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鹿児島県内の自然放射性物質の分布に関するデータベース化を
目指して
工学部 佐藤 紘一
アイソトープ実験施設 福徳 康雄・尾上 昌平
1.はじめに
2011 年 3 月に福島第一原子力発電所で発生した事故によって、大量の放射性物質が東日
本の広範囲に放出され、深刻な環境汚染を引き起こしている。事故発生以降、環境中の放
射線量について人々の関心が高まっているが、過剰に放射線に対して恐怖を訴える場面が
多く見受けられた。平常時でも自然環境中にはたくさんの放射性物質が存在し、様々な放
射線が放出され続けていることは放射線に関する重要な知識の一つであるが、十分には浸
透していない。このことをできる限り多くの人が正確に理解できるように教育を地道に行
い、放射線に対して無用な心配をしない環境を整えることが、科学技術が発達した現代で
は必要不可欠である。そのためには、環境中の放射性核種に関する正確なデータを蓄積す
ることが必要である。
現在、鹿児島大学では桜島からの火山灰に含まれる放射性物質の分析が継続して進めら
れているが、火山灰以外の大気中を浮遊する粉塵に含まれる放射性物質の分析は十分には
進んでいない。また、海水中の生物が体内に蓄積する放射性物質の分析も十分ではない。
そこで、大気中の粉塵と海洋生物のサンプルを鹿児島県内で採取し、それらに含まれる放
射性物質の分析を行い、そのデータを蓄積することを本研究の目的とする。将来的には、
鹿児島県内の自然環境の放射性物質分布のデータベース構築を目指し、本事業をその足が
かりとしたい。
2.実験方法
大気中の粉塵の捕集には、ハイボリウムエアサンプラーを用いた。ハイボリウムエアサンプラ
ーは京都大学原子炉実験所より拝借した。ファンを回し、空気の通り道にフィルターを置いて、
大気中の粉塵をフィルターによって捕集するものである。サンプルを捕集した場所と日時を表 1
に示す。粉塵が付着したフィルターに対して、鹿児島大学アイソトープ実験施設の Ge 検出器で放
射線の計測を行い、大気中粉塵に含まれる放射性核種の濃度を調べた。また、捕集したサンプル
の一部は京都大学原子炉実験所に運び、TIMS(TRITON-T1, Thermo Fisher Scientific)を用いて、
同位体比分析を行った。表 2には本事業で用いた海洋生物の種類と捕獲場所を示す。切り身の魚
を入手し、それを鹿児島大学アイソトープ実験施設の Ge 検出器で計測し、魚に含まれる放射性核
種の量を調べた。また、図 1に示す KURAMA-II(Kyoto University Radiation Mapping system-II)
も京都大学原子炉実験所から拝借した。KURAMA-II は、NaI シンチレーションサーベイメータを積
んでおり、3秒ごとに空間線量の検出を行う。GPS も搭載しているため、時間と場所とその場所の
空間線量を同時に記録することができる。記録されたデータは回線を通してクラウドなどに保存
される[1]。本システムを用いて鹿児島県内の空間線量率の計測を行った。
3.実験結果と考察
表 3に大気中の粉塵に含まれる放射性核種の濃度を示す。試料番号 1-4 と 5 以降とで比較する
と、単位体積あたりの Be-7 の放射能は大きくなり、K-40 は変化がなく、その他の核種について
は小さくなった。試料番号 4と 5の粉塵採取は少し期間を空けて行っており、また、大気の採取
量が 3倍以上増えている。Be-7 の放射能濃度が増えたのは、大気採取量が増えて、計測の精度が
上がったためではないかと考えられる。
次に、粉塵採取の中断期間(試料番号 4と 5の間)の出来事に着目する。2016 年 1 月 29 日現
在で、最後に桜島が噴火したのは 2015 年 9 月 28 日である。中断期間以降に桜島は噴火していな
い。試料番号 4までの測定は火山灰の影響を受けていた可能性が示唆されるため、その点につい
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て以下で検討する。火山灰にはトリウム系列(Pb-212、Bi-212、Tl-208)とウラン系列(Ra-226、
