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1 13 ニュートリノ振動 13.1 ニュートリノの質量 ニュートリノ 、パ リが 1930 案した さい され、そ にゼロ あった。 ニュートリノ っている。( 13.1)13.1: ニュートリノ データ。PDG: Phys. Lett. B592 (2004) m(ν e ) < 3eV トリチ ムベータ エネルギー スペクトル m(ν μ ) < 0.19MeV π μ + ν μ におけるミューオン運 m(ν τ ) < 18.2MeV τ 2π π + ν τ における j m(ν j ) < 0.42eV (WMAP+SDSS; astro-ph/0407372) j U 2 ej m j < 0.3eV マヨラナ 。2 ベータ から 13.1: ゆらぎ ニュートリノ に依 する。P(k) < |δ k | 2 > : δ k ゆらぎ フー リエ S.Barwick et al.,astro-ph/0412544。 右 じスペクトルをスケール して ゆら ぎを した Tegmark: http://www.hep.upenn.edu/ max/sdss.html パリティ 、ゼロ 2 ワイルニュートリノ し、 れられた。 、右巻きニュートリノ 、1 あり (I=0)、ハイパーチャージ (Y=)0 ある をし い。 って ( により宇 められる ある)。そ 右巻きニュートリノ せず ゼロ した あった。 ニュートリノ (1998) により、 が確 したが、 が他 フェルミオンに さく ( 13.2)

13章 ニュートリノ振動 - 大阪大学osksn2.hep.sci.osaka-u.ac.jp/~naga/kogi/konan-class04/ch...1 第13章 ニュートリノ振動 13.1 ニュートリノの質量 ニュートリノの質量は、パウリが1930

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第13章 ニュートリノ振動

13.1 ニュートリノの質量

 ニュートリノの質量は、パウリが 1930年に提案した時既に小さいとされ、その後も測定限界内で常にゼロであった。現在でも個々のニュートリノの質量測定は上限のみ判っている。(表 13.1)。

表 13.1:ニュートリノ質量の直接測定データ。PDG: Phys. Lett. B592(2004)

質量上限値   測定方法m(νe) < 3eV トリチウムベータ崩壊のエネルギー端スペクトルm(νµ) < 0.19MeV π → µ +νµ 崩壊におけるミューオン運動量測定m(ντ) < 18.2MeV τ− → 2π−π+ ν τ における見えない質量構築

∑ j m(ν j) < 0.42eV 宇宙背景輻射と大規模構造の解析 (WMAP+SDSS; astro-ph/0407372)

∑ j U2e jmj < 0.3eV マヨラナ質量。2重ベータ崩壊から

図 13.1:宇宙の密度ゆらぎはニュートリノ質量に依存する。P(k) ≡< |δk|2 > : δk は、密度ゆらぎのフーリエ成分。S.Barwick et al.,astro-ph/0412544。 右図は同じスペクトルをスケールの関数として密度ゆらぎを表したもの。 Tegmark: http://www.hep.upenn.edu/ max/sdss.html

パリティ非保存発見後、ゼロ質量を持つ 2成分のワイルニュートリノ説が浮上し、標準理論に組み入れられた。標準理論では、右巻きニュートリノは、1重項であり (I=0)、ハイパーチャージも (Y=)0であるので相互作用をしない。従って検出できない (重力により宇宙論的に決められる可能性はある)。そこで右巻きニュートリノは存在せず質量もゼロと仮定したのであった。現在ではニュートリノ振動発見(1998)により、有限質量が確定したが、質量の値が他のフェルミオンに比べて非常に小さく (図 13.2)、

第 13章 ニュートリノ振動 2

他のフェルミオンとは異なる特別な扱いを必要とする。

図 13.2:フェルミオン質量。ニュートリノ質量はmj =√

|∆mi j |。

13.2 マヨラナ質量

 任意の二つのスピノール場 (ψ1,ψ2)に対して

m2

(ψ1ψ2 +ψ2ψ1) =m2

(ψ1Lψ2R+ψ1Rψ2L + h.c.) h.c.はエルミート共役 (13.1)

はローレンツ不変量である。ψ1 = ψ2の時、ラグランジアンの中のこの項をディラック質量項という。しかし、ψ1 = (ψ2)cもしくは ψ2 = (ψ1)cであっても自己エネルギーとの解釈は成立するから、質量項としての候補になる。これをマヨラナ質量項と呼ぶ。通常、この形の項を含めないのは

