1. ホール効果の測定
目的半導体の基本的な特性は、その電気伝導の担い手(キャリア)が主として電子か正孔かということと、キャリアの濃度や易動度(モビリティ)とで決まる。ここで行う実験では、半導体のホール係数や比抵抗を測定してキャリアの種類、濃度および易動度について調べる。また、この実験に用いるホール効果1の現象を理解するためには、これまで学修した電磁気学の知識がほとんど全て必要になるので、この実験の解析を通じて電磁気学の理解度を自己点検せよ。
理論半導体試料に電流を流し、その電流に垂直に磁界を作用させると、電流にも磁界にも垂直な方向に起電力が生じる。この現象をホール効果(Hall Effect)と呼び、生じた起電力をホール起電力と呼ぶ。このホール起電力は流す電流を倍にすれば倍になり、かける磁場を倍にすれば倍になる。すなわちホール起電力は電流にも磁場にも比例する性質を持っており、その比例係数は試料に固有の物理量である。この係数と同時に試料の電気伝導度(電気抵抗)を測定することにより、半導体試料中に含まれる不純物の種類、存在するキャリアの種類や密度、易動度などのミクロな情報を得ることができる。
図1: 試料の配置
電気抵抗と電気伝導度図1のような、x方向にb、y方向にa、z方向にcの大きさをもった直方体の試料を考えよう。ただし、試料は正孔がキャリアの多数を占めるp型半導体であるとする。この試料のx = 0の面が正に、x = bの面が負になるように電圧Vxをかけたとすると、x軸の方向に一様な電場Exが生じる。 このとき電圧(電位差)と電場の関係は
Ex =Vxb
で与えられる。結晶中のキャリアはあたかも自由電子のようにふるまうと考えられており、この電場からキャリアが受ける力Fxは、
Fx = qEx =qVxb
で与えられ、キャリアがうける加速度aは、
a =Fxm∗
=q
m∗Ex
で与えられる。ここで、qはキャリアの電荷、m∗は結晶の格子をつくる原子からの影響をキャリアの質量のなかに繰り込んだもので有効質量と呼ばれる量である。このままであれば、キャリアは電場から受ける力により際限なく加速され続けることになるが、実際にはキャリアが結晶中を運動する間に熱振動している格子原子や、不純物原子などの格子欠陥と衝突・散乱を繰り返し、平均的にみると一定の速さで運動していると見なすことができる。キャリアが熱振動している格子原子などと衝突してから次に衝突するまでの平均自由時間をτとすると、この時間内にキャリアはv = aτの速度まで加速される。これを、
v = τq
m∗Ex ≡ µEx
のように表現すると、キャリアの平均速度は電場に比例することがわかる。ここで定義された比例定数µを易動度(モビリティ)と呼ぶ。
電気電子工学実験II 1. ホール効果
1 - 11 ホール効果のホール(Hall)は人名であり正孔(hole)ではないことに注意せよ。
電荷qをもったキャリアが平均速度vで運動しているわけであるから流れている電流の電流密度jは、キャリアの密度をnとすると、
j = nqv = nqµEx ≡ σExと表すことができる。ここでσは電気伝導度と呼ばれる量で
µ =1nq
σ
の関係を満たす。電流が流れているx方向に垂直な試料の断面積をSとすると、S = acより、電流Ixは
Ix = Sj = acσEx = acσVxb
と表され、これを
Vx =b
ac
1σ
Ix = IxR
と書き表すと、確かに電圧は電流に比例しておりオームの法則が成り立つことが理解できる。比例係数が電気抵抗を表すが、一様な材質でつくられた試料であれば電気抵抗Rは試料の長さに比例し断面積に反比例することもわかる。ここでσ−1は単位長さあたり単位面積あたりの電気抵抗を表し、比抵抗と呼ばれる量で、記号ρで書くことにすると、
ρ =1σ
=ac
bR
である。したがって、電流と順方向電圧の関係から試料の電気抵抗を測定し、試料の寸法を考慮することによって、試料の比抵抗と電気伝導度を知ることができる。
ホール起電力
