱いので、 母子感染や性行為による感染はほとんどありませんし、 一般的な日常生活ではほぼ感染しません。C 型肝炎ウ イルスが、血管に侵入して初めて感染します。しかし、 一度感染すると慢性化しやすいのが特徴で、約 70が慢性化し、そのうちの 70%くらいが肝硬変に、さら にその約 90%が肝がんに進行します。感染力の強い B 型よりも弱いC 型肝炎から肝がんに至るケースが多い のは、このようなウイルスの違いも理由の一つです。 C 型肝炎ウイルス由来の肝がんの患者は、高齢に なってからの発症が多く、若い人にはあまり見られな いのが特徴です。なぜなら、肝臓は“沈黙の臓器”と 異名があるくらいで、自覚症状がなく、感染してから 肝がんになるのに 30 年くらいかかるからです。その ため、若い頃に感染し、感染していることに気がつか ない、あるいは感染に気づいても自覚症状がないから と適切な治療をしないままでいると、20 30 年後に 慢性肝炎から肝硬変、肝がんへと進行する例が多いの です。 このように C 型肝炎ウイルス由来の肝がんに進展す るのには、感染期間が大きく関与しています。そこで、 C 型肝炎ウイルスが日本にどのように侵入し、どのよ うに広がっていったのかを分子時計で見てみました。 分子時計というのは、遺伝子の変化を統計的に計算 する分子進化学という学問の一つです。生物の遺伝子 の変異がほぼ一定速度で起こることを利用して、種々 の生物間の近遠関係やそれらの分岐した時間を、生物 学的・進化的に推測する手法です。 私はこの手法を用い、世界中から集めた C 型肝炎ウ Special Features 2 C 型肝炎 特効薬 の登場と 見えてきた 感染由来 の撲滅 構成◉ 茂木登志子 composition by Toshiko Mogi 国立研究開発法人国立国際医療研究センター研究所 ゲノム医科学プロジェクト プロジェクト長 溝上雅史 溝上雅史(みぞかみ・まさし) 1976 年名古屋市立大学医学 部卒業。英国留学を機に、世 界中のウイルス性肝炎患者の 血液を集めてデータベース化。 国によって肝炎ウイルスの型 が異なることが、世界的に臨 床像が異なる理由であること を世界で初めて見つけ出し、 肝炎治療の診断や新薬開発に 大きく貢献してきた。国立国 際医療研究センター研究所の 肝炎・免疫研究センター長を 経て、現在はゲノム医科学プ ロジェクトのトップとして最 先端の肝炎研究に取り組むと 同時に、日本における肝炎対 策の中核を担っている。 がんから身をまもる 第5回 肝がん シリーズ第2弾 日本ではウイルス性肝炎は肝がんの最も大きな原因とされてきた。ところが最近、C 型肝炎ウイルスをほ 100%排除できる新薬が開発され、C 型肝炎ウイルス由来の肝がん撲滅への道筋がようやく見えてきた。 世界中の肝炎ウイルス遺伝子をデータベース化し、国によってウイルスの型が異なることを見つけた溝上 氏に、日本における肝炎ウイルス起因の肝がん事情、世界との違いを聞いた。 CBMHG7_020-023.indd 20 17/09/02 23:04

Special Features 2 - Yakultました。患者の中に1人でもC型肝炎ウイルスの感染 者がいると、その後で注射を受けた何人かには当然感 染していたと考えられます。前述したようにC型肝炎ウイルスに感染してから肝

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Page 1: Special Features 2 - Yakultました。患者の中に1人でもC型肝炎ウイルスの感染 者がいると、その後で注射を受けた何人かには当然感 染していたと考えられます。前述したようにC型肝炎ウイルスに感染してから肝

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ウイルス性肝炎は、肝炎ウイルスに感染することで起こる病気です。肝炎ウイルスには5種類ありますが、肝がんの要因となるのはB型とC型です。

B型肝炎ウイルスは血液などの体液を介して感染します。主な感染経路は、出産時にウイルスを持つ母親から赤ちゃんに感染する母子感染でした。しかし、1986年以降に生まれた赤ちゃんには予防策が実施されているので、母子感染は激減しました。近年は若年層の性行為による感染が問題になっています。

