9
3-116 2.2.3.3 その2:電子顕微鏡によるナノ構造解析 2.2.3.3-1 目的 遮熱コーティング膜の結晶形成には、コーティング膜/ 基板界面の原子構造や方位関係など種々の界面 因子が強く影響を及ぼす。本研究では、この膜/ 基板界面における原子構造や優先方位関係を高分解能透 過電子顕微鏡(HREM) 観察によって明らかにすると共に、膜/ 基板間の 3 次元的な格子整合性を逆格子一 (CRLP) 1)-4) に基づく幾何学計算により導出することで、コーティング膜/ 基板界面の構造制御やコー ティング膜の結晶配向制御を行うための指針を得ることを目的とした。 2.2.3.3-2 実験方法 コーティング膜/ 基板界面の構造を理解するためのモデル材料として、α-Al 2 O 3 単結晶基板の(0001) (basal ) 上に電子ビーム物理蒸着(EB-PVD) 法を用いてイットリウム安定化ジルコニア(YSZ) 結晶を形成 した。YSZ 結晶は、基板温度 9351030℃、基板回転 15rpm の条件下において、出力 60kW の電子ビー ムを YSZ ターゲット( ターゲット組成: 96ZrO 2 4Y 2 O 3 ) に照射することにより堆積させた。 この YSZ/ α-Al 2 O 3 ヘテロ界面における原子構造および優先方位関係を明らかにするために、日本電子 JEM-2010 透過電子顕微鏡を用いて HREM 観察を行うと共に、 CRLP 1)-4) による優先界面方位の解析 を行った。 2.2.3.3-3 結果と考察 YSZ/ α-Al 2 O 3 界面周辺において、[1-10] YSZ //[1-100] α-Al2O3 から電子線を入射した場合の明視野像を図 2.2.3.3-1(a) に示す。α-Al 2 O 3 基板直上には、基板との結晶学的な方位関係を保ってエピタキシャル成長し た膜厚 3040nm 程度の YSZ 結晶が存在することが分かる。また、このエピタキシャル成長した YSZ 結晶上には、α-Al 2 O 3 基板表面(basal ) に対して鉛直方向に長い YSZ 柱状結晶が形成されている。この YSZ 柱状結晶は、[11-2] YSZ //[11-20] α-Al2O3 から電子線を入射した場合、図 2.2.3.3-1(b) に示すように、成膜 時の基板回転によるシャドウイング効果を反映して、長軸方向( すなわち成長方向) S 字型あるいは 3 字型に湾曲した形態が観察される。しかしながら、湾曲した柱状結晶の外観とは無関係に、成長方向に <111> YSZ 軸や<110> YSZ 軸など特定の結晶配向が現れる特徴を有している。本研究では、膜/ 基板界面に おける構造制御や結晶配向制御に関する知見を得るために、α-Al 2 O 3 基板とエピタキシャルな関係にあ YSZ 結晶との界面構造に注目して評価・解析を行った。 2.2.3.3-2(a)および(b)は、YSZ/ α-Al 2 O 3 界面において電子線入射方位[1-10] YSZ //[1-100] α-Al2O3 および [11-2] YSZ //[11-20] α-Al2O3 から得た制限視野電子線回折パターン(SADP) である。この α-Al 2 O 3 (0001) 基板上に エピタキシャル成長した YSZ 結晶は、 [111] YSZ 配向であることから YSZ/ α-Al 2 O 3 界面において以下に示す 方位関係を取ることが明らかとなった。 (111) YSZ //(0001) α-Al2O3 [1-10] YSZ //[1-100] α-Al2O3 2.2.3.3-3 に示すようなホタル石構造の YSZ 結晶とコランダム構造のα-Al 2 O 3 結晶が前述の界面方位 関係を有する場合、YSZ/ α-Al 2 O 3 界面の格子ミスフィット f は、次式によって定義される。 ) + ( ) ( 2 = 3 2 - 3 2 - O Al YSZ O Al YSZ d d -d d f α α

—た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

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Page 1: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-116

