平成18年度「高度先進技術研修」
農業環境の情報把握と管理のためのリモートセンシング・地理情報システム(GIS)の利用技術
地域現場での応用例
北海道におけるリモートセンシング技術を利用した高品質農作物生産支援
北海道立中央農業試験場 安積大治 Ⅰ はじめに
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生産現場で衛星情報の利用を制限する要因
○データ取得の確実性 (気象条件・観測周期・観測の競合など)
○地上分解能(解像度)
○コスト(データ代・解析費用)
○現場で利用できる情報への加工手段 (解析を実施する機関)
○現場へのデータ提供手段
コスト(データ代・解析費用)
データ代は衛星によって異なる1km2あたり価格
●ランドサット 2円
●スポット 100~200円
●QuickBird 4,100円~
●IKONOS 5,500円~30,000円(+リクエスト代120万円)
実利用場面では解析会社への支払額が大半 水稲の例:空知全域6万haで総額2000万円/年間
そのうちデータ価格は2割程度
水田面積当たり経費は333円/ha
受益面積がまとまればコストが下がる
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実利用条件
●衛星リモートセンシングは制限の多い技術
●特性をよく理解したうえで、利用場面を開拓することが実利用につながる 広域性:広い範囲を一度に観測 周期性:同じ地域を幾度も観測 大きすぎたり、変化が緩慢な対象を知るのに好適
●地上調査だけでは得られない情報の取得が可能 (新たな情報 既往の情報を補完する情報)
一旦軌道に乗れば、スケールメリットの大きな技術となる可能性がある
北海道における衛星情報の農業利用事例
現在までの主要な成果(国・道の農業試験場)
●土 壌:腐植含量や水分特性、礫層の深さ
●水 稲:収量や冷害被害、タンパク含有率
●小 麦:収量、タンパク、成熟程度、倒伏
●てん菜:収量や湿害、干ばつ被害、糖分含量
●牧 草:収量、更新年次、雑草の比率など
●その他:火山噴火(有珠山)の降灰被害
農地面積把握と環境評価
積雪量推定による包蔵水量評価 など
Ⅱ 土壌の有機物含量の推定 5 6
腐植含量:土壌中に含まれる有機物の含量 土壌の地力や生産性に関与
衛星データとの関係 土の色・・・水分・有機物(・鉄・母材)で変動
観測に好適な時期(土が露出しているとき)
北海道では 畑 土 壌:作物が生育していない裸地状態(5~6月) 水田土壌:移植直後の湛水状態(5~6月) (収穫跡地は残渣の影響あり)
土壌の腐植(有機物)含量の推定
1.5 1.6 1.70.4
0.6
0.8
1.0
log10(TM3輝度値)
log 1
0(腐植含量
%)
Y=-2.68X+4.99r=-0.86
湛水状態水田のLANDSAT TM3輝度値と表土腐植含量(北海道・K町 1987.6.22)○:泥炭を含まず、▲:未分解泥炭を含む
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©CNES 2000 SPOT® 受信:宇宙開発事業団、©DIGITAL GLOBE
SPOTデータより作成した土壌腐植区分図の3次元表示例(北海道・H村、腐植区分図はSPOTデータより作成、背景はQuickBird画像)
0~2%2~44~66~88~
腐植含量
土壌タイプ別の腐植含量の変化(北海道・空知地方)
表層の腐植含量の変化(1970~1987年)
1970年:地力保全基本調査1987年:LANDSAT衛星データ
●各土壌タイプともに腐植含量低下
●特に台地土壌で低下が顕著
農業機械の大型化・高馬力化により、耕起深が深くなった
腐植含量の少ない下層の土壌の 混入
Ⅲ 米粒タンパク含有率の推定 9 10
米のおいしさを左右する主な要因
タンパク含有率によるランク付けの実施
北海道では(2006年産)・・・
タンパク6.8%で分別集荷・販売も区分
栽培管理の改善によって向上が図られる
●タンパク質(タンパク質が高いと飯米が固く感じる)
栽培環境によって変化する(肥料や土壌など)
生産現場での対応がますます重要に!
