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196 日本循環器学会専門医誌 循環器専門医第23巻第 2号 2015年 9 月
上に局在することは,当初驚かれた.詳細な検討
の結果,2 箇所の膜貫通領域の近傍で切断され,
遊離した N 末端側の約500アミノ酸が核に移行す
ることが示された.この切断は細胞内コレステ
ロール量により精密に制御されており,コレステ
ロール過多のときには切断は起こらず,枯渇状況
では積極的に亢進する.この制御機構にかかわる
蛋白質として SCAP(SREBP cleavage activat-
ing protein)が発見された.SCAP は 8 回膜貫通
領域を持ち,C 末端側を細胞質に突き出すかたち
で主に小胞体膜上に存在する.一方,SREBP は
2 箇所の膜貫通領域を介してその N 末端,C 末端
の双方を細胞質に突き出すかたちで膜上にとどま
り,SREBP,SCAP の両 C 末端側で結合し,二量
体を形成する.SCAP には sterol-sensing domain
(SSD)があり,小胞体膜中のコレステロール量
が多いときには SSD にコレステロールが結合
し,構造変化した SCAP を insulin inducing gene
(Insig)が認識し,三量体を形成する.一方,コ
レステロールが減少すると,三量体形成は抑制さ
れ,SREBP-SCAP 二量体は Golgi へと輸送後,
膜結合部位周辺で蛋白分解酵素(S1P, S2P)に
よって 2 箇所の切断を受け,N 末端側が核に移行
して転写因子として働く2)(図 1).SREBP-1 には
転写開始点の相違によって,SREBP-1a と-1c と
いう 2 つのアイソフォームが存在し,肝臓にお
いては SREBP-1c が主要なアイソフォームであ
は じ め に
21世紀に入ってから爆発的に進展した大規模
トランスクリプトーム解析の結果,ヒトゲノムか
らは数万種類にも及ぶ新しい転写物が発現してい
ることが明らかとなった.これら新規の転写産物
は蛋白質のアミノ酸一次配列情報をコードしてい
ないことから non-coding RNA (ncRNA)と呼ば
れる.これらの ncRNA 群は,蛋白質が多彩な機
能を持つのと同様に,それぞれ多様な特性を持っ
ていると考えられている.従来から知られてい
るリボソーム RNA(rRNA)やトランスファー
RNA(tRNA)も ncRNA に分類されるが,RNA
interference(RNAi)経路において機能的に重要
な役割を担っている small ncRNA や,核内機能
ドメイン構築への関与が多数報告されている長鎖
の mRNA 型 ncRNA などが注目を集めている.
SREBP-1と SREBP-2
転写因子 SREBP (sterol regulatory element-
binding protein)は,basic-helix-loop-helix-leucine
zipper(bHLH-Zip)ファミリーに属する転写因子
である1).脊椎動物のゲノムには SREBP-1 と
SREBP-2 という相同遺伝子があり,ともに膜結
合型の前駆体蛋白としてつくられる.核で遺伝子
発現を制御する転写因子が膜蛋白質として小胞体
[Key words] SREBP-1,SREBP-2,LNA
197日本循環器学会専門医誌 循環器専門医第23巻第 2号 2015年 9 月
に対して,脂肪酸合成を調節し,細胞膜の恒常性
を維持することであると推測される.また,Scap
を欠損する Drosophila は生存でき,dSREBP を
切断することもできるため,哺乳類とは異なる
dSREBP 活性化の機構が Drosophila には存在す
る可能性がある5).また,最近膜蛋白の主要な構
成成分であるホスファチジルコリンの欠乏が,
SREBP-1 の核移行を促すことが示され,細胞膜
の恒常性に対する SREBP の更なる重要性が示さ
れた6).
生物は,エネルギーを脂質というかたちで蓄積
するシステムを飢餓からの生き残り戦略として進
化させてきた可能性がある.SREBP-1 に相当す
る SREBP から SREBP-2 が別個に存在するのは
無脊椎動物から脊椎動物が分かれてからであ
り7),このときに遺伝子重複が起きたと考えられ
る.脂肪酸とコレステロールの合成と代謝を独立
して制御する必要が生じたために遺伝子重複が起
き,SREBP-1 と SREBP-2 が生じたとも考える
こともできるため,興味は尽きない.
