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NTT技術ジャーナル 2006.294

やまざき け ん じ な ま つ ひ で お ※

山崎 謙治 /生津 英夫NTT物性科学基礎研究所

ナノテクノロジの基盤技術に向けて

SFの世界では,しばしば非常に微細(ミクロ)なものが,通常(マクロ)の大きさのものと同じように複雑で機能性のあるものとして登場してきます.近年の超微細加工技術では,5nmという超微細な解像度で設計どおりの半導体回路パターンを形成できるようになってきていますが(1),SFの世界との違いの1つは,立体的な(3次元の)構造物を自由につくれるかどうか,という点があります.3次元的な微細構造の作製は,従来

マイクロマシンの技術分野で開発が進められていますが,レーザ光やX線など波長の長いビームを用いているため,解像度が1μm程度とあまりよくありません.また集束イオンビームを用いた材料堆積の方法もありますが,この方法は構造を作製するスピードが十分とはいえません.我々は,平面上の高解像パターン形

成技術である電子ビーム(EB: ElectronBeam)リソグラフィ技術を応用して,3次元のパターンや構造を10,nm級の解像度で高速に作製できる技術を実現しました.そのデモンストレーションとして,直径60μmの世界最小の地球儀(ナノ・グローブ)や立体的な構造のナ

ノ・フィルタを作製しました(2),(3).このような3次元のナノ構造を作製する技術は,21世紀の産業の糧となると考えられている「ナノテクノロジ」の重要な基盤技術になると考えられます.つまり,IT,バイオ,ナノ・マシン等さまざまなナノテクノロジの応用分野で,3次元的なナノスケールの構造(ナノ構造)を自由に作製できる技術は不可欠であり,本技術はそれを実現するキー技術となることが期待できます.

EBリソグラフィとは

EBリソグラフィ装置とパターン形成

のプロセスを簡単に図1に示します.EBは,走査型電子顕微鏡などで活用されているように,磁場や静電場を用いて,ナノメートルオーダのサイズに収束させ,かつ精度よく偏向させることができます.そこで,EBを試料上にフォーカス(収束)し,制御しながらスキャンさせることで希望の微細パターンを形成することができます.具体的には,EBに感光するレジスト

(感光材料)を加工したい基板上に塗布し,その上からEBで希望のパターンを描画します.この基板を現像液に浸すことで,レジストの感光した部分が溶解して,描画したパターンに応じた凹凸が形成さ

ナノテクノロジは21世紀の産業の重要な糧として注目されており,そのためにナノ

メートルのオーダでの3次元構造形成技術が求められています.ここでは,従来の技術

に比べて桁違いに高い解像度で高速な3次元構造形成が可能な,電子ビームリソグラ

フィを用いた3次元ナノ加工技術を紹介します.

電子ビームリソグラフィを用いた3次元ナノ加工

未来を拓く先端技術ナノテクノロジ 3次元ナノ構造 電子ビームリソグラフィ

偏向器�レンズ�

① EB描画�

② 現像�

③ エッチング�

レジスト�

基板�

電子源�

レジスト�基板�

(a) パターン形成プロセス�図1 EBリソグラフィ�

(b) 装置外観�

※ 現,NTTアドバンステクノロジ

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未来を拓く先端技術

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れます(図1(a)).これはポジ型のレジストの場合で,ネガ型のレジストを用いた場合は,反対に感光していない部分が溶解します.次に,プラズマなどを用いたエッチングにより,レジストのパターンを基板に転写します.EBリソグラフィのスピードや解像度は,レジストの種類等にも依存しますが,10,nm幅の細線を毎秒約1mのスピードで描画することが可能です.