●アミロース(アミロースが高いと飯米の粘りが弱い)
品種や気象条件によって変化する
産地全域のタンパク変動を圃場ごとに把握するのは、多大な労力を要し困難
米の食味改善方策は
●栽培管理の適正化
タンパクの高い圃場を特定して、次年度以降の栽培管理
を改善
●新品種の導入(良食味品種・用途別品種)
衛星リモートセンシングによって、地域全体を同時観測
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衛星リモートセンシングを利用したお米のタンパク推定法
●地上観測(衛星データとタンパクの対比) 現地の農家圃場(約20~30ヶ所) 主要品種(きらら397・ほしのゆめ・ななつぼし) タンパクレベル(高~中~低)
地域のタンパク変動を網羅するように現地調査圃場を設置し、タンパクを実測
●衛星観測(年2回) 5月下旬~6月下旬(移植~幼形期)水田の判別 8月下旬~9月中旬(成熟期) タンパク推定
地域にGISなどの水田を区分できる情報があれば、年1回の観測(成熟期)で可
値を比較人工衛星データからお米のタンパクを推定
現地で調査した農家圃場の○止葉の葉色○お米のタンパク
現地で調査した農家圃場を人工衛星で観測
衛星データとお米のタンパクの関係の調査方法
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移植直後の衛星データ 水田の判別に利用
移植直後の衛星データ 水田の判別に利用衛星データから水田だけを抽出
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収穫直前の衛星データ 米粒タンパク含有率推定に利用
収穫直前の衛星データ 米粒タンパク含有率推定に利用春の衛星データで抽出した水田を重ねて・・収穫直前の衛星データから水田だけを抜き出す
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衛星データと地上調査の結果を比較する
現地圃場1
●衛星データの値
=0.41●地上で実測した お米のタンパク =6.8%
収穫前の衛星データから算出したNDVIと
米のタンパクの関係(1998~2000年 北海道N町)
y = 11.5x + 2.67
R2 = 0.74
6.0
6.5
7.0
7.5
8.0
8.5
9.0
0.30 0.40 0.50正規化植生指数(NDVI)
米粒
タン
パク
含有
率(%
)
きらら397
ほしのゆめ
1998年y = 17.1x + 0.87
R2 = 0.80
6.0
6.5
7.0
7.5
8.0
8.5
9.0
9.5
0.30 0.40 0.50正規化植生指数(NDVI)
きらら397ほしのゆめその他
1999年y = 12.0x + 4.23
R2 = 0.80
6.0
6.5
7.0
7.5
8.0
8.5
9.0
9.5
0.15 0.25 0.35 0.45正規化植生指数(NDVI)
きらら397ほしのゆめその他
2000年
高
中
低
19 20
この式を使えば、実際にタンパクを調査していない圃場についても、人工衛星の測定値からタンパク%を計算できる。
A・B:年次や地域、衛星の観測条件などにより 多少変化
タンパク%の算出方法
タンパク% =正規化植生指数(NDVI) × A + B
5月下旬~7月上旬 (水稲移植 ~幼穂形成期)
9月上旬~下旬 (水稲成熟期)
地上調査データ米のタンパク実測
NDVI区分図米のタンパクの変動を水田ごとに区分(相対比較 衛星データのみで作成可能)
収穫前に作成可能
タンパクマップ 米のタンパクの変動を水田ごとに区分 (タンパク%で表示 地上データが必要)
収穫後に米のタンパクを実測してから作成
衛星データ
水田の判別 NDVIの算出
衛星データによる米のタンパクマップの作成手順
21 22
川の内側には細かい土が堆積して、水はけが悪くなっている
高タンパク
泥炭が広く分布する地域では、後期窒素供給過多が生じている
高タンパク
タンパクマップの表示例
土壌や地形の影響によるタンパク変動を俯瞰
中
高
低
タンパク