ψcLψR =

[1− γ5

2ψc

]†

γ0ψR = ψTRCψR

ψcRψL = ψT

LCψL

(13.2)

であるので位相変換不変性を破り、電荷もしくはレプトン数保存を充たさないからである。従って荷電レプトンはこのような質量項を持てないが、ニュートリノは電気的に中性であり、またレプトン数保存則は実験的に確立されていないので、マヨラナ質量項を持つ可能性がある。従ってレプトン数保存則を破っても構わないという条件を入れれば、ニュートリノの最も一般的なラグランジアンは

−Lν = ψiγµ∂µψ+mD(ψLψR+ h.c.)+mL

2(ψc

RψL + h.c.)+mR

2(ψc

LψR+ h.c.) (13.3)

このラグランジアンは、次式で定義される 2個のマヨラナ場

N1 =ψL +(ψL)c

√2

, N2 =ψR+(ψR)c

√2

(13.4)

を導入して書き直すと理解しやすい。任意のフェルミオン場 f, gに対し

f L(R)γµgR(L) = f L(R)gL(R) = 0 (13.5)

第 13章 ニュートリノ振動 3

が成立することを使えば

N1γµ∂µN1 +N2γµ∂µN2 = ψLγµ∂µψL +ψRγµ∂µψR = ψγµ∂µψ

N1N1 =12(ψc

RψL + h.c.)

N2N2 =12(ψc

LψR+ h.c.)

N1N2 +N2N1 = ψLψR+ h.c.

(13.6)

となり、ラグランジアンは

−Lν = N1iγµ∂µN1 +N2iγµ∂µN2 +mD(N1N2 +N2N1)+mLN1N1 +mRN2N2

= [N1,N2](iγµ∂µ +M)

[N1

N2

], M =

[mL mD

mD mR

](13.7)

と書き直せる。M はニュートリノ質量行列と呼ばれる。 これから、ニュートリノに質量を与える可能性は、次の3つのケースが考えられる。(1) mD , 0, mL = mR = 0: 同じ質量を持つ二つのマヨラナニュートリノ (νLと νR)が存在し、質量項

は νLνR+νRνL = ννとなって位相変換対称性を充たすので、レプトン数保存を充たす通常のディラック方程式になる。この場合のニュートリノが質量を得る機構は他のフェルミオンと同じで、アイソスピン1/2のヒッグス場の真空期待値に結合定数を掛けたものとなる (図 13.3(a))。この可能性が否定されるわけではないが、ヒッグスとニュートリノの結合定数は、ヒッグスと他のフェルミオンとの結合定数に比べて、非常に小さい値 (トップの場合mν/mtop < 10−13)を仮定せねばならず不自然と考えられている。

(2) mL , 0, mD = mR = 0: 左巻きのニュートリノのみで質量を組める最も経済的なケースである。つまり、マヨラナニュートリノであれば、νRは無くとも質量を持つ可能性が存在する。しかしながら、νL は電子と組んで電弱相互作用の 2重項を構成するので、質量項 ∼ νL

TCνL はアイソスピン 1となり、アイソスピン 1/2のヒッグスには結合しないから質量を持てない。アイソスピン 1のヒッグスがあれば質量を持てるが、もし存在すると、質量発生の際の対称性の自発的破れに伴い、質量ゼロのゴールドストーンボソン (マヨロン)が発生する。しかし、マヨロンの存在は、Z → νiνi が 3種のニュートリノできれいに再現できること、マヨロンの相互作用は小さくてエネルギーを持ち去るだけであるので、恒星進化過程でニュートリノと同じく冷却剤として作用し、進化過程を促進しすぎるという理由等で存在が否定されている。 標準理論のヒッグスを使って質量を生むには

−Lmass∼fΛ

(ΦTCτττΦ)[νL, eL]Cτττ

[νL

eL

]∼ f

ΛνL

TνLφ0φ0 + · · · (13.8)