2.2.3.3 その2:電子顕微鏡によるナノ構造解析

2.2.3.3-1 目的

遮熱コーティング膜の結晶形成には、コーティング膜/基板界面の原子構造や方位関係など種々の界面

因子が強く影響を及ぼす。本研究では、この膜/基板界面における原子構造や優先方位関係を高分解能透

過電子顕微鏡(HREM)観察によって明らかにすると共に、膜/基板間の 3 次元的な格子整合性を逆格子一

致(CRLP)法 1)-4)に基づく幾何学計算により導出することで、コーティング膜/基板界面の構造制御やコー

ティング膜の結晶配向制御を行うための指針を得ることを目的とした。 2.2.3.3-2 実験方法

コーティング膜/基板界面の構造を理解するためのモデル材料として、α-Al2O3 単結晶基板の(0001)面(basal 面)上に電子ビーム物理蒸着(EB-PVD)法を用いてイットリウム安定化ジルコニア(YSZ)結晶を形成

した。YSZ 結晶は、基板温度 935~1030℃、基板回転 15rpm の条件下において、出力 60kW の電子ビー

ムをYSZターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。 このYSZ/α-Al2O3ヘテロ界面における原子構造および優先方位関係を明らかにするために、日本電子

製 JEM-2010透過電子顕微鏡を用いてHREM 観察を行うと共に、CRLP 法 1)-4)による優先界面方位の解析

を行った。 2.2.3.3-3 結果と考察

YSZ/α-Al2O3界面周辺において、[1-10]YSZ//[1-100]α-Al2O3から電子線を入射した場合の明視野像を図

2.2.3.3-1(a)に示す。α-Al2O3基板直上には、基板との結晶学的な方位関係を保ってエピタキシャル成長し

た膜厚 30~40nm程度のYSZ 結晶が存在することが分かる。また、このエピタキシャル成長したYSZ結晶上には、α-Al2O3基板表面(basal 面)に対して鉛直方向に長いYSZ 柱状結晶が形成されている。この

YSZ 柱状結晶は、[11-2]YSZ//[11-20]α-Al2O3から電子線を入射した場合、図 2.2.3.3-1(b)に示すように、成膜

時の基板回転によるシャドウイング効果を反映して、長軸方向(すなわち成長方向)にS字型あるいは 3字型に湾曲した形態が観察される。しかしながら、湾曲した柱状結晶の外観とは無関係に、成長方向に

は<111>YSZ軸や<110>YSZ軸など特定の結晶配向が現れる特徴を有している。本研究では、膜/基板界面に

おける構造制御や結晶配向制御に関する知見を得るために、α-Al2O3基板とエピタキシャルな関係にあ

るYSZ結晶との界面構造に注目して評価・解析を行った。 図 2.2.3.3-2(a)および(b)は、YSZ/α-Al2O3 界面において電子線入射方位[1-10]YSZ//[1-100]α-Al2O3 および

[11-2]YSZ//[11-20]α-Al2O3 から得た制限視野電子線回折パターン(SADP)である。この α-Al2O3(0001)基板上に

エピタキシャル成長したYSZ 結晶は、[111]YSZ配向であることからYSZ/α-Al2O3界面において以下に示す

方位関係を取ることが明らかとなった。

(111)YSZ//(0001)α-Al2O3 [1-10]YSZ//[1-100]α-Al2O3

図 2.2.3.3-3 に示すようなホタル石構造のYSZ 結晶とコランダム構造のα-Al2O3結晶が前述の界面方位

関係を有する場合、YSZ/α-Al2O3界面の格子ミスフィット fは、次式によって定義される。

)+()(2

=32-

32-

OAlYSZ

OAlYSZ

dd-dd

α

Page 2: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-117

この 2 結晶間の格子ミスフィットを計算すると、(2-20)YSZ面と(3-300)α-Al2O3面の間には 28%、その鉛直方

向となる(22-4)YSZ面と(22-40)α-Al2O3面の間には13%という非常に大きな格子ミスフィットが存在すること

が分かった。図 2.2.3.3-4(a)および(b)は、それぞれ[1-10]YSZ//[1-100]α-Al2O3および[11-2]YSZ//[11-20]α-Al2O3の電

