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2011年度「化学」(担当:野島 高彦)

放射線と放射能

1. 原子核の崩壊

周期表を眺めて原子番号の大きい元素の質量数に注目してみよう.たとえ

ばラジウムの質量数は 226,のウランの質量数は 238,プルトニウムの質量数は 239といった値である.このように,陽子と中性子をあわせて 208個以上から成る大きな原子核は,いつまでも安定に存在することができず,崩壊し

て小さな原子核に変わって行く性質をもっている.これを原子核の崩壊,あ

るいは原子核の壊変と呼ぶ.たとえばラジウム-226は,陽子が 2個と中性子が 2個から成る粒子(質量数 4)を放出し,ラドン-222となる(図 1).さらにこのラドン-222も,質量数 4の粒子を放出し,ポロニウム-218となる.このように,自然に崩壊する原子核をもつ物質のことを,放射性同位体,放射性同

位元素,放射性核種,ラジオアイソトープ,RI と呼ぶ.ラジオアイソトープ

図 1 ウラン-238 の崩壊系列.ウラン-238 は様々な粒子や放射線を放出しながら異なる原子に変わって行き,最終的に鉛-206になる.

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の崩壊を表す説明図を崩壊系列と呼ぶ.たとえば図 1はウラン-238の崩壊系列である.原子核が崩壊する際に放出される粒子や電磁波を放射線と呼び,

放射線を放出する性質を放射能と呼ぶ.原子核の崩壊に伴って放射される放

射線を表 1 に示した.このうち,今回はα線,β線,γ線の 3 種類について述べる.

表 1放射性核種から放射される粒子および放射線

粒子あるいは放射線 線種 電荷 記号 α 粒子,42Heの原子核 +2 α,42He β 粒子,電子 -1 β,0-1e γ 電磁放射 0 γ 中性子 粒子 0 10n 陽子 粒子 +1 11p,11H 陽電子 粒子 +1 01e

2. 放射線の種類

2.1 α線

α線はα粒子の流れである.α粒子は,陽子 2個と中性子 2個から成る質量数 4 の粒子であり,ヘリウム-4 原子の原子核である(42He).α粒子を放出した原子核は,質量数を 4減らし,その原子番号は 2減る.たとえば ウラン-238(23892Ra)の原子核が崩壊すると,トリウム-234(23490Th)となる.この反応は次のように示される.

23892U → 23490Th + 42He

放射線は人体に悪影響を及ぼす場合があるので,放射線源と人体との間に

適切な物体を置き,人体が放射線にさらされないようにする必要がある.こ

れを遮蔽と呼ぶ.空気中に放出されたα線は数 cm飛行しただけで運動エネルギーを消費し,移動することができなくなってしまう.α線の透過力は低く,

紙一枚でも遮蔽することができる(図 2).しかし,照射量によっては皮膚に火傷を起こすこともある.また,誤って体内に取り込んでしまうと,組織に損

傷を与え,これが癌の原因となる場合もある.

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[例題]

ウラン-234(23492U)がα線を放出して崩壊する反応を記せ.周期表を見てよい.

[解答]

α線を放出すると質量数が 4,原子番号が 2 減少する.そのため,崩壊後の原子は,原子量が 230,原子番号が 90である.これを周期表で探すとトリウム(Th)が見つかる.従って反応式は次のようになる.

23492U → 23090Th + 42He

2.2 β線

β線はβ粒子の流れである.β粒子は原子核が崩壊する際に原子核から放

出される電子である.この電子は,原子核内の中性子の 1 個が陽子に変わる際に放出されるものであり,電子殻から放出される電子ではない.β線を放

出してもラジオアイソトープの質量数は変わらないが,原子核の陽電荷が 1増えるため,原子番号は 1増える.たとえばトリウム-234はβ粒子を放出して崩壊し,プロトアクチニウム-234 となる.この反応は次のようにあらわされる.

23490Th → 23491Pa + 0-1e

図 2 放射線の遮蔽.α線は紙 1枚,β線はアクリル板 1枚で防ぐことができる.γ線はこれらの物体を通り抜けるため,厚さ 5 cm以上の鉛の板か,厚さ 30 cm以上のコンクリートブロックが必要となる.

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ここで 0-1e はβ粒子をあらわす.β線の透過力はα線の透過力よりは大きく,紙一枚を透過するが,アクリル板一枚で遮蔽することができる(図 2).β線は皮膚の内部まで到達し,皮膚組織に損傷を与える場合がある.誤ってβ

線を放出する物質を体内に取り込むと,健康に悪影響が及ぼされる場合があ

る.

[例題]

ビスマス-210(21083Bi)がβ線を放出する反応を記せ.周期表を見てよい.