の様な形の相互作用が必要である (図 13.3(b))。これは繰り込み不可能であるので、何らかの新相互作用(適用エネルギースケール Λ)の高次効果の低エネルギーでの実効ラグランジアンと見なさなければならない。図 13.3(c)はモデルの一例である。 f ∼ 1とし、< φ0 >= 250GeVを入れると、10−2eV程度の質量を作るには、Λ ∼ 1016GeVを必要とする。これは大統一理論のエネルギースケールであるので、ニュートリノ質量の理論枠組みとしては大統一理論を考えるのが自然であることが判る。とすれば質量の大きな右巻きニュートリノを否定する理由は無く、その交換により上の相互作用を実効的に実現できるので(図 13.3(d))、次のケース 3に移行する。

(3) mD , 0, mR ≫ mL, mD:  (13.7)を対角化して得られる二つの場を、ν′,N、その固有値をmν ,mN

とする。この質量固有状態は、L成分とR成分を共に含み、決まったカイラリティ状態にない。今、質

第 13章 ニュートリノ振動 4

図 13.3:ニュートリノ質量発生機構モデル。(a)ディラック質量  (b)マヨラナ質量、(c)(d)は (b)のモデル例  (d)シーソーメカニズム

量の大きな νRを導入する以外は標準理論の枠内で考えることにし、mL = 0、mDはクォークもしくはレプトンの質量程度、mR ≫ mDとする。この時固有解は容易に求められ

|ν′ > ≅ |N1 > −mD

mR|N2 >, |N >≅ |N2 > +

mD

mR|N1 > (13.9a)

mν′ ≅−m2D

mR, mN ≅ mR (13.9b)

質量が負であることは問題ではない。|ν >= γ5|ν′ >と置けば質量を正にできるからである。上式から

mν ·mR = m2D (13.10)

となり、mRを大きくすることによりmνを小さくできる。これがシーソーメカニズムという名の由来である。 以上に述べたようにマヨラナニュートリノであれば、ニュートリノ質量を小さくするメカニズムが幾つか考えられる。ディラックニュートリノの場合は、小さな質量を自然に導入することが難しいので、現在はマヨラナニュートリノ説が有力である。

13.3 ニュートリノ振動

 ニュートリノ (νe,νµ,ντ)は、弱い相互作用で荷電レプトンと対になって生産される状態で定義される。これを弱相互作用もしくは香りの固有状態といい一般に質量固有状態と同一であるとは限らない。同一でなく混合がある場合、香りの固有状態 (να)は、質量固有状態 (ν j )の重ね合わせとなる。

|να >= ∑j

Uα j |ν j > (13.11)

この場合生成されたニュートリノが伝播するとき、各質量固有状態は別々の時間発展をするので、混合比が変わり別の香り状態が混入する。これは前章の香りの振動と全く現象でありニュートリノ振動と呼ばれる。ν j は安定であるとし、質量が小さいことを考慮すると、香りの状態の時間発展は

|να(t) >= ∑j

Uα j |ν j > e−iE j t , E j =√

p2 +m2j ≅ p+

m2j

2E(13.12)

第 13章 ニュートリノ振動 5

と表される。ニュートリノは 3世代あるが、以下の議論では簡単のため 2世代とする。この場合独立な混合行列要素はただ 1個のみとなるので、混合角 θを使って次のように表すことができる。

|νe > = cosθ|ν1 > +sinθ|ν2 >

|νµ > = −sinθ|ν1 > +cosθ|ν2 >(13.13)

従って t = 0で νeであったものが、時刻 tで νµに変化する確率は

P(νe → νµ; t) = | < νµ|νe(t) > |2 = |sinθcosθ(1−e−i(E1−E2)t)|2 (13.14a)

= sin22θsin2 ∆m2

4EL = sin22θsin21.27

∆m2(eV)2

E(GeV)L(km) (13.14b)

∆m2 = |m21−m2

2|, L = ct (13.14c)

νeが生き残る確率はP(νe → νe; t) = 1−P(νe → νµ; t) (13.15)

振動の波長 λは

λ(km) =4πE∆m2 =

2.5E(GeV)∆m2(eV)2 (13.16)