Pb-214、Bi-214)と K-40 が含まれる [2]。ここで、アイソトープ実験施設の排気設備のガスモニ
タによる放射能測定の結果と桜島の噴火回数の関係を図 2に示す。図 2の電流値が放射能濃度に
相当する。2011 年の後半に両者の関係に食い違いがみられるが、2009 年の後半から 2010 年前半
にかけてと、2011 年前半に桜島の噴火回数と放射能濃度の増加がよく一致している。なお、この
期間、施設内では気化しやすい放射性物質の利用はなく、また、24 時間喚起が続けられており、
大気の滞留もないため、ほぼ大気中の放射能濃度を測定していると考えている。したがって、試
料番号 1-4 のトリウム系列とウラン系列の上昇は火山灰によるものと結論付けられる。ただ、火
山灰に含まれるはずの K-40 が試料番号 1-4 でも検出できないことがあった。K-40 は火山灰だけ
でなく、一般環境中にもたくさん含まれることから、Be-7 と同様に大気の採取量が影響を及ぼし
ていると考えられる。
表 1. 大気中の粉塵の捕集をした場所・開始時刻・捕集時間・測定器・試料番号
測定場所 開始時刻 採取量(m3) 測定器 試料番号
鹿児島大学
遺伝子実験
施設 屋上
2015 年 8 月 20 日 8 時 58 分 233 Ge 検出器 1
2015 年 8 月 26 日 13 時 36 分 672 Ge 検出器 2
2015 年 8 月 27 日 9 時 38 分 881 Ge 検出器 3
2015 年 9 月 3 日 15 時 46 分 766 Ge 検出器 4
2015 年 11 月 2 日 14 時 11 分 2800 Ge 検出器、TIMS 5
2015 年 11 月 9 日 11 時 7 分 3114 Ge 検出器、TIMS 6
2015 年 11 月 30 日 17 時 28 分 4911 TIMS 7
2015 年 12 月 7 日 16 時 56 分 1983 TIMS 8
2015 年 12 月 14 日 11 時 21 分 4745 Ge 検出器、TIMS 9
2015 年 12 月 21 日 17 時 12 分 2859 10
日置市役所
近く 2016 年 1 月 11 日 18 時 00 分 2658 Ge 検出器 11
表 2. 魚の種類と捕獲場所
捕獲場所 魚の種類
東シナ海 マアジ チダイ
太平洋 マアジ チダイ
図 1. KURAMA-II の写真[1]
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表 3. 大気中の粉塵に含まれる放射性核種とその濃度
試料番号
(表 1)
単位体積あたりの空気に含まれる粉塵中の放射性物質濃度(Bq/m3)
Cs-137 Be-7 Pb-212 Bi-212 Tl-208 Ra-226 Pb-214 Bi-214 K-40
1 - 1.63×
10-3
1.94×
10-3
2.79×
10-3
1.49×
10-3 -
2.48×
10-3
3.92×
10-3 -
2 - 1.09×
10-3
1.06×
10-2
1.33×
10-2
1.09×
10-2 -
1.04×
10-3
3.14×
10-3 -
3 - 1.67×
10-3
5.54×
10-3
7.26×
10-3
5.50×
10-3 -
2.73×
10-4
5.55×
10-4
8.59×
10-4
4 - 2.38×
10-3
4.28×
10-3
5.72×
10-3
4.24×
10-3 -
2.68×
10-4
5.45×
10-4
2.36×
10-4
5 - 9.95×
10-3
2.29×
10-3
3.08×
10-3
2.23×
10-3 -
9.58×
10-5
3.14×
10-4
2.03×
10-4
6 - 3.10×
10-3
6.50×
10-4
8.22×
10-4
6.73×
10-4 -
9.85×
10-5
2.83×
10-4
2.14×
10-4
9 - 6.67×
10-3
7.03×
10-4
9.17×
10-4
7.03×
10-4 - - - -
11 - 8.83×
10-3
5.77×
10-3
7.41×
10-3
5.65×
10-3 - - -
2.46×
10-5
図 2. アイソトープ実験施設の排気設備ガスモニタの放射能測定結果と桜島の噴火回数の関係
