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Thick-GEM の硬 X 線画像検出器への応用に向けての研究 平成 22 年度 信州大学大学院 工学系研究科 物質基礎科学専攻 高エネルギー物理学研究室 09SA214F 藤原 拓也 2011 3

Thick-GEM の硬 X 線画像検出器への応用に向けての …azusa.shinshu-u.ac.jp/master/10/fujiwara.pdf概要 GEM(Gas Electron Multiplier) は、高エネルギー実験に用いられる放射性粒子とガスが電磁相互作用を起こ

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Thick-GEMの硬 X線画像検出器への応用に向けての研究

平成 22年度

信州大学大学院 工学系研究科

物質基礎科学専攻 高エネルギー物理学研究室

  09SA214F 

藤原 拓也

2011年 3月

概要

GEM(Gas Electron Multiplier)は、高エネルギー実験に用いられる放射性粒子とガスが電磁相互作用を起こ

し生じた電子を測定可能な数まで増幅する検出器である。その構造は、50µmGEM の厚さの絶縁体 (ポリイ

ミド等)の両面を銅で被覆し、無数の小さな孔を空けた構造をしている。この両面の銅の電極板に電圧をかけ

ることにより孔内に高電場を形成し、電子が GEM の孔を通過する際にガス分子をイオン化し、雪崩式にガ

ス増幅を起こすことで信号として読み出す検出器である。50µmGEMは、厚さが薄いため電子を増幅する領

域が小さく、1 枚では信号として読み出すことができないため、複数枚の GEM を積層する必要がある。ま

た、高電圧をかけたときに発生する放電に弱く、GEM が損傷しやすいという欠点がある。そこで、本研究

では 200µm、400µmの厚い GEM(Thick-GEM)を使用し、その基本特性を調べ、硬 X線画像検出器への応

用を試みた。50µmGEMは、1枚では十分な増幅率に達せず 102 程度であるが、200µmGEM、400µmGEM

は 1枚でそれぞれ増幅率は 104 を超えたことから、Thick-GEMはより高い増幅率が得られることを示した。

また、200µmGEM、400µmGEM の増幅率とエネルギー分解能の時間依存性を測定した。時間の経過と共

に、増幅率は 200µmGEM は上昇し、400µmGEM は減少したが、それぞれ電圧をかけて 10 時間後、12 時

間後に増幅率が安定した。これは孔の形状が原因であると考えられている。増幅率は、GEM にかける電圧

と Drift、Induction領域での電場に依存性があり、200µmGEM、400µmGEMともに 50µmGEMと同じよ

うな傾向が見られ、Thick-GEM特有の性質は見られなかった。Thick-GEMを 2枚積層し、増幅率とエネル

ギー分解能を調べた。200µmGEM、400µmGEM のリム有とリム無を含めた 4 枚から選択し、最も高い増

幅率が得られる組み合わせを調べた。結果として最も高い増幅率が得られた組み合わせは 400µmGEM(リム

有)、200µmGEM(リム有)の組み合わせであり、6 × 104 の増幅率が得られた。Thick-GEMの硬 X線画像

検出器への応用は、2枚の組み合わせでは増幅率は高いが時間依存性により増幅率が変動し、測定するために

電圧をかけて 6時間おくと動作できることがわかった。

目次

1 序論 2

1.1 ガスワイヤーチェンバー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2

1.2 GEM(Gas Electron Multiplier) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

1.3 Thick-GEM . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

1.4 硬 X線画像検出器としての GEM . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2 光子と物質との相互作用 5

2.1 入射放射性粒子と物質との相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2.2 光電効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

2.3 コンプトン散乱 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

2.4 電子対生成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

3 GEMの増幅過程 9

3.1 荷電粒子によるイオン化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

3.2 電場中での電子の振る舞い . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

3.3 チェンバーガス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

3.4 GEM . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

3.5 多段構造における GEMの各領域 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

4 GEMの基本特性 14

4.1 セットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

4.2 実効ガス増幅率の各領域での電場依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

4.3 Transfer領域での電場 ET1、ET2 依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

5 Thick-GEM 25

5.1 使用する GEM . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26

5.2 Thick-GEMの基本特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27

5.3 Thick-GEMのエネルギー分解能 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32

5.4 Thick-GEMの積層構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

6 Thick-GEMの硬 X線画像検出器への応用 37

6.1 金メッキ GEM . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37

6.2 検出器全体のシステム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37

6.3 GEMチェンバー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

6.4 読み出し回路 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39

6.5 241Am線源照射実験 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44

7 まとめと今後の課題 47

1

1 序論

高エネルギー物理学実験では、粒子の飛跡を捕らえる方法として、ワイヤーを使ったガス検出器が広く利

用されてきた。しかし、最近の高エネルギー物理学実験では、高粒子密度や高バックグランド環境下でより

よい性能を得るために、高計数率、高位置分解能の検出器が求められ、ワイヤーチェンバーでは十分に要求

を満たせなくなった。そこで、この要求を満たすために微細加工技術を用いた MPGD(Micro Pattern Gas

Detector) の開発が進められた。この検出器は、ワイヤーと比べ同等の位置分解能を保ちつつ二次元読み出

しが出来ることや高頻度の信号に強いという利点があり、荷電粒子の飛跡検出器を始め、ILC(International

Liner Colider) の 3次元ガス飛跡検出器や、X 線や中性子の検出器など様々な応用が期待され研究が行われ

ている。MPGD の一種である GEM は、数十 µm~百 µm 程度の厚さの絶縁体 (ポリイミド等) の両面を銅

で被覆し、無数の小さな孔を空けた構造をしている。銅の両極板に高電圧をかけることにより孔内に高電場

を形成し、荷電粒子が検出器を通過する際にガス分子をイオン化し、イオン化でできた電子を高電場により

雪崩式にガス増幅することで信号として読み出す検出器である。現在使用されている GEMは、50~100µm

の厚さのものが主流だが、本論文では1枚でより高い増幅度を得るためにより厚くした 200,400µmの厚さの

GEM(Thick-GEM)を使用し、その基本特性を調べる。また、物質の構造解析などに利用される硬 X線画像

検出器への Thick-GEMの応用を試みた。

1.1 ガスワイヤーチェンバー

ガスワイヤーチェンバーは、細いワイヤーに高電圧をかけることにより、ワイヤー近傍に高電場を形成させ

放射性粒子とガス分子が光電効果などの電磁相互作用によって電離 した電子を加速し、ガス増幅を起こす検

出器である (図 1)。このガス増幅により、電子やイオンの数を雪崩式に増加させ、電気信号として読み出すも

のである。ガス増幅では、105 程度の高い増幅度を得ることができる。

また、安価でかつ容易に大型化が出来ることもガスワイヤーチェンバーの利点である。しかし、高頻度の粒

子に対して電離によって生成されるイオンがワイヤー付近に集まりすぎてしまい、高電場が得られなくなる。

このため、ガス増幅が減少し、増幅率が下がるという欠点がある (図 2)。

図 1 ワイヤーチェンバーの概略図 [1]

2

図 2 ワイヤーチェンバーの高頻度耐性 [1]

1.2 GEM(Gas Electron Multiplier)

ワイヤーガスチェンバーの欠点を克服する検出器の一つとして、GEM(Gas Electron Multiplier)の開発が

行われている。GEMは、数十 µm~百 µm程度の厚さの絶縁体 (ポリイミド等)の両面を銅で被覆し、無数の

小さな孔を空けた構造をしている (図 3)。ワイヤーチェンバーでワイヤー近傍に高電場をかけたように、GEM

では孔内に高電場を与えることで放射性粒子とガス分子が光電効果などの電磁相互作用によって電離 した電

子を加速し、ガス増幅を起している。しかし、このとき電子と対になって陽イオンが発生し、電子と逆方向に

移動して電子を吸収したりドリフト領域の電場を乱すイオンフィードバックという問題が生じるが、GEMは

孔の間隔が狭く、陽イオンが GEM表面の銅に吸収されるためイオンフィードバックを抑え、105Hz/mm2 以

上の入射粒子頻度でもチェンバーとして動作することが確認されている (図 4)。しかし、GEMは高電圧をか

けると孔の周りで放電を起こし、基板が損傷するため安定動作という点で問題点を抱えている。

図 3 GEMの拡大図

3

図 4 GEMの入射頻度に対する増幅度の変化 [1]