振動が生じる目安は、∆m2L/E ∼ 1で与えられるので、E/Lを適切に選ぶことにより、広い範囲の ∆m2

の探索が可能となる。表 13.2にニュートリノ源の違いによる質量領域を示す。2000年代、加速器および

表 13.2:ニュートリノ振動における ∆m2領域

ニュートリノ源 エネルギー E(GeV) 距離 L(km) ∆m2(eV)2

加速器 0.1∼ 100 1∼ 1000 10−3 ∼ 100

原子炉 ∼ 10−2 10−1 ∼ 100 10−1 ∼ 10−3

大気 1∼ 102 10∼ 104 ∗ 10−4

太陽 ∼ 10−3 ∼ 108 10−11

∗ 地球の直径

原子炉を使う実験でニュートリノ振動探索が精力的に行われたが、∆m2 & 0.1eV2で振動の徴候は見つけられなかった。実験データは通常 sin22θと ∆m2の 2次元平面上にプロットする*1) 。振動が見つからない場合、実験誤差を Pとして長波長領域では

sin2θ∆m2 <EL

√P L≪ λ (13.17)

逆に短波長領域では、Eが幅を持つこと、ニュートリノ源が広がっていることなどを考慮すると、振動は平均化されるので

P(νe → νµ) = sin22θ < sin21.27∆m2

EL >≅ 1

2sin22θ < P L≫ λ (13.18)

加速器実験では P∼ O(10−3 ∼ 10−4)まで可能であるが、他種の実験では、P≥ 10−2 ∼ 10−1である。図13.4は、これまでの信号が検出できなかった実験例について、データから禁止される領域を示す。* 1) 後述の物質振動解では θ ↔ π/2−θの対称性が崩れるので、sin22θの代わりに tan2 θを使うことが多い

第 13章 ニュートリノ振動 6

図 13.4: 2000年代の実験ではニュートリノ振動は見つからず、上記曲線の右上側が禁止領域として表示される。ただし、Los Alamosは信号を見つけたと主張しており、現在 (2004)検証が進行中である。

13.4 大気ニュートリノ振動

 ニュートリノ振動の最初の徴候は、大気ニュートリノ中の νµ成分が νe成分に比べて少ないというデータであった (1988)*2) 。

R=(νµ+νµ)/(νe+νe)

∣∣DATA

(νµ+νµ)/(νe+νe)∣∣Monte Carlo

= 0.61±0.03(stat)±0.05(sys) (13.19)

大気ニュートリノは一次宇宙線 (主成分は陽子)が大気と反応して生成される πの崩壊から作られる。主反応は

p+A → π±(K±)+X (13.20)

π±(K±) → µ± +<ν>µ (13.21)

µ± → e± +νµ+<ν>e (13.22)

であり、2GeV以下では N(νµ)/N(νe) ≅ 2が得られる。より一般的には、地表での宇宙線ミューオン強度から逆算して大気ニュートリノのスペクトルを算出するが、不定性が大きく、νµ成分不足の原因をこのデータだけからニュートリノ振動効果と確定することはできなかった。確証はスーパーカミオカンデ(SK)検出器によるニュートリノの天頂角分布で得られた (1998:図 13.5)。大気ニュートリノは地表何処でも一様に生産されるので*3) 、ある一定の立体角内に入るニュートリノフラックスの値は、天頂角にほとんど依存しない。地球物質内で相互作用するニュートリノ数はわずかで無視できるから、相違はニュートリノ発生源からの距離のみである (図 13.5左図)。従って、上下非対称性が存在すればそれはニュートリノ振動効果と断定できる。電子ニュートリノには上下非対称が見られないが、ミューニュートリノ角分布は明らかに非対称性を示し、これから、電子ニュートリノは振動しないが、ミューニュートリノは振動することが確立し

sin22θatm≅ 1, ∆m2atm≅ 2×10−3eV2 (13.23)

と決められた。* 2) 1970年頃から存在した太陽ニュートリノの謎問題が、2002年にニュートリノ振動と確定されたので、結果的には太陽ニュートリノの振動の徴候の方が時期が早かったことになる。* 3) 1 Gev以下では、地球の磁石効果により南北異方性があるが補正可能である。

第 13章 ニュートリノ振動 7

図 13.5:大気ニュートリノ天頂角分布。左図:天頂角と飛程距離の関係 中図:SKの νeデータ 右図:SKの νµデータ。黒丸:観測値、赤線:振動がないとしたときのフラックス予想値、緑線:振動を仮定したときの予想値 (∆m2 = 2.5×10−3eV2, sin22θ = 1.0)

13.5 太陽ニュートリノ振動

13.5.1 ホームステイク実験

 太陽ニュートリノは、太陽中心付近での熱核融合反応

2e− +4p → 4He+2νe+ γ (26.73MeV) (13.24)

