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特集:新型マツダアクセラ
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*1~4 電子開発部 Electrical & Electronics Development Dept.
マツダ技報 No.31(2013)
アクティブドライビングディスプレイの開発 Development of Active Driving Display
中島 英信*1 山本 圭一郎*2 中森 泰樹*3 Hidenobu Nakashima Keiichirou Yamamoto Yasuki Nakamori
大池 太郎*4 Taro Oike
要約
アクティブドライビングディスプレイは,車両の情報表示機器として新たに開発した製品である。ド
ライバ正面に虚像で表示するタイプで,より遠方上方に車両情報を表示するため,走行安全の確保に有
効な情報伝達手段となる。マツダでは,できるだけ多くのお客様にこの価値を提供したいと考え,新型
アクセラから比較的安価でコンパクトなコンバイナタイプを採用した。表示の大きさや色などについて
は,人間工学的な観点から見やすい設計を行い,安心して運転できるコクピットを実現した。
Summary Active Driving Display is a product newly developed as a vehicle information display device. With
the vehicle information displayed as virtual image further upward in front of the driver, Active
Driving Display serves as an effective means of providing a sense of security in driving. With the
hope of providing this value to as many customers as possible, this will be mounted on New Mazda3
in the form of a compact, low-cost combiner-type device. Specifications of the device, including the
display size and color, are designed from the viewpoint of human ergonomics engineering to realize
a reliable cockpit.
1. はじめに
ドライバは通常約 20m 先前方を注視しながら運転して
いる。その際にメータやナビゲーション情報に目を向け
ることはいずれも「わき見」という行為となる。このわ
き見による交通事故発生件数は警視庁統計によると,全
体の約 17%を占めていて,約 30%の安全不確認に次いで
2 番目に多い(平成 24 年度調べ)(1)。クルマの中でさま
ざまな情報を享受できる機能が増えてくる中で,マツダ
としてはこのわき見のリスクを最小限にする HMI
(Human Machine Interface)を再点検し,強化するべ
きとの考えに基づき,ヘッズアップコクピットというコ
ンセプトを構築している。その中ではドライバ正面には
走行系の情報に限って表示し,特に走行環境に応じて
「刻一刻と変化する,走るための情報」は前方注視時の
有効視野内にあるのが理想であるとした。視線移動時間
を最小限にするだけでなく,前方道路から表示へ目を移
す際の焦点調節負荷も軽減できるものとして,遠方に虚
像を表示するヘッドアップディスプレイという技術があ
る。他社ではプレミアムと呼ばれる車種で,しかもオプ
ション装備としてそれが設定されているが,普及してい
ない。マツダではできるだけ多くのお客様に提供できる
形で,この有効視野虚像表示デバイスを開発すべきと考
え,今回のアクティブドライビングディスプレイの開発
に着手した(Fig. 1)。
Fig. 1 Active Driving Display
2. 開発注力ポイント
虚像を表示する光学的な基本メカニズムを簡単に示す
とFig. 2 のようになる。
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マツダ技報 No.31(2013)
