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前時の - 帝国書院...2 世界史のしおり 2018③ の歴史に着目し,ユダヤ人が安住の地を築く必然 性を主張したものだった。これまでの世界史学習

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  • 世界史のしおり 2018③│1

    p.258「『民族浄化』による悲劇」などを使って必要な情報を集めた。基本的に個人作業だが,教室内を自由に移動して他の生徒と相談してもよい。協力して課題に取り組むことを普段から授業内目標としているため,自由度が上がっても生徒間の雑談が増えることは少ない。教師は机間をまわりながら,質問に応じつつ理解をうながしていった。ここでのかぎは,ユダヤ教の特徴やユダヤ人のおかれた歴史的状況を復習すること,パレスチナ問題の原因の1つであるバルフォア宣言の文脈を正しく理解することである。次にペアをつくり,タペストリー p.349「史料から読み解く世界史② 人間の権利から見るパレスチナ問題」の「2ユダヤ人の主張」を参考に,ユダヤ人の立場から「イスラエル建国の主張」を3つ考えた(ワークシート2A)。生徒には,ユダヤ人になったつもりで主張を代弁するよう求めた。また,「事実にもとづいて説明すること」を強調した。なお,3つと指定したのは,いろいろな意見が考えられることを示唆するため,そして生徒に具体的な記述をうながすためである。教師は,必要に応じて生徒の質問に答えながら,意見を構成しやすいようにアドバイスをし,生徒はペアで相談をしながら意見を深めていった。ワークシート1と2Aを提出してこの時間は終了とした。

    〔2限目〕前時のワークシート2Aで提出された意見をスライドにまとめて提示し,出力したプリントも配布した。事実の誤認などがある場合は教師が指摘したうえで,3~4人のグループをつくり(このグループを時間中は継続する),生徒の考えた「イスラエル建国の主張」を読んで感想を話し合った。そして今度はパレスチナ人(アラブ人)になったつもりで「パレスチナ人の主張」を3つ考えた(ワークシート2B)。すなわち,前時とはまったく逆の立場から,イスラエル建国によって土地を奪われたパレスチナ人の主張を代弁するのである。ここでもタペストリー p.349「3パレスチナ人の主張」やp.244のフサイン-マクマホン協定などを参考にしながらグループ内で意見をまとめ,授業後半の10分間で,各グループ代表が意見を発表した。最後に全体のまとめとして,ワークシート3にしたがって,「なぜ『民族自決』を実現することは困難なのか?」という課題について自分の意見を記述する。このとき,ユダヤ人・パレスチナ人両者の主張に立脚して論じなさいと指示した。

    生徒が考えた「イスラエル建国の主張」で多かった意見は,ホロコーストなどヨーロッパでの迫害

    結果と課題4

    『最新世界史図説タペストリー 十六訂版』p.349

  • 2│世界史のしおり 2018③

    の歴史に着目し,ユダヤ人が安住の地を築く必然性を主張したものだった。これまでの世界史学習において,ナチ党によるユダヤ人迫害について課題探究的な学習を行ってきたため,生徒にとっては印象が強く,ユダヤ人に共感しやすかったのであろう。また,バルフォア宣言を引用して,ユダヤ人の正統性を主張した意見も多かった。一方,「パレスチナ人(アラブ人)の主張」では,住んでいた土地を奪われたこと,パレスチナ難民の問題について述べている生徒が多かった。近年のニュースなどでガザ地区への攻撃やパレスチナ分離壁などを知っている生徒は,その点からイスラエルの政策を批判して,パレスチナ人の自治権を主張していた。ユダヤ教とイスラームの違いから宗教対立が背景にあるということを書いている生徒は少数であった。この授業では,ユダヤ人とパレスチナ人のどちらが正しいかという問いは立てない。ねらいは,パレスチナ問題を単なる知識として理解するのではなく,史資料を通して双方の意見に歴史的必然性や,心情的な切迫感があると理解することである。当然,安易な結論に導くことは避けるべきだろう。そこで,「なぜ『民族自決』を実現することは困難なのか?」と問うことが生徒の思考を今後の学習につなげることになると考えた。一つの民族が自分たちで決定権をもつということは,理

    想として掲げることはできても,現実の世界では難しい。20世紀の100年を通しても国際社会が解決できなかった問題に対して,生徒たちが答えを出すことはできない。双方の立場の違いを知れば知るほどに,「解決が難しい」と感じた生徒は多くいた。この問題の複雑さによって,途中で考えることが嫌になってしまった生徒もいた。わかりやすい結論を求めていた生徒にとっては,歯切れの悪い終わり方だったかもしれない。しかしながら,そのような不全感をおぼえたのは,現代史の抱える複雑さの一端に少なからず生徒が触れられたことの証左であり,主体的な学習に踏み込むことができたといえるかもしれない。教科書の知識を客観的に理解して暗記するだけの授業であるならば,パレスチナ問題はあくまで他人事であり,不全感など残らないはずである。ここまで踏み込むことができたのは,やはり史資料の教材としての可能性であるだろう。2018年もパレスチナ問題が国際社会の深刻な課題であることを意識させる事件があいついだ。グローバル化がさらに進む世界で生きていく生徒たちが,この問題を他人事ととらえることなく,現代社会を生きる一人の人間として主体的に向き合い,悩みながらも行動できるように育ってほしいと願う。新学習指導要領における世界史は,そのような教育の一助となる可能性を秘めている。

    2Aイスラエル建国の主張(ユダヤ人を代弁する)○ユダヤ人は歴史的に国家をもてずに迫害を受け,差別されてきたので(ホロコーストなどで民族ごと滅ぼされそうになった),国家を建設して自分たちの身を守るための安定した生活の場をつくるのは当然の権利だ。○第一次世界大戦のときにイギリスのバルフォアから国をつくることを約束されていた。そのあと,オスマン帝国が滅びてパレスチナはイギリスの委任統治領となったけれど,そこから解放されたのだから認められるはず。国連も認めているのだから国際的にも正しいはず。2Bパレスチナ人(アラブ人)の主張を代弁する○ユダヤ人がパレスチナに住んでいたとはいっても,国があったのは2000年以上も昔の話。そのあとアラブ人が住んで,いろいろな支配者の下で暮らしてきたのだから,今さらユダヤ人の国ができるのはおかしい。○ユダヤ人にとってパレスチナが故郷だとしても,パレスチナ人にとっても故郷になっている。すでに住んでいるパレスチナ人を追い出す権利は誰にもない。3なぜ「民族自決」を実現することは困難なのか?○どの民族にも平等に土地があれば話は簡単だが,おたがいの利害がからみ合っていて,しかも対立が長い年月にわたってしまった場合,解決するのが難しく,戦争やテロにまで発展してしまう。とくにパレスチナ問題は,ユダヤ人とパレスチナ人だけでなく,まわりの国や,イギリスやアメリカもかかわっている。憎しみ合ってしまうのは彼らだけの責任ではないと思う。

    〔生徒の解答例〕 ※付録のワークシートとは異なる生徒の解答を紹介しています。