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材料と全面代替戦略 ~NIMSにおける取り組みからその可能性を探る~ 72 経済産業省の希少元素代替プロジェクトの研究課題として東 北大学が中核研究機関となる「希土類磁石向けディスプロシ ウム使用量低減技術開発」が採択されている。また文部科学 省元素戦略プロジェクトにおいても次次世代の高性能磁石を 目指し日立金属が中核研究機関となって進める「低希土類元 素組成高性能異方性ナノコンポジット磁石の開発」が採択さ れた。本稿では何故、今、永久磁石材料の開発研究が必要な のか、さらにに何故 Dy 削減が必要なのか、そのためにはど のような研究が必要かを論説する。 1.はじめに 永久磁石材料の最も大きな用途は産業用モータである。 我が国でモータに使用されている電力量は全電力使用量の 53% と推定されており、高性能磁石の開発によりモータの 消費電力を1%改善するだけでその電力消費量の節減効果は 小規模の原子力発電プラント1基分に相当すると言われてい 1) 。これは磁石材料の特性改善のインパクトの一例である。 また京都議定書の発効により各自動車メーカーは車体の軽量 化による燃費向上と二酸化炭素排出低減を目指している。ま た現在の自動車一台で 25 - 30 個のモータが使われており、 永久磁石を高性能化すると自動車の軽量化へのインパクトも 大きい。さらに対環境用自動車の動向としてはハイブリッド カー、将来は電気自動車に移行していくと予測されるが、そ のためには 200℃の温度域で使用できるモータ用の永久磁 石が必用であるが、Nd 2 Fe 14 B 系焼結磁石の耐熱性は不十分 で、後述するように現状ではNdをDyで置換することにより、 かろうじて 200℃の温度域で使用できる磁石としている。 磁石特性は図1に示されるように減磁曲線の磁束密度 B と保磁力 H の積 B H の最大の値、(BH max で表される。従っ て、優れた特性の磁石材料を創製するためには磁束密度の高 い材料で高い保磁力を実現しなければならない。磁束密度は 磁性材料に特有の値であるが、保磁力は微細構造によって大 きく変化する。(BH max を高めるためには磁化容易軸を一方 向に配向させることが必要である。工業的に用いられている 磁石材料には焼結磁石とボンド磁石に大別されるが、前者は 磁場中プレスにより Nd 2 Fe 14 B 磁石化合物の 5 μm 程度の結 晶粒の結晶磁化容易軸(c- 軸)を一方向に配向させた異方 性磁石であり、磁石材料中、最高の特性が得られる。後者は Nd 2 Fe 14 B などの磁石化合物相のナノ結晶がランダムに配向 した原料粉を液体急冷による作製し、それを樹脂によって固 めた磁石で磁気的に等方性の磁石であり、特性は焼結磁石の 半分程度であるが、安価な磁石として工業的に広く使われて いる。 永久磁石材料の特性として広く使われている最大エネル ギー積の年次変化が図2に示されている 3) 。磁石材料のエネ ルギー積は歴史的にはぼほ 20 年ごとに新たな材料が見いだ され、そのたびに大きく上昇してきたと言われているが、こ の 10 年間エネルギー積の上昇速度が飽和に達しつつある。 現在、高性能磁石として市場を席巻している Nd-Fe-B 系磁石 はいまから 20 年以上前に佐川らにより発明されたが 4) 、そ れ以降 Nd 2 Fe 14 B 化合物を超える磁石材料は見いだされてい ない。量産されている Nd-Fe-B 系焼結磁石のエネルギー積 (BH) max は 1990 年頃 320 kJ/m 3 (41 MGOe)程度であった が、焼結プロセスの改良により実験室レベルでは 440 kJ/m 3 (55MGOe)を超えるエネルギー積が実現されている 5) 。こ の値は Nd 2 Fe 14 B 相の飽和磁化 I s から I s 2 /4μ 0 で見積もられ る(BH) max の理論限界 512 kJ/m 3 (64 MGOe)に肉薄する 値であり、Nd-Fe-B 系焼結磁石が如何に完成度の高い工業材 料であるかが理解できる。多くの産業分野で磁石材料の高特 性化が求められている現在、このような停滞状態にブレーク スルーをもたらし、磁石材料の特性をさらに向上させること 3)ナノ組織制御による磁気特性制御 ① 省希土類磁石材料 ~Dyフリー磁石の開発を目指して~ 宝野 和博 磁性材料センター、物質・材料研究機構 図1 磁化曲線と最大エネルギー積 図2 永久磁石のエネルギー積の年次変化 1)