る3).SREBP-1c は脂肪酸・中性脂肪合成系の諸
酵素遺伝子の転写を司り,SREBP-2 はコレステ
ロール合成,取り込みの遺伝子の転写を司る.
SREBP-1 は脂肪酸によって feedforward 的に調
節を受けるが,SREBP-2 はコレステロール量に
よって feedback を受けるように,それぞれ異な
る調節機構がある.
系統発生からみた SREBPs
系統発生の観点からみると,SREBP の相同体
は真菌,酵母,線虫など,真核細胞から存在し,
無脊椎動物には 1 種の SREBP のみが存在する.
実際,Drosophila には哺乳類の SREBP,SCAP,
S1P,S2P に相当する遺伝子があり,N 末端が核
に移行する点も同様であるが,核に移行した
dSREBP(Drosophila の SREBP)は脂肪酸の生
合成にかかわる遺伝子を正に制御するが,コレス
テロールやイソプレノイドの生合成は促進しな
い4).また,S1P による切断はパルミチン酸の存
在によって抑制されるが,ステロールでは抑制さ
れない.したがって dSREBP の働きは,パルミ
チン酸やパルミチン酸由来の脂肪酸の過剰や欠乏
コレステロールが低下
Insig
SCAPSREBP
コレステロール
小胞体
S1P
S2P
SRE
核SREBP
SCAP
Golgi 体
図 1 SREBP の活性化機構
コレステロールが低下すると膜結合
型の前駆体蛋白が,ゴルジ体へ
SCAP (SREBP cleavage activating protein)によって輸送され,膜結
合部位周辺で蛋白分解酵素(S1P, S2P)によって 2 箇所の切断を受け
ると N 末端側が核に移行して転写
因子として働く.
198 日本循環器学会専門医誌 循環器専門医第23巻第 2号 2015年 9 月
3’UTR を認識して,標的 mRNA を不安定化す
るとともに翻訳抑制を行うことで蛋白質産生を抑
制する.
また,系統発生の観点から調べると,miR-33は
Drosophila から存在し(dme-miR-33),dSREBP
のイントロンに存在する.その後,遺伝子重複が
起き,SREBP-1 と SREBP-2 が生じた際に miR-
33b と miR-33a としてそれぞれのイントロンに
残ったと推測される(図 2).興味深いことに,
げっ歯類の SREBP-1 のイントロンには miR-33b
の一部しか残っておらず,miR-33b は存在しな
い.
miR-33a の働き
上述のように,マウスには miR-33b が存在し
ないために,miR-33a の機能が先に明らかにさ
れた.2010年,われわれを含む複数の研究グルー
プによって,miR-33がコレステロール代謝に重
要な働きをすることが相次いで報告された10~12).
他者の検討は miR-33a に対するアンチセンスオ
リゴを用いたものであったが,われわれは miR-
33a の欠損マウスを作製することにより,その生
体での機能を明らかにした.miR-33a の標的遺
microRNA-33a/b
microRNA(miRNA; miR)は21から25塩基程
度の small ncRNA であり,進化の過程をさかの
ぼると,カイメン(sponge)からその存在が知ら
れている8).miRNA の数は生物の複雑さととも
に増加し,ヒトゲノムには2500個以上の miRNA
が存在するとみられ(miRBase20 http://www.
mirbase.org/),これまでに miRNA が関与する
ことが明らかにされた現象は,発生・分化,細胞
増殖のみならず,病態の形成まで多岐にわたる.
また,1 つの miRNA が数百の遺伝子を制御する
可能性があることや,1 つの遺伝子が複数の
miRNA によって制御されていることも知られて
いる.
