乳がん薬物療法 state of the art 乳がん診療ガイドライン(渡辺 亨)
第15回CSPOR・CRCセミナ―(2007/9/23~24)
使用目的を研究者の自己学習用に限り,その他への転用を禁じる 1
乳癌薬物療法の原則を理解する
腫瘍内科 渡辺 亨
[email protected]浜松オンコロジーセンター長
http://www.oncoloplan.com
2007年9月23日 (日曜日)
CSPOR CRC セミナー
2
正常乳管 非浸潤癌 微小浸潤癌 脈管浸潤(血管・リンパ管)
3
乳がんに関する認識
乳がんは多様な生物学的特性を有する
• 増殖が速く早い時期から転移をきたしてくるような「全身型」の乳がん
もあれば
• 増殖が遅く遠隔転移を生じないような「局所型」の乳がん
もある
乳がんの生物学的特徴
• 乳がんの約80%は、エストロゲン受容体(ER)またはプロゲステロン受容体(PgR)が陽性である。
• ER陽性・PgR陽性、ER陽性・PgR陰性、ER陰性・PgR陽性の乳がん
を内分泌感受性乳がんと呼ぶ。
• 内分泌感受性乳がんに対してはホルモン療法を行う。
ホルモン受容体
HER2
• 乳がんの約20%は、HER2タンパクの過剰発現またはHER2遺伝子の増幅を伴う。このような乳がんは、HER2陽性乳がんと呼ぶ。
• HER2陽性乳がんに対してはトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)
治療を行う。
乳癌と女性ホルモン
卵巣から周期的に大量の女性ホルモンが分泌される。
ホルモン感受性のある乳癌細胞にとっては、絶好の餌
ホルモン療法:
卵巣の働きを抑える
LH-RH アゴニスト(ゾラデックス、リュープリン)
卵巣摘出術
閉経前
閉経後
閉経したら女性ホルモンは、枯渇してしまうのでしょうか。
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男性ホルモン と 女性ホルモン
CH3
OH
HO
エストラジオールテストステロン
O
OHCH3
CH3
アロマターゼ
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7
閉経後乳がん女性の体の中
男性ホルモン
女性ホルモン = エストロゲン
乳がん アロマターゼ
8
タモキシフェン治療中の閉経後乳がん女性の体の中
男性ホルモン
女性ホルモン = エストロゲン
乳がん アロマターゼ
アロマターゼ阻害剤
世代 非ステロイド系 ステロイド系
1 aminoglutethimide(日本非発売)
testolacotone(日本非発売)
2 fadrozole (アフェマ®) formestane
3anastrozole (アリミデックス®)
letrozole (フェマーラ®) exemestane(アロマシン®)
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アロマターゼ阻害剤治療中の閉経後乳がん女性の体の中
男性ホルモン
女性ホルモン = エストロゲン
乳がん アロマターゼ
ER(++), PgR(++), HER2(-)例
左上: ER右上:PgR左下:HER2
ER(-), PgR(-), HER2(+)例
左上: ER右上:PgR左下:HER2
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The HER (Human Epidermal Growth Factor Receptor)
Adapted from Tzahar and Yarden. Biochim Biophys Acta. 1998;1377:M25.
HER2とは
細胞膜
Harari, P. M. et al. J Clin Oncol; 25:4057-4065 2007
Schematic illustration of epidermal growth factor receptor (EGFR) signaling inhibition and modes of interaction with radiation and chemotherapy
15
HER2タンパク過剰発現とは
HER2タンパク
過剰発現HER2タンパク
核細胞膜 16
ハーセプチン
ハーセプチン
HER2タンパクとホルモン受容体
HER2陽性傾向
ホルモン受容体陽性傾向
乳癌診療概観
診断
手術 放射線 薬物
治癒
再発
治癒 死亡
再発後治療
初期治療
PrimaryTreatmentComplex
薬物 放射線 手術
38,000人/年
10,000人/年
400人/年
症状緩和、QOL向上、延命
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乳癌薬物療法