[解答]

β線を放出すると,質量数は変わらないが,原子番号は 1 増加する.そのため,反応後の原子は,質量数が 210,原子番号が 84となる.これを周期表で探すと,21084Poがみつかる.従って反応式は次のようになる.

21083Bi → 21084Po + 0-1e

2.3 γ線

原子核が崩壊するとき,α線やβ線とともに高エネルギーの電磁波が放出

される場合がある.この電磁波をγ線と呼ぶ.たとえば 23090Thがα線を放出して崩壊する際に,γ線も放出される.この反応は次のようにあらわされる.

23090Th → 22688Ra + 42He + γ

α線やβ線に比べると,γ線は高い透過力をもつ.γ線は身体を通過する

ことができ,通過にともなって細胞に損傷を与える場合がある.γ線を遮蔽

するためには,鉛の板やコンクリート製のブロックが用いられる.たとえば

コバルト-60から放出されるγ線に対しては,厚さ 5 cmの鉛板,あるいは 30 cm のコンクリートブロックを用いることによって,放射線の強度を 1/10 にすることができる(図 2).

[例題]

ラジウム-226(22688Ra)がα線とγ線を放出して崩壊する反応を記せ.周期表を見てもよい.

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[解答]

α線を放出すると質量数が 4,原子番号が 2減少する.γ線を放出しても,これらの数値に変化は生じない.したがって反応式は次のようになる.

22688Ra → 22282Rn + 42He + γ

4. 半減期

原子核が崩壊して行く速度について考えてみよう.ここに 1 g のテクネチウム 99m (99m43Tc)があるとしよう.99m43Tc はγ線を放出しながら壊変して行く.6時間後に残っている 99m43Tcの量をはかると,最初に存在した 1 gの半分の 0.5 gになっている.さらにそれから 6時間後に残っている 99m43Tcの量をはかると,0.5 gの半分の 0.25 gになっている.このように,ラジオアイソトープの残量は一定の時間で半分になる性質がある(図 3).最初に存在したラジオアイソトープの量が崩壊によって半分になる時間を半減期(t1/2)と呼ぶ.一般に,ラジオアイソトープの初期量を C0とすると,n半減期後の残量 Cは次のようにあらわされる.

C = C0(1/2)n

図3 半減期.ラジオアイソトープは半減期 t1/2が経過すると存在量が1/2になる.さらに t1/2が経過するとその 1/2 になる.これが繰り返されて行く.半減期が n 回経過したときの存在量は,最初に存在した量を C0

とすると C=C0(1/2)nとして表される.

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99m43Tcの場合,半減期は 6時間であるが,原子力発電に用いられる 23592Uの半減期は約 7億年である.23592Uの同位体である 23892Uの半減期は 45億年である.このように,半減期の長さは同位体によっても異なっている.主な

ラジオアイソトープの半減期を表 2に示した.

表 2 ラジオアイソトープの種類と半減期の例

元素名 同位体 半減期 放射線の種類 水素 31H 12年 β線 炭素 146C 5730年 β線 リン 3215P 2週間 β線 カリウム 4019K 1.28×109年 β線,γ線 テクネチウム 99m43Tc 6時間 γ線 ヨウ素 13153I 8日 β線,γ線 セシウム 13755Cs 30年 β線 ラジウム 22688Ra 1600年 α線,γ線 ウラン 23592U 7億年 α線,γ線 23892U 45億年 α線 プルトニウム 23994Pu 24 400年 α線,γ線

[例題]

ヨウ素-123 (12353I)は医療診断に用いられるラジオアイソトープであり,その半減期は 13.3時間である.10.0 gのヨウ素-123が 4半減期後に何mgになるか計算せよ.周期表を見てもよい.

[解答]

半減期 1 回につき初期量の(1/2)が残る.半減期が 4 回だと(1/2)×(1/2)×(1/2)×(1/2)になる.これに初期量 10 gをかければよいので,次のようになる.

(10 g)×(1/2)×(1/2)×(1/2)×(1/2)=0.625 g=62.5 mg

5. 核エネルギー

我が国の電力は,水力,火力,原子力,その他の方法によって生み出され

ている.このうち 2010年 12月の場合,32 %が原子力発電に依存している.原子力発電はどのようなしくみになっているのだろうか.

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5.1 核分裂と核エネルギー

たとえばウラン-235 の原子核に中性子 10n を照射すると,この原子核は安定で小さい原子核に分裂する.これを核分裂と呼ぶ(図 4).

10n + 23592U → 23692U → 13956Ba + 9436Kr + 310n + エネルギー

この分裂の際に放出される原子核や 10n は高速で飛行しており,これが周囲の分子に衝突すると熱エネルギーに変換される.この熱エネルギーを用い

てタービンを回し,タービンの運動エネルギーで発電するしくみが原子力発

電である.原子力発電所が臨海部に建設されるのは,冷却水として海水を用

いるためである.