の反応により放出され、その正体は電子ニュートリノである。熱核融合反応は主として ppチェインと呼ばれる様々の原子核反応の結果として起こり (図 13.6左図)、放出ニュートリノのエネルギースペクトルは図 13.6右図のように表される。最初に太陽ニュートリノフラックスを検出したのは、アメリカのホー

図 13.6:左図:太陽核融合反応 pp-チェイン。右図:太陽ニュートリノスペクトル。上部にはガリウム、塩素を使った時と SK、SNO検出器の敷居値を書いてある。

ムステイク鉱山に設置した 615トンの 2塩化炭素 (CCl2)ニュートリノ検出器であり 1968年にまでさかのぼる。検出反応は

νe+37Cl → 37Ar +e− Eν > 0.81MeV (13.25)

第 13章 ニュートリノ振動 8

である。この方法は、アルゴンを一定期間 (アルゴンの半減期 35日以上)貯めてから計数する方式なので、ニュートリノのエネルギー、飛来方向は判らない*4) 。ニュートリノ源も太陽以外には考えられないという理由のみで太陽ニュートリノと見なすのである。塩素検出から得られた太陽ニュートリノフラックスは、星の進化などから総合的に決められる標準太陽モデルの予想値の 1/3しかなく、最終的にはニュートリノ振動効果と判明したが、長い間太陽ニュートリノの謎として天体物理学の未解決問題であった。しかし、カミオカンデやその後継機のスーパーカミオカンデ検出器が、νe+e− → νe+e−の弾性散乱反応を使って、太陽ニュートリノを検出して太陽ニュートリノの謎問題を確認し、ニュートリノ振動効果として解析するようになった。弾性散乱を使う検出では、ニュートリノの飛来方向とエネルギースペクトルを知ることができるから、ニュートリノ望遠鏡としての資格を備えている。ただし、地中の放射性同位元素の発する雑音が多いため、検出できるニュートリノのエネルギーは大体、5∼ 7 MeV以上に限られた。

13.5.2 SNOデータ

 カナダのサドベリーに設置した SNOは 1000トンの重水検出器で次の3つの反応を測った (2002)。

νe+D → e− + p+ p CC反応 (13.26a)

νe(νµ,ντ)+e− → νe(νµ,ντ)+e− ES反応 (13.26b)

νe(νµ,ντ)+D → νe(νµ,ντ)+ p+n NC反応 (13.26c)

それぞれの反応から得られたニュートリノフラックスを φe,φES,φNCとすると、

φe = (1.760.06−0.05±0.09) ×106cm−2s−1 (13.27)

φES= (2.39±0.24±0.12))×106cm−2s−1 (13.28)

φNC = (5.09+0.44+0.46−0.43−0.43) ×106cm−2s−1 (13.29)

φeは、νµ,ντを含むフラックスより小さく、νeが νµ,ντへ遷移したことを示す。νee弾性散乱断面積は、

図 13.7: SNO 太陽ニュートリノフラックスを、CC : νe+D → e− + p+ p反応、ES: νe+e− → νe+e−

反応、NC : νe+D → νe+ p+n反応で測定したときのフラックス値を示す。φSSMは標準太陽モデルの予想値

* 4) ガリウムを使う実験も同じ。

第 13章 ニュートリノ振動 9

νµe,ντe散乱断面積の 6倍あるから、νµ,ντを合わせたフラックス φµτおよび、3種のニュートリノ全部合わせたフラックス φall は

φµτ ≅ 6× (φES−φe) ≅ 3.6×106cm−2s−1

φall = φe+φµτ ≅ 5.4×106cm−2s−1(13.30)

と見積もることができる。この値は、確かに 3種のニュートリノ全部のフラックス測定値 φNCにほぼ等しい。この事実は、νeが振動により νµ,ντに遷移していること、それ以外の別種のニュートリノへは遷移していないことを示す。更に、φNCは標準太陽モデルの予想

φSSM= 5.05+1.01−0.81×106cm−2s−1 (13.31)

とぴったり一致し、30年に及ぶ太陽ニュートリノの謎問題は解決した。図 13.7に φe−φµτ平面上で、3

つのデータおよび標準太陽モデル予想値の許容範囲を示す。

13.6 物質振動

太陽ニュートリノは確かに振動していることは判明したが、ニュートリノ質量や混合角を決めるための式 (13.14)(13.15)をそのまま使うわけには行かない。電子ニュートリノは真空を伝播するのではなく、太陽表面に出るまでは電子や核子による散乱の影響を考慮しなければならないからである。そこで、真空中での関係式が物質中ではどう変更されるかを見てみよう。真空中でのニュートリノの質量固有状態と香りの固有状態の関係を