子線入射方位から観察した HREM 像である。界面周辺に半整合転位による格子湾曲などは観察されず、

むしろ界面まで互いの格子間隔を保つことで非整合に近い構造を形成していることが分かる。これは、

先に述べたような大きな格子ミスフィットを有する界面において観察される典型的な構造の一つである。 次に、YSZ/α-Al2O3界面の SADP および HREM 像より明らかとなった界面方位関係について、CRLP

法を用いた幾何学的な格子整合性の解析を行った。図2.2.3.3-5(a)は、CRLP法における 2 結晶間の 3 次元

的な格子一致度評価についての概念を示したものである。実空間において定義される結晶 1 および結晶

2 の種々の格子面は、逆空間上において逆格子点として定義される。この逆格子点に有限の半径を与え

て、一方の結晶を固定し、他方の結晶の回転軸ω、φ、κに対して回転操作を行う。この時、任意の回

転角において、2 結晶間には図 2.2.3.3-5(b)の矢印で示すような逆格子点の重なり合う領域が現れる。これ

ら逆格子点の重なり体積の総和が、任意の結晶方位関係における 3 次元的な格子一致度に相当する。表

3.1 は、このCRLP 法を用いて導出した、YSZ/α-Al2O3間の格子一致度が も高くなる上位 3 種類の優先

方位関係である。ここで、格子一致度 3.93 に次いで 2.82 を示した優先方位関係が、実際の観察によって

確認された界面方位関係と符合することが分かる。また、その方位関係におけるYSZ結晶とα-Al2O3結

晶の相対関係および 3 次元的格子一致度を図 2.2.3.3-6(a)および(b)に示す。これらの結果より、YSZ/α-Al2O3界面には大きな格子ミスフィットが存在するものの、α-Al2O3基板からの3 次元的な格子の連続性

を継承することによって安定な界面構造が形成されると考えられる。 2.2.3.3-4 まとめ

高分解能透過電子顕微鏡を用いて、YSZ/α-Al2O3(0001)界面における原子構造および結晶方位関係を明

らかにした。観察されたYSZ/α-Al2O3界面には非常に大きな格子ミスフィットが存在するため、非整合

に近い界面構造を形成するが、エピタキシャルな関係が保たれていた。これは、逆格子一致法を用いた

幾何学的な計算により、互いの結晶における 3 次元的な格子整合性が高くなるような方位関係が優先的

に現れているためであると考えられる。 文献 1) Y. Ikuhara and P. Pirouz, Mater. Sci. Forum 207-209, 121 (1996). 2) Y. Ikuhara and P. Pirouz, Microsc. Res. Tech 40, 206 (1998). 3) S. Stemmer, P. Pirouz, Y. Ikuhara and R. F. Davis, Phys. Rev. Lett. 77, 1797 (1996). 4) P. Pirouz, F. Ernst and Y. Ikuhara, Solid State Phenom. 59-60, 51 (1998).

Page 3: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-118

(a) (b)

図 2.2.3.3-1 YSZ/α-Al2O3界面周辺の明視野像

(a) 電子線入射方位: [1-10]YSZ//[1-100]α-Al2O3, (b) 電子線入射方位: [11-2]YSZ//[11-20]α-Al2O3

(a) (b)

成長方向

成長方向

図 2.2.3.3-2 YSZ/α-Al2O3界面から得た制限視野電子線回折パターン (a) 電子線入射方位: [1-10]YSZ//[1-100]α-Al2O3, (b) 電子線入射方位: [11-2]YSZ//[11-20]α-Al2O3

Page 4: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-119

(a) (b)

図 2.2.3.3-3 YSZ 結晶と α-Al2O3結晶の原子構造 (a) YSZ: ホタル石構造, (b) α-Al2O3: コランダム構造

(a) (b)