Fig. 2 Optical Basics
実像が焦点距離 f を持った凹面鏡から距離 S の位置に
ある場合,その像は以下の式で表される関係で,虚像は
S’の位置に見える。このとき虚像は S’/S の割合で実像が
拡大される。
1/f=1/S-1/S’
実際に車載ユニットでこの虚像表示デバイスを構成す
る場合は,実像が光源ディスプレイユニットとなる。そ
して,虚像は凹面鏡によってサイズが拡大されるととも
に,遠方に表示される。ドライバの目の焦点調節負荷を
最小限にするするために,できるだけ遠方にこの虚像を
表示することが望ましい。凹面鏡の曲率設計で拡大率を
決めて,ねらいの位置に表示することになるが,この拡
大率が大きいと像の「ひずみ」が大きくなる。したがっ
て,ひずみを抑えて同じ位置に表示するには,実像から
凹面鏡までの光学距離 S を長くすると同時に,できるだ
け光源の実像を大きくする必要がある。
前述したプレミアム車種が多く採用するヘッドアップ
ディスプレイは,フロントウインドシールド(以下
W/S)越しに虚像が映し出されるタイプである。その概
念図を Fig. 3 に示す。このタイプは目に対する W/S の位
置/傾きが決まっているため,インパネ上面から光を出
す位置がほぼ決定される。つまり凹面鏡は,ほぼ自由度
がなく配置せざるを得ず,上述のように光源までの距離
を長く取るため,平面鏡で一度光路を折り返す形が一般
的であり,それゆえにユニット全体はメータ裏の大部分
を占めるぐらいの大きさになる。そのため,空調ダクト
やインパネメンバ形状,ボデー形状にまで影響が及ぶ可
能性もある。また,W/S には像の2重映りを防止するた
めに中間膜を楔(くさび)形状に変更,そして W/S 形状
寸法の精度アップなどの作業も必要になる。
Fig. 3 Light Path of W/S Type
できるだけ多くのお客様に提供するためには,ユニッ
ト開発にかける「投資,部品コストを最小限」にし,一
度開発したユニットは「複数の車種に展開」できるよう
な設計をしなければならない。そのコンセプトを実現す
るために,ウインドウデザインに左右されずにユニット
開発できるコンバイナタイプを選択した。コンバイナタ
イプの構造イメージを Fig. 4 に示す。
Fig. 4 Light Path of Combiner Type
このタイプはメータフードの上部にパネルが立ち上が
るため,「煩わしさ」を生む可能性がある。また,表示
スペースが限られるため,多くの情報は一度には出せな
い。さらにドライバの体格違いによる目の位置ばらつき
の許容範囲も狭くなる。こういったところを克服するた
めの開発注力ポイントは,あくまでも人間中心に考えて
見やすく,分かりやすい表示を作る制御因子を見極めて
その仕様を決定するということである。次に,その各構
成部品の具体的な仕様について説明する。
3. 設計仕様
3.1 光路設計,および光源タイプの選択
従来からメータ裏は空調のダクトやワイヤハーネスの
幹線がパッケージされている。今回の新型アクセラでは
このユニットが置かれる部分だけ,ダクトの断面積を小
さくし,ワイヤハーネスも経路を迂回するなどの工夫を
して,Fig. 5 のようなスペースを確保した。そして,光
源から出た光を平面鏡で折り返してコンバイナにあてる
光路設計としている。この距離で像のひずみ度合いを検
証し,コンバイナによる拡大率は 4.8 倍とし,虚像表示
までの視距離は 1.5m とした。
Visual distance L1+S’ = 1500mm
Magnifying power m = S’/S = 4.8
Fig. 5 Actual Light Path of Active Driving Display
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マツダ技報 No.31(2013)
3.2 表示設計
ドライバの有効視野内での表示は,視線移動は楽にな
る反面で「煩わしさ」の懸念がある。そのため表示は必
要なコンテンツを必要なタイミングで,わかりやすくす
ることに注力した。
(1) 表示コンテンツとサイズ
表示するコンテンツは,コクピットでの表示機能を明
確に配分した結果,走行環境に応じて刻一刻と変化する
安全に走るための情報に限定した。具体的には,車速,
経路誘導(ターンバイターン),アクティブセーフティ
警告である。常に車速は表示し,それ以外は必要な時に
適切なサイズで表示をするようにした。文字サイズは基
本3パターンを用意し,情報種類とシーンに応じて Fig.
