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IV 薬物療法
糖尿病の治療の基本は、食事・運動療法ですが、これらを行っても血糖コントロールが良くな
らないときにはじめて、薬物療法を行います。クスリを使えば食事・運動療法はどうでもよい
といった考え方は間違いです。
食事・運動療法が行われないままで薬物療法を行うと、ブドウ糖の血管外への移動が加速さ
れ、余剰なブドウ糖が脂肪として貯蔵され、太ってしまうことがあります。体重の増加はインスリン
の必要量(抵抗性)を増加させ、インスリン作用不足となり血糖が下がりにくくなります。基本治療
を行ってこそ初めてクスリの効果が現れるということを十分理解して下さい。
現在、糖尿病の治療に用いられている薬はいずれも血糖を下げたり、コントロールする薬で
あって、糖尿病の原因を治療するわけではありません。用法・用量は医師の指示により厳重に決
められていますので、自分で量を変えたり、中止したりすると大変危険です。薬の作用の仕方や
のみ方などを理解し、医師の指示のもとに適正な服用を守りましょう。
1 内服薬(経口血糖降下薬)
種類によって少しずつ働き方、のみ方も異なります。以下の表にその種類と特徴を示します。
薬品名 スルフォニル尿素剤( SU 剤) α グルコシダーゼ阻害薬
血糖降下剤 食後過血糖改善薬
商品名 ・ラスチノン ・グリミクロン ・ベイスン
・ダオニール ・オイグルコン ・グルコバイ
・アマリール ・ファスティック
のみ方 ファスティックは食直前 必ず食直前3回
ファスティック以外は食前、食後
いずれでも良い
作 用 膵臓からインスリン分泌を 小腸からの糖質の吸収を遅延
促す させ、食後血糖の急激な上昇
を抑制する
膵臓に負担をかけない
特 徴 低血糖になりやすい 単独では低血糖になりにくい
(対処法は低血糖の項を参照) インスリン注射や SU 剤との
体重が増えやすい 併用も有効である
この場合、低血糖になればブド
ウ糖を服用する
副作用としてガスが多くなる
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薬品名 ビグアナイド剤 インスリン抵抗性改善薬
血糖降下剤
商品名 ・ジベトス B ・アクトス
飲み方 毎食後3回 朝食前か朝食後
作 用 筋肉でのブドウ糖の消費を インスリン抵抗性を解消し
促す(運動と似た作用) 高血糖を是正する
腸管からのブドウ糖の吸収
を抑制する
特 徴 低血糖になりにくいが、まれ 単独では低血糖になりにくい
に乳酸アシドーシスを生じる 肥満者に有効である
ことがある(主な症状は筋肉 重大な副作用として肝障害が
けいれん、筋肉痛、脱力感 ある(悪心・嘔吐、全身倦怠感、
吐き気など) 食欲不振、尿黄染、黄疸など)
体重を増加させないので肥満
者に使用することが多い
スルフォニル尿素剤
ラスチノン錠500mg オイグルコン錠 1.25mg ファスティック錠
グリミクロン錠40mg アマリール錠1mg
ダオニール錠2.5mg アマリール錠3mg
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αグルコシダーゼ阻害剤
ベイスン錠0.3μg グルコバイ錠50mg
ビグアナイド剤 インスリン抵抗性改善薬
ジベトスB錠50mg アクトス錠15mg
2 インスリン注射療法
インスリンは膵臓から分泌されるホルモンで、血糖を下げる働きがあります。インスリンの注
射療法は、膵臓からインスリンが全く分泌されない場合はもちろんですが、食事療法や運動療法
などの基本療法に経口血糖降下薬を併用しても血糖が十分に下がらない時、手術時、肺炎など
の感染症の場合にも行われます。
(1) インスリンの種類
インスリン製剤はヒトの膵臓から分泌されるインスリンと同じ作用を持っています。インスリン
の効き目が現れるまでの速さやその持続時間の違いによって次のように分けることができます。
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作用動態モデル 分 類
商 品 名
超即効型
ヒューマログ
中間型
二相性製剤
ノボラピッド30ミックスフレックスペン
ヒューマリンR
即効型
ノボリンRフレックスペン
ヒューマリンN
中間型
ノボリンNフレックスペン
(10 R )
(20 R )
中間型 ノボリン30R
混合製剤
ペンフィル30R
(40 R )
ペンフィル50R
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(2) インスリン使用上の注意
1) 注射前の注意
混濁したインスリンは使用前に泡立てないようにしながらよく混和した後、皮下注射しま
す。
2) 注射方法
原則として食事の 30 分前に注射しますが、患者さんによっては特別な指示が出される
場合もありますから、主治医の指示通りに注射してください。