Ψmass(t) =

[ν1(t)ν2(t)

], Ψ(t) =

[να(t)νβ(t)

]Ψ(t) = UΨmass(t) (13.32)

とする。Uは (13.13)で与えられている。シュレーディンガー方程式はm2 > m1を仮定して

Ψmass(t) = H ′Ψmass(t) =

[E + m2

12E 0

0 E + m22

2E

]Ψmass(t) (13.33a)

Ψ(t) = HΨ(t) =

[Hee Heµ

Hµe Hµµ

]Ψ(t) (13.33b)

H = UH ′U† = E +m2

1 +m22

4E+

∆m2

4E

[−cos2θ sin2θsin2θ cos2θ

](13.33c)

ただし、∆m2 ≡ m22−m2

1 > 0 (13.33d)

で与えられる。これから、香りの状態を対角化する混合角 θは

tan2θ =2Heµ

Hµµ−Hee(13.34)

で与えられることが判る。 物質中では、νe,νµ共に物質と相互作用をするので、式 (13.33c)が変更される。中性カレント反応は、νe,νµへ同じ影響を与えるので、対角項すなわち質量を同じだけ変えるが、質量差は変えないので振動には影響を与えない。しかし、荷電カレント反応による弾性散乱 (νe+e→ νe+e)は νeにのみ有効であ

第 13章 ニュートリノ振動 10

り、従って振動に影響を与える。有限角散乱は物質による吸収を与えるが散乱断面積は小さいので無視できる。前方散乱は光の物質中における進行波と同じく、元の入射波と干渉して波長を変える。この効果は屈折率 nで表すことができる。

ν(t) = ν(0)ei(px−Et) ≈ ν(0)e−iL m22E物質中−−−−→ ν(0)ei(npx−Et) ≈ ν(0)e−iL{−(n−1)p+ m2

2E }

対角化−−−−→ ν(0)e−iL m22E

−p(n−1) = −2πne

p2 f (0) = ±√

2GFne

A≡±√

2GFne ≅±(

2.63×103ρ(gr/cm3)ZA

km

)−1

(13.35)

mは物質中での質量値、 f (0)は前方散乱振幅で、GF はフェルミ結合定数、ne = ρNAZ/Aは物質中の電子数密度、ρは物質密度、NAはアヴォガドロ数である。反ニュートリノの場合は負の符号を採用する。散乱は香りの固有状態で行われるので、ハミルトニアンの行列要素が

Hee → Hee+δm+A, Hµµ → Hµµ+δm (13.36)

と変わる。δmは、νe,νµに共通のエネルギー変化を表す。neを定数とみなせば、物質解は真空解と同じようにして求められる。物質中の変数を˜を付けて表すことにすると

E +m2

2E= E +

m21 +m2

2

4E+δm+

A2± 1

2

√(∆m2

2Ecos2θ−A

)2

+(

∆m2

2Esin2θ

)2

(13.37a)

tan2θ =2Heµ

Hµµ− Hee=

∆m2

2Esin2θ

∆m2

2Ecos2θ−A

(13.37b)

この表式はたとえ真空中での混合角 θが小さくても、物質中の混合角 θは大きくなり得ることを示している。分母がゼロになる所

∆m2(eV)2cos2θ = 2AE = 1.50×10−7(

EMeV

)(ρ

gr/cm3

)(13.38)

付近で、π/4となり最大混合が生じ得る。太陽内の密度≤ 100gr/cm3,E ≤ 10MeVを考慮すると、∆m2の有感領域は

10−11 < ∆m2(eV)2 < 10−4 (13.39)

と真空振動だけの場合に比べて大いに広がる。 太陽中での電子数密度は次式で近似できる。

ne = nece−x/R0 nec≅ 98.6NA/cm3; NAはアヴォガドロ数 (13.40a)

R0 ≅ R⊙/10≅ 7×104km R⊙は太陽半径 (13.40b)