C型肝炎ウイルスも、血液などの体液を介して感染します。ただし、B型肝炎に比べて感染力が弱いので、母子感染や性行為による感染はほとんどありませんし、一般的な日常生活ではほぼ感染しません。C型肝炎ウイルスが、血管に侵入して初めて感染します。しかし、

一度感染すると慢性化しやすいのが特徴で、約70%が慢性化し、そのうちの70%くらいが肝硬変に、さらにその約90%が肝がんに進行します。感染力の強いB

型よりも弱いC型肝炎から肝がんに至るケースが多いのは、このようなウイルスの違いも理由の一つです。

C型肝炎ウイルス由来の肝がんの患者は、高齢になってからの発症が多く、若い人にはあまり見られないのが特徴です。なぜなら、肝臓は“沈黙の臓器”と異名があるくらいで、自覚症状がなく、感染してから肝がんになるのに30年くらいかかるからです。そのため、若い頃に感染し、感染していることに気がつかない、あるいは感染に気づいても自覚症状がないからと適切な治療をしないままでいると、20~ 30年後に慢性肝炎から肝硬変、肝がんへと進行する例が多いのです。このようにC型肝炎ウイルス由来の肝がんに進展するのには、感染期間が大きく関与しています。そこで、C型肝炎ウイルスが日本にどのように侵入し、どのように広がっていったのかを分子時計で見てみました。分子時計というのは、遺伝子の変化を統計的に計算する分子進化学という学問の一つです。生物の遺伝子の変異がほぼ一定速度で起こることを利用して、種々の生物間の近遠関係やそれらの分岐した時間を、生物学的・進化的に推測する手法です。私はこの手法を用い、世界中から集めたC型肝炎ウ

Special Features 2

C型肝炎「特効薬」の登場と見えてきた「感染由来」の撲滅

構成◉茂木登志子 composition by Toshiko Mogi国立研究開発法人国立国際医療研究センター研究所ゲノム医科学プロジェクト プロジェクト長

溝上雅史

溝上雅史(みぞかみ・まさし)1976年名古屋市立大学医学部卒業。英国留学を機に、世界中のウイルス性肝炎患者の血液を集めてデータベース化。国によって肝炎ウイルスの型が異なることが、世界的に臨床像が異なる理由であることを世界で初めて見つけ出し、肝炎治療の診断や新薬開発に大きく貢献してきた。国立国際医療研究センター研究所の肝炎・免疫研究センター長を経て、現在はゲノム医科学プロジェクトのトップとして最先端の肝炎研究に取り組むと同時に、日本における肝炎対策の中核を担っている。

がんから身をまもる 第5 回肝がんシリーズ第2弾

日本ではウイルス性肝炎は肝がんの最も大きな原因とされてきた。ところが最近、C型肝炎ウイルスをほぼ100%排除できる新薬が開発され、C型肝炎ウイルス由来の肝がん撲滅への道筋がようやく見えてきた。世界中の肝炎ウイルス遺伝子をデータベース化し、国によってウイルスの型が異なることを見つけた溝上氏に、日本における肝炎ウイルス起因の肝がん事情、世界との違いを聞いた。