3)ナノ組織制御による磁気特性制御 ① 省希土類磁石材料 …e-materials.net/outlook/elements/elements_cap/outlook...2003/04/03  · この研究を契機として、KnellerとHawigはソフト相と

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材料と全面代替戦略 ~NIMSにおける取り組みからその可能性を探る~72

経済産業省の希少元素代替プロジェクトの研究課題として東北大学が中核研究機関となる「希土類磁石向けディスプロシウム使用量低減技術開発」が採択されている。また文部科学省元素戦略プロジェクトにおいても次次世代の高性能磁石を目指し日立金属が中核研究機関となって進める「低希土類元素組成高性能異方性ナノコンポジット磁石の開発」が採択された。本稿では何故、今、永久磁石材料の開発研究が必要なのか、さらにに何故 Dy 削減が必要なのか、そのためにはどのような研究が必要かを論説する。

1.はじめに 永久磁石材料の最も大きな用途は産業用モータである。我が国でモータに使用されている電力量は全電力使用量の53% と推定されており、高性能磁石の開発によりモータの消費電力を1%改善するだけでその電力消費量の節減効果は小規模の原子力発電プラント1基分に相当すると言われている1)。これは磁石材料の特性改善のインパクトの一例である。また京都議定書の発効により各自動車メーカーは車体の軽量化による燃費向上と二酸化炭素排出低減を目指している。また現在の自動車一台で 25 - 30 個のモータが使われており、永久磁石を高性能化すると自動車の軽量化へのインパクトも大きい。さらに対環境用自動車の動向としてはハイブリッドカー、将来は電気自動車に移行していくと予測されるが、そのためには 200℃の温度域で使用できるモータ用の永久磁石が必用であるが、Nd2Fe14B 系焼結磁石の耐熱性は不十分で、後述するように現状ではNdをDyで置換することにより、かろうじて 200℃の温度域で使用できる磁石としている。 磁石特性は図1に示されるように減磁曲線の磁束密度Bと保磁力H の積B •H の最大の値、(BH)max で表される。従って、優れた特性の磁石材料を創製するためには磁束密度の高

い材料で高い保磁力を実現しなければならない。磁束密度は磁性材料に特有の値であるが、保磁力は微細構造によって大きく変化する。(BH)max を高めるためには磁化容易軸を一方向に配向させることが必要である。工業的に用いられている磁石材料には焼結磁石とボンド磁石に大別されるが、前者は磁場中プレスにより Nd2Fe14B 磁石化合物の 5 μm程度の結晶粒の結晶磁化容易軸(c- 軸)を一方向に配向させた異方性磁石であり、磁石材料中、最高の特性が得られる。後者はNd2Fe14B などの磁石化合物相のナノ結晶がランダムに配向した原料粉を液体急冷による作製し、それを樹脂によって固めた磁石で磁気的に等方性の磁石であり、特性は焼結磁石の半分程度であるが、安価な磁石として工業的に広く使われている。 永久磁石材料の特性として広く使われている最大エネルギー積の年次変化が図2に示されている 3)。磁石材料のエネルギー積は歴史的にはぼほ 20 年ごとに新たな材料が見いだされ、そのたびに大きく上昇してきたと言われているが、この 10 年間エネルギー積の上昇速度が飽和に達しつつある。現在、高性能磁石として市場を席巻しているNd-Fe-B 系磁石はいまから 20 年以上前に佐川らにより発明されたが 4)、それ以降 Nd2Fe14B 化合物を超える磁石材料は見いだされていない。量産されている Nd-Fe-B 系焼結磁石のエネルギー積(BH)max は 1990 年頃 320 kJ/m3 (41 MGOe)程度であったが、焼結プロセスの改良により実験室レベルでは 440 kJ/m3 (55MGOe)を超えるエネルギー積が実現されている 5)。この値は Nd2Fe14B 相の飽和磁化 Is から Is2/4μ0 で見積もられる(BH)max の理論限界 512 kJ/m3 (64 MGOe)に肉薄する値であり、Nd-Fe-B 系焼結磁石が如何に完成度の高い工業材料であるかが理解できる。多くの産業分野で磁石材料の高特性化が求められている現在、このような停滞状態にブレークスルーをもたらし、磁石材料の特性をさらに向上させること

