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まずは課題と向き合う

 おもに東日本大震災の被災三県である宮城・福島・岩手を中心に、その他全国各地の団体で活動している方々が、ICTの分野でできること・気をつけることなどを理解しながら、2日間にわたって課題解決方法を探ることを目的とした今回の研修。この研修は武田薬品工業株式会社の寄付により日本NPOセンターが行っている「タケダ・キャパシティ・イニシアチブ」の一環として開催されました。このプログラムでは東日本大震災の復興を目的に、NPOなどの組織基盤強化のための支援を行っています。 日本NPOセンターとはNPOの基盤強化の支援を行う中間支援組織で、本研修では、ICTを活用してNPOの支援を行う「NPOのためのICT支援者ネットワーク」と岩手県、宮城県、福島県の県域のNPO支援センター、発災後ICTを使って現地を支援されていた方からのアドバイスをとりまとめ、練られた企画とのことです。 1日目はそれぞれの団体が抱える問題を見つめな

おすため、マンダラート注1などの手法を用いながらディスカッションを行いました(写真1)。まず現状の問題点を書き出し、その問題に対処できず放置するとどうなるのかを広げていく形でシートを埋めていきます(写真2)。 筆者と同じグループになったのは、日本NPOセンターの中川馨さん、南三陸町の一般社団法人さとうみファームの金籐克也さん、そして一般社団法人ワタママスマイルでの菅野芳春さん。金藤さんはおもにスタッフ間の「情報共有」を、菅野さんは団体の「情報発信」をそれぞれ課題として挙げていました。 共通して話題になったのはICTに強い人材がいないということ。2団体ともにWebサイトは持っていますが、管理できるスタッフがもっと多ければより頻繁に更新できると話していました。過去にボランティアでブログやサイトを作ってくれた人はいたものの、継続して情報発信することの難しさを日々実感しているようでした。

注1 3×3に9分割したマスを用意し、中央に主となるテーマを書き込み、その周りにそれに起因したものを書き込んでいくルールで発想を広げていく手法。

Hack For Japanエンジニアだからこそできる復興への一歩

NPOが抱える課題にITはどこまで協力できるか

第53回2月20日から21日にわたって、仙台市にて日本NPOセンター主催の「情報・ICT利活用を通じた組織基盤強化・課題解決型研修」が行われました。技術を人に届けるためにはどうすればいいのか。エンジニアとして問答した2日間をレポートします。

●Hack For Japanスタッフ 清水 俊之介 SHIMIZU Shunnosuke  Twitter @donuzium

◆◆写真2 課題を整理するためのシート◆◆写真1 会場の様子

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NPOが抱える課題にITはどこまで協力できるか第53回

情報共有

 そのほかのグループでも課題として多く挙げられていた「情報共有」という問題。組織を運営して時間が経つとともに、どうしても皆さんこの問題にぶつかってしまうようです。NPOや一般社団法人という形態に限らず、どんな組織においても障壁になる大きな問題だと思います。そして多くの情報共有ツールはネット利用を前提としたものであり、1人1台PCを持たない団体では導入が難しいという話も。 そんな話を聞かせてくれたのはNPO法人にじいろクレヨンで働く中田心さん。この団体は石巻市で活動をしており、最初は避難所や仮設住宅に住む子どもたちのケアからスタートし、現在では自分たちの施設を持って、いわゆる学童クラブのような事業も行っています。中田さんは団体の中では「ITに強い」ということで広報としてメールマガジンの配信なども担当されているそうですが、本人曰く「あまり得意ではない」とのこと。 にじいろクレヨンはパートを含めて17名規模の団体ということですが、事業と拠点が増えていくに連れコミュニケーションに齟齬が生まれてきているようです。たとえばスタッフのシフト管理にはExcelを用い、そのファイルをDropboxで共有していたため、オンラインで複数人が同時編集できるGoogleスプレッドシートを提案したところ「PCを全員持っているわけではない」「セキュリティが不安」という2つの問題が挙がりました。ただ話を聞いてみるとスタッフはほぼスマートフォンを持っているようで、実際にスマートフォンからスプレッドシートを使っている様子をその場で見せると、少し興味を持ってもらえたようです。しかし同時に「難しい」という印象も持たれたようで、今後ICTの分野で支援を続けるに当たっては、こういった障壁を取り除いていくことも課題の1つです。

