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31  259 はじめに インプラント治療後に発生するトラブル(合併症) は,技術的な問題と生物学的な問題の 2 つがある.技 術的な問題は,主に術者側の要因に支配され,稚拙な 手術術式,神経組織の損傷,不適切な付加的処置(骨 造成やメンブレンテクニック),上部構造設計に起因 するアバットメントスクリューの破折,上部構造の破 折,インプラント体の破折等が考えられる.生物学的 な問題は,インプラント周囲に発症する炎症性疾患で ある.早期には,患者の要因とも関連して,創傷治癒 不全,早期感染,さらに患者の易感染性疾患に伴う全 身疾患等の関連が考えられる.また,上部構造装着後 の一定期間経過後のインプラント周囲炎はこれまで多 くの報告がなされている 1~4) <特集 Back to the Basics(臨床の疑問に答える)> 神奈川歯科大学大学院歯学研究科高度先進口腔医学講座インプラント・歯周病学分野 Division  of  Implantology  and  Periodontology,  Department  of  Highly  Advanced  Stomatology  Graduate  School  of  Kanagawa  Dental University 平成 29 年 5 月 31 日受付 児玉 利朗 Treatment of Peri-Implantitis KODAMA Toshiro インプラント周囲炎に対する治療法 インプラント治療後に発生するトラブル(合併症)は, 技術的な問題と生物学的な問題の 2 つがあり,なかでも インプラント周囲炎はインプラント治療後の合併症で最 も大きな割合を占めていることが報告されている.イン プラント周囲炎の特徴は,周囲組織の発赤・腫脹・出 血・排膿・歯槽骨吸収,細菌感染による炎症性病変であ り,さらにオーバーロード等の要因も加わり進行するも のと考えられる.しかしながら,現状としてはインプラ ント周囲炎に対する治療法が十分に確立されているわけ ではない.インプラント周囲炎が発生した場合,炎症性 病変であることから細菌感染に対する殺菌もしくは抗菌 療法とともにオーバーロードの管理が実施された環境下 で,累積的防御療法(CIST)等に従って治療を進めるこ とが重要である.外科的療法の選択には,術前の抗菌療 法,角化粘膜の存在,インプラント表面のデブライドメ ント法,骨欠損形態などの要因を把握した上で実施され なければ,外科治療の効果は確保されない.以上の背景 から,インプラント周囲の炎症性疾患の防止には,定期 的な SPT(サポーティブセラピー)に基づいた,臨床パ ラメータのモニタリングならび炎症性疾患の早期発見が 最も合理的であると考えられるが,最近の報告では,歯 周病重症度とインプラント周囲炎との関連,SPT とイン プラント周囲炎の発生率等について注目されている.そ こで本稿では,インプラント周囲疾患に対する治療と SPT の考え方について,残存歯を含めた細菌感染に対す る殺菌もしくは抗菌療法,オーバーロードの管理,周囲 組織等様々な要因を考慮して解説する.

Treatment of Peri-Implantitis - JST

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31 ─ 259

はじめに

インプラント治療後に発生するトラブル(合併症)は,技術的な問題と生物学的な問題の 2 つがある.技術的な問題は,主に術者側の要因に支配され,稚拙な手術術式,神経組織の損傷,不適切な付加的処置(骨造成やメンブレンテクニック),上部構造設計に起因

するアバットメントスクリューの破折,上部構造の破折,インプラント体の破折等が考えられる.生物学的な問題は,インプラント周囲に発症する炎症性疾患である.早期には,患者の要因とも関連して,創傷治癒不全,早期感染,さらに患者の易感染性疾患に伴う全身疾患等の関連が考えられる.また,上部構造装着後の一定期間経過後のインプラント周囲炎はこれまで多くの報告がなされている1~4).