3次元ナノ加工のコンセプトと回転駆動システム

比較的小さいレジスト試料にさまざまな方向からEB描画を繰り返して現像することで,さまざまな3次元のナノ構造が形成できると考えられます(図2(a)).しかしEBリソグラフィの精度や解像度を保ったまま,図のように大きくビームを傾けることは難しいため,これと同等のことができる,試料の回転とEB描画を繰り返すという方法を用いました.例えば,図2(b)に示したように,ネガレジストの立方体に,密なラインパターンを描画し,回転して,もう一度ラインパターンを描画します.この試料を現像することで,図のような立体のフィルタ

を形成することができます.より複雑な描画パターンや,任意の回転の角度,繰り返しの回数を用いることで,この例よりもはるかに複雑な3次元の構造を作製することが可能です.図2(c)に示した例では,EB描画と試

料の回転だけでなく,現像も繰り返す方法で,さらに複雑な構造が形成できます.この例では,ポジレジストの立方体を用いて,1回目のEB描画と現像で図のような深い構造を作製し,試料を回転

させて,EB描画と現像を繰り返します.このような加工プロセスにより,自由度の高い3次元ナノ構造が形成できることになります.前述のコンセプトを実現するために,

我々はEBリソグラフィ装置内で試料を回転する回転駆動システムを開発しました(図3).この駆動システムは,比較的小さな試料をR軸の周りに360度,T軸の周りに45度回転することができます.またウエハ用のホルダと同等の形のプ

試料の回転�

(a) 試料回転による3次元加工法�

図2 EBリソグラフィを用いた3次元ナノ加工のコンセプト�

(b) ネガレジスト立方体を用いた例� (c) ポジレジスト立方体を用いた例�

試料のさまざまな方向からのEB照射・描画�

EB

EB

回転�

現像� 現像�

現像�

回転�

試料�

EBEB

EB

50 mm

試料�

10 mm

14 mm

図3 試料を回転させる回転駆動システム�

R 軸�

T 軸� EB

試料の回転の仕方を示す模式図�

試料�T 軸�

R 軸�

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レート内に収まっているので,ウエハ用のホルダと同じように,簡単にEB装置に出し入れできます.EB装置内にも駆動システム用の電極を装備しているので,EB装置の中でも外でも動作します.約0.1度という高い回転精度が得られています.

3次元高精度位置決め技術

十分な解像度と精度で3次元の構造を作製するためには,試料を高精度で回転させるだけでなく,3次元的な描画位置の調整が必要となります.つまり,Z方向の試料位置がずれると,EBのフォーカスがずれるため解像度が悪くなり,XY方向の描画位置がずれると,希望の立体構造をつくることができなくなります.Z方向のフォーカスの調整については,その方法を図4に示しました.従来の平面の試料上へのEB描画の場合には,試料表面で反射させた光ビームの位置から試料の高さを測定し,EBをフォーカスできますが,立体の試料や傾けた試料に対してはこの方法が使えません.そこで我々は,XYステージと共焦点レーザ顕微鏡*1を組み合わせた,オフラインの高さ測定装置を新たに開発しました.つまり,プレート上の試料の高さマップを,基準となる高さマークからの相対値とし

て測定しておき,EB装置に導入した際の試料の高さを計算することで,EBを試料上にフォーカスすることができます.このレーザ顕微鏡の高さ測定の精度

は,0.1μm以下と十分高いのですが,ステージの平坦度やプレートの移動などによって,1~2μm以下の誤差が生じてしまいます.しかし,この程度の誤差は,ここでは大きな問題とはなりません.なぜなら,EBは光のビーム等と異なり,ビームの開き角を1mrad*2程度と非常に小さくすることができるため,十分に長い焦点深度をとることが可能だからです.次に,XY方向の描画位置の調整法に

ついて説明します(図5).この場合も,平面の試料の場合に用いていた,後方散乱電子によるマークの位置を読み取る方法を使うのは困難です.なぜなら,立体の試料や回転させたマークからの反射電子の強度は,立体的な配置によって複雑になり,位置の読み取り精度が著しく劣化するからです.そこで,透過電子の信号を用いて,試料の輪郭の位置を検出するという方法を新たに開発しました.つまり,ビームをスキャンさせながら,透過電子検出器からの信号を用いて,試料の輪郭の位置が測定できます.そこからの相対位置として,EB描画するパターンの位置を決定するわけで

す.この方法により,立体試料上のEB描画について,20~30,nmという高い描画位置精度が得られました.