毎日、同じ所に注射していると、だんだんその部分が硬くなりインスリンの吸収が悪くなります。
約3 cm程ずつ離して注射して下さい。
3) インスリン注射の吸収速度は、注射部位とその温度などによって影響を受けます
吸収速度 : 速い ← ← ← ← ← 遅い
注射部位 腹部 ← 上腕部 ← 臀部 ← 大腿部
注射部位の温度 高温 ← ← ← 低温
注射深度 深い ← ← ← 浅い
以上のようにインスリン注射の部位やその温度、深さによって、インスリンの吸収速度が変化
する可能性があります。また注射後の筋肉運動によっても吸収は速くなります。通常は、吸
収が速く安定している腹部に注射するのが最適です。
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4) インスリン注射を打ち忘れたとき
血糖コントロールの状態や、1日に何回注射しているかによって、打ち忘れたときの対処方法
が異なる場合があるので、あらかじめ主治医に確認してください。
5) 保存方法
インスリン製剤は純度が高くかなり安定となっており、室温保存が可能ですが、未使用のイン
スリンは凍結させずに、冷暗所(2~8度)に保存することが理想です。ペン型のインスリン注
射器(ノボペン®)を使われている場合、この注射器本体はインスリンがセットしてあっても冷
蔵庫に入れないで下さい。
6) その他の注意
インスリンを開始した数日後、まれに神経痛が起きることがあります。また、インスリンアレル
ギー、インスリン脂肪異栄養症(リポジストロフィー)、インスリン浮腫、強い蕁麻疹が現れるこ
とがあります。
3 低血糖
低血糖とは血液中の糖分が少なくなりすぎた状態(血糖値70mg/dl以下が目安となります。)
をいいます。私たちの身体や脳の神経には、ブドウ糖がエネルギー源として重要であり、血
糖が下がりすぎると生命が危険です。
1) 原因
・内服薬の服用方法やインスリン注射の量を間違えたとき
・食事をとらないとき、遅れたとき、量を減らしたとき
・過度な運動をしたとき
以上のようにインスリンの効果が必要以上に強く出てしまう場合に起こります。
2) 症状
冷汗、動悸、悪寒、ふるえ、強い空腹感、食欲不振、吐き気、頭痛、集中力低下、めまい、耳
鳴などどの程度血糖が下がったら、どんな症状が現れるかは人によって様々です。1番大切
な事はいつもとどこかが違うという事を敏感に感じとれるようにすることです。
3) 対処法
低血糖は軽度のうちに対処すれば重大な事故にはなりませんが、あまり気にとめていない場
合には昏睡に陥る可能性もあります。軽度でも低血糖症状を感じたら糖質(砂糖またはブド
ウ糖)を摂る事が大切です。そのための糖質はすぐに取り出せる所にいつも携帯している必
要があります。
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◆ポイント
・入院しているときは、すぐに看護婦に知らせて下さい(低血糖の確認)。
・外出先や家にいるときは直ちに1単位の糖質を食べましょう。軽くても低血糖の症
状を感じたら、すぐに砂糖 20 グラム、ハチミツ 25 グラム、または甘いジュースや
清涼飲料水(缶ジュース1本 200 ~ 250ml )を飲んで下さい。症状が改善しないと
きはすぐに病院で診察を受けましょう。
・食後過血糖改善剤(別名:αグルコシダーゼ阻害薬、商品名:グルコバイ、ベイス
ン)を内服されている方は、低血糖時に砂糖を補給しても吸収が遅れますので、必
ず病院から支給されているブドウ糖(1包中ブドウ糖 10 グラム)1~2袋を内服
して下さい。ブドウ糖が手元にない場合には、市販のジュースや炭酸飲料などにも
ブドウ糖が含まれていますので(1本あたりブドウ糖 10~ 20 グラム)代用できま
す。
・混濁したインスリン注射の作用時間は長いので、低血糖症状を感じて糖質で対処し
ても安心しないで下さい。しばらくして似たような症状が出る可能性があります。
・自己血糖測定をしている人はすぐに血糖を測定し、血糖値と低血糖を起こした状況
を記録し、診察時に医師に報告しましょう。
・十分注意をしていても、ときには意識を失うような強い低血糖症状が起こらないと
も限りません。外出時には必ず糖尿病手帳を携帯し安全を図りましょう。また、家
族にも低血糖症状とその対応を知らせておきましょう。
4 自己血糖測定
自己血糖測定は患者さん自身が直接、血糖を測定して、コントロール状態を把握し、医師
の指導のもとに血糖の自己管理を行う事を目標とします。外来診療日以外での日常生活の
血糖コントロールやスポーツ・パーティーなどイベント前後での血糖値の変動、低血糖症状を
自覚したときの血糖値を把握できます。また、急性疾患にかかったときの血糖コントロール評
価などが主な目的です。専用の測定器は病院からお貸しすることができます。ただし現在の
ところ、保険適応のあるインスリン注射を行われている患者さんに限られます。