羊が死ぬ

 これはアイデアソンで一緒のグループになった金

藤さんが、自分たちが抱える情報共有の問題が放置されると最終的にどうなるかという結果の例として挙げたものです。筆者も同じ問題で想像してシートを埋めていきましたが、これほど具体的な結果は出てきません。本当に現場で必要とされている声には重みがあります。 待ちに待った夕食の時間になり、仙台ではどんな美味しいものが食べられるのかと考えながら指定された場所に集合すると、エンジニアチームの目の前にごっそりと置かれた紙の束が。アイデアソンでの課題の掘り下げやアイデアがまとめられたシートで、参加された方の数だけ紙はあります。この課題やアイデアを元にハッカソンでアプリケーションを作ることが目的です。そんなことで少しだけ楽しみだった時間を忘れ、食事をしながら1日目の成果を確認していく時間になりました。その後夜に改めてラーメンを食べに行ったのはさておき。

求められるアプリ

 石巻市から来たイトナブの津田恭平さんと一緒に内容を見ていくと、各団体が抱える切実な問題や必死に練られたアイデアなどがびっしりと。エンジニアとして期待されていることがとても伝わり、紙をめくるごとに気合が入ります(写真3)。 そしてシートを見ている間、筆者らにはわからないNPOなどが持つ特有の事情を、横について丁寧に解説してくださったのは一般社団法人ICTCカウンシルあおもりの三澤章さん。三澤さんからは問題を解決できそうな、すでにあるNPO向けのサービ

◆◆写真3 悩める津田さん

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Hack For Japanエンジニアだからこそできる復興への一歩

スなどのガイドもしてもらいました。

資金面の課題

 シートに書かれたアイデアはとても現実的で、すぐに実装できそうなものが多くありました。当初はこの中から実現できそうなアプリを開発しようとしていましたが、課題のほうには挙げられていた「資金」という問題についてのアイデアがあまり見つけ出せず、エンジニアとして資金問題をサポートするアイデアを捻り出すことに方針を変えました。 今回はメンターとして参加していたHack for Japanスタッフでもある小泉勝志郎さんも、自身のクラウドファンディングの経験から資金集めの方法論や重要性をアドバイスしていました。小泉さん曰く「クラウドファンディングを成功させる秘訣は、資金集めのために新たなプロジェクトを立ち上げるよりも、すでにやっていることに対して支援してもらうという考え方が大切」とのこと。本来行っていないプロジェクトを無理やり立ち上げてしまうと、手に余るばかりか失敗したときに余計に苦しくなってしまうというアドバイスを送っていました。

ありがとうまでの時間

 現場ではさまざまなことが起こり、人手も充分でない。するとデスクワークは後でまとめてやることになり、自分たちの団体を訪ねてくれた人々へのフォローに時間がかかってしまう。この問題を解決することで資金集めの問題に取り組もうと、津田さんと株式会社セカイネットの中園良慶さんとの3人でチームになり、2日目の朝はどんなアプリケーションを作るかの話し合いでスタートしました(写真4)。 まずは一概に「支援を多く集める」と言っても、どのように行うかという方向性はいろいろあるということを話し合いました。広報を充実させてより自分たちを周知し、支援の輪を広げていく方法もその1つです。一方で支援者になり得る人々とのコネクションを太くしていくことで、より多くの支援を集めることもまた1つだと考えました。