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ました。また、特攻隊などで戦意高揚のために使用されたと報告されています。そして、戦後、軍事用需要がなくなると、大量のストックが市場に流出。その当時は普通に薬局で市販されていて、一度でもヒロポンを使ったことがある人はおよそ200万人いたといわれています。やがて中毒による弊害が社会問題となり、1948年に薬事法で劇薬に指定され、さらに1951年には「覚せい剤取締法」が施行され、ヒロポンは取り締まり対象になりましたが、すでに注射器の使い回し等により、C型肝炎ウイルスが拡散していたのです。ヒロポンによる拡散はその後も尾を引きました。原因は売血です。1951年に商業血液銀行ができました。金銭で血液を買い取るシステムです。ヒロポン中毒でC型肝炎ウイルスに感染した人が、ヒロポン購入資金を得るために血を売り、その血を輸血に使用したことでまた感染を広げる悪循環になったのです。赤血球数が十分に回復しないうちに繰り返し売血する彼らの血液は、赤みが足りないことや輸血後にC型肝炎ウイルス感染による黄疸が出ることから「黄色い血」という俗称が付けられ、社会問題となっていきました。売血による輸血の感染例で最も有名なのが、元駐日アメリカ大使のライシャワー氏です。1964年にライシャワー氏がナイフで刺されるという事件が発生しました。大出血を起こし、大量の輸血をして一命をとりとめたといわれています。しかし、この輸血によって肝炎を患い、長い闘病生活を強いられ、1990年に肝がんで亡くなりました。ライシャワー氏の輸血による感染が大きなきっかけとなり、日本政府は売血制度の廃止を決定。1969年には売血中止になりました。

イルスの遺伝子を解析して、C型肝炎ウイルスはどこから来てどのように世界に広がったのかを調べました。そうするとC型肝炎ウイルスは世界中に現在7つの型が存在し、日本には1bと2aと2bが存在していることが分かりました。とりわけ日本では1b型が多く、約70%を占めています。この1b型のC型肝炎ウイルスが1860年頃に日本に侵入し、最初に広がり始めたのが1920年頃、そして急激に拡散したのが1945年頃、そして広がりが急停止したのは1989年ということが分かりました(以降、C型肝炎ウイルスは1b型を示す)。

C型肝炎ウイルスの感染力は弱く、血管に入らないと感染しません。そこでそのようなことの起こった社会的背景を考えると、侵入時期は日本に西洋医学が広がり始めた時期に当たります。そして、侵入したC型肝炎ウイルスの拡散には、「発達途上の医学」や「社会事情」が大きく関わっていることが判明しました(図1)。

C型肝炎ウイルスの拡散と収束

最初の拡散は1920年頃です。これは、日本住血吸虫症の特効薬が開発され、静脈投与駆虫剤として、地域ごとに集団接種が始まった時期と一致します。今から100年前のことですから、当然ディスポーザブルタイプの注射器もなく、それ以前に注射器の使い回しで感染するという概念自体もありません。針も注射器も換えず、一本の注射器を使い回して静脈注射が行われました。患者の中に1人でもC型肝炎ウイルスの感染者がいると、その後で注射を受けた何人かには当然感染していたと考えられます。前述したようにC型肝炎ウイルスに感染してから肝がんになるには長い時間がかかります。ここ20年の日本の肝がん死亡率を見ると、佐賀県と福岡県がずっとトップ2に入っています。また、山梨県と西日本で肝がんの死亡率が高いことが分かります。しかも、これらの地域は、かつての日本住血吸虫症の流行地と一致しています。特効薬の静脈注射で住血吸虫は治りましたが、C型肝炎ウイルス感染が広がってしまい、肝がん多発につながったと考えられます。急激に拡散したのは1945年。原因は覚醒剤のヒロポンです。 実は、第二次大戦時に軍需工場で夜間増産のための眠気覚ましとしてヒロポンが使用されてい