デモンストレーション

前述した技術を用いて作製したデモンストレーションを2つ示します.1つ目は,図6に示したナノ・フィルタで す . 試 料 は , P M M A(polymethylmethacrylate)と呼ばれるアクリル樹脂の微小球で,この材料はEB照射によって変質するレジスト材料でもあります.図2(c)の例のように,1回目の描画と現像で深いフレームの構造を形成します.次に,試料を回転して,フレームの手前の面と後ろの面に微細なホール列を描画しました.図から分かるように,30,nmの大きさのホールまで形成できています.世界最小の地球儀(ナノ・グローブ)

を作製した例を示します(図7).やはり,PMMAの球を用いて作製したもので,直径は約60μmです.試料上に,海岸線と川のパターンを描画しています.海の部分に対して陸地の部分に明るいコ

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図4 高さ測定装置とEBを立体試料上にフォーカスさせる方法�

(a) オフライン高さ測定装置�

共焦点レーザ顕微鏡�

高さセンサ�

回転駆動�システム�

レンズ�

EB

XYステージ� XYステージ�

(b) EB描画装置�

試料� 高さマーク�

反射電子検出器�

強度�

X

スキャン�

影�

透過電子検出器�

EB

図5 XY方向の描画位置の調整法�

(a) 平面試料� (b) 立体試料�

強度�

X

EB

スキャン�

*1 共焦点レーザ顕微鏡:像面(焦点位置)に微細な絞りを配置することで,試料の高さ方向の分布が測定できる顕微鏡.

*2 1mrad:1mradは千分の1rad(ラジアン).πrad = 180度.

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ントラストがついていますが,これは陸地の部分に描画した密な細線パターンによるものです.世界中の各地で10,nm幅の細線が形成されています.この10,nmは地図上の2kmに相当する寸法です.また全世界地図の描画時間の累計は2分以下であり,本技術の高速性が実証

できました.

今後の展望

前述したデモはレジスト材料を用いたものでしたが,この技術をさまざまな材料へ展開するために,立体試料上へ均

一にレジストをコートする技術や立体試料のエッチング技術の検討を進めています.また今後の課題として,加工の自由度や精度の向上および各システムの集積化などを考えています.さらに,実際的な応用としては,ナノ

テクノロジの分野でのさまざまな応用が考えられます.分かりやすい例としては,3次元フォトニック結晶や,光・電子デバイスを融合させた小型の立体デバイスなどが考えられ,検討を進める予定です.ほかにも,ナノ・マシン,ナノ・バイオなどさまざまな分野への応用が期待でき,具体的な検討を進める予定です.

■参考文献(1) K. Yamazaki and H. Namatsu:“5-nm-OrderElectron-Beam Nanolithography forNanodevice Fabrication,”Jpn. J. Appl. Phys.Vol.43, p.3767, 2004.

(2) K. Yamazaki and H. Namatsu:“Three-Dimensional Nanofabrication (3D-NANO)down to 10-nm Order using Electron-BeamLithography,”Proc. 17th IEEE MEMS, p.609,2004.

(3) K. Yamazaki, T. Yamaguchi, and H. Namatsu:“Three-Dimensional Nanofabrication with 10-nm Resolution,”Jpn. J. Appl. Phys. Vol.43,p.L1111, 2004.

60 μm

PMMA球�

3μm3μm

3μm

10 nm

100 nm

100 nm

100 nm 100 nm

100 nm

10 nm 10 nm

10 nm

10 nm

India

Srilanka

Nile river

Sinai peninsula

Melbourne

Tasmania�island

Australia

図7 世界最小の地球儀(ナノ・グローブ)の電子顕微鏡写真�

3μm 3μm

(左から)山崎 謙治 /生津 英夫

将来にわたって,ナノテクノロジの種々の技術が,産業の重要な糧となると期待されており,その実現のために多くの研究・開発の課題があります.本技術の進展がそれらの重要な基盤となり,技術進展のキーとなることが期待できます.

◆問い合わせ先NTT物性科学基礎研究所量子電子物性研究部TEL 046-240-2287FAX 046-240-4317E-mail [email protected]

・現像�・EB描画�

フレームの形成�

PMMA球�~10 μmφ�

ホール列の正面からの像�

ホール列の形成�

・EB描画� ・現像�

図6 ナノ・フィルタの作製方法(上)とその写真(下)�

1μm 300 nm 200 nm

30 nm


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