ほとんどの miRNA には,合成から機能を発
揮する経路に至るまで,共通のメカニズムがあ
る9).primary miRNA 転写物(pri-miRNA)はス
テムループのヘアピン構造を 1 つまたは複数持
ち,その多くは polII を介して転写される.これ
が核内で Drosha と呼ばれる RNase Ⅲ系酵素に
よって切断を受け,ヘアピン形態で70塩基程度
の中間前駆体である precursor miRNA(pre-
miRNA)がつくられる.核内で生成された pre-
miRNA は Exportin5 によって核から細胞質へと
輸送される.細胞質では別の RNase Ⅲ酵素であ
る Dicer により,ループ部分を切り落とされるこ
とにより,二本鎖 RNA となる.二本鎖 mature
miRNA は, 多 く の 場 合 そ れ ぞ れ precursor
miRNA のうち,ヘアピンを挟んだ 2 つの stem
部分から由来する.そのうちの 1 本が成熟型
miRNA として RNA-induced silencing complex
(RISC)へと取り込まれる.miRISC と呼ばれる
この複合体によって miRNA としての機能が発揮
される.precursor の5’末端側から発現するもの
に-5p,3’末端から発現するものに-3p をつけ
て,has-miR-33a-5p などのように表記する.
miR-33a,-33b の場合はどちらも主として-5p の
発現が多いため,-5p,-3p の表記は省略される
ことが多い.miRNA の主な役割は標的遺伝子の
図 2 系統発生からみた miR-33a と miR-33bDrosophila には dme-miR-33が dSREBP のイントロンに存
在 す る. そ の 後, 遺 伝 子 重 複 が 起 き,SREBP-1 と
SREBP-2 が生じた際に miR-33b と miR-33a がそれぞれ
のイントロンに残ったと推測される.
無脊椎動物
遺伝子重複脊椎動物
ヒト
Exons 1-6 dme-miR-33 Exons 7&8
Exons 1-17 hsa-miR-33b Exons 18-20
dSREBP
hSREBP-1Chromosome 17
Exons 1-16 hsa-miR-33a Exons 17-19
hSREBP-2Chromosome 22
199日本循環器学会専門医誌 循環器専門医第23巻第 2号 2015年 9 月
巣を検討した.この結果,コレステロール含有食
負荷 miR-33Apoe ダブルノックアウトマウス
(miR-33-/-Apoe-/-)においてはプラークのサイズ
(図 4)と脂質蓄積量,CD68陽性細胞数,CD3 陽
性細胞数,VCAM-1 発現面積,iNOS 陽性面積
が低下した13).
miR-33b の機能
miR-33はマウスでは 1 つ(miR-33a),ヒトで
は 2 つ存在する(miR-33a, miR-33b)が,miR-
33b の機能の解析はマウスにないために困難で
あった.われわれは,miR-33を 2 つ持つマウス
(ヒト化マウス)を作製した14).イントロンの改
変を行ったが,特にスプライシングには異常がな
伝子には ABCA1があるが,その3’-UTR には
miR-33a の結合配列が 3 箇所,種を越えて保存さ
れている.ABCA1 は HDL の形成に必須であり,
その異常はタンジール病を引き起こす.ABCA1
の変異は動脈硬化症の重要な危険因子であること
が疫学的にわかっており,ABCA1 の発現や活性
の増強は脂質恒常性の改善の重要なターゲットで
ある.miR-33a 欠損マウスにおいて ABCA1 の蛋
白発現は上昇し,著明な HDL コレステロールの
上昇を認めた(図 3).さらに,miR-33a の欠損
が動脈硬化に与える影響を調べる目的で,われわ
れは miR-33a 欠損マウスとマウスの動脈硬化モ
デルである Apoe 欠損マウスとを交配した.この
マウスを 6 週齢から0.15%のコレステロール含有
食を16週間摂取させ,22週齢において動脈硬化
図 3 miR-33a 欠損マウスの表現型
A:マウス肝臓での ABCA1,SREBP-2(前駆体,成熟型)の蛋白発現.左は雄,右は雌.