<特集 Back to the Basics(臨床の疑問に答える)>

神奈川歯科大学大学院歯学研究科高度先進口腔医学講座インプラント・歯周病学分野Division of  Implantology and Periodontology, Department of Highly Advanced Stomatology Graduate School of Kanagawa Dental University平成 29 年 5 月 31 日受付

児玉 利朗

Treatment of Peri-Implantitis

KODAMA Toshiro

インプラント周囲炎に対する治療法

インプラント治療後に発生するトラブル(合併症)は,技術的な問題と生物学的な問題の 2 つがあり,なかでもインプラント周囲炎はインプラント治療後の合併症で最も大きな割合を占めていることが報告されている.インプラント周囲炎の特徴は,周囲組織の発赤・腫脹・出血・排膿・歯槽骨吸収,細菌感染による炎症性病変であり,さらにオーバーロード等の要因も加わり進行するものと考えられる.しかしながら,現状としてはインプラント周囲炎に対する治療法が十分に確立されているわけではない.インプラント周囲炎が発生した場合,炎症性病変であることから細菌感染に対する殺菌もしくは抗菌療法とともにオーバーロードの管理が実施された環境下で,累積的防御療法(CIST)等に従って治療を進めることが重要である.外科的療法の選択には,術前の抗菌療

法,角化粘膜の存在,インプラント表面のデブライドメント法,骨欠損形態などの要因を把握した上で実施されなければ,外科治療の効果は確保されない.以上の背景から,インプラント周囲の炎症性疾患の防止には,定期的な SPT(サポーティブセラピー)に基づいた,臨床パラメータのモニタリングならび炎症性疾患の早期発見が最も合理的であると考えられるが,最近の報告では,歯周病重症度とインプラント周囲炎との関連,SPT とインプラント周囲炎の発生率等について注目されている.そこで本稿では,インプラント周囲疾患に対する治療とSPT の考え方について,残存歯を含めた細菌感染に対する殺菌もしくは抗菌療法,オーバーロードの管理,周囲組織等様々な要因を考慮して解説する.

日口腔インプラント誌 第 30 巻 第 4 号32 ─ 260

インプラント周囲炎はインプラント治療後の合併症で最も大きな割合を占めていることが報告されている.インプラント周囲炎の特徴は,周囲組織の発赤・腫脹・出血・排膿・歯槽骨吸収,細菌感染による炎症性病変であり,さらにオーバーロード等の要因も加わり進行するものと考えられる.しかしながら,インプラント周囲炎が発生した場合,それに対応するマニュアル化された対処法として累積的防御療法(CIST)5,6)

が提唱されているが,現状としては十分な治療法が確立されているわけではない.そこで,Osseointegra-tion を喪失しインプラント体が動揺した場合のインプラント体撤去症例を除外した場合,インプラント周囲炎は炎症性病変であることから細菌感染に対する殺菌もしくは抗菌療法とともにオーバーロードの管理を実施し,その後の再評価により外科的療法の適否を判断することが重要と考えられる.外科療法ありきではなく,切除療法もしくは再生療法の選択により,臨床的許容レベルをどこに設定するかが重要である.外科的療法の選択には,術前の抗菌療法,角化粘膜の存在,インプラント表面のデブライドメント法,骨欠損形態などの要因を把握することが必要となる.本稿では,以上の背景からインプラント周囲炎の対処法とその考え方について,軟組織の対応における症例を交えながら考察することとする.

インプラント周囲炎

インプラント周囲炎は Osseointegration が達成された機能下のインプラントに,細菌感染や過重負担などの結果生じたインプラント周囲の骨破壊を伴う炎症性病変である.臨床所見としては,インプラント周囲組織の発赤,腫脹,排膿に加えプロービング時の出血,プロービングデプスの増加,インプラント周囲組織の退縮等が代表的な臨床兆候である(表 1).