1.3 Thick-GEM

GEMで現在よく使用されているのは絶縁体部が 50µmの厚さのものである。しかし、最近 1枚でより高い

増幅率を得て安定動作する検出器を実現するため、より厚い GEM(以下 Thick-GEM(図 5)と呼ぶ)の開発が

試みられている。Thick-GEMは、50µmGEMと比べて増幅領域が大きく、より高い増幅率を得られること

が期待されている。しかし、Thick-GEMは絶縁体部の厚さだけでなく、孔径の大きさやリムなどの微細加工

による違いがあるため、その基本特性は 50µmGEMと異なる。そこで、5章で Thick-GEMの基本特性につ

いて述べ、6章で本研究の目的である硬 X線画像検出器への応用を試みる。

図 5 Thick-GEMの拡大図

4

1.4 硬 X線画像検出器としての GEM

硬 X線は X線よりも高いエネルギーをもち、透過性が高い特徴を持つことから結晶の構造解析や医療分野

への応用としての画像診断などに広く利用されている。硬 X線画像検出器では、より微細な構造を得るため

の高い位置分解能と、画像取得の測定時間を短縮するための高い検出効率が求められている。この要求を実現

するために GEMの応用が考えられている。GEMは高頻度の放射線に耐えることができ、二次元の位置情報

を得ることが可能であるから X線や中性子などの画像検出器への応用ができる。X 線検出器としては今まで

は CCD(Charge Coupled Device) が用いられていて、X 線を 1 個 1 個検出するのではなく、ピクセル毎に

比較的長い時間に入射した X 線の総量を読み出す方式であった。その場合、不感領域なしに大型化するのは

難しいし、ダイナミックレンジを大きく取れないなどの問題がある。しかし、検出器に GEM を用いた検出器

を利用すれば、比較的大きな領域をカバーでき、X 線 1 個 1 個の時間、エネルギー情報を計測することがで

きるため、本研究では、硬 X線画像検出器への Thick-GEMの応用を目的として研究を行った。

硬 X線を画像として取得するためには、硬 X線と物質との相互作用によって生じた電子を、信号として得

られるように増幅する必要がある。本研究ではこの電子の増幅部に Thick-GEMを使用する。また、正三角形

型に 600µmの間隔で GEMに空けられた多数の孔と 0.8mm間隔の細かい信号読み出し Stripによって高い

位置分解能を実現できる。それらの信号の処理やデータ取得については 6章で述べる。

硬 X 線画像検出器では、X 線のエネルギーにより要求される位置分解能や検出効率が異なるが、本研究で

硬 X線の一種である 241Am線源を用いて硬 X線画像検出器としての応用を試みた。

2 光子と物質との相互作用

GEMは、入射放射性粒子とガスが相互作用を起こし、生じた電子を増幅することによって信号を得る検出

器である。ここでは、入射放射性粒子と物質との相互作用について述べる。

2.1 入射放射性粒子と物質との相互作用

入射放射性粒子は大きく2種類に分類できる。電荷をもつ荷電粒子と、電荷をもたない中性子や光 (X線や

ガンマ線)である。

荷電粒子が物質の中を通る際、電荷を持っているために物質と電磁相互作用を起こし自身のエネルギーを物

質に与える。作用を受けた物質は陽イオンと電子に分かれる。これを電離作用という。しかし、与えたエネル

ギーが電離を起こすに十分なエネルギーではなかった場合、原子は励起し、基底状態に戻る際には光 (シンチ

レーション光) を放出する。中性粒子の場合、光子と中性子で物質との相互作用は変わってくる。光子は荷電

粒子と同様電磁相互作用を起こすが、電離ではなく原子と光電効果やコンプトン散乱、電子対生成のいずれか

の相互作用を起こす。中性子は原子核と相互作用を起こし、その相互作用には弾性散乱や非弾性散乱、中性子

捕獲、核分裂反応がある。本研究では光子 (X線) を対象としているため、この章では光子と物質の相互作用

について説明していく。光と物質の相互作用には光電効果、コンプトン効果、電子対生成の3つがある。

5

2.2 光電効果

図 6 に光電効果の過程を示す。物質中の軌道電子が光子から束縛エネルギーに打ち勝つエネルギーを得る

と、電子は放出される。放出された電子が荷電粒子となり、エネルギーに応じて電離作用を引き起こし、多く

の電子を生成する。この相互作用によって出てくる電子を光電子というが、この光電子のエネルギーは、入射

光子線のエネルギーを E、束縛エネルギーを B とすると、光電子の運動エネルギーは E − B で記述される。

光電子の進行方向は入射光子線がごく低いエネルギーの場合を除き、入射光子と同じ方向である。光電効果の

起こる確率は、原子核との間にある束縛エネルギーが大きい電子ほど、大きくなるので、実際は K 殻上の電

子によってほとんど起きる。光電効果の起きる確率は吸収物質の原子番号が大きく入射光子のエネルギーが小

さいほど高い。例えば、吸収物質が鉛の場合は入射光子線のエネルギーが 500keV 以下、アルミニウムの場合

は 50keV 以下で大きな効果を持つこととなる。

K殻上の電子が電離されるとき、エネルギー準位の高い L殻からエネルギー準位の低い K殻へと電子が遷

移する。このとき電子が放出する X線を特性 X線という。特性 X線は最外殻の電子と相互作用し、電離する

ことがある。この相互作用をオージェ効果と呼ぶ。電離される電子は特性 X線の持つエネルギーよりも低い

エネルギーで電離されるため、光電効果を起こすと異なるエネルギーをもつ 2種類の電子が生成されることに

なる。

図 6 光電効果

2.3 コンプトン散乱

物質中の電子と入射光子が散乱を起こしたとき、光子のエネルギーの一部を電子に与える。(図 7) この電子

が物質中で電離を起こしエネルギーに応じた電子を生成する。この時、エネルギーと運動量の保存則から、入

射光子のエネルギーを E、散乱光子のエネルギーを E′ とすると、式 (1)のようになる。

6

E(MeV ) =0.51

1− cos θ + 0.51E(MeV )

(1)

0.51MeV は電子の静止質量である。この式から、前方散乱 (θ = 0) の場合、散乱光子のエネルギーは入射

光子のエネルギーにほぼ等しい。他方、θ = π/2 の時、散乱光子は 0.51MeV 以上のエネルギーを持ち得ない。

コンプトン散乱は光子と電子の相互作用なので、その確率は吸収物質の軌道電子数、すなわち原子番号に比例

する。コンプトン散乱が重要な役割を占めるエネルギーの領域は鉛では 0.6~5MeV 、アルミニウムでは 0.05

~15MeV である。

図 7 コンプトン散乱

7

2.4 電子対生成

光が原子核の電場により原子核の近くを通過する祭、原子核内のクーロン電場内で相互作用を起こし、一対

の電子と陽電子が放出される現象を電子対生成と呼ぶ (図 8)。ただし、電子対生成が起こるためには、入射粒

子のエネルギーが電子の 2 倍の質量、1.02MeV 以上必要である。

図 8 電子対生成

光子と物質の相互作用は以上のような 3 つの反応がある。このうちどの反応が起こるのかは、光子のエネル

ギーと吸収物質による。図 9 に異なった吸収物質と光子のエネルギー hν に対する光電効果、コンプトン散

乱、電子対生成の各過程の相対的な関係を示す。

8

図 9 各相互作用の生じるエネルギー領域 [2]

3 GEMの増幅過程

3.1 荷電粒子によるイオン化

荷電粒子は物質中を通過する場合、その有するエネルギーによって分子、または原子の軌道電子をはじき出

して、陽イオンと電子とに分離する。荷電粒子は電子へ伝達されただけのエネルギーを失うことになるので、

その分だけ荷電粒子の速度は減少することになる。荷電粒子が電子との衝突で失うエネルギーは粒子の持つ全

エネルギーに対してわずかであり、一次粒子がエネルギーを失うまでには多数回の相互作用を繰り返ことに

なる。

3.2 電場中での電子の振る舞い

物質と荷電粒子が相互作用を起こした際に、電子と陽イオンが生成される。通常、ガス検出器はこの電子を

信号として読み出すために電場をかけて電子を読み出しを行う電極まで移動させる。ここではガス中を電子が

電場に沿って移動する際の振る舞いを記述する [7]。

3.2.1 ガス中でのドリフト

電子 (または陽イオン)が電場によってガス中を移動する際、ガス分子と衝突しながら移動する。電子 (また

は陽イオン) は衝突したときにガス分子にエネルギーを与えるため速度を落とすが、再び電場によって加速さ

れる。これをガス中で繰り返すため、全体で見ると一定の速度で動いているように見える。そのときの移動速

度をドリフト速度と呼び、この速度は電場とガスの種類により決まる。更に、ガス分子は一定の熱運動をして

いるため、相互作用によって作られた電子や陽イオンも同じようにランダムな熱運動を行い電場に沿って拡散

しながら移動する。

9

3.2.2 イオン化による増幅過程

ガス中の電場を十分高い値にするとガス増幅が起こる。これは電子が電場によって加速され、ガス分子を電

離させるのに十分なエネルギーを持つためである。前節で述べた電子がドリフトする電場の領域では、ガス分

子を電離させる十分なエネルギーを持っていないため、ただガス分子と衝突を繰り返すだけだったが、更に電

場をあげると加速により大きなエネルギーを得て、衝突した際にガス分子を電離させる。さらにはこの過程で

作られた電子も電場で加速されガス分子を電離させる。このように、最初の衝突で作られた自由電子の一つ一

つが同じ過程でさらに多数の自由電子を作っていくことを電子雪崩と呼ぶ。単位長さ当たりに電子の数が増加

する割合は次式で表される。

dn

n= αdx (2)

ここで α は第 1 タウンゼント係数であり、電場の強さに依存する値である。この値は閾値以下の電場ではゼ

ロであり、電場の強度が増加するほど大きくなっていく。もし電場が一定であればα の値は一定になる。(2)

式を積分すると、

n(x) = n(0)eαx (3)