3)ナノ組織制御による磁気特性制御① 省希土類磁石材料 ~Dyフリー磁石の開発を目指して~

宝野 和博 磁性材料センター、物質・材料研究機構

図1 磁化曲線と最大エネルギー積

図2 永久磁石のエネルギー積の年次変化 1)

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73第3章 全面代替に向けた材料戦略

が望まれている。 そのためには2つのアプローチがある。一つは Nd2Fe14Bを凌駕する全く新しい強磁性化合物を見いだすことであるが、そのための有望な指針は示されていない。指導原理なしに組成探索をおこなっても成功する可能性は極めて小さく、計算科学的な手法で結晶磁気異方性高く、飽和磁束密度が高い化合物を予測すること以外に新物質探索の方法はない。Nd2Fe14B の飽和磁化は 1.61 T という、他の強磁性材料と比べても非常に高い値であり、この値よりも高い飽和磁化を持つ高い結晶磁気異方性物質の探索は容易ではない。仮にNd2Fe14B よりも高い飽和磁束密度を持つ高い結晶磁気異方性を持つ新たな化合物が見つけられても、磁石はバルク材料として使われるので、原料コストが高いと自動車業界を大口の顧客とする市場に全く受け入れられない「物質」に留まってしまうであろう。このコストの制約が磁石研究の自由度を著しく制限しているのが現状である。これが理由で、ハイブリッド自動車や電気自動車の駆動部分への応用としては、Nd-Fe-B 系磁石以外は考慮されていない。 第2のアプローチはナノ組織制御である。Nd2Fe14B の飽和磁化は 1.61 T であるので、(BH)max の理論限界は 512 kJ/m3 である。先に述べたように、現状の焼結磁石のトップデータはこの値の 86% に達しており、それを改善させたところで高々 10% 程度の特性改善にしか至らない。この理論限界を凌駕するには Nd2Fe14B とそれよりも飽和磁化の高いFeCo などのソフト相をナノコンポジット化し、ソフト相とハード相を強い交換相互作用により磁気的に結合させたナノコンポジット磁石を開発する以外に方法はない。

2.等方性ナノコンポジット磁石 ナノコンポジット磁石は液体急冷法により製造される等方性磁石開発の過程で見いだされた概念である。佐川による Nd2Fe14B 焼結磁石開発と同時期に Croat らはボンド磁石材料として液体急冷法による Nd2Fe14B 等方性磁石薄帯を開

発した 7)。Nd13.5Fe81.7B4.8 という Nd2Fe14B 相の化学量論組成(Nd11.8Fe82.3B5.9)よりも Nd 濃度が高く B濃度の低い組成の合金を適当な冷却速度で液体急冷すると、Nd2Fe14B の単磁区粒子サイズ50 nmよりも若干小さい結晶粒とNdリッチな粒界相から構成されるナノ結晶組織が得られ、それが1190 kA/m (15 kOe)もの高い保磁力を示す。結晶粒が単磁区粒サイズよりも小さいために、大きな保磁力が得られるのが特徴であるが、等方性であるために残留磁束密度が低く減磁極線の角形性が劣るのでエネルギー積は 111 kJ/m3