タンパクの高い圃場には、ピンポイントで対策を導入する
タンパクの低い圃場で実践されている栽培技術を役立てる
タンパクの高い地帯は不良要因を調査して、土地改良などを実施
想定される利用場面●改善の必要な圃場を特定して、低タ
ンパク米栽培技術を効率的に導入
●低タンパク米生産に有用な技術を評価して利用することにより、低タンパク米生産を支援
効率的な改善
技術評価
対策導入の資料
中
高
低
タンパク
23 24
解像度の違いによるタンパクマップの表示の差
SPOT(2002.9.13観測)によるタンパクマップ
QuickBird(2002.9.10観測)によるタンパクマップ
~6.5%~7.0~7.5~8.08.1~
タンパク質含有率
~6.5%~7.0~7.5~8.08.1~
タンパク質含有率
これまでにタンパクマップを作成した地域(北海道)
これまでに北海道の約80%、10万haの地域でタンパクマップの作成実績がある(2000~2006年)
作成した地域
他の水田地域
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タンパクマップ作成にあたっての問題点
対象地域内の栽培様式や生育ステージがそろっていること
対象地域内に生育ステージが大きく異なる圃場(早出米など)や、異なる栽培様式(直播など)が混在すると、精度が低くなる。
品種によって葉色と米粒タンパク含有率の関係が異なる
きらら397やほしのゆめなどの主要品種では利用できるが、推定値がずれる品種もある。また、糯米や酒造米などについては未検討。
圃場の区画が小さいと精度が低くなる
区画の小さな圃場や中山間地では、人工衛星の解像度の問題などにより、水田周辺の情報が混在してしまい、精度が低くなる。この場合、解像度の高い衛星の利用が望ましい。
北海道外での利用に当たっての留意事項
●衛星データ取得機会
北海道では人工衛星の観測時期(田植え頃・収穫期)は、比較的 晴天が多いが、本州では梅雨や台風の影響により、データが取 得できないことがある
●品種や栽培様式の違い
北海道では主要品種は数品種程度であり、栽培方法も比較的均 一であるが、本州では多くの品種が様々な栽培方法でつくられて いる。
●地域内の生育時期のずれ
北海道では地域内の水田の生育はほぼ斉一であるが、本州では 早場米など生育時期の異なる水田が混在している
Ⅳ 秋まき小麦の適期収穫システム 27 28
北海道の秋まき小麦の問題点
●収量や品質の地域間変動が大きい 道東:高蛋白 道央:低収・低蛋白●生育の地域内変動が大きい 土壌タイプ:窒素地力や水はけの良否、堅密な下層 栽培管理:播種時期、施肥量・施肥時期●収穫時降雨による品質低下 穂発芽・低アミロの発生
高蛋白は小麦粉の粉色を低下、降雨による穂発芽・低アミロは品質低下
価格下落
y = 5.64x + 6.23
R2 = 0.72
6
7
8
9
10
11
12
13
14
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7
NDVI
子実蛋
白含有率
(%)
H村
y = 9.72x + 7.33
R2 = 0.786
7
8
9
10
11
12
13
14
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7
NDVI
子実
蛋白
含有
率(%)
H村
y = 5.34x + 7.33
R2 = 0.86
6
7
8
9
10
11
12
13
14
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7
NDVI
子実蛋
白含
有率
(%)
H村
S町
y = 12.07x + 6.10
R2 = 0.536
7
8
9
10
11
12
13
14
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7
NDVI
子実蛋
白含
有率
(%)
N町
2002年網走 2003年網走
2004年網走 2004年空知
収穫前の衛星データから算出したNDVIと小麦の子実蛋白との関係