• Curative Chemotherapy → 「治癒率向上」
• 検証された投与量を厳密に守る必要がある
初期治療(術前、術後療法)
再発後治療
• Palliate symptoms, Prevent symptomsProlong survival
• 症状コントロールと副作用マネージメント
• QOLを保つためには投与量を減量することも許容
進行癌でも化学療法で治癒が望める疾患
急性リンパ性、骨髄性白血病(小児、成人)ホジキン病(小児、成人)リンパ腫(小児、成人)胚細胞種(若年成人)絨毛癌(妊娠後に合併)小児腫瘍
ウィルムス腫瘍胎児性横紋筋腫瘍ユーイング肉腫末梢性神経上皮腫神経芽腫
小細胞肺癌(限局型)卵巣癌
Harrison's Principles of Internal Medicine
進行癌でも化学療法と放射線照射との併用で治癒が可能な疾患
頭頚部扁平上皮癌肛門扁平上皮癌乳癌子宮頸癌非小細胞肺癌 (III期)小細胞肺癌(進展型)
Harrison's Principles of Internal Medicine
術後化学療法によって治癒が可能な疾患
乳癌直腸・結腸癌骨肉腫軟部組織肉腫
Harrison's Principles of Internal Medicine
造血幹細胞移植を併用した大量化学療法によって治癒が可能な疾患
再発白血病(リンパ性、骨髄性)再発リンパ腫(ホジキン病、非ホジキン病)慢性骨髄性白血病多発性骨髄腫
Harrison's Principles of Internal Medicine
化学療法で治癒は得られないが意味のある症状緩和が得られる疾患
膀胱癌 慢性骨髄性白血病毛髪様細胞白血病 慢性リンパ性白血病悪性リンパ腫 多発性骨髄腫胃癌 子宮頸癌子宮内膜癌 軟部組織肉腫頭頚部癌 副腎皮質癌膵臓内分泌腫瘍 乳癌
直腸・結腸癌
Harrison's Principles of Internal Medicine
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進行癌では化学療法効果の乏しい疾患
膵臓癌胆道癌腎癌甲状腺癌外陰部癌非小細胞肺癌前立腺癌悪性黒色腫肝細胞癌
Harrison's Principles of Internal Medicine
がん薬物療法外科医と内科医 考え方の相違
外科医 内科医
初期治療手術で取る
薬物療法は非力
手術の限界
きっちりした薬物療法で微小転移撲滅
転移・再発後治療薬物療法を
徹底的に
治癒は望まず
QOL改善を目指す
27
術後薬物療法の目的
再発の予防
手術、放射線照射の目的も同じ
微小転移の撲滅
術後薬物学療法のしくみ
闘う相手が目に見えないだけにやりにくい
The First Milan Trial
腋窩リンパ節
転移陽性
乳癌
386 症例
定型
乳房切除術
ランダム化割付
抗癌剤なし
CMF 12 cycles
(179 症例)
(207 症例)
C: CyclophosphamideM: MethotrexateF: 5-fluorouracil
C・M・F
• C Cyclophosphamide
• M Methotrexate
• F 5 Fluorouracil
CMFの効果 (Milan Trial)
相対再発リスク0.65
再発 死亡
相対死亡リスク0.76
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臨床試験による術後化学療法の評価
手術症例
ランダム化
割り付け
抗癌剤なし
抗癌剤あり
32
臨床試験結果に見る術後化学療法の効果
手術後の年数
無再
発症
例の
割合
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
手術単独
術後化学療法あり
33
臨床試験結果に見る術後化学療法の効果
手術後の年数
無再
発症
例の
割合
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
手術単独
術後化学療法あり
化学療法をしなくても
再発することはなかった
化学療法をしても再発した化学療法のおかげで再発しなかった
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微小転移の存在を推測するのが予後因子薬剤感受性を推測するのが予測因子
微小転移あり微小転移なし
感受性あり
感受性なし
抗癌剤治療の恩恵あり
抗癌剤治療の恩恵なし
抗癌剤治療の必要なし
抗癌剤治療の必要なし
術後薬物療法理解のための3点セット
• 手術単独の場合、どれぐらいの再発リスクがあるか。
• 術後に薬物療法をやれば、再発リスクはどれぐらい抑えられるのか。
• 術後の薬物療法には、副作用、費用、不便など、どのようなデメリットがあるのか。
ベースラインリスク
リスク抑制
ハーム
再発の診断時点はいつか?