(14 MGOe)程度の値であった。その後、Coehoorn らは液体急冷により完全にアモルファス化された Nd4.5Fe77B18.5組成の合金を結晶化させることにより結晶粒径が約 30 nm の Fe3B/Nd2Fe14B 2相ナノ結晶組織を実現し、これらが Hc=280 kA/m (3.6 kOe), (BH)max=95 kJ/m3 の 磁 気 特性を示すことを報告した 8)。この合金の特徴は Nd 濃度がNd2Fe14B の化学両論組成 11.8 at.% の半分以下のわずか 4.5 at.% で、ハード相の体積分率がわずか 15% 程度であるにも拘わらず、比較的良好な磁石特性を示すことで、残留磁化と飽和磁化の比Mr/Ms が完全に等方的な微細構造から理論的に予測される 0.5 をよりも高い 0.7-0.8 程度の値の高い残留磁化が得られることが特徴で、これは粒子間の交換相互作用による残留磁化促進効果(remanence enhancement)と呼ばれている。 この研究を契機として、Kneller と Hawig はソフト相とハード相の交換結合によって得られる磁気特性を1次元モデルで検討し、ソフト相とハード相の厚さが 5 nm 程度の値で交換結合磁石の特性が最適化されることを示している 9)。その後、マイクロマグネティクスによる計算により等方性 α-Fe/Nd2Fe14B, Fe3B/Nd2Fe14B の磁気特性と微細構造のシュミレーションが行われた 10)。その結果、強い交換結合を得るためには界面の面積を増加させるために結晶粒径を下げる必要があるものの、ある程度以下の結晶粒になると結晶磁気異方性の平均化の効果のために保磁力が減少してしまうことが示された。α-Fe/Nd2Fe14B ナノコンポジッ

図3 液体急冷後最適化熱処理が施された(a) Nd8Fe87B5 ならびに(b) Nd8Fe85B5Zr2 合金から得られたα-Fe/Nd2Fe14B ナノコンポジット磁石の TEM像。(c) Nd8Fe87-xB5Zrx (x=0,1,2,3,5)の減磁曲線 (Wu et al. JAP 91 (2002), 8174).

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材料と全面代替戦略 ~NIMSにおける取り組みからその可能性を探る~74

ト磁石の一例として図3に液体急冷後最適化熱処理が施された(a) Nd8Fe87B5 ならびに(b) Nd8Fe85B5Zr2 合金から得られた α-Fe/Nd2Fe14B ナノコンポジット磁石の微細組織と(c) Nd8Fe87-xB5Zrx (x=0,1,2,3,5)の減磁曲線を示す 11)。(a)のNd8Fe87B5 合金では液体急冷直後に α-Fe と Nd2Fe14B のナノコンポジット組織がすでに形成されており、この条件で最適磁気特性Hc=356 kJ/m3, (BH)max=145 kJ/m3 がえられた。Zr を 2%Fe と置換することによりガラス形成能が改善され、液体急冷直後でアモルファス相中に Nd2Fe14B ナノ結晶が分散した組織となる。特性を最適化するために 770℃ 3 min熱処理したときに得られた組織が図 2 (b)であり、この組織は三元合金とは大きく異なり、α-Fe 相も Nd2Fe14B 相もほぼ同じ等軸状の組織となっている。Zr の Fe 置換により保磁力は 492 kA/m に増加し、(BH)max は Zr の鉄置換による磁化の減少により131 kJ/m3と、3元合金よりも低い値となる。いずれの合金でもMr/Ms=0.76 であり、残留磁化促進効果が観察されている。このようにナノコンポジット磁石は組織を制御することにより保磁力、エネルギー積を制御することができる。このようなナノコンポジット磁石は従来ボンド磁石用材料として使われてきたNdリッチ組成のMQ粉よりもはるかに希土類濃度が低いために安価で耐食性にも優れていることから、中特性のボンド磁石用原料粉として商品化されている 12)。このことから優れた省希少金属材料ではあるが、等方性という特徴から、現状のナノコンポジット磁石は焼結磁石の特性を超えることはできない。

3.異方性ナノコンポジット磁石の試み

 ナノコンポジット磁石でも結晶磁化容易軸を一方向に制御した異方性磁石をつくることができれば、現状の焼結磁石を上回る特性が得られる筈である。実際 Skomski らはSm2Fe17N3/Fe65Co35 異方性多層膜で得られる(BH)max の上限が 1090 kJ/m3 となると理論的に予測している 13)。この

