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■糖尿病患者の心理的負担 糖尿病には、1型糖尿病と2型糖尿病 という異なるタイプがあり、生活習慣 病としてよく知られる糖尿病は2型糖 尿病で、糖尿病患者の9割以上を占め る。一方、1型糖尿病は生活習慣とは 別の要因で発症し、初期からインスリ ン注射を続ける必要がある点と、小児 期や思春期を含む若年期に発症するこ とが多い点で、2型糖尿病とは異なっ ている。いずれのタイプの糖尿病も、 日常生活の中で病気に対する療養を続 けなければならない点で、多かれ少な かれ患者の生活や人生の負担となり得 る。このため、医療者側の役割は、糖 尿病の状態を良好に保つと同時に、患 者がうまく糖尿病と付き合っていける ようにサポートすることと考えられて いる。しかし、糖尿病から生じる負担 とは、どのような内容でどのような理 由で生じてくるのか、まだ十分には調 べられていない。効果的なサポートを 目指すには、まず、糖尿病患者の心理 的負担の状況をきちんと把握すること が必要で、そのための研究成果が求め られている。 一方、文化・社会心理学の研究から、 日本人が周囲の人々との協調性を重要 視していることが明らかになってきた。 この協調性は、糖尿病の療養を行う際 の負担に影響している可能性が考えら れる。そこで我々は、日本人の糖尿病 患者の心理的負担について、協調性と いう観点から詳しく検討することにし た。 ■ 2 型糖尿病の研究からわかった こと 2型糖尿病患者では、協調性が高い ほど糖尿病関連の心理的負担感が高く なっていた。この心理的負担感の内容 を調べると、「糖尿病のある人生に抱く 負担感」「糖尿病のある生活から生じる 負担感」「治療に対する負担感」の3種 類に大きく分類できることがわかった。 これらのうち、協調性と関連があった のは「糖尿病のある人生に抱く負担感」 と「糖尿病のある生活から生じる負担 感」で、「治療に対する負担感」には関 連がみられなかった。また、自分に対 する自信(自尊心)の高い患者の場合、 「糖尿病のある人生に抱く負担感」が軽 減する傾向があった。さらに、身近な 人から受けている心理的なサポートが 高いほど、負担感が軽減しており、こ れは3種類の負担感すべてに共通して いた。 アメリカ人の2型糖尿病患者に同様 の調査を行ったところ、アメリカ人に おいても協調性が高い人の場合には、 糖尿病関連の負担感が高くなる可能性 が示唆されたが、身近な人からの心理 的サポートは、日本人患者ほど効果を 及ぼしていなかった。 これらの結果から、日本人糖尿病患 者の心理的負担には、患者自身が協調 性を重視する程度や身近な人からの心 理サポートの程度が関連しており、医 療者の対応において考慮されるべき側 面と考えられた。 ■1 型糖尿病の研究の計画 1型糖尿病患者 の治療や療養には 2型の患者と共通 する部分と異なる 部分があるため、 糖尿病から生じる 心理的負担にも2 型患者と共通する ものと異なるもの があると推測され る。前述の我々の 研究からわかった ことは、1型糖尿 病患者にも応用可 能であるが、一方で、1型糖尿病患者 特有の問題も検討が必要である。1型 糖尿病は、比較的若年で診断されるこ とが多く、診断初期からインスリンの 頻回注射を必要とすることが多いとい う点から、特に診断時の心理的負担に 着目した。癌などの病気では、診断時 にそれをどのように患者さんに説明す べきかという点についての検討が進ん でいるが、糖尿病ではまだ不十分であ る。そこで我々は、日本人1型糖尿病 患者を対象として、診断を受けた時の 状況やその際に感じたことなどを詳し く調べることで、患者が診断時に経験 することを理解し、共有するための研 究を進めている。現在、研究計画につ いて、京都大学の医の倫理委員会の審 査を受けているところである。 1 型糖尿病患者の療養に影響する心理的要因の検討 藤本新平 (高知大学医学部教授) 高知大学医学部附属病院(写真提供:ともに高知大学) 糖尿病の薬 55 研究プロジェクト

1型糖尿病患者の療養に影響する心理的要因の検討kokoro.kyoto-u.ac.jp/jp/kokoronomirai/kokoro_vol11_55.pdf糖尿病患者の心理的負担 糖尿病には、1型糖尿病と2型糖尿病