腫瘍マーカー値上昇
PET検査異常
通常画像検査
異常
症状発現
終末期医療(症状緩和、苦しみを取り除く)
初期治療(薬物療法・手術・放射線)
緩和医療
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再発の早期発見は意味がない
腫瘍マーカー値上昇
PET検査異常
通常画像検査
異常
症状発現
初期治療 生存期間が延長するように
見えるだけ
転移性乳癌患者の予後
生存者の
割合
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
転移診断後の月数
12 24 36 48 60 72 84 96 108 120 132 144
274 症例 国立がんセンター中央病院(1988 - 1993)
山本昇、渡辺亨、勝俣範之 1998
0
転移性乳癌治療の原則 (1)
1. 治療目標は、症状緩和、QOL向上、延命であり、治癒は望めない。
2. 全身疾患なので、可能な限り全身治療を選択する。
3. 原発部位、皮膚転移などで、疼痛、感染、出血など、局所コントロールが必要な場合には、手術、放射線照射などの局所治療を追加する。
4. 脳圧亢進症状を伴う脳転移に対しては放射線照射(ガンマナイフなど)を行う。
5. 加重部位で骨折の危険がある場合、骨折を起こした場合、疼痛を伴う場合は、骨転移に対する局所治療を行う。
6. 上記以外の局所治療は、診断確定、ホルモン受容体・HER2などの検査のための
検体採取以外の目的では実施する意味はない。
7. 抗癌剤、ホルモン剤、ハーセプチンは、転移部位による効果の違いはない。
転移性乳癌治療の原則(2)8. ホルモン感受性の期待できる症例では、ホルモン療法から開始し無効の場合
には抗癌剤を使用する。
9. ホルモン受容体陰性の患者ではホルモン療法の効果は期待できない。
10. HER2陽性(HER2タンパク3+、FISH +)の場合、可能な限り早い時点からハーセプチンを使用する。
11. visceral crisis(重篤な臓器転移)のある場合には抗癌剤治療を開始する。
12. 抗がん剤とホルモン剤は同時期に併用しない。
13. 抗がん剤の選択はタキサン系薬剤、アンソラサイクリン含有レジメン、経口フッカピリミジン剤、ナベルビン、ジェムザールなどから順番に選択する。
14. ホルモン療法の選択順位は閉経前では、LHRHアゴニスト+抗エストロゲン剤、LHRHアゴニスト+アロマターゼ阻害剤、プロゲステロン製剤、閉経後では、
アロマターゼ阻害剤、抗エストロゲン剤、プロゲステロン製剤である。
62才女性 学習塾経営
18年前、右乳癌(乳房切除+腋窩郭清、n=0)2006年6月、腰痛のため整形外科受診、第二腰椎
圧迫骨折、骨シンチで多発骨転移を認め乳癌の再発が疑われ外科紹介された。結節性肺転移あり。
Letrozole + capecitabine開始
転移性乳癌症例
転移性乳癌症例
0
100
200
300
400
500
600
ST439
CA15-3
capecitabineletrozole
IU/L
腰 痛
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62才女性 学習塾経営
Letrozole + capecitabineが継続され、腫瘍マー
カーの低下に見られるごとく、骨転移、肺転移は改善していた。夏休み中から腰痛が増強、腫瘍マーカーも増加しておりPDと判断し、ドセタキセルに変更を予定し
ている。本人の希望により、浜松オンコロジーセンターセカンドオピニオン外来受診
転移性乳癌症例セカンドオピニオン
再発乳癌の診断
転移臓器、転移程度の診断、ホルモン感受性の評価、無病期間、年齢、閉経状況
ホルモン感受性あり
生命を脅かす転移なし
ホルモン感受性なし
生命を脅かす転移あり
第一次 ホルモン療法
効果あり 効果なし
効果あり 効果なし
効果あり 効果なし
増悪ければ継続 病状の増悪あり
第二次ホルモン療法
増悪なければ継続 病状の増悪あり
第三次 ホルモン療法
第一次 化学療法 (AC)
第二次 化学療法 (Taxanes)
増悪なければ観察 病状の増悪あり
増悪なければ観察 病状の増悪あり
第三次化学療法
サポーティブケア
Hortobagyi G New Engl J Med 339; 974 1998
○○市立病院外科 ○○○先生
ご紹介頂きました○○さん、本日、当院セカンドオピニオン外来を受診されました。原発病巣に関する情報がありませんが、無病期間が18年と長く、骨、肺結節転移として再発したことから、比較的分化度の高い、ホルモン反応性陽性乳癌の可能性があります。再発後の初回治療で、ホルモン剤と化学療法剤が併用されており、この1年近く効果は認められているものの、どちらが効いたのか判然と致しません。そのため、第二次ホルモン療法を選択すべきか、それとも、化学療法を選択すべきかの判断根拠が失われてしまった感じがします。
第二次治療を選択するにあたり、現時点で腰痛はNSAIDsで緩和でき、また、しばらく仕事
も軽減できること、仕事柄、脱毛はなるべく避けたいというご希望があるため、ドセタキセルを選択することはやや躊躇します。腫瘍マーカーも参考になりますので、2カ月程度、
タモキシフェン内服で経過を見てもよろしいかと思います。
上記の内容をご本人にご説明しましたところ、タモキシフェン内服を希望されておりますので、よろしくご対応のほど、御願い致します。
この度はご紹介頂きまして誠にありがとうございました。今後ともよろしく御願い致します。
乳癌の治療は長期戦の構えあせらず、あわてず、あきらめず、投げ出さず