ような予測により soft/hard 多層膜で高い(BH)max を実現しようとする実験研究が数多く行われた。しかしながら、ピニングサイトのないハード相の連続膜にソフト相を成膜すると急激に保磁力が落ちてしまい、多層膜で高い(BH)max を実現した例が無かった。ソフト相とハード相の交換結合積層膜ではソフト相の影響で保磁力が著しく減少してしまうために、何らかの方法でピニングサイトを導入しなければ高い磁石特性を得ることが難しいが、我々は最近強い面内異方性を持つ SmCo5/Fe 交換結合多層膜で単相磁石の理論限界を超える(BH)max を実現した 14)。 図4はスパッタ法で成膜した Cr/[Cu(0.5nm)/a-SmCo6(9 nm)/Cu(0.5nm)/Fe(5 nm)/]6/Cr 多層膜とそれを熱処理後に形成された Cr/[/Sm(Co,Cu)5/FeCo]6 多層膜の断面 TEM像である。成膜直後 SmCo6 相はアモルファス状態であり、それを熱処理することにより Co 過剰のアモルファス SmCo6相が CaCu5 型 hcp 構造を持つ SmCo5 相に結晶化する。このとき、a-SmCo6 と Fe 層に挟んだ 0.5 nm の Cu 層の Cu がSmCo5 相の Co と置換して Sm(Co,Cu)5 相となる。a-SmCo6相の過剰 Co は Fe 層に拡散し、Fe 層が FeCo 合金相となる。

   図4 スパッタ法で成膜した Cr/[Cu(0.5nm)/a-SmCo6(9 nm)/Cu(0.5nm)/Fe(5 nm)/]6/Cr 多層膜とそれを熱処理後に形成された      Cr/[/Sm(Co,Cu)5/FeCo]6 多層膜の断面 TEM像 (courtesy of J. Zhang)

図5 Cr/[/Sm(Co,Cu)5/FeCo]6 多層膜から測定された面内ならびに面直方向の磁化曲線(J. Zhang et al., APL 86, 122509 (2005)).

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75第3章 全面代替に向けた材料戦略

その結果、[Sm(Co,Cu)5/FeCo]6 多層膜となる。Kneller らの1次元モデルでは交換結合のソフト相の臨界厚さは tcs=2π

(As/2Kk)1/2 とされており 9)、ソフト相の交換エネルギーAsとハード相の結晶磁気異方性定数Kk から tcs ~ 5.4 nm と見積もられる。この多層膜の FeCo 相の厚さは約 5 nm であるので、ソフト・ハード層は強固に交換結合していると予測される。図5はこの多層膜から測定された磁化曲線である。X線回折の結果から Sm(Co,Cu)5 相の容易軸は面内配向していることが確認されているが、それから予測されるように、この多層膜は強い面内磁気異方性を示し、面内でHc=575 kA/m (7.24 kOe), (BH)max=254 kJ/m3 (32 MGOe)という高い(BH)max が実現された。SmCo5 単相磁石の(BH)maxの理論限界はIs2/4μ0 から 229 kJ/m3 (28.8 MGOe)であり、その理論限界値を超える値である。さらに SmCo5, Sm(Co,Fe,Co,Cu)7 焼結磁石の(BH)max が 159 - 222 kJ/m3 (20 - 28 MGOe)の値であるので、高特性の焼結磁石の(BH)maxをも上回る特性が実現できたことになる。この結果はナノコンポジット磁石により単相磁石の理論限界を超える磁石を実証した初めての例である。 この結果から、SmCo5 よりも飽和磁化の高い Nd2Fe14Bを用いて Fe との異方性ナノコンポジット磁石を実現することができれば、Nd2Fe14B の理論限界である 512 kJ/m3 (64 MGOe)を超える高性能磁石を開発できる可能性があると言える。もちろん、理想的な異方性交換結合ナノ構造を工業的に実現するためには多くの技術的困難を克服して行かなければならないが、Nd2Fe14B という現行で最高の磁石化合物のナノ構造を制御することができれば、さらに高特性の磁石を実現できる可能性がある。ただし、Nd2Fe14B 相にピニングサイトを導入することは困難であるので、保磁力を減少させずに飽和磁化をソフト相で向上させるためのナノ組織制御法を考案する必要がある。 今回、文部科学省元素戦略プロジェクトの研究課題として日立金属が中核研究機関となり提案された研究内容は Fe とNd2Fe14B の異方性ナノコンポジットを開発使用とするプロジェクトで、Nd2Fe14B 化合物を用いて現状の壁を越えるためには、この挑戦的なアプローチ以外にない。酸化されやすい Nd2Fe14B を従来手法で微細化するのは限界があり、プロジェクトでは吸水素脱水素処理を用いた手法で異方性ナノ結晶 Nd2Fe14B 粉末を作製し、それと Fe のナノ粒子を複合化する提案となっている。プロジェクト期間内に即実用化に到達することを目指しておらず、プロジェクト終了時点で将来ナノコンポジット磁石により実用磁石材料を工業的に生産できるかどうかを見極めるところまでを目標としている。次に述べる Dy フリー焼結磁石プロジェクトは次世代磁石の実用化プロジェクトであるが、文科省の「元素戦略」として取り組むこのプロジェクトは次次世代の完全 Dy フリー、省希土類元素を目指したチャレンジングな基礎研究テーマである。

