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第15章統計学の将来 457

2. 経潰学における統計的方法

経済学に関しては,経済統計学の計量について論じ,また社会統計の認識に

関連しても,若干は述べてきた。しかしそれらは,経済学における統計的方法

の現段階をいまだっくしていなかった。われわれは,それをここに論じるため

に残しておいたのである。

今日の経済学について指摘できる 1つの特徴は,経済における統計的な,あ

るいは総体的な概念の把握であるといわれる。その 1つの範例を,われわれは

Keynesの経済学においてみるであろう。 Walr:踊 i,Paretoの経済理論が, 自

由主義経済における個人聞の経済行為を抽象化し,理念化しようとした理論で

あるとみられるのに対して, Keynesの理論においてみられるいちじるしい特

徴は,そのような個人の形成する経済社会の構造的な理解を前提とし,これを

総体的に規定する巨視的な諸概念を前面に出していることである。国民所得と

いう概念の理解もこのような理論的方法的基礎において把短きれなければなら

ない。このことは力学と対比して説明する方が適切であろう。 Walras,Pareto

等の理論は質点の力学に対応する。彼らの理論では社会はこのような質点に対

応する個人の集合であるが,経済現象を規定するものとしてとりあげられたの

は,個々の経済単位が相互に関係し合う相互関係だけである。質点が,それ自

身無内容な不可分的なもので,それには内部性といわれるものがないように,

これらの経済単位個々の相互間を規定する関係以外に何も与えられていない。

ニュートン力学を,質点聞に逆自乗の法則が成り立つという外的関係に帰着さ

せてみるように,限界効用の原理が経済単位聞の関係を規定しつくしている。

そうしてその結果としては,経済単位の存在する数だけそれだけ多くの変数を

もち,したがって一般均衡理論では理論的には何万個かの未知数を含む連立方

程式を研究の対象としなければならないことになるのである。この理論のもつ

欠陥としては,第1に,経済単位の存在する場の概念がないことである。第2

に,均衡のなりつくした姿において成り立つ等式を与えるにすぎないことであ

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458 第 5鏑統計学の過去・現在・未来

る。第3に,そのような方程式が事実上無限に多く,方程式系が理念的存在に

とどまること,第4に,以上の理由により,この理論が実験されるような形式

をもたないことがあげられるであ石ラ。 Walrasや Paretoの賛美者も多い

し,その先験的価値は大きいとして充分に認められるべきであろうが,経済理

論としては,いまだ幼稚なものといわなければならない。

第1の欠陥に対しては,われわれのいわんとすることは,経済単位をこれの

存在する経済社会の構造から離れて考えoこと自体を非難す?あわけではない。

競争の理論や独占の理論におけるす?ぐおた展開は充分に高く評価されてよいで

あろう。しかしそれはあくまでも抽象であr 札この抽象に対して,境界条件を

入れて,適用範囲を具体化していかおければならない。個々の経済単位といっ

ても,これには2つの見方があろラ。 1つは,これらの経済単位の若干だけを

周囲から切り離して考える場合であo。他のl'つは}個々の経済単位は,あた

かも気体論の分子のように,典型的に全体の経済単位を代表するものを考える

ことである。ところで,個々の経済単位若干個の紐自体の行動を論ずる場合に

は,この対象と,これをふくむ場との聞に,どこかの線において切断を入れな

ければならないであろう。その切断のなかだけにおいて当の経済単位の行動を

追究するとき,切断の外からの作用は規定されず,与えられたものとして取り

扱わなければならない。それは,当然経済単位の行動に対して不確定性を生ず

るものであoといわなければならない。この不確定性の考慮のない抽象は,す

でに現実ハの適用に関して最初から限界性をもっといわなければならない。し

かしこの不確定性の世界に一旦はいりこまなければならなくなるとき,不完全

な知識のもとにおける経済行為が対象とならなければならない。したがって,

経済行為者がすべて最大利用や最大利潤を追求する目的をもっと同時に,この

目的を実現するための方法について完全な知識をもっという前提がくつがえさ

れる。次に,ある経済単位を孤立化させてみるのが目的でなく,そこに考える

ところの個々の経済単位は,代表点としてこれをみるというのであれば,大な

り小なりいっさいの影響が加わってくるのであって,このときには,経済単位

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第 15章統計学の将来 4!jg~

全体の構成する経済構造が規定されていなければならない。それはあたかも,

液体であるか気体であるか固体であるかの規定のもとに,分子の集合状態なら

びに各分子の運動;民態を規定することによって,構造的に規定して出発する分

子論的物性論の方法に類似して考えられなければならないであろう。経済理論

の理想、はここにあろうけれども,一足飛びにそこへいくには多くの困難があ

り,当然ふむべき途中の諸段階があるであろう4。

-第2の点に関しては,経済学の動学化の問題として取り扱われている。

Paretoは Walrasの仕事をLagrangeの解析力学の業績になぞらえてたた

えたのではああけれども, Walrasの仕事は静力学であっても動力学にはたと

えられないのである。それゆえにここに問題になるのは,経済現象のメカニズ

ムを反映すべき運動方程式の設定ということであろう。これは,第6章でも少

じ忘れたところであったが, ここにはきわめて多くの困難があるわけであっ

て,この点に成功しな¥'_"かぎり,統計力学的方法の援用には多くの困難のある

のはまぬがれがたいであろう。しかしこの困難の兎服は,同時に多くのメカニ

ズムの導入となるであろうし,.徴分?方程式が物理現象に適合しているのに対し

て,定差方程式等の一般関数方程式の援用が当然考慮されなければならない。

若干の経済単位を切り離してその聞の関係だけをみようというときには,外部

からの交互作用や与件には,不確定的な要素をふくむゆえ,それは,たとえば

確率的な関数方程式ともいうべきものになるであろラ。

第3の点に関しては,これを克服するのには,すでに述べた統計力学的な見

地をとるか,あるいは, Walras. Paretoの方針をなげすて, 分子論的な考え

方をすてて,熱力学的に総体概念に依存するという方法をとるべきであろう。

後者こそまずふむべき認識の順序であろう。巨視的理論といわれるものは正に

この段階に相当するものであったといえよう。巨視的な経済理論のこのいき方

は,熱力学が統計力学に先行した歴史を思い合わすと,一面において科学の進

むべき必然性をふくむものとも理解されるのである。熱力学との類比をここに

強調するのは,次の点においても大切であろう。温度炉エントロピーというの

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460 第 5編統計学の過去・現在・未来

は,総体概念である。これに対して,巨視的な経済理論では雇傭量とか有効需

要とかいう総体的概念を規定し,これら相互関係を見いだすものである。ここ

に重要な点は,熱力学が熱機関による効率の問題から発生し,そうして人聞が

その効率を支配できる技術を獲得していたときにこの問題が起こったように,

巨視的な経済理論は,これらの総体量のあるものを国家の政策により人為的に

支配することが可能であり,あるいは必要となった段階において生まれたとい

うことである。たとえば国民所得という概念が単に,構成要素を貨幣価値にお

いて集計したものという形式的定義では不充分であって,記述的文法として理

解されてはならない。ここに集計されるべき全体が実体概念として把握されて

いなければならない。これらはすべて現代の経済社会が大きな変革期に際会し

ていることの必然の結果である。

そうして第4に,経済理論の実証性の問題に立ち入るとき,この問題は最も

経済学と密接になってくるであろう。計量経済学は,すでに述べたように,統

計理論と統計との結合とを目標にしておこったものである。従来の一般均衡理

論との関係はともかくとして,特殊均衡理論を現実の統計資料の実証により把

握しようという努力はあった。しかしながら,この道はけっして容易ではない

であろう。経済学の諸概念のうちあるものは,それをいかにして実験と結び合

わせるかを考慮することなく形成されている。測定できるものがすべてであ

り,それ以外に客観的実在をみとめないというような実証主義は,経済現象の

分析において適切なものとはわれわれは思わない。測定されるものは断面であ

って,実在それ自身は客観的存在として定立されなければならない。もちろん

それは観測しつくされず,観測結果は,常に観測手段に依存する相対的なもの

であっても, それは仕方がないであろう。経済現象の計量においても, われ

われは同時に観測し得ない経済量というものと同時に観測し得るものであろう

い一方を精密に測定することは,他方の不確実性をますという事情もまた考

慮されるであろう。だが計量経済学の発達のためには,経済学における実験あ

るいは実証の意義を検討しなければならないであろう。その必要は同時にまた

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第 15章統計学の将来 461

可能性を前提とする。それは経済理論と政策との結びつきということなしには

考えられないのである。しかも,この結びつきは,統計をもつことによって可

能となるのである。理論,統計,政策の三者の相互依存性を明確にするとき,

統計学の将来はこれを生む社会の基盤と直結せざるを得ない。

Walras, Paretoの一般均衡理論の形式を離れるとき, このようにして,各

種の不確定性が登場してくるのである。この不確定性をどのように克服する

か,そうして,それを統計理論といかに結びつけるか,これは将来の統計学の

問題であろう。またこのような不確定性の伴う経済量の測定計画をあたえると

ころの調査の理論もまた,統計学を発展させる動因となるであろう。

Marshallから Pigouを経て Keynesにいたる線をたどるとき,均衡理論

の発展としてその到達したところは,総体概念を中心課題とする点においてマ

ルグス経済学と類似するということになるであろう。だが労働価値説を前提と

するマルキシズムと Keynesの記述論とを, われわれは, 明確に区別する必

要があるであろう。

われわれは,次節においては予想の問題に関して直観確率,あるいは蓋然性

の問題を論じ, 4節においては,近ごろアメリカを中心に試みられたところの

精密標本論の経済統計学への応用にふれたいと思う。

3. 蓋然性と予想の問題

Walras, Pareto等にその典型をみるところのいわゆる近代経済理論が, 個

人の完全知識を前提とし,完全な合理性をもって行動するという構想の上に構

成されるものであるかぎり,景気変動に関する諸問題をその体系内にとり入れ

ることにおいてすでに多くの困難があったわけである。このために,経済学の

動力学化の傾向が生じ,これに結びついて個人計画の反省が深められたのであ

る。個人の計画は,多少の基礎と推定にもとづいて,予想を立てて行動する。

しかし予想は,あくまで予想にとどまり,かならずしも事実と一致するとはか

ぎらない。予想の問題が起こるのは,第1にいわゆる経済外的与件に関して知


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