C型肝炎「特効薬」の登場と見えてきた「感染由来」の撲滅

図1 本邦におけるHCVの拡散要因

日本に侵入したC型肝炎ウイルスは、社会の混乱や注射器の使い回しなどで急激に拡散したが、抗体スクリーニング導入で拡散停止した。

買血制度

輸血

戦争での

ヒロポン住

血吸虫

静脈注射

明治維新

西洋医学

停止HCV抗体スクリーニング

4500

4000

3500

3000

2500

2000

1500

1000

500

01880 1900 1920 1940 1960 1980 2000

Effective population size of HCV infections

(年)Tanaka, Mizokami, et al, PNAS 2O04

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これまでの経緯をたどれば、C型肝炎ウイルスの拡散が注射や輸血などの「医療行為」と戦争などの「社会の混乱」によるものだということが明らかでしょう。ただし、医学は常に発達途上にあります。その時点では正しいと判断されていたことが、後年になって逆転するということは今まで何度も起こっています。昔はスポーツの練習中に水を飲んではいけないといわれていましたが、現在は熱中症予防のために水分補給が奨励されていることなどは、その典型的な一例です。発達途上にあった医学により拡散したC型肝炎ウイルスは、医学の進歩によって拡散が停止しました。1989年にC型肝炎ウイルスが発見されたのです。そして同年には日本が世界で一番早く献血の血液スクリーニングにC型肝炎ウイルスの抗体検査を導入しました。その結果、今や日本の輸血用血液が世界で一番クリーンだといわれています。使い捨ての注射器が普及したこともあり、現在は、注射や輸血などの医療行為でC型肝炎ウイルスに感染することはありません。

アメリカでの拡散と薬害肝炎

近年、日本ではC型肝炎ウイルス感染者は減少傾向にあります。このままいけば、2030年頃には、C型肝炎は患者数の少ない希少疾患になるだろうといわれています。一方で、アメリカでは今なお増え続けています。2000年当時は、日本はアメリカの約半分の人口なのに、肝がんの患者数は4倍であり、そのうちC型肝炎に由来する肝がん患者数は9倍と、アメリカよりも格段に多い状態でした。しかし今後は逆転するでしょう。拡散が遅く、そして今なお拡散が完全に停止していないアメリカでは、今後、肝硬変、肝がんに進んだ事例が増えると思われるからです。分子時計によると、アメリカには、1900年ぐらいにC型肝炎ウイルスが侵入したと推定できます。それ

はちょうど、ラントシュタイナーがABO式血液型を発見し、血液型を適合させて安全な輸血ができるようになった時期と一致します。そのアメリカでC型肝炎ウイルスが広がったのは

1960年代、ベトナム戦争時代です。戦場となったベトナムの隣は、その当時、世界最大の麻薬密造地帯といわれていたゴールデン・トライアングルです。麻薬に手を染め、中毒となった米兵が少なくありません。彼らが帰還して、注射器の使い回しや売血により、C

型肝炎ウイルスが拡散しました。これに追い打ちをかけたのが、血液製剤による薬害です。血液製剤とは、血液を原料としてつくられる薬です。

1970年代に血液製剤の大量生産が可能になりました。そして、これに売血の血液が使用されたのです。よく知られているようにアルコールには殺菌効果があります。製造過程でアルコールを加えれば、どんな病原体も死滅すると考えられていました。ところが、後になって分かったことですが、C型肝炎ウイルスは、アルコールの殺菌力でも死滅しなかったのです。アメリカのC型肝炎ウイルスの拡散要因は、輸血、ベトナム戦争、麻薬中毒、C型肝炎ウイルスに感染した血液の売血とそれによる薬害でした。そして輸出販売されたC型肝炎ウイルス混入血液製剤の薬害は海外にも飛び火し、残念ながら日本もその例外ではありませんでした。病気の治療のために用いた血液製剤でC

型肝炎ウイルスの感染被害が起こり、薬害肝炎として

注射器の使い回しや感染血液の輸血が、世界各国でC型肝炎ウイルスの拡散を招いた。その背景には、戦争などの社会的混乱やまだ発展途上にあった当時の医学事情が見えてくる。

図2 世界各国のHCV拡散時期とその社会的要因

Cohen J, Science, 1999(改変)