図 13.8は、太陽の中でニュートリノ質量 (13.37)が電子密度の関数としてどう変わるかを定性的に描いたものである。破線が、混合が存在しないとき (∆m2sin2θ = 0)の解で、真空中 (ne = 0)ではm(νe) = m1 <

m2 = m(νµ)であるが、十分密度が高ければm(νe) > m(nµ)となり、レベル交叉が生じる。混合があるときは、物質内の固有解 ν1, ν2は、νe,νµの混合状態であり、図の実線で表されて交わることはない。

第 13章 ニュートリノ振動 11

図 13.8:太陽内のニュートリノ質量を密度の関数として表す。

二つの曲線が最も近くなるのは、共鳴条件 (13.38)が充たされるときである。断熱近似: 場所による密度変化が十分緩やかであるとすれば、断熱近似が成立する。断熱解は neを定数として見なした解に密度の時間変化を入れることにより得られ、図 (13.8)の電子密度-質量の関係がそのまま成立する。太陽中心の電子密度が十分高ければ、生成された νeは、図 (13.8)の上の曲線上 (固有解 ν2)にある。νeが太陽の外に向かって進むにつれ密度が減少するが、混合が生じていれば曲線は交叉しないから、外に出たときは νµになっている。これをMSW(Mikheyev-Smirnov-Wolfenstein)効果という。 共鳴混合が起きるためには、共鳴を起こす電子密度 (ner)が太陽中心密度 (nec≅ 100NA/cm3)より小

さくなければならない。(13.38)を使えば、

∆m2(eV)2cos2θ < 1.50×10−4(

E10MeV

)(13.41)

 断熱条件が成立するのは、密度変化によるエネルギー変化が固有解のエネルギー差 ∆Eに比べて小さいときである。言い換えればエネルギー変化が ∆Eに到達する迄に要する距離 Lρ が、振動波長 (λm ≡λ/2π = 2E/∆m2)に比べ十分長い時である。密度変化に伴うエネルギー変化は (13.36)より δE =

√2GFδne

であるから

√2GF

dne

dxLρ = ∆E =

∆m2

2E∴ Lρ =

∆m2

2E√

2GFdne

dx

(13.42)

エネルギーレベル差の最も小さくなる共鳴点での条件が一番厳しい。共鳴点では

∆m2 = ∆m2sin2θ, A =√

2GFne =∆m2

2Ecos2θ (13.43)

であるので断熱条件は

γm =Lρ

λm=

(∆m2)2

4√

2GFE2dne

dx

共鳴−−−−−−→ ∆m2sin22θ

2Ecos2θd logne

dx

>> 1 (13.44)

(13.40)を使えば (∆m2

eV2

)sin2θ tan2θ >> 5×10−8

(E

10MeV

)(13.45)

となる。

第 13章 ニュートリノ振動 12

図 13.9:物質振動解による生き残り確率 (hep-ph0202058)。

 図 13.9にニュートリノ生き残り確率を、tan2 θ−∆m2/2E平面に描く。線についている数字は生き残り確率である。物質振動効果で確率が小さくなる領域は3角形の形をしており、MSW三角形と呼ばれる。物質振動効果がなければ、消滅確率は tan2 θ = 1を境に左右対称であるが、物質振動効果は tan2θ < 1

の領域でのみ大きい ((13.37b)参照)。この三角形の3辺は次の条件を充たすところである。  (1) 上辺:共鳴混合が起こる条件 (13.41)で、混合が比較的小さいところ (cos2θ ≅ 1)

  (2) 下辺:断熱近似条件が崩れるところ (密度変化が激しく、振動波長よりずっと短い距離で共鳴混合が生じる)。すなわち、式 (13.44)の γm. 1になるところ。

(∆m2

eV2

)sin2θ tan2θ ≅ 5×10−8

(E

10MeV

)(13.46)

  (3) 右辺:sin2θ ≅ 1。  θ > π/4では共鳴混合が起こらない (式 13.37b)。 太陽ニュートリノは、太陽内での物質振動、太陽から地球表面までの真空振動、地球表面から検出器までの地球物質振動の重ね合わせである。地球物質振動は振動を一部元に戻す効果があるが、日夜の時間変動を観測することにより分離できる。スーパーカミオカンデ検出器は日夜変化とエネルギースペクトルをも測定し、他のデータと組合わせて通称 LMA(Large Mixing Angle)解に絞り込んだ (図 13.11)。さらに KAMLAND が原子炉からのニュートリノ*5) よる振動効果を検出して LMA 解が確定した。結局太陽ニュートリノ観測から得られたデータはまとめると