4.Dy フリー高保磁力焼結磁石開発

 近年、ハイブリッドカーのモータ用磁石の需要が伸びている。この用途では使用中に磁石の温度が 200℃程度にまで上昇するので、熱減磁を避けるために室温で 2,380 kA/m (30 kOe)程度の保磁力を有する磁石が必要となってきている。図 5は Nd2Fe14B 永久磁石の用途別エネルギー積、保磁力、合金基本組成を示した図である。電気自動車で用いるモータでは動作環境が 200℃以上になることから、室温で30 kOe もの高保磁力が必要とされる。現在市場に出荷されている Nd-Fe-B 焼結磁石では、保磁力上昇のために重希土類元素 Dy で Nd を置換して(Nd,Dy)2Fe14B 相として磁石化合物の結晶磁気異方性を高めている。ところが、Dy は Fe, Nd と反強磁性的結合をする性質を持っているために、その添加によって化合物の磁化が減少してしまうという重大な欠点がある。そのため電気自動車用磁石では Nd の 40% を Dyで置換して高保磁力を得てはいるものの、エネルギー積は小さくなる。さらに近年問題となっているのは Dy 自体の供給不安である。Dy はその埋蔵量が少なく、原産地が中国にほぼ限定されているため、Dy 含有量が Nd との自然産出比を超えた Dy 含有磁石をハイブリッド自動車や電気自動車用に大量に製造すると、近い将来 Dy の市場価格が高騰し、国内での電気自動車の生産が Dy の原料供給に左右されるようになる。Nd に対する Dy の自然存在比は 10%程度であり、Dy使用量を現在の半分以下に抑えつつ、室温での保磁力を 30 kOe とした Nd-Fe-B 系焼結磁石を開発していかなければならない。図6に見るように、Dy や Tb などの重希土類元素を加えない Nd2Fe14B 焼結磁石の保磁力は高々 790 kA/m (10 kOe)程度であり、完全孤立した単磁区粒子の整合回転から期待される理想的な保磁力の異方性磁界HA(~ 90 kOe)のわずか 11% 程度にしか達していない。これを例えば 40%に改善するだけでも飛躍的な磁石特性の向上が期待される。 焼結磁石の微細組織は図7の SEM-BSE 像でにグレーで観察される 5 μm程度の Nd2Fe14B 結晶粒と明るいコントラス

図6 Nd-Fe-B 系焼結磁石の特性、用途、組成(佐川による)

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材料と全面代替戦略 ~NIMSにおける取り組みからその可能性を探る~76

トで観察される Nd リッチ相から構成されている。Nd リッチ相は結晶粒界3重点で粒子として、さらに結晶粒界には薄い粒界相として存在している。この非磁性の Nd リッチ相が結晶粒を薄く囲んで個々の粒子間の磁気的な結合を弱めることによって保磁力を実現している。このような結晶結晶粒界に局所的に異方性の低い部分が存在すると、そこから低い反転磁場で逆磁区が核生成するために保磁力が小さくなる。そのようなウイークポイントを結晶粒界から完全に取り除き、異方性磁界まで逆磁区の核生成が押さえられると保磁力を高めることができる。このような結晶粒界で Nd リッチ相と Nd2Fe14B 相の界面で結晶磁気異方性が落ちないような粒界相を均一に形成させるような合金・熱処理設計が必要となる。Nd2Fe14B 化合物の結晶磁気異方性を高める Dy や Tbを Nd2Fe14B の Nd と置換すると飽和磁化が減少するが、このような重希土類元素置換を結晶粒界部分に止めることができれば、飽和磁化を大きく下げることなく、保磁力を増加させる事もできと期待される。Dy は Nd の 10% 程度は自然に存在するので、Dy を粒界に局在化させ、その使用量をNdの 10% 以下であれば資源的な問題はない。しかしながら、最大エネルギー積を上げるためには、完全 Dy フリーな Nd-Fe-B 系高保磁力磁石が開発されることが望ましい。 最近、加藤らは Cu を添加した焼結磁石を強磁場中で熱処理すると著しく保磁力が増加することを見いだした 17)。これは結晶粒界相がNd2Fe14B との c- 軸方向にそって完全に整合な界面を形成し、これが界面部分での保磁力の減少を防ぐとしている。このことから界面ナノ構造を制御することによって界面部分まで結晶磁気異方性の低下しない焼結磁石組織を実現することが可能だとしている。また保磁力は結晶粒界での核生成頻度に比例して減少するので、個々の結晶粒を微細化して核生成頻度を下げるというのも高保磁力焼結磁石の設計の指針となる。しかしながら、従来の焼結磁石ではストリップキャストした急冷片を窒素雰囲気中でジェットミル粉砕していたたために、結晶粒界を微細化しても保磁力がある臨界径以下で急激に失われるという現象が知られている。