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Page 1: 1型糖尿病患者の療養に影響する心理的要因の検討kokoro.kyoto-u.ac.jp/jp/kokoronomirai/kokoro_vol11_55.pdf糖尿病患者の心理的負担 糖尿病には、1型糖尿病と2型糖尿病

■糖尿病患者の心理的負担糖尿病には、1型糖尿病と2型糖尿病

という異なるタイプがあり、生活習慣病としてよく知られる糖尿病は2型糖尿病で、糖尿病患者の9割以上を占める。一方、1型糖尿病は生活習慣とは別の要因で発症し、初期からインスリン注射を続ける必要がある点と、小児期や思春期を含む若年期に発症することが多い点で、2型糖尿病とは異なっている。いずれのタイプの糖尿病も、日常生活の中で病気に対する療養を続けなければならない点で、多かれ少なかれ患者の生活や人生の負担となり得る。このため、医療者側の役割は、糖尿病の状態を良好に保つと同時に、患者がうまく糖尿病と付き合っていけるようにサポートすることと考えられている。しかし、糖尿病から生じる負担とは、どのような内容でどのような理由で生じてくるのか、まだ十分には調べられていない。効果的なサポートを目指すには、まず、糖尿病患者の心理的負担の状況をきちんと把握することが必要で、そのための研究成果が求められている。

一方、文化・社会心理学の研究から、日本人が周囲の人々との協調性を重要視していることが明らかになってきた。この協調性は、糖尿病の療養を行う際の負担に影響している可能性が考えられる。そこで我々は、日本人の糖尿病患者の心理的負担について、協調性という観点から詳しく検討することにした。

■2 型糖尿病の研究からわかったこと

2型糖尿病患者では、協調性が高いほど糖尿病関連の心理的負担感が高くなっていた。この心理的負担感の内容を調べると、「糖尿病のある人生に抱く負担感」「糖尿病のある生活から生じる

負担感」「治療に対する負担感」の3種類に大きく分類できることがわかった。これらのうち、協調性と関連があったのは「糖尿病のある人生に抱く負担感」と「糖尿病のある生活から生じる負担感」で、「治療に対する負担感」には関連がみられなかった。また、自分に対する自信(自尊心)の高い患者の場合、

「糖尿病のある人生に抱く負担感」が軽減する傾向があった。さらに、身近な人から受けている心理的なサポートが高いほど、負担感が軽減しており、これは3種類の負担感すべてに共通していた。

アメリカ人の2型糖尿病患者に同様の調査を行ったところ、アメリカ人においても協調性が高い人の場合には、糖尿病関連の負担感が高くなる可能性が示唆されたが、身近な人からの心理的サポートは、日本人患者ほど効果を及ぼしていなかった。

これらの結果から、日本人糖尿病患者の心理的負担には、患者自身が協調性を重視する程度や身近な人からの心理サポートの程度が関連しており、医療者の対応において考慮されるべき側面と考えられた。

■1 型糖尿病の研究の計画1型糖尿病患者

の治療や療養には2型の患者と共通する部分と異なる部分があるため、糖尿病から生じる心理的負担にも2型患者と共通するものと異なるものがあると推測される。前述の我々の研究からわかったことは、1型糖尿病患者にも応用可

能であるが、一方で、1型糖尿病患者特有の問題も検討が必要である。1型糖尿病は、比較的若年で診断されることが多く、診断初期からインスリンの頻回注射を必要とすることが多いという点から、特に診断時の心理的負担に着目した。癌などの病気では、診断時にそれをどのように患者さんに説明すべきかという点についての検討が進んでいるが、糖尿病ではまだ不十分である。そこで我々は、日本人1型糖尿病患者を対象として、診断を受けた時の状況やその際に感じたことなどを詳しく調べることで、患者が診断時に経験することを理解し、共有するための研究を進めている。現在、研究計画について、京都大学の医の倫理委員会の審査を受けているところである。

1型糖尿病患者の療養に影響する心理的要因の検討

藤本新平(高知大学医学部教授)

高知大学医学部附属病院(写真提供:ともに高知大学)

糖尿病の薬

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研究プロジェクト

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