29 30
衛星データから推定した小麦の子実蛋白(2002年 網走地方H村)
~ 7.5%
~ 8.5
~ 9.5
~10.5
10.5~
子実蛋白含有率
収穫直前のイコノス画像でみた小麦圃場(可視画像)
画像提供:三菱商事/日本スペースイメージング社
倒伏
成熟早い
まだ緑色
31 32
200
400
600
800
1000
1200
青 緑 赤 近赤外
観測波長
7月
11
日観
測値
成熟早
成熟遅
倒伏
倒伏、成熟程度と波長別観測値 7月11日の画像から推定した小麦の生育状況(音更周辺)
赤は倒伏箇所、成熟の早い順から黄、緑、青で示す
33 34
芽室町・JAめむろ
○栽培面積 6,000ha
収穫量 36,000t(粗生産額50億以上)
○共同収穫作業(収穫機械の共同運用)
○共同集荷・乾燥施設
収穫計画に多大な労力
成熟の早晩の差
雨天前の収穫圃場選定の判断
(穂発芽・低アミロのリスク)
芽室町・JAめむろのとりくみ(平成17年産より実利用開始)
○人工衛星による成熟早晩の判別
→ 刈り取り順番(圃場ごと・10mメッシュ)
○マメダス+アメダスデータによる250mメッシュ気象図
→ 生育モデルによる成熟期予測(250mメッシュ)
→ 低アミロ小麦の発生危険度の地図化
(発生危険度の高い地域の優先刈り取り)
○土壌調査による小麦成熟早晩の区分
→ 成熟の早い地帯と遅い地帯の判別
→ 播種や施肥などへの応用
先端技術を活用した農林水産研究高度化事業:研究領域設定型研究大規模収穫・調製に適した品質向上のための小麦適期収穫システム 成果
(北海道農研センター、道立農試、JAめむろ、ズコーシャ)
35 36
小麦の穂水分とNDVIとの関係(北農研センター資料より引用)
小麦の成熟早晩マップ
(北農研センター資料より引用)
37 38
1)収穫した小麦の水分のばらつきが少なくなる
2)効率的な収穫機械の運用が可能となる
乾燥用の燃料代の節約
機械コストの低減
小麦適期収穫システムの導入効果(北農研センター資料より引用)
芽室町・JAめむろのとりくみ
○町全域の農業GIS情報が整備されている
○農業振興センターに衛星データ解析システムを導入 独自に衛星データを購入 データ処理のできるスタッフの配置 独自でデータ解析・GIS情報との連携を実施
○毎年の利用コスト GIS情報の整備・更新 衛星データの購入 気象観測システムの維持管理
Ⅴ 草地管理への利用 39 40
根釧地方の草地
●冬期の低温・小雪(凍結)
●火山灰土壌(透水性不良地帯)
冬枯れ・春期の萌芽不良
●生産性の低下
萌芽時期に、地元農協・普及センターなどによる巡回調査を実施
萌芽時期の衛星データにより、草地の生育程度を区分・地図化して、要調査圃場を抽出
NDVI=(近赤外-赤)/(近赤外+赤)
2002年4月29日 LANDSAT7
生育程度小
中
大
越冬・萌芽良好な圃場
越冬不良・冬枯れ被害草地
41 42
●泥炭地(水はけが悪い)
●低平地(標高差がほとんどない)
サロベツ原野の草地
融雪時の滞水
●生産性の低下
●不良草種(リードカナリーグラスなど)の優占
融雪後の衛星データにより、草地の滞水程度を区分・地図化して、要調査圃場を抽出
排水改善対策(明渠・暗渠)実施の必要な圃場の抽出
NDWI=(赤ー短波長赤外)/(赤+短波長赤外)
2005年5月20日 SPOT5号(サロベツ原野周辺)
R・G・B=Band4・3・2
Ⅵ おわりに 43 44
衛星リモートセンシングを利用した高品質農作物生産支援
●地域全体のとりくみ
米の場合 :大規模集荷施設
小麦の場合:共同集荷・乾燥施設
草地の場合:コントラクター
●導入効果
経済効果(経費節減・付加価値)
PR効果
●基盤情報
GIS情報の整備・更新
北海道衛星
• 北海道の1次産業や環境分野での利用を想定
• 2007年打ち上げ予定
• 1日1回北海道を観測可能
• 名前は「大樹」
• ハイパーセンサ登載(400~800nm観測 72バンド)
• 「北海道衛星株式会社」が設立され、北海道工業大学の佐鳥助教授を中心として開発がすすめられている
http://www.hokkaido-sat.jp/