インプラント周囲組織に生じる炎症性病変は,インプラント周囲粘膜炎(Mucositis)とインプラント周囲炎(Peri-implantitis)の 2 つが定義されている.インプラント周囲粘膜炎はインプラント周囲軟組織の可逆的炎症過程とされている.一方,インプラント周囲炎は支持骨の喪失を引き起こす炎症過程とされている7).インプラント周囲炎がある程度進行した場合,明らかなエックス線写真上での骨吸収像が鑑別の根拠

となる.一方,初期のインプラント周囲炎の場合,エックス線写真上での骨吸収像が観察されず,特に頬側舌側口蓋部では判別が困難である.これまでインプラント周囲組織のプラーク形成の結果生じた炎症性病変については,天然歯ならびにインプラント周囲組織の差異,炎症発生後の進行の様式を含めて多くの研究が報告されている8~10).炎症の広がる様式は,歯周組織における歯周病の進行とインプラント周囲炎の進行とで大きな差異があり,歯周組織ではプラークに起因する歯周炎病変は結合組織内に限局しているが,インプラント周囲組織においては歯槽骨まで及ぶと報告されている10).また,ポケット内における細菌叢も類似している11).このような背景から,インプラント周囲組織においては,プラークにさらされている時間が長くなれば,インプラント周囲粘膜炎からインプラント周囲炎への移行は継続的に進行すると考えられる12).さらには,長期の SPT において歯周病の重症度とインプラント周囲炎の発生率の関連についても報告されている13,14).

主な原因としてはインプラント周囲に形成された細菌叢,すなわち歯周病原細菌とされている Aggregati-bacter actinomycetemcomitase, Porphyromonas gingi-valis, Prevotella intermedia, Treponnema denticola などが高い比率で含まれている15~17).また,同一口腔内における天然歯の歯周ポケットとインプラント周囲溝の細菌叢は類似している(図 1).このことから,

インプラント周囲炎とは・ オッセオインテグレーションしていたインプラント周

囲組織に炎症が起こり支持歯槽骨が喪失する.・ インプラント周囲粘膜の発赤・腫脹,出血,排膿,歯

槽骨吸収が認められ,重症例ではインプラント体の動揺が見られる.

・ 病因や病態は歯周炎に類似する.インプラント周囲粘膜炎とは・ プラーク細菌がインプラント周囲に付着することによ

り起こる.・ インプラント周囲炎と異なり,軟組織の可逆的炎症で

あり,支持歯槽骨吸収は伴わない.・ 病因や病態は歯肉炎に類似する.

表 1 インプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎

インプラント周囲組織に生じる炎症性病変は,インプラント周囲粘膜炎(Mucositis)とインプラント周囲炎(Peri-implantitis)の 2 つが定義されている.

インプラント周囲炎に対する治療法2017 年 12 月 33 ─ 261

残存歯の歯周病罹患歯が適切なコントロール下にない場合,インプラント周囲への歯周病原細菌のリザーバーとなり18),広汎型侵襲性歯周炎,広汎型重度慢性歯周炎の患者ではリスクが高くなるものと考えられる.その他のリスク因子としては,全身疾患関連性歯周炎(特に糖尿病の合併),喫煙関連歯周炎,インプラントとの接触,咬合状態の変化による残存歯の咬合性外傷やインプラントへの咬合の負担過重(オーバーローディング)がある.負担過重においては,インプラント埋入位置と設計,欠損部における埋入本数と方向,インプラント体のサイズと長さ,咬合様式,埋入部位の骨質等の要因が関連すると考えられる12).(図 1)

インプラント周囲炎の診断

インプラント周囲組織の病変に対する早期診断のためには,定期的なメインテナンス(SPT を含む)に基づいた,インプラント周囲組織の系統的かつ継続的なモニタリングが必要である.早期発症から進行した病変に至るまでの状態を評価し,診断するために以下の臨床的パラメータが考えられる.インプラント周囲炎の発生を防止するには,インプラント周囲軟組織の初期炎症性病変を早期に発見し対応することが必須である.したがって,インプラント周囲の臨床所見の変化を,複数の有効な臨床パラメータを応用しながら総

合的にかつ定期的にモニタリングすることが最も重要である.

1. プラーク(バイオフィルム)コントロールの状態

インプラント表面には歯周病と同様にバイオフィルムが形成される.そのため,プラークコントロールを再指導と徹底を確保することが重要となる.評価としては主に,改良型プラークインデックス(PI)が使用される19).