図 2.2.3.3-4 YSZ/α-Al2O3(0001)界面の高分解能透過電子顕微鏡像

(a) 電子線入射方位: [1-10]YSZ//[1-100]α-Al2O3, (b) 電子線入射方位: [11-2]YSZ//[11-20]α-Al2O3

Page 5: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-120

(a) (b)

x

y

z

a1

b1

c1

x

y

z

a2

b2

c2

ω

φ

κ

x

y

z

a1’b1’

c1’

x

y

z

a2’ b2’

c2’

ω

φ

κ

Crystal 1 Crystal 2

RealSpace

ReciprocalSpace

z

ω

x

y

z

ω

x

y

ReciprocalSpace

図 2.2.3.3-5 逆格子一致法の概念

(a) 2 結晶間の格子整合性評価, (b) 逆空間における逆格子点の重なり

表 3.1 CRLP 法により予測したYSZ結晶と α-Al2O3結晶の間の優先方位関係

3.93

(100%)

(133)YSZ//(0001)Al2O3

[011]YSZ//[1100]Al2O3

2.59

(66%)

2.82

(72%)

格子一致度

(410)YSZ//(0001)Al2O3

[001]YSZ//[1100]Al2O3

(111)YSZ//(0001)Al2O3

[011]YSZ//[1100]Al2O3

優先方位関係

3.93

(100%)

(133)YSZ//(0001)Al2O3

[011]YSZ//[1100]Al2O3

2.59

(66%)

2.82

(72%)

格子一致度

(410)YSZ//(0001)Al2O3

[001]YSZ//[1100]Al2O3

(111)YSZ//(0001)Al2O3

[011]YSZ//[1100]Al2O3

優先方位関係

Page 6: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-121

(a) (b)

図 2.2.3.3-6 逆格子一致法により導出した優先界面方位関係 (a) 実際のYSZ 結晶と α-Al2O3結晶の相対関係, (b) (a)の方位関係における 3 次元的格子一致度

Page 7: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-122

2.2.4 ジルコニア複合系等の合成と材料開発

2.2.4.1 目的

遮熱コーティング(Thermal Barrier Coating, TBC)のトップコートには現在、低熱伝導率、高熱膨

張係数をもつY2O3安定化ZrO2(YSZ)が用いられている。TBCの損傷劣化要因の一つとして、高温でトップ

コート中の気孔やき裂が消滅する、いわゆる焼結がおこり、熱伝導率やヤング率が上昇することが指摘

されている1)。今後、タービン入口温度の上昇に伴ってさらに焼結の問題が顕著になってくることが予

想されるため、低熱伝導、かつ焼結が起こりにくい(組織の高温安定性)トップコート材料の開発が急

務となっている。

そこで本研究では、ジルコニア系材料において、低熱伝導かつ高温安定性に優れるトップコート用材

料を開発することを目的としている。平成 15 年度までの研究において、焼結抑制に有効である La2O3を

添加したYSZ 皮膜(LaYSZ)が低熱伝導かつ高温安定性に優れることを明らかとした 2)。平成 16 年度以降

は、さらなる高温安定性の向上を目的として、融点が高く、ZrO2と全率固溶体を形成する HfO2を添加し

たLaYSZ皮膜をEB-PVD法によって合成するとともに、高温での熱処理による熱伝導率の変化や耐熱サイ

クル特性を調べた。

2.2.4.2 方法

市販のZrO2-4mol%Y2O3粉末(4YSZ, 東ソ-製TZ-4YS)とLa2Zr2O7粉末(日本電工製)、Y2O3粉末(信越化

学製)、HfO2粉末(第一希元素製)と造孔材を混合し、成形、焼結を経て、HfO2、La2O3を含む気孔率約50%

の YSZ 蒸着材(インゴット)を作製した。その後、EB-PVD 装置(Tuba 150, Von Ardenne)を用いて、

作製した蒸着材を電子ビームにより溶解、蒸発させ、金属基材上に約700μmの皮膜を合成した。基材と

しては、SUS304にCoNiCrAlYを溶射し、さらにその表面を#800で研削したものを用いた。成膜条件は、

電子銃の出力を45kW、蒸着中の基材温度を950℃、基板回転(反転)速度を20回/minとした。この時

の成膜速度は約480μm/hであった。

皮膜を合成後、酸を用いて基板と皮膜を分離し、皮膜の室温における熱伝導率を測定した。定圧比熱

(Cp)熱拡散率(α)の測定にはレーザーフラッシュ法(理学電気 TCM-FA8510B)を用い、室温におけ

る熱伝導率λを以下の式から算出した。

λ=α・Cp・ρ (1)