上記の式において,1個の 10nが 1個の 23592Uに衝突すると,3個の 10nが放出される.これら 3 個の 10n は続いて次の 23592U に衝突し,ここでさらに10n が放出される.この過程が連続すると連鎖反応となる(図 5).発電するために必要な量のエネルギーを得るためには,この連鎖反応が生じる必要があ

る.連鎖反応を制御し,徐々にエネルギーを放出させるしくみが,原子力発

電所の原子炉である.一方,連鎖反応を短時間のうちに起こし,短時間のう

ちに大量のエネルギーを放出させるしくみを応用したものが原子爆弾である.

連鎖反応を起こすためには,燃料源となる物質が一定量集まっていることが

必要である.この量を,臨界質量と呼ぶ.

6. 放射線と生体

α線,β線,γ線はいずれも,生体を構成する分子を分解する能力を持っ

ている.これら放射線に衝突された原子は,電子殻の電子をはじき飛ばされ,

図 4 235U の核分裂.中性子が照射されると小さい原子核と中性子,お

よびエネルギーが生じる.このときに放出される粒子が周囲の分子に

衝突して生じる熱を利用する発電方法が原子力発電である.

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陽イオンと電子に分離する.このように,衝突された分子を,電荷をもった

粒子に分解する作用を持つため,放射線を電離放射線と呼ぶことがある.電

離放射線は人体にとって有害な作用を与えることがある.例えば電離放射線

を DNA分子に照射すると,DNA分子は損傷を受け,遺伝情報に変異が生じる.損傷を受けた DNAをもつ細胞は突然変異を起こし,がん細胞になる場合がある.さらに,損傷を受けた DNAが生殖細胞であった場合には,子孫に遺伝的な問題を引き起こす確率が高くなる.

一方,電離放射線は水分子と反応し,間接的に細胞に悪影響を及ぼす場合

がある.水分子に高エネルギーの電離放射線が当たると,水分子の共有結合

が切断され,フリーラジカルと呼ばれる反応性に富んだ状態になる.

H2O → H・ + ・OH

フリーラジカルは細胞内の生体物質と反応し,有害な化合物が生じる場合

がある.これによって生体が悪影響を受けることになる.生体はいくつかの

防御機構で,生体に悪影響を及ぼす放射線に対処している.フリーラジカル

の多くはビタミン類が反応して無毒化する.DNAの場合には様々な酵素が関わる修復機構が備わっている.

図 5 核分裂の連鎖反応.1 個の中性子がウラン-235 の原子核に衝突して核分裂を起こすと,ここから 3個の中性子が放出される.この 3個がまた次のウラン-235の原子核に衝突し,核分裂を引き起こす.

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7. 放射線のはかりかた

放射線から身を守るためには,放射線の強さを正しく測る必要がある.そ

のためのはかり方の尺度が 3種類ある(表 3).

7.1 崩壊速度

ひとつの測り方は,放射能の量をはかる方法である.1 秒間に 1 個の原子核が崩壊するときの放射能の量,すなわち崩壊速度を 1 Bq (ベクレル)と定義する.崩壊速度を考える際には,崩壊する原子核の種類(ウランなのかテクネチウムなのか)や,崩壊に伴って放出される放射線の種類(α線なのかβ線なのか,など)は考えない.だから,異なる放射線源 2種類を考え,どちらも同じ崩壊速度を示した場合,両者が人体に与える影響に違いが生じる場合がある.

ある試料からは 1 秒間に 1 個のα線が放出され,別の試料からは 1 秒間に 1個のβ線が放出されたとしよう.α線とβ線では生体に及ぼす影響が全く異

なるが,この場合はどちらも 1 Bqの崩壊速度である.

7.2 吸収線量

崩壊速度は,崩壊する原子核に注目した理解のしかたであった.崩壊に伴っ

て発生する放射線が,人体や試料にどの程度の影響を与えるのかは考えな

かった.これに対して,放射線を当てられる側に注目した放射線量の見積も

り方がある.それが吸収線量である.1 kgの物質に 1 Jのエネルギーが吸収される際の吸収線量を 1 Gy(グレイ)と定義する.

1 Gy=1 J kg-1

吸収線量に注目する際には,試料なり人体なりが受け取るエネルギーの量

が問題となってくる.例えば異なる種類の放射線源 2 種類を考え,両者から放出される放射線の種類も,そのエネルギー強度も異なっていたとする.し

かし,どちらを照射された試料も 1 kgあたり 1 Jのエネルギーを与えられたならば,両者の吸収線量は同じ 1 Gyである.