B:血中脂質のプロファイル.破線は miR-33欠損マウス.ピークが HDL-C を示す. (文献12より引用)
+/+
ABCA1
GAPDH
-10
SREBP-2(Precursor)
SREBP-2(Mature)
A
B
-/- +/+
ABCA1
GAPDH
SREBP-2(Precursor)
SREBP-2(Mature)
-/-
1401301201101009080706050
Cholesterol
Absorbance Units [mV]
403020
20
100
30(分)2928272625
Elution time
男性
24232221
+/+-/-
-10
1101009080706050403020100
Cholesterol
Absorbance Units [mV]
20 30(分)2928272625
Elution time
女性
24232221
+/+-/-
200 日本循環器学会専門医誌 循環器専門医第23巻第 2号 2015年 9 月
込まれる特性もあり,皮下注射などの投与で全身
に効果を及ぼすことができる.初期は完全な相補
配列が用いられていたが,標的遺伝子を決める
シード配列に対する相補性を重視した,16塩基や
く,miR-33b の発現はそのホストの遺伝子であ
る Srebf1 とほぼ並行して上昇を認めた.このマ
ウス(KI+/+)の血清脂質のプロファイルを検討
したところ,図 5のように miR-33a 欠損マウス
とは反対に HDL-C の減少を認めた.
治療応用としての miRNA 制御法
miRNA を標的とした疾患治療薬の開発には,
①miRNA 発現による治療標的遺伝子の抑制,②
疾患特異的に発現亢進した miRNA の抑制,の 2
種類が考えられる.
①については,二本鎖 RNA にコレステロール
などの脂質を結合させ,細胞膜透過性を持たせ
て投与する方法や,ウイルスベクターを用いて
miRNA を過剰発現させる方法がある.②では,
体内で極めて安定な locked nucleic acid (LNA)
などの核酸誘導体を用いて合成された antimiR
が開発されている.これは,配列特異的に親和力
も高く,理想的な核酸オリゴ医薬となる可能性が
ある.LNA は安定性が高いため,ドラッグ・デ
リバリー・システム(DDS)なしで細胞に取り
図 4 miR-33-/-Apoe-/- マウスと miR-33+/+
Apoe-/- マウスの動脈硬化病変の比較.
マウス大動脈を Sudan Ⅳ染色し,面積を測定した.
***p <0.001 (文献13より引用)
0
40
30
miR-33+/+ Apoe-/-
Atherosclerotic lesion area
20
10
miR-33+/+
Apoe-/-miR-33-/-
Apoe-/-
***
miR-33-/- Apoe-/-
(%)
図 5 野生型(WT)と miR-33b ノックイン(KI)マウ
スの血中脂質のプロファイル.
破線は miR-33bKI マウス.ピークが HDL-C を示す.
(文献14より引用)
030
Absorbance Units
150WT(mV)
100
50
20 22 24 26Elution time
28
KI+/+
201日本循環器学会専門医誌 循環器専門医第23巻第 2号 2015年 9 月
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8 塩基の antimiR が工夫されている.8 塩基に
よって,同種の miRNA ファミリー全体を抑制す
る効果を出すこともできると報告されている.
miR-33a/b の抑制については,全身に対して完
全な抑制を行うと肥満などの副作用がありうるた
めに,DDS を用いた局所での抑制が望まれる.
ま と め
以上のように,脂肪酸とコレステロールの制御
に重要な働きを持つ SREBP-1 と SREBP-2 の
イントロンに存在する miR-3b と miR-33a は,
ABCA1 や SREBP-1 をはじめとする多くの脂質
代謝制御にかかわる分子を制御することが明らか
となってきた.SREBP-1,-2 とともに mR33b,
-33a が発現変動することから,さらに複雑かつ
緻密な制御が存在すると考えられる z.今後,
miR-33a/b の詳細な機能解明が,生体の脂質代
謝調節機構の理解を深めることになると考えら
れる.体内で極めて安定な locked nucleic acid
(LNA)などの核酸誘導体は新たな薬剤として有
望である.時間的,空間的な miRNA の制御が可
能となるような DDS の開発が待たれる.
著者の COI(conflicts of interest)開示:本論文発表
内容に関連して特に申告なし
文 献
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