ここで、ρは皮膜密度である。皮膜の密度は形状から算出した。

皮膜の相同定は、乳鉢で皮膜をすりつぶして粉末状とし、X線回折装置(XRD, Philips, PW1877, CuK

α線)を用いて行った。単斜晶の正方晶、立方晶に対するモル分率、M(%)は次式によって算出した3)。

)111()111()111(82

,tc

mm

IIIM +

×= (2)

ここで、Iは正方晶(t)、立方晶(c)、単斜晶(m)各相のX線ピークの積分強度である。

また、熱サイクル試験用の試料は、Al拡散コーティングを施したNi基超合金(インコネル738LC)上

に遮熱層を成膜して作製した。遮熱層の成膜条件は上記と同様とし、膜厚は約200μm、試験片サイズは

Page 8: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-123

φ25mm×3mmとした。熱サイクル試験は、1150℃×1h試料を大気中で加熱したのち、圧縮空気を試験片

を5分間吹きつけ、300℃以下まで冷却するというサイクルを繰り返し、コーティングの剥離が生じるま

で試験を繰り返した。

皮膜の微構造は、エネルギー分散型X線分光装置(EDS)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM, 日立S-4500)

及び透過型電子顕微鏡(Topcon、002B)を用いて観察した。皮膜の組成は、ICP 発光分光分析装置(日

本ジャーレルアッシュ, IRIS Advantage)を用いて分析した。さらに、皮膜の比表面積を、BET 法(ユ

アサアイオニクス, NOVA-2000)にて測定した。

2.2.4.3 実験結果および考察

(1) ZrO2-HfO2-Y2O3-La2O3皮膜の熱伝導率

皮膜の熱伝導率に及ぼす安定化剤添加量の影響を図2.2.4-1 に示す。安定化剤の添加によって熱伝導

率が低下する傾向があるが、これは安定化剤の添加によって酸素空孔が生成し、フォノン散乱が促進さ

れるためである。Y2O3添加の場合と比較して、La2O3,Y2O3複合添加皮膜は安定化剤の添加量が同等の場合、

30~40%熱伝導率が低下することがわかる。

このように大きく熱伝導率が低下する原因としてまず挙げられるのは、La2O3添加による羽毛状組織の

発達である。図 2.2.4-2 に、皮膜の比表面積に及ぼす安定化剤添加量の影響を示す。YSZ 皮膜と比較し

て、LaYSZ では希土類添加量に対応して皮膜の比表面積が大きくなることがわかる。EB-PVD 法で合成さ

れたYSZ皮膜が有する大きな比表面積は、羽毛状組織に起因することが明らかとされている4)。図2.2.4-2

の結果は、La2O3添加によって羽毛状組織が発達したために、皮膜の比表面積が増大したことを示してい

る。羽毛状組織は、熱流方向に対して40°~60°程度の角度をもつために低熱伝導化に効果的であり4)、

La2O3添加による低熱伝導化にはこの羽毛状組織の発達が大きく寄与していることが明らかである。La2O3

添加によって羽毛状組織が発達するのは、成膜中の焼結が抑制されるためであると考えられる。現在ま

でに明らかにしたように、La2O3の添加はYSZの焼結抑制に対して極めて有効である2,5-7)。EB-PVD法では

成膜中の基材温度が1000℃前後と高いために、生成した羽毛状組織が焼結によって消滅する可能性があ

るが2,4)、La2O3添加YSZ皮膜では成膜中の焼結が抑制され、羽毛状組織が発達したものと考えられる2)。

また、成膜直後にはLa2O3は YSZ 中に固溶し、均一に分散しているため、イオン半径の大きいLaの固

溶によって生じる格子ひずみによるフォノン散乱も低熱伝導化した要因のひとつである。吉矢は、分子

動力学法を用いた熱伝導率計算によって、ZrO2-4mol%La2O3の熱伝導率は4YSZのそれよりも20%程度低い