となる。ここで n(0)は一次電子の数であり、n(x)は経路 x を通った後の電子の数である。(3)式から距離に

よって電子の密度が指数関数的に増加することがわかる。α は電場の強さに依存するので、電場を大きくすれ

ば増幅が起こりやすくなるが、増幅が止まらなくなり放電をおこしてしまう危険も高まる。

3.3 チェンバーガス

ガスの種類の違いは、ガス増幅度や電子のドリフト速度、拡散、中性子バックグラウンドなど、様々な要素

に大きな影響が及ぶことが知られている。チェンバーガスには He や Ar などの安価な希ガスを主体に、電子

雪崩を適度に抑えるクエンチングガスを添加した混合ガスを使うことが多い。希ガスは放射線との相互作用で

得られたエネルギーを、自身の電離、もしくは励起にのみ使い解離してしまうことはない。また、励起した場

合にはペニング効果により他方のガス分子を電離するのに役立つ働きがある。さらに不活性であるため電子雪

崩で生成された電子を吸収することはない。したがって、得られたエネルギーに対して比例性のよい出力特性

を示すことになる。クエンチングガスには有機化合物などの多原子分子がよく用いられる。希ガスは他のガス

と比較して、電離ポテンシャル値付近に寿命の長い励起準位を持っているため、電離された電子が電場によっ

て加速され、ガスと電磁相互作用し電子を生成する過程を次々と起こす電子雪崩増幅を起こしやすいという性

質を持っている。しかしながら、希ガスのみで構成されているチェンバーガスでは放電を起こしやすく、安定

動作を保障した実験・測定がきわめて難しくなる。その理由として電子雪崩中に発生した励起原子は、安定な

状態に脱励起をすることがあり、その際、その原子は紫外線等の光を放射し、その光が光電効果によって陰極

面等の金属や周囲の原子から光電子を放出し、この光電子もまた電子雪崩を起こしてしまうからである。クエ

ンチングガスの添加は、原子の脱励起による紫外線などの光を吸収する役割を果たし、チェンバー内の放電を

防ぐ効果を持っている。しかしながら、クエンチングガスを添加することで単位印加電圧当たりのガス増幅度

は下がってしまうが、希ガスのみの場合と比較して、電子雪崩は局所化し放電が起こりにくくなるため、より

高い電圧を印加することができるようになる。そのため結果的にクエンチングガスを添加することによって、

より大きなガス増幅度を得ることができることになる。クエンチガスとしてはエチルアルコール、蟻酸エチ

10

ル、メタン系炭化水素が使用される。これらのガスは高圧化では液化してしまうが、メタン系炭化水素は常温

では気体であり、ガス混合比を高くしやすい特徴を有している。本研究で使用している CO2 はソフトクエン

チングガスと呼ばれるもので、CH4 よりはクエンチチング効果は小さいものの、電子拡散係数が小さいとい

う特徴を持っている。

3.4 GEM

GEM は薄い絶縁体のフィルムの両面に銅箔を貼り、そこに多数の孔を空けた構造をしている。図 10 に

GEM の全体図と顕微鏡拡大写真を示す。絶縁体のフィルムにはポリイミドなどの素材を使用し、その厚さは

50µmである。50µmGEM の場合は孔の大きさは直径 70µm で 140µm おきに規則的に並んでいる。両面を

覆っている銅箔は 5µm の厚さで、これらの間に 300~400V 程度の電位差を与えることにより孔の内部に高

電場を形成し電子を増幅させる。図 11は GEM の断面の模式図で、孔の電場の様子やガス増幅の様子を表し

ている。このように、GEM の両面に電圧をかけることで孔の内部に高電場をつくり電子が孔を通過するとき

のみ電子増幅が起こることになる。GEM を使う際は図 11 のようにカソードと読み出し基板 (Readout pad:

アノード)を使う。それぞれに電圧をかけることで電場が形成され、カソードと GEM の間のガス中で粒子が

相互作用をすることでできた電子は電場に沿って GEM の孔の中で増幅され信号として読み出すことができ

るようになる。通常、GEM は薄いため一枚では信号を読み出すのに十分な電子増幅度を得ることができな

い。例えば、Ar-CO2(70:30)の混合ガス中で厚さ 50µmGEM を使用し、安定動作させた場合最大でも 100

倍くらいである。そのため、2 枚、もしくは 3 枚など GEM を複数枚組み合わせて使うことが多い。GEM が

3 枚の場合は GEM が 1 枚のときと比べ GEM が 2 枚増えているため GEM と GEM の間の領域が増えるこ

とがわかる。このように複数枚の GEMを用いる際には、GEMの孔の大きさや厚さ、GEM と GEM の間の

領域などが存在し複雑になってくるため、GEMの基本特性を理解しておく必要がある。詳細については次章

で説明する。以下に GEM の特徴について記す。

図 10 GEMの拡大図

11

• 複数枚積層可能GEMは複数枚積層することが可能である。そのため、GEM1 枚での増幅度が低くても全体として高

い増幅度を得ることができる。また一枚当りにかける電圧の負担も減るため安定動作につながる。

• 高い入射粒子頻度に耐えられるGEM の孔が細かく、電子と対になって生成する陽イオンを GEM表面に吸収することができるので、

イオンフィードバックを抑えることができ、入射頻度が 105Hz/mm2 以上の高頻度でも動作可能であ

る。

• 読み出し部分の自由度GEMは増幅だけを担っているので、読み出しの部分は自由に設計することができる。そのためパッド

やストリップでの読み出しもでき、目的に合わせた設計をすることができる。

• フレキシブル性GEM は薄い絶縁体と銅でできているため高い自由度を持っている。そのため、曲げることが可能であ

り、シリンドリカルなものの製作も可能である。

• GEM本体の独自設計可能

GEM は、厚さ、孔の大きさや間隔などを変えて作製することが可能である。例えば、孔の大きさや形

を自由に設定することも可能である。そのため、現在では様々なパラメータを持った GEM が開発され

研究されている。本研究でも、厚さが 50µm の GEM だけでなく、厚さ 100µm の GEM を組み合わ

せた検出器で実験を行っている。この他にも、厚さが 50µm よりも薄い 25µm の GEM や逆に 400µm

以上の厚さを持つ GEM(Thick-GEM と呼ばれている)、銅箔ではなくカーボンなどの高抵抗の物質が

使われた GEM(Resistive Thick-GEM)、絶縁体の部分をガラスで置き換えた GEM などの研究がなさ

れている。

図 11 GEMの増幅過程

12

3.5 多段構造における GEMの各領域

GEM は複数枚組み合わせて使うことで高い増幅度を得ることができる。複数枚積層した多段構成の GEM

では、図 12 に示すようにカソード、GEM、パッドの間に領域が存在する。これらの領域は、Drift 領域、

Transfer 領域、Induction 領域の 3 つの領域に分けられる。カソードと GEM1 の間の領域を Drift 領域、

GEM1 と GEM2、GEM2 と GEM3 の GEM 間の領域を Transfer 領域、GEM3 と読み出しのパッド間の領

域を Induction 領域と呼ぶ。Drift 領域は、放射線により電離が起こり、イオン電子対が生成される領域で、

生成された電子が GEM の孔に入る効率 (収集効率)を決める領域となる。Transfer 領域は GEM 間の領域で

あるため、電子を効率よく GEM に転送する効率(転送効率)を決める領域となる。Induction 領域は最下段

の GEM から読み出し基板へと電子を導く領域であり、出力パルス波高や立ち上がり時間などを決める領域に

なる。

図 12 積層構造の GEMの増幅過程

13

4 GEMの基本特性

GEM を用いた検出器によるガス増幅は、まず Drift 領域で放射性粒子とガス分子が電磁相互作用を起こし、

電離することで電子が生成される。この電子が GEM の孔へと引き寄せられる効率(collection efficiency)と

GEM の孔での増幅(effective gas gain)と、そして孔からの引き出し効率(extraction efficiency)の 3 つの

要素によってその増幅率やエネルギー分解能が説明できる。この章では、これらの 3要素が何によって決まっ

ているかを調べ、GEM の基本特性を調べる。

4.1 セットアップ

図 13に実験室の概観を示した。図の中央のチェンバーには本研究で使用する GEMがセットされている。

そのチェンバーの上に X 線である 55Fe が置かれ、信号の読み出しはプリアンプからエレキモジュールと

ADCに接続することでその積分電荷量を求め、PCによりデータ解析を行っている。本研究に使用したアン

プやエレキモジュールについて、詳しい説明をする。

図 13 実験セットアップ

4.1.1 検出部

チェンバー内部のセットアップを図 14に示した。カソードは X線が通過できるようにメッシュカソードを

使用した。メッシュカソード、GEM、PAD 間にかける電圧は株式会社サトウ電子製の Dual High Voltage

Power Supply NEGATEIVEを使用した。カソードと GEMの間の領域を Drift領域、GEMと GEMの間

の領域を Transfer領域、GEMと PADの間の領域を Induction領域といい、それぞれの領域にかける電場を

ED、ET (上部を ET1、下部を ET2)、EI と表記する。また GEMにかける電圧はΔ VGEM と表記する。各

領域の電場と GEMにかける電圧は電子の増幅率のパラメータとなっているので、増幅率とこれらの電場の依

存性についてこの章で後述する。

14

図 14 チェンバー内部のセットアップ

4.1.2 読み出し

以下に本研究で使用したモジュールを記す。

• PRE AMP

KEK Belle CDC

• POST AMP

林栄精器製 RPN-222B

• QUAD DISCRIMINATOR

KEK N0622-0256

• DUAL GATE GENERATOR

カイズワークス製  KN1500

図 15に信号読み出しに使用した PADを示す。読出し PADは 10cm× 10cmのガラス基板に配置され

た 6 × 6 個の細かい PAD(金メッキされた大きさ 1.6cm× 1.6cmの PAD)をまとめて接続することで 1

枚の読み出し PADとして働くように設定している。図 16に信号読み出しの回路図を示す。PAD に誘起され

た信号は小さく、ノイズの影響を受けやすいため、読み出しにはプリアンプを使用した。このプリアンプには

KEK Belle CDC(Central Drift Chamber)グループのものを使用し、増幅度は 300mV/pCである。プリア

ンプで増幅された信号はポストアンプへと送られる。ポストアンプはプリアンプで増幅された信号を差動で受

け、波形整形と増幅を行う。このポストアンプの倍率は 10 倍のものを使用した。システムは大きく分けると

NIM と CAMAC の 2 種類のシステムに分かれる。NIMではプリアンプからの信号をポストアンプで受けと

ることをはじめとしてゲート信号を作っている。CAMAC では ADC (2249A)などの測定データを読み取

るモジュールが主である(図 13)。ガス増幅度(ゲイン)の算出方法は、ADC で得られた波高分布のピークを

15

ガウス関数でフィットしその平均値を用いて(4)式より算出した。また、ここでいうガス増幅度は、実効ガ

ス増幅度に対応しており、実効ガス増幅度は放射線源を用いて得られた、実際の PADからの信号を ADCで

測定して求めている。実効という意味は、GEMチェンバーの場合、GEMで増幅された電子が全て PADに

向うのではなく、一部は GEM表面に戻ってしまうので、GEMでのガス増幅度と実際に PADで測定するガ

ス増幅度が違ってくるため、PADで測定された信号に基づいた増幅率ということである。

図 15 信号読み出し PAD

増幅率 =(ADC のキャリブレーション値) × (平均値)

(二次電子数) × 1.602 × 10−19× (アンプの増幅率)(4)