 前者の広げていく方法を考えると、人材が充実していれば広報担当者を専任に置き、今よりも多くの人とのコミュニケーションを取ることができるかもしれません。しかしこれまで課題として挙がっていた“人手不足”という状況を鑑みると、適切な方法とは思えませんでした。ブログを書く十分な時間がなく、広報の知識を持った人材も少ないという声を実際に聞いていたこともあり、後者の方法を模索することに。 そこで筆者らのチームでは、名刺をスキャンするとすぐにメールを送れるアプリを作ることになりました。受け取った名刺をスキャンをすることで、自動でメールアドレスを判別し、定型文とともにメールフォームが立ち上がり、編集・送信を行うことができます。できる限りスタッフのタスクを増やさずに、今まで不便だったことを解消することを目的としています。新しいツールを作ったとしても、それが逆に手間を増やす結果になっては本末転倒です。 援助をたくさん受けるために自分たちのところに来てくれた人は、今後大切な支援者となる可能性が非常に高く、現地を訪れたばかりで体験をまだ共有しているタイミングでコミュニケーションを取ることができれば、より自分たちに興味を持ってもらえるかもしれません。そういったタイミングを逃さないうちに、まずその組織のファンになってもらうことをサポートできるツールになればという想いとともに開発が始まりました。

◆◆写真4 悩める中園さん

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NPOが抱える課題にITはどこまで協力できるか第53回

完成はラスト5分で

 メイン会場から駆けつけてくれた小泉さんの力を借りながら、粘って不慣れな iOSと格闘していた津田さん(普段はAndroidの開発がメイン)。終了5分前でなんとかひととおりの流れを確認できました。ハッカソンが終わると、メイン会場へ移動して成果発表に。 デモで読み込んだ最初の名刺では、メールアドレスのアカウント名が途中で切れてしまいましたが、2枚目の名刺では無事成功。会場でお借りした名刺から、メールアドレスだけ抽出し、定型文の入ったメールフォームが立ち上がるところまで無事にデモをすることができました(写真5)。

挙がった手

「このアプリを使ってみたい人!」 最後に会場にそう問いかけてくれたのは日本NPOセンターの三本裕子さん。同センターの山本朝美さんと一緒に、かなり内容の深いものとなったこの研修を最初から最後まで支えていました。お陰さまで多くの方々に笑顔で手を挙げていただくことができました(写真6)。普段接する機会もなく得体が知れなかっただろうエンジニアという職業の人間が、会場の中で共に課題を解決するための仲間であると受け入れられたような気がしました。 まだ寒い2月の仙台で、笑顔とともに挙げられた手を思い出しながら、一刻も早く皆さんに使っていただけるようにと開発を続けています。s

名刺からメールを瞬時に送る

 メインの会場でICTの研修が行われている中、別室でエンジニアチームは黙々と作業を続けていました。 アプリのしくみは、まず津田さんが開発を担当する iOSアプリで画像を撮影し、中園さんが担当するWebサーバに投げます。Webサーバでは画像を受け取り、筆者の担当するOCRの処理に投げて返却された解析済みの文字からメールアドレスを抽出し、iOSアプリ側に戻すという流れです。開発が始まるとそれぞれの担当に分かれて静かに作業が進んでいきます。 筆者はOCRの処理を担当するにあたり、いくつかのAPIを使用して精度を比べていきました。無料で使える海外製のものから、国内の企業が開発者向けに提供しているものまで。どれも一長一短で、アルファベットに強いけれど漢字に弱かったり、あるいはその逆だったり。今回はメールアドレスのみの抽出ということで英数字のみ解析できればよかったのですが、ピリオドが日本語の読点や中黒として認識してしまったりと試行錯誤を繰り返しているうちにお昼になってしまいました。 もう時間がないなと思ったときに使い始めたのがGoogleのVision APIでした。Vision APIは非常に優秀で、一般的な名刺であればほぼすべての文字(半角カナも!)を認識していました。テストに用いた名刺でも、認識できなかった個所は6ピクセル程度のピリオド1つのみ。Vision APIは今年に入ってベータ公開されたまだ新しいサービスです。

◆◆写真5 メールアドレスのスキャンに成功した様子 ◆◆写真6 笑顔で手を挙げてくれた皆さん


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