ことを示している8)。また、La2O3添加YSZ皮膜を溶射法で合成した場合には、La2O3添加による熱伝導率

の低下は20~30%程度であることから5)、La2O3添加による本質的な熱伝導率低減効果は20~30%程度程

度であると考えられる。EB-PVD皮膜の場合、前述のように羽毛状組織の発達によって、さらに熱伝導率

が低下する。

皮膜の1200℃での熱処理による熱伝導率の変化を図2.2.4-3に示す。4YSZ皮膜を熱処理すると熱伝導率

は大きく上昇するが、これは焼結によって羽毛状構造や気孔が消滅するためである。一方、LaYSZ 皮膜

においても、熱処理による熱伝導率の上昇が認められる。しかしながら、熱処理後においても、LaYSZ

皮膜は YSZ 皮膜よりも低い熱伝導率を維持しており、組織の高温安定性が向上していることを示してい

る。しかしながら、後述するように La2O3の添加によって準安定正方晶(t’相)の安定性が悪くなるこ

とが明らかとなり、本研究では Y2O3添加量を多くすることによって相安定性の向上を図るとともに、さ

らに HfO2の添加によって高温安定性の向上を目指した。HfO2を添加した試料においては、熱伝導率の上

昇はわずかであり、組織の高温安定性が大きく向上することがわかる。HfO2 は融点が高く、ZrO2 と全率

Page 9: —た。YSZ 結晶は、基板温度935~1030 、基板回転15rpm の条件下において、出力60kW の電子ビー ムをYSZ ターゲット(ターゲット組成: 96ZrO2・4Y2O3)に照射することにより堆積させた。

3-124

固溶体を形成する。従って、HfO2 添加量が多いほど融点が上昇し、組織の高温安定性が向上するものと

考えられるが、HfO2は熱膨張係数が比較的小さく(~7×10-6/K)、HfO2添加によって皮膜の熱膨張係数は

小さくなるため、微量の範囲で添加するのがよいと考えられる。 図に示すように、Hf置換量について

は、10%の場合と 25%の場合で熱伝導率の差はほとんど認めなかったことから、本研究では Hf 置換量は

10%とした。

1200℃以上における熱処理による熱伝導率の変化を図2.2.4-4に示す。通常の4YSZ皮膜においては、

1300℃、10h の熱処理後の熱伝導率が約 2Wm-1K-1となり、バルクの YSZ(約 2.5~3Wm-1K-1)に近い値とな

る。一方、開発したZrO2-HfO2-Y2O3-La2O3皮膜は、1500℃までの熱処理においても、熱伝導率は1W/mK 程

度を保っており、超高温用TBC材料として期待できる。熱処理前後の皮膜の組織を図2.2.4-5に示す。

熱処理前の皮膜では、羽毛状組織が観察されており、また開発材において羽毛状組織がよく発達してい

ることがわかる。また、1300℃の熱処理後の組織は、4YSZ皮膜では焼結がおこり、羽毛状組織が消滅し

ているのに対して、開発材では焼結はおこっているものの、まだ羽毛状組織の形状が保たれていること

がわかる。さらに、熱処理後の組織をTEMで観察した結果を図2.2.4-6に示す。開発材では、図に示す

ように、La2Zr2O7のナノ粒子が分散していることが確認された。これは、添加した La2O3の一部が高温で

La2Zr2O7として析出したものである。このようなナノ粒子の分散構造が、高い高温安定性が発現する原因

の一つであると考えられる。

図2.2.4-1 YSZ及びLaYSZの熱伝導率と安定化剤(Re2O3)添加量の関係。

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

1.6

2 4 6 8 10

Re2O3 content (mol%)

Therm

al cond

uctivity (

Wm

-1K

-1)

YSZ

LaYSZ