ロシア(旧ソ連)1960~70

輸血・アフガン戦争

スペイン 1938~スペイン内戦

アメリカ 1960s~輸血・麻薬

エジプト 1940~住血吸虫

南アフリカ 1955~輸血

香港 1975~輸血

モンゴル 1945~医療・重感染

日本 1920~西洋医学住血吸虫ヒロポン輸血

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助成対象となる治療期間は12週間で、患者負担は市区町村民税(所得割)課税年額に応じて月1万円または2万円になります。所定の手続きさえすれば、月に1万円か2万円でC型肝炎の治療が受けられます。詳しくは各都道府県の窓口に問い合わせてください。現在も新薬が続々と開発されています。現時点で自分に合う薬がなくても、近い将来適した薬が必ず見つかるでしょう。C型肝炎は治療すれば治ります。C型肝炎が治れば、肝硬変や肝がんの罹患者も減ります。そうなってほしいと心から願っています。拡散が停止し、治療方法が確立しているにもかかわらず、まだ相当数のC型肝炎ウイルス感染者がいます。C型肝炎ウイルス感染者数はおよそ70万人と推定されており、自分が感染していることを知らずに過ごしている人が30万人以上もいると推定されています。また、若い世代で新たな感染ケースが散見されるのですが、その多くが、ピアス、入れ墨などによる感染だと考えられます。次の6項目に1つでも該当する人はC型肝炎ウイルスの検査を受けましょう。

1)C型肝炎ウイルスの検査を受けたことがない。2)感染している家族がいる。3)肝がんになった家族がいる。4)健康診断でAST(GOT)、ALT(GPT)など肝機能を

  示す数値に異常があった。5)輸血や大きな手術を受けたことがある。6)入れ墨や医療機関以外でピアスの穴あけをした。肝がん予防のためには、上記の項目に加え、「母子感染の予防策が実施されていない1985年以前に生まれた人」は、B型肝炎ウイルス感染の疑いがあるので、必ず検査を受けることをお勧めします。職場の健康診断では、肝炎ウイルス検査が健診項目に含まれていない場合があるので注意してください。感染の有無を検査するには、かかりつけ医に申し出て受けるか、保健所で受けるといいでしょう。国の施策として、肝がん要因のB型とC型の肝炎ウイルス検査は、全国の保健所で、無料で実施しているからです。そして、検査で陽性、つまり感染していることが判明したら、必ず治療を受けてください。それが自分でできる肝がん予防策でもあります。

Special Features 2

(図版提供:溝上雅史)

がんから身をまもる第 5 回 肝がんシリーズ第2弾

社会問題になりました。世界各国でもC型肝炎ウイルスの拡散事情は似ています。エジプトではナイル川流域の住血吸虫、医療事情の悪いモンゴルは注射器の使い回し、スペインはフランコ時代の内戦。発達途上の医学に基づく医療行為や社会の混乱などが複雑に絡み合って感染の惨禍を広げてきました(図2)。C型肝炎ウイルスの感染拡大には、患者に非はありません。以上述べたように各種の社会的要因が大きな拡散要因なのです。従って社会全体の問題として撲滅に取り組むべき問題だと思います。

C型肝炎は治療できる

C型肝炎撲滅には、C型肝炎ウイルスの感染を断つことはもちろんですが、感染者への治療も重要です。日本は早くからC型肝炎対策として治療に力を注いできました。世界でもいち早く、1992年から、体内に入ったウイルスを攻撃するインターフェロンをC型肝炎の治療に使い始めました。しかし、残念なことに副作用が強いため、高齢患者には適用できないケースが多く、決してうまくいったとはいえません。そういう中で、2005年、国立感染症研究所の脇田隆字先生たちの研究によって、試験管の中でC型肝炎ウイルスを増やすことが可能になったのです。この研究成果により、C型肝炎ウイルスそのものの解析が可能になりました。C型肝炎ウイルスのRNAは全部で約9500塩基からなり、そこから10種類のタンパク質がつくられ、そのうちNS3とNS5AとNS5Bの3つが治療のターゲットになりそうだということがすぐに分かり、それぞれに対応する新薬の開発が進んだのです。そしてついに、2014年にはC型肝炎ウイルスをほぼ100%排除できる新薬が開発されました。NS5Aの薬とNS5Bの薬の配合剤「ハーボニー(一般名:レジパスビル、ソホスブビル/ Ledipasvir, Sofosbuvir)」です。1日1回1錠、12週間服用すればいいのですが、当時は1錠8万円(現在は約5万5000円)と高価なので、患者負担が大きくなることが懸念されました。しかし、国全体で長期的に見れば、肝がんを発症してからかかる医療費を抑制できるメリットがあります。こうした判断から、2015年にハーボニーは医療費の助成対象となりました。公助で治療できるようになったのです。

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