これは粉体表面での酸化に原因があることが最近の我々の研究によって明らかとなってきており、よりクリーンな環境でジェットミル粉砕を行い、完全に制御した雰囲気のもとで粉砕→磁場中プレス→焼結というプロセスを行えば、Dy フリーで保磁力の高い焼結磁石を製造できる可能性がある。

5.まとめ 永久磁石材料は今後環境・エネルギー材料として極めて重要な材料であるにも拘わらず、近年の研究熱の衰退により技術革新から遠ざかっていた。現在市場を席巻している Nd-Fe-B 系磁石の開発という世紀の大発明が我が国でなされたにも拘わらず、近年は資源問題、製造コスト問題から製造拠点が中国に移りつつある分野である。産業上、特に今後の環境自動車製造上の重要性を考えると、我が国のお家芸であった磁石研究を安易に捨て去ることはできない。本稿で概観したような技術革新が実現すれば、資源問題をも解決できる永久磁石材料の開発の可能性がある。産業空洞化の最後の一線を守るためにも、今後「希少金属代替プロジェクト」「元素戦略プロジェクト」の重要な一分野として、低希土類・脱重希土類磁石の研究開発は活性化すべき分野である。

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図7 焼結磁石の SEM-BSE 像と TEM像

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15. S. Hirosawa, Trans. Magn. Sco. Japan, 4, 101 (2004).16. J. Zhang, Y. K. Takahashi, R. Gopalan, and K. Hono, Appl. Phys. Lett. 86, 122509 (2005).

17. H. Kato, T. Miyazaki, M. Sagawa, and K. Koyama, Appl. Phys. Lett. 84, 4230 (2004).

補足文部科学省「元素戦略プロジェクト」低希土類元素組成高性能異方性ナノコンポジット磁石の開発代表機関 日立金属 (株)

チームリーダー 広沢 哲参画機関名古屋工業大学、九州工業大学、(独)物質・材料研究機構従来の焼結磁石と同等以上の磁石特性を、ディスプロシウムなど重希土類元素を用いず、ネオジウムなど希土類元素使用量も低減した、低希土類元素組成で実現できる全く新しい磁石材料の開発を目指す。飽和磁束密度の高い軟磁性相と保磁力の高い硬質磁性相をコンポジット化した高性能異方性ナノコンポジット磁石を開発し、サブミクロンサイズ微結晶粒の磁化容易方向のそろった微結晶組織による異方性ナノコンポジット磁石を試作する。

経済産業省「希少金属代替材料開発プロジェクト」希少金属代替材料開発プロジェクトディスプロシウム希土類磁石向けディスプロシウム使用量低減技術開発・東北大学、山形大学、(独)物質・材料研究機構、(独)日本原子力研究開発機構、(株)三徳、インターメタリックス(株)、TDK(株)プロジェクトリーダー 杉本 諭(東北大)Nd-Fe-B 結晶粒の微細化・原料粉末最適化技術、界面ナノ構造制御技術(強磁場プロセス、薄膜プロセス、組織制御等)を開発する。また、界面ナノ構造や磁化過程の詳細な解析や計算科学により、高保磁力化のための指導原理を獲得する。本研究においては、自動車会社による評価によって得られた情報を製造プロセスへ還元し、更に高保磁力高性能な Nd-Fe-B 系焼結磁石の開発を目指す。