図 16 読み出し回路図

16

図 17にオシロスコープで観測したポストアンプからの出力信号波形を示す。読出し PADからの信号は電

子が PADに近づき、正電荷が PADに流入されることで電子が流出し、負の電流が流れるので信号波形はマ

イナス方向の信号となる。これに対して Foil (読出し PADに向かいあう GEMの電極)からの信号はプラ

ス方向の信号となっているが、これは Foil 自体からは、正電荷が foilに近づくため、PADに流れる電流と符

号が逆の電流が流れることに起因する。すなわち、読出し PADにはマイナスの信号が得られるが、GEM 自

体はプラスの信号が得られ、このことが信号波形として表れている。この基本特性評価では Foil からの信号

をトリガー信号として使用した。

図 17 信号の出力波形

17

4.2 実効ガス増幅率の各領域での電場依存性

ガス増幅は孔の電場によって起こるため、各パラメータを変える事によってガス増幅度が変化する。変化

させたパラメータは GEM の上下の銅箔の電位差であるΔ VGEM、ドリフト領域の電場である ED、転送領

域の電場である ET、信号誘起領域の電場である EI である。また、転送領域の距離である GT、信号誘起領

域の距離である GI も変化させてガス増幅度の変化を測定した。各領域の間隔(距離)は、各測定時の様子を

示した図に示す。また、使用ガスの P-10、Ar-CO2 はそれぞれ、次のような割合での混合ガスである;P-10:

Ar-CH4(90:10)、Ar-CO2:Ar-CO2(70:30)。

4.2.1 Δ VGEM 依存性

GEM は GEM の上下の銅箔電極に電圧をかけることにより電位差(Δ VGEM)を生じさせている。ガス

増幅率はΔ VGEM に依存し、この時の孔でのガス増幅率の振る舞いを理解することは重要である。また、Δ

VGEM を大きくしすぎると GEM 間に放電が起こるため、GEMが破損する恐れがある。GEMを破損させな

いためにも基本動作を良く理解しておく必要性がある。図 18にΔ VGEM における電場依存特性測定の検出

器構成を示す。電圧はマイナス電源を用いて、GEM1の上面の銅と GEM1の下面の銅電極には電位差(Δ

VGEM)を生じさせる。GEM2、GEM3でも同様にΔ VGEM となるように設定した。さらに測定ではカソー

ドにも電圧を印加した。他の領域にも電場を形成させる必要があるが、Δ VGEM の特性を把握するため一定

の値に設定し、Δ VGEM の電圧のみを変化させて測定を行った。測定は、線源として 55Feから出る 5.9keV

の X線を利用し、実効ガス増幅率を算出した。測定にはガスは P-10、Ar-CO2 を使用した。

図 18 Δ VGEM 依存性測定のセットアップ

18

測定結果を図 19 に示す。どちらのガスでも指数関数的にガス増幅が行われている。3 枚の GEM を用い

た場合の実効ガス増幅率は 102~105 の範囲にある。またどちらのガスも高電圧にしていくと放電が頻繁に

起こるようになる。P10 のガス中では、55Fe 線源の X 線によって作られる電子の数は約 225 個であり、Δ

VGEM を 290Vに設定すると、3枚の GEMで増幅率は 2.1 × 102 倍、つまり 1枚で約 6倍の増幅率となり、

Δ VGEM が 1V 増加すると実効ガス増幅率は約 9%増加することになる。Ar-CO2のガスの中では、55Fe線

源の X線によって電子が約 213個生成される。Δ VGEM=320Vに設定すると、3枚の GEMで増幅率は 2.1

× 102 倍、1枚で約 6倍の増幅率となる。このときΔ VGEM が 1V増加すると実効ガス増幅率は約 7%増加

することになる。この結果を踏まえ、Δ VGEM は、P10のときは 300~350V、Ar-CO2 では 330~380Vの

範囲で設定することが安定動作には必要であるとの知見を得た。

図 19 実効ガス増幅率のΔ VGEM 依存性

19

4.2.2 Drift領域での電場 ED 依存性

図 20に Drift 領域での電場 ED 依存性測定のセットアップを示す。Drift領域は入射粒子がガスと相互作

用(電離作用)を起こす領域で、電離された電子を GEM に導くために電場をつくる必要がある。この領域で

電子が孔に入っていく効率(収集効率)がもっともよい電場設定を理解するために、この領域での電場依存性

を調べた。このとき、Drift 領域の電場 ED のみを変化させ他の領域は一定の値で固定して測定を行い、孔の

収集効率を調べた。

図 20 実効増幅率の ED 依存性測定のセットアップ

図 21に Drift 領域での電場変化に対する相対実効ガス増幅率を示す。ここで測定データで得られた最大値

をもとに規格化している。このガス増幅率を収集効率に依存するものとして考えると、2 種類のガス共に高電

場になるにつれて増幅率が低下する傾向にある。これは、電子が高電場を受けると孔に入らず、電極である

GEMの表面に引きつけられてしまうため、その収集効率が下がるためである。Ar-CO2(70:30)は P10 より

高電場での相対増幅率が高いことから、電子の孔への収集効率が高い。この理由としては Ar-CO2 はクール

ガス(CO2)が入っているため電子の拡散が抑えられ、GEM の孔に電子が入りやすくなったためと考えられ

る。この結果から P10 は Ar-CO2(70:30)に比べ拡散が起こりやすいことがわかる。また、前節で述べたよ

うに Ar-CO2(70:30)では GEM への印加電圧を高くできるため、GEM 孔内の電場がより強くなり、より

高い Drift 電場まで孔内に電気力線を引き込むことができることが考えられる。

20

図 21 相対実効ガス増幅率の ED 依存性

4.2.3 Induction領域での電場 EI 依存性

図 22に Induction 領域の電場変化に対する実効ガス増幅率測定のセットアップを示す。Induction 領域は

信号誘起領域である。つまり、GEM が増幅を起こしてできた電子を引き出す効率(extraction efficiency)を

よくして、読み出し PAD へと導く領域である。この引き出し効率を理解するため実効ガス増幅率の電場依

存性を測定した。このとき、Induction 領域のみの電場を変化させ、他の領域は一定の値で固定して測定を

行った。

図 23に Induction 領域の電場変化に対する実効ガス増幅率の測定結果を示す。EI は、PADへ電子を導く

電場である。図 23 ではそれぞれのガスにおいてガス増幅率が一定値示したと思われる点で規格化している。

P-10ガスにおいては電場が強くなるにしたがいガス増幅率が増加し、プラトー領域でその増加の割合が小さ

くなり、さらに電場が強くなると急激にガス増幅率は増加する傾向にある。ArCO2 でも、高電場でややガス

増幅率が増加する傾向がみられる。このことより、Induction 領域においてガス増幅が起きていると考えられ

る。つまり、Induction 領域の電場を強くすることにより、GEM 孔内の電場が強くなり増幅領域が GEM 孔

の外側まで拡がることに起因しているものと考えられる。

21

図 22 相対実効ガス増幅率の EI 依存性測定のセットアップ

図 23 相対実効ガス増幅率の EI 依存性

4.3 Transfer領域での電場 ET1、ET2 依存性

図 24 に Transfer 領域の電場変化に対する実効ガス増幅率測定のセットアップを示す。Transfer 領域は

GEM と GEM の間の領域で、GEM 間の電子を通す領域である。増幅された電子をそのまま失うことなく次22

の GEM へと導くことは重要であり、それがどのようなパラメータによって変化するかを理解するため、実効

ガス増幅率の電場依存性を測定した。GEM を 3 枚用いると Transfer 領域が 2 箇所出来る。最初に 2 箇所の

Transfer 領域(ET1、ET2)の電場のみを同時に変化させて測定を行った。

図 24 相対実効ガス増幅率の ET1、ET2 依存性測定のセットアップ

図 25に Transfer 領域の電場変化(ET1、ET2 同時変化)に対する相対実効ガス増幅率を示す。この相対的

なガス増幅率を通過効率と考える。この領域は 2 枚の GEM に挟まれているためガス増幅率の振る舞いは、

Drift 領域と Induction 領域の両方の特性を持つことになる。図 25から低電場では電子をあまりよく通せて

いないことがわかる。これは、Drift 領域でも説明したように、GEM の表面に電子が吸い寄せられる効果に

より、次の GEM の孔には到達できていないと考えられる。そのため、ある一定の高電場になると電子を通す

量も一定に達している。このことにより、Drift 領域と同じく、GEM の表面に吸い寄せられないような電場

を形成しなくてはならない。しかし、Drift 領域とは違い、電場を上げすぎると放電が起こりやすくなりGEM

を壊す恐れがあるため、あまり電場を上げすぎずに、もっとも電子を通す電場を領域にかけることが必要とな

る。また、高電場では増幅率が一定となる。これは Drift 領域の電場が強いと GEM表面に電子が落ち込み、

一定以上の増幅率を超えないと考えられる。

次に 2 つの領域の電場 ET1、ET2 を別々に変化させた場合に電子の通過効率に変化があるのかを測定した。

ET1 に対する Transfer 領域の電場依存性を理解したいときは、ET2 の電場を固定、ET2 に対する Transfer

領域の電場依存性を理解したいときは、逆に ET1 を固定し測定した。

図 26 に Transfer 領域の電場(ET1,ET2)の一方を固定し、もう一方を変化させたときの相対実効ガス増

23

図 25 P10、ArCO2 での相対実効ガス増幅率の Transfer領域の電場依存性

図 26 相対実効ガス増幅率の ET1、ET2 依存性

幅率を示す。どちらの領域を測定した場合でもほぼ同じ結果を示した。そして、この測定結果の ET1 と ET2

をそれぞれ独立に変化させて得られた得られた増幅率をかけ合わせた場合の増幅率と、図 25に示した ET1 と

ET2 を同時に変化させて得られた増幅率を比較すると、2つの測定はほぼ一致する結果となった。これより、

電子の通過効率には積層する枚数の影響は何もないことが理解できる。

ここで図 24 を見るとわかるように、Transfer 領域は、GEM1 や、GEM2 の下にある領域と考えれば

Induction領域であり、GEM2や GEM3の上にある領域と考えれば Drift領域と考えることができる。この

ことから、実効ガス増幅率の ET に対する依存性は、前節で測定した収集効率と引き出し効率から説明できる

24

可能性がある。そこで、収集効率と引き出し効率を掛け合わせたものと実際に測定して得られた効率を比較し

た。転送領域が 2箇所存在している事を考慮して、掛け合わせた後に二乗した。結果を図 27に示す。

図 27 ET1 と ET2、ED と EI の実効ガス増幅率掛けて二乗したシミュレーションと実験結果。Effは実効ガス増幅率。

Transfer 領域を独立に変化させて測定した相対実効ガス増幅率の掛け合わせと、Drift 領域と Induction 領

域の電場を変化させて測定した相対ガス増幅率を掛け合わせて 2乗したもの、そして Transfer 領域の電場を

同時に変えて測定した相対ガス増福率とを比較すると、どれもほぼ一致をみた。これらの結果より、Transfer

領域は Drift 領域と Induction 領域の双方の働きをすることが考えることができる。また、GEM を通して

反対側の電場の強さは、注目している領域の電場依存性にさほど影響していない事を示している。これは、

GEM の孔内の電場がその両側の領域の電場と比較してかなり強いことから理解することができる。

5 Thick-GEM

ここまでは、絶縁体の厚さが 50µmGEM について述べた。GEM3 枚の組み合わせでは、最大で 5 × 105

乗の高い増幅率が得られた。しかし、50µmGEM は、放電に弱く、損傷しやすい。本論文では一枚でより

高い増幅率を得られ、放電に強く安定動作が期待される Thick-GEM について研究を行う。そこで、まずは

Thick-GEMの基本特性を調べ、次に硬 X線画像検出器への応用を試みる。

GEMは、孔の中に強い電場を与えることによって、入射粒子と相互作用した電子がガスと電子雪崩増幅す

る。よって、孔の距離 (GEMの厚み)が大きいほど、電子の増幅される領域は大きくなり、より高い増幅率を

得ることが期待される。また、GEMを厚くすることで放電に強くなり、安定動作することが期待される。そ

こで、本論文では 50µmよりも厚い 200µm、400µmの Thick-GEMの増幅率、各領域での電場依存性、エネ

ルギー分解能、時間依存性を調べ、50µmGEMとの比較を行った。また、200µm、400µmのリム有、リム無

の GEM計 4枚から二枚を選択し、積層構造の GEMで、増幅率がどの程度得られるか調べた。

25

5.1 使用する GEM

使用する GEMの厚さ、孔径、リムの有無のパラメータを表 1に記した。200、400µmGEMの 1枚の基本

特性の測定では、200、400µmのリム無では一枚で信号を得ることができなかったので、リム有のみを使用し

た。Thick-GEMにおいてはリム無よりもリム有の方が増幅率が高いという結果になった。これは、GEMの

孔にリムを形成しないとき、孔の周りの銅で放電が起こりやすいため、リム有の GEMよりも電圧がかけられ

なかったことによる。

表 1 GEMのパラメータ

図 28 400µmGEM (リム有)の拡大図

26

5.2 Thick-GEMの基本特性

Thick-GEM の基本特性の測定では、第 4 章と同じ基本特性評価システムと信号読み出し PAD を使用

する。GEM の増幅段は 50µmGEM3 枚を 200,400µm GEM 1 枚に置き換える。リム有の Thick-GEM と

50µmGEMの相違点として、GEMに孔を空ける際の微細加工方法が異なる。Thick-GEMは孔を空けた後、

リム取りという加工がなされる。これは、孔周りに隣接した銅付近で放電が起こりやすいため、銅を数十~

百 µm 削ることでより高電圧をかけるためである。しかし、この加工方法は孔径が 200~300µm と大きい

Thick-GEMでできる加工技術で、孔径が 70µm程度の大きさである 50µmGEMではリムを形成することが

できない。リムを形成することでより高い増幅率が得られるが、絶縁体部がむき出しになることにより、増幅

率に時間依存性が生じる。そこで、初めに増幅率の時間依存性を測定し、増幅率が安定する時間で各領域の電

場依存性を調べる。また、増幅率に時間依存性があり、エネルギー分解能が悪くなることが考えられるので、

エネルギー分解能についても調べる。

5.2.1 Thick-GEMの増幅率の時間依存性

50µmGEMは、孔の形状により増幅率の時間依存性が変化することが知られている。図 29に 100µmGEM

の増幅率の時間依存性を示す [2]。相対増幅率は電圧をかけた直後の増幅率を 1とする。GEMのパラメータ

は孔のピッチ/リム径/孔径のように記している。GEMの面に対して垂直にレーザー加工した孔の GEMでは

増幅率に時間依存性はないが、GEMの面に対して傾斜を与えて加工した孔では増幅率に時間依存性が生じて

いる。これは、GEMに電圧をかけた直後から絶縁体表面に電荷が帯電するのに時間がかかるためである。時

間が経つにつれて電荷が溜まることにより、孔内の電場が徐々に強くなり、増幅率が上がるのである。ゆえに、

孔の形状は増幅率の時間依存性に影響を与えていることがわかる。200µm,400µmGEMの増幅率の時間依存

性を、図 30に示す。200µmでは時間に依存して増幅率が上昇している。これは 100µmGEMの増幅率の時

間依存性と同様に 200µmではリムを形成することで絶縁体部がむき出しになり、電圧をかけた直後から絶縁

体部に電荷が溜まるのに時間がかかったためであると考えられる。しかし、400µmGEMでは 200µmGEMと

同じ孔の形状をしているが、時間に依存して増幅率が減少している。これは、チェンバー内の湿度が変化し、

GEMの絶縁体の抵抗値が下がり、電圧がかからなくなった可能性があるが、詳しい原因はわかっていない。

5.2.2 Thick-GEMの各領域での電場依存性

図 31に 200µm、400µmGEMの増幅率のΔ VGEM 依存性測定セットアップを示す。200µm,400µmGEM

の上下の銅箔電極に電圧をかけることにより、電位差 (Δ VGEM ) を与え孔での実効ガス増幅率を測定する。

Δ VGEM 依存性を調べるため Drift領域、Induction領域の電場は一定の値に設定し、Δ VGEM の電圧のみ

変化させて測定を行った。測定は、55Fe線源から出る 5.9keV の X線を利用し、実効ガス増幅率を算出した。

測定にはガスは P-10を使用した。

測定結果を図 32に示す。50µmGEM1枚では信号増幅が得られなかったが、Thick-GEMでは 50µmGEM

より高い電圧をかけることができ、400µmGEM1 枚で実効ガス増幅率が最大で 5 × 103 まで得ることが

できた。このことから、GEM に厚みを与えることでより高い増幅率が得られることがわかる。しかし、

200µmGEM と 400µmGEM の増幅率を比較すると、400µmGEM の方が最大増幅率がやや大きいが、それ

ほど差はない。これは、厚みの異なる GEMで孔の中の電場の大きさを等しくするためには、厚い GEMの

方がより高い電圧をかける必要があることに起因する。例えば、50µmGEM に ∆VGEM =300V の電位差

27

図 29 100µmGEMの増幅率の時間依存性 [2]