2. プロービング時の出血(Bleeding on Probing;BOP)

BOP の診断精度は,天然歯よりも高いことが報告されており20),インプラント周囲組織の状態変化をモニタリングする上で重要な指標である.BOP(-)は,インプラント周囲組織の健全な状態と考えられる.また,改良型ジンジバルインデックス(GI)が使用され,インプラント周囲組織の炎症の程度の評価に用いられる.

3. プロービング深さ(Probing Depth;PD)インプラント周囲溝のプロービングを行う際は,角

化付着粘膜もしくは歯槽粘膜の状態により,適正なプロービング圧下(0.2~0.3 N)で,プローブ挿入時の

図 1 同一口腔内における天然歯の歯周ポケットとインプラント周囲溝の類似した細菌叢

日口腔インプラント誌 第 30 巻 第 4 号34 ─ 262

組織の抵抗性を確認する.インプラント体の種類や様式(プラットホームスイッチング),埋入進度や方向に応じて挿入角度を考慮する必要がある.PD の経時的な変化や深化はインプラント周囲の炎症状態と相関すると考えられる1,14).

4. 排膿排膿は,破壊を伴うインプラント周囲炎症の進行し

た病変で認められ,インプラント周囲組織の炎症が活動性であることから,感染に対する治療の必要性を示すと考えられる3,19).

5. エックス線学的評価エックス線診査は,初期のインプラント周囲炎,と

くに頬舌(口蓋)的な歯槽骨変化は観察されない.インプラント機能負荷後の辺縁骨の平均的吸収率が,年間 0.2 ミリ未満であることが,インプラント成功の基準とされてきたが,この基準については,再評価する必要が示されている12).

6. インプラント周囲の角化付着粘膜角化付着粘膜が必要か否かについては明らかなエビ

デンスは不足している.しかしながら,プラークコントロールが不良になりやすく,プロービングデプスやBOP は悪化傾向にある3,19).

上記以外に,インプラントの動揺 Periotest(Siemens, Germany)や Osstell(Integration Diagnostics Swe-den),歯肉溝滲出液(Gingival Crevicular Fluid;GCF)19),細菌検査18,20),咬合診査22,23),等が実施されている.

治療の進め方

インプラント周囲炎の治療は,細菌感染であることから罹患部の炎症性病変の消退を図ることが第一である.そのためには,同部罹患部だけでなく残存歯の歯周病の診断ならびに治療も同時に実施する必要性がある.炎症の消退が認められた後に,歯周病治療同様に再評価を行い,適応に応じて外科手術の選択を行うべきである.

炎症の消退の治療法として歯周病の基本治療に準じ,プラークコントロールの再指導,デブライドメン

ト,メカニカルな清掃,殺菌療法,抗菌療法等があり症例に応じて対応する.細菌検査も治療を進める上での重要な指標となる.また,オーバーローディングに対する咬合調整,ブラキシズムへの対応も症例に応じて対応する.さらに,喫煙や全身疾患の対応も考慮する.その後再評価を実施し,症例に応じて外科手術の適否を判断する.外科手術には,汚染されたインプラント体表面を露出させるための切除療法や歯肉弁根尖側移動(水平性の骨吸収,審美領域は不可),角化付着粘膜欠如に対する歯周形成外科(遊離歯肉移植,結合組織移植),再生療法(垂直性骨欠損等)が行われている.特に再生療法においては,汚染されたインプラント体表面のデブライドメントの方法により再オッセオインテグレーションの成否が左右され,純チタン製キュレットによるキュレッタージ,レーザー,フォトダイナミックセラピー,エアーアブレージョン,インプラントプラスティー等による処置法が報告されているが3,24),今後の研究成果が望まれる(表 2).再生療法では,主に自家骨とメンブレンの併用がスタンダードとなっている.