このように、電界!Eext = (Ex, 0, 0)により正孔が速度!v = (v, 0, 0)で運動しているとき、y
軸方向に磁束密度Byの磁界!B = (0, By, 0)を与えると、正孔は図1のようにz軸の正の方向へのローレンツ力!Fmagを受けて上方へ曲げられる。正孔の電荷をqとするとこの力は
!Fmag = q!v × !B
で表される。この結果、試料の上面で正孔の密度が増加しz軸方向に電界!Eint = (0, 0, Ez)が生じる。この状態での全体の電界は
!Etotal = !Eext + !Eint = (Ex, 0, Ez)
であるから、正孔の受ける力は!Ftotal = q !Etotal + !Fmag
= q(
!Etotal + !v × !B)
= (qEx, 0, q(Ez + vBy))
となる。定常状態では磁界による力と試料の上面での正孔密度の増加による力が釣り合い、正孔の受ける力はx方向のみとなる。すなわち、定常状態では
Ez + vBy = 0
となり、j = nqvをもちいると、
Ez = −vBy = −1nq
jBy
である。すなわち磁界によって、電界と電流の両方に垂直な方向に電界が生じ、その大きさは電流密度と磁束密度の両方に比例をする。この比例係数はホール係数と呼ばれ、
RH = −1nq
の関係をもつ。このように、z軸方向の電界
Ez = RHjByにより試料の上面と下面の間にはcEzの電位差が生じる。これがホール起電力VHである。
VH = cEz = cRHjBy
であるから、Ix = Sj = acjを用いると、
VH =RHa
IxBy
となり、ホール起電力は電流にも磁束密度にも比例する。比例係数はホール係数を試料の幅で割ったものになっている。
以上のことをまとめると、試料の寸法、電気抵抗、ホール起電力の電流・磁束密度特性というマクロな量を測定することによって、比抵抗ρ、電気伝導度σ、ホール係数RHといった試料に固有の物理量が得られ、これらがキャ
電気電子工学実験II 1. ホール効果
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リア密度(キャリア濃度)n、易動度µといった電気電子デバイス材料の性質を決めるミクロな情報と
µ =1nq
σ
RH = −1nq
のように結びついている。
ホール効果の応用ホール起電力
VH =RHa
IxBy
を磁束密度について解くと、
By =RHa
IxVH
とすることができる。即ち、ホール係数と形状がすでにわかっている半導体試料(ホール素子)があれば、この関係式を用いてその試料にはたらく磁束密度を求めることができる。実験で用いるガウスメーターはこの原理を用いて磁束密度を測定している。
実験方法
図2のような回路を用いて測定を行う。試料に流れる電流については、試料と直列に挿入した測定用抵抗の電圧降下をデジタルマルチメータで測定することにより間接的に測定し、試料の電圧降下とホール起電力は直接デジタルマルチメータで測定する。
試料 測定用抵抗
電源
VI
R
図2: 実験に用いる回路
磁界は図3のような台付きマグネットに試料をセットすることによって印加し、測定試料の場所での磁束密度をガウスメータ(磁束計)によって測定する。
図3: 台付マグネット
実験装置と試料この実験では表1のような機器を使用する。
表1: 使用する実験機器
装置 数量直流電源 1台デジタルマルチメータ 2台ガウスメータ 1台台付きマグネット 1台電流測定用抵抗器 1個配線材料 適宜測定用試料 各種
また、測定用試料の外観と寸法を図4に示す。
a = 1.0 [mm]
b = 7.0 [mm]
c = 2.0 [mm]
図4: 試料の外観と寸法
電気電子工学実験II 1. ホール効果
1 - 3
実験手順測定の前に(a) ホール電圧や比抵抗の測定は、試料に0.5mAから1.5mA程度の電流を流すことによって行う。まず、これから測定する試料の抵抗を測ってみよ。試料の抵抗が5kΩであったとすると、この試料に1mAの電流を流すためには何ボルトの電圧をかければいいだろうか?