図 30 200,400µmGEMの増幅率の時間依存性

を与えると、孔の中で形成される電場の大きさは、60kV/cm である。ここで、400µmGEM で孔の中の電

場を 60kV/cm とするためには、GEM に与える電位差は ∆VGEM =1500V 必要であることがわかる。しか

し、図 32 より 400µmGEM は放電が生じるため、1500V の電圧には耐えられない。50µmGEM と比較し

て、400µmGEMは孔の中の電場が弱いことがわかる。厚みの異なる GEMで増幅率を比較するとき、厚みが

大きいほど増幅領域が大きくなるが、孔の中の電場が弱くなることを考慮しなければならない。50µmGEM

28

図 31 200,400µmGEMの増幅率のΔ VGEM 依存性測定セットアップ

と 400µmGEM では増幅領域の大きい 400µmGEM が増幅率が高いが、200µmGEM と 400µmGM では

400µmGEMの孔の中の電場の弱さの影響が大きく、増幅率に大きな差がなかったと考えられる。

図 32 実効ガス増幅率のΔ VGEM 依存性の測定結果

29

5.2.3 Thick-GEMの実効ガス増幅率の Drift領域電場依存性

Thick-GEMにおいて、Drift領域で電子が孔に入っていく効率(収集効率)が最もよい電場設定を理解す

るために、この領域での電場依存性を調べた。このとき、Drift 領域のみの電場 ED のみを変化させ他の領域

の電場は一定の値で固定して測定を行い、孔の収集効率を調べた(図 33)。

図 33 200,400µmGEMの増幅率の ED 依存性測定のセットアップ

図 34に Drift 領域ので電場変化に対する相対実効ガス増幅率を示す。ここで測定データで得られた最大値

をもとに規格化している。

50µm、100µm、400µmGEMは高電場で増幅率が減少した。これは Drift領域の電場が強すぎると、一次

電子は孔を通過せず、GEM 表面の銅に吸収されるためある一定の電場より高いところでは増幅率が減少し

たと考えられる。200µm は、電位差Δ VGEM が大きいところで一定としてしまったため、ED=3.5kV/cm

で放電が起こり、それ以上の電場で測定を行うことができなかった。また、50µmGEM、100µmGEM で

は ED=1kV/cmで増幅率の最大値が得られているが、200µm、400µmGEMは ED=2.5kV/cmで最大の増

幅率が得られている。これはガス増幅率を収集効率に依存するものとして考えると、200µm、400µmGEM

は開口率が大きいため電子の収集効率が高く、より高電場で増幅率が最大となったと考えられる。この結

果より、本研究では Drift 領域の最適電場を 2.5kV/cm と考え、5-4 節の Thick-GEM を積層した測定では

ED=2.5kV/cmで固定し測定を行っている。

5.2.4 Thick-GEMの増幅率の Induction領域電場依存性

Induction 領域における電場 EI の引き出し効率を理解するため実効ガス増幅率の電場依存性を測定した。

このとき、Induction 領域のみの電場を変化させ、他の領域の電場は一定の値で固定して測定を行った(図

35)。

図 36 に Induction 領域の電場変化に対する実効ガス増幅率の測定結果を示す。この相対実効ガス増幅率

を引き出し効率と考える。図 36 は Induction 領域の電場が最大となる点を規格化している。200µmGEM、

400µmGEMともに Induction領域の電圧の増加とともに増幅率が大きくなっている。これは、Induction 領

30

図 34 相対実効ガス増幅率の ED 依存性の測定結果

図 35 200,400µmGEMの増幅率の EI 依存性測定セットアップ

域においてガス増幅が起きるためである。つまり、Induction 領域の電場を強くすることにより、GEM 孔

内の電場が強くなり増幅領域が GEM 孔の外側まで拡がることに起因しているものと考えられる。この特性

は、Thick-GEM と 50µmGEM でほぼ同じ結果が得られた。200µm は EI=4.0kV/cm で最大となったが、

Drift 領域の電場決定のときと同様にΔ VGEM を高い値で一定としたため放電が起こり、これより高い電場

で測定を行うことができなかった。本研究では、安定動作を考え EI=4.0kV/cm を最適電場とし、5-4 節の

Thick-GEMを積層した測定では EI=4.0kV/cmで固定し測定を行っている。

31

図 36 相対実効ガス増幅率の EI 依存性の測定結果

5.3 Thick-GEMのエネルギー分解能

Thick-GEM には増幅率の時間依存性があるため、エネルギー分解能も変化することが考えられる。そこ

で、200µmGEMと 400µmGEMのエネルギー分解能を求め、どの程度エネルギー分解能に差が現われている

か調べた。200µmGEM と 400µmGEM には増幅率の時間依存性があることから、エネルギー分解能につい

ても時間依存性を調べ、評価する。

5.3.1 エネルギー分解能の評価方法

図 37にエネルギー分解能の評価方法を示す。55Feの線源の放射線は Arガスと光電効果によって電子を生

成する。その生成された電子のエネルギーは 5.9keVと小さく、ガスと相互作用して Drift領域でほぼすべて

のエネルギーを落とす。このため、ADC 分布の測定ではガウス分布が得られるが、実際は 400µmGEM の

ADC分布にエネルギー領域の高い方にテールを引く分布であった。一般的にガウス分布のエネルギー分解能

は、ガウス分布全体に対してガウスフィットを行い平均値を求め、FWHMを平均値で割った値とする。しか

し、本研究の測定では、テールを引くガウス分布が得られたためピーク位置の狭い領域でガウスフィットし、

半値幅を読み取って FWHMとした。

5.3.2 200µmGEM、400µmGEMのエネルギー分解能の時間依存性

200µmGEM、400µmGEM の ADC 分布を図 38 に示す。5-1 節で述べたように 400µmGEM の増幅率

の時間依存性は、時間が経つにつれて増幅率が下がるという結果が得られていた。ADC 分布を見ると、

200µmGEMは絶縁体表面に電荷が帯電するためエネルギー領域の高い領域にテールを引くが、ピーク位置も

大きい領域に移るため、エネルギー分解能の時間依存性はあまり見られない。しかし、400µmGEMでは電圧

をかけた直後の ADC分布はガウス分布に近い形が得られているが、ピーク位置が時間が経つにつれて低いエ

32

図 37 エネルギー分解能の評価方法

ネルギー領域に移っていることがわかる。一方で、200µmGEMと同様に時間が経つにつれてエネルギー領域

の大きい方にテールを引くため、エネルギー分解能が悪くなっている。

図 38 200µm、400µmGEMの積分電荷量の時間依存性

33

エネルギー分解能と時間依存性のグラフを図 39に記す。200µmGEMではエネルギー分解能に時間依存性

は見られず、20%程度である。400µmGEMではエネルギー分解能に時間依存性が見られ、電圧をかけた直

後は 25%程度であるが、24時間後には 40%程度まで大きくなりエネルギー分解能が悪くなっていることが

わかる。これは ADC分布の比較からわかるように、絶縁体部に電荷が帯電するのに時間がかかるため増幅率

が高くなる信号と増幅率が下がる信号の相反する電荷分布が得られているためにエネルギー分解能が悪くなっ

ていると考えられる。

図 39 200µm、400µmGEMのエネルギー分解能の時間依存性

34

5.4 Thick-GEMの積層構造

硬 X線画像検出器において GEMに求められる増幅率は、物質と相互作用するすべての硬 X線を検出する

ことができる増幅率である。これは、GEM にかける印加電圧と検出効率の関係より決定することができる

[3]。そこで、本研究では Thick-GEMを積層することで増幅率が 5 × 104 を超え、安定動作をする検出器の

実現を目指す。測定する項目は増幅率、エネルギー分解能である。

5.4.1 Thick-GEMの積層構造

2-6節で述べたように、GEMを積層するとき、Drift領域,、Transfer領域、Induction領域の 3つの空間

領域がある。2 段構成の GEM では、この 3 つの領域とΔ VGEM1、Δ VGEM2 にかける電圧の 5 つのパラ

メータにより増幅率が変化するが、すべてのパラメータを変数として測定するのは非常に多くの測定を必要

とし、困難である。そこで、3-1節で測定した Drift領域、Induction領域の電場依存性から、最大の増幅率

が得られる電圧を決める。Drift領域、Induction領域の電場依存性において最適な電場を、ED=2.5kV/cm、

EI=4.0kV/cmと決定し、この電圧で固定する。そして、残りの未知のパラメータである Transfer領域の電

場、Δ VGEM1、Δ VGEM2 は、初めにΔ VGEM1、Δ VGEM2 の電圧を適当な電圧に固定し、最大の増幅率が

得られる Transfer領域の電場を決定する。そして、Δ VGEM1、Δ VGEM2 の電圧は、Δ VGEM1 の電圧を固

定し、Δ VGEM2 の電圧を変化させ、最大の増幅率が得られる電圧を決定する。

チェンバーのセットアップを図 40に示す。

図 40 Thick-GEM2枚の基本測定のセットアップ

表 2 に Thick-GEM の組み合わせによる増幅率とエネルギー分解能の結果を記す。200µmGEM(リム有)

を GEM1としたとき、GEM2の組み合わせで最も高い増幅率が得られたのは 400µmGEM(リム無)であり、

その増幅率は約 5 × 104 であった。エネルギー分解能は 35 %で悪い。GEM1 を 400µm(リム有) としたと

き、GEM2 の組み合わせで最も高い増幅率が得られたのは、200µmGEM(リム有) であり、その増幅率は約

35

6 × 104 であった。また、エネルギー分解能は 26%で比較的良い。以上の結果から、最も増幅率が高いのは

GEM1を 400µmGEM(リム有)、GEM2を 200µmGEM(リム有)としたときであり、エネルギー分解能も良

いことがわかった。この増幅率は硬 X線画像検出器に必要な増幅率 5 × 104 を超えており、硬 X線画像検出

器に応用することが可能であると判断できる。

表 2 Thick-GEM2枚の増幅率とエネルギー分解能測定

次に GEM1を 400µmGEM(リム有)、GEM2を 200µmGEM(リム有)としたときの相対ガス増幅率の時間

依存性を調べた。結果を図 41 に示す。このとき増幅率は電圧印加直後から 1 時間から 5 時間経つ間増幅率

がほぼ一定になる時間があった。これは増幅率の時間依存性により 200µmGEM(リム有)では増加する一方、

400µmGEM(リム有) では減少するため、全体での増幅率の変化が打ち消しあって一定になったと考えられ

る。しかし、200µmGEM(リム有)の方が増幅率が安定する時間が早いので、400µmGEM(リム有)の増幅率

が減少する影響を受けてその後やや増幅率が減少したと考えられる。

よって GEM1を 400µmGEM(リム有)、GEM2を 200µmGEM(リム有)としたときの増幅率の時間依存性

は減少傾向にあるが、電圧印加直後から 6時間経つとほぼ一定となるため、動作させる際には電圧をかけてか

ら 6時間の時間をおけば運用できることがわかった

図 41 400µmGEM(リム有)、200µmGEM(リム有)の 2枚を積層した場合の増幅率とエネルギー分解能測定

36

6 Thick-GEMの硬 X線画像検出器への応用

5-4 節の結果より、本研究で硬 X 線画像検出器に応用する Thick-GEM を 400µmGEM(リム有)、

200µmGEM(リム有)と決定した。この Thick-GEMを硬 X線画像検出器に応用し、動作させるためには検

出部、データ処理回路、画像表示装置のシステム構成が必要である。GEM を硬 X線画像検出器に応用する一

番の利点は高い位置分解能にある。その点を十分に発揮させるためには検出器の構成、信号処理のシステム化

が重要となる。本章では、Thick-GEM を用いた硬 X線画像検出器のシステム化とその性能について述べる。

6.1 金メッキ GEM

3、4章では 5.9keVのエネルギーをもつ X線源 55Feを使用し、ガスと電磁相互作用を起させることで電離

電子を生成した。しかし、本研究で使用する硬 X線源 241Amはより高いエネルギー 59.5keVを持つためガス

との相互作用を起こす確率が小さくなり、検出効率が低くなる。そのため、硬 X線との相互作用の確率が大

きい物質を硬 X線- 電子変換物質(コンバータ)として利用することが必要となってくる。この変換物質とし

て、硬 X線と物質の相互作用により発生した電子が検出器ガス中に効率よく出てくること、またその電子の

飛程は相互作用を起こす物質の密度に反比例することから薄く加工できること、GEM そのものに加工を加え

ることのできる物質が要求された。このような観点から、反応断面積が大きく、GEMにメッキが可能で加工

が容易な金を採用した。金メッキを行なった GEM のことを特に「金メッキ GEM」と呼ぶ。図 42、図 43に

金メッキ GEM の写真と構造を示す。金メッキ GEM は GEM(100mm × 100mm)の両面に金メッキを行

なったものである。GEM は絶縁体が 50μm 厚の LCP(Liquid Cristal Polymer)に 1μm 厚の銅箔、孔

径が 70μ m、孔ピッチが 140μm である。金メッキ厚としては 3μm とした。

金メッキ GEM は硬 X 線-電子変換層としてより高い検出効率を得るため複数枚使用する。そのため、生

成された電子を読み出し側へと導くために金メッキ GEM 間にも電圧をかけ、孔に電場を形成させる必要が

ある。しかし、生成された電子が金メッキ GEM の孔を通る際に増幅を起こしてしまうと、硬 X線変換層の

上部と下部で生成された電子の電荷量に差ができてしまう。また、かける電圧が低すぎると電子が金メッキ

GEM の孔に入らず表面に吸収され、電子は増幅段に到達できなくなる。これらを解決するために金メッキ

GEM の孔に入る前の電子の数と孔から出てきた電子の数を同じになる、つまり実効ガス増幅率が 1 になるよ

うに金メッキ GEM 間の電圧を決定する必要がある。

6.2 検出器全体のシステム

図 44に GEM 型硬 X線検出器システムを示す。検出器は GEM が挿入されたチェンバー部と読み出し回

路部が一体となっている。検出器はガスフロー型の検出器で、使用する検出器ガスは Ar-CO2(70:30)の

割合の混合ガスである。読み出し回路部は ASIC(Application Specific Integrated Circuit) と FPGA(Field

Programmable Gate Array)からなる信号処理ボードを 4枚使用している。ASICは高エネルギー加速器研究

機構(KEK)で開発された ASIC チップ(FE2007)を使い、FPGA は XiLinx 社製の XC4VLX25-10FF668

を使用している。また、この信号処理ボードには SiTCP(Silicon Transmission Control Protocol)の技術を

用いることで、イーサネットを介することで PC へのデータ転送や PC から制御命令を行うことが可能であ

る。その他に、読み出し回路部を動作させるための低電圧電源、GEM に電圧をかけるための高電圧電源が必

要である。

37

図 42 金メッキ GEM

図 43 金メッキ GEMの断面図

6.3 GEMチェンバー

本研究では 400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを積層したチェンバーと、比較のため 100µm、50µm、