また,インプラント治療後の患者管理においては,各種の臨床パラメータを継続的にモニターし,総合的に判断することが重要と考えられる.その中の 1 例として,プラークインデックス・プロービングデプス・プロービング時の出血・エックス線写真による骨吸収について,インプラント周囲組織の状態の評価(細菌検査も含む)を系統的にまとめたプログラムとして,図 2 に示した累積的防御療法(Cumulative Intercep-

物理的方法 1. スーパーフロスをインプラント体に巻きつけて擦過

する方法 2.プラスチックカーボンキュレットによる方法 3.超音波・エアーキュレットによる方法 4. エアーアブレージョンによる方法 

重炭酸ナトリウム,チタンブラスト剤,b-TCP 顆粒 5.インプラントプラスティー 6.歯科用レーザーによる方法化学的方法 1.グルコン酸クロルヘキシジン(CHX)の局所応用 2.テトラサイクリン系抗生物質の局所応用 3.抗菌薬の内服による方法 4.フォトダイナミックセラピー

表 2 インプラント体表面の各種デブライドメント法

インプラント周囲炎に対する治療法2017 年 12 月 35 ─ 263

tive Supportive Therapy:CIST)のプロトコールが推奨されている5,6).このプロトコールでは,それぞれの臨床パラメータの評価結果の組み合わせに従い,A~D の 4 つの治療カテゴリーが設定されているところにある.A:メカニカルなプラーク除去,B:殺 菌剤の応用,C:全身的もしくは局所的な抗生剤投与,D:再生もしくは切除的外科療法である.E はインプラント体の撤去である.植立されたインプラント体の

動揺が観察された場合,オッセオインテグレーショ ンは崩壊しているので早期撤去が推奨される(図 3).

臨床症例

患者は 64 歳,女性.インプラント埋入部の咬合痛ならびに違和感を主訴として来院した.全身的な既往歴に特記事項はなく,常用薬もない.

図 3 CIST による A~D の 4 つの治療カテゴリー設定におけるインプラント周囲炎治療のための基本治療の位置づけと概念

図 2 累積的防御療法(Cumulative Interceptive Supportive Therapy:CIST)

図 4 初診時の口腔内所見周囲組織の発赤腫脹ならびに周囲組織の可動性が観察され,46 番インプラント部では角化粘膜は欠損している.

日口腔インプラント誌 第 30 巻 第 4 号36 ─ 264

図 5 パノラマエックス線写真インプラント歯槽骨頂部から頸部にかけて歯槽骨の吸収が観察された.

図 6 デンタルエックス線写真全顎的には軽度の水平的な歯槽骨の吸収が観察され,22・26・36 番歯においては,咬合性外傷による歯根膜腔の拡大や垂直的な歯槽骨の吸収像が観察された.

図 7 初診時プロービングチャート臼歯部に 4~5 mm 認められた.

図 8 再評価時口腔内写真インプラント周囲組織ならびに歯周組織の発赤腫脹は改善されている.角化付着粘膜の存在はヨード染色では確認されない.46部インプラントでは,口腔前庭は狭小化している.特に同部近心では頬粘膜から連続した歯槽粘膜が小帯様の形態となっている.

(J-stage でカラー図を公開)

図 9 プラスチックサージェリー術中所見部分層弁形成後に遊離歯肉移植術を実施した.

インプラント周囲炎に対する治療法2017 年 12 月 37 ─ 265

インプラントは全顎で 3 本埋入されており,16・17番部インプラントは 15 年前に埋入し,46 番部インプラントの 5 年前に埋入したとのことであった.同部の症状発現は来院前 6 カ月前より認められ,腫脹ならびに違和感,時々咬合痛を繰り返してきたとのことである(図 4).初診時のインプラント部の所見としては,周囲組織の発赤腫脹ならびに周囲組織の可動性が観察された.パノラマエックス線写真ならびにデンタルエックス線写真ではインプラント歯槽骨頂部から頸部にかけて歯槽骨の吸収が観察された.全顎的には軽度の水平的な歯槽骨の吸収が観察され,22・26・36 番歯においては,咬合性外傷による歯根膜腔の拡大や垂直的な歯槽骨の吸収像が観察された(図 5,6).その際のプロービングデプスは主に臼歯部に 4~5 mm 認められた(図 7).咬合所見としては,25・26・35・36 部,16・17・46・47 部,22 番部フレミタスの蝕知,中心咬合位早期接触,側方運動時の咬頭干渉が認められた.診断としては,残存歯は軽度から中等度の慢性歯周炎ならびに咬合性外傷とし,インプラントはインプラント周囲炎ならびにオーバーロードと考えた.