θ⊙ = 32.5◦+2.4−2.3

∆m2⊙ = 7.1+1.2

−0.6×10−5eV2(13.47)

13.7 3世代混合

 ニュートリノは3種あるので本来は3世代混合として解析しなければならない。

νe

νµ

ντ

=

c12c13 s12c13 s13e−iδ

−s12c23−c12s23s13eiδ c12c23−s12s23s13eiδ s23c13

s12s23−c12c23s13eiδ −c12s23−s12c23s13eiδ c23c13

ν1

ν2

ν3

(13.48)

しかし、大気ニュートリノ振動と太陽ニュートリノ振動を比べると、質量差

∆m2atm≅ 2×10−3eV2 ≫ ∆m2

⊙ ≅ 7×10−5eV2 (13.49)* 5) 原子炉から発生するニュートリノは νeであるが、CPTを仮定すれば消滅確率は νeと等しい。

第 13章 ニュートリノ振動 13

従って振動波長に大きな差がある。この結果、地上における振動実験では ∆m2⊙L/Eは無視して良く、太

陽ニュートリノ実験では ∆m2atmL/E >> 1であるので振動が平均化される。さらに CHOOZの原子炉実

験から、νe → νµ,ντは非常に小さいことが言えるので (sinθ13 ≅ 0)、各振動チャネルが分離され、現時点での実験精度では、2世代混合解析の結果をそのまま適用して差し支えない*6) 。まとめると

θatm = θ23 ≅ π4

∆m2atm = |∆m2

23| ≅ |∆m213| ≅ 2×10−3eV2

θ⊙ = θ12 = 32.5◦+2.4−2.3

∆m2⊙ = |∆m2

12| = 7.1+1.2−0.6×10−5eV2

|s13| < 0.18

UMNS≅

c12 s12 s13e−iδ

− s12√2

c12√2

1√2

s12√2

− c12√2

1√2

(13.50)

δは CPの破れを表す項である*7) 。ニュートリノ質量の推定: ニュートリノ振動は質量の自乗差を測るので、絶対値は判らないが、m1 <<

m2 << m3を仮定すれば、m3 ≅√

|∆m223| ∼ 0.05eV, m2 ≅

√|∆m2

21| ∼ 0.008eV, m1は不明となる (図 13.10

左図)。これを正常階層 (normal hierarchy)と言うが、これまでの実験精度では ∆m2の絶対値しか判らないので、m3 << m1,m2であってもデータの解釈は同じ結論を出す。これを逆階層 (inverted hierarchy)と

図 13.10:ニュートリノ質量レベル:左が正常階層、右が逆階層。 このほかに縮退 (m1 ≅ m2 ≅ m3 >>√|∆m2|)の可能性がある。

いう (図 13.10右図)。さらに質量が縮退 (m1 ≅ m2 ≅ m3 >> |∆mjk|)ている可能性もあり、この場合は表13.1の宇宙論の制限を使えば

mj ≤0.42

3= 0.14eV (13.51)

程度となり、大気ニュートリノデータから得られる0.05 eVのほんの少し大きいだけである。なお、(13.50)

から混合行列のおおよその値が判るので、図 (13.10)には、各ニュートリノの香りの成分比を色分けしてある。∆m2の符号やCP非保存効果を見るには、より精度の良い実験を行わなければならない (付録 K

参照)。

* 6) 詳しくは付録 K 参照* 7) マヨラナニュートリノの場合は、CPを破る位相が更に二つ付け加わるが、振動実験には寄与しない。

第 13章 ニュートリノ振動 14

図 13.11:最近のニュートリノ振動実験データのまとめ (PDG: Phys. Lett592(2004))。CHOOZ(∆m2 ∼ 10−3

の赤線)より上は、LSNDおよび SuperK以外は全て除外領域。LSNDは検証実験進行中。SuperK90(青色領域)は大気ニュートリノ振動確定データ。CHOOZより下は、KAMLAND 以外は、太陽ニュートリノ振動許容領域で、全てを統合すると、∆m2 ≅ 10−4付近の LMA95%(赤い領域)と KamLand(緑の領域、原子炉実験)の重複部分が太陽ニュートリノ振動解となる。