50µmGEMの 3枚を積層したチェンバーの 2つで実験を行った。チェンバー部には、硬 X線コンバータとし

て複数の金メッキ GEM、ガス増幅を行うため厚みの異なった GEM で構成される GEM とがインストール

されている (図 45、46)。各 GEM への電圧の供給には抵抗チェーンを使用した。また、GEM からの信号は、

チェンバー内部の読み出しストリップ基板を、フィードスルー基板を介して読み出し回路部に繋げることで、

ASIC チップへ送っている。読み出しストリップ基板のストリップ幅は 0.8mm ピッチで、フレキシブルな絶

縁体の表面に金メッキされた銅でできた三角形の PAD が並んでおり、120 × 120 チャンネル、有効視野で

100mm× 100mm の大きさを有する。この三角形の PADは、表面は X 方向で繋ぎ、Y 方向はスルーホール

により裏面で繋がっている。つまり、各チャンネルがピクセル状に独立しているのではなく、XY のストリッ

38

図 44 検出器全体のシステム

プを用いることで 2 次元位置情報を得ている(図 47)。

図 45 400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを増幅段に積層した硬 X線画像検出器セットアップ

6.4 読み出し回路

信号読み出し回路を図 48に示す。この読み出し回路は ASIC チップと FPGA を搭載したもので、一枚で

64 チャンネル分の信号読み出しが可能となっている。このような小さなボードに 64 チャンネル分のASIC を

搭載できるのは、1 つの ASIC チップで 8 チャンネル分読み出すことができる LSI(Large Scale Integration)

技術と、ASIC チップを 4 つ搭載することができるMCM(Multi Chip Module)技術の成果である。また、こ

のボードはイーサネットで PC とボードをつなぐことで動作させることができ、ボード一枚でも動作が可能で

ある。更にハブを用いれば PC1 台に対して複数枚のボードを動作させることも可能である。そのため、原理

的に使用できるチャンネル数に制限はない。開発している硬 X線検出器では読み出しストリップ数は合計で

240 チャンネルであるため、ボードを 4 枚使用することになる。また、信号極性の変更やパルス幅によるノイ

39

図 46 100µm、50µm、50µmGEMを増幅段に積層した硬 X線画像検出器セットアップ

図 47 使用した読み出し Strip

ズ信号の識別、外部からの時刻基準信号の入力(T0)など、動作モードを変えることが可能であり、目的に合

わせて様々な要求に対応できるように作られた汎用型の読み出し回路である。

図 48 64chボード

40

6.4.1 ASIC

図 49 に ASIC チップでの信号処理システムの概要を示す。MCM には 4 個の ASIC チップが搭載さ

れており、ASIC チップ 1 個で 8 チャンネル分の信号を読み出すことができるので、MCM1 個では 32

チャンネル分の読み出しが可能である。一枚のボードには 2 つの MCM が搭載されている(図 48)。チェ

ンバーからの信号は MCM の ASIC チップで処理をされてから FPGA へ送られる。MCM には外付けの

DAC(Digital-to-Analog Converter) があり、その DAC を用いることで MCM の閾値を決めることができ

る。読み出し回路には 2 枚のMCM が搭載されているので、2 つのMCM ごとの信号のばらつき調整を行う

ことができる。このパラメータを VthMCM(j) (j は MCM の番号 (j=0,1)) とする。また、ASIC チップの

内部のチャンネルごとにも DAC が設けられており、この DAC を調整することで、チャンネルごとのばら

つき、つまり読み出しストリップごとのばらつきを調整することもできる。このパラメータを VthASIC(i) (i

はボードのチャンネル番号 (i=0~63))とする。この二つのパラメータの和が各チャンネルの閾値 (V thch(i))

となる。

図 49 ASICチップの信号処理システム

6.4.2 FPGA

図 50に FPGA での信号処理システムの概要を示す。ASIC から出力されたデジタル化信号を LVDS(Low

Voltage Differential Signaling) レシーバで受信し、FPGA で処理できる規格に変換する。その信号を、サ

ンプラーを用いることでデジタル化信号の時間とイベントチャンネルをデジタル値に変換する。FPGA では

100MHz でサンプリングすることが可能である。このヒットパターン・データを時刻 8byte、ヒットパターン

8byte を組み合わせた、計 16byte で構成されたのデータとしてフォーマットする。時刻は 10ns 間隔で計測

が可能である。フォーマットされたデータは SiTCP を用いて、イーサネットを介して PC へ送られる。

6.4.3 画像データの収集

画像データ収集には可搬性を考えノート型 PC を使用し、リアルタイムで収集画像を表示させることができ

る Online Moniter(Bee-Beans Technologies)、QB-Imager(PENGUIN SYSTEM)という専用のソフトウ

エアを開発し使用した(図 51)。2 次元画像は、読み出し回路部から送られてくるデータはヒット時刻とヒッ

ト位置で構成されており、このデータが 4 枚の読み出し回路からそれぞれ送られてくるので、そのデータの時

刻からデータのコインシデンスを取り、対応する位置にプロットすることで出力している。また、このソフト

ウエアはグラフィカルユーザーインターフェースにも対応しており、「start」や「stop」といったアイコンを

41

図 50 FPGAの信号処理システム

操作することでデータ取得を可能としている。

図 51 画像データの収集画面

6.4.4 閾値設定

信号の閾値はストリップのごとや ASIC のごとのばらつきなどを考慮して設定する必要がある [3]。6-4-1

節で述べたように、各 ch の閾値は 4 枚の ASIC チップを搭載しているMCMの閾値 (VthMCM(j)) と、ASIC

との閾値 (VthASIC(i)) を足し合わせたものとなる。そのため次式で書くことができる。

Vthch(i) = VthMCM(j) + VthASIC(i) (5)

ここで、i はチャンネル番号 (0~63)に、j はMCM の番号 (0,1)に対応する。

a) VthMCM(j) の設定方法

VthMCM(j) は MCM についている外付けの DAC により設定することができ、この DAC の値の設定は

PC から FPGA を介して行なうことができる。図 48に示すように、読み出し回路には 2 つのMCM ボード

が搭載されている。図 52に DAC の値 (X 軸:Off set 値)と実際にMCM ボードにかかる閾値 (Y 軸:V

42

VthMCM(j)[mV])との関係を示す。おおよそ Offset 値 1000 に対して 200m V の対応となっている(Offset

5= 1mV)。この値はMCM ボードの閾値になるため、MCM ボード上の 4 つの ASIC、つまり 32 チャンネ

ルに全て共通に設定されることになる。

図 52 MCMボードの Offset値に対する閾値の相関グラフ

b) VthASIC(i) の設定方法

VthASIC(i) も ASIC チップについている DAC によって設定が可能であり、0~300mV の範囲で 10mV ず

つ設定することが可能である。これにより各 ASIC のバラつきを補正することができる。これも PC から

FPGA を介して行なうことができる。c) Vthch(i) の設定方法

各チャンネルの閾値の設定方法として、チャンネルごとのベースの位置を特定することで、どのチャンネ

ルもそれぞれのベースの位置から等しい値の閾値を設定するようにした。図 53に Vth の設定方法の概要を示

す。各チャンネルのベースの位置は同じではないので、まず、 VthMCM(j) の値を変えて 32 チャンネル全て

に対して大まかに VthASIC(i) の位置を設定する。つまり、最初にベースラインのノイズを観測したところ (図

では ch2 に相当)を VthMCM(j) の値とした。そこから Vthasic(i) の値をそれぞれの c チャンネルに対して変

化させることでチャンネルごとのばらつきを補正すること可能となる。

更に図 54のように閾値を変えながらカウント数をプロットし (図の左図)、その前後の値の差分をとりガウ

ス分布でフィットすると、右図のようなプロファイル分布が得られる。この分布がベースラインのノイズ分布

に相当するので、任意のチャンネルのベースの位置とノイズの広がりを求めることができる。これより、各

ch のベース位置の情報と ASIC のばらつきの補正により、どのチャンネルにもベースの位置から等しく閾値

を設定することができる。

43

図 53 Vth の設定方法

図 54 Vth の設定方法 (2)

6.5 241Am線源照射実験

本研究では 241Am線源を用いて画像取得のテストを試みた。線源は図 55に示すような縦横 10cm × 10cm、

中央に 5mmの孔が空いたコリメータで穴以外を通過する放射線を遮蔽して測定を行った。その実験全体図を

図 56に示し、画像取得の結果を図 57に示す。画像取得は線源を置いてから 10分間データを蓄積して行って

いる。400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMのセットアップで実験を行う際、Stripが壊れてしまい、Dead

chanelができて一部画像取得をできない点があった。Dead chanelは図 57の画像の左に多く存在したため、

あらかじめコリメータを介した線源を Dead chanelの少ない位置に移動して画像取得を行った (図 56)。測定

の結果として、本研究の 400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを積層した硬 X線画像検出器では 241Am線