実際の治療は,インプラント周囲炎の基本治療とし

て,ブラッシング指導にて可動しているインプラント周囲組織(歯槽粘膜)のケアーについて指導後,スケーリングルートプレーニング(SRP)・デブライドメント・イリゲーションを開始した.SRP は残存歯よりはじめ,順次インプラント周囲溝へと行った.さらに咬合調整を実施した.その後,インプラント周囲組織ならびに残存歯歯肉の炎症の消退が認められたことから再評価を実施した(図 8).全顎的にプロービングデプスは 3 mm 以内であった.16・17 番部では初診時可動性の認められたインプラント周囲組織は,可動性がなくなった.しかしながら,46 番部インプラント周囲組織は可動性であり,口腔前庭が狭小化しており両隣在歯隣接面に至る可動性が観察されるだけでなく,引っ張りテストにてインプラント周囲組織の可動性も認められた.また,CT 所見では歯槽骨の吸収はほとんど観察されなかった.以上を総合的に判断し,今後のインプラント周囲や隣在歯の周囲環境を長期の安定した予後とするためプラスチックサージェリーを実施することとした.術式はインプラント体スレッド部が感染していないこと,前庭狭小化,角化付着粘膜が欠損していることから,遊離歯肉移植術を適応した

(図 9).術式は通法に従って可動部歯槽粘膜より部分層弁の形成・骨膜縫合により受容創を形成後,口蓋より遊離歯肉を採取し,同部にマットレス縫合と単純縫合にて固定した.供給創にはテルダーミス(オリンパステルモバイオマテリアル社製)を使用し,受容創・供給創ともに歯周パックを施した.術後は良好な治癒

図 10 術後の経時的口腔内所見術後は良好な治癒経過が認められ,インプラント周囲とその隣在天然歯では,ヨード染色によりそれぞれ角化粘膜ならびに角化歯肉が確保され,可動性は観察されない.口腔前庭も広くなったことから良好なセルフケアが維持されている.上:術後 2 カ月,中:術後 17 カ月,下:術後 2.5 年.

(J-stage でカラー図を公開)

図 11 術後 SPT 中の口腔内写真全顎的に歯肉の炎症は認められず良好な SPT 状態と考えられる.

日口腔インプラント誌 第 30 巻 第 4 号38 ─ 266

経過が認められ,インプラント周囲その隣在天然歯ではそれぞれ角化粘膜ならびに角化歯肉が確保され,可動性は観察されない.口腔前庭も広くなったことから良好なセルフケアが維持されている(図 10~13).

ま と め

インプラント周囲組織における外科手術の適応においては以下の点が考慮されるべきと考える. ・ 外科手術前の原因菌のコントロール(抗菌療法を

含む)機械的なバイオフィルムに対するデブライドメント薬液によるイリゲーション細菌検査により抗生剤の全身もしくは局所投与を検討

 ・インプラント周囲の組織の診断可動性の有無(引っ張りテストやロールテスト)ヨードによる角化付着粘膜の確認(ヨードアレルギー要注意)角化付着粘膜が認められない場合,はじめに角化付着粘膜を獲得する

 ・ 確実なインプラント体表面のデブライドメント法の選択

 ・骨欠損形態の診断水平性骨欠損・垂直性骨欠損と外科術式の選択

 ・再生療法で使用する生体材料の選択

 本論文において,開示すべき利益相反状態はない. 

文  献

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図 12 術後 2.5 年後パノラマエックス線写真インプラント周囲の歯槽骨頂はエックス線不透過性に認められ,歯槽骨頂の明瞭化が観察される.また,インプラント頸部での歯槽骨吸収は初診時よりも改善したものと考えられる.

図 13 術後 2.5 年後のプロービングチャートBOP は部分的に認められるものの,プロービングデプスは 3 mm以内に抑制されている.

インプラント周囲炎に対する治療法2017 年 12 月 39 ─ 267

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