6 のように使い分ける。人間が見やすいとされる文字サイ
ズは ISO(2)にも記載されていて,推奨値が 20~22 分とな
っている。アクティブドライビングディスプレイの表示
では,常に数字が動いている車速はそれよりも大きいサ
イズで最小 24 分とし,車速のみで表示する場合は 42 分
まで大きくしわかりやすくした。オートクルーズの設定
車速値や経路誘導時の距離については 20 分,また単位は
記号として認識していて読み取るものではないので 12 分
までとしている。
この考え方で表示領域は必要最小限で画角は 1.34°×
2.68°あれば良いということになり,前述の光路設計に
おける拡大率から実像であるディスプレイは 7.7mm×
15.3mm のサイズが必要ということになる。
光源ディスプレイは,上記のようなマルチ表示をさせ
るためドットマトリクスタイプで解像度 128×64 の VFD
タイプを採用した。このタイプは TFT のようにバックラ
イトが必要のない自発光式のため,搭載スペースを大き
く取らないためユニット全体のコンパクト化に貢献する。
Vehicle Speed
Turn by Turn
Lane guidance
Active Safety
Fig. 6 Character
(2) 表示色と輝度
昼夜の外界色を背景とした表示となるので,あらゆる
シーンにおいて影響を受けにくい表示色の選定が必要と
なる。想定される背景色に対して,埋没しにくい表示色
としてブルーホワイトを選定した。
輝度については夜間に明るすぎず,昼間には晴天時や
雪道で視認しやすいレベルを実走行で確認しながら 5~
3300cd/m2と決定した(Fig. 7)。
Fig. 7 Color Study
3.3 コンバイナ設計
凹面鏡としての役割を持つコンバイナは,ドライバの
正面に立ち虚像表示を映し出すのと同時に,煩わしさの
低減のため表示の向こう側も見せるハーフミラーとなっ
ている。前述の表示コンテンツと色の選定で見やすくし
ているものの,前方視界要件からこのコンバイナ上端位
置の高さが制限されるため,特に背の高い人にとっては
コンバイナの裏側に道路だけでなく車体の一部が重なる
場合がある。したがって,今回はコンバイナの透過率を
50%としその煩わしさを最小限とした。ただし透明度合
いが少なくなると,コンバイナ本体が煩わしくなるので
視界要件よりも高さを極力低くして,さらに端面を3次
元加工してドライバへの光の反射を抑える工夫をしてい
る(Fig. 8)。
Fig. 8 Combiner Image
ドライバの背の高さによって表示高さを調節すること,
及び表示輝度の調節はセンタディスプレイのメニューに
ある設定画面で行うことができる。表示高さは実際には,
コンバイナ回転軸にギヤを介して接続したモータを駆動
してコンバイナの傾きを変えることで調節する。輝度は
後述する自動調光の ON/OFF,ON 時のレベル調整,
OFF 時の固定輝度レベルの調節ができる(Fig. 9)。
Daytime(Road surface color, Body color)
Evening
Nighttime
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マツダ技報 No.31(2013)
Fig. 9 Setting Screen for Active Driving Display
3.4 自動調光設計
自動調光仕様は,アクティブドライビングディスプレ
イのユニット内部に取り付けたフォトセンサで近辺の明
るさを背景輝度として測定し,それに相当する表示輝度
を自動で計算し反映するものである。この自動調光にお
いて最も重要となるのが,背景輝度に対してどのような
表示輝度を設定するか,背景輝度変化に対してどのよう
なスピードで表示輝度を変化させるかを定義した「調光
マップ」である。我々は確実に視認性を確保できる調光
マップを作成するために国内外のあらゆる環境で走り込
み,単に視認性を確保するだけでなく,運転中にお客様
が不快に感じないようなロジックを作成し,違和感のな
い調光を実現した。
4. おわりに
今回のアクティブドライビングディスプレイは,より
安全に,そして安心して走ってもらうコクピットを実現
するために開発を行ったが,マツダとしてはさらに理想
の表示を実現するために W/S タイプも視野に入れながら,
引き続き開発を続けていく。今後の ITS インフラやカメ
ラ認識技術の進化に伴い,さらに安全に走るための情報
入手が可能になってくる。W/S タイプが優れている点は,
Fig. 10 に示すように表示位置を高い位置に設定できるこ
と,表示エリアを大きく取れることなどがある。
Fig. 10 W/S Type Advantage
パッケージ上や技術面で解決していかなければならな
い課題があるが,今回のアクティブドライビングディス
プレイの開発での経験,新型アクセラでのお客様の評価
フィードバックを得て,次のステップに進んでいく所存
である。
参考文献
(1) 警察庁交通局:平成 24 年中の交通事故の発生状況
(2013)
(2) ISO 9241:Ergonomics of human-system interac-
tion
Part 303 : Requirements for electronic visual
displays(2011)
■著 者■
中島 英信 山本 圭一郎 中森 泰樹
大池 太郎