源を使用して画像を取得することができ、そのレート (イベント数を測定時間で割った値) は 334Hz/sec で

あった。また、比較として 100µm、50µm、50µmGEMの 3枚を積層した硬 X線画像検出器での画像取得を

行った。(図 58)そのレートは 628Hz/secであった。100µm、50µm、50µmGEMの 3枚を積層した硬 X線画

像検出器の方が 400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを積層した硬 X線画像検出器よりもレートが高かっ

たのは増幅段の増幅率が高いため、微小な信号を計数することが可能になり検出効率が上がったためと考えら

れる。このことから、400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMの増幅率は、本研究で使用した読み出し Strip

で信号を得られる程度の増幅率はあったが、100µm、50µm、50µmGEMの 3枚よりも低く、硬 X線画像検

出器としては検出効率の点で課題が残った。

44

図 55 241Am線源とコリメータ

図 56 コリメータを介した 241Am線源を使用した検出器全体のシステム

45

図 57 増幅段に 400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを積層したときの画像取得

図 58 増幅段に 100µm、50µm、50µmGEMを積層したときの画像取得

46

7 まとめと今後の課題

本研究では 200µm、400µmGEMの増幅率とエネルギー分解能の測定を行い、その基本特性を調べた。ま

た、400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを電子の増幅段として硬 X線画像検出器に応用し、画像取得を行

い、100µm、50µm、50µmGEMを増幅段として積層した硬 X線画像検出器とのレートの比較を行った。

以下にそれらの結果をまとめる。

• Thick-GEMの増幅率の時間依存性

Thick-GEMの増幅率の測定では電圧印加直後から増幅率に時間依存性が見られた。200µmGEMでは

増幅率が増加し、400µmGEMでは減少した。それぞれ電圧印加直後から 6時間、12時間で増幅率が

安定となったため、各領域での増幅率の電場依存性測定ではこれらの時間置いてから測定を行った。

• Thick-GEMのエネルギー分解能

400µmGEMの積分電荷量の時間依存性測定では電圧印加直後はガウス分布が得られたが、時間が経つ

とガウス分布ではない分布が得られたた。このため、電圧印加直後はエネルギー分解能は 20%程度で

あったが 12時間後には 40%程度に悪くなるという結果が得られた。

• 各領域の電場依存性  GEMに印加する電圧Δ VGEM の増幅率の依存性とカソード、GEM、PADの間の領域である Drift

領域、Transfer 領域、Induction 領域の電場 ED、ET、EI の 増幅率の依存性を調べた。増幅率のΔ

VGEM 依存性測定では 200µmGEMでは最大で 3 × 103、400µmGEMは 5 × 103 であり、厚みを大き

くすることで増幅率が高くなったが、硬 X線画像検出器として必要な増幅率 5 × 104 は得られなかっ

たため、Thick-GEMの積層を考えた。増幅率の ED、ET、EI 依存性測定の結果から、200µmGEM、

400µmGEM での各領域の最適電場は ED=2.5kV/cm、ET=3.0kV/cm、EI=4.0kV/cm と決定し、

Thick-GEMの積層ではこれらの電場で固定して測定を行った。

• Thick-GEM2枚を積層した増幅率測定

Thick-GEMを 2枚積層し、各領域の電場を固定して増幅率の測定を行ったところ、最大の増幅率が得

られる組み合わせは 400µmGEM(リム有)、200µm(リム有)GEMを積層した場合で、約 6 × 104 であ

り、硬 X線画像検出器に必要な増幅率 5 × 104 の増幅率を超えた。また、この 400µmGEM(リム有)、

200µm(リム有)GEMを積層したときの増幅率は 6時間で安定となったため、この時間電圧をかけてお

くことで硬 X線画像検出器での画像取得を行った。

• Thick-GEMの硬 X線画像検出器への応用 

線源は 241Am線源をコリメータを介して入射させ、金 GEMを硬 X線のコンバータとして使用するこ

とで、電子を生成した。また、読み出しには X-Y方向に 120 × 120chの Stripを使用し、64chボード

をエレキモジュールとして接続し、PCへのデータ転送を行い画像取得を行った。測定時間は 10分間

としてデータを蓄積し、レート測定を行った。400µmGEM(リム有)、200µm(リム有)GEM はレート

は 334Hz/secであったが、100µmGEM、50µmGEM、50µmGEMの 3枚では 628Hz/secであった。

このことから 400µmGEM(リム有)、200µm(リム有)GEM2枚の増幅率は 100µmGEM、50µmGEM、

50µmGEMの 3枚よりも低く、GEMの枚数を減らして硬 X線画像検出器として画像取得はできたが

検出効率の点で課題を残した。

47

参考文献

[1] 杉山史憲 ”GEM を用いたガス検出器の開発” 東京理科大学 修士学位論文 (2008)

[2] 長屋慶 ”GEM を用いた硬 X 線検出器の開発” 東京理科大学 修士学位論文 (2009)

[3] F.Sauli, ”Principle of operation of multiwire proportional and drift chambers”CERN 77-09 (1977).

[4] 黒石将弘 ”GEM を用いたガンマカメラの研究” 信州大学 修士学位論文 (2009)

[5] F.Sauli, ”GEM: A new concept for electron amplification in gas detectors”, Nucl. Instrum.

Meth.Phys.Res. A 386 (1997) 531-534.

[6] ニコラス・ツルファニディス, 放射線計測の理論と演習 (上), 現代工学社 (2003)

[7] W.Blum, et al, Particle detection with drift Chambers, Springer (2008)

[8] 若林潤 ”TGEM の作成と基本測定” 信州大学 学位論文 (2009)

[9] 内田智久 ”Hardware-Based TCP Processor for Gigabit Ethernet” IEEE TNS 55,3,JUNE2008

[10] ”素粒子物理学入門” 渡邊靖志 著

[11] ”放射線計測ハンドブック” Glenn F. Knolll 著 木村逸郎/坂井英次 訳

48

謝辞

本研究を進めるにあたり、適切なご指導をいただいただけでなく、大学生活の面まで気にかけていただいた

竹下徹教授、長谷川庸司准教授、小寺克茂研究員に深く感謝いたします。

また、高エネルギー加速器研究機構での研究のご指導により貴重な知識や経験を与えてくださった宇野彰二准

教授、内田智久助教、大下英敏特任助教共同研究者、小池貴久氏に深く感謝いたします。また共同研究者の宮

間恒一氏、庄子正剛氏は、実験においては様々な課題に直面しながらも助け合い、協力して取り組み、生活の

面では大きな心の支えとなり、深く感謝しています。

また、同じ研究室の大塚規文氏、笠間啓太氏、戸塚俊介氏には、研究報告や物理ゼミ、授業を共に受け、切磋

琢磨しながら乗り越え、深く感謝しています。

また、昨年度信州大学をご卒業なされた黒石将弘氏には、研究のご指導していただくとともに、生活面での相

談にのっていただき、深く感謝しています。

最後に、今まで支えてくれた家族に感謝とお礼を申し上げます。

49

図目次

1 ワイヤーチェンバーの概略図 [1] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2

2 ワイヤーチェンバーの高頻度耐性 [1] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

3 GEMの拡大図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

4 GEMの入射頻度に対する増幅度の変化 [1] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

5 Thick-GEMの拡大図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

6 光電効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

7 コンプトン散乱 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

8 電子対生成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

9 各相互作用の生じるエネルギー領域 [2] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

10 GEMの拡大図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

11 GEMの増幅過程 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

12 積層構造の GEMの増幅過程 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

13 実験セットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

14 チェンバー内部のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15

15 信号読み出し PAD . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

16 読み出し回路図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

17 信号の出力波形 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

18 Δ VGEM 依存性測定のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

19 実効ガス増幅率のΔ VGEM 依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

20 実効増幅率の ED 依存性測定のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

21 相対実効ガス増幅率の ED 依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21

22 相対実効ガス増幅率の EI 依存性測定のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

23 相対実効ガス増幅率の EI 依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

24 相対実効ガス増幅率の ET1、ET2 依存性測定のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23

25 P10、ArCO2 での相対実効ガス増幅率の Transfer領域の電場依存性 . . . . . . . . . . . . . 24

26 相対実効ガス増幅率の ET1、ET2 依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24

27 ET1 と ET2、ED と EI の実効ガス増幅率掛けて二乗したシミュレーションと実験結果。Eff

は実効ガス増幅率。 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25

28 400µmGEM (リム有)の拡大図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26

29 100µmGEMの増幅率の時間依存性 [2] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

30 200,400µmGEMの増幅率の時間依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

31 200,400µmGEMの増幅率のΔ VGEM 依存性測定セットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . 29

32 実効ガス増幅率のΔ VGEM 依存性の測定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

33 200,400µmGEMの増幅率の ED 依存性測定のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30

34 相対実効ガス増幅率の ED 依存性の測定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31

35 200,400µmGEMの増幅率の EI 依存性測定セットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31

36 相対実効ガス増幅率の EI 依存性の測定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32

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37 エネルギー分解能の評価方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33

38 200µm、400µmGEMの積分電荷量の時間依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 33

39 200µm、400µmGEMのエネルギー分解能の時間依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 34

40 Thick-GEM2枚の基本測定のセットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

41 400µmGEM(リム有)、200µmGEM(リム有)の 2枚を積層した場合の増幅率とエネルギー分

解能測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 36

42 金メッキ GEM . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

43 金メッキ GEMの断面図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

44 検出器全体のシステム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 39

45 400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを増幅段に積層した硬 X線画像検出器セットアップ . 39

46 100µm、50µm、50µmGEMを増幅段に積層した硬 X線画像検出器セットアップ . . . . . . 40

47 使用した読み出し Strip . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 40

48 64chボード . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 40

49 ASICチップの信号処理システム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41

50 FPGAの信号処理システム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 42

51 画像データの収集画面 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 42

52 MCMボードの Offset値に対する閾値の相関グラフ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

53 Vth の設定方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44

54 Vth の設定方法 (2) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44

55 241Am線源とコリメータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 45

56 コリメータを介した 241Am線源を使用した検出器全体のシステム . . . . . . . . . . . . . . . 45

57 増幅段に 400µm(リム有)、200µm(リム有)GEMを積層したときの画像取得 . . . . . . . . . 46

58 増幅段に 100µm、50µm、50µmGEMを積層したときの画像取得 . . . . . . . . . . . . . . . 46

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