(b) 試料に流れている電流の測定は、試料に直列に接続した抵抗の両端の電圧を測定することによって行う。接続した抵抗の抵抗値が50Ωであったとすると、試料に1mAの電流が流れているとき、抵抗の両端の電圧は何ボルトになるだろうか?
以上のことを考慮して、電源電圧の初期値を定め、電圧計のレンジの妥当性を確かめよ。また、本章付録ページの測定データ表をノートに作っておくこと。指導書への実験データの書き込みは禁止する。
1 電流測定用抵抗の測定試料に直列に接続する抵抗の値を実際にデジタルマルチメータ(テスタ)により測定し記録する。2 順方向電圧(比抵抗)の測定
VR
VX
R
Ix
図5: 比抵抗測定の概念図
図5のように電源、試料、抵抗、デジタルマルチメータ(テスタ)を配線する。試料におおよそ0.5mAから1.5mAが流れる程度に電源電圧を変化させながら、抵抗端間の電圧降下と試料にかかっている順方向電圧を測定し、記録する。
3 ホール起電力(ホール係数)の測定
図6: ホール係数測定時の外観
VR
VH
R
By
Ix
図7: ホール係数測定の概念図
試料を図6のように台付マグネットにセットし、図7のように電源、試料、抵抗、デジタルマルチメータ(テスタ)を配線する。試料におおよそ0.5mAから1.5mAが流れる程度に電源電圧を変化させながら、抵抗端間の電圧降下と試料に生じるホール起電力を測定し、記録する。
電気電子工学実験II 1. ホール効果
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台付マグネットのスペーサの数を図8のように変えて同様の測定を行う。
スペーサ3個 スペーサ2個 スペーサ1個図8: スペーサによる印加磁束密度の変化
4 磁束密度の測定台付マグネットに試料をセットし、スペーサーの個数が1, 2, 3のときの試料近傍の磁束密度を、磁束計(ガウスメータ)を用いて測定し記録する。記録する単位はT(テスラ)またはWb/m2を用いよ。
試料はいくつか用意されている。いくつかの試料について上記2, 3の測定を行え。二週間かけて少なくともP型半導体とN型半導体をそれぞれ一つづつ測定すること。特に2週目終了時には最低一つの試料については次節で述べるデータ解析ができているように計画的に実験を行え。
実験結果の解析実験結果をもとに、本章付録ページを参考にして次のような実験結果の解析を行え。• 比抵抗(a) 順方向電圧を電流の関数としてグラフを描け。
(b) 一次関数で近似し、その傾きを求めよ。(c) 傾きから比抵抗を求めよ。• 電気伝導度(a) 比抵抗から電気伝導度を求めよ。• ホール係数(a) それぞれの磁束密度に対してホール電圧を電流の関数としてグラフを描け。
(b) それぞれの磁束密度に対して一次関数で近似し、その傾きを求めよ。
(c) 「傾き」の値を磁束密度の関数としてグラフに描け。
(d) 一次関数で近似し、その傾きを求めよ。(e) 傾きからホール係数を求めよ。• キャリア密度(a) ホール係数からキャリア密度を求めよ。• 易動度(a) 電気伝導度とキャリア密度から易動度を求めよ。
どの解析についても、単位に留意し、結果の数値には必ず単位をつけよ。また、磁束密度の単位はT(テスラ)でなければならない。(テスラとWb/m2は同じ単位である。
問題報告書の中で、以下の問題に解答せよ。(1) n型半導体とp型半導体ではホール係数にどのような違いが有るか考察せよ。
(2) 磁界強度と磁束密度の単位を調べ、単位からみた定義の違いを考察せよ。
報告書の形式報告書は以下の内容を記述せよ。(1) 実験の目的実験の目的を簡潔に
(2) 理論実験の解析に必要な部分だけに、短くまとめよ。
(3) 実験装置・実験方法実験方法は実験手順ではない。報告書の読者が追試できるのに必要かつ十分な量の情報を記せばよい。
(4) 実験結果実験結果は生データも記載せよ。
(5) 実験結果の解析指導書に従って解析を行え。
(6) 考察実験に対して自分なりの考えをまとめよ。
(7) 問題問題の解答を記せ。
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