7.3 線量当量

さらに考慮しなければならない点がある.それは生体に及ぼす影響の違い

である.同じ 1 Gyの放射線を受けた場合であっても,α線を受けた場合とβ線を受けた場合では,細胞に対する影響は異なったものになる.そこで,生

体への影響をあらわす指標として線量当量が用いられる.線量当量の単位に

はシーベルト(Sv)が用いられる.線量当量は吸収線量に一定の係数を掛けたも

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のである.この係数を荷重係数と呼ぶ.たとえば X 線やγ線の荷重係数は 1であるが,α線の荷重係数は 20である.そのため,1 Gyの X線と 1 Gyのα線とを比較した場合,人体に対する影響はα線の方が20倍大きいことになる.

表 3 放射線を測定する際に用いられる単位

単位 組立単位 定義 崩壊速度 ベクレル(Bq) 1 Bq = 1 s-1 1秒間に 1個の原子核

が崩壊崩壊して放射

線を放つ放射能の量

が 1 Bq 吸収線量 グレイ(Gy) 1 Gy = 1 J kg-1 放射線によって 1 kg

の物質に 1 Jの放射エネルギーが吸収され

たときの吸収線量が

1Gy 線量当量 シーベルト(Sv) 放射線荷重係数*×吸

収線量 8. 放射線から身を守る

人体が放射線にさらされることを被曝と呼ぶ.放射線を取り扱う際には,

被曝しないよう最大限の注意をはらう必要がある.そのためには,放射線か

ら身を守る方法を知っている必要がある.放射線の強度は,放射線源からの

距離が 2倍になるたびに 4分の 1になる.したがって,放射線から身を守るために第一に意識しておくべき点は,放射線源からの距離である.

第二に意識しておくべき方法は,遮蔽方法である.適切な防御服や防護壁

を用いることによって,被曝を防ぐことができる.医療機関においては X 線およびγ線の取り扱いに注意が必要である.鉛のエプロンを用いて,患者の

身体を防護することが多い.

9. 天然放射線

放射線の人体への影響を知ると,わずかな放射線であっても人体に照射さ

れてはならないと考える場合がある.しかしこれは誤った考え方である.な

ぜなら私たちは,常に自然界から放射線を照射されているからである.

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例えば地球には宇宙から宇宙線が降り注いでいる.その一部は大気を通り

抜けて地上に届いている.また,空気中にはラジオアイソトープであるラド

ンが含まれており,私たちはそれを吸い込みながら生きている.さらに大地

にも数種類のラジオアイソトープが含まれており,地球上のどの土地へ行っ

ても地面から放射線を照射されることになる.そして私たちの食物にもラジ

オアイソトープが含まれている.このように,原子力や診療放射線を利用す

る前から,人類は放射線を照射されてきたわけである.このように自然界か

ら発せられる放射線を天然放射線と呼ぶ.1年間に一人の人間が受ける天然放射線の量は,世界平均 2.4 mSv,日本国内では平均 1.5 mSvである(地域によって違いがある).

発電所や医療機関などで用いられる放射線がどの程度人体に有害かを判断

する際には,天然放射線の強度と比べてどの程度の放射線を扱うのかを考え

る必要がある.健康に害が無いとされる放射線量の上限は,年間 20 mSv である.また,200 mSvを超えると人体に悪影響が出ると考えられている.

10. 人工的な放射線

医療の一環として放射線を用いた診断や治療が行われている.この際に人

体は被曝する.これを医療被曝と呼ぶ.例えば健康診断で胸部レントゲン撮

影を 1回行った場合,被曝量は 0.2 mSvである.胃のバリウム検査を行う場合の被曝量は,1回あたり 3~5 mSvである.主な医療行為に伴う被曝量を表4に示す.

表 4 医療行為に伴う被曝量

医療行為 被曝量/mSv 胸部 X線撮影 0.2 腹部レントゲン撮影 1.0 胃のバリウム検査 3-5 頭部 CT 2.5 胸部 CT 5.9 全腹部 CT 6.8

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●参考:半減期の求め方

放射性同位元素において壊変定数を k,初期存在量を C0,時間 tにおける存在量をC,自然対数の底を eとするとき,C = C0e-ktが成り立つことを示す.

−dCdt

= kC

t=0において C=C0,t=tにおいて C=Cの条件で積分する.

dCCC 0

C∫ = −k dt

0

t∫

loge C − loge C0 = −kt

logeCC0

= −kt

CC0

= e−kt

C = C0e-kt

n半減期後において C = C0(1/2)nとなることを以下のとおり示す.

C=(1/2)C0となる tが t1/2である.t1/2は半減期である.

このことを上記の結論に代入する.

C/C0 = e-kt1/2

∴ C/C0 =(1/2)C0/C0=1/2= e-kt1/2

n半減期後においては t=nt1/2なので次の関係が成り立つ.

C = C0e-knt1/2

ここで e-kt1/2=1/2だから次の関係が成り立つ.

C = C0(1/2)n


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