表 4 にマアジとチダイの測定結果を示す。マアジとチダイの測定では、K-40 が検出されたが、
その他の核種は検出されることはなかった。特徴としては、太平洋側で収穫されたマアジとチダ
イで K-40 が東シナ海側のものに比べて、1割以上多く検出された。図 3に鹿児島市内の大気中の
粉塵のウランの同位体比測定の結果を示す。この測定は試料番号 5-10 の粉塵を集めて行われた。
U-235/U-238 の比が 0.00732±0.00004 となり、ほぼ天然比として得られた。また、表 5にはウラ
ン以外の核種も含めた同位体比の測定結果を示す。ウラン以外の元素でも、天然に存在するもの
のみが検出された。図 4に KURAMA-II を用いた鹿児島県内の空間線量を示す。測定期間は 2015 年
8 月から 2016 年 1 月であり、青いデータ点の道を車で走行した。青いということは空間線量が 0.1
μSv/h 未満ということであり、もし赤いデータ点があるとしたら、その付近が 1μSv/h であるこ
とを意味する。隈なく走行できたわけではないが、車による走行サーベイを行った場所では異常
な高さの空間線量率は検出されなかった。
2009 2010 2011 201220
25
30
0
100
200
西暦
電流
値(
fA)
桜島噴火回数
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表 4. 魚に含まれた放射性核種とその濃度
図 3. 鹿児島市内の大気中の粉塵のウランの同位体比測定の結果(表 1の試料番号 5-10 を合わせ
て測定)
表 5. 鹿児島市内の大気中の粉塵の同位体比測定結果
放射性核種 同位体比
Cs Cs-133 のみ検出
Sr Sr-84、Sr-86、Sr-87、Sr-88
(すべて天然に存在する安定な同位体)
U U-235/U-238: 0.00732±0.00004(天然比)
Pu 検出できず
単位重さに含まれる放射性核種とその濃度(Bq/kg)
K-40
マアジ(東シナ海) 35.8
チダイ(東シナ海) 40.9
マアジ(太平洋) 42.2
チダイ(太平洋) 45.8
0.00E+00
2.00E-01
4.00E-01
6.00E-01
8.00E-01
1.00E+00
1.20E+00
234 234.5 235 235.5 236 236.5 237 237.5 238 238.5 239
Rel
ativ
e in
tens
ity
Atomic mass
×10
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図 4. KURAMA-II を用いた空間線量の測定結果。測定期間は 2015 年 8 月から 2016 年 1 月まで。色
の付いた道路の上を走行した。
4.おわりに
鹿児島県内の自然放射性物質の測定を本事業によって始めることができた。大気中の粉塵にも
放射性物質が含まれることを示すことができた。季節が秋から冬に変わる頃に放射性物質の濃度
が変化したが、その時期から桜島の噴火が止まっているため火山灰の影響ではないかが考えられ
る。東シナ海と太平洋で取れた魚に含まれる放射性物質、大気中の粉塵に含まれる放射性物質の
同位体比、鹿児島県内の空間線量率の走行サーベイのいずれにおいても特に不自然な核種などは
見つからなかった。本事業をきっかけとして徐々にデータを蓄積し、データベースを構築できる
ように努力していきたい。
謝辞
ハイボリウムエアサンプラーと KURAMA-II を貸して下さいました京都大学原子炉実験所 放射線
管理部と原子力安全基盤科学研究プロジェクトに心より感謝いたします。また、実験計画の立案
や同位体比測定など様々な面で多くの御助言を下さいました京都大学原子炉実験所 窪田卓見助
教に厚く御礼申し上げます。
参考文献
[1] M. Tanigaki, R. Okumura, K. Takamiya, N. Sato, H. Yoshino, H. Yoshinaga, Y. Kobayashi,
A. Uehara, H. Yamana, Nucl. Inst. Meth. Phys. Res. A 781 (2015) 57-64.
[2] 鹿児島大学アイソトープ